白い犬   作:一条 秋

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 今回から「はじめての夜警編」に入ります。
 引き続き『白い犬』をよろしくお願いします!


はじめての夜警編
37 闇夜の訪問者


 10月6日水曜日正午。

 午前中の格闘戦訓練を終えた光秋は、藤原三佐と共に本舎内の食堂へ向かう。

 空腹を覚えつつ焼き肉定食を注文すると、同じ物を大盛りで頼んだ藤原と一緒にトレーを持ち、人混みの中から空いている席を捜す。

「……!三佐、あそこ空いてます」

「うむ」

光秋が小田一尉と伊部が向かい合って座っているテーブルを見つけ、藤原が応じると、2人はそのテーブルに向かい、それに気付い小田が声を掛ける。

「三佐、加藤。先頂いてます」

「うむ」

応じながら藤原は小田の左隣に座り、光秋も小田たちに一礼しつつ伊部の右隣に座る。

「竹田は?」

「上杉と外に行きました」

箸を持った藤原の問いに、小田は骨を抜いた秋刀魚の塩焼きをつまみながら答える。

「……」

伊部も小田と同じく焼き魚定食を食べているのを見た光秋は、手を合わせて自分も食事を始める。

 しばらくして、

「……そういえば、ふと思ったんだが」

「なんです?」

小田の呟きに、伊部が応じる。

「ん。加藤は、いわゆる異世界人なんだよな?」

「……はい……?」

小田の唐突な質問に、光秋は首を傾げながら答える。

「ニコイチは神モドキっていう、加藤とはまた違う世界の奴が造った物で、この間演習の時に現れた黒い奴も、また違う世界の奴が造った物……んーん……」

「……どうしました?」

言ってから顔をしかめて首を傾げる小田を見て、光秋が訊く。

「いや、異世界とかパラレルワールドとか、映画や漫画なんかでよく聞くけど、俺はいまいちよく解らなくてな……この世界とは違う世界?……」

「…………僕なりの解釈でよければ、説明しますが?」

「頼む」

光秋の少し考えてからの提案に、小田はすぐに応じる。

「言っておきますが、あくまでも()()()()解釈であって、これが正しいって保障はありませんよ」

 言いながら、光秋は空になっている自分の茶碗とお椀を4人の中心に置く。

「とりあえず、このご飯茶碗をこの世界、いや、宇宙として、お椀を僕がもともといた宇宙とします。それぞれの宇宙は、別々に分かれて存在しているため、例えば僕のいた宇宙で何が起こっても」

言いながらお椀の中で箸をデタラメに動かし、

「この宇宙には何ら影響はありません」

茶碗の中に箸で円を描く。

「つまり2つの宇宙は、完全に独立して存在しているんです。ただ」

と、2つの椀の間の上に箸を置く。

「神モドキさんは、こんなふうに2つの宇宙に橋渡しをして、一時的に繋げることができるんでしょう。僕がこっちに来る前に見た白い空間が、この箸ということです」

「……なるほどな」

応じながらも小田は、いま一つ解り切れていない顔をする。

「で、その別の宇宙ってのはどうやってできるんだ?」

 小田の問いに、光秋は3人の空いている椀を取って自分の手元に重ね置きする。

「『ビックバン』という言葉をご存じですか?」

「宇宙誕生の際に起る、一種の爆発のことだろう?」

藤原が答える。

「えぇ。つまり……」

光秋は3人から取った椀を3つ、最初の2つの椀の周りに適当に置いていく。

「こんなふうに、ビックバンがいくつか別々に起って、出所が違う宇宙が複数生まれたというのが一つ。もう一つは……」

そこで2つ重なった椀を中央に出し、

「ビックバンとは、宇宙の膨張のことですから、時間が経つにつれてどんどん広がっていきます」

言いながら上の椀をゆっくりと持ち上げていく。

「その過程で、広がりにムラができていって、最終的に分裂してしまう」

と、持っていた椀を手前側に置く。

「結果、2つの別々の宇宙ができてしまう、ということです……あとまぁ、ある時点で、『あの時こうしていたら』って考えることがありますけど、実は『こうしていたら』っていう自分が他の世界にいて、ここにいる自分とは違う人生を歩んでいるっていう考えもありますが……ここまで来るとややこしくなるんで、これ以上は触れません」

