白い犬   作:一条 秋

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 今回は短編2話目です。
 少し慌ただしいシーンがあります。
 では、どうぞ!


23 予知出動

 9月11日土曜日早朝。

 ESOの緑の制服を着、右肩に灰色のカバンを斜め掛けした光秋は、京都支部の正門をくぐると、立ち止まって右手を上着の内ポケットに伸ばし、カプセルを取り出す。

 その先端を前に向け、レバーを「入」から「出」に切り替え、ボタンを押すと、1メートル程前方に白い光が広がり、その光が左膝を着いた白い巨人-ニコイチを形作る。

 カプセルを内ポケットに戻すと、光秋はニコイチの左前に歩み寄り、垂れているリフトを掴んで胸部にあるコクピットに上昇する。

 操縦席の左側を探って白い電子手帳の形をしたマニュアルを取り出すと、それを上着の左のポケットに入れ、地面に降り、カプセルにニコイチを収容すると、本舎地下の待機室へ向かう。

 

 藤原隊の待機室前に着いた光秋がドアを開けると、室内は真っ暗であり、手探りで照明のスイッチを点けてみると、まだ誰もいない。

 とりあえずと中に入ってカバンを下ろし、椅子に腰かける。

「……そういえば、待ち合わせ場所決めなかったなぁ…………」―ま、待ってりゃまた連絡があるだろう……―

昨夜の大河原主任との電話でのやり取りを思い出しながらそう思う。

 と、

「!…………」

左ポケットの携帯電話が振動し、取って表示を見ると大河原からである。

「はい。おはようございます」

(おはよう三曹。今どこにいる?)

「藤原隊の待機室ですが?」

(マニュアルは持ってきてくれんたんだな?)

「はい」

(わかった。俺が今からそっちに向かうから、ちょっと待っててくれ)

「了解です」

 そう言うと、光秋は電話を切り、左ポケットに戻して椅子から立ち上がる。

「待ってる間、ちょっと」

と、手足を軽く回して、自主訓練を始める。

 少しして、小田一尉と伊部二尉が部屋に入ってくる。

「「おはよう」」

「おはようございます」

2人分の挨拶に、光秋は突きの練習をしながら答える。

「?……今日はどうしたの?部屋の中で練習して」

椅子に着きながらの伊部の問いに、光秋は、

「今朝は、大河原主任と、待ち合わせが、ありまして。ここに、いなきゃ、いけないんです」

と、手を休めずに答える。

「大河原主任ねぇ…………」

と、小田が呟くと、

「うーっす」

と、竹田二尉が部屋に入ってくる。

「あれ加藤?なんでここで練習してんだよ?」

「大河原主任との待ち合わせで、ここにいなくちゃいけないんだそうだ」

「ふーん?」

小田の返答に、竹田は眠気が残っている顔で応じる。

 そんな光景を傍らに見ながら、光秋は訓練を続ける。

 

