こんなに多くの人に読んでいただき、書き手として感謝の限りです!これを糧に今後も頑張らせていただきます。
さて、今回からまた長編に入ります。気長にお付き合いください。
では、どうぞ!
24 新戦力
9月13日月曜日午前8時20分。
いつもより遅めに部屋を出た光秋は、速足で京都支部の正門をくぐる。
「加藤くーん!」
「!」
後ろから伊部の声に呼び掛けられると、立ち止まって振り向き、並んで歩いてくる小田一尉と伊部二尉を見る。
「おはようございます」
「「おはよう」」
光秋の挨拶に小田と伊部が同時に答えると、光秋は伊部の右隣に着き、3人で並んで歩きだす。
「珍しいな?加藤がまだ待機室にいないなんて」
一番左を歩く小田が、一番右を歩く光秋に目配せして言う。
「今朝、うっかり寝坊しまして。6時に起きるはずが、半に起きちゃって……」
「それでも、竹田二尉はまだ来てないんでしょうねぇ……」
真ん中を歩く伊部が諦めた様に言う。
藤原隊の待機室に着くと、光秋はテーブルの椅子に座り、床に置いたカバンから四つ折りの新聞を取り出して広げたそれを読み始める。
と、
「加藤くん新聞読むの?」
テーブルを挟んで光秋の左側に座る伊部が、少し驚いた様子で問う。
「はい。いつもは、出る前にサッと読んでから行くんですけど、今朝は時間がなくて」
答えると、光秋はページをめくる。
少しして、
「うーっす…………」
と、竹田二尉が眠い目をして部屋に入ってくる。
「竹田!またお前が最後だぞ」
小田が叱る様に言う。
「すんませーん…………加藤の奴、もうグラウンドか?」
周りを見回しながら、竹田は欠伸混じりに呟く。
「!」
その言葉にハッとした光秋は、新聞を少し下げて竹田を見る。
「おはようございます」
「!加藤ぉ?」
竹田は伊部以上に驚いた顔をする。
「三佐かと思った……てか、お前新聞読むの?」
「はい。いつもは出かける前に読むんですが、今朝は時間がなくて」
と、竹田の背後のドアが開き、
「おはよう!」
活気のある声と同時に、藤原三佐が入ってくる。
「!三佐!」
竹田は先程以上に驚いた顔で後ろを振り向き、光秋は急いで新聞を畳んでカバンに仕舞うと、
「「「おはようございます」」」
と、小田と伊部に合わせて、返す。
「ウム」
頷くと、藤原はテーブルのそばに右手に持っていたカバンを置いて言う。
「早速だが、全員本舎前の駐車場に来てくれ」
「また加藤と組手でもするんすか?」
竹田が藤原の背に向かって問う。
「違う。お前たちに見せたい物があってな。まぁ行けばわかる」
言うと藤原は振り返ってドアへ向かい、小田、伊部、竹田、光秋の順にそれに続いて部屋を出る。その際最後尾の光秋は、ドア脇のスイッチで部屋の照明を消し、ドアを閉める。
光秋が一行の最後尾に着いてエレベーターへ歩み出すと、先頭を歩く藤原が振り向いて目を向ける。
「そうだ加藤。儂のいない間、ずいぶんと活躍してくれたそうだな?」
「……あ、はい」
「報告書を読んだが、1人でテロ阻止とは。隊長として、儂も鼻が高い」
「…………」
藤原は微笑んで言うが、光秋は少し複雑な気持ちになる。
「……1人ではありません。伊部二尉もいましたし、なによりニコイチの力です」
「私はなにもしてないよ。ただコクピットにいただけ」
伊部は口元を歪めて反論し、藤原もそれに続く。
「それにだ、確かにニコイチのおかげでもあるんだろうが、その“力”は加藤にしか扱えんのだから、『加藤のおかげ』ということにしても、まぁ間違いではないだろう」
「それもそうですが…………」
2人の反論に、光秋は口籠ってしまう。
「とにかく、儂が言いたいのは、よくやった、ということだけだ。今後とも頼むぞ」
「…………はい」
複雑な気持ちを払えないものの、光秋は少しばかりの嬉しさを覚える。
エレベーターの前で一行が立ち止まると、藤原は再び口を開く。
「あと、そのことで後で話がある」
―話?―
「……勲章でも渡すんすか?」
「いや。だが渡すことは渡すな」
