白い犬   作:一条 秋

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55 サン教ベース攻防戦 後編

 小田一尉たちが野暮と戦っている頃、基地上空に到着した光秋は、装備品置き場に大河原主任を見付け、その近くの広間にニコイチを着陸させる。

「主任。N砲が破損しました。ガトリング砲とそれ用の荷台、予備の弾倉をお願いします」

(破損?……おぉ、了解した。すぐ準備させる。盾も失くしたようだが、それは?)

「いいです。時間ないから。武器だけで」

(了解した)

 通信機越しにやり取りをしながら、光秋はN砲を近くの鉄板の上に置く。

「ふぅー……」

 両腿の荷台の交換作業が開始されるのを見ながら、知らぬ間に力んでいた肩から力を抜く。

「やっぱり、大丈夫じゃなかったでしょう?」

「……そう、ですね……」

 伊部の指摘に、図星を突かれた尻の座りの悪さを感じる。

「今後は、もう少しローテーションのこととかも考えないとね。ニコイチがどんなにタフでも、光秋くんは疲れるんだから」

「……そうですね。改めてチームの大切さを思い知らされます……どんなに強くて、どんなにいろいろできても、やっぱり一人じゃ限界あるんですよね……」―どの道、僕自身はそんなに強くもなければ、できることも限られるしな……―

 伊部の言葉を素直に受け入れながら、光秋は改めて個人の力の限界と、チームの重要性を噛み締める。

「そう。だから私がいて、三佐たちがいて、タッカー中尉や曽我さんがいるんだから」

「そうですね」

「それにしても、こうなるならお茶くらい持ってくればよかったね。次の機会の時は積んでおこうか」

「そうですね」―……同じ相槌……能がねぇなぁ、僕……―

自分の会話能力の低さに呆れている間にも、荷台の交換作業は順調に進んでいく。

 少しして交換が終了し、ガトリング砲と予備の弾倉4つが用意される。

(二曹!準備できたぞ。積み込み頼む)

「了解です」

 通信機越しの大河原に応じると、光秋は鉄球を地面に置き、両手で弾倉を腿の荷台に積み込んでいく。

 積み終わると右手にガトリング砲、左手に鉄球を持ち、いつでも飛び立てるようにする。

 その様子を見ていた大河原が、通信機越しに訊いてくる。

(その鉄球も持っていくのか?)

「えぇ。意外と使えるんです。なんなら新しい武器にこういうの加えてくれませんか?」

(俺の仕事をバカにされてるみたいだがな)

「!……そんなつもりはありませんよ!」

(冗談だ。といっても半分だがな。ま、どうしてもというのなら、後でレポートでも提出しろ。鉄球の利点をよく書いてな。そうしたら考えよう)

「はぁ……」

(だから、ちゃんと戻ってこいよ)

「……はい!」

 大河原の言葉にはっきりと返すと、光秋は右ペダルに足を掛ける。

「じゃあ伊部さん、行きます!」

「うん。もうひと頑張りしよう!」

伊部が明るい顔で応じてくれたのを見ると、光秋はニコイチを上昇させ、ベースへ向けて一直線に飛んでいく。

 

