白い犬   作:一条 秋

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43 護送中に

 11月17日水曜日午前8時10分。

 少々の不安を覚えつつもいつも通りの時間に出勤した光秋は、エレベーターで地下1階に下り、藤原隊の待機室へ向かう。

 ドアを開けると、先に来ていた小田一尉が左側の椅子に座っているのが目に入る。

「おはようございます」

「おぉ。おはよう」

 小田の返事を聞きつつ部屋に入ると、光秋は右肩に斜め掛けしていたカバンを下ろし、テーブルを挟んで小田の向かいに座る。

「小田一尉。さっそくですが今日の仕事の内容教えてもらえますか」

「まぁ待て。竹田が来るまで待ってくれ。2人に別々に説明するのは面倒なんでな」

「……それもそうですね。すみません」

 席に着くなり訊いた光秋に小田はやんわりと返し、光秋もどこか焦っている自分を自覚して大人しく黙る。

「……ただ、二尉が来るのを待ってたら遅くなるんじゃあ?あの人いつも9時近くに来るでしょう?」

「それについては、半までに来るようにと言っておいた。確かに遅刻ギリギリの奴だが、来いと言われればちゃんと来る奴だ。大丈夫だろう」

「それならいいんですが……」

 光秋の不安に小田は左手首の腕時計を一見しながら応じ、光秋も自分の左手首の腕時計を見て時間を確認する。

―8時20分……―

 

 それから少ししてドアが開き、

「うーっす……」

寝むそうな顔をした竹田二尉が入ってくる。

「よし。全員揃ったな」

 欠伸をしながら光秋の左隣に座る竹田を見つつ、小田は上着から手帳を出してページを捲る。

「早速だが、昨日連絡した護送の件の詳細を説明する。本日9時10分に支部を出て、京都刑務所で護送車と警察の警護車と合流、囚人1名をここの医療棟まで護送する。車列の先導はウチがする」

「医療棟ですか?」

 予想外の場所の名前が出たので、光秋は思わず訊き返す。

「そうだ。そもそも今回のことは、これから護送する囚人が体調不良を起こしたことが原因で、刑務所内の医者が調べたところインフルエンザの可能性が高いことがわかったんだ。それで、精密検査と治療のためにウチに運ばれることになったってわけだ」

「インフルエンザですか……」―そういえばもうそんな季節か……―

 小田の説明に、光秋は場違いと知りつつもそんなことを思う。

「他に質問はあるか?」

「……ありませんよ。とっとと行ってさっさと済ませちまいましょ」

「そうだな。よし。全員制帽と防弾ベスト着用、拳銃を携帯して本舎の前に向かえ。身分書も忘れるな」

「「了解!」」

 竹田の返答に小田はそう返して号令すると、3人はロッカーから防弾ベストとガンベルト、拳銃、予備の弾倉を出してそれらを身に付け、エレベーターで1階へ向かう。

「竹田、裏から車取ってきてくれ」

「はい」

 上昇中の小田の指示に応じた竹田は、ドアが開くや本舎の裏側に駆けて行く。

 光秋は小田と共に本舎の玄関前に移動し、少しして裏手から走ってきた竹田が運転する屋根にEジャマーを積んだ軍用車に乗り込む、

 左前の助手席に小田、右後ろに光秋が乗ったのを確認すると、右の運転席に座る竹田は車を正門に向かわせ、右折して南進する。

 光秋はシートベルトを締めると、左胸のカプセルと右脇の拳銃を触って確認する。

―いよいよかぁ……大丈夫かなぁ……―

「緊張するか?」

 心中に呟いた不安に応じるかの様に、小田が声を掛けてくる。

「そりゃあ、初めてですから……それに僕らが動くってことは、護送するのは超能力者なんでしょう?」

「心配するな。そのためのEジャマーだ」

 応じつつ、小田は天井を指す。

「それに、囚人は妨害装置付きの手錠してるし、そもそも具合悪いんだ。変な気は起こさねぇよ」

竹田も話しに加わわる。

「付け加えるなら、その能力ってのもレベル3の透視能力。攻撃性はないし、護送車の中にもEジャマーは付いてる。少なくとも囚人に攻撃される可能性は低い」

「……じゃあ、なんでわざわざ護送がいるんです?それもESOの?」

 小田の補足に、光秋そんな疑問を覚える。

「もちろん、万全の備えがあっても不測の事態は起こりえるからな。囚人の脱走とか。そうした時に備えて、やっぱり人間の手はいるし、超能力が絡めばESOの仕事にもなる。が、それ以上に俺たちが注意しなきゃいけないのは、護送中の超能力者を狙った超能力者に反感を持つ連中の襲撃だ。前にも何度か護送中の超能力者の襲撃事件があって、実際に死者も出てる」