「「「…………」」」

 一連の説明に、3人は無言を返事にする。

「……最初に言いましたが、この考えが正しいという保証はありません。ひょっとしたら全然的外れなことを言ってるのかもしれないし、その場合は僕の空想ということになってしまいます……もっとも、『確かなことなどない』というのが、僕の考えの軸の様なものですが……現にこんな体験をするまで、そもそも異世界の存在そのものも空想の産物と思っていて、それが覆ってしまって…………すみません、僕の説明が下手で……」

補足を言っていて虚しくなった光秋は、思わず言ってしまう。

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

「話が私たちには、壮大すぎるっていうか……」

小田と伊部がぎこちなく応じる。

「儂はそうでもないがな」

「さすが三佐」

藤原の言葉に、小田は少々の敬意を込めて応じる。

 

 10月13日水曜日午前10時。本舎裏のグラウンド。

 組手の構えをとった光秋は、藤原が持つバックに何回も突きを入れていく。

 と、

「二曹!」

「「!」」

大河原主任の声に2人は訓練を中断し、光秋は左の本舎の方を見る。

「訓練中すまないが、ちょっと時間あるか?」

言いながら、灰色のツナギ姿の大河原は2人の方に歩み寄り、光秋は藤原を見る。

「三佐、すみませんがちょっと」

「かまわん。行ってこい」

藤原に一礼を返すと、光秋も大河原の許に歩み寄る。

「なにか?」

「突然ですまんが、ちょっとニコイチを出してくれないか?」

「?……わかりました」

 言うと光秋は上着の内ポケットからカプセルを出し、右側の空間に左膝を着いたニコイチを出現させる。

「よし。俺をコクピットに上げてくれ。用はそこにあるんだ」

「わかりました」

大河原に応じると、光秋はリフトでコクピットに上がって認証を済ませ、右手に大河原を乗せてハッチに上げる。

 手からコクピットに移ると、大河原はポケットからUSBメモリーを出し、光秋に差し出す。

「これは?」

「この間の演習に乱入してきた未確認機のデータだ。ニコイチのコンピューターにも入れておいてくれ」

―あの黒い奴か……―「了解」

応じると、光秋はそれを中央パネルの左側面上部にある差し込み口に差し、画面を何度か触って中身を読み込ませる。

―『UKD‐02』、ニコイチと同じ型番……『未確認人形その二』か……当然か―

読み込んだ情報を確認しながら、敵対した機体にニコイチと同じ型番がふられていることに複雑な思いを抱く。

 パネルからUSBを抜き取り、それを大河原に返そうと周りを見回すと、

「……主任、何してるんです?」

操縦席の左側に屈んで巻尺を椅子のあちこちに当てている大河原を見る。

「ん?あぁ、昨日伊部二尉に頼まれてな。この辺に補助席を作って欲しいと。その採寸だよ」

「補助席?」

「あぁ。立ちっぱなしだと疲れる上に、激しい動きをした時危険だというんでな。ただ俺の方も、演習時のニコイチやゴーレム・タンクのデータの整理とか、いろいろあって忙しいから、いつできるかわからんとは言ってあるがな。今日のこれやデータ渡しだって、やっと時間ができてしてるようなもんだからな」

「そうですか……」―あぁ。だから演習休みの後からゴレタンがなくなってるんだ―

 大河原の話を聞いて、光秋はニコイチの頭部を挟んだ後ろを意識し、そこにあったゴレタンが粗末な印象を与える小屋ごとなくなっていることに納得する。

―三佐に訊いても、主任が持っていったらしいこと以外解らなかったが、なるほど、データ取りか……―

 そんなことを思っていると、

「……よし、こんなものだろう。ご苦労さん。下ろしてくれ」

「はい」

採寸を終えて巻尺をツナギに仕舞う大河原に応じると、光秋はUSBを返して大河原が乗った右手をゆっくりと地面に下ろす。

 大河原が手から降りると、光秋もリフトで地上に降り、ニコイチをカプセルに収容してそれを内ポケットに戻す。

「時間を取ってすまない。とりあえず、補助席の件は楽しみにしていてくれ」

「はい」

本舎の方へ立ち去る大河原に一礼しつつ応じると、光秋は振り返って藤原の許に向かい、訓練を再開する。

 

