白い犬   作:一条 秋

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53 鬼との邂逅

 12月26日日曜日午後6時。

 本日のシフトを終えた藤原隊一行は、基地へ帰還すると真っ直ぐ食堂へ向かい、一つのテーブルにまとまって夕食を摂る。

 と、

「……藤原?」

「?……鬼崎(きざき)一尉!」

突然の呼び掛けに振り返った藤原三佐は、驚きながらもどこか嬉しそうな顔をする。

「?」

 向いに座っている光秋はそれを見ながら藤原の視線を追うと、少し離れた所に合軍の制服を着た屈強な男がトレーを持って立っている。

 身長こそ170センチ程と藤原よりずっと低いものの、服の上からでもわかる体付きは藤原にも負けない筋肉質であり、サッパリとした禿頭と右頬に走る縫い目痕の様なものが目を引く。

―如何にも軍人さん、それも最前線でバリバリやる人って感じだな……―

さまざまな特徴に対して、「鬼崎」と呼ばれた縫い目の男に光秋はそんな印象を抱く。

 その間にも、

「どうぞ座ってください!」

「おう。それと、今は中佐だ」

「失礼しました」

と、藤原の勧めに応じて縫い目の男は左隣の席に座り、2人は食事をしながら話を続ける。

「どうしてこちらに?」

「作戦に参加するために決まってんだろう。明日の会議にも呼ばれてんだ。人質救出と並行しての拠点制圧、実に俺たち向きの仕事だ」

「まったくです!」

 嬉しそうに応じる藤原を見ながら、光秋は左隣の伊部に身を寄せる。

「どちら様です?」

「さぁ?私も知らない」

光秋の問いに、伊部も鬼崎を見て首を傾げながら返す。

 と、藤原の右隣に座る小田一尉が遠慮がちに問う。

「……お話のところすみませんが、もしや三佐が陸自にいた頃の方ですか?」

「そうだが」

「!……三佐からかねがね聞いていました!藤原隊副隊長の小田と申します。三佐が以前おられた部隊の方とお会いできて光栄です」

 縫い目の男の返事に、小田も嬉々として応じる。

「……あのぉ、三佐?結局この人誰です?」

 未だ話に着いていけない藤原と小田以外を代表して、小田の右隣に座る竹田二尉が問う。

「お前は前に聞いただろう。三佐が旧陸自の頃に所属してた部隊の上官だ」

「陸自の頃、ですか……」

 小田の説明に、光秋は呟く様に返す。

「……そうか。加藤と伊部にはまだ話してなかったな」

 みそ汁で口を湿らせると、藤原は2人を見ながら思い出した様に言う。

「こちらは鬼崎中佐だ。小田が言った様に、儂がESOに入る前にいた部隊の上官で、いろいろと面倒を見てくれた方だ」

「鬼崎だ。周りからはよく『オニザキ』と呼ばれるがな。藤原んとこに新しく入った部下か。一つよろしく頼む」

「伊部法子二尉です。こちらこそよろしくお願いします」

「竹田柔蔵。同じく二尉です」

「加藤光秋二曹です!同じく……お願いします…」―伊部さんと同じこと言っちゃったよ……―

 縫い目の男――鬼崎中佐の自己紹介に、伊部と竹田、光秋は姿勢を正して返す。が、光秋は鬼崎の容姿に緊張してしまい、少しおかしなもになってしまう。

「……ところで、三佐が以前いらした部隊って何処なんですか?」

 調子の悪さを誤魔化すことも兼ねて、光秋は疑問に思ったことを訊いてみる。

「ん?まぁ……詳しくは機密で言えないんだがな。掻い摘んで言うと、敵のアジトにカチコミに行って制圧すんのが主な仕事だな」

「……そうですか」―言えないところって……それに……三佐の容姿が原因で、ウチの隊が陰で『ヤクザ隊』って呼ばれてるのは聞いたが……こちらの方がよっぽどヤクザっぽいな…………―

