白い犬   作:一条 秋

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51 思わぬ包囲戦

 12月22日水曜日午前4時。

「……!」

 携帯電話のアラーム音に起きた光秋は、すぐにそれを止め、メガネを掛けながら布団から出ると、カバンから出した髭剃り機で髭を剃り始める。

「おはようございます」

「「おはよう」」

 起きてベッドの上の段から降りてきた藤原三佐と小田一尉に挨拶すると、光秋は一通り剃り終わった髭剃り機をカバンに戻し、入れ違いに出した鏡を見ながらクシで髪を整えて部屋を出、最寄りのトイレへ向かう。用を足し、水盤で手と顔も洗うと、部屋に戻って1つ目の目薬を注す。

「竹田!いい加減起きろ」

「うーん……」

 身支度を整えている小田の呼び掛けに唸りながら起きる竹田を横目で見つつ、光秋はカバンの上に置いてある上着を羽織り、そのポケットに入れていた腕時計と数珠を左手首に付ける。

 枕元のカプセルを内ポケットに、携帯電話を左のポケットに入れ、ボタンを閉めて2つ目の目薬を注すと、目薬をカバンに仕舞い、布団一式を畳んでベッドの端に寄せる。

「よし。朝食に行くぞ」

「「はい」」「うっす」

 一通り準備を終えた藤原の号令に3人は同時に応じ、光秋はコートを羽織り、制帽を被ってカバンを右肩に斜め掛けし、藤原たちに続いて部屋を出る。

 少し歩くと、

「おはようございます」

「「おはよう」」「うっす」「おはようございます」

制服の上にコートを羽織っつた伊部と合流し、藤原隊一行は食堂へ向かう。

「寝れた?」

「思ったよりなんとか。今日もよろしくお願いします」

 左隣に着いて両手で持つ補助席を抱え直しながら問う伊部に、光秋は軽く頭を下げて返す。

 食堂に着くと中はほぼ満席であり、各々にトレーを持った一行はなんとかまとまって座れる席を見付けて朝食を摂る。

―……三佐ってやっぱり食べるんだなぁ―

 トーストとサラダを牛乳で流し込む様に口に入れながら、光秋は藤原の食事に思わず感心する。メニューは違えどみんな比較的少食で済ませているところを、藤原は焼き肉定食、加えてご飯大盛りときている。

 そんなことを考えながら朝食を終えると、一行は近くの水盤で歯を磨き、光秋はもう一度顔を洗う。

 藤原を先頭に装備品置き場へ向かうと、一行は制服の上にヘルメット、防弾ベスト等の防具一式、ヘッドフォン型の通信機を身に付け、拳銃が入ったガンベルトを腰に回す。光秋は右の脹脛にホルスターを付ける。

「準備はいいな」

「「「「はい!」」」」

 藤原の号令に、一同はコートを羽織りながら応じる。

「では、作戦開始時刻まではゴレタンで待機する。行くぞ」

「「「「了解」」」」

 藤原に応じると、一行はゴレタンの許へ向かう。

 薄っすらと雪が降る道をしばらく進んでゴレタンの前に着くと、小田と竹田がそれぞれゴレタンの上下に乗り込む。

「ニコイチも出します。さすがに外で待つのはきついでしょ?」

「そうだな。よし、頼む」

 その傍らで光秋は藤原の了解を得ると、上着の内ポケットからカプセルを出し、ゴレタンの右隣の広間に向けた先端からニコイチを出現させる。

 乗り込んで起動させると、伊部と藤原をコクピットに上げ、伊部が操縦席の左側に補助席を設置するのを横目で見つつハッチを閉める。

―5時20分……開始まで後40分か…………―

 腕時計で時間を確認しつつ、光秋は掌が薄っすらと汗ばんでいるのを感じる。

―やっぱり、緊張してるな……―

 思いつつ、右の肘掛から取った通信機を左耳に付ける。

 と、ちょうど大河原主任から通信が入る。

(加藤二曹)