 10月18日月曜日午前9時半。

 午前中の訓練は遅れると藤原に連絡した光秋は、目の定期検査のために医療棟の上杉の診察室を訪れる。

「よし、眼圧は正常。なにか気になることは?」

「ありません」

カルテに書き込みをしながら訊く白衣姿の上杉に、制服の光秋はそう返す。

「薬はいつも通り?」

「はい。3種類1本ずつで」

「了解。じゃあ下で、会計と薬もらってって。お大事に」

「ありがとうございました」

一礼すると、光秋は足元の灰色のカバンを左肩に提げ、上に置いていた制帽を被って丸椅子を立ち、出口へ向かう。

 と、携帯電話の着信音楽が鳴り響き、上杉が白衣からそれを出してすぐに電話に出る。

―知らない曲だな……?―

聴き覚えのない曲に、光秋はそんなことを思う。

「ハイハイ!……いやぁ、今日は忙しくて無理だわ。その代わり、明日早めに帰れるようにするからさ……」

―……彼女からか?―

嬉しそうに電話をする上杉に、光秋はそう思いながら部屋を出る。

 

 10月22日金曜日午後6時。

 訓練を終えた光秋は、藤原と並んで本舎へ食事に向かう。

 と、左前を行く藤原が、

「……そうだ、また忘れるところだった」

と、何かを思い出した声を上げる。

「加藤、来週ウチの隊が夜警の当番だから、着替え等忘れんようにな」

「わかりました……」―夜警?……あぁ。ここの見回りか―

応じつつ、光秋はこちらに来た最初の日に、藤原たちがそれを行っていたことを思い出す。

 

 10月29日金曜日午後6時。

 訓練を終えた光秋は、藤原と共に食堂へ向かい、先に来ていた小田、竹田、伊部、上杉と一緒に夕食を摂る。

「あーあー、また夜警当番だよー」

 光秋の左前に座る竹田が、朝から何度も言っている愚痴を溢す。

「しょうがないだろう、必要なことなんだから。寧ろ翌日休める分、半年前よりいいだろう?」

「そーっすけど……」

右隣に座る小田の指摘に、竹田は面倒そうな顔で応じる。

 と、

「……あ。すみません」

携帯電話の着信音楽が鳴り出し、小田の前に座る白衣姿の上杉がすぐにそれに出る。

―違う曲?―

先日診察室で聴いたのと違う音楽に、光秋は違和感を覚える。

「はい?……わかってるって!もう少ししたら帰るから……うん……うん……わかってるって!オレも愛してるよ!じゃ」

―……彼女……か?―

嬉しそうに話す上杉の様子や電話の内容から、光秋は違和感を増しつつそう推測する。

 と、また違う着信音楽が鳴り出し、上杉はすぐに出る。

「はい?……いやぁ悪い、今日は遅くなりそうなんだよ。その代わり、明後日の予定はばっちりだから!……オレも寂しいよぉ……うん、じゃあ。愛してるよ!」

―?……さっきと言ってることが……―

味噌汁をすすりつつ、光秋の上杉に対する違和感は増加する。

 と、また着信音楽が、今度は診察室で光秋が聴いた曲が鳴り出し、上杉はすぐに出る。

「はい?……いやぁ、今日は遅くなりそうでさ……え?いいよぉ!」

上杉の顔に明らかな焦りが浮かぶ。

「食事はこっちで済ませるからさ……うん、いいよ。それより、来週楽しみにしてっから……うん。じゃあ。愛してるよ!」

 そう言って電話を切っり、白衣にそれを仕舞うと、上杉は溜め息を溢す。

「ふーう……」

「……上杉君、ひょっとしてまた?」

光秋の左隣に座る伊部が、表情を曇らせながら知っている様子で問う。

「……」

「……」

小田と、光秋の前に座る藤原も、同じ様な顔をする。

「えぇ。家に来るって言われた時は焦りましたよ」

―……まさか……浮気ってやつか?―

上杉の返事から、光秋はさっきの電話がどういうことなのか察する。

「たく。今度は何人だ?」

「3人です」

「三又!?」

 竹田の質問に対する上杉の回答に、光秋は思わず声を出す。

「そんなに驚くなよ。今回はましな方だぜ。あそっか、お前はあのこと知らないんだっけ?」

「なんです?」

竹田の言葉に、光秋は訊き返す。

「ありゃあお前に会う少し前、2月だったな。さっきみたいに女捌いててよ、アパートに帰ったらその時つき合ってた女5人全員と玄関で鉢合わせだよ」

「二尉!」

「それは……」

上杉は眉間に皺を寄せ、光秋は背筋に寒気を覚える。

「でだ、こいつは上手く逃げたんだけど、アパートには女たちが張り込んでて行き場がない。んで、オレの寮に泣きながら転がり込んで来て、心優しいオレはほとぼりが冷めるまで温かく迎え入れてやった、というわけだ」