竹田の問いに、藤原は曖昧な答えを返す。
―なんだろう?僕なにかしたかな?…………―
光秋は若干の不安を覚えるが、
―…………後でわかることか―
と、気を取り直し、開いたエレベーターに藤原たちに続いて乗り込む。
エレベーターから降りた藤原隊一行は、正面玄関を通って駐車場に出る。
そこにはすでに、ツナギの上に白衣を羽織った大河原主任が、足元に大き目の段ボール箱を置いて待っている。
「主任、お待たせしました」
「三佐、ご苦労さまです」
藤原と大河原が言葉を交わす傍ら、一行の1番右に立つ光秋は、
―何だろう?―
と、期待とも不安ともつかない気持ちを強める。
と、大河原は白衣から携帯電話を取り出し、どこかと連絡を始める。
「あ、俺だが……あぁ、すぐに寄こしてくれ。本舎の正面だぞ」
念を押す様に言った直後、光秋たちの目の前に巨大な物体がテレポートしてくる。
「「「「!…………」」」」
現れた異様な物体に、藤原と大河原以外の全員が絶句する。
戦車の車体の上―本来なら砲塔がある所に、5メートル程の全長を持つ人の上半身を模したものが乗っているのである。全体的に角張った輪郭を持つソレは、5本の指が伸びた両腕と、目に相当するカメラが1つ付いた四角い頭部を持っている。カメラは横に走るレールに備え付けられており、ある程度視界を動かせるようである。最も特徴的なのは、両肩の上の2門の砲身である。背負われている背中を覆う程の箱から伸びたその砲身が、いかにも兵器という印象を与える。そんな上半身が、腰に相当する下が広い台座を介して車体に繋がれ、履帯から頭部まで7メートルは有している。
「……よし、無事に届いた。ご苦労」
ザッと見回してから電話を切った大河原の横で、ソレは背後上空から照りつける日光を浴びて、ESO色と言うべき緑の装甲に光沢を輝かせる。
―…………コレは…………―
「コレは、何なんです?」
左から2番目に立つ小田が、口が回らなくなっている光秋と同じことを驚きを隠さずに訊く。
「ニコイチを人類の手で再現する計画に基づいて作られた、試作品だ」
大河原が事務的に答える。
「ニコイチを再現、て……」
一番左に立つ竹田が呟く様に言う。
「ニコイチとは全然違うじゃないっすか!だいたい、脚ないし」
「そう言うな……」
怒る様に続ける竹田に、大河原が冷静に応じる。
「上半身の方は、それほど難しくはなかった。胴体を重機の運転席に見立て、腕はマニピュレーターの技術を基にすればよかったからな」
と、右から2番目に立つ伊部が、
「……まにぴゅれーたー?ってなに?」
と、光秋の左耳に口を寄せて歯切れ悪く小声で聞いてくる。
「ロボットアーム、機械の腕のことです」
光秋も伊部の顔に口を近づけて小声で答え、伊部は軽く頷いて理解を示す。
そんな2人に構わず、大河原は説明を続ける。
「問題なのは下半身だった。人間程の大きさのものならまだしも、10メートル大のものとなると殆ど前例がない」
「?……その人間大のやつを、そのままでかくすりゃいいんじゃ?」
竹田が不思議そうに問う。
「いや、そう簡単にもいかん。これだけの大きさになると、上体の重さを支え得る強度が必要になるし、歩かせるならバランス感覚の問題だってある。何より解決しなければならんのは、振動だ」
「振動?」
竹田がオウム返しする。
「10メートルくらいならそんなでもないんだろうが、こんな大きさのものが歩こうものなら、1歩踏み出すごとにかなりの揺れがコクピットを襲う。それらの問題を解決した『脚』の製作がかなり難航していてな……」
「…………!」
大河原の説明から、光秋は先日の彼の行動目的を察する。
―あのマニュアル見せてっていうのは、ニコイチの構造を参考にするためだったのか?―
「だからその代わりに、陸軍の主力戦車を流用してどうにか移動はできるようにした」
「ところで……なぜこのようなものを作られたんですか?」
大河原が言い終わったところで、小田が訊いていいのかどうか迷っている様子で訊く。