 午前8時50分。

「三曹、待たせたな」

言いながら、灰色のツナギを着、白髪混じりの頭にガッシリとした体格をした大河原が部屋に入ってくる。

 光秋は突きの練習の構えを解き、左ポケットを探りながら、

「いいえ、そんなことは」

と応じつつ、大河原に歩み寄る。

「はい、ニコイチのマニュアルです」

「うん」

言いながら光秋は左手に持ったマニュアルを差し出し、大河原はソレを受け取って開こうとする。

 しかし、

「……?…………んん?……開かんぞ?」

大河原は両手に力を込めて開けようとするが、マニュアルは一枚板の様にびくともしない。

「え?ちょっと……」

と、光秋は大河原からマニュアルを取って開いてみる。

 と、

「……?開きましたよ?」

と、大河原の時の不動さが嘘の様にあっさり開き、左右1面ずつの画面がそれぞれ点く。

「?……まぁいい、ちょっと貸してくれ」

「はい」

大河原は首を傾げながらも右手をマニュアルに伸ばし、光秋は両手をマニュアルから離す。

 と、その直後、

「!?」

大河原がマニュアルの画面を見ると、左右2つとも消灯している。

「な、何故だ!?さっきまでちゃんと点いていたのに?」

 大河原が驚きの声を上げるのを見ながら、光秋は、

―…………まさか―

と、右手をマニュアルに伸ばし、その指先をマニュアルの端に付けてみる。

 と、

「!?……」

マニュアルの画面が2つとも点き、大河原は目を丸くする。

 マニュアルに指先を付けて離す動作を、光秋はテンポの長短を変えながら5回程行ってみる。

「……」

いずれも、光秋の指が触れている間だけ画面が点いている。

「……どうやら、マニュアルを読むのにも僕の認証が必要みたいですね…………」

マニュアルの端に右の指先を付けながら、光秋は結論を述べる。

「そのようだな…………」

マニュアルに表示されている項目の中から適当なものを右の人さし指で突いても反応がないのを見て、大河原は諦めた様に応じる。

「しょうがない。三曹、『機体構造』という所を押して見せてくれ」

「はい」

大河原から渡されたマニュアルを左手で受け取ると、光秋は言われた項目を右手の人さし指で突いて表示させ、マニュアルの上辺を持って大河原に見せる。

 大河原はズボンのポケットから手帳とボールペンを出してマニュアルの表示をメモし、箇所によっては図解を丸写ししていく。

「まったく。君をこっちに送ってきた者、神モドキか?面倒な物を作ってくれた。機密保持なんだか、我々をからかっているのか、よくわからんよ…………」

「…………」

大河原のぼやきを聞きながら、光秋は大河原の読むペースに合わせて画面を右の人さし指で上から下に撫でていく。

―…………そういえば、ニコイチと僕の事情を知ってるのは、実験班では主任と、一部の上級スタッフだけだったな…………カプセルの収容機能やニコイチの飛行機能なんかは、一般には新手の超能力って説明されてるみたいだし…………―

 

 午前9時。

「…………ふーう、やっと終わったぁ」

呟きながら大河原がマニュアルの画面から顔を離すと、光秋はマニュアルの表示を項目の一覧表に戻し、二つ折りにして左ポケットに戻す。

「三曹、また観るかもしれないから、今後も常に持ってきてくれ」

「はい」

大河原は手帳とペンをツナギに仕舞いながら光秋の左ポケットに目をやり、光秋はそれに頷いて応じる。

 と、プルルル、プルルル、と、ドアの向いの壁に備え付けてある内線が鳴り出し、小田が席を立ってそれに出る。

「はい、藤原隊…………!了解!すぐに向かいます!」

緊迫した声で素早く受話器を置くと、小田は険しい顔で振り返って指揮官の声を出す。

「予知出動!京都駅付近の3カ所で爆発が起こる。各自防具着用、拳銃、通信機所持の上、現場に急行!藤原隊、出るぞぉ!」

「「「!了解!」」」

光秋たち3人も素早く応じると、ESOの緑の手帳を持って内線の左の壁に置いてあるそれぞれのロッカーに取り付き、手帳からIDカードを出してロッカーを開錠し、防具を着付けていく。

 一番左のロッカーの前で防弾ベスト、ヘルメット、節々のプロテクターを着けた光秋が、腰に巻くガンベルトに手を伸ばそうとすると、

「伊部と加藤はニコイチで先行しろ。俺と竹田は車で行く」

と、小田の指示が飛ぶ。

「「はい!」」

 防具一式を着けた伊部と同時に応じると、光秋は脚に巻くホルスターを取り出してそれを右脹脛に巻き、拳銃に弾を込めてホルスターに仕舞うと、ロッカーを閉めて先に準備が完了していた伊部を追って部屋から出、最寄りのエレベーターに駆け込む。

「加藤くんは、予知出動始めてだったよね?」

「はい。研修の時にそんなのがあると聞いたくらいで……」

そんな短い会話の間にエレベーターは1階に着き、扉が開くや2人はすぐに駆け降りて正面玄関から駐車場に出る。

 立ち止まると、光秋は右手を防弾ベストの中に押し入れて内ポケットからカプセルを取り出し、ニコイチを出して乗り込み、起動させるとヘルメットを膝の上に置き、左耳に通信機を付けてシートベルトを締め、伊部を右手ですくってコクピットに乗せ、ハッチを閉めて右ペダルを軽く踏み込み、ゆっくりと上昇する。

 高度を一定まで取ると、光秋は左パネルの地図に目をやる。

 地図はすでに光秋の思考を拾って京都駅の位置を赤い点で表示し、光秋はその点が正面になるようにニコイチを左に向けさせ、

「!」

右の操縦桿を一杯に倒してニコイチを前進させる。

 

 少しして、光秋の通信機から小田の声が響く。

(F・(ツー)よりF・(ファイブ)へ。聞こえてるか?)