「大河原主任?何か」

(装備品の準備が整ったので、こっちに来てくれ。昨日N砲を見せた所だ。荷台の取り付けもしなければならん)

「あぁ、了解です。すぐに」

 通信機越しに応じると、光秋は操縦席の右隣に立つ藤原を見る。

「大河原主任から、装備品の準備ができたので取りに来てくれと。このまま行きますか?」

「いや、それなら儂はゴレタンに移ろう。降ろしてくれ」

「わかりました」

 応じると、光秋はハッチを開けて藤原を地面に下ろし、シートベルトを締める。

 伊部もシートベルトを締めたのを確認すると、ニコイチを浮かせて大河原が言った場所へ向かう。

―やっぱり寒いんだなぁ。ニコイチの空調は大したもんだ―

 ハッチを開けた際に流れ込んできた冬の凍えた空気と、閉めた後の暑くもなく寒くもない程良い温度に保たれたニコイチのコクピットに、場違いと思いつつも感心する。

 少しして昨日N砲を見た辺りに着地すると、大河原から通信が入る。

(そのまま立たせてくれ。荷台の取り付けを行う)

「了解です」

通信機越しに返すと、ニコイチの左右の太股にN砲の弾倉用の荷台が取り付けられる。

 と、

(二曹、ちょっとハッチを開けて出てきてくれ)

「?……あぁ、はい」―なんだ?―

思いつつ、光秋は大河原の指示通りハッチを開けて席を機外へ出す。

 すぐに灰色のツナギの上に灰色のコートを着た大河原が、念力で浮かんでハッチの上に下りてくる。

「あれ?主任ってサイコキノでしたっけ?」

「部下に上げてもらったんだ。それより、遅くなってすまんが、作戦目標の位置情報だ。入力しておいてくれ」

 光秋の疑問に答えつつ、大河原はコートのポケットから出したメモを差し出す。

「君らが引き上げた後に上から渡すように言われたんだが、会う機会がなくてな」

「わかりました。ありがとうございます」

 大河原に返すと、光秋はメモに書かれた情報をニコイチの地図に入力する。

「昨日あの後、忙しかったんですか?」

 光秋が入力している様子を見つつ、伊部が問う。

「あぁ。装備品の確認作業に時間を食ってな。伊部二尉も、テストも満足にないままの装備で現場に立たせることになって、申し訳ない」

 応じながら、大河原は伊部が座っている補助席に視線を向ける。

「いいえ。私より小田一尉たちの方が大変ですから。光秋くんだって、殆どぶっつけ本番で新装備を使うんだし」

「それもそうなんだがな……いくら試さなければならない物がたくさんあるとは言え、一度にこうもいろいろでは、俺たちも大変だよ…………」

 伊部に応じつつ、大河原は愚痴る様に言う。

「入力終わりました」

「うん。ちょうど取り付けも終わった様だな」

 顔を上げた光秋に応じると、大河原は左右の太股の様子を確認する。

「リストにも書いておいたが、弾の種類によって弾倉が色分けされている。間違えないようにな」

「はい」

「では、武運を祈る。おーい!」

 言うと大河原は地面の部下を呼んで念力で下へ降り、光秋はメモをコートのポケットに入れ、席を機内へ下ろしてハッチを閉める。

 数歩進んで地面に敷かれた鉄板の許に歩み寄ると、その上に置いてある装備品を身に付けていく。

―灰色――徹甲弾か。で、こっちの緑の方が榴弾っと……―

リストに書かれていた色を思い出しつつ、上部に灰色と緑の線が描かれた弾倉を、それぞれ右と左の荷台に積む。

(二曹)

「はい?」

(昨日少し話した様に、盾にも扱い易いように改良を施してある。見てくれ)

「はい」

 通信機越しに大河原に応じると、光秋は鉄板の上の盾を見る。

 表側を下にして置かれているそれは、持ったら肘の辺りに来る部分に開いた輪の様な物が追加されている。

「下側に腕……輪みたいなのが付いてますが?」

(それでニコイチの腕を挟んで固定する。それで弾込めの時も盾を手離さなくてすむだろう)