鬼崎の引っ掛かる説明と強面な口調に、光秋は背中に寒気を感じる。

 と、

「……お前、加藤とか言ったな」

「はい……」

鬼崎が睨む様な目で問い、光秋はさらに強い悪寒を覚える。

「線の細そうな奴だな。ESOに入ってどれくらいだ?」

「えー、4月からですから……8カ月程……」

「1年にも満たねぇのか?それとお前、あんま運動しないタイプだろう?」

「……激しいものはあまり。ただ、ESOに入ってからは、藤原三佐に鍛えてもらってますが」

「フン……どっちにしろ、こんなひょろひょろの面倒まで見ねぇといけねぇとは、お前も苦労すんな」

―……悔しい、けど…………線が細い――『臆病』ってことならいくらか当たってるから、強く反論できない……―

藤原に同情する様に言う鬼崎を見ながら、光秋は苦い物を噛む様にそう思う。

 直後、ドンッ!という重い物が落ちる様な音が響く。

「!?」

光秋は驚きつつも音のした辺りに目をやると、怒りの形相を浮かべた竹田が左手でトレーの上のコップを握り締めている。その周囲には水が散らばっている。

―叩き付けたのか?―

 光秋が理解する間にも、竹田は怒りを隠さずに言う。

「あのなオッサ……中佐殿。さっきから黙って聞いてりゃ、オレの後輩を戦力外みたいに言いやがって!言っとくがコイツは――」

「竹田!」

 竹田の言葉を遮る様に、藤原が強い口調で言う。

「その辺にしておけ。所属が違うとはいえ上官だぞ」

「…………了解」

静かではあるが有無を言わせない様子で告げる藤原に、竹田は渋々黙る。

「鬼崎中佐も、その辺にしておいてください。確かに加藤はESOに入ってまだ日が浅く、いろいろと未熟なところもあります。ですが、それなりの実績を上げていますし、本人が言った様に日々鍛錬を積んでいるのです。見てくれだけで決め付ける様な言い方はやめていただきたい」

「フン。お前も言うようになったじゃねぇか……まぁ、確かにバカにした様な言い方だったのは認める。すまんかった」

「!……いえ……」

藤原の反論に素直に頭を下げる鬼崎に、光秋は意外に思いながら応じる。

「だがな、やっぱり線が細い感じはどうも気に入らん。合軍とESOって所属こそ違うが、今は命を預け合うんだ。もう少しドンと構えてくれねぇと困るぜ」

「…………努力します」

 顔を上げた鬼崎の言葉に、光秋は姿勢を正し、心なしか強い調子で応じる。

「……それにしても、藤原と知り合ってもう10年くらいになるか。学校出たての、今のこいつ等くらいの若僧が、今じゃ佐官とはな」

「紆余曲折ありましたがな。だからこそ、今でこそ頼りないと思われている加藤も、そのうち化けますよ」

「……どうだかな?」

 みそ汁をすすりながら返す藤原に、鬼崎は気のない返事をする。

 その時、光秋は鬼崎の言葉に疑問を感じる。

―……10年くらい?……今の僕たちと同じくらい……?―「あの、失礼ですが三佐って、今いくつですか?」

「ん?今年の7月で35だが?」

「えぇ!?」

 首を傾げて応じる藤原に、思わず驚愕の声を上げる。

「なにを驚く?」

「いや!三佐って30代?てっきり50代かと思ってまして……」

 光秋の反応に驚く藤原に、光秋は思ったことを正直に言う。

「そう……なのか……?」

「まぁ、確かに実際より老けて見えるよな。髭面とか口調とかな」

「中佐まで……」

便乗した鬼崎の的確な指摘に、藤原は眉間に皺を寄せる。

「ははは…………」

 そんな2人を見ながら、光秋は渇いた微笑を漏らし、みそ汁をすする。

 