「ニコイチのあまりの高性能に、軍やESOの上層部、それと一部の技術者たちが興味を示してな。試験的に、人間の手で同じ様なものを作ってみようということになったんだ」
「はぁ……」
―高性能なのは、ニコイチだからじゃあ?…………―
大河原の返答に小田は力なく答え、光秋は心中に呟く。
と、
「……!」
不意に伊部がハッとする。
「三佐、ひょっとしてしばらくいなかったのは……」
「あぁ。コレの受領の書類を書くのに少し手間取ってな」
藤原は伊部の顔を見て答える。
「!……じゃあコレ、ウチの隊で使うんですか?」
小田が驚いた顔で訊く。
「そうだ。そのために皆に集まって見てもらったんだ」
「!」
藤原がそう答えると、竹田の目が急に輝きだす。
と、竹田は右手を高く挙げる。
「ハァイ!オレ乗ります!」
が、
「やる気があるのは結構だが、コイツは2人乗りなんだ。上半身と下半身に1人ずつ必要なんだよ」
と、大河原が冷静に言い、藤原が、
「そうだな。もう1人は…………小田、お前がやれ」
と、小田に目をやる。
「え!……俺ですか?」
言いながら、小田は顔を曇らせる。
「……?」
そんな一尉の表情に、光秋は面倒臭さ以上の、僅かながらの影の気配を感じる。
「あぁ。お前が上、竹田が下をやればいいだろう」
「えぇー!」
藤原の決定的な言い方に、竹田は異議の声を上げる。
「まあまあ」
大河原はそう言いながら、足元に置いていた段ボール箱を開け、中から取り出したA4程の冊子を竹田、小田、藤原、伊部の順に配る。その厚さは1センチ少々はある。
「コイツの解説書だ。各自読んでいつでも動かせるようにしておけ」
藤原が言う。
「私もですか?」
「当然だ」
伊部の問いに、藤原は即答する。
と、
「?…………あの、三佐、僕には?」
1人だけ冊子をもらっていない光秋が問う。
「お前はニコイチの一層の慣熟に励めばいい。コレのおかげで、儂らも少しはお前の支援ができるようになる」
「はぁ…………」
言いながら光秋は、伊部が持つ冊子に目をやる。
その表紙には、『PHM‐01 ゴーレム・タンク解説書』とある。
大河原とゴーレム・タンクを駐車場に残し、藤原隊一行は地下の待機室に戻る。
最後に入った光秋がテーブルに座ると、その正面に座る藤原が口を開く。
「ところで加藤、さっき話しがあると言ったが」
「はい」
応じると、藤原は足元のカバンから1枚の紙を取り出し、光秋に差し出す。
「?……」
光秋はそれを受け取ると、細かい字を読もうと右手でメガネを少し前にずらす。
―……『加藤光秋、夏季のNPによる暴動鎮圧、及び先日の京都駅破壊阻止における貴官の功績を称え』……!……『2010年9月13日をもって』―
「『二曹への昇格を命ずる』?」
左隣に座る竹田が首を近づけてよく通る驚きを含んだ声で読み上げると、
「!……」「?……」
藤原の右隣に座る伊部と、その隣に座る小田も目を丸くする。
―…………二曹への……昇格?…………―
すぐには信じられず、光秋は書かれていることの意味を何とか理解しようとする。
と、
「スゲェーじゃん加藤ぉ!」
竹田が歓声を上げながら光秋の首に右腕を回す。
「普通二曹への昇格は1年務めないとダメなのに、半年で!」
「三佐、どういうことです?」
竹田の歓声を受けて小田が問う。
「いやぁ、昇格の話しは夏の暴動鎮圧の頃から出ていたんだが、加藤が待機期間中だったことと、竹田が言ったような規則から見送られていたんだ。が、先日のテロ阻止の功績から、2つ実績があるならいいだろうということで上層部の意見がまとまって、
―東局長……―
藤原の言葉から、光秋はこちらの世界に来た初日の夜に会った藤原にも負けない逞しい体つきをした初老くらいの男を思い出し、手元の紙の右下に目をやる。
そこには、「超能力者支援機構日本局長
「さて、新兵器の受領と加藤の昇格も済んだことだし、これでやっと10月の合同演習の下準備は整ったわけだ」
「…………え?」