 その頃。

「ハァ!」

 気合いと共に藤原三佐は右拳を突き出し、その動きに合わせて野暮を立たせていた黄色い防寒具を着たサイコキノの男1人に念を放つ。

 が、

「!」

放たれた方は左手をかざして念の壁を張り、衝撃を打ち消す。

―こいつ、6!儂と同等か……厄介だな―

 思いつつ、藤原はもう1人のサイコキノの女が右手を指鉄砲にして連射してくる念を右側に走りながら避け、野暮が出てきた建屋の中に身を隠す。

「否、それ以上かもしれん……儂一人では……」

 扉の影から顔を出しつつ、藤原は小田たちに援護を頼もうとゴレタンを見るが、ゴレタンは未だにガトリング砲を乱射する野暮の周りを回り続けている。

「ダメか。クッ!」

ゆっくりと迫ってくる2人のサイコキノに、藤原は奥歯を噛み締める。

 その時、

「アタシも混ぜてもらおうかしら?」

「「「!?」」」」

唐突に聞こえた女の声に、藤原とサイコキノ2人は上空を見上げ、緑服の人影を認める。

 直後、

「「!?」」

サイコキノ2人の周りに雪が舞い上がり、球状に吹き荒れる小型の吹雪が2人を覆う。

―コントロールに秀でた念力!?何者だ?―

 敵の動きを封じた技量に感心しつつ再び上空を見ると、人影は藤原の許に下りてくる。

「大丈夫でしたか?」

「あなたは確か……藤岡隊の……」

「曽我地球(ガイア)です。お久しぶりです。藤原三佐」

記憶を辿る藤原に、曽我は微笑んで返す。

 と、サイコキノ2人は背中合わせに両手を前にかざし、渾身の念を放出して吹雪を蹴散らす。

「あら、意外とやるじゃない?」

「この!」

 涼しい顔で応じる曽我に、女の方は右の指鉄砲から強い念を放つ。

「……」

曽我は余裕の表情で左手をかざし、女が放った念を防ぐ。

 しかし、

「……!……」

連射、それもかざしている掌一点を狙った集中攻撃に、広く張った念の壁のその部分は揺らぎを見せ始め、曽我の表情は曇ってくる。

 と、

「ハァ!」

曽我の右隣がら跳び出した藤原が、気合と同時に突き出した右拳から念を放つ。

「がっ!……」

 真っ直ぐに入った衝撃は女の鳩尾を直撃し、その場に崩れて気を失う。

「千尋!クッ!」

 女の右隣に立つ男は2人を睨み付けると、両手をかざしてありったけの念の衝撃を放つ。

―不味い!これは……―

 強力かつ広範囲の念に防ぐことも避けることもできないと直感した藤原は、思わず立ち尽くしてしまう。

 が、

「「!?」」

衝撃が届く刹那、藤原と曽我の前に広く丈夫な念の壁が張られ、男が放った衝撃を防ぎ切る。

「……!」

気配を感じて後方上空を向いた藤原は、そこにESOの制服とコートを着た赤毛の少女――光秋に缶ジュースを買ってもらった彼女が、右手をかざして浮かんでいるのを見る。

 直後、

「!?」

少女が壁として張っていた念を男に放つのを見て、藤原は驚愕する。

「やめろ!死んでしまうぞ!」

 藤原が叫ぶ間にも男は背中から地面に押し付けられ、隣で気絶している女諸共地面に押し込まれていく。

「やめろと言っているのが聞こえないのか!このままでは2人とも潰れてしまうぞ!」

 藤原の叫びも虚しく、少女は2人を押し付けることをやめようとしない。

「…………」

 その間に少女の顔に浮かんだ表情――現場には似つかわしくない子供らしい、それでいて少し影がある微笑みに、藤原は戦慄する。

 

「……?」

 ベースへ向かっている途中、光秋は前方から来る奇妙な感覚に眉を寄せる。

―いつもの悪寒に近い……殺気?でも、僕に向いているわけじゃない……それに、どこか喜んでる?……否、()()()()()()()のか?―

 直後、

―死んじゃえ!―

―!やめろぉ!―

唐突に聞こえた女の、それもまだ幼い――無邪気な、それでいて何かを堪えている様な――声に、光秋は咄嗟に心の中で強く叫ぶ。

「?……どうしたの?」

 光秋の顔が一瞬険しくなったのを見て、伊部が心配そうに訊いてくる。

「あ、いや……なにか声が聞こえたような気がして……」

「声?……テレパシー?でもニコイチには超能力耐性が……」

「空耳かもしれませんが、とにかく嫌な感じがして……とにかく、急ぎましょう」

伊部に応じると、光秋は前進に意識を向ける。

 光秋が叫んだ際にニコイチの節々から僅かに赤い燐光が漏れ出たのだが、2人には知る由もないないことである。

 