 夕食を終え、鬼崎と別れた藤原隊は自分たちの部屋へ向かう。

 藤原たちの後を追う光秋は、左隣を歩く伊部があからさまに不機嫌な表情を浮かべていることに軽い緊張感を覚える。

―さっきからずっとこうだよな……―「伊部さん、さっきからどうしたんです?」

「なにが?」

 意を決して訊く光秋に、伊部は声色にも不機嫌さを含ませて応じる。

「食事が終わってからずっとムスッとしてますけど、どうしたんです?」

「……オニザキ中佐の所為だよ」

続けて問う光秋に、伊部は吐き捨てる様に言う。

()()()中佐です……ひょっとして、僕のことをいろいろ言ったことですか?」

「そう!竹田二尉に出番盗られちゃったけど、私だって頭にきてたんだから」

訂正しつつ確認する光秋に、伊部は両目を吊り上げながら応じる。

「頭ごなしに使えないみたいに言って、謝ったと思ったら線が細いのが気に入らないとか言って。光秋くんも何か言い返せばよかたのに!上官でも、階級が下の人をバカにしていいわけじゃないんだがら。一歩間違えたらパワハラだよ!」

「……確かに、悔しいとは思いました」

 興奮気味になってきた伊部に、光秋は静かに返す。

「でも……中佐が『線が細い』っていうのをどういう意図で言ったのかは判りませんが……『臆病』、という意味なら、事実だから否定はできません。謝罪の後の言葉も考えると、やっぱりそういった意味だろうとは思いますが」

「だからって、ホントに何も言い返さなくてよかったの?それもあんな言い方されて」

「確かに言い方はアレでしたが……事実ならそれを素直に受け入れなければいけないと思います。さっき中佐にも言った様に、今後はもう少しドンと構えるように心掛けますし……それに……」

「それに?」

「三佐が指摘した様に、中佐の僕に対する評価……というか、印象が見た目だけのものなら、実戦で能力を示して覆せばいいだけのことです。どの道、中佐の様な人は論より実証って人でしょうし、その方が手っ取り早いでしょう」―ま、中佐がそういう人ってのも()()だが……―

「……それもそう、かな?……まぁ、光秋くんがそれでいいなら、私はそれでいいけど」

「ありがとうございます……あと、僕のことで怒ってくれて」

「当然でしょ。私は光秋くんの姉貴分なんだから」

―姉貴分、か……ま、なんであれ、気に掛けてくれるのは嬉しいな…………しかし……―

 伊部の気持ちを引っ掛かりつつもありがたく思う一方で、光秋は今一番の問題に感心を向ける。

―実証――結果を出す、か……まるで『蜂の巣』の時だな。もっとも、あの時よりはいくらか強くなったんだ。心も体も……―

 「蜂の巣」での暴走が脳裏に浮かび、次いでNPの蜂起事件、京都駅テロ未遂事件、合同演習、DD‐01、02との戦闘の記憶が過ぎていく。そして、

―もう、あんな醜態は晒さない!―

それらの記憶が、そんな強い思いを抱かせる。

 その時、

「加藤!」

「!……はい?」

小田に呼び掛けられ、考え事に集中していた光秋は我に帰る。

「聞いてたか?」

「あ、いえ……すみません……」―いかん。大事な話してたか―

 小田の問いに素直に答えつつ、光秋は大事な話を聞き逃してしまったことに恥ずかしくなる。

「明日、三佐は作戦会議に出るから現場に行かないんだよ」

「だから小田に指揮を任せた。明日は小田の指示に従え。と言っても、包囲の継続だろうがな」

「はい!」

小田と藤原の説明に、光秋は恥ずかしさを掃うことも兼ねて強く応じる。

 が、

「ちゃんと話聞いてとけよ」

「はい……」

小田の注意に、再び恥ずかしくなる。

―まぁ、次気を付けよう。とりあえず、今は包囲作戦をきちんとこなす。その上で、本格的な作戦で結果を出せばいい………―

 そこまで考えると、不意に先日風邪をひいた時に見た夢を思い出す。

―少なくとも、あんなことはさせない!……今回も……この先も!―

ニコイチで握り潰した綾の姿を頭から掃って断じると、光秋は前を行く藤原たちに続いて部屋へ向かう。

 