「一部誇張してますけどね。オレ泣いてないし、二尉いかにもウザったそうにしてたでしょ!」

上杉が補足する。

「そうだっけ?まぁとにかく、今回は頼みの綱のオレも夜警でいないからな。せいぜい気を付けろ」

「ご心配なく。現に今調整したところですし」

竹田のからかい顔に、上杉はムッとして応じる。

 そんな2人を見つつ、光秋はどうしても思ってしまう。

―そもそも浮気しなけりゃ、そんなことにもならないんじゃないのか?―

 

 食事を終えると、上杉は早々に帰宅し、小田たちも荷物を持って寄宿舎へ向かう。藤原と光秋も本舎地下の待機室へ荷物を取りに行ってから向かい、藤原隊一同は寄宿舎2階の1号室に集合する。

―ここ使うのも、3月以来だなぁ……―

六畳一間の部屋で制靴を脱ぎながら、光秋は少し懐かしさを覚える。

 部屋に上がると、カーテンが閉まっている窓を背にした藤原を中心に、一同は円形に向かい合う形で腰を下ろす。光秋は藤原の右前に正座する。

 藤原が話し出す。

「さて、今回は初めての加藤もいるので、確認を兼ねて説明しておく。夜警を行うのは、10時、1時、4時の3回。各自が担当の施設を回る。異常を発見したら、すぐに知らせるように」

言いながら、藤原は各々に部屋に置いてあった懐中電灯と小型の通信機を渡す。

「配置は……どうするかな?」

「加藤は医療棟に回した方が。あそこは一番無難ですし、実地訓練ということで」

「ウム。その方がいいか。それでいいか?」

光秋と藤原の間に座る小田の提案に、藤原は光秋を見ながら確認する。

「はい」

「ウム。小田は本舎でいいな?」

「はい」

「よし。後は……」

言いながら、藤原は自分の左側に座る竹田と伊部に顔を向ける。

 と、

「加藤」

「?」

小田に呼び掛けられた光秋は、その方に身を寄せる。

「今の内に、これの使い方教えておく。お前初めてだろう?」

―そいいえば……―「はい。お願いします」

通信機を示しながら言う小田にハッとしつつ応じ、その使い方を教えてもらう。

 光秋が通信機の使い方を一通り覚えるのと同じ頃に、竹田と伊部、藤原の配置も決まる。

「よし。後は部屋割だな。伊部は1人3号室でいいとして……」

「俺は加藤と一緒に、2号室で」

右隣の伊部を見ながら言う藤原に、小田は素早く応じ、その理由を光秋はすぐに察する。

―……鼾か―

「そうか。じゃあ、儂は竹田とここで」

「ウッス」

藤原の確認に、光秋の右隣に胡坐をかく竹田は短く応じる。

「ウム。では、各自10時まで待機。今の内に仮眠でもとっておけ」

「「「「了解」」」」

 一斉に応じると、光秋はカバンを持って小田と伊部と共に1号室を出る。

「あぁ一尉、僕ちょっとシャワー浴びてきます。一尉は?」

「俺は飯の前に行ったから、先寝てる」

「私も行く」

光秋の言葉に小田と伊部はそれぞれ答えると、小田は2号室へ、伊部は光秋と一緒に下へ向かう。

「僕、歯ぁ磨いてから行きますんで」

「そう。お先に」

伊部にそう言って別れると、光秋は共同水盤で歯磨きをしてからシャワー室へ向かう。

 脱衣所に入ると、左側の棚に制服が入っている籠を2つ見つける。

―1つは服の大きさからいって三佐か。もう1つは……?―

思いつつ、光秋も服を脱いで籠に入れ、棚の左脇に重ね置きされているバスタオルを1枚取ってシャワー室に向かう。

―ここも久しぶりだなぁ……―

 と、こちら側に来た日に思いを馳せながら入ると、

「ん?加藤、遅かったな?」

バスタオルを腰に捲いて部屋の中央のベンチに座る藤原と、その右隣に同様の姿で座る竹田を見る。

「お二人もシャワーですか?」

「あぁ。儂も汗かいたからな」

「オレはいいって言ったけど、三佐が『臭いから入れ』って」

左手前の個室に移動しながらの光秋の問いに、藤原と竹田はそれぞれ応じる。

「そういば、上では訊かんかったが、今日のことでなにか質問はあるか?」

「……」

 藤原の質問に、光秋は個室のドアの前で足を止めて2人の方を見る。

「…………いえ、特には……ただ、やっぱり場所が場所だけに、拳銃はいるんですよね……」

光秋は待機室にカバンを取りに行った際、藤原の指示で拳銃と弾倉、それを収めるガンベルトをカバンに入れて持って来たこと、藤原も同じことをしたことを思い出しながら言う。