「超能力者への反感?NPですか?」

 小田の説明に、光秋はさらに問う。

「そういうグループももちろん注意しなきゃいけないが……ま、差別感情ってのは簡単に生まれるもんなんだよ……」

「はぁ……」

 小田の曖昧な説明に、光秋は糢糊とした気持ちを抱きつつ応じる。

―『差別感情ってのは簡単に生まれる』、か……それは確かにそうだろう。僕のいた側でも、昔も今も、多かれ少なかれ差別は存在した…………差別……自分とは違うもの、そう“規定したもの”を排除しようとする気持ち…………―

 そこまで考えると、綾と外出した際にサイコキノの不良に絡まれたことを思い出し、次いで初めての予知出動で聞いたNPのメンバーの言葉を思い出す。

―『お前は、自分の女房を、怪物じみた奴に殺された人間の気持ちが、わかるかぁ!』……一応、超能力者の側にも恨まれる原因はあるわけか……普段は圧倒的で手出しできないような奴が、二重三重と枷を付けられて無力化されてる。そしてそんなのが手の届く距離にいれば、抑えられた側は何かしてやろうと思うだろうな……そして僕らの主な仕事は、そうした人たちから囚人を守ること、か…………?―

 そこまで考えて、光秋はまた疑問を抱く。

「ところで一尉、護送される囚人って、なにやった人なんです?」

「窃盗だ。詳しいことは聞いてないが、確か空き巣やってて捕まったって……」

「空き巣、ですか……」―とりあえず傷害事件じゃない、か……ま、例えそうだったとしても、やっぱり私刑はいけないよな。罪は法で裁く、そうしなければ切りがない。なら、今はその囚人さんを守ることを頑張ればいい…………なんであれ、無事に済んで予定通りに間に合えばいいんだが…………―

 仕事への姿勢を確認する一方で、若干の自戒を覚えつつも伊部との約束という私情に思いを巡らせる。

 

 京都刑務所の門の前に着くと、竹田は車の窓を開け、手帳を開いて守衛にIDカードを示す。

「護送車の警護に来た藤原隊だ」

「あぁ。お待ちしてました」

 竹田の言葉に応じると、守衛は小屋の機械を操作して一行の前に堅く立ちはだかる門を内側に向かって開け、手帳を引っ込めた竹田はすぐに車を前進させる。車が行き過ぎると、門はすぐに閉まる。

 堅く閉ざされた門に、光秋は一瞬寒気を覚える。

 少し進むと、3階建てのレンガ造りの建物の前にワンボックス型のパトカーと通常型のパトカーが停まっているのが見え、その許に着くと一行は車を降り、同時にワンボックスの後ろに停まっているパトカーからも長袖の制服一式に防護用のベストを着た警官が2人降りて一行の許に歩み寄ってくる。

