しばらく歩くと、光秋と伊部は食堂の前に着く。
「おぉ、伊部、加藤。待っていたぞ」
そこで待っていた一同を代表して、藤原が声を掛ける。
「体はもういいのか?」
「はい。寝たらすっきりしました。もともと大したことなかったみたいだし。ですよね上杉さん?」
小田の問いに、光秋は上杉を見ながら答える。
「あぁ。オレからも説明したがな。やっぱり本人の口から聞きたいんだろう」
「なんであれ、大丈夫そうでなによりだ」
上杉に続いて、その左隣に立つタッカーが安心した顔を浮かべる。
「お騒がせしました。もう大丈夫です。ところで、中尉こそここに来て大丈夫なんですか?」
「作戦は終わって、後は各所に報告書出するだけだからな。昼飯くらい何処で食おうが自由だ」
一礼しながら問う光秋に、タッカーは肩の力を抜いた様子で答える。
「まったくよー。仕事がひと段落したと思ったら、いきなりお前と飯なんてよ」
「嫌なら外で食え。凍って食い難くなっても知らねぇけどな」
「嫌なこった」
上杉の右隣に立つ竹田のボヤキにタッカーが適度に噛みつき、竹田は手短に返す。
「さぁ、ぼやぼやしてないで食事にするぞ。午後からは報告書を書かんとならんのだからな」
「「「「はい」」」」
藤原の言葉に藤原隊一同が応じると、一行は食堂へ入る。
―報告書か……僕もN砲の奴書かないといけないんだよな。どうやって書けばいいんだろう?―
始めての報告書の書き方に不安を覚えつつ、光秋は昼食を購入して一行が待つテーブルに着く。
「うどんだけか。足りるのか?」
「ずっと寝てましたから、そんなに腹空いてないんですよ」
左前に座る藤原に応じながら、光秋は一行の右端に座り、手を合わせてトレーの上のうどんをすする。
―……そういえば、結局あの人何者だったんだろう?―
大盛りの白飯片手に焼き肉定食を頬張る藤原を見ながら、基地へ帰還する直前に会ったスーツの癖毛男のことを思い出す。
―訊いてみるか?…………いや、やめておいた方がいいか。少なくとも今は―
狼狽する藤原の顔を思い出すと、首まで出かかった問いをコップの水と一緒に飲み込んでしまう。
―……あ。人の事と言えば……―「タッカー中尉」
代わりに食堂に来る前の事のことを思い出し、光秋は正面に座るタッカーに声を掛ける。
「ん?」
「ここに来る前に古谷大尉が女の人と楽しそうに話しているのを見かけたんですが、なにかしりませんか?」
スパゲティを食べながら応じるタッカーに、光秋は古谷と入間が話している場面を思い出しながら問う。
「光秋くん。あんまり
「別にそんなんじゃありませんよ。ちょっと好奇心から訊いてみるだけです。それがわかったからどうこうしようって気は毛頭ありませんよ」
左隣で鯖の味噌煮定食を食べながら叱る様に言う伊部に、光秋は他意はないということを意識しながら応じる。
「女?どんな女?」
「遠くてはっきりとはわからなかったんですが、日ESO本部の入間主任って人に見えました。そうですよね?伊部さん」
「え?……うん。確かね……」
光秋の確認に、伊部はその時のことを思い出す様な顔で応じる。
―あんなこと言っても、やっぱり伊部さんも興味あるんじゃないか―
そんな伊部を見て可笑しくなった光秋は、気付かれない程度に頬を緩める。
「ESOの?……知らないな。というか古谷隊長、プライベートのことあんまり喋らないからな」
「そうなんですか」
タッカーの答えに応じると、光秋はうどんを一口すする。
と、
「それよりさー」
それまで伊部の左隣で黙ってカレーを食べていた竹田が、テーブルに身を乗り出してくる。
「DDシリーズの名前、あれからずっと考えてて、やっといいのが思い付いたんだよ」
「興味ねぇな」
「中尉……聞くだけ聞いてあげましょうよ」
「お前のその言い方も失礼だけどな」
素っ気なく返すタッカーに光秋が意見すると、竹田の左隣で塩ラーメンを食べている上杉が笑いながら指摘する。
そんなことにかまわず、竹田はうきうきとした顔で続ける。
「01が『ツァーング』!02が『ナイガー』だ!」
「ツァーング?ナイガー?……どういう意味です?」
「『ロイガー』と『ツァール』だよ」
「?」
胸を張って言う竹田に、由来が全く浮かんでこない光秋は質問するものの、返ってきた答えに余計に首を傾げる。