 光秋が心中に叫んだ一瞬後。

―やめろぉ!―

「!」

 突然頭の中に響いた怒声に、赤毛の少女は咄嗟に念力の放出をやめ、鳥肌が立った体を抱く様に両手を引っ込ませる。

―何だ?……否、今はそれよりも!―

 突然怯えた様な態度をとる少女に首を傾げながらも、藤原は倒れている2人の許に駆け寄る。

「……!」

 曽我もハッとしつつそれに続く。

 

(……やべぇ!)

「どうした?」

 暗闇の中を揺られ続ける小田は、通信機越しに竹田二尉の焦った声を聞く。

(燃料がもうなくなります!このままじゃ動けなくなっちまう!)

「何だと!?」―……そろそろ正念場か―

 驚愕の声を上げつつも、小田は冷静な部分で腹を括ろうとする。

―落ち付け。コイツだって人型兵器の端くれなんだ。何のために2本の腕が付いてると思ってる!それに、近付けば奴は上側を狙うはず。目立つからな。最悪竹田は大丈夫だろう。サイコキノは……通信が途絶えたままのところを見ると、三佐が引き付けてくれてるはずだ。さっきみたいに邪魔は入らない!……―「よし!」

 いつかの不確定要素に不安を抱きながらも、小田は竹田に指示を出す。

「竹田。俺が合図したら奴を正面に入れて一気に突っ込め」

(え?……また殴り付けるんすか?)

「そうだ。肩の大砲が使えん以上、それしかない」

(でも、アイツまだ撃ってきますよ?それに近づいたら火炎放射も!)

「四の五の言ってる場合じゃない!とにかく、俺が合図したら突っ込め。いいな」

(……了解!)

 不安を含んだ声で竹田が応じると、小田は正面のハッチを開ける。

「…………」

呼吸を整え、操縦桿を握る手の力を調節する。

 そして、

「今だ!」

(!)

小田の合図に、竹田はゴレタンを急激に右折させ、野暮を正面に捉える。直後に全速力で接近し、みるみる野暮が視界を埋めていく。

 その間にガトリング砲がゴレタンの装甲を叩き、開け放たれたハッチの周辺にも何発か当たるが、すでに気にしている余裕は小田にはない。

「……」

 右腕を肩一杯に引かせ、いつでも放てるようにする。

 銃撃を耐え切り、野暮の懐に入った刹那、

「オラァァァァァァ!」

腹の底からの叫び声と共に、ゴレタン渾身の右ストレートが放たれる。

 同時に野暮が火炎放射を放ってゴレタンの上部を炙るものの、拳は構わず野暮の胸に吸い寄せられていく。

 念の壁の邪魔もなく進んだ拳は野暮の胸部を凹ませ、後ろに転倒させる。さらに、速度を乗せたままの車体が野暮の上に乗り上げ、80トンの重量がその下半身を粉砕する。

「……がっ!……はー……はー……どうだっ!」

 火炎放射が放たれた際に咄嗟に息を止めたことと、今までの疲労から、小田は肩で息をしながらも、トドメとばかりに動かなくなった眼下の野暮を睨み付け、宣告の様に叫ぶ。

 

 ベース付近まで来た光秋は、拡大映像越しに野暮がゴレタンに行動不能にされたのを見る。

「一尉たち、やったみたいですね!」

「言ったでしょう。三佐たちを信じろって」

「はい!」

 応じる伊部に、光秋は微笑を浮かべて応じる。

―自分で言った言葉……それを思い起こさせてくれたのも、伊部さんがいたからか……何が『何もできない』だ!伊部さんが隣にいてくれたから、こういうことも――三佐たちを信じることもできた!―

 その事実を噛み締めながら、光秋は野暮に乗り上げたゴレタンの許に着地する。

―!ハッチが?―「一尉!無事ですか?」

 ボロボロの頭部と開いているハッチを見て小田の身を案じるや、すぐに通信を繋ぐ。

(あぁ、なんとかな……どうだ!お前ばっかりに格好はつけさせなかったぞ!)