「本日護送車の警護、及びESO京都支部までの先導を務めさせていただきます、藤原隊です!」

「「!」」

 言いながら小田は警官2人に敬礼し、後ろに控える様にして立つ竹田と光秋もそれに続く。

「こちらこそ、本日はよろしくお願いします!藤原隊長」

「!」

 右に立つ初老程の男性警官が返礼し、左に立つ若い女性警官もそれに続く。

「あ、いえ、藤原は別件で隊を空けておりまして、私は副長の小田といいます」

 男性警官の間違いに、小田は苦笑いしながら訂正を入れる。

「あぁ。失礼いたしました」

「でも隊長がいないって、大丈夫なんですか?」

「あ、バカ!失言です。申しわけありません!」

「!」

 謝ったそばからの女性警官の言葉に、男性警官は慌てて頭を下げ、女性警官もハッとした顔でそれ倣う。

「いえそんな……ご安心ください。隊長不在だからこそ、チームの看板に泥を塗る様な仕事はしません。そうだな」

「「はい!」」

 少し困った顔をしつつもきっぱりと返した小田に、竹田と光秋もはっきりと応じる。

 と、左側に建つレンガ造りの建物から、5人程の警官に囲まれる様にして作業着の様な物の上に薄手の黒いコートを羽織った男が出てくる。

 男の両手が縄の伸びた手錠で繋がれているのを見て、光秋は彼が護送する囚人なのだと察する。

 が、一方で、

―思ったより大人しそうだな……―

白髪がやや多めの頭と自分より二回り程小柄で華奢な体型、いくつか皺が浮かんだ壮年くらいの顔付きにそんな印象を覚える。同時に血色の薄い顔色に、本当に具合が悪いのだという実感を抱く。

 男がワンボックスに運ばれるのを見て、一行と警官たちは一礼して各々車に乗り込む。

 男がワンボックスに乗ったのを確認すると、竹田は車をUターンさせて前進し、ワンボックスの護送車、パトカーの順にそれに続く。

 車列が門の前まで来ると、それを確認した守衛が門を開き、藤原隊一行が乗る軍用車を先頭にした車列は表通りへ向かう。そして最後尾のパトカーが表に出ると、門は再び堅く閉ざされる。

 

 刑務所を後にすると、車列は太い道を通って一路京都支部を目指す。

 その中で光秋は、いよいよ始まった警護の仕事に若干の緊張を覚える。

「……ところで一尉」

 そんな気持ちを紛らわせることも兼ねて、光秋は先程の警官たちとの会話で感じた疑問を、右前の小振りな機器を操作して車の天井のEジャマーを作動させている小田に訊くことにする。

「隊のリーダーの肩書きって、やっぱり『隊長』ですよね?」

「そうだが。どうした?」

「いえ、ウチの場合は、藤原()()、みたいに、階級で呼び合ってますけど、あれはどういうことなんです?」

「あぁ、大した理由はない。単に三佐が『隊長』って呼ばれるのが嫌なだけだ。かと言って、まさか『藤原さん』なんて呼ぶわけにもいかないから階級で呼び合ってて、気付いたらそれがウチの風習になったってだけだ」

「はぁ……」―それって大丈夫なのか?……ま、少し楽になったからいいか……―

 説明に首を傾げつつも、僅かだが緊張の緩和を感じたのでよしとする。

 

 片側2車線の太い道を進んでいると、一行は赤信号で停まっているワゴン車を見る。左右の車線変更用の道にも同型の車が1台ずつ停まっているために避けて通ることができず、やむを得ず車列は直進用の中央列で停車する。