「なるほど。ありがとうございます」

 さり気ない気遣いに礼を言うと、光秋は左前腕の肘の近くを輪で挟み、もともと付いている上部の持ち手を握って盾を装備する。

 右手に榴弾の弾倉が装填された刃付きのN砲を持つと、ニコイチは一通りの装備品を付け終える。

「……やっぱり、ひと騒ぎ起きますかね?」

 モニター越しに右手のN砲を見ながら、光秋は胸の中の不安を吐き出す様に言う。

「それは、相手も抵抗する力を持ってるわけだし、やめろと言って大人しくやめてくれる様な人たちなら、こんなことにはなってないだろうね…………怖い?」

 伊部の問いに、光秋は顔を向ける。

「怖いのもあります。それと、嫌だなって……昨日言った様に、争い――避けられる衝突に加わるっていうのは、あんまりいい気がしません…………でも、必要ならやります!僕にはそうするための“力”があって、それが仕事ですから」

右の操縦桿を握る手に若干力を込めて断じると、光秋は前を向く。

 直後、藤原から通信が入る。

(加藤。聞こえるか?)

「はい?」

(指揮所からの指示を伝える。ニコイチは航空隊と先行して、別命あるまで上空で待機しろ。気を付けてな)

「了解です。三佐たちもお気を付けて」

 応じると藤原の方から通信は切れ、光秋はもう一度伊部を見る。

「航空隊と先行して、上空で待機だそうです……行きます」

「うん!」

 伊部が深く頷くと、光秋は右ペダルを踏んでニコイチを上昇させ、先程入力した地図の情報に従って目標地点へ向う。

 

 飛び立って少しして、ニコイチは航空隊と合流する。

(クロウ1よりMB‐00へ。編隊の後方へ回られたし)

「了解」

 通信機越しに隊長と思しき女の声に応じると、光秋は指示通り三角形を描いて飛ぶ編隊の後ろに着く。

―クロウ――カラスか。確かにカラスの群れみたいだな……―

目の前に広がる20機程のF‐22の編隊を見ながら、ふとそんなことを思う。

 しばらく飛ぶと、モニター越しに目標地点が見えてくる。

 山の合間に複数の建物が隠れる様に建ち並んでいる様は先程までいた基地と同じ印象を抱かせるが、こちらは平野に近いために基地よりも敷地は広く、体育館程の大きさの建物やグラウンド程の広さの空き地がいくつか目に入る。建設時に使われた物の成れの果てか、建物群の外れには重機やスコップなどの工事道具が錆び付いたまま放置されている。

(クロウ1より各機。間もなく作戦空域に入る。警戒を厳となせ)

(了解)

「了解」

 隊長の注意を促す通信に口々に応じる声に混ざって光秋も応じると、腕時計を見る。

―5時59分……もうすぐか―

 思う間に時計は6時を指し、同時に目標の敷地の外周を囲む形で地上部隊がテレポートして来る。

―始まった!―

 生唾を飲むと、光秋は操縦桿を握る手に心なしか力を込める。

(サン教信者に告ぐ。我々は州警、軍、ESOの合同部隊である。我々の目的は、本ベースの制圧、及び諸君等の逮捕である。諸君等には武器の違法所持、傷害、殺人など複数の容疑が掛けられている。我々はすでに君たちのベースを包囲した。抵抗せず、速やかに投降せよ。今から5分間だけ待つ。それを過ぎても投降する気配がない場合、我々は実力を行使する)

―さぁて、これですんなり終われば万々歳なんだが…………―

 外部スピーカー越しに拡声器の声を聞きながら、光秋は僅かながら期待しつつ思う。

 

 そして、沈黙の5分間が過ぎる。

(勧告の時間が過ぎた。これより実力を以って諸君等を拘束する)

―結局こうなるか―

 案の定という気持ちを抱くと、光秋はベースを凝視して指示が来るのを身構える。

 直後、

(作戦中止!繰り返す。作戦中止!航空隊は基地に帰還。地上部隊は現状のまま待機!)