「!…………えぇ!すごいです!一尉の勇姿を見れなかったのが残念ですよ!」

 予想に反して威勢がいい返事を聞き、ハッチから身を乗り出した小田の無事な姿を確認して、光秋は安堵の笑みを漏らしながら応じる。

(オイ!オレも頑張ったんだぞ!……運転手だけど……)

「わかってますよ!二尉の操縦技術を見られなかったのも残念です」

(へっ!口が上手くなりやがって!)

 最初は強気に、後の方は弱々しく言う竹田に、光秋は少し可笑しいと思いながら返すと、竹田の微笑を含んだ怒声が返ってくる。

「2人とも無事なの?」

「はい!一尉も二尉も元気そうです」

「三佐は?」

「あぁそうだ。一尉、三佐は?」

 伊部の指摘にハッとし、小田に確認をとる。

(それが……途中から通信が切れて――)

(おぉ!終わったようだな)

「!……三佐!どちらに?」

 小田の返答を遮るように聞き覚えのある声を乗せた通信が響き、光秋は安堵の笑みを漏らしながら問う。

(ニコイチの正面だ。こっちからは見えるぞ)

「……あぁ!見えました!」

 教えられた辺りを見ると、光秋は野暮の残骸の近くに立つ藤原を確認する。

「……あれって、曽我さん?」

「みたいですね」

伊部に応じながら、光秋は藤原の後ろに立ってニコイチを見上げる曽我を認める。

 その間にも、藤原は野暮のコクピットに歩み寄り、

(……完全にノビているな)

通信機越しに漏らしながら念力でハッチを開け、おそらく転倒の際の衝撃で気絶した野暮のパイロットを引きずり降ろすと、先程よりも静かになってきた周囲を見回す。

(制圧も粗方終わったようだしな……加藤、すまんがこのデカブツをテレポーターの待機地点まで運んで基地に送るように言ってくれ。いろいろと気になることがある)

「了解です」

 応じると、光秋はガトリング砲と鉄球を地面に下ろし、野暮の頭側に移動する。

「一尉、コレを回収するので退いてください」

(いや、それが……)

(もうガス欠でよ、足が動かねぇんだよ)

「えー……」

 小田と竹田の返答に、光秋は困った顔をする。

「どうしたの?」

「ガス欠で動かないって」

 伊部の問いに困り顔で答えていると、曽我から通信が入る。

(アタシが動かそうか?)

「曽我さん?いいんですか?」

(乗り上げてるのを下ろせばいいんでしょ?特エスのサイコキノにこんなの朝飯前よ。戦車みたいなのの乗り手さんたちも、それでいいですね?)

(特エスか?……あぁ、頼む)

(それでは)

 小田の了解を得ると、曽我はゴレタンに右手をかざす。履帯が独りでに回転し、ゴレタンは野暮の脚から下りていく。

「なるほど。念力にはあんな使い方もあるんですね」

「出力こそレベル9には及ばないんだろうけど、曽我さんはコントロールに優れてるみたいね」

 伊部と感想を交わしながら、光秋は野暮の背中を押して起し、両脇に腕を入れて持ち上げる。持ち上げた拍子に下半身の部品がぼろぼろと落ち、骨組みらしき物が辛うじて付いているだけになる。

「三佐、脚の部品が……」

(細かいのは儂が拾う。お前は本体の方を。基地への連絡もしておく)

「わかりました」

応じると、光秋は野暮を抱え直し、ニコイチを少し浮かせて滑る様にテレポーターの待機地点へ向かう。

 少し進んで待機地点に着くと、光秋は外部スピーカーを作動させる。

「すみません。コレを基地まで送ってください」

(あぁ、連絡にあったやつですね。了解です)