「それはな。いざという時にすぐ対処するための夜警だからな」

「ま、心配すんなって。三佐はこう言ってるけど、全部の施設にEジャマーは24時間効いてんだし、防犯設備だってかなりあるし。さーっと見て、寝れる時間少しでも確保できるようにすりゃいいんだよ」

「お前はもう少し気を引き締めろ!」

竹田の助言とも軽口ともとれる言葉に、藤原は眉を寄せる。

「……わかりました。気は引き締めますが、死なない程度に頑張ります」

2人にそう返すと、光秋は個室に入ってタオルを掛け、シャワーを頭から浴びる。

―やってやるだけ、か…………―

 

 しばらくして、バスタオルで体を拭きながらシャワー室を出た光秋は、脱衣所で藤原と竹田の服がなくなっているのを見て、2人が部屋に戻ったと解する。

 体をよく拭いて下着を変え、ワイシャツとズボンと靴下を着て部屋のドライアーで髪を乾かし、上着を羽織ってカバンを左肩に提げて脱衣所を出る。

 と、

「あ、光秋くんも今出たところ?」

ほぼ同時に外に出てきた制服を羽織った伊部と鉢合わせる。

「あー、はい……」

生返事をしつつも、普段束ねている髪が広がっている伊部に、光秋は綾の姿をどうしても思い起こしてしまい、気まずさを感じてやや速足で2階へ向かってしまう。

「?……」

伊部は首を傾げつつもそれに続く。

「どうしたの?」

「いえ……伊部さんて、風呂上がりの時は髪ほどいてるんですね……」

左隣に着いた伊部に、光秋はとりあえず思ったことを言う。

 と、

―……シャンプー……石鹸か?―

体臭とも違う伊部から発する独特の匂いが鼻をくすぐる。

「それはね。お風呂入ってる時とか、寝る時はゴム外すね」

「ですよね……」

伊部の返事に曖昧に返しながら、光秋は階段を上って2号室の前で止まる。

「では、また後で」

「うん」

3号室の前に立つ伊部の返事を聞くと、光秋は部屋に入ってドアの鍵を閉める。

 豆電球の心許ない明るさの中、カバンと上着を置き、すでに寝ている小田に注意しつつ、押し入れから布団一式を出してその左隣に敷き、携帯電話のアラームを9時50分に合わせ、メガネを取って光秋も仮眠に入る。

 

「…………!」

 左耳元にアラーム音を聞いた光秋は、虚ろだった意識を一気に覚醒させてアラーム音を切り、すぐに上体を起こして左枕元に置いてあるメガネを掛ける。

「んーん!……」

「おはようございます」

唸りながら起きた小田に挨拶しつつ、立ち上がって電灯を点ける。

「……」

「……おはよう」

その光で若干目が沁み、小田も目を細めながら応じる。

 光秋はカバンの上の上着を着ると必要な備品をポケットに入れ、あるいは身に付け、腰に巻いたガンベルトを調整する。拳銃に弾倉を込めてホルスターに仕舞うと、先程身に付けた備品とカプセルを持っていることを確認し、小田に顔を向ける。

「ちょっと下で顔洗ってきます」

「俺も行く。目ぇ覚まさないとな」

そう返すと小田もカバンから備品を出して身に付け、光秋が部屋の灯りを切って小田がドアに鍵を掛け、2人は共同水盤へ向かう。

 光秋が制帽を左脇に挟んで口を漱ぎ顔を洗う横で、小田も顔を洗う。

 ハンカチで顔を拭きながら外に出ると、2人は藤原たち3人が2階から下りてくるのに気付き、その許に歩み寄る。

「ウム。みんな揃ったな」

藤原の確認を聞きつつ、光秋は左前に立つ伊部の髪が後ろに一本に結ってあるのを見る。

―やっぱり伊部さんでいる時は、この方が落ち着く―

「では、10時の夜警を始める。皆気を付けてな。異常を発見したらすぐに知らせるように」

「「「はい」」」「ふぁーい……」

藤原の号令に4人が応じる中、竹田は寝むそうな顔で欠伸混じりに応じる。

「いい加減起きろ!」

「ぐっ!」

その左隣に立つている小田が頭に右手刀を叩き込み、竹田はようやく目が覚める

 