「『クトゥルフ神話』か?まさかお前がそんなものを知ってたとはな」
「ふふん!なんかいいものないかなーと思って調べたんすよ」
藤原の右隣でフライの盛り合わせ定食を摘まんでいる小田が感心した様子で言うと、竹田は嬉しそうに応じる。
「あぁ。20世紀にできた創作神話ですか。こっちにもあるんですね」
それでようやく話の核心がわかり、光秋は素朴な感動を覚える。
「ということは、お前の方にもあんのか。まぁいいさ。いろいろ調べてよ、『人類の敵』って感じを出すにはこれしかねぇだろうと思ってよ」
「『人類の敵』、ですか……」―もっとも、今のところそんな感じだな―
竹田の説明に応じつつ、光秋は01――ツァーングと02――ナイガーと戦った時のことを思い出しながら心の中で納得する。
「……ん?でもなんでちょっと変えてるんですか?ロイガーとツァールでしょ?」
「そのまま付けたんじゃ能がねぇだろう。相手の特徴も表現しようと思ってよ。ツァーングはゴリラみたいな見た目だったから、『コング』と『ツァール』を組み合わせて『ツァーング』。ナイガーは騎士みたいな外見と剣で戦ったから、『ナイト』と『ロイガー』を組み合わせて『ナイガー』。どうよ?」
「『どうよ?』と言われても……まぁ、相手の特徴は確かに捉えてますね」
「お前という奴は……相変わらず興味のあることでは頑張るな」
「普段の仕事もそれくらいやる気出して欲しいぞ」
胸を張って説明する竹田に、光秋は返事に困り、藤原と小田は呆れた顔をする。
「いや、でも……興味があることで頑張れるのはみんなそうでしょう。僕だってそんな感じですし」
「それはそうなんだがな……」
気になったことを言う光秋に、藤原が嘆息混じりに応じる。
食事を終えると、藤原隊一行は基地のコンピュータ室にあるパソコンを借りて多目的室へ向かい、光秋は伊部に手伝ってもらいながらN砲の運用とナイガーとの戦闘の報告書を作成していく。
「実際に使って感じたことを素直に書いていけばいいよ。ただし、『感想文』にならないようにね。使い勝手とか効果とか、実際に使用した時の状況をメインに書いていけばそれっぽくなるかも」
「はぁ……」
左隣に座る伊部の助言に応じつつ、光秋は手元の紙にN砲本体の刃や、榴弾と散弾を使ったのことを箇条書きしていき、それがある程度まとまるとパソコンで文章にしていく。
刃を付けたことで接近戦での使い勝手が向上し、もともとの射撃性能と合わさって遠近共に一層対応できるようになったことと、航空機に対する散弾の有効性を書く一方、箱型の弾倉では一度に使用できる弾の種類が限られるため、その改善を要求する。
「……こんなところですかね?」
「うん。こんな感じ。じゃあ後は一人でできるよね?私も補助席の報告書かなきゃいけないから」
「たぶん大丈夫でしょう。ありがとうございました」
伊部に礼を言うと、光秋は先程と同じ要領でナイガーとの戦闘報告を作成する。
箇条書きを書き始めて少しすると、
「トイレに行ってくる。少しの間だが頼む」
「了解です」
「!……」
テーブルを挟んで正面に座る藤原が、左前の小田に言い付けるとトイレへ向かい、光秋は両腕を上げて伸びをする。
「たぁく、毎度のことだけど報告書って面倒臭ぇなー」
「ぼやくな。これも大事な仕事だ。俺たちの報告がゴレタンの今後の方針に影響するんだからな」
右前でゴレタンの運用報告書を作成しながら愚痴る竹田に、小田が軽く説教する。
「そーっすけど……そう言う一尉は、サン教のロボットのこと書いてるんすよね?えーっと……」
「ベースの資料には『アポロン』とあったぞ」
「『アポロン』?なんか合わねぇな。野暮ったい見てくれだから、もう『ヤボット』でいいんじゃないっすか?」
「『ヤボット』って……DDシリーズに比べて随分雑ですね」
落差の激しい竹田のセンスに、光秋は思わず呆れた顔をする。
「あんなロボットモドキはそんなもんでいいんだよ。第一敵なんだし」
「それはそうですけどね……」―モドキって言うんならゴレタンもじゃ?……て言うと怒るから黙っとこ―
そう思い、首を回して気持ちを切り替えると、光秋は作成作業に戻る。
多目的室から出た藤原はトイレには向かわず、人気のない廊下に移動して周りに人がいないことを確認すると、上着から携帯電話を出して電話を掛ける。
「…………」
(……もしもし?)