外音スピーカー越しに緑服の男の返事を聞くと、その男の近くに野暮を寝かせ、邪魔にならないように少し離れて着地する。

 それを見た男は両手を正面の野暮にかざし、目をつぶってしばし集中する。と、カッと目を見開き、直後に野暮はそこから消えてしまう。

―そういえば、テレポートの『行く時』を見たのは初めてだったなぁ。『来る時』はさんざん見たけど……―「本当に一瞬で消えるんですね。今はもう基地なんでしょ?」

「そうだね。瞬間移動だから」

「さっきの曽我さんといい、改めて見ると超能力って普通に――当たり前に使う分にはすごく便利ですよね……」―どんな素晴らしい“力”も、所詮は使う人間次第、か……―

 伊部に返しながら、光秋は夏に超能力者の不良に襲われたこと、綾とニコイチを物干しにして布団を干したことを思い出す。

―それは、僕にも言えることなんだよな―

思いながら、右の操縦桿を軽く撫でる。

「……どうかした?」

「あ、いえ……戻りますか」

伊部の少し心配した声に応じると、光秋は再びニコイチを少し浮かせ、滑る様にベースへ戻る。

 ベースが見える所まで来たその時、

「!」

レーダーに複数の影が映り、光秋が慌てて空を見上げると、四方から黄色い戦闘機やヘリがベース周辺に集まってくる。

―残存が!何かやらかす気か?―

 思った直後、集まってきた航空機たちは残っているミサイルを互いに向けて撃ち合う。

―同志討ち!?―

相手の行動に、光秋は驚きながらも首を傾げる。

 直後、

「!」

互いに向かい合っていたミサイル群が消えたかと思うと、一瞬後にベース上空にテレポートして垂直に降ってくる。

―これが狙い?―「味方もまだいるんだぞ!」

あまりの行動に思わず叫ぶ。

 直後、

(加藤ぉ!受け取れぇ!)

通信機から藤原の叫びが聞こえるや、ベースの方からガトリング砲が飛んでくる。

「!」

 光秋は反射的に右手でその持ち手を掴み、左手で支持棒を持って構えるや、迫りくるミサイル群に向けてソレを掃射する。

 狙いなど定めず、砲口を縦横に振ってばら撒かれた弾はミサイルを次々と火球に変え、撃ち漏らしや残骸は藤原や曽我をはじめとするサイコキノたちによって防がれる。

「ふぅ……何とか!」

「でも何でこんな?……」

「……追い詰められて自棄(やけ)になったんじゃないんですか?」

 眉を寄せる伊部に、光秋は息を整えながら思い付いたことを返す。

 直後、

(坂本がいないぞ!)

(現場から離脱するヘリがある!さっきの攻撃は囮か)

「!」

通信機から響いた焦りを含んだ声に、光秋の意思を拾ったモニターが前方上空の映像を表示し、こうしている間にも急速にベースから離れていく大型のヘリを映し出す。

―逃げた?自分だけ?……自分が助かるために、大勢の人を……部下の命も危険にさらした?―

 その映像は光秋にそんな思いを抱かせ、子供を盾にしたことを連想させる。

―自分たちが助かるために、守らなきゃいけない子供まで犠牲にして……それで最後は……これか!―

その連想は静かな怒りに転化し、モニターのヘリを睨み付ける。

 そして、

「いい加減にしろぉ!」

怒りは叫びの形を以って光秋の外へ放たれ、外部スピーカーを通して周囲に響き渡る。

 その怒声の響きを表すかの様にニコイチのカバーが末梢へ向かって開き、露出した節々から赤い燐光が漏れて周囲を照らす。同時に光秋の知覚もニコイチ大に拡大し、操縦席から伸びる2本の腕に頭を固定され、それに合わせてニコイチの額の角が延長する。

 一体化が完了するや、光秋は叫ぶ。

「三佐!鉄球を!」

(お?おぉ!)

