一方、今回は少し過激な描写があります。読む際はご注意ください。
では、どうぞ!
高度を一定まで上げた光秋は、左手で左パネルに触れ、事前に『蜂の巣』の位置を入力した地図を呼び出す。そこに表示された赤点に従って、ニコイチを若干左に向け、それに合わせて地図も回転し、ニコイチの向いている方を上に表示する。赤点が図の上部中央に来て現在地の赤三角と直線で結ばれたのを確認した光秋は、右レバーを前に倒してニコイチを前進させる。
「……にしても、三佐と一尉もご苦労だなぁ」
操縦席の左側に掴まり立っている竹田二尉が呟く。
「訓練中、コクピットに全員入れないとわかるや、『自分たちは掴んで運べ』ってよぉ。おまけに梅雨で雨は降るし、外は蒸すし。こん中こそ快適な状態に保たれてるがよぉ」
誰の返事も期待しないまま話し続ける竹田に、光秋は、
―怖いのを誤魔化してるのか?―
という印象を抱く。
(竹田、独り言はそこまでだ)
藤原三佐の通信を聴き、竹田は口を閉じる。
(これより各自のコールサインを確認する。儂がF・リーダー、小田がF・
(「「「了解」」」)
それから1分とせず、目標である10階建ての直方体型の廃ビルと、その周囲の大小の廃屋群がモニターに拡大表示される。
光秋は訓練通りそれ以上の前進をやめ、ニコイチをその場に滞空させる。
―心霊モノの特番にでてきそうな所……―
それが光秋の第一印象である。
全体が茶色地の外壁は、映像に映る範囲でも所々大小のヒビや黒いシミ汚れがあり、いくつか穴も開いている。窓ガラスも何枚か割れ、左側の手前に階段を納めているのであろう小屋を持つ屋上のフェンスは外側に大きくひん曲がっており、転落防止の務めを果たせそうにない。周囲の建物も、似たり寄ったりの状態である。
―無整備による老朽化か?今の持ち主さんたちがなにか仕掛けたのか?……―
と、光秋がそんなことを考えた直後、突然目標のビルを囲む形で大勢の人だかりと、青地に白にラインが入った数台の放水車が現れる。隣近所の大小の廃屋を挟んで、百メートル程の距離をとっている。
―本隊か!早いな―
光秋がそう思う間に、外音スピーカーに拡声器を通した男の声が流れる。
(建物内のNormal Peopleの諸君に告ぐ!我々は超能力者支援機構、合衆国陸軍、及び日本州警察の共同部隊である!諸君らは完全に包囲された!無駄な抵抗はせず、速やかに投降せよ!言う通りにすれば、身の安全は保障する!)
―さぁて、どうなるか?―
と、次の瞬間、目標のビルの中程にある割れた窓から、赤々と照る小物が落とされる。
―火炎瓶!―
光秋が直感した直後、それは目標のビルの正面に一直線に延びる道路に落ち、一瞬強く輝く。
「…………来るな!」
光秋が小声で呟いてすぐ、その爆発を合図に目標のビルの隙間という隙間から無数の発砲光が起こる。少し遅れて部隊側からも放水や銃撃が行われ、着弾した箇所から催涙弾の白煙が発生する。
(やはりこうなったか……F・リーダーよりF・5!手はず通りに!)
「了解!」
光秋は訓練通りにニコイチの速度を上げて目標へ直進し、部隊側の少し前の上空に着くと、左に半回転してビルに背を向け、そのまま落ちる様に足元の火炎瓶が落ちた道路に降下する。着地の直前、背中の円部を一拍灯し、藤原と小田が受ける衝撃を若干軽減して足を着けると、すぐに左膝を折って機体の影に2人を下ろす。
背部に銃弾や火炎瓶を受けながらも、光秋はそれらを無視して操縦席を機外へ出し、そこにニコイチの両手を伸ばして伊部と竹田を掴み、2人も機体の影に下ろす。
4人が自動小銃の安全装置を素早く外す間に、光秋は機内へ戻り、正面モニター越しに建物同士の間を埋める様に縦長の金属製の盾が横に並び、その合間や廃屋の影から自動小銃で専用の催涙弾を放つ部隊員たちを見る。
(F・リーダーよりF・5!準備完了だ!前進!)