「たくよぉ……」

 と、竹田が苛つきを含んだ呟きを漏らしたすぐ後に信号は青に変わる。

 が、前の3台はいずれも動き出す気配がない。

「?」

「何だってんだ!」

 光秋が首を傾げる傍ら、竹田は怒気を含んだ声を上げながらクラクションを2回鳴らす。

「そう焦るな」

「そう言われても……」

―二尉も緊張してるのか―

 小田の落ち着ける様な言葉に苛つた語調で応じる竹田に、光秋は少し不安を覚える。

 直後、

「「「!?」」」

正面に停まっているワゴン車の後部右の窓が開き、そこから小振りのブロックが投げ込まれる。

 一行の車のフロントガラスに当たったそれが轟音を上げるのを見て、3人はハッとする。

「投石?何の真似だ!?」

 小田が驚愕の声を上げる間にも、左右に停まっているワゴン車の後部の窓からもコンクリートのブロックが次々と投げ付けられ、一行の車の上に散乱する。

「話に聞いてた事態ですか!?」

「だな。よりによって言ったそばから遭うなんて」

 前部席の間から身を乗り出してやや興奮した声で訊く光秋に、小田は苦い物を噛む顔で応じる。

 と、ブロックが投げ付けられる音に混ざって、

「くたばれ!超能力犯罪者!」「警察が罪人守ってんじゃねぇぞ!」「エスパー贔屓のESOの犬が!燃えちまえ!」

と言った罵声が、フロントガラス越しに聞こえてくる。

「NPですか?」

「判らんが、どうやら待ち伏せされたみたいだな」

 罵声の内容から感じた光秋の問いに、小田は静かに応じる。

 と、

「NPだとしたら使いっ走りだろうがな!」

興奮した声を上げながら竹田が車のドアを開けようとする。

「何やってんだ!」

「向こうがその気ならこっちもやってやるまでっすよ!」

 急いで引き止めた小田に、竹田は睨み付けながら返す。

「馬鹿なことはよせ!それよりバックだ!この場から離れるぞ」

 小田が言い返すや、光秋はすぐに後ろを見るが、

「ダメです。後ろも塞がれてます!」

後ろも2車線ともワゴン車で塞がれ、車列の最後尾のパトカーにもブロックが投げ付けられているのを認める。

 直後、

(小田副長!)

車内に備え付けてある通信機から先程の男性警官の声が響き、小田はすぐにマイクを取る。

「はい!」

(たった今応援を要請しました!間もなく到着します)

「了解!何とかもたせましょう。聞いたな竹田。応援が来るまで耐えろ。その間に向こうの投げる物も尽きるはずだ。わかったな!」

「了解……」

 マイクを戻しながら諭す様に言う小田に、竹田は渋々応じてドアから手を離す。

 が、

「「「!」」」

投石が止んだかと思ったのも束の間、前後に停まっていた計5台のワゴン車から、顔全体を覆うヘルメットをした者たちが次々と降りて、各々が手に持った金属バットや鉄パイプで車列を叩き始める。

「!」

 ヘルメットで顔を隠して襲ってくる車外の2人に恐怖を覚えつつも振り返った光秋は、襲撃者の多くが護送車に取り付いているのを見る。

「一尉、護送車が危険です!あの人たち車壊して囚人や運転手なんかも殴り殺す勢いですよ!」

「だとしても出るな!応援を待つ」

「車が壊れたら護送ができなくなります。ましてや囚人が死のうものなら……」

「護送車は普通の車より頑丈にできている。5分くらいはもつ。どの道俺たちだって、こいつらの所為で外に出られん!」

「……」

 車外をバットで叩き続けるヘルメットたちを睨み付けながら小田に言い切られ、光秋は押し黙ってしまう。

 が、直後に車列の後方から鋭い銃声が響く。

「「「!?」」」

 一行は慌ててその方を振り向くと、前部左の窓ガラスを割られたパトカーから女性警官がヘルメットたちに引きづり出されようとしているのを見る。

 その光景を見た瞬間、

「!」

光秋の脳裏に伊部との約束と具合の悪そうな囚人の顔が思い浮かぶ。

―こんな所で時間を喰うわけにはいかない!―

 それらが具体的な言葉を呼び起こし、それが同時に目の前の光景に対する怒りに転化する。

 次の瞬間には防弾ベストをはだけて右腕を上着の内ポケットに伸ばし、カプセルを取り出すや右後部の窓を少し下げ、その間からカプセルを上空に向かって突き出す。

「避けろぉぉぉ!」

 声の限りに叫ぶやカプセルのボタンを押し、カプセルの先端から白い光線が上空に向かって伸び、1メートル程進んだ所で左膝を着いた姿勢のニコイチを出現さる。

 1メートル程上空で出現したニコイチは、落下して足元の中央分離帯のブロック塀を砕き、周辺にやや強い揺れを起す。

 突然の事態に驚いて車列とニコイチから距離を取るヘルメットたちを横目に捉えつつ、光秋は車のドアを開けてニコイチのリフトに駆け寄る。

「待て加藤!」

 小田は慌てて止めようとするが、すでに光秋には聞こえない。

 リフトを掴むや上昇して操縦席に着き、認証を済ませる間に習慣的に制帽を右脇に置いてシートベルトを締める。

「!」

 モニターが点くやニコイチを直立させ、車列に群がるヘルメットたちを睨み付ける。それに合わせてニコイチの頭部も足元を見下ろす姿勢になり、10メートルの巨人が人々を見下ろす形になる。

 外部スピーカーが入っているのを視界の隅で確認すると、

「今すぐに車列から離れろ!さもないと……」

腹の底から叫び、車列前方右のワゴン車を両手で抱え、それを腕の長さ一杯に高く掲げる。

 それを見た途端、ヘルメットたちは我先にとバットを放り投げて車列から離れ、何よりもニコイチから逃げ出し、知らぬ間に少し離れた辺りに集まっていた野次馬たちの中に駆け込んでいく。