 突然の呼び掛けに一瞬驚くものの、すぐに気を取り直した藤原は鉄球をニコイチへ飛ばす。

「!」

ガトリング砲を放ると同時にそのクレーンの腕を掴むや、緑色に光るニコイチの目を通して目標のヘリを見据え、突進する。

 すぐに近くを飛んでいた戦闘機やヘリが行く手を阻むが、

「邪魔をするなっ!」

一喝するや光秋は右腕を上げ、正面のF‐14の左翼を振り下ろした鉄球で粉砕し、振り上げついでに右の機の右翼を下から砕く。

 続いて正面に並んだヘリ3機から銃撃を食らうものの、光秋はそれを意に介さず、

「!」

一杯に上げた右腕を左に振り、並んでいるヘリ群の上部に鉄球を叩き付ける。

 ニコイチの感知機能と同調した目は目標を正確に捉え、操縦席は傷付けず、ローターだけを砕いて相手の飛行能力を奪う。

 しかし同時に、無茶が過ぎたのか、鉄球も砕けてしまう。

 しかしそんなことは気にせず、墜ちていくヘリや戦闘機を藤原たちに預け、光秋は目標のヘリへと距離を詰めていく。その速度はいつもの比ではなく、衝撃波を吹かせながらあっという間にヘリに追いついてしまう。

 と、

―「もっと急げっ!あの白いのに追いつかれるぞ!」―

―「こっちはこれがもう限界ですよ!」―

慌てた男の怒声と、半泣きの男の声が頭に直接流れ込んでくる。

―この期に及んで!―

 その声に怒りを強めた光秋は、クレーンの腕を投げやすいように持ち替えようとする。

 その時、

「!……」

自身の左手を伊部が強く握ると同時に、聞き覚えのある声――綾の声が脳裏に響く。

―怒っちゃダメだよ―

―……わかってるよ―

やんわりとした声は怒りの熱を少しだけ、しかし充分なくらいに冷まし、怒りの中にも冷静さを取り戻した光秋は目標を凝視し、狙いを定める。

 そして、

「!」

右腕を一杯に振り上げ、クレーンの腕と鉄球を繋いでいた鎖を飛ばす。

 申し訳程度に残った鉄球の欠片が重石となって鎖はしっかりとヘリの尾部に絡まり、ニコイチに引っ張られてそれ以上前進できなくなる。抵抗して無理やり進もうとするものの、それ以上の力でニコイチに鎖を手繰り寄せられ、瞬く間にニコイチの腕の中に納まる。

 左脇に抱えたヘリに怒りを再燃させようとしたのも一瞬、光秋は各部のローターを握り潰して飛行能力を奪うと、振り返ってベースへ向かう。

「急いじゃダメだよ」

「わかってますよ」

現実の伊部の声を耳で聞き、口で応じると、光秋は抱えたヘリの乗員たちを気遣って速度に注意しつつ、可能な限り素早くベースへ戻る。

 ニコイチの姿を確認したベースでは所々で喝采の声が上がり、それを見た光秋は少し照れる。

―どうもな……何度か同じことはあったが、やっぱり慣れないねぇ……―

思いながら着地し、ヘリを地面に下ろす。

 同時にニコイチの輝きも静まり、カバーが閉じていつも通りの姿に戻る。

 ヘリに武装した青服数人が駆け寄り、ドアを開けて中にいる者たちを引きずる様にして外に出す。

 その内の1人の顔が拡大され、静止画となったそれを見た光秋は、

―支部での説明にあった写真の人!―

と、その時の記憶と比べながら確認する。

(目標確保ぉ!)