「了解!」
言うと光秋はニコイチを立たせて振り返り、今度は雨と放水でずぶ濡れになり、所々薄っすらと狭い範囲を白煙に覆われている廃ビルを見る。
―いつかの時代の占領事件みたいだ―
前後の光景が光秋にそんな感慨を抱かせる。光秋にとって今の自分の周囲状況は、以前テレビの特集で観た大学の占領事件の光景に近いと感じるのである。が、機体正面にいくつもの銃弾を受け、体の方にも痛いとも言えない、鬱陶しい感覚を覚えながら、
「銃器がないだけ、向こうの方が少しましか」
と付け加える。
そう考える間にもニコイチは歩を進め、目標との距離を少しずつ詰めていく。それに合わせて後ろの藤原たちも後に続き、ニコイチの影から出て散発的に目標に催涙弾を撃ち込む。
さらに若干距離を詰めると、光秋は目標の方から複数の怒声を聞く。
(ESOの犬どもが、偉そうなことを!)
(怪物の支援者に下げる頭はねぇ!)
と、光秋は正面右側から少々の寒気を感じ、一瞬遅れで鳴った接近警報を聴くと、視界に砲弾を捉える。
「!」
(白い犬が!目障りなんだよ!)
目標の右上辺りから怒声が響くと同時にそれはニコイチの右肩に着弾し、光秋は同じ位置に鈍い痛みを感じる。
―『犬』、か……人型であることと角は無視か……が、『白い犬』、なかなかいいな!―
蔑称として放たれたその言葉を、元来犬派を自負する光秋はかなり気に入る。
さらにニコイチは銃・砲弾の着弾の火花をあちこちに受けながらも、傷一つ付くことなく平然と前進を続ける。と、光秋はここで、自分の男が昂ぶっていることを自覚する。
―……所詮、僕も雄か……―
そう言葉にした光秋は、同時に自分が高揚感を抱いていることも自覚する。それらはいずれも、これ以前の3度の実戦や、普段の訓練で気分が上がった時にも体験していることなのだが、ここまではっきりと自覚したのは今回が初めてなのである。
と、藤原の声で通信が入る。
(F・リーダーより各自!どうやらNPの奴ら、Eジャマーを作動させているようだ!見つけ次第停めろ!)
「!……」
聴きながら光秋は返事も忘れてモニターを見回し、Eジャマーの発見に努める。
と、
(F・4よりF・リーダーへ!目標の右のビル内に発見!停止に向かいます!)
と、伊部の声が通信機に響く。
光秋はモニターの右下部に、機関銃を抱えて走る伊部の姿を見る。
その直後、
「!」
光秋は伊部の左の腿から血が噴き出し、バランスを崩して前に倒れかけるのを見る。
―弾がかすった?―
が、間を置かず、首の左側からも血が噴き出し、伊部の体は後ろに引っ張られる様に倒れ込む。倒れてもなお首と腿からの出血は続き、雨が打ち続ける道路に2つ、赤い小さな水溜りを作りだす。
「!」
その光景を凝視する光秋は、「コールサインで呼び合え」という藤原の命令など頭から吹き飛び、急ぎ通信機に絶叫する。
「二尉!」
が、伊部は仰向けに倒れ込んだまま何も言わず、指1本動く気配がない。
―通信機の不調だ!―
そう自分に言い聞かせた光秋は、右パネルに触れて外部スピーカーを作動させる。
「二尉!伊部二尉!大丈夫ですか!?」
声の限りに放たれたその言葉は、周囲の騒音に混ざって伊部だけでなく周りの人々にも届く。
が、肝心の伊部は少量の出血が続く体を横たえたまま、全く反応がない。
「…………」
その光景に光秋は、体中から血の気が引いていくのを感じる。
(F・2、3!F・4を救助!)
((了解!))