 12月27日月曜日午後0時。

 午前8時からニコイチの操縦席に納まる光秋は、モニター越しに相変わらず沈黙を続けるベースを眺めつつ、昼食に支給されたカップ麺をすする。

「やっぱ、冬の包囲戦の食事といったらカップ麺ですね」

「そうなの?」

 光秋の呟き、左隣の補助席で同じものを食べている伊部が訊き返す。

「こっちのことは知りませんけど、僕のいた方でカップ麺が浸透したのって、こんなふうに冬の包囲戦で、これを食べてる警察の人たちの映像が中継されたからって言われてます……だからちょっと言ってみただけですけど」

「ふーん……?」

光秋の説明に応じると、伊部はカップ麺を一口すする。

 しばらくして食事を終え、食べ終えたカップを片付けるために伊部を外に下ろすと、光秋は直に浴びる冷風に震えながら伊部の帰りを待つ。

―しっかし、よくあんなこと思い付いたよなぁ……慣れてきたのかな……?―

 先程の会話を思い出しながら、そんなことを考える。

 が、

―……いや、待てよ…………これって油断じゃないか!?―

ハッとしつつ、自分の気の緩みを自覚する。

―それじゃいかん!少なくとも現場にる間はいかん!―「……いかんいかん!」

言いながら、気持ちを切り替えようと両頬を2回叩く。

 と、

「光秋くーん!」

「あ、はい!」

帰ってきた伊部に応じると、光秋はニコイチの右手を差し出して伊部をコクピットへ上げる。伊部が補助席に座ると、操縦席を機内へ降ろす。

―……安堵と緊張のバランスはちゃんと考えないと!―

ハッチを閉めながら、光秋は心中に自戒を呟く。

 

 午後2時15分。

 シフトを終えた藤原隊一行は、テレポートで基地に戻る。

「……どうしてもこの感覚に慣れませんね」

「私も……普段滅多にやらないからね」

 一瞬で長距離を移動する感覚への不慣れを愚痴る光秋に、伊部も同意の声で応じる。

 と、携帯電話の振動音が響き、小田がコートのポケットから出した電話に出る。

「もしもし?……了解。すぐ向います。藤原三佐からだ。会議の内容を知らせるから食堂に来るようにと」

「はい」「ウッス」「わかりました」

 電話を仕舞いながらの説明に、伊部、竹田、光秋がそれぞれ応じると、4人は食堂へ向かう。

 

 しばらく歩いて食堂に入ると、先に来ていた藤原が座っているテーブルから4人を手招きする。

「こっちだ」

 呼び掛けに応じた4人がテーブルに着くと、藤原は一同を見回す。

「まず、今日の務めご苦労だった。特に小田、指揮官代行よくやってくれた」

「いいえ」

藤原の労いに右隣に座る小田は短く応じ、他の3人は軽く頭を下げる。

「それでだ、今日の会議で、ベースへの突入作戦が決定された」

―……いよいよ、か―

 続く藤原の報告に、その左前に座る光秋は少しだけ生唾を飲む。

「作戦開始は30日の朝8時。陸軍特殊部隊『天岩戸(あまのいわと)』が各建屋に突入し、人質救出と並行して各所を制圧、今回の目標である坂本の身柄を確保する。我々をはじめ、他の者はこれの援護を行う。激しい抵抗が予想されるので、充分注意するように……ここまでで何か質問はあるか?」

 一旦話を区切ると、藤原は周りを見回しながら問う。

―太陽神が引き籠った所の名前を持つ部隊が、太陽神を崇める人たちの引き籠りを解く、か……皮肉だな…………特殊部隊……言えないとこ……突入(カチコミ)…………まさかな―

その様子を見ながら、光秋は先日の会話を思い出して一瞬鬼崎の縫い目痕の顔を浮かべるものの、すぐにそれを頭から追いやる。

「……ない様だな」

「あのオッサ……中佐たちの邪魔をする奴をブチノメスだけでしょ?」

 藤原の確認に、その右前に座る竹田が大雑把なまとめで応じる。

「あまりそういうことを声に出すな。儂は何も言っとらんぞ。概ねそういうことだがな……それと加藤」

「はい?」

 竹田に鋭い視線を向けて注意しつつ同意すると、藤原は光秋を見やる。

「今言った通りの役割りだが、事前の説明でも聞いている様に、ベースには大規模な戦力があるだろう。儂らの主力は、当然お前とニコイチになる。もちろん、儂や小田たちも力の限り支援をするが、一つよろしく頼む」