「えぇ、良好です」

左隣に立つ伊部が顔を近づけてくるので、光秋は通信機を耳から外して伊部にも聞こえるようにする。

―ニコイチの中だと、普通の通信機器は使えないからな―

 そのために、ニコイチの速度を若干落とすことになる。

(予知部によると、発生確率は85パーセント。さっき言った以上の正確な位置と爆発の規模は不明だが、死傷者が出る確率も高いそうだ)

「爆発の原因は?」

光秋が問う。

(不明だ)

「?……不明って、結果があるからには原因があるでしょう!」

(予知ってのはそんなもんなんだよ)

竹田の声が加わる。

(わかる時はとことんわかるが、わからねぇ時は今回みたいに半端な情報量しか出ない。引っ掛かってくれただけマシさ)

「……そんなもんですか?」

(そんなもんだ)

光秋の渋い顔を浮かべての問いに、小田がキッパリと言う。

―……いい加減な…………―

 小田は続ける。

(だがな、可能性がある以上、なんなりとやってみせなきゃならんのが俺たちESO実戦部隊だ。いつも通りきっちりこなせ)

―……それもそうか―「了解です」

(あと加藤)

「はい?」

(もし爆発物が手で持てるような物だったとしても、降りて処理しようなんて考えるな。ニコイチの中から出るなよ)

「……了解です……しかし、なぜそこまで?」

(……新入りを怪我させて、三佐に睨まれたくないからな)

「わかりました」

小田の一拍の間を気にしつつも、光秋ははっきりと応じる。

―……一尉も、心配してくれてるんだ。ただ、仕事の内容上、ちょっと過保護な気もするが……増長もいかんか。ここは一尉の言うことを聞いて、自制しよう……そもそも現場に行ったら、怖くて自分から出たがらないかもしれんしな―

そう考えると、光秋は口元を少し緩める。

 と、

(伊部、加藤と一緒に聞いてるな)

「はい」

小田の声に、伊部は通信機のマイクに向かって答える。

(竹田も聞け。隊長不在だからこそ、隊の看板に泥を塗る様な仕事はするな!他の隊と警察も後から来るそうだが、そいつら()()()()終わらせることを目標にしろ!いいな!)

(「「了解!」」)

 3人同時に答えると、光秋は通信機を左耳に戻し、右の操縦桿を再び一杯に倒してニコイチの速度を上げる。

 

 京都駅上空に着くと、光秋は高度を少し下げ、その場でニコイチをゆっくりと回転させて爆発の原因になりそうなものを捜す。

 伊部も光秋が見ている方向と逆の方に目を走らせながら共に捜索する。

 と、

「…………!」

光秋は正面下方―駅の裏側―八条側辺りから漠然とした寒気を感じる。

 その意思を拾って正面モニターが寒気の元がある辺りを拡大表示し、駅側の道路脇に駐車している荷台に幌を被せた大型トレーラーを映し出す。

「この車がどうかした?」

「微かにですが、寒気を感じるんです。ニコイチの機能で、いつも危険を感知するとそう教えるんです」

「あの車に何かあるってこと?」

「……」

伊部の問いに、光秋は首を傾げる。

 と、直後にトレーラーの運転席から2人の黒服が出て荷台の後部に駆け寄るや、幌を勢いよく引き下ろし、その下から茶色い装甲をした戦車が現れる。

「「!?」」

あまりの光景に2人は束の間絶句するが、光秋はすぐに気を取り直して、

―まさか……―

と、幌を下ろした黒服の1人に意識を集中させる。

 すぐに戦車の映像の右隣に、戦車を見守る様に見つめる黒服の映像が映し出される。

―顔を覆う程のサングラス、黒のスーツにネクタイ……やっぱり……―「あれ、NPじゃないですか?」

「まさか……テロ?」

光秋の問いかけに、伊部は驚愕の声を上げる。

 直後、拡大映像の戦車の砲塔が持ち上がる。

―!……撃つ!―

そう直感した光秋はニコイチを戦車の正面に直行させ、着地の寸前に赤丸のマーキングが表示された戦車を拡大映像が消えた正面パネルに見据えると、ゆっくりと両足を地面に着き、右パネルを操作して外部スピーカーを作動させる。