返事と共に小田と竹田は伊部の許に駆け寄ろうとするが、銃撃が激しく、なかなかニコイチの影から遠くに踏み出せない。
「…………」
その様子を視界の右端に見た光秋は、視線を横たわる伊部に移し、次いで攻撃を続ける正面の目標の廃ビルに向ける。
―お前たちが!……お前たちの所為で!…………貴様たちが……貴様らが、邪魔するから…………二尉が!……―
そう思う間に、血の気が失せて何処も冷たいはずの光秋の体に二カ所だけ―腹と頭だけに、平時においても異常なほどの熱が起こり、ほんの数秒の間に熱はどんどん拡大していく。
そして、
「貴様等ぁ!」
臨界に達した熱は怒りとなり、絶叫という形をもって外へ放たれる。作動したままの外部スピーカーから放たれた絶叫は周囲の者全員の耳を貫き、敵・味方を問わず聴いた者全てに多少の恐怖心を呼び起こさせる。
しかし、事態はそれで終わらない。
突然、光秋の絶叫の広がりを体現するかの如く、ニコイチの肘や膝、腹部などの各関節を覆う黒いカバーの上下の隙間から、血の様な赤い色をした燐光が漏れだす。
「…………」
赤い霧の様な質感を持つその光が輝きを増すと、ニコイチの中に納まる光秋は操縦席の上部から伸びる2本の腕に頭を固定され、自分の五感がニコイチの感覚機能と完全に同期し、10メートル大の巨人の感覚へと拡大していくのを知覚する。その感覚はいつものイメージ操作で感じられる一体感の比ではなく、自分の体とニコイチの操縦席との物理的な境界さえも曖昧にしてしまう。
その拡大感が増すに連れ、節々から放たれる燐光もその輝きを強める。
そして拡大感と光の強さが一定値を超えると、それを表現するかの如く、各関節を覆うカバーがコクピットから末梢へと押し開けられる様に開放し、その下に隠れていた光源-血の赤に輝くニコイチの骨格を露わにする。腹部の骨格は左右3つずつに分かれており、色、形共に皮膚を剥がされた腹筋を想起させる。首のカバーも下から上へと開いていくと、顎と目周りの赤い部分も強く発光し、カメラのレンズも普段の緑から血走る様な赤へと変色する。それに合わせて額の角の内側から三角形の角が突き出て延長し、元々あった下部も合わせて刀の様な長い三角形の角を形成する。
それらの変化が終わると、ニコイチは天を仰ぎ、口の様に見える頭部下部を走る線を境に、顎を持つ下側がグワッと下顎の様に大きく開き、開いた穴からも赤い光を放ち始めたのも一瞬、
グオォォォォォォ!
と、光秋の絶叫の声色とも違う、しかしその怒りを表すかの様な、獣の咆哮の様な叫び声を上げ、露出した各関節から放たれる赤い燐光をより一層強める。
その叫びが刺激になってか、雨が一層強く降り出す。
叫び終えるとニコイチは口を閉じ、正面の目標を凝視する。と、赤い燐光を放ちながら正面の廃ビルへと疾走する。
正面からの集中砲火をものともせず、10秒とかからずにビルの前に着いたニコイチは、滑る様に止まると同時に、腰溜めにした右拳をビルの3階に食らわす。
ガゴォーン!という爆発の様な音を上げながら拳は建物の中を進み、進路上の壁や家具、柱や、その中の鉄骨を発泡スチロールでも壊すかの様に粉砕していく。
腕が一杯に伸び切ると素早く拳を引き戻し、ニコイチは自分の空けた穴に顔を近づけ、中を覗く。
穴のすぐ右横には、埃で薄汚れた黒い背広一式を着込み、顔が半分は隠れる様なサングラスを掛けた男が1人尻もちを着いており、ヌッと現れたニコイチと目が合うと、
(……うわぁぁぁぁぁぁ!)
と、悲鳴を上げると共に右腰に提げていた拳銃を両手で持ち、ニコイチの顔に向けて闇雲に乱射する。
が、至近距離で撃たれた弾でさえ、ニコイチには着弾の火花を爆ぜさせるだけで傷を付けることはできず、何度が引き金を引いているうちに男の拳銃は弾が尽きてしまう。
理解した男は銃を殴り捨て、両腕を這わせてその場から逃げようとするが、手が空回りしてなかなか退くことができない。
「…………」
ニコイチを通してその男の様子を見る光秋は、その光景に不快感を覚え、身の内の怒りをますます強くさせる。
―こんな連中に、二尉は!……―
その思いがニコイチの右腕を自身のそれの如く動かし、結局何センチと退けなかった男の体を掴むと、その手を顔の前へと運ぶ。
元来純白のニコイチの顔は、燐光に照らされて赤味を帯び、赤く変色した両目と合わさって光秋の怒りの形相をそのまま引き映す。
そんなモノと否応なしに対峙させられた男は、ニコイチの手の中で嗚咽を漏らし、サングラスの合間から大粒の涙を流しながら、
(……た、助けてくれ!……命だけは……命だけは!……殺さないでくれぇ!)