「!?」

通信機と外部スピーカー越しの慌てた声に咄嗟に何を言われたのか解らず、光秋は伊部を見る。

「伊部さん、今、作戦中止って……」

「うん…………!?」

狼狽する光秋の呼び掛けに、伊部も戸惑いながら返す。

 と、

(加藤!)

藤原の焦りを含んだ声が通信機越しに響く。

「はい?」

(お前は地上で儂らと合流しろ。わかるか?)

「えー……はい。すぐ行きます」

 光秋の意思を拾ってモニターにゴレタンの拡大映像が表示され、すぐに映像から伸びる矢印が指している辺りに降下する。

 ベース側を向いているゴレタンの後ろに着地すると、光秋はすぐに左膝を着かせ、ハッチを開けて機外へ出る。

「作戦中止って、突然何です?」

 ゴレタンの車体部分後部に立ってニコイチを見上げる藤原を見付けるや、光秋は通信機越しに問う。

(わからん。今情報待ちだ)

 返答を聞くと光秋は伊部を地面へ下ろし、自分も膝の上のヘルメットを被り直してリフトで降りて藤原の許へ向かう。

「情報待ちって、土壇場で何です?」

車体の上の藤原を見上げながら、苛々を含んだ声で問う。

 直後、通信機に連絡が入る。

(各員に告げる。こちら作戦指揮所。目標ベース内に人質らしき存在が複数確認された。地上部隊はベース周囲を包囲。別命あるまでその場で待機せよ。繰り返す)

「……人質?」

 予想外の言葉に、光秋は藤原と伊部を見やると、2人も動揺を浮かべた顔を返す。

「小田、聞こえたな。ゴレタンのカメラでベースの方を確認してくれ」

「ニコイチの方でも見てみます」

 通信機越しに指示を送る藤原に言うと、光秋は駆け足でコクピットに戻って機内へ下り、ニコイチを立ち上がらせてベースの建物の1つに合わせた拡大画面の倍率を上げていく。

「……!」

 程よい大きさに合わせると、画面の中の窓越しに人影を見る。大人と思われる影が3つ程、10人程の子供の相手をしているのがわかる。

―人質って、あの子供らのことか?―

 拘束や暴行こそ受けていないものの、大勢の子供が一カ所に集められている様子に、光秋は半ば確信しながらそう思う。

 と、

(こちら小田。屋内に人質らしき影を確認。しかもこれ見よがしにこっちの方を向いてる部屋のいくつかに分けて監禁されてますね)

「!」

小田の通信に、光秋はニコイチの首を振って他の部屋、他の建物内も見てみる。言葉通り、自分たちの方を向いている部屋のいくつかに10人程の子供が集められている。

「こちらでも確認しました。いずれも子供みたいですね。歳は、小さいので幼稚園児くらい、大きいので……高校?……中学生くらいですかね。一部屋に10人くらい集められてますね。全部合わせればかなりの数になります」

部屋の様子を映したいくつかの拡大画面を見ながら、光秋は通信機越しに藤原隊一同に報告する。

 その間にも、光秋は目の前の光景にゆっくりと怒りが湧いてくるのを自覚する。

―子供を人質にとる?これが大人のやることかっ!子供を守る立場の大人が、子供を盾にするって……―

 今すぐニコイチで突っ込んで助けに行きたい衝動に駆られるが、冷静な部分がそれを抑える。

―集団行動中だ。勝手なマネは許させない。仮に突っ込んで行ったとしても、一度に助けられるのは一部屋か二部屋くらい。今見ている建物以外にも監禁されている可能性は大。みすみす大多数の人質を殺す行為だしな……それに……―

 そこまで考えて、不意に昨日ぶつかった少女の顔が思い浮かぶ。

他人(ひと)のことを言えたきりじゃないよな。子供を……二十歳(はたち)にも満たない子を利用してるって意味じゃあ……―

思いながら、鼻で深い溜め息を吐く。

「どっちにしろ、早く次の指示をくれ…………」

焦る気持ちを吐き出す様に、小さく呟く。

 