「こちらはESO京都支部所属、UKD‐01である!即時武装解除の上投降しろ!」

 が、戦車はトレーラーの運転席を轢き潰しながら道路に下りて後退し、ニコイチから距離を取ろうとする。

 その様子を見ようと、ニコイチと戦車の周囲に一定の距離を置いて野次馬が集まり始める。

 直後、

「!」

戦車の砲塔が火を噴き、光秋は咄嗟に左腕を前にした組手の構えをしてそれを受け流す。

 光秋と馴染んできたニコイチは、自分の体そのものの様に完全に同期し、体が訓練時に動く要領で動いてくれる。

 が、

「……」

同時に光秋の左腕ーニコイチの腕が砲撃を受けた辺りに相当する箇所-には、以前よりも明確な鈍い痛みが走る。

 光秋は砲撃に驚いた野次馬が散り散りに逃げるのを視界の端に見ながら、その痛みを吹き飛ばすつもりで、

「もう一度言う。武装解除の上投降しろ!」

と、外部スピーカーに叫びかける。

 が、戦車はさらに1発放ち、光秋は左腕でそれを受け流す。

「……了解した。実力行使する!」

言うと戦車との間合いを一気に詰め、後退しようとする戦車の砲身を左手で鷲掴み、素早く手前に引いて砲塔を車体から引き千切ってしまう。

 引き千切った砲塔を車体の上に置くと、ニコイチに左膝を着かせて左手を砲塔の上に置き、左耳の通信機に小田の顔を思い浮かべながら意識を集中させてマイクに吹き込む。

「F・5よりF・2」

(何だ?)

「現場付近でNPと思しき戦車を1台戦闘不能にし、捕獲しました」

(何だと!?)

通信機のスピーカー越しに小田の驚愕の声が響く。

「状況からして、爆発の原因は彼らのテロ行為と思われます。予知では3カ所で起こると。他にもいる可能性があるので、応援を寄こして彼らの確保をお願いします。応援が来次第、こちらは再捜査を始めます」

(了解だ、すぐに寄こそう。場所は?)

「京都駅の裏側……」

「八条側」

「八条側です」

操縦席の左側に立つ伊部が言い、光秋はそれを伝える。

(了解……周囲の被害は?)

小田の問いに、光秋はモニター越しに辺りを見回してみる。

「サッと見たところ、怪我人や壊れた物はありません。2回の砲撃がありましたが、いずれもニコイチで受け止めました」

(了解。幸先いいな!)

「はい!」

 応じるや、外音スピーカーから多数のサイレン音が響き始め、正面に目をやると5台のパトカーが赤ランプを輝かせながら一列になって自分の許へ来る。

 パトカー群はニコイチから少し離れた辺りで停車し、1台から2人ずつ、水色の半袖の制服の上に黒い防弾ベストを着た警官が降り、計10人がニコイチの許へ駆け寄る。9人が拳銃を構えて戦車を包囲し、1人がややおっかなびっくりしながらニコイチに最も近づき、両手を口元に添えて叫びかける。

(応援の連絡を受けて来た京都府警ですが、『白い犬』さんでしょうか?)

―渾名の方できたか……―「はい」

思いつつ、光秋は外部スピーカー越しに応じる。

(ここは我々に任せて、捜査を再開してください)