嬉々として言った藤原に、光秋は一瞬唖然とし、紙から顔を上げる。
「「!?…………」」
同時に竹田と伊部も、驚きの顔になる。
「……あのー、三佐…………演習ってなんのことです?」
伊部が恐る恐る訊く。
と、
「「!?」」
今度は藤原と小田が驚く。
「三佐まさか、まだ言ってなかったんですか?」
小田が問う。
「あのー、オレも聞いてないんすけど……」
「お前には俺が言った」
「あ、そう?…………」
小田の返答に、竹田はバツが悪そうに小さくなる。
と、固まっていた藤原が口を開く。
「ウム…………よく考えたら、伊部と加藤には言ってないな……」
「結局、演習ってなんなんです?」
光秋がメガネの位置を戻しながら藤原に問う。
「10月に、空軍と陸軍、ESOの功績の多い隊との合同の演習があってな。ウチも参加することになったんだ」
「いつ決まったんです?」
伊部が問う。
「連絡があったのは8月の終わり頃だ。小田が受けて、儂と竹田に報告した。その時儂が、伊部と加藤に復帰次第伝えると言ったが……言った気になっていたな…………」
「いつやるんです?」
光秋が問う。
「10月2日」
―10月2日?……それなら、大丈夫か―
藤原の答えに、光秋はその日予定がなく、変更事項が生まれないことにホッとする。
と、
「…………待てよ」
小田の顔が曇る。
「このタイミングでの新兵器の受領……三佐の『下準備が整った』って発言……!まさか!」
「あぁ。今度の演習は、アレの運用試験も兼ねている」
「……」
藤原の返答に、小田は右手で頭を抱える。
「3週間もせずにあんな斬新兵器に慣れろと?」
「大河原主任の方から頼んできたんだ!『ギリギリいい機会に間に合ったから何とかしてくれ』とな」
「だからって……」
「……あぁあ!決まったものはしょうがないだろう!」
叫んだ勢いで藤原は立ち上がる。
「とにかく、時間が惜しい!加藤!早速グラウンドで訓練だ!」
「は、はい!」
気まずさを誤魔化す様に言われた藤原の言葉に、光秋は慌てて紙をカバンに仕舞い、急いで立ち上がる。
「小田!竹田!試運転を兼ねて駐車場に置きっぱなしのアレを本舎の裏手に移動させろ!」
「「はい!」」
小田と竹田も慌てて立ち上がる。
「……三佐、私は?」
「ウム……小田たちに付いて行け!見て覚えろ!」
「はい!」
伊部の質問に答えると、藤原は光秋と速足でドアへ向かい、小田たちも冊子を片手に部屋から慌ただしく出ていく。
グラウンドに着いた光秋は、軽い準備体操を終えると、藤原から指示された突きの練習を始める。
しばらくすると、
「…………!」
光秋は右後ろから独特の大きな音を聞き、手を休めて音の方を振り向くと、本舎の影から先程の履帯の脚を持つ半人型マシーン―ゴーレム・タンクが現れるのを見る。
―ちょっと、怖いな…………―
ソレが動く光景に、思わずそんな印象を抱く。
ゴーレム・タンクは光秋の右後ろの近くで停まると、胴体下部の四角いハッチから小田が、車体前部中央の丸いハッチから竹田が出てくる。
竹田はそのまま車内の椅子に座って冊子を読みだすが、小田は下に開いたハッチの右端からリフトを出し、下に降りて近くの日陰に移動してから冊子を開く。
機体の左後ろから伊部が現れたのを見たところで、
「さて!再開するぞ」
と言う藤原の声を聞き、光秋は再び突きの構えをする。
しばらくして、光秋と藤原はグラウンドのその場で休憩に入る。
と、
「……」
日陰に座り込んで冊子を読む小田を見た光秋は、ゴーレム・タンクの操縦士に指名された時に影の様な顔をしたことを思い出す。
―……どうしたんだろう?―
思いつつ、自分の中で心配と好奇心が同時に起こるのを自覚する。
―…………訊いてみるか?―
そう思うと、光秋は小田の許に歩み寄る。
光秋の前に腰を下ろす藤原は、その背中を目で追いはするが止めようとはしない。
光秋は小田の前で立ち止まると、
「一尉?……」
と呼び掛ける。
「どうした?」