 解散して医療棟へ向かった光秋は、1階で唯一まともな灯りが点いている救急用口から中に入り、右側の受付に座る女看護師にガラス越しに会釈する。

「夜警の方?」

「はい」

「そう……今日入院患者はいませんし、当直の先生も1階の仮眠室で寝てますので、私とあなたと先生以外誰もいませんから」

「わかりました……」―眠いのかな?―

看護師のどこか無愛想な態度を違うと思いつつもそう解釈すると、光秋は一礼して歩き出す。

 上着のポケットから懐中電灯を出して灯りを点け、廊下を巡回する。

―夜のこういうとこって、やっぱちょっと怖いな……―

灯りに照らされた中途半端な視界にそんなことを思い、若干の恐怖も自覚しながら、1階の巡回を終える。

 階段で上の階に上がって巡回することを繰り返していると、上杉の診察室の近くに来たことに気付く。

―上杉さん、大丈夫かなぁ?……大丈夫だったら、今頃女の人とよろしくやってんだろうな…………―

そんなことを思いながら、光秋は診察室の前に歩を進める。

 と、

「…………!?」

カンッという軽い金属が落ちる様な音を聞き、一瞬驚いて辺りを懐中電灯で照らして見回す。

「…………聞き違いか?」

 呟きながらも、今度は耳を澄ましてみる。

「…………」

……グゥー……グゥー……。

「?…………」

小さく規則的な唸り声の様な音が聞こえ、光秋はその音に意識を集中させる。

 と、

「…………?……上杉さんの部屋?」

その音が上杉の診察室の中から発していることに気付く。

―……念のため……―

 もともと耳に自信のない光秋は懐中電灯を切って足音をたてないように注意してドアの前に近づき、ドアに左耳を付けて集中する。

「…………」

……グゥゥゥ……グゥゥゥ……。

―やっぱり、ここか!―

 先程よりも鮮明に聞こえる音に光秋は確信し、音をたてないように注意しつつ速足で2メートル程戻った所にあるT字路の影に隠れると、上着から通信機を出して藤原に連絡する。

「三佐!加藤です」

(どうした?)

通信機越しに藤原の緊張した声が応じる。

「今上杉さんの診察室の近くにいるんですが、部屋の中から妙な音がするんです」

(妙な音?)

「はい。『グゥー、グゥー』っと、唸り声の様な音が」

(……わかった。念のため小田と竹田を向かわせる。2人が来るまで待機)

「了解」

 応じると、光秋は通信機を切って上着に仕舞い、T字路の影から顔を少し出して左後方にある診察室のドアを見る。

「…………念のため、か?」

小声で呟くと懐中電灯を上着に仕舞い、先程までとは異なる恐怖を若干覚えつつも右腰のホルスターから拳銃を取り出す。訓練通りに安全装置を外して持ち手部を両手でしっかりと持ち、いつでも撃てるようにする。

―こういうのはどうも好きになれないが、命も惜しいんでな……自信ないけど……―

 少しして、それぞれに懐中電灯を持った小田と竹田が駆け足で合流する。

「状況は?」

小田が訊く。

「その後、動きはありません」

「わかった。三佐」

光秋に応じながら、小田は上着から出した通信機に連絡を入れる。

(何だ?)

「ただ今加藤と合流。現在診察室の2メートル程手前にいます」

(ウム……よし、中を調べろ。指揮はお前に一任する)