 直後に遠くからサイレンの音が多数響き、モニター越しにそれを聞きながらヘルメットたちが散り散りに逃げていく様子を見て、光秋は激した頭が冷めていくのを自覚する。

 同時に、

―やっちゃったなぁ……―

持ち上げていたワゴン車を足元に置きつつ、軍用車に目をやって小田の顔を思い浮かべる。バツの悪さを感じながら肘掛から出した通信機を左耳にはめ、軍用車の方に意識を向ける。

「……一尉」

 不安を覚えつつ、光秋は通信機越しに小さく呼び掛ける。

(……とりあえず降りて車に乗れ。襲撃者は応援に任せて、俺たちは護送を再開する)

「はい……」

 静かな声で言われた小田の指示に応じると、光秋は通信機を戻し、ニコイチから降りてカプセルに収容し、ソレを内ポケットに戻しながら車の後部右の席に乗り込む。

 直後に車列は、開いた右の車線を通って前進を再開する。

―…………これは、帰ったら覚悟しておかんとな―

 重い沈黙が漂う車内で、光秋は座席越しの小田の背中を見て生唾を飲む。

 

 パトカーと護送車がサイレンを鳴らしながら、車列は全速力で京都支部へ向かう。

 しばらくして支部の門をくぐると、車列は本舎を左に迂回して裏へ回り、医療棟の玄関前に停まる。

 停車するや、小田はシートベルトを外しながら、2人に静かに指示を出す。

「竹田、車整備に回しておけ。加藤、先に戻るぞ。話しがある」

「はい」

「はい……」

 竹田と光秋が返すと、小田は車を降り、光秋もそれに続く。

 2人が降りたのを確認すると、竹田は所々傷がついた車を整備班の許へ向かわせる。

 囚人が護送人に連れられて医療棟に入るのを横目で見つつ、光秋は小田の後を追って車列最後尾のパトカーの許へ向かい、前部右の運転席ドアの前に止まる。

「では、我々はこれで失礼します……!」

「!……」

 窓が開くや小田は車内の警官2人に敬礼し、光秋も慌ててそれに倣う。

「了解です。我々も囚人の手続きが済み次第戻ります」

「帰路お気を付けて」

 運転席の男性警官にそう返すと、小田は本舎へ向かい、光秋も車内の2人に一礼する。

 と、

「!」

顔を上げる時に反対側の窓ガラスが大きく割れているのが見え、一瞬悪寒を感じる。

―やっぱり、危なかったんだな……―

 先程のことを思い出しながらそう思うと、光秋は小田の後を追って本舎へ向かう。

 

「…………」

「…………」

 待機室へ向かう間、小田と光秋の間には重い沈黙が横たわる。そうなる理由を理解している光秋には、自分からそれを破る度胸などない。

 待機室に着くと、小田は静かな声で指示する。

「まず装備品を片付けろ。話しはそれからだ」

「はい……」

 小さく応じると、光秋はロッカーに歩み寄って防弾ベストと拳銃、ガンベルト、予備の弾倉を仕舞う。

 小田も仕舞い終わったのを見ると、光秋はその後に続いてテーブルのそばに移動する。

 小田はテーブルを背にし、光秋は棒の様に直立不動になってそれに向き合う。

「お前は頭が悪い訳じゃない。だから、自分が何をしたか解ってるな」

「はい」

 静かに問う小田に、光秋は目を合わせて応じる。

「だが、敢えて言わせてもらう。俺たちはチームで動いている。いろいろ意見が出るのはいいことだが、最後は意志決定権のある者に従わなければならない。あの状況ではそれは俺だった。つまりお前は、俺の命令に従って車の中で待機していなければならなかったんだ」

「はい」

「……お前の言い分も聞こう。何故命令に違反した?」

「パトカーから連れ出されそうになってた女性警官の方を見た時、殺されるんじゃないかと思いました。それに足止めが長引けば、囚人の方の体調も余計に悪くなるのではと思いました。それを防ぎたかったんです……ただ、やり過ぎてしまったとも感じています。ニコイチを使ったことは……あと、命令違反を犯してしまったことも……」