小田は冊子から顔を上げながら返す。
―……目上の人を見下ろすのも失礼か―
そう考えた光秋は脚を折って中腰になり、小田と視線を合わせる。
「先程、ゴーレム・タンクの操縦士に指名された時、少し浮かない顔をされた気がしたんですが?」
「あぁ。顔に出てたか…………」
「やっぱり?」―見間違いってわけじゃなかった―「…………何か、あったんですか?」
「…………」
小田は冊子を閉じて右脇の地面に置くと、視線を靴の先に向ける。
―……遠くを見る目?―
小田の目に、光秋はそんな印象を抱く。
「お前には、まだ話してなかったな…………いや、お前だけじゃない。
小田は呟く様に言う。
「……俺は、もともと陸軍で戦車乗りやってたんだよ。砲手だった」
「大砲を撃つ人ですよね?」
「あぁ…………ただ、撃てない砲手だった……」
「?……」
「5年くらい前、俺が今の伊部くらいの歳の頃、『朝鮮内戦』ってのがあった。三佐から聴いてるだろう?」
「はい。春の研修の時にちょっと……合衆国成立の少し前に、朝鮮半島の2つに分裂していた国が『朝鮮共和国』っていう1つの国に統合したって。それが今の朝鮮州だって……もっとも僕の世界では、まだ2つのままなんですが……確か2000……5年だったかな?合軍への合流を嫌った旧国軍の残党が蜂起したと。州内の軍では抑えきれなくなって、日本や中国から鎮圧部隊を派遣して、
「物覚えがいいんだな……それにその様子じゃあ、察してもくれたか」
「あ、いえ…………興味のあることだけです!」―……何言ってるんだ僕は―
咄嗟に言った場違いな発言に光秋は恥ずかしくなる。
が、小田はそんなことを気にせず、目をつむって微笑む。
「そう。俺はその鎮圧部隊に参加していた。当時は、まだ士官学校出たての青二才少尉だった……ちょうど『三戦危機』も過ぎて、平和な時期だったからな。訓練漬けの毎日にやっと来た実戦の機会は魅力的だった。意気揚々と出陣していったんだがな…………半島の南部に上陸して、現場に進行する途中で待ち伏せを食らってな、スコープを必死で覗いて、何とか敵兵を捉えた……それが、生身の男だった」
「…………」
「その瞬間、引き金を持つ手が凍っちまった。車長が『早く撃て』って言った気がしたが、よく覚えてない……その間に、向こうはバズーカだかロケット弾だかを撃ってきて、それで俺が乗ってた戦車は粉々に吹き飛んだ」
と、小田は上着とワイシャツの左袖を肘まで捲くって光秋に見せる。
「!…………」
光秋は、小田の数珠が巻いてある手首から肘にかけて残る赤い火傷の痕を見る。
「…………その時の、傷ですか?」
「あぁ。もっとも、助け出された時はこんなもんじゃなかったらしい。全身火傷まみれで、皮膚移植やらなんやらで大変だったそうだ。ただ、俺はその時呆けてたみたいで、治療中の記憶が殆どない……それでもな、比較的軽傷だったこの部分だけは残してくれって、必死で頼んでた記憶だけはなんとか残ってる」
「…………」
光秋は、小田の火傷の痕から目を離すことができない。
「その後、なんとか復帰するんだが、あまりにお粗末な結果に軍に居づらくなって、ESOに転属して、京都支部に配備された。それに合わせて、『奇跡的に生還した名誉』とか言って、二尉に昇格した」
と、小田は正面に腰を下ろしている藤原を見る。
「三佐に会ったのは、そんな時だったな……当時は一尉だった。俺と同じ様に軍でへまして転属してきたらしく、いろんな隊を転々としていたらしい。俺はと言えば、すっかり白けて、放っておけば自暴自棄になりかけてる有様だった……そんな俺に、三佐初対面でなんて言ったと思う?」
「……?」
微笑んでかけられた問いに、光秋は首を傾げる。
「『儂は、整理戦争の途中で命令拒否を起し、そのまま逃げる様に帰ってきた。だが、方法はさておき、儂の方にも理由があってしたことだ。儂はあの地で見た光景を、おそらく一生忘れないだろう……それ故にだ、儂は万人平和の世の中を作りたいと、切に願った』」