 午後0時10分。

「……なかなかきませんね、次の指示」

「対策を考えてるんでしょう。私たちは待つしかない」

「そうですね…………」

 ニコイチの操縦席で支給された弁当を食べながら、光秋は左隣の補助席に座る伊部と言わずもがなの会話を交わす。

 待機の指示が出てすでに6時間近くが経ち、その間自分たちには何の音沙汰もないことが、光秋に言わずもがなと分かっていてもそんなことを言わせるのだ。

 もっとも、その間何事もなかったというわけではなく、モニター越しに見えるベースの周囲にはEジャマーが等間隔に設置されて超能力による攻撃、及び逃亡を防ぐ処置が取られ、包囲を維持するための人員の手配とシフトの編成が行われた。

―完全に籠城戦の構えだな……望みが薄かったとはいえ、素直に投降してハイ終わりといって欲しかったが、一番嫌なパターンになったなぁ……―

 雪がちらつき始めた外の景色を見ながら、光秋は溜め息混じりにそう思う。

―長くなるなぁ、これは…………唯一よかったのは、念のためと思って1週間分の着替えを持ってきたこと、か?……ハハ…………―

基地に置いてきた荷物のことを思いながら、独り渇いた笑いを漏らす。

 

 午後6時。

(各員に告ぐ。儂らのシフトはただ今をもって終了。基地に戻るぞ)

「了解……」

 通信機越しの藤原の指示に疲れた声で応じると、光秋は右ペダルに足を掛けてニコイチを上昇させようとする。

 と、藤原の通信が入る。

(加藤。ニコイチはここに置いていく。伊部と一緒に降りてこい)

「何故です?」

 突然の指示に、光秋は驚きながら問う。

(ニコイチはこちらの大きな戦力と認識されてるからな。そんな物が迂闊に動けば、相手を刺激する。それにニコイチが退いた後を隙と思って攻撃してくる可能性がある。要は現状維持のためだ)

「なるほど……わかりました」―ニコイチを手離すのは不安だが…………そうやって、”力”に依存しちゃうんだよな―

 一抹の不安を隅に押しやると、光秋はカプセルに伸ばしていた手を引き、左耳の通信機を肘掛に納める。

「向こうを刺激しないようにニコイチは置いて行くそうです」

「そう。なら補助席もこのままの方がいっか」

「えぇ」

 伊部に藤原の指示を報告すると、光秋は直立していたニコイチに左膝を着かせ、操縦席を機外へ出して右手で伊部を地面へ下ろす。

 掌から伊部が降りたのを確認すると自身もハッチの上に立ち、リフトの許に屈んでフタを開けて操縦席に付いているのと同じハッチの開閉ボタンを押す。操縦席が機内へ下り、閉まり出したハッチの上で落ちないようにバランスをとる。閉まり切るとリフトを出し、下へ下りる。

 ニコイチと同じ理由なのだろう、この場に置いていかれるゴレタンから降りた小田たちと合流すると、光秋は基地まで送ってくれるテレポーターが待つ地点まで移動する。

―あぁでも、やっぱニコイチないと不安だなって思っちゃうなぁ……―

 途中一度だけ振り返ってニコイチの背中を見ながら、光秋は正直な気持ちを自覚する。

―ま、あっても肝心な時に出せないんじゃ、ないのと大差ないんだろうが……そういうのとは別に、落ち着かないな…………―

綾と最後に過ごした日のことを思い出しつつ、空になった上着の内ポケットを意識する。

―ま、これも修行、とでも思うしかないか―

そう思ってこの場でのニコイチへの執着を断ち切ると、黙って藤原たちの後を追って歩く。

 しばらく歩くと10人程の人だかりの許に着き、その中央に立つ緑服の男に藤原が二言三言報告をする。

「では、全員集まった様なので出発します。もう少し私の許に寄ってください」

 中央の男がそう呼び掛けると、光秋は周囲と同じ様に男との距離を詰める。

―そう言えば、瞬間移動ってこれが始めてだよな。いつもニコイチで移動するから……どんなんだろう?―

 新しいことに対する若干の不安を覚えていると、中央の男は目を閉じ、呼吸を整える。

 直後、

「!」

男はカッと目を開き、

 