「……一応、反省はしてるみたいだな」

「はい……」

「だが、けじめだ。一つ絞らせてもらう」

「はい」

「念のためメガネは外しておけ」

 言われてすぐにメガネを外し、上着の内ポケットに仕舞う。

「足を肩幅に開け。手を後ろで組め。顎を引け。歯を食い縛れ」

 矢継ぎ早に出る小田の指示に、光秋はその通りに応じていく。

 そして、

―……来るぞ!―

歯を強く噛み締めた直後、

「今後こんな勝手なマネはするな!よく覚えとけぇ!」

「!……」

怒声と同時に小田の右拳が飛び、左頬に激痛を覚えながら体が右側に少し傾く。

「グラウンド10周の後、俺に始末書を提出しろ。今日中にだ」

「……はい!」

 続けて出された小田の指示に、光秋は殴られた際に落ちた制帽を被り直しつつ、若干の戸惑いを含みながらも応じ、すぐに部屋を出てエレベーターへ向かう。

―案の定、か……しかし、殴られるのは覚悟してたが、懲罰まで食らうとは……―

 内ポケットから出したメガネを掛けつつ、未だに痛みが引かない左頬を擦りながら項垂れる。

 

 グラウンドに着くと、光秋は脚周りの準備体操を手短に済ませ、

「さっさと済ませよう」

と、グラウンドを時計回りに勢いよく走り始める。

 が、はじめのうちに飛ばし過ぎたせいか、6周目を終える頃には足を重いと感じ始める。

 そして10周を走り切ると、

「ハァ……ハァ……ハァ……」―今何時だ?―

すっかり息切れしつつ、重くなった左腕を上げて手首の時計を見る。

―1時かぁ……―「もうこんな時間か……」―始末書も書かなきゃならないが……いいな。先に食べよう。どの道何か入れないともたないし―

 襟のボタンを外して火照った体に風を入れながら断じると、空腹感も加わってより重くなった足で食堂へ向かう。

 

―あんまり時間を掛けずに食べられる物…………あと伊部さんとの約束もあるから量もいらないな…………―

 食堂に着くなりそんなことを考えながらメニュー表を眺めると、光秋はうどんを注文する。

 大きめの器と水入りのコップを載せたトレーを持って席を探していると、

「おーい!加藤」

「!」

左側の席に座る白衣姿の上杉に呼び掛けられ、その向かいの席に座る。

「どうも……上杉さんも遅い昼食ですか?」

 食べかけの定食が載ったトレーを見ながら訊くと、光秋は渇ききった喉に水を流し込んでうどんを食べ始める。

「まーな。それより、竹田二尉から聞いたぜ。小田一尉に鉄拳食らったって?」

「えぇ、まぁ……」

 先程のことを話題に出され、表情が曇る。

「……でも、殴られて当然のことをしたわけですから」

 間を置いてやっと浮かんだ言葉を口にすると、うどんを一口すする。

「まーねー。待機命令を無視してニコイチに乗っちまうんだから、やる時はホント大胆だよなお前」

「まぁ……」

「ただ、一尉も少し悩んでたみたいだぞ」

「?……どういうことです?」

「二尉から又聞きした話だから、信憑性に不安が残ると前置きしておくけどな、使った車整備に回して待機室に戻ったら、一尉が暗い顔して座ってて、事情を訊いたら、『殴ったのはやり過ぎたかもな』って漏らしたって」

―一尉……―

 上杉の話を聞いて、光秋は小田に対して申し訳ない気持ちになる。

 が、

―否、だからこそ、次気を付けよう!どの道あと始末書書いて今日中に出さなきゃならなんだ。のんびりもしてられない!―「上杉さん。ありがとうございました」

そう断じて一礼すると、速めにうどんを平らげて早々に席を立つ。

 おかわりした水を一気に飲み干すと、すぐにトレーを返し、速足で待機室へ向かう。

 