 直後に外音スピーカー越しに、降ろされた者たちの顔を確認していた人の宣言が響き渡り、光秋は肩の力が抜けるのを自覚する。

「終わりましたねぇ…………」

「まだ安心しちゃダメ。まだ終了宣言はされてないんだから……ところで大丈夫?また赤くなったみたいだけど?」

「少し疲れた感じはしますけど、そんなじゃありません。とりあえず、もうひと頑張りですね」

伊部の注意と心配に応じると、光秋は気持ちを締め直す。

 その時、

―…………?……何だ?―

寒気とも違う気配を覚え、光秋は気配がする辺り――ヘリの周囲を見やる。

 その意思を拾って、坂本の映像と入れ替わりに別の映像が表示される。

「あの時の?」

 人垣の隅に立つジュースを奢ってあげた赤毛の少女の姿に、思わず声を出す。

「……?」

同時に、少女の目つきがおかしいことに気付く。

 直後、

(…………お前の所為だ)

「?」

(お前の所為でこんな!)

叫ぶと同時に、少女は右手を坂本にかざす。

「!」

 直感的に危険を感じるや、光秋は考えるより先にニコイチの右拳を少女と坂本に間に叩き込み、怪力が大地を介して伝わった振動と、大きな物が急速に動いたことによって生じた突風で周囲の人々が一斉に倒れる。

 当然少女もバランスを崩し、構えが解かれて事なきを得る。

「ふー……今の……」

「超能力で何かやろうとしたね。パンチ出して正解」

 ひと安心の息をつきながらの光秋に、伊部は駆け付けた入間主任に押さえられる少女を睨む様に見ながら応じる。

「光秋くん。ちょっと降ろして」

「え?ここでですか?」

「そう。早く」

「あ、はい!」

 唐突な伊部の頼みに戸惑いつつも、光秋は席を機外に出し、突き出していた右手をコクピットの前に持ってきて伊部を降ろす。

 その間にも少女は、

「何で止めるんだよ!コイツが悪いんだろ!悪い奴退治しようとして何が悪いんだよ!」

と、入間の取り押さえから逃れようとしながら、数メートル離れた光秋の耳にもよく聞こえる程の声で騒ぎ続ける。

―…………泣いてる?―

その声色に、光秋は若干の湿り気を感じる。

 そんなことに関わらず、伊部はニコイチの手から降り、少女に前に向う。

 そして、

「!」

パァン!というよく通る音が響き渡り、光秋は心臓を跳ね上げる。

 目を凝らせば少女の左頬は赤くなり、伊部は右手を大きく上げている。

―張ったいた?―

 理解した刹那、

「あなた、何様のつもり!」

強い意志を含んだ伊部の怒声が響く。

「私たちの仕事は、あくまでも捕まえること。刑の執行は裁判所の仕事なの。それをあなたは、目先の感情であの人を傷付けようとした。例え相手が犯罪者でも、捕まった人に暴力を加えることは罪なの。あなた自身の事情は知らないけど、その制服を着て現場にいる以上、その辺は守らないといけない。子供だからって言い訳も通じない。例え未成年でも、特エスは警察権に関わる仕事なの。それに伴う責任も負わなきゃいけない。今みたいなこと、二度としないで」

―罪を憎んで人を憎まず、か…………―

 怒鳴っているわけではないが強い口調で言う伊部に、光秋はそんなことを思う。

「……?」

少女の目から光るものが落ちた気がするが、さすがに光秋の視力ではよく見えない。

 その間にも、坂本の両腕を青服2人が掴み、護送車へ運ぼうとする。

 と、

「…………?」

バチッという音が聞こえたかと思うと、光秋は音が聞こえた辺り――上空を見る。

 直後、

「!」

視線の先――ベース上空の一点に無数の稲妻が走る。

―あれは!―

 10月の合同演習の際の記憶が浮かんだのも一瞬、ガシャーン!という音が響き、

「空が割れた!?」

誰かの叫びの様に、稲妻が走っていた辺りに黒い大穴が空く。

 そして、

「!…………」

穴から出てきた物を見て、光秋は絶句する。

 それは10月の夜警の際、初めて黒球に遭遇した時に戦ったUKD‐03改め、DD‐02。その頭部左側には、装甲下のNフレームが古傷の様に赤々と光っている。

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