「富野か?儂だ。少しいいか?」
(かまいませんよ)
電話の相手は陸軍の富野大佐だ。
もっとも、電話越しの2人の間には階級の上下や所属の違いといった壁はなく、気心の知れた者同士の適度な気安さだけがある。
(どうかしましたか?今作戦の事後処理中でしょう?)
「本当はもう少し早く連絡しようと思ったのだが、時間が取れなくてな……物部が現れた」
(…………!?)
電話の向こうから沈黙が返ってくるが、藤原は富野がどんな顔をしているのか、今の言葉を聞いてどんな気持ちでいるのかよくわかる。
―驚愕と狼狽。幽霊にでも会った様な気分だろうな―
それはそのまま、現場に癖毛の男が現れた時に藤原が感じた気持ちである。
ややあって、電話越しの富野が応じる。
(……確か、なんですか?)
「儂はこの目で見た。役目を終えた加藤が基地に帰還する直前だ。あれは物部だった」
(……そんな馬鹿な話が?)
「儂自身、そう思っとる……が、奴ならあるいは」
(…………)
2人の間に、重い沈黙が流れる。
戦闘報告の箇条書きを一通り書き終えると、光秋は再び伸びをする。
「!……僕もちょっとトイレ行ってきます」
「それなら、帰りにお茶買ってきてくれないか。これで全員分」
パイプイスから立つや、小田が紙幣を差し出てくる。
「わかりました。熱い緑茶で?」
「あぁ。いいよな?」
「私はそれで」
「オレもなんでも」
「了解です」
小田、伊部、竹田の返事を聞くと、光秋は受け取った紙幣をズボンのポケットに入れ、多目的室を出てトイレへ向かう。
少し歩いてトイレのドアを開けると、
「あれ?三佐がいない……他のトイレかな?」
誰もいない室内に首を傾げつつ、用を足して多目的室へ戻る。
と、数メートル先に多目的室に入っていく藤原を見る。
―やっぱり違うトイレだったか……でもなんでわざわざ?―
そんな疑問を覚えつつ、部屋の前の自動販売機でペットボトルのお茶を5つ買い、それらを器用に持って部屋に入る。
「戻りましたぁ」
「おう。ありがとう」
小田が応じると、光秋はお茶を配ってお釣りを返し、自分の席に座る。
「そういえば三佐」
「なんだ?」
「さっきトイレに行った時、見掛けませんでしたが。違う所に行きましたか?」
「……」
なんとなしに訊いた光秋の質問に、藤原は何故か押し黙ってしまう。
「あ、あぁ。そうだ。運動がてら遠いトイレにな。それだけだ」
「はぁ……」
あまりに不自然な態度に、光秋をはじめ小田たちも不審に思うものの、深く追求してはいけないものを感じ、その話はそれでおしまいになる。
藤原自身それを感じ取ったのか、あからさまに話題を変える。
「そういえば伊部。家にはもう連絡したか?」
「いいえ。バタバタしていたのでまだです」
「なんです?」
変な雰囲気を作ってしまった後悔もあって、光秋もその話に加わる。
「明日から3日間の休暇がもらえるだろう。せっかく近くまで来たのだから、休みの間は家に帰るよう勧めてな」
「あぁ。伊部さんの家って岩手でしたよね」
藤原の説明に、光秋は確認しながら応じる。
「そうだけど……よかったら光秋くんも来る?」
「えっ?」
伊部の唐突な誘いに、光秋は一瞬驚いてしまう。
「突然なんです?」
「だって光秋くん、京都に帰っても寮に引き籠ってるだけでしょう?それにこんなこと言うのもなんだけど、家族にも会えないし。それだったら私の家に来なよ。両親にも紹介したいし」
「なんだ?お前らもうそんな仲だったのか?」
「違います!」
真顔で問う竹田に、伊部が空かさずハッキリと答える。
「わかってるよ」
「はぁ……」
笑いながら応じる竹田を見ながら、光秋は筋が通っているのかいないのかいまいちわからない伊部の説明に思い悩む。
―伊部さんの家、興味はあるが……―「せっかくの一家団欒に、僕なんかが邪魔していいんですか?」
「……」
「!?」
問いに答える代わりに、伊部は両手で光秋の顔の左右を挟んで自分の許に引き寄せる。
「邪魔なんて言わないの。光秋くんは私の弟分なんだから、そんな遠慮はしなくていいの。行きたいか行きたくないか、それだけはっきりしなさい」