警官の言葉を聞きつつ、戦車の車体からTシャツ姿の男が1人引きずり出されるのを確認した光秋は、

「了解。後は頼みます」

と、ニコイチの左手を砲塔から離して直立させ、右ペダルを軽く踏んで上昇する。

 再び京都駅の上空に着くと、光秋はニコイチをゆっくりと回転さて調査に入る。

 と、

「加藤くん、腕大丈夫?」

伊部が心配そうな顔を向ける。

「大丈夫と言いますと?」

「ニコイチが被弾すると、加藤くんにも痛みが伝わるんでしょう?さっきね……」

「……顔に出てましたか?」

「少し、辛そうな顔してた……」

「…………大丈夫ですよ、少しは慣れたんですから。それより、今は……」

「そう、だけど…………」

伊部はそれ以上言わず、視線をモニターの左側に向ける。

―…………戦車に夢中になって2人逃がした。仮にもう2台あるとしても、計画を変更して逃げる可能性も…………―

伊部同様にモニターに視線を走らせながら、光秋はそんなことを考える。

 直後、

「!」

正面から先程よりも明確な悪寒を感じ、同時に響いた接近警報を聞くと、自分に向かって突進してくる1発の砲弾を捉える。

「!……」

光秋は縦に伸ばしたニコイチの両腕を前に出して砲弾を受け止めると、両腕を素早く払って黒煙を掻き分ける。

 砲弾の来た方―駅正面側に意識を集中させると拡大映像が表示され、トレーラーの荷台に乗ったまま砲口をこちらに向ける戦車を映し出す。

―続ける気か―

心中に呟くと、光秋はその戦車の許に直行する。

 瞬く間に戦車の前に着地すると、

「!」

ニコイチの右足を高く上げ、素早く叩き下ろして砲身を圧し折ってしまう。

 間を置かず右に回り込んでトレーラーの後ろに着くと、ニコイチの両手を戦車の履帯の上に置き、

「フンッ!」

と、一気に力をかけて履帯部分を潰ぶし、同時にトレーラーの荷台も潰れて両車とも動けなくなる。

 直後にサイレンの音を聞いた光秋は、数台のパトカーが瞬く間に戦車を包囲するのを見ると、

「ESO京都支部の者です。後頼みます」

と、外部スピーカーに吹き込む。

 直後、

「!」

駅の八条側に寒気を伴った圧迫感を覚える。

 今潰した戦車の砲撃を感知した時とは少し違う感覚に、自分が狙われているわけではないと感じつつも、

―どの道、危ない!―

と、ニコイチを浮かせて駅の八条側の圧迫感が来る辺りに急行する。

 進路を左寄りにしつつ一気に駅を飛び越えると、光秋は眼下に車道から歩道に乗り入れようとしている1台の戦車を見つける。

 と、

「!」

不意に光秋は、その場所が綾と初めて遠出をした時に並んで腰かけていた場所だと気付く。

「……」

光秋の脳裏に、柵に腰掛けて綾としたおしゃべりのこと、服選びに外で待っていた時に駅の印象を感じたこと、白い半袖のワイシャツに赤チェックのロングスカートを着た綾を初めて見た時、束の間見惚れたことの記憶が瞬時に蘇る。

 目前の戦車は上空のニコイチを意に介さず、砲口を真っ直ぐ駅の方へ向ける。

「!」

その射線上に腰掛けた柵が入っていることに気付いた光秋は、瞬間的に激する。

「……やめろぉぉぉ!」

その絶叫は外部スピーカーを通して外に響き、驚いた砲撃手の動きを一瞬止めるが、光秋の知ることではない。

 叫んだ勢いで右の操縦桿を一杯に倒し、戦車との間合いを一気に詰めると、足元の舗装に多少のヒビを入れる勢いで着地し、戦車の真ん前に立ちはだかる。

 戦車は慌てた様に砲口をニコイチの胸部に向け、至近距離で一射する。

「!」

直前に光秋はニコイチの両腕を縦に前に出して砲撃を受け止める。

 が、

「うっ!…………」

間を置かずもう一撃が腕に当たり、その痛みに光秋は、

―……この野郎ぉ!―

と、怒りの目でモニターの戦車を睨みつける。

 そんな光秋の怒りを表現する様に、ニコイチの節々を覆う黒いカバーの上下の隙間から、薄っすらと血の赤色をした燐光が漏れ始める。

「!……」

モニター越しにその燐光を見るや、「蜂の巣」戦で自分を失い、暴力装置となって暴れてしまった時の記憶が浮かぶ。

―いかん!もう、あんなふうになっちゃいけない!―

深呼吸して怒りを鎮めようとすると、それに合わせて赤い燐光も、空気に溶け込む様にゆっくりと消えていく。

 何とか怒りを鎮め切り、燐光が完全に消えたのを確認すると、光秋は燐光が発して以来固まってしまった戦車の砲身をニコイチの右手で掴み、飴細工でも扱う様に砲塔本体の方にU字状に曲げてしまう。

 と、

「……?」

砲塔上部にある丸い出入り口からTシャツ姿の男が上体を出す。

―降伏か?―

光秋がそう思ったのも束の間、男は口の前にある機関銃を両手で掴むと、その銃口をニコイチに向け、

(うわぁぁぁぁぁ!)

と、悲鳴の様な絶叫を上げながら引き金を引く。

「……」

多数の銃弾がニコイチの胸部から顔面に殺到するが、いずれも傷など付けられず、小さな火花を爆ぜさせるだけである。光秋自身も、痛みにも満たない鬱陶しさを覚えさせるだけに終止する。

 少しの間光秋は、

―無駄だろうが……非正規部隊の弾の数が減ってくれれば、それはそれで助かる―

と、相手が諦めるのを待つが、

「…………」

あまりのしつこさに、ついに外部スピーカー越しに呼び掛ける。

「何度やっても無駄です!コイツの装甲は、銃弾くらいじゃ破れない!大人しく投降しなさい!」

 と、

(煩い!)

