白い犬   作:一条 秋

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48 曽我との再会

 1時間半程飛行すると、ニコイチは目的地付近の上空に到達する。

「伊部さん、そろそろ着きます」

「ん……あぁ、もう……?」

 言いながら光秋が左手を伸ばして揺すると、小さく寝息をたてていた伊部は若干の眠気を浮かべつつ目を開けて応じる。

「……私、熟睡してた?」

「えぇ。これからのこと期待してます」

 若干の恥じらいを見せる伊部に冗談混じりに応じつつ、光秋はニコイチを降下させる。

 厚い雲を抜けると、2人はモニター越しに塗り潰された様な真っ白な下界が広がっているのを見る。少しだが雪も降っている。

―『トンネルを抜けると、そこは雪国だった』、か……雲を抜けたら正に雪国だ―

 雪化粧した山々を見ながらそう思うと、光秋は地図を見つつ集合地点へ向かう。

 地図の赤点で示された地点に向かって高度を下げつつ接近すると、山の合間に複数の建屋の様な物が密集している場所を見付ける。

「あそこでしょうか?」

「……そうみたいね。他にそれらしい場所もないし」

「では」

 地図を見ながら言う伊部に応じると、光秋は集合地点と思われる所に接近する。

 と、男の声で通信が入る。

(接近中の人型機に告げる。貴官の所属と飛行目的を明らかにせよ)

「ESO京都支部藤原隊所属、UK……MB‐00です。目的は、これから開始されるサン教過激派施設制圧作戦への参加のため、集合地点へ向かっています。こちらでよろしいのでしょうか?」

 左耳の通信機を意識しつつ、光秋はそのマイクに吹き込む。

(了解。照会も終了した。ヘリポートへの着陸を許可する)

「了解」―そういえば、軍だかESOだか知らないが、正規の施設に着地するのはこれが初めてだな……―

 思いつつ、光秋は指示に従って手前側にあるヘリポートにニコイチを着地させる。

 ニコイチに左膝を着かせると操縦席を機外へ出し、右手をハッチの上に上げる。

―やっぱ冷えるなぁ……―

 吹き付ける冷風に震え上がりつつ、荷物をまとめた伊部が掌に乗るのを確認すると、光秋は慎重にそれを下ろし、伊部が降りるのを見ると通信機を肘掛に仕舞い、自分も荷物をまとめてリフトで雪が積もった地面に降り、カプセルにニコイチを収容してそれを上着の内ポケットに入れる。

「ところで、この後何処に行けばいいんでしょう?」

 右肩に斜め掛けしたカバンを掛け直しながら、光秋は伊部も知らないだろうと思いつつも訊いてみる。

「メモにはなんて?」

「ここの位置しか書いてません。いくつか建物があったけど、何処に行けばいいのか……」

 と、途方に暮れていると、

「MB‐00専属の加藤二曹でありますか?」

突然呼び掛けられ、光秋は伊部と一緒に声のした方を見やると、合軍の青い制服の上に青いコートを羽織った男が駆け寄ってくる。

「そうですが?」

「当基地所属のペ伍長であります」

 光秋が応じると、2人の前で踵を合わせた東洋系の合軍兵は敬礼して言う。

「京都支部からMB‐00が到着次第、パイロットの二曹と補佐役の伊部二尉を迎えに出るようにとの要請がありました。ただ今から集合場所にご案内いたします」

「それは……よろしくお願いします!」

 自分よりもいくらか年上に見えるペ伍長の丁寧な態度に戸惑いつつも、光秋は気を取り直して返礼し、伊部と共にペの後を着いていく。

―伍長だから、えーっと……僕より1つ下なのか……1つ違いで年下に対してもこうも腰が低くなるって、これが軍隊、もしくはそれに準じる組織なのかね?……それとも、普通の会社なんかでもこうなんだろうか?…………そう考えると、年功序列ってのはそういう部分に関しては気が楽かもな…………にしても、伍長とか曹長とか、軍の位ってのはややこしいねぇ。ESOなんかは自衛隊の位を使ってるから、ますますややこしい……―

 集合場所に向かう間、光秋はペの背中を見ながらそんなことを考えてみる。

 