「……!?」

一瞬後、光秋は自分が基地の敷地内に立っていることに気付く。

「……」

 始めてのことに若干気が動転している光秋をよそに、一緒に来た人たちは中央の男に礼を言ってそれぞれ去って行く。

「……!」

 それを見て気を取り直した光秋も、とりあえずと中央の男に一礼し、藤原たちの後に続く。

―本当に一瞬なんだなぁ!……でも、慣れないと戸惑うな……―

 始めてのテレポートにそんな感想を抱きながら、自分たちに割り振られた部屋へ向かう。

 

 12月23日木曜日午後1時。

 包囲が始まって1日以上が経つが、双方共に動きはない。

 午前7時からニコイチのコクピットに収まる光秋は、変化しない現状への苛立ちを隠せず、操縦桿に置いた右手の人さし指を上下させる。

―ただ座ってるだけというのは辛い…………こんなことなら、外で組手でもしてる方がマシだ!―

感情的な部分でそう思いながら激しく吹雪いている外を見やる一方で、シフト時間中は突然の事態に備えて臨戦態勢でいなければならないことも理解しており、そうした抑圧と終わりの見えない緊張が、光秋を余計に焦らせ、心労させる。

 と、

「……なんかおかしい」

「?」

左隣の補助席に座る伊部が右手で顎を撫でながら呟き、光秋はそちらに顔を向ける。

「どうしました?」

「……光秋くん。ちょっと無線使いたいから、ハッチ開けて」

「?……はい」

「ちゃんと屈んでね。ベースから攻撃されるかもしれないから」

「はい」

 少し考えた伊部の指示に首を傾げながらも応じると、光秋は直立していたニコイチを正面に鎮座するゴレタンの影に隠れる様に左膝を着かせ、ハッチを開ける。

「!……」

 開けた途端にそれまで快適な温度に保たれていたコクピットに極寒の強風と雪が入り込み、せめて雪だけでも防ごうとニコイチの右手をコクピットの上に持ってきて傘にする。

 その間にも、伊部は被っているヘッドフォン型の通信機、その左のスピーカーから伸びるマイクを左手で掴んで口元に寄せる。

「藤原三佐。伊部です。聞こえますか?」

(おぉ、聞こえる。どうした?)

「……」

 その通信は藤原隊全員と繋がっており、光秋も苛立ちの気分直しにと、左隣の伊部と左耳の通信機越しの藤原の会話に耳を傾ける。

「サン教の行動、おかしいと思いませんか?人質をとっているのに、それについての声明を出さないなんて」

「!」

 伊部の指摘に、光秋はハッとする。

(確かにな。儂もさっきから考えていたところだ)

「普通人質がいるなら、それを誇示して要求を突き付けますよね。今の場合だと、全部隊の即時撤収とか」

(そうだ。だが奴らはせいぜい窓際に集めて存在を示すだけで、すでに1日以上沈黙を保っている……何が狙いか……)

「……」

 藤原の呟きに、光秋は心中の緊張が余計に強くなるのを感じる。

 

 12月24日金曜日午後8時。

 本日も睨み合いだけで終わったシフト時間を終え、基地に戻った藤原隊一行は、食後の入浴を終えて部屋へ向かう。

 と、

「……!」

「どうしました?」

左前を歩く小田がなにかに気付いた様に上着のポケットを調べるのを見て、光秋が問う。

「メールだ……沖一尉からだな」

右手で二つ折りの携帯電話を開いて操作しながら小田は応じる。

 部屋に入ると、光秋は持っていた脱いだ下着類が入ったビニール袋をカバンに仕舞い、代わりに目薬が入った袋を取り出し、携帯電話を取り出した制服の上着をカバンの上に置く。