―……そう言えば、始末書ってどうやって書くんだ?―

 歩いている間にふと思った光秋は、エレベーターの手前で立ち止まって少し考える。

―こんなこと初めてだがらな……しょうがない。待機室に行って、二尉か一尉に訊くしかないか……―

 浮かんできた小田の顔に気まずさを覚えつつもそう決めると、エレベーターに乗り込み、地下1階に着くと待機室へ向かう。

 ドアの前に着くと、

「……」

小田に殴られた時の記憶が脳裏を過ぎり、普段何気なく開けているドアが開け難く感じる。

―……が、いつまでも引きずってるわけにもいかんよな―「よし!」

 小さく気合を入れると、ドアノブに手を掛け、一気に開ける。

 と、

「あれ?……」

予想に反して部屋の電気は消えており、すぐに点けても部屋には誰もおらず、思わず拍子抜けする。

―なにかあったか?……―

 思いつつ、上着の左ポケットから携帯電話を出して画面を開くと、小田からのメールが届いているのに気付き、それを開く。

『警察から連絡があって、さっきの襲撃犯の一部を捕まえたらしい。取り調べに立ち会うから竹田と二人しばらく外す。何もないと思うが、留守番頼む。』

―……これ来たのいつだ?―

 メールを読み終わるや、着信の時間を確認する。

―12時52分?……まだ走ってて気付かなかったか……今は……1時40分か―「……でも『しばらく』って、どれくらい掛かるんだ?…………竹田二尉もいないとなると、帰って来るまで待つしかないか……」

 言いながら、光秋は伊部との約束に間に合うか不安を覚える。

 

 午後2時10分。

 メールに気付いてから30分程経つが、小田たちが帰ってくる気配はなく、椅子に腰を下ろした光秋は抑えられない焦りから左足の貧乏揺すりが止まらない有り様である。

―いっそ電話してみるか?……いや、変な時に掛けたらまずいよな……―

 思いつつ、ポケットから出しかけた携帯電話を戻すと、小田の顔が思い浮かぶ。

―この間に始末書書けってことなのか?それが帰ってきてできてないってことになれば、一尉また怒るだろうな……でも、書き方が分からないんじゃあどうしようもない。怒られようと帰ってくるまで待って、帰ってきたら即行で教えてもらうしかない。結局そういうことだ……―

 そう考えて割り切ると、不意に伊部の顔が浮かぶ。

―伊部さんの方はどうなってんだろう?演習の日程決まったかな?……とりあえず、遅れるかもってメールしておいた方がいいか……―

 思うやポケットから携帯電話を取り出し、

『待ち合わせですが、都合で遅れるかもしれません。ごめんなさい。』

とメールを打ち、それを伊部に送信する。

「……ま、気ぃ揉んでも仕方ない。留守番してろっていわれたからここを動くわけにもいかないし、本でも読むか」

 独り言を言いながら携帯電話をポケットに戻すと、光秋はカバンから文庫本を出し、小田のことを考えないように努めながらそれを読む。

 

 本を読んだり、室内でできる軽い自主訓練をしたりしながらがら、光秋は小田たちの帰りを極力意識しないようにして待つ。

 そして、午後4時40分。

「……お帰りなさい」

 ドアを開けて小田と竹田が入ってくるのに気付くや、光秋は読んでいた本に栞を挟んでカバンに仕舞い、椅子から立ち上がって2人の許に歩み寄る。

「おー……たくどいつもこいつも強情で手間が掛かるぜ……」

「まったくだ」

 光秋に応じながら竹田は疲れた顔で呟き、小田も深く頷く。

「御苦労さまです……」

 そんな2人の様子を見て光秋は一瞬躊躇するが、すぐに気を取り直し、

「お疲れの所悪いのですが……始末書の書き方教えてください!」

一気に言って頭を深く下げる。

「まだ書いてなかったのか?」

「はい。書き方がわからなかったので……それで教えてもらうために待ってました」

「わからな……あぁそうか。確かにな」

「……」

 小田の納得した声を聞き、内心ほっとしながら頭を上げる。

「それは俺のミスだな。竹田、教えてやれ」

「オレがっすか?」

 小田の指示に、竹田は面倒臭そうな顔をする。

「俺は護送と襲撃犯の取り調べの報告書書かなくちゃならないからな。それに今でこそなくなったが、お前ウチに来た時は始末書書きの常習犯だったろう」

「そうっすけど……」

 小田の蒸し返しに、竹田は顔をしかめる。

「とにかく、頼んだぞ」

「りょーかい。加藤来い。まず紙のある場所教える」

「はい」

 小田の指示に観念すると、竹田はそう言って部屋を出、光秋もそれに続く。

 