「了解」

 応じると、小田は通信機を仕舞って懐中電灯を消し、右腰のホルスターから拳銃を出して安全装置を外す。竹田もそれに続く。

「んで、どうします?」

「部屋の鍵は開いてたか?」

竹田が小田に訊き、小田は光秋に訊く。

「いえ、音がするとわかったらすぐ離れたので、確認してません」

「そういう時は鍵の確認くらいしとけ」

「すみません……」

小田に軽く怒られ、光秋は少し俯く。

「まぁいい。とりあえず接近して俺たちも確認する。行くぞ」

 言うと小田は拳銃を両手で構えた姿勢で診察室に静かかつ素早く近づき、竹田と光秋もそれに続く。

ドアの前に着くと、小田は息を殺してドアに右耳を当てる。

「…………確かに、何か音がするな」

 と、再びカンッという音が響く。

「!?何だ今の音?」

「中から聞こえましたか?」

ドアに耳を当てたまま訊く小田に、光秋が尋ねる。

「あぁ」

「僕も最初、その音で立ち止まって、それから唸り声に気付いたんです」

「ここ、上杉の診察室でしょう?案外あいつじゃないっすか?」

「それはないだろう?あいつなら今頃アパートで女と一緒のはずだ」

「あ、そっか……」

小田の返事に、竹田は思い出した様に言う。

「……さて」

 呟くと、小田はドアの取っ手に左手を掛け、ゆっくりと横にずらしてみる。

「……!開いてる?」

予想に反して鍵が掛かっていないことに若干驚き、グゥゥゥという音がよりはっきり聞こえるようになる。

「……よし、中に入る。俺が最初に行く。加藤は俺の後に、竹田は最後尾で灯りを頼む」

「「了解」」

 小田の指示に2人は応じ、小田を先頭に光秋、竹田の順に並び、竹田は左手に懐中電灯を持ってドアを照らす。

「中に入ったらすぐに銃を構えろ」

「……」

小田の緊迫を含んだ指示に、光秋は若干緊張する。

「行くぞ……ゴー!」

「「!」」

言うと同時に小田はドアを開け放ち、3人は部屋に雪崩れ込むや拳銃を構える。

 と、

「「「?……」」」

「グゥゥゥガァァァ……グゥゥゥガァァァ……」

3人は竹田が照らす灯りの中に、青いワイシャツに白いズボンを着た上杉が、椅子の背もたれに体を預けて熟睡しているのを見る。

「上杉?……」

「何やってんだ…………」

 竹田と小田が目を点にし、光秋は拳銃を下ろして部屋の灯りを点ける。

―唸り声に聞こえたのは鼾か……―

思いながら部屋を見回すと、診察机の上に袋詰めのビーフジャーキー1つと缶ビールが3つ置かれ、上杉の足元にも缶ビールが2つ転がっている。明るい場所でよく見ると、上杉の頬がかなり赤くなっているのがわかる。

―カンッっていうのはこれが落ちた音か……―

 拳銃の安全装置を掛け直してホルスターに仕舞いながら思う間に、拳銃を仕舞って懐中電灯を消した竹田が、上杉の許に近寄って右手で頬を軽く叩く。

「おい、上杉。おーい」

「……う……うー……あ?……おはよございます……」

目が覚めた上杉は、寝惚けた顔で答える。

「おはようじゃねぇよ。こんなとこで何やってんだよ?女が来てんじゃねぇのか?」

「女?……あぁ、来ましたよ……」

竹田の問いに、上杉は舌をもつれさせながら答える。

「飯食ってそのまま帰ったんすよ。したら部屋に2人来てて。なんでも、もともと家で待ってた()ん所に、最後に電話掛けてきた娘が近くまで来たからってんでやって来て、そこでオレの浮気がバレて…………んで、オレが部屋に入るなり2人で奥に引っ張っていって、三又も白状させられて、その娘も呼ぶように言われて……後はもうオレ吊るし上げっすよ!」