「はい!いつものことですから……それに僕だけじゃなくて、伊部さんもいますし」

 よく通る声で応じつつ、光秋は左隣の伊部を見る。

「そうだったな。伊部も、加藤のフォロー頼むぞ」

「はい!」

藤原の呼び掛けに、伊部は胸を張って応じる。

 と、

「あれ。みなさんおそろいで」

「!」

意外な声に呼び掛けられた光秋は後ろを振り返ると、ワイシャツの上に黒いスーツを羽織り、食事を載せたトレーを持った上杉が立っている。

「上杉!?なんでこんなとこにいるんだよ?」 

「俺も呼ばれたんすよ。大きな作戦が始まるから、医者の手が不足しないようにって」

 同じ様に上杉を見る藤原隊一同を代表して問う竹田に応じると、上杉はトレーを置いて光秋の右隣に座る。

「遅い昼食ですか?」

「あぁ。午前中に来たんだけど、打ち合わせなりなんなりで忙しくってよ」

 光秋の問いに、上杉はトレーの上のカツ丼を食べながら応じる。

「でもよ、上杉が来たってことは、後方支援では頼りになる戦力が来たってことだよな」

「それもそうだな。怪我をしても保障はあるわけだ」

 テーブルに身を乗り出して上杉を見ながら言う竹田に、小田もどこか安心した様子で返す。

「それ程でも……ありますけど?大船に乗った気でいてくださいよ!」

「図に乗りおって」

上杉が照れながらも張った胸を左手で叩いて示し、藤原が笑みを浮かべる。

「私たちだけじゃなくて、タッカー中尉や曽我さんもいるしね」

「そうですね」

微笑みを浮かべて言う伊部に、光秋も笑いながら応じる。

―そうだ。それこそ伊部さんだけじゃないもんな…………みんなでやるんだ!―

 その思いは、光秋に適度な安堵を感じさせてくれる。

 

 12月28日火曜日午前8時。

 相変わらず慣れないテレポートで現場に着いた光秋は、軽い不快感を追い払うように努めながら藤原たちの後を追ってニコイチの許へ向かう。

 と、

「……?」

近づいてくるローター音を聞き、思わず顔を上げると、厚い雲に覆われた灰色の空によく映える赤い小型のヘリが1機ベースの方へ飛んでいくのを見る。

「ありゃあ民間機か?」

 右手で日除けを作った小田がベース上空辺りで留まったヘリを見ながら言うと、

「テレビ局のヘリじゃないのか?」

「誰だよ撮影許可出したの」

「仕事がやり難くなるなぁ」

一緒に来た他の人々から不満の声が漏れる。

「確かにそうだが……報道の自由の観点からは、ある程度公開しなければならんからな。あまり気にするな。いつも通りにいくぞ」

「「「「はい」」」」

 藤原の言葉に小田たちは同時に応じ、それぞれの機体に乗り込む。

 

 午前10時。

 シフト時間が始まって2時間程経った頃、ゴレタンの車体内に待機している藤原から通信が入る。

(すまん。基地から呼び出しだ。後の指揮は小田に任せる)

「了解……」―突然何だろう?―

 通信機越しに応じつつ、光秋はゴレタンの車体部分から出てテレポーターが待機している場所へ駆けていく藤原をモニター越しに見る。

 他の隊からも同様に駆けていく人々を見て、

―作戦全体のことなのか?……―

と、少しだけ考えてみる。

 その時、

「……!」

モニター越しにヘリのローター音が響き、光秋は考えるのを中断する。

 見上げた空には、局が異なる中継ヘリが5機程、互いに距離をとって飛んでいる。

「三佐が言う様に、必要なのかもしれないけど……やっぱり矢面に立つ人間としては不満かな……」

「向こうにもこっちの様子がわかっちゃいますからねぇ……」

 ヘリを見ながら独り言の様に言う伊部に、光秋も視線を追いながら応じる。

「まぁねぇ……向こうがテレビ観てればだけど」

「観てるでしょう……」

「観てるかなぁ……」

遠くを見る様な顔でなんとなしに言い合いながら、2人はベースへと視線を戻す。

 