 ペの後ろに着いてしばらく歩くと、光秋と伊部はいくつかある建物の1つ、そこの会議室に通される。

「間もなく各部隊も到着しますので、こちらでお待ちください」

「ありがとうございます」

 敬礼して部屋から出ていくペにそう返すと、光秋はよく効いた暖房にコートを脱ぎながら伊部を見る。

「今の人、州外からの人ですかね?」

「中国か朝鮮辺りじゃないの?名前もそれっぽかったし」

 なんとなしに浮かんだ光秋の疑問に、伊部は大量のパイプイスが並んだ室内を見渡してコートを脱ぎながら応じる。

 と、

「……!来ましたね」

2人が立っている扉の反対側に面した窓越しに、光秋は大勢の人々がテレポートしてくるのを見る。

「とりあえず、席確保しとこっか」

「ですね」

 伊部に応じると、光秋は前から3列目の中央辺りの席に荷物を下ろして腰を下ろし、伊部もその左隣に座る。

 少しして部屋に警察、合軍、ESOの制服の上に防寒着を羽織った人たちが大勢入ってくる。

 と、

「あれ?ワンちゃ――加藤君!」

「!曽我さん!」

突然の呼び掛けに右前を向いた光秋は、ESOの制服一式の上にコートを羽織った曽我を見て少し驚く。

「まさか貴方まで来てたなんてね」

「曽我さんこそ」

「アタシは当然よ。こういう時のための特エスなんだから」

「……それもそうですね」

「えーっと、曽我さん、ですっけ?」

 光秋と曽我が話しているところに、伊部が体を寄せながら加わる。

―……イラついてる?―

 伊部の声に、光秋は微かな怒りを感じる。

「はい?……あぁ!本部に来た時加藤君と一緒にいた……」

―……最後に会った時のこと思い出したか―

 応じつつ、曽我は少し気まずい顔をする。その表情から光秋は、伊部の指摘に作り笑いを浮かべながら逃げる様に去って行った曽我を思い出す。

「えーっと……」

「伊部です。伊部法子。京都支部藤原隊の所属で、光秋くんの補佐役です」

「補佐?……東京本部藤岡隊所属の曽我地球(ガイア)です」

 伊部の自己紹介に束の間首を傾げつつも、曽我は笑みを浮かべて返す。

「ガイアさん?……光秋くんとは仲良くしてもらってるようで」

「いえ、そんな…………あ、えーっと……作戦ではよろしくお願いしますね。それじゃあ」

 伊部の微笑みながらも棘のある語調に、曽我は若干怖気た顔で応じ、そそくさと部屋の後ろ側の席へ向かう。

 その背中を見送ると、光秋は右手で頭を抱えて悔やむ様な顔をする伊部を見る。

「さっき、どうかしましたか?なんか機嫌悪かったような」

「そういうわけじゃないんだけど……なんか最近、たまーにあぁなるんだよね。訳もなくイラついて、ついキツイ態度とっちゃって……」

 言いながら、伊部はゆっくりと顔を上げる。

―……そういえば、前に支部に来た沖一尉を話した後も、どこか機嫌悪そうだったよな……僕意識されてる?……て、違う気がする…………まさかとは思うが……―

 半信半疑に思いつつ、光秋は伊部を見る。

「もしかしたらですけど……伊部さんの中の綾が反応してるんですかね?」

「んー……そうなのかな?」

「僕も推測ですけど。ただ、DD‐02に――初めて黒球に遭遇した時、綾が教えてくれたから僕の所に駆け付けたようなこと言ってましたよね。あと、夏以降、何度かまた表に出てきてましたから、伊部さんの中に綾が居続けているのは確実でしょう。なら、表立ってない時も、なにかしらを感じて反応して、それが伊部さんを通じて表れるっていうのは、あながち間違いじゃない気がします」―そういや、綾も伊部さんの思い出やなんかが浮かぶようなこと言ってたもんな……―

 推測を言いながら、光秋は綾との同棲が終わる少し前のことを思い出す。

「そういうものなのかなぁ……」

「あくまで推測ですけど」

「……だとしたらだけど……」

「はい?」

「……綾って、けっこう嫉妬深いのかもね」

「…………あぁ……まぁ、そういうことになりますかね……」

 伊部の指摘に、光秋は返事に困る。

―タッカー中尉や竹田二尉、上杉さんとも会うことは会ったけど……殆どの時間、それも異性としては僕としかいなかったからな……世界を見せてやるなんて考えてたが、やっぱり足りなかった……足りな過ぎたか…………―