男は銃撃をニコイチの顔に集中させ、モニターに大きな火花を映し出させる。

(ESOの白い犬が!偉そうなことを言うな!……お前は、自分の女房を、怪物じみた奴に殺された人間の気持ちが、わかるかぁ!)

「……」

最後は涙声で放たれた言葉に、光秋はサイコキノに絞殺されそうになった時のことを思い出す。

―……エスパーといえど所詮は人間。いい奴もいれば悪い奴もいる、か……これだけの装備と人手を持つ組織なんだから、単純な差別思想の集団ってわけでもないよな……だがな―

思うとニコイチの右手を戦車に伸ばし、親指と人さし指、中指で機関銃を摘まんで潰してしまう。

(…………)

唯一の対抗手段らしきものを失った男は、崩れ落ちる様に口の中に消えていく。

―殺しを、それも無差別殺人を、認めるわけにはいかんのでな…………―

 その光景を見ながら心中に呟くと、光秋は外部スピーカーを切って左耳の通信機のマイクを口元に寄せ、小田の顔を浮かべる。

「F・5よりF・2へ」

(何だ?)

「戦車をもう2台潰しました。予知の方はどうです?」

(ちょっと待て)

言うと小田は通信を切る。

 光秋は外音スピーカー越しに近づいてくる多数のサイレン音に、

―パトカーがここにも来る―

と判断し、沈黙を続ける戦車の履帯部にニコイチの両手を乗せると、念のためそれも押し潰して完全に動きを封じる。

 パトカーが戦車の周囲を包囲すると、

「ESO京都支部の者です。後頼みます」

と言い残し、駅の上空に戻る。

 上昇しつつ、光秋は先程の自分の対応を自省する。

―銃撃をすぐにやめさせなかったのは、少し自惚れじゃないか?躊躇ならまだしも、それはいけない!相手を甘く見て力を抜いたり、玩具(おもちゃ)の様な扱いをしていると、思わぬしっぺ返しを受ける……増長はいけないと最初に言ったのになぁ……今後気を付けよう―

 と、左隣に立つ伊部も、

「……さっきの、銃撃をしばらく放置したのは、どうかと思うよ」

と、やや叱る声をかける。

「はい……以後、気を付けます」

それに対して光秋は、厳粛な声で答える。

 ニコイチが駅上空に着くと、

(F・2よりF・5へ)

と、光秋は通信機越しに小田の声を聞く。

「はい」

(今照会した結果、3カ所爆発の予知は消えたそうだ)

「!それじゃあ……」

(任務完了だ)

少し笑みを含んだ声で小田は答える。

(とりあえず、いったん駅の前で合流しよう)

「了解」

言うと光秋は、ニコイチを駅正面側に向かわせる。

 駅正面の道路の右端に緑の軍用車を見つけると、

―あれか―

と、その近くにニコイチを着地させ、左膝を着かせる。

 ハッチを開けて機外へ出ると、ニコイチの右手で伊部を地面へ下ろし、自分もリフトで下へ降りると、上着の内ポケットから出したカプセルにニコイチを収容し、ソレを内ポケットに戻す。

 光秋の左後ろに停まっている軍用車から、防具一式を着た竹田と小田が降りると、

「やったな加藤ぉ!」

と、駆け寄ってきた竹田が光秋の首に左腕を回し、顔を引き寄せさせる。

「1人で予知阻止とはよぉ!」

「……」

満面の笑みで続ける竹田に、光秋は少し戸惑った微笑みを返す。

 と、

「……!」

正面に向かい合って話している伊部と小田を見た光秋は、

「すみません」

と、竹田の腕を払い、左前に立つ小田の許に速足で駆け寄る。

「一尉!」

「おぉ、今伊部と話してたところだ。お手柄だな」

小田は伊部に向けていた顔を光秋に向け、微笑みを浮かべて言ってくれる。

 が、光秋は若干不安の表情を浮かべる。

「ありがとうございます。ただ……」

「?……あぁ。取り逃がしのことも聞いている。警察に頼んで、この辺り一帯に捜査網を張ってもらった……今は、テロを阻止して多くの命を救えたことを喜べばいいさ」

「……はい」

小田にそう言われると、光秋は気持ちが少し楽になる。

「ニコイチを仕舞ったんなら、車でいったん支部に戻ろう。その中で2人の聴き取りをする」

「「はい」」

小田の言葉に光秋と、その右隣に立つ伊部は同時に答え、藤原隊一行は軍用車に乗り込み、京都支部へ向かう。

 