 午後1時。

 シフトを終えた藤原隊一行が基地に戻るや、小田の携帯電話に藤原から連絡が入る。

「はい?……了解。すぐに。三佐が今日の呼び出しのことで連絡があるそうだ。食堂に行くぞ」

「「「はい」」」

竹田、伊部、光秋は同時に応じ、一行は食堂へ向かう。

 少しして食堂に着くと、先日と同様に先に来ていた藤原に手招きされて一同はテーブルに着く。

「三佐、急に呼び出されて、どうしたんすか?」

 藤原の右前に座る竹田が、待ちきれないとばかりに問う。

「今からそれを説明する」

 応じると、藤原はひと呼吸置いて一同を見回す。

「要点から言うと、作戦の開始が明日の朝8時に繰り上げられた」

「え!……すみません。でもどうして」

 思わず声を出してしまったことを謝りつつ、藤原の左前に座る光秋は理由を問う。

「今朝入った情報によると、人質と思われていた子供たちは、どうやら立て篭もっている信者たちの子供らしい」

「!?……つまり……」

藤原の説明にハッとしつつ、光秋は先を促す。

「つまり、自分たちの子供を窓際に置いて、人質がいるように見せていたんだ」

―なるほどな……あれ?―「あの、三佐」

「何だ」

 今度は右手を挙げて質問の意思を示す光秋に、藤原は短く返す。

「それと作戦の繰り上げと、なんの関係があるんですか?」

「それを今説明する」

「加藤、少し落ち付け」

「……すみません」―喋り過ぎたな……―

 藤原の返事とその左隣に座る小田の注意に、光秋は少し興奮していることを自覚しながら口を閉じる。

「上の考えによると、誘拐してきた人質ならともかく、信者の子供ならばサン教の一部として対処してもいいだろうとのことだ。加えて、もともと短期決戦だった作戦が長期化してしまい、現場にも疲れが見え始める頃だろうから、早く終われるのなら一日でも早くした方がいいというのもある」

―信者の子供ならいいって、それはそれでおかしくないか?それに、『一部として対処する』って?……!―

 先程の反省から声に出さないものの、作戦決定の経緯に不安を感じる光秋は、不意に銃撃戦に子供が巻き込まれる光景を想像し、背筋に悪寒を感じる。

「と、こんなところか。何か質問はあるか?」

「はい」

 藤原がその一言を言うのを待ってから右手を挙げるや、光秋はすぐに問う。

「子供たちが信者の子ということですが、それは確かなんですか?」

「確かじゃなきゃこんな決定しねぇだろう」

「その根拠です」

代わりに応じる竹田に、光秋はそう付け加える。

「特エスによる透視とテレパシー、それと工作用の機器による総合的な判断だ、ちなみに、信憑性はかなり高いぞ」

「そう、ですか……あれ?でもベース周辺にはEジャマーがありましたよね。そんな所で超能力なんて使えたんですか?」

「Eジャマーを無効化する装置を使ったんだそうだ」

 解答から別の疑問を抱いた光秋に、藤原はそう補足する。

「そんな物が?」

「儂も詳しくは知らないが、開発中の試作品を試験ついでに回してもらったらしい。本来はEジャマーが悪用された際の対抗装置らしいがな」

―あぁ、あぁいう時か……―

 藤原の説明に、光秋は夏のNP蜂起事件の際に高出力Eジャマーが使用されたことを思い出す。

「もう一つ。子供たちもサン教の一部として対処するとのことですが、それはどういうことで……」

「どういう、とは?」

「つまり……」

 藤原の訊き返しに、光秋は先程浮かんだ光景をどう説明すべきか言葉に迷う。

 と、

「光秋くんは、子供たちが作戦に巻き込まれて怪我をしないかって、それを心配してるんでしょう?」

「はい……」

左隣に座る伊部の問いに、光秋は頷きながら同意する。

「なるほどな」

呟くと、藤原は微笑を浮かべる。

「安心しろ……とまではさすがに言えんが、使用する弾はゴム弾だ。撃つ距離にもよるが、基本的に殺傷能力はない。万が一当たっても、流血沙汰にはならんだろう。それに、突入隊の中にはその辺をよく考慮する人もいる」