 光秋がそんなことを考えている間に、室内の席は全て埋まり、座れなかった何人かは部屋の隅に立ち、部屋の前側中央の演壇に合軍の制服を着た中年くらいの男性が進み出る。

「本作戦の総合指揮を執ることとなった、陸軍大佐の(しま)である」

 中年男性――島大佐が演壇上のマイクに吹き込む間にその後ろに大型のスクリーンが下り、部屋の照明が消える。

「早速だが、作戦の概要について説明させていただく」

 言いながら、島は壇上のパソコンを操作し、それに合わせてスクリーンに秋田山中ベースの上空写真が映し出される。

―思ったよりデカイな―

 影像を観て光秋は一番にそう思う。

 写真には自分たちが今いる基地の様に山の合間に複数の建物が写っており、滑走路と思しき長い広場まである。

―山中ベースなんて言うから、もっと狭っ苦しいものを想像してたが……―

 そんなことを思う間にも、島はパソコンを操作しながら説明を続ける。

「まず、警察・陸軍を主力とする部隊をベース周辺にテレポートさせて包囲、投降勧告を行った後、これを拒否、または抵抗する様ならベース内に突入、抵抗勢力を捕縛しつつ不落の身柄を確保、本ベースの制圧を行う。航空戦力、及び超能力者は必要に応じて包囲部隊の支援を行う」

―包囲して突入、制圧……なら僕の役目は、その支援か……?―

 島の説明に合わせて切り替わるスクリーンの映像を見ながら、光秋は自分のすべきことを考えてみる。

「今『支援』と言ったが、確認されている戦力からして、サン教側からの強い抵抗が予想される。各自はそのつもりで――つまり、『支援』という言葉を超える事態が起こることを前提にしてもらいたい。特に超能力者はEジャマーの作動に充分注意するように」

―『「支援」という言葉を超える事態が起こることを前提に』、か……どの道、楽はできそうに……安心はできそうにない、か……―

 島の念押しに、光秋は思いながら苦笑いを浮かべる。

「作戦開始時刻は、明日の早朝6時。それまでに各自、準備を整えておくように。以上。何か質問は?」

―6時か……ちゃんと寝れるだろうか―

 島がいくつか挙がる質問に答えている間に、光秋は手近なことを心配する。

「他には?……ない様なので、これで説明を終了する。各自解散!」

「!」

 島の号令に、光秋は周りと一緒に立ち上がって敬礼し、照明が点くとカバンを左肩に提げ、畳んだコートを右腕に掛けて伊部と共に部屋を出る。

 

 2人並んで人混みの中を進みながら、光秋と伊部は藤原三佐たちの姿を探す。

「!……藤原三佐!」

「おぉ。そこにいたか」

 ひと際目立つ背中に伊部が呼び掛けると、2人の前を歩いていた藤原は足を止め、その後ろに立つ小田一尉と竹田二尉とも合流する。

「そろったのなら、ひとまず部屋割の確認だ。荷物も置いてこよう」

「了解です」「わかりました」

 藤原の指示に伊部と光秋は応じ、光秋は腕に掛けていたコートを羽織ってカバンを右肩に斜め掛けする。

 伊部もコートを羽織ると、藤原隊一行は今いる建物の玄関へ向かう。

「行きの時、天候大丈夫だったか?」

「はい。雲の上でしたから」

 小田の問いに、光秋は歩きながら応じる。

「それにしても、サン教の連中よくこんな場所に基地なんて造ったな。中にいても寒くて敵わないぜ」

「それはそうですけど……冬だけですよ。寒いのは」

 竹田の愚痴に、光秋は少し冷えてきた手を意識しながら返す。

「そういうもんか?……そうなのか?伊部」

「私の家がある所はそうですね」

「ふーん……?」

 伊部の返しに、竹田は唸る様に応じる。

 そうしている間に、一行は今晩の宿になっている建物に着き、事前連絡を受けた藤原に従って2階へ向かう。

「私は、ここですね」

 そう言うと、伊部は自分に割り振られた部屋に入り、光秋たち4人は少し進んで自分ったちに宛がわれたドアの前に着く。

「……ここだな」

 部屋の番号を確認しながら藤原が言う。

「じゃあ、一旦荷物置きますか」

「そうだな」「うっす」「はい」

 小田の言葉に3人がそれぞれ応じると、光秋は3人に続いて部屋に入る。

「……こんなこったろうと思ったけど、愛想のねぇ部屋だな」

 左右に二段ベッドが1つずつ置いてあるだけの部屋に、竹田が率直な感想を漏らす。

「屋根の下で寝れるだけいいじゃないですか」

「そうだがよ」

 ドアの脇にカバンを置きながら言う光秋に、竹田もカバンを置きながら返す。

 と、呼び出しの放送が入る。

(招集連絡。招集連絡。ESO京都支部所属藤原隊は、至急大型装備品置き場に集合せよ。繰り返す……)