 京都支部へ向かう間、後部右席に座る光秋は、前部左席で忙しく手帳にペンを走らせる小田に向かって、一連の出来事を報告する。

 ニコイチで京都駅上空に着いた時、駅の八条側に戦車を積んだ大型トレーラーを発見、これを沈黙させたこと。予知捜査再会のために駅上空に戻ると駅正面側から砲撃を受け、それが切掛けでもう1台の戦車を発見、沈黙させたこと。再び八条側に戦車を発見、沈黙させたこと。

「……僕からは、以上です」

「わかった」

小田が答える頃には、車は支部の正門をくぐっている。

 小田はペンを止めると、真後ろに座っている伊部に顔を向ける。

「伊部、お前の方は待機室でやらせてくれ」

「はい」

伊部が応じると、車は本舎の近くに停車する。

 1人残った竹田が車を本舎の裏手に運んでいく傍ら、小田たちは降りて藤原隊の待機室に向かう。

 

 待機室に着くと、光秋は防具一式を外してロッカーに仕舞い、右脹脛のホルスターも外すと、拳銃を抜いてそれも仕舞う。

 拳銃から弾を抜いてそれらも仕舞うと、ロッカーを閉じて振り返り、一足先に後片付けを済ませた小田と伊部がテーブルを挟んで向かい合って座っているのを見る。

―…………ちょっと、ひと息入れてくるかぁ―

伊部が小田に自分の車内での報告とほぼ同じ内容を話しているのを聞きながらそう思うと、光秋は2人に静かに一礼し、部屋から出ていく。

 

 紙コップの自動販売機でサイダーを買った光秋は、近くのベンチに座ってそれをちびちびと飲む。

―……久々の大仕事……ちょっと疲れたなぁ…………―

思いながら、鼻で小さく溜息をつく。

 と、

「やっぱりここか」

「!伊部二尉……」

光秋の左側に現れた伊部は、自動販売機に歩み寄る。

「予知出動って、普通のより疲れるよね?原因見付けるのに神経すり減らすから……」

アイスコーヒーを買いながら言うと、伊部は光秋の左隣に腰を下ろす。

「えぇ…………でも、無事阻止できて、よかったです」

光秋は前を向いたまま言うと、サイダーを一口すする。

「そうねぇ…………」

伊部も前を向いたまま応じると、コーヒーを一口すする。

「……そうそう。聞き取りの途中で警察から連絡がきて、逃げた人たちも捕まったって。やっぱりNPだったみたい」

「それはよかった。ちょっと心配してたんです」

「そう…………ところで、加藤くん」

「はい?」

「最後の戦車を止めようとした時、『やめろぉ!』って、すごい声で怒鳴ってたけど、なにかあったの?」

「!……いえ、向こうが今にも撃ちそうだったので、つい血が上ってしまって……それだけです」

「そう?……私、一瞬だけど、あの場所を懐かしく感じたんだよねぇ……」

「?……」

「もちろん、京都駅は時々利用するんだけど、そういう時の記憶とはちょっと違う……穏やかな感じ、て言えばいいのかな?」

―…………まさか、綾?……いや、まさかな……おそらく……―「またデジャブでしょう。でなきゃ、緊張で変な感じがしただけでしょう」

「そうかなぁ?……」

「僕は、心理学なんてわかりませんが、大方そんなところでしょう」

「んーん…………」

光秋に応じながらも、伊部は煮え切らない顔をする。

 光秋はサイダーの残りを飲み干すと、立ち上がって紙コップをゴミ箱に捨てる。

「では僕は、グラウンドで訓練してきます」

言うと光秋は、伊部の返事を待たずにエレベーターへ向かう。




 いかがでしたか。
 少しですが増長してしまうあたり、光秋もまだまだですね。すぐに反省するだけましといったとこでしょうか。こんな奴ですが、その成長を温かく見守っていただければと思います。
 そして終盤で気になるシーンがありましたね。これはどういうことなのか?
 次回もお楽しみに。
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