―洗濯物が溜まったなぁ……それにもう3日もこのワイシャツで寝てるし…………そろそろ一度帰って着替えたいところだが……―

心労による疲れが溜まった体をベッドに腰掛けながら、当分無理だと分かっていることを思わず望みつつ目薬を注す。

 と、自分の正面のベッドに座って携帯電話を操作し続ける小田が目に入る。

―まだなにかあるのかな……?―

 普段はあまり携帯電話をいじらない小田の珍しい光景に、思わず好奇心の目を向ける。

「さっきからどうしたんすか一尉?珍しくケータイいじって」

 同じことを思ったのか、光秋のベッドの反対側に座っていた竹田が小田の許に近づいてくる。

「ん?あぁ……気付かない間に何件か来ててな……」

応じながら、小田は携帯電話の操作を続ける。

 その時、

「……あ!こら!」

「沖愛?……あぁ。局長秘書の」

小田から電話を掠め取った竹田が、画面を見ながら思い出した様に言う。

「そういやこの間メアド交換してましたよね……ヒョオー!けっこう来てんな。一尉もなかなか――!」

 茶化しを遮る様に、小田は左手で作った拳骨を竹田の頭頂に振り下ろし、ゴーン!という重い音を響かせる。

「痛ってぇ!…………」

「すぐに返すか、もう一発食らうか、どっちだ?」

「……返します」

 左拳を示しながらドスの利いた声で問う小田に、竹田は頭を擦りながら電話を返す。

―おぉ怖っ!……竹田二尉、大人気ないことはやめましょうよ……―

 一連の光景を見ていた光秋は、小田に軽い恐怖を、竹田に呆れを感じながら、2本目の目薬を注す。

 と、それまで光秋のベッドの上の段で横になっていた藤原が顔を覗かせる。

「小田が暴力に訴えるとは珍しいな。しかし竹田、女性関係であまり他人(ひと)をからかうものではないぞ」

「そんなんじゃありません!」

 一瞬照れた様な顔をしてそう言い切ると、小田は竹田のベッドの上の段に上がって布団を被ってしまう。

「あーあ、不貞寝しちゃったよ。一尉もやるなって褒めようとしただけなのに……」

 小田が寝る上段を見上げながら、竹田は口を尖らせる。

「……ところでよ、加藤。お前も、伊部とはどうなの?」

「え?」

 思わぬところで話を振られ、光秋は注そうとしていた目薬の手を一旦止めて返事に困ってしまう。

「……伊部さんとは、別に……男女の関係ってわけじゃ…………」

「そうなのか?そう言う割には、オレたちの中じゃお前が一番仲よくしてそうだけど」

「それは僕が後輩だから、いろいろ面倒見てくれてるんでしょ?伊部さん曰く、僕は『弟分』だそうですから」

「『弟分』、ねぇ……でもほら、アヤのこととかもあるし――」

「「竹田!」」

 竹田の言葉を遮る様に、上方から藤原と小田が同時に咎めの声を上げる。

「三佐にも言われただろう。その辺にしてとっとと寝ろ」

「今のは別にからかったわけじゃ……」

「そうだとしても、あまり他人の事情に口挟むな……特にさっき言おうとしたことは、加藤にはあまり……」

「……まぁ、そうっすね。悪かったな加藤」

 小田の指摘に素直に納得すると、竹田は光秋に軽く頭を下げる。

「あぁいえ、そこまで気にする程のことじゃないんで……」

 頭を下げる竹田に少し困った気分で応じると、光秋は3本目の目薬を注し、それらが入った袋をカバンに戻す。

「とりあえず、ちょっとトイレ行ってきます」

 妙な居心地の悪さから離れたいのもあってそう言うと、光秋は部屋を出る。

―まさかこっちにも話を振られるとはなぁ…………でもまぁ、一尉の拳骨はさすがにやり過ぎだったかもしれないが、緊張の連続の合間にあぁいう日常的な状況に遭えるのは、いいことかもしれないな。おかけで、少しだけど気持ちが楽になったかも……―

最寄りのトイレへ向かいながら、重いものが取れた様な気持ちを覚える。

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