と、震える声で命乞いをする。
が、男のその行動は、光秋の怒りを余計に増幅させる。
「…………投降勧告を蹴ったのはそっちだろう!それを自分が危なくなったら『助けてくれ』だぁ?…………そんな性根の連中に、二尉が!」
最後は叫び声で放たれたその言葉は、入れっぱなしの外部スピーカーを通じて男の耳にも届く。言い終わると同時に光秋は、男を握る手に力を込める。
命乞いの返答を受けた辺りから意識が遠退き始めていた男は悲鳴一つ上げず、ズボンの足元に雨粒とも違う水滴をいくつも垂らし出す。
「!……」
それがますます光秋の怒りに拍車を掛け、右手にさらに力を込めると、光秋はニコイチ越しに男の全身の骨がミシミシと悲鳴を上げ始めるのを感じる。
その直後、
(加藤……くん……)
「!…………」
消え入りそうな伊部の声を聞いた光秋は、右手に込めていた力を一気に抜き、ニコイチを声のした背後へと振り返らせる。
そこには右腕を小田の肩に掛けながらも、左手でヘッドフォンのマイクを口に寄せて両目をこちらに向ける伊部の姿がある。
―……大丈夫……だった?……―
その理解が光秋の怒りを鎮め、腹と頭を白熱させる熱を冷やしていく。それに合わせて赤い燐光も輝きを落とし、完全に光が消えると節々のカバーが末梢からコクピットに向かって閉じていく。額の角も収縮し、両目も緑色へと戻る。同時に、拡大した知覚が自身へと戻っていく感覚を覚え、操縦席に納まる自分を自覚した光秋は、頭を固定している腕が外れるのを感じる。
自由になった頭を前に出した光秋は、モニター越しに改めて伊部の無事を確認する。
「……よかった…………!」
と、突然光秋は腹に耐えがたい程のむかつきを、頭部に金属の帯で締め付けられる様な激痛を感じる。
―……………………外の空気!…………―
その思いに反応して操作を待たずにハッチが開き、操縦席が上昇する。
「!」
機外に出るとすぐに両手でパネルを端に退け、前屈みになって正面に一気に嘔吐する。喉に逆流する物の苦酸っぱい味と焼かれる様な不快感を覚えながらも、楽になるためと吐き続け、足元を自身の中の物で汚す。
一通り出し終わると、
「ゲフッ……ゲフッ……」
と数回むせ、上体をイスの背もたれに戻す。
と、
「…………」
突然意識が遠くなり、視界が闇に覆われていく。
それを引き映すかの様にニコイチは足元の道路に尻もちを着き、その振動で目標のビルのガラスを数枚割ると、カメラの輝きが消える。両腕を力なく垂れ下げると、手の中の男はそこから抜け落ち、地面に倒れ込む。
「……………………」
光秋は目を閉じて頭を俯け、その意識は、深い深い闇の淵へと沈んでいく。
「…………」
「…………」
真っ暗な意識の下、遠くで誰かが話しているのを光秋は知覚する。自分の体が地に着いておらず、ふわふわ浮かんでいる様な感じがする。
―…………寝てたのか?…………―
そう思うと、まぶたがゆっくりと開き、見覚えのない白い天井が目に入る。
と、
「…………!加藤!」
視界の右横から、心配そうな表情をした竹田の顔が現れる。
「…………竹田二尉?……」
掠れ声で答えた光秋は、続けて左横に白衣姿の上杉を見る。
上杉は黙って右手を光秋の額に添えると、
「……容体は安定してる。やっぱり突発的なもんでしたかね?」
と、医者らしい口調で言う。
「オレ、三佐たちに知らせてくるよ!」
と、竹田は光秋の視界から消える。
上杉が手を離すと、光秋は、
―……ここは、何処だ?―
と、体を起こそう とする。が、
「…………うっ!…………」
少し上体を上げただけで頭に鈍い痛みを感じ、思わず左手を当てる。
「無理すんな。もう少し寝てろ」
と、上杉は両手で光秋の肩を軽く押し、再び横にさせる。
「…………ここは?」
「京都支部の医療棟だ。お前あれから5時間は寝てたんだぜ」
「…………」