「なんでしょう?」

「さぁな。行ってみればわかるだろう。行くぞ」

 光秋の問いに応じながら藤原は指示を出し、一行は藤原を先頭に部屋を出る。

 と、後ろから小田が光秋の右肩を叩き、右耳に顔を寄せる。が、

「そっち聞こえない方です」

光秋の指摘に、小田はすぐに左耳に顔を寄せ直し、

「今夜は覚悟しておいた方がいいぞ。(いびき)の大合唱だ」

小声で言って追い抜いていく。

―……あぁ。三佐と二尉と同じ部屋だもんな……―

 前を行く小田の背中を見ながら、光秋は苦笑いをしつつ言わんとすることを理解する。

 少し進んで伊部と合流すると、藤原隊一行は玄関の地図で位置関係を確認し、大型装備品置き場へ向かう。

―…………意外と歩くな―

 前を行く藤原たちの背中を見つつ、光秋は地図で確認した位置関係、その予想以上に目的地までの距離があることに対してそう感じる。

―上からや地図で見たのとじゃ、距離感が変わるのも当然か……そもそも雪で一面白く塗り潰されてたから、基地の敷地と周辺の山の境界もよく判らんし…………―

 光秋がニコイチ越しに見た景色を思い出しながら考える間に、一行は大型装備品置き場に着く。

 その名の通り大量の大きなケースやコンテナ、数台の戦車などが並んでいる合間を歩いていくと、光秋は正面に数人に囲まれたゴーレム・タンクを、その足元に灰色のツナギの上に緑色のコートを羽織った大河原主任を見付ける。

「おぉ、みんな、こっちだ」

 右手を振りながら大河原は言い、一行はその許に集まる。

「呼び出しって、主任ですか?」

 ゴレタンを見やりながら小田が訊く。

「そうだ。今回の作戦でコイツを使うことになってな。操作のチェックをしてもらうために呼んだ。実戦で使うのは初めて……否、DD‐01の時以来だろうが、整備については万全だ。機体状況については抜かりない。データ取りの意味合いもあるから、明日はよろしく頼む」

「……わかりました」

「ヨッシャ!」

 大河原の説明に、小田は仕方ないという顔で、竹田は嬉しそうな顔で応じる。

「それから二曹」

「はい?」

「君にも見せたい物がある。ちょっと来てくれ」

「?……わかりました」

「他は残ってゴレタンのチェックに当たってくれ。わからないことがあれば、そこの部下たちに訊いてくれ」

「了解です」

 大河原がゴレタンを囲んでいたスタッフたちを指しながら言い、藤原が応じる。

「では二曹、こっちに」

「はい」

 応じると、光秋は大河原に続いて歩き出そうとする。

 と、伊部が大河原を呼び止めて問う。

「あの、私も一応ニコイチの要員なので、そっちに行っていいですか?」

「あぁそうだったな。それなら、念のためだ。二尉も一緒に来てくれ」

「はい」

 伊部が応じると、3人は大河原を先頭にして歩き出す。

 大型装備品の合間を進むと、地面に敷いた鉄板の上に置かれたN砲の前に案内される。

 と、

「!」

光秋は前回の戦闘で破損したために付け根から取り換えられた砲身の下に、刀の刀身の様な形をした()が付けられているのを見る。

「主任……これって……」

 呟く様に言いながら、光秋はN砲の周囲を廻ってよく見てみる。

 砲身下側から左に向って歩いてみると、刃は砲身よりも少し長く、砲口の少し手前と砲身の付け根、それらの中間の3カ所から支柱が伸び、円形の先端に砲身を銜え込む形で固定されているのがわかる。

「N砲の接近戦での使い勝手を向上させるための追加装備だ。今までは砲身を叩き付けて対象を『砕いて』いたが、これで『斬る』ことができる。対象をより効率的に破壊できるようになったわけだ。さらに、チタンベースの合金製刃の強度とニコイチの怪力が合わされば、大抵の物は難なく斬れるだろうな」

「はぁ……」

 N砲を廻る光秋を見ながら大河原は嬉々と説明し、光秋はそれに困った顔で応じる。

―まぁ、飛び道具よりはマシだろうし、接近戦に強くなるのはいいが……また新しい武器か…………―

 シコリの様な思いを感じつつ、砲をひと廻りした光秋は大河原と伊部の許へ歩み寄る。

「ガトリング砲と盾も用意してある。盾の方にも改良を施しているんだがな。状況に応じて交換すればいいだろう。それと、N砲で使用できる弾の種類も増やしてみた。これにまとめておいたんで、後で観ておいてくれ」