―『万人平和の世』?…………―
話しているのはあくまでも小田なのだが、光秋は藤原が直に話しているような感覚を覚える。そしてその一言が、妙に耳に残る。
「『お前たちの事情は問わん。儂が指揮する隊に入った以上、それを理念に頑張って欲しい』ってよ…………俺には、その言葉が一条の光に感じられたよ。空っぽになってた俺に、目標を持たせてくれたからな…………」
「…………」
「だが…………」
と、小田は左前に停まっているゴーレム・タンクに視線を向ける。
「その果てに、また戦車みたいなものに乗ることになるとはな……おまけに……」
小田は地面に置いてある冊子を軽く叩く。
「こいつによれば、背中の大砲は上の奴が操作するらしい。つまり、また砲手もやるってことだ。そう思うと、な…………三佐は、何を考えてるんだ?」
呟く様に言うと、小田は顔を俯ける。
と、
「…………一尉」
光秋は、静かに口を開く。
「これは推測ですが、三佐は、一尉に立ち直って欲しいから、敢えて指名したんじゃないですか?」
「…………立ち直る?」
「はい。僕は、まだ三佐や一尉のことはよく知りません。ただ、よくある話だと、失敗した時と同じ様な状況に置いて、それを乗り越えさせるっていうのがあるじゃないですか。一尉が未だにその時のことを引きずっているなら、三佐はそれを吹っ切らせたくて、わざわざ指名したんじゃあ、ないでしょうか?…………もう1つ考えられるのは…………単に三佐にデリカシーがなくて、適当に指名したって、ことですけど…………変な本の読み過ぎですかね?」
「…………」
小田は束の間考え込む顔をする。
と、
「…………フッ」
「?」
不意に口元を歪め、光秋は少しハッとする。
と、小田は微笑みを浮かべた顔を光秋に向ける。
「なるほど。お前の言うことにも一理あるかもな。もっとも、三佐がデリカシーに欠ける人間であるのも事実だが……せっかくだ、都合よく解釈させてもらう…………ありがとな」
「!……いえぇ!」
光秋からすれば、単に当てずっぽうな推測を言っただけである。それで礼を言われたのだから、少々動揺してしまう。
と、
「加藤ぉ!そろそろ始めるぞぉ!」
「はい!」
後ろから立ち上がった藤原に呼び掛けられ、光秋は振り向いて応じる。
小田に一礼すると、光秋は立ち上がって藤原の許へ駆けていく。
午後0時40分。本舎地下1階。
食堂での藤原隊一行との昼食を終え、歯を磨いた光秋は、紙コップの自動販売機近くのベンチに腰かけて一息つきながら、先程の小田との会話を思い返してみる。
―一尉にだって、一尉の人生があるんだよなぁ……にしても、一尉が語り聞かせてくれた『朝鮮内戦』の話し……僕にとっては教科書の中のことでしかないことでも、一尉みたいにその場にいて、その空気に触れた人たちがいるんだよなぁ…………祖父ちゃんが昔話する時のことを思い出しちまった…………―
と、数珠が巻いてある左手の腕時計を見る。
―45分……少し早いが、そろそろグラウンド行くか―
そう決めるとベンチから立ち上がり、最寄りのエレベーターへ向かう。
―三佐の言う、『万人平和の世』……僕も憧れるな。ニコイチの“力”を以てすれば……て、そんな単純なことでもないが、少なくともあんな“力”を授かった以上、それをそういうことに使うのは、授かった者の責務……いや、そういう縛る様な言葉じゃないなぁ。もっと自発的なぁ……いい言葉が思い付かんなぁ…………言葉貧乏
午後8時。
訓練を終えて帰宅すると、光秋は風呂を沸かし、少し熱めの湯に浸かる。
「…………」
肩まで体を沈めてリラックスしながら、再び小田との会話を思い返してみる。
―立ち直り……引きずっているなら吹っ切らせたくて、か…………大口を叩いたが、それは僕にも言えることなんだよなぁ…………―
ふと脳裏に、綾の顔が浮かぶ。
いかがでしたか。
ようやくニコイチ以外のそれらしいメカを登場させることができました。今後もこの手のメカは増えていくので、ご期待ください。
では、また次回。