「あのオッサ……中佐殿が?」

 藤原の説明に、竹田が意外そうな顔をする。

「いい加減その言い方はやめろ。仮にも上官だぞ。そもそも儂は鬼崎中佐とは言っとらん……もっとも、相手は必死で抵抗するだろうからな。完全に無血というわけにはいかんだろうが……」

「それは……理解しています。僕だって他人(ひと)のことは言えませんから」

 竹田に注意した後の藤原の補足に、光秋は実戦でニコイチ越しに引いた引き金の感触を思い出しながら、半ば自分に言い聞かせる様に応じる。

「まぁな……ただ、初対面の時のことを考えれば難しいかもしれんが…………”あの人”を信じてはくれないか」

―?……あの人って……鬼崎中佐か?―

 唐突に頼みごとをする藤原に、光秋は少しの間返事に困ってしまう。

「短い間だが、儂がかつていた部隊の人たちと、儂の面倒を見てくれた”あの人”を信じてくれ。あの人たちなら、余計な血は流さんとな」

「…………」

「……ダメか?」

沈黙の光秋に、藤原は不安そうに問う。

 と、光秋はゆっくりと話し出す。

「…………流石に、まだよく知らない、しかも初対面での印象がよくない人を信じるというのは、難しいです。ただ……」

そこで区切ると、光秋は藤原の目を見て続ける。

「信じてくれと言う()()()信じることはできます……だから、子供たちの件についてはそれで大丈夫です」

「……そうか」

光秋のよく通る返答に、藤原は微笑を浮かべて応じる。

「他に質問は?……ない様だな。では、明日はしっかり頼むぞ。今度こそ終わらせる!」

「「「「はい!」」」」

 藤原の宣言に、4人ははっきりと応じる。

―あとは、自分の仕事に集中するだけだな―

先程の心配を隅に押しやる様に、光秋は心中にそう断じる。

 

 午後7時。

「ふーぅ…………」

 早めの夕食を終えた光秋は、大浴場の浴槽に肩まで浸かり、小さく吐息を漏らす。

 右隣には小田、藤原、竹田、来る途中で合流した上杉がそれぞれ寛いでいる。

「やっぱデカい風呂はいいよなー……」

「そーっすねー……オレもこんな風呂がある家買えるくらい頑張らないとなー……」

「……」

 竹田と上杉の会話を聞きながら、光秋は頭に載せたタオルが落ちないように注意しつつ、湯に浸した手で顔を洗う。

―…………今度こそ、終わらせるんだよな―

顔に触れる温かさに安堵する一方で、頭の片隅に先程の藤原の言葉を思い出し、明日へ向けて気を引き締める。

―一つよかったのは、下着の替えがもうなかったから、パンツの着続けをしなくて済むってことだな……―

作戦が早まったことに我ながらしょうもない感想を抱くと、光秋は浴槽から上がって体を洗う。

 しばらくして一同そろって浴室から出ると、

―下着の着続けも考えないといけないな。次はそうしよう―

と、光秋は入浴前に履いていたパンツを履きながら半ば真剣に思い、着替えを済ませて部屋へ向かう。

 部屋に着くと、光秋はカバンから目薬を取り出す。

「明日は5時に起きろ。いろいろと準備があるからな」

「「はい」」

「えー、5時起きかよー……」

 藤原の指示に竹田だけが愚痴を返すのを聞きつつ、光秋はベッドに腰を下ろして順次目薬を注し、その合間に携帯電話のアラームの時刻を合わせる。

 全員が寝る準備を整えると、光秋はワイシャツ姿で布団に潜り込み、直後に竹田が灯りを消す。

―明日で終わらせる……だから今日はしっかり寝よう―

横になった直後に再度そう思うと、光秋は眠りに落ちていく。

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