「はぁ……」

 大河原がコートの右ポケットから出した紙を受け取ると、光秋は弾の種類と効果が書かれているそれを一見し、自分のコートの左ポケットに仕舞う。

「……あのN砲ですが、ちょっと持ってみてもいいですか?」

「かまわんよ。明日までにある程度慣れてもらわなければならんのだし、試しに少し使ってみるといい」

「ありがとうございます」

 後ろの砲を見やりながらの問いに大河原が応じると、光秋は上着の内ポケットからカプセルを出し、その先端を近くの広間に向けて左膝を着いたニコイチを出現させる。

 と、伊部もN砲を見ながら申し出る。

「私も乗せて。私もアレの具合見ておきたいし」

「いいですけど、椅子は……」

「気にしないで」

「わかりました」

 応じると、光秋はリフトを掴んでコクピットに上がり、認証を済ませてニコイチを起動させると、操縦席を機外に出して伊部の許に右手を差し出す。

 ハッチに上げた掌から操縦席の左側に伊部が移ると、席を機内へ下ろしてハッチを閉め、シートベルトも締めると右手でN砲の持ち手を掴んで立ち上がる。

「……確かに斬れ味はよさそうだな……!……!」

 モニター越しに微かな光を反射する刃を見ながら小声で呟くと、2回程振り下ろしてみる。

(どうだ?)

「まだなんとも……」

 外部スピーカー越しの大河原に、光秋は外音スピーカーを点けて返す。

「実戦で使わない限り、具合は判りませんよ」

(それもそうだ。俺はちょっとゴレタンの方を見てくるから、使い終わったらそこに置いといてくれ)

「わかりました」

 外音スピーカー越しに光秋が応じると、足元に立つ大河原は先程来た道を戻っていく。

 大河原の背中が見えなくなると、

―……さて……―「どうしましょ?」

言いながら、光秋は席の左側に掴まり立っている伊部を見る。

「どうって、N砲の練習すればいいでしょう」

「と言っても、射撃と違って振り回してるだけっていうんじゃ……僕剣道の心得もありませんし」

「だからこそだよ。素振りしてるだけでも違うからやってみな。いつもの空手と要領は同じだと思うけど」

「その言い方、伊部さんはこういうのやったことあるんですか?」

「中学の時剣道部だった」

「なるほど」

「短い間だけどね」

「でも、経験者は語る、かぁ…………わかりました。それなら」

 応じると、光秋は両手でN砲の持ち手を握り、以前テレビで観た剣道の稽古の見真似で右脚を少し前に出し、砲を正面に構える。

「ところで、伊部さんは大丈夫ですか?立ちっぱなしで」

「気にしないで。光秋くんがコレに慣れることが優先だから」

―……それもそうか―「わかりました……!」

 多少気にしつつも応じると、光秋は前を向いて一つ深呼吸し、これもテレビの見真似でN砲の素振りを始める。

 しばらく振り続けると砲を持った右手を下ろし、操縦桿から離した自分の両手を見てみる。

「どうしたの?」

 伊部が若干心配を浮かべた顔で訊く。

「いえ、ちょっと、手に馴染んだかな?って……そりゃあ、自分の手を見てもしょうがないんですが、感覚的には本当に手を動かしてる感じなんで、どうしてもこっちを見てしまって……」

 と、

「!?」

ニコイチの頭に何かが当たり、モニターの右側が白い物で覆われるのを見て光秋はハッとする。

 その時、

(また面白そうなことやってるじゃない?)