 竹田に連れられて、光秋は地下1階にある事務室に向かい、始末書を取って待機室に戻る。

 部屋ではすでにテーブルに着いた小田がパソコンで報告書を書いており、竹田と光秋はその向かいに座る。

「さて、さっさと済ませるぞ」

「はい」

 右隣に座る竹田に応じると、光秋は始末書に書かれている項目に従い、時に竹田に助言を乞いながら、私物のシャープペンシルで始末書を書き進めていく。

 命令違反を犯したこと、それが私情によるものであること、それに対する反省の言葉を書き終えると、それらをボールペンで慎重に清書し、消しゴムでシャープペンシルの下書きを丁寧に消し切ると、消し残しやインクの擦れがないかを確認し、なんとか完成させる。

―終わったぁ……―

 硬くなった右手首を振りながら思うと、光秋はでき上がった始末書を持って席を立ち、向い側で報告書を書き続けている小田の許に歩み寄る。

「一尉、お待たせしました」

「ん?あぁ」

 右隣に立つ光秋に顔を向けて応じると、小田は差し出された始末書を受け取る。

「そこにも書きましたが、今後今回の様な勝手な行動はしません。申し訳ありませんでした!」

 直立不動の姿勢で言い切ると、光秋は深く頭を下げる。

 と、

「おぉ、みんないるな」

藤原三佐がドアを開けて入ってくる。

「三佐。遅いお帰りで」

 小田が光秋の影から顔を出して応じ、光秋も振り返って藤原を見る。

―……?……三佐が帰ってきた?―

「儂がいない間に、ずいぶん面倒なことになったようだな」

「えぇ。今報告書書いてたところです」

 藤原と小田が話している横で、光秋はふと違和感を覚える。

 そして、

―!……今何時だ?―

ハッとし、すぐに左手首の腕時計を見る。

―6時10分!―「一尉!始末書は出しましたよね!?」

「あ?あぁ……」

「他にすることは?」

「な、ないが……」

「では、今日はこれで失礼します。御苦労さまでした!」

 急な問いに驚く小田に一礼すると、光秋はカバンを掴んで部屋を出、エレベーターに駆け込む。

―始末書書くのに夢中になって伊部さんのこと忘れてた!―

 ゆっくりと動き始めたエレベーターの中で、焦りつつもそのことを深く反省する。

 

 1階に着いたエレベーターが開くや、光秋はすぐに駆け降りて正門へ向かう。

 が、

「……やっぱりな…………」

そこに伊部の姿はなく、知らぬ間に落胆の声を漏らす。

 腕時計を見ると、6時15分を指そうとしている。

「はぁ……いないよな……そりゃそうだ。15分の遅刻だぞ。さすがに怒って帰っちゃったよな…………はぁ…………」―明日どの(つら)下げて会えばいいんだ……―

 門の周囲を未練たらしく見回しながら呟くと、思わず深い嘆息が漏れる。

 と、

「光秋くん?」

「!?」

後ろから呼び掛けられた光秋はすぐに本舎の方を振り向き、

「伊部、さん?……」

制服を着て左肩にカバンを提げた伊部を見る。

 すっかり暗くなっていたものの、周囲の微かな灯りで、どこか戸惑った顔をしているのが辛うじて判る。

「あの、どこに……」

「あぁ、ごめん。今三佐と一緒に戻ってきたところで、その……ちょっとトイレに」

「あ……あぁ……そうですね……」―それもそうだ。三佐がついさっき部屋に来たってことは、伊部さんも一緒に帰ってきたんだから、どの道約束より遅れてくるんだ―

 呟きながら事態を整理し、ひとまずの安堵を覚える。

「……とりあえず、私の部屋行こっか」

「!……そうですね。伊部さんの手作り料理、楽しみだ」

 伊部の言葉に光秋はハッとしつつも返し、持ちっぱなしだったカバンを右肩に斜め掛けする。

「あんまり期待しないでよ」

 伊部がそう返すと、2人は伊部の寮へ向かって歩き出す。

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