―怖っ!―

話を聞きながら、光秋は背筋に寒気を覚える。

「んで、3人でオレのこと取り囲んで……リンチされそうな雰囲気だったから、もう慌てて逃げて、それこそ裸足で逃げ出してきましたよ!」

―だろうな……―

靴下しか履いていない上杉の足を見て、光秋は呆れながらそう思う。

「でもね、逃げたはいいけど、行き場所がなくなっちまったんすよ。アパートにはまだ3人いるだろうし、竹田二尉は今日夜警でいないし。で、仕方なくここに来たんすよ……」

「机の上のビールとつまみは?」

拳銃を仕舞った小田が訊く。

「これは……『とりあえずこんな時は飲もう』と思って、来る途中のコンビニで買ってきました」

「…………」

呆れ顔を浮かべた小田は、右手で頭を抱える。

「……まぁいい。とりあえず、こんな所にいたらまた騒ぎになる。竹田、寄宿舎に連れて行け」

「オレがっすかぁ?」

「いいから行け!」

「りょーかい!おら!行くぞ上杉」

 小田の指示に不満そうに答えると、竹田は上杉を引きずる様に部屋から出て行く。

「…………」

 小田と2人きりになった光秋は、大きな気まずさと、それ以上の申し訳なさを覚える。

「一尉……申し訳ありませんでした!」

言いながら、深々と頭を下げる。

「……まぁ、初めてで、緊張していたのもあるんだろう……三佐には俺が報告しておく。以後、()()()()()()()()()()!」

「はい!」

小田の念押しに、光秋は直立不動の姿勢で大真面目な気持ちで答える。

 小田が灯りを消して2人は部屋を出ると、小田は懐中電灯を点けて来た道を戻り、光秋はその背に深く一礼し、懐中電灯を点けながら小田と逆方向に歩き出して夜警を再開する。

―……やっちまったもんはしょうがない、か……次気を付けよう……―

 

 しばらくして、最上階である7階までの見回りをし、医療棟の巡回を終えた光秋は、寄宿舎に戻ろうと最寄りの階段へ向かう。

「早く寝て、次をきちんとこなそう……」

 階段へ向かう途中、左側に窓が並ぶグラウンド側の廊下を歩いていると、

「…………!」

またカンッという音を聞く。

「また上杉さんか?……」

呆れた声で呟くと、振り返って左手の懐中電灯で床を照らし、中央辺りに転がるビール缶を見つけてそれに歩み寄る。

 が、

「……?……!」

3歩程近づいて、光秋はこの光景の異常さに気付く。同時に、上杉の件でどこか油断していた気分が一気にに醒める。

―……おかしい!さっきここに缶なんてなかった。上杉さん以外には誰にも会わなかったし、そもそも今日は当直の先生と看護師さん以外ここには誰もいないはずだ。その2人だって、1階の救急口にいるはず。仮にこの階にいるとして、こんなことをする理由がわからない…………テレポート…………もない!Eジャマーが効いてんだからできないはず……―「じゃあ、この缶は何処から?…………」

 直後、

「!」

カンッ、カンッと、さらに2つの缶が床に落ち、驚いた光秋は一歩退り、懐中電灯を振って辺りを見回す。

 と、

―これが、奴が選んだものか―

―!?テレパシー?神モドキさん……―「じゃない!」

脳に直接届く様な声、その感触の違いに光秋は即断し、感覚上声がした辺りである天井に懐中電灯を向ける。

 と、

「!…………」

電灯の灯りの中に、周囲の闇から湧き出る様に黒いサッカーボール程の大きさの球体が現れ、ゆっくりと下に下り始める。

「…………」

懐中電灯でそれを追いつつ、光秋は、周囲以上に暗い、闇を凝縮した様な、自分よりもずっと小さな球体から、直に体を押されていると思える程の強い威圧感を覚える。

 黒い球体が目線の辺りで止まると、光秋は固まりつつある口に鞭を入れて声を出させる。

「……あなたは……何です?……」

―お前をこちらに呼んだあ奴、お前の言う神モドキと同じ、肉を脱し、時空の檻からも解き放たれた存在―

「神モドキさんと、同じ……」

―どうかな?我の贈ったギフトは―

―ギフト?……神モドキさんと同じ存在……贈り物……!―

 それらの言葉に、光秋は黒い人型を思い出す。

「まさか!」

―そう。お前たちがUKD‐02と呼ぶアレを送ったのは、我だ―

「…………」

光秋の体から急速に血の気が引き、口が一気に乾いていく。

 

 同じ頃、夜警を終えた伊部は、寄宿舎へ戻ろうとグラウンドを歩いていく。

 と、

―アキ!―

「!?…………アキが、光秋くんが危ないの?……」

突然頭に響いた声に戸惑いつつも、伊部は直感的にそんなことを感じ、感覚が来る右側に建つ医療棟を見上げる。

―今の声が、アヤちゃん?……―「あそこで何かあるの?…………!」

漠然ながらそんな理解をすると、医療棟の上階からする直感的な感覚に引かれる様に、伊部は非常用口へ駆け出す。

 受付を通り過ぎた際に看護師に怪訝な目を向けられるが、伊部の知るところではない。

―何だろう?直感で動くにしても、いつもはもっと慎重なはずなのに……―

冷静な部分でそう思いつつも、脚は特に意識せずともその身を最寄りの階段へ運ぶ。




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 作者の二次創作作品第2弾『紅き翼の機巧神対白い犬』を掲載しました。
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