上杉にそう言われて光秋は、自分が白いベッドが両端にいくつも並んでいる部屋にいること、そのベッドの1つに寝ていること、メガネが外されていること、脚のホルスターがなくなっていること、着ていた防具一式と上着が脱がされ、上はワイシャツだけになっていること、全て閉めていたワイシャツのボタンの内、上の3つが開いていることを意識する。
「…………!」
そして、ここにいる前の出来事を思い出す。
「……どうなったんです?あれから。作戦は?伊部二尉は無事なんですか?」
「二尉なら、この棟の女性区画にいる。首と脚に弾がかすってけっこう出血したみたいだが、命に別状はねぇよ」
「……それは、よかった!……」
聞いた光秋は、体が少し楽になるのを感じる。
と、
「加藤、目が覚めたそうだな」
視界の外から藤原の声が響くと、上杉は光秋の左側に寄って腰を曲げ、ベッドを起こすレバーを引き上げる。
光秋の上体はベッドに押される様にして起き上がり、真正面に制服姿の藤原を、右側の手前に竹田を、その奥に小田を見る。
光秋が上杉から渡されたメガネを掛け終ると、若干の心配顔をしている藤原が話し出す。
「まず、伊部のことだが…………」
「それなら、上杉さんに聞きました。ここの女性区画にいるって。無事なんですよね?」
「あぁ、なんとかな。今は安静にして眠ってる……それと、もう1つ教えることがある」
―…………作戦のこと、か…………―
「お前が気を失った後、NPの多くはニコイチの威力を見て素直に投降した。だがな……」
「…………」
「度胸があるのか、冷静なのか、少数の何人かは混乱に乗じて逃げた……一網打尽というわけには、いかんかった…………」
「…………」
光秋は、先程の楽な感じが徐々に体から出て行くのを感じる。
「……そんなに落ち込むなよぉ!お前だけの所為ってわけでもなんだし」
竹田が極力明るい声で言う。
「とりあえず、回復したらあの……なんと言うのか……ニコイチが暴走、した時のことを教えてくれ。上に報告する必要があるんでな」
言葉に迷いながらの小田に、光秋は、
「了解です……ところで、そのニコイチはどうなりました?」
と尋ねる。
「人目と雨を防止するためにブルーシートを被せて、あの場に監視付きで置いてある。もっとも、あの一帯は合衆国設立以前の経済混乱の影響で廃れた町で、今じゃ人通りなんてないんだがな。そっちも、治ったら取りに行ってくれ」
「……はい」
小田の答えに、光秋はそう返す。
藤原たちが出て行った後、光秋はそれまでいた緊急病室から一般病室に移り、医療職員に手伝ってもらって体を洗い、医療用の白い寝巻に着替える。
光秋以外誰もいない4人部屋の、右手にある大きな窓から見える曇り空を横になって見ながら、光秋は長考に入る。
―……『結果を出す』って気合い入れてた奴が、ざまあないなぁ……おまけに伊部二尉も、守れなかった!……“力”があるのに……結局…………―
光秋の目頭が、どうしよもなく熱くなる。
6月19日土曜日午前8時。
病室でお粥とよく煮込まれた品々の朝食を終え、上杉の診察を受けている光秋の許に、制服姿の藤原、小田、竹田が訪れる。
「加藤、どうだ、調子は?」
竹田が部屋に入ってすぐに言うと、光秋は、
「おかげさまで、だいぶ楽になりました」
と、昨日からの落ち込みを引きずった顔で言う。
「ほら、待機室に置きっぱなしだったカバン」
と、小田が右肩に提げていた光秋のカバンをベッドの右側に下ろす。
「ありがとうございます」
光秋が応じると、ベッドの左隣に立つ上杉が、若干光秋に目配せしながら言う。
「オレの診た感じでも、肉体的には充分回復してきてます。明日には退院できるでしょうけど…………」
「ウム。それはいいのだが…………」
光秋の正面に立つ藤原が、少し困った顔で言う。
「加藤、実はな、昨日の夜に、軍とESOの緊急会議が開かれてな…………ニコイチの、当分の使用停止が決定された」
「…………え?」
藤原の言葉に、光秋は初め呆然とする。