「その声……曽我さん?」

外部スピーカー越しの聞き覚えのある声に応じると、光秋はハッチを開けて機外へ出る。

 と、右側の地面に立ってこちらを見上げている曽我を見付ける。

―じゃあ、さっきのは……―

 思いつつ、シートベルトを外して体を右側に逸らし、ニコイチの右目辺りに付いている白い物を見る。

―……これ雪だ―「曽我さん!脅かさないでくださいよ……」

「なんだと思ったの?」

 体を向け直して若干の非難を含んだ声を出す光秋を風と受け流しつつ、曽我は念力でゆっくりと上昇してハッチの上に降り立つ。

「あ!……伊部二尉もいらしたんですか……」

 下からでは見えなかったのだろう伊部の姿を見て、曽我は少し怖気る。

「えぇ。私は光秋くんの補佐役ですから」

 それに対して伊部は、微笑みながらも少し棘のある調子で応じる。

「……伊部さん」

「!…………ごめんなさい」

 光秋の指摘に、我に帰った伊部は軽く頭を下げる。

「さっきもそうだけど、ときどきこうなっちゃって……あんまり意味はないんで、気にしないでください」

「……そう、ですか?……ところでワンちゃ――加藤君、なにしてたの?」

 恐る恐る伊部に応じると、曽我は調子を取り戻して光秋に訊く。

「新しい装備の訓練を」

 言いながら、光秋は視線をN砲へ向け、ニコイチの右手をハッチの高さまで上げて砲を示してみせる。

「なにこれ?刀?」

「強いて言うなら、銃剣に近いんでしょうね。接近戦向けの装備です」

「接近戦か……アタシにはあんまり縁がないけど」

「光秋くんは接近戦、それも格闘戦に向いてるから、装備もそれに合わせたんです」

 曽我と光秋の会話に、伊部が補足説明をしながら加わる。

「そうなの?」

「えぇ、まぁ……もともと射撃上手くないですし、やっぱり性格が出るんでしょうね…………」

 曽我に応じながら、光秋はN砲に視線を向ける。

 と、

「…………あ」

弾倉を取り付ける窪みが目に付くと、光秋は大河原から渡されたN砲の弾のリストのことを思い出し、左手をコートの左ポケットに伸ばしてそれを取り出す。

「忘れてた。これもあったんだ」

「あぁ、それ」

「なに?」

 光秋の呟きに伊部が応じ、曽我がリストを見ながら問う。

「アレの弾の一覧表です。そっか、これにも目通しておかないといけないんだよね」

 伊部が砲を見やりながら応じつつ、リストに顔を寄せる。

―今何時だっけ?……―

 思いつつ、光秋は左手首の腕時計を見る。

―4時40分か……―「N砲の方はそろそろやめますか。どの道射撃訓練と違って、こういうのは実際に何か斬ってみないとどうも感覚が掴めなくて……とりあえずニコイチは仕舞って、別の所でゆっくりこれのチェックしましょう」

「光秋くんがそれでいいなら、そうしよっか」

 リストを軽く振りながら言う光秋に、伊部は顔を離しながら返す。

「じゃあ、伊部さん降ろします。曽我さんは……」

「アタシは自分で降りれるから」

 光秋に応じるや、曽我は少し浮かんで高度を下げながらニコイチから離れていく。

「じゃあ……」

 曽我がある程度離れたのを確認すると、光秋はN砲を鉄板の上に戻し、ニコイチに左膝を着かせて右手で伊部を地面に降ろす。

 右脇に挟んでいた制帽を被り、右の肘掛からカプセルと取ってリフトで下に降りると、カプセルにニコイチを収容してソレを上着の内ポケットに仕舞う。

「お待たせしました。では」

 曽我が投げた雪が取り残されて下に落ち、ニコイチのいた辺りにできた雪の跡を一見して言うと、光秋は伊部と曽我と共に来た道を戻る。

 しばらく進むと、ゴレタンが置かれている辺りに来る。

「移動すなら、主任と三佐に一言言っておいた方がいいかもね」

「そうですね」

 左隣を歩く伊部の指摘に、光秋は首肯する。

「じゃあ、私三佐の方行ってくるから、光秋くん主任の方お願い」

「わかりました。曽我さん、先に行っててください。他にも用があるでしょ?」

「アタシはこの辺で待ってる。2人に付いて行った方が面白そうだしね。特エスの打ち合わせはさっき終わったから。その帰りにワンちゃ――加藤君たちを見かけたんだけどね」

「それなら……じゃあ」

 右隣を歩く曽我に応じると、光秋はゴレタンのそばで指示を出している大河原の許に速足で歩み寄る。

「大河原主任!」

「おぉ、二曹」

 光秋の呼び掛けに、大河原は振り返りつつ応じる。

「N砲の試し終わったんで、鉄板の上に置いときました」

「そうか。わかった」

「じゃあ、後お願いします。僕はこの後、基地の方に戻って弾のリスト確認しますから」

「了解だ。しっかり目を通してくれよ」

「はい。では」

 応じつつ一礼すると、光秋は伊部の許へ向かう。

「終わった?」

 2人が合流したのを見て曽我も加わる。

「はい。じゃあ、行きますか」

「そうだね」

 光秋の返事に伊部も続くと、3人は建物がある方へ向かう。

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