「……どういうことです?それは」
「作戦に参加した部隊から、ニコイチの暴走に関する報告が多数寄せられてな。それを受けて上層部は、しばらく停止させて様子を見るとの結論を出した」
―……当然と言えば、当然か……―「当分って、どれくらいです?」
「儂もまだそこまでは知らん」
「僕は、どうなります?その間の生活保障は?」
「それは心配いらん。お前はしばらく自宅待機だそうだが、保障の方はちゃんと続く」
「ま、長期休暇だと思ってのんびりしてこいよ!」
ベッドの右側に立った竹田が、左腕を光秋の首に回して明るい声で言う。
が、光秋は視線を落とす。
―……保障が続くとわかっただけいいが……汚名返上の機会はなしか……―
そう思うと、光秋は無性に伊部に会いたい衝動に駆られる。が、
―それは三佐たちが帰ったらにしよう―
と、なんとか耐える。
と、
「加藤」
と、藤原が話し出す。
「実はな、あの作戦には、富野大佐も参加されていてな。お前への伝言を預かっている。『仮にも組織の一員である以上、どのような事情にしろ、作戦行動に混乱をきたした事実は重い!ましてや、任務中に私情で行動を起こすなど、言語道断だ!今回の様な処遇で済んだだけ感謝することだ!』」
―…………仰る通りです!―
光秋は自分なりに、今の立場やそれによって生じる責任を理解していると自負している。だからこそ、その視線がますます落ちる。
「……『だが、そう言われていた者の中にも、現在、かなりの権限と責任を持つ地位にまで上がっていった者もいる』」
「……?」
「『このままで終わるか、上に行く者の一人となるか。君次第だ』……とのことだ」
「…………」
光秋は相変わらず下を向いたままである。が、一方でこれは覚えるべきことと漠然と判断し、頭の隅に今の大佐の言葉を記憶する。
「……ついでに、儂からも言わせてくれ」
藤原は続ける。
「お前が、今の様な戦い方を、つまり、ニコイチによる格闘戦を続ける気なら、猪突猛進に、闇雲に敵に突っ込んで行く様な戦い方はするな!もう一つ、お前の様な戦い方をする上で重要なのは、力の量や奇策な技よりも、速さだ!敵より速く動くことを心掛けろ!……以上だ」
「…………」
この言葉も光秋の気分をすぐにどうこうさせるものでもないが、富野の言葉と同じ様な感覚を覚え、一応記憶する。
と、
「では、儂らはこれで本舎に戻る。お大事にな」
藤原が言うと、小田と竹田がその後に続いて出口に向かう。
「ありがとうございました」
と、光秋が軽く礼をして応じると、
「……あ、そうそう!」
と、小田が足を止めて光秋の方を振り返る。
「明日退院するんなら、家に戻る前に本舎の待機室に寄ってくれ。そこで報告書用の聴き取りするから」
「……了解です」
「退院早々悪いがな。が、その内容次第じゃ、お前の復帰も早まるかもしれんからな」
「…………」
小田はそれ以上言わず、藤原と竹田に続いて部屋を出る。出口の前で竹田が笑顔を向けてバイバイと右手を振ったのを最後に、藤原がドアをずらして閉める。
藤原たちの話声が充分遠くなるのを確認した光秋は、左に立つ上杉に顔を向ける。
「上杉さん、僕も伊部二尉にお見舞いしたいのですが、今日辺りよろしいですか?」
「……悪いが、それはできねぇ」
「なぜです?」
「二尉は今日、念のための再検査があるんだよ。一通り詳しく調べるみたいだから、会う暇はねぇと思うぞ」
「…………わかりました」―それなら……しかたない…………―
そう思いながらも光秋は、どうしよもない虚しさを感じる。
いかがでしたか。
作戦自体は中途半端、自分にとってはさんざんな結果に終わり、心がどん底に突き落とされる光秋。
しかし、このままでは終わりません!次回をご期待ください。
それはそうと、ニコイチの暴走シーンを読んでデジャブを覚えた方が何人かいるのではないですか?気のせいではありません。狙ってやりました。
その件に関するツッコミもお待ちしています!