「それは……行きたいです」
静かだが強い語調、そして間近に迫った伊部の顔にドギマギしつつ、光秋は本音を述べる。
「よろしい!」
笑いながら応じると、伊部はようやく手を離す。
「でも、僕着替え持ってきてませんよ?」
「それなら大丈夫。お父さんのを借りるといいよ。サイズもだいたい同じくらいだし」
「はぁ……」―思わず言ってしまったが、伊部さんの家か……どんな感じなんだろう?―
多少の不安を覚えつつも、光秋は少し楽しみにしていることを自覚する。
「ウム。そういうのもいいだろう。なんなら伊部の家で年を越してこい」
「いや、三佐。さすがにそれは俺たちが決めていいことじゃあ……しかし、偶にはいいかもな。伊部の両親によろしく言っておいてくれ」
「はい」
藤原と小田の言葉に、光秋は嬉しそうに応じ、
「はしゃぎ過ぎて伊部を襲うなよ。親父にぶっ飛ばされっぞ」
「しません!絶対に」
ニヤケる竹田に断言する。
「とにかく、レポートがひと段落したら電話入れておくね」
「はい。お願いします」
伊部に応じると、光秋は報告書の作成を再開する。
―伊部さんの家かぁ……―
先程までの疲れを感じさせない軽やかな動きでキーボードを打ちながら、光秋は薄っすらと微笑みを浮かべる。
しばらくして戦闘報告書を書き終えると、光秋は大きく伸びをする。
「!……」
「へぇ。よく書けてるじゃん」
「どうも」
横から画面を覗く伊部に、固まった首を回しながら返す。
「どれどれ?……て、『ナイガー』って打ってねぇじゃねぇかよ!」
席を立って見に来るや、全て「DD‐02」と表記されていることに竹田は不機嫌な声を上げる。
「いや、さすがに公式な文章には使えないでしょう?隊内ならまだしも」
「逆だろう!何のために名前付けたんだよ!」
光秋の返事に、竹田はますます不機嫌になる。
「落ち付け竹田。周りの人の迷惑だ。そんなに自分の考えた名前を使って欲しいなら、コードネームの意見書を書いて中央に送るこった」
「えぇー!?」
小田の冷静な指摘に、竹田はげんなりとした顔になる。
「あれすっげぇ面倒って聞きましたよ?」
「公式の文章で使って欲しいんだろう?だったらそれくらいの苦労はしろ」
「えぇー…………」
小田に勢いを殺がれたのか、竹田は消沈して席に戻る。
―そんなに面倒なのか?ま、いいや―「またちょっとトイレ行ってきます」
そんなことは気にせず、席を立つや光秋はトイレへ向かう。
用を足し、手を洗って廊下に出ると、
「……あ」
「「「あ……」」」
入間隊の特エス少女3人と鉢会わせる。
「なんだ。さっきのオッサンか」
「『なんだ』とはご挨拶だね……」
言葉こそ素っ気ないものの、「興味あり」と顔に書いてある桜に応じつつ、光秋は3人を見やる。
「君たちだけか。入間主任は?」
「別の場所で報告書書いてます」
「やっぱりどこもそうか」
「それより、えーっと……加藤さんだっけ?体大丈夫?」
棒付きの飴を咥えながらの茶色い癖毛の答えに共感を覚えながら返すと、長い黒髪のメガネが心配そうに訊いてくる。
「あぁ。問題ないよ。ちょっと疲れただけだから。休んだら治った。心配してくれてありがとうね。えっと……」
「
「おい!菫!」
「勝手に紹介しないでよ!」
メガネ――菫の紹介に、桜と癖毛――菊はすぐに怒るが、
「だって加藤さんはもう自己紹介したんだから、私たちもするのが礼儀でしょ?」
と、当の菫は真面目な顔で返す。
「そうかもしれないけどさー」
「この人が私たちのこといろいろ嗅ぎ回り出したら菫ちゃんにも責任あるよ?」
「嗅ぎ回りません!『犬』って呼ばれてるけどきちんと人間ですから」
桜と菊のやり取りに断言すると、光秋は改めて3人を見回す。
「えーっと?赤毛が柏崎さん、メガネが柿崎さん、茶髪が北大路さんか。とりあえずよろしく」
確認して一礼すると、光秋は多目的室へ向かう。
「どこ行くのさ?」
「僕も報告書の作成の途中でね。仕事に戻らないと……」
柏崎の問いに振り返って応じると、光秋は少し考えて、
「なんなら一緒に行くかい?言っとくが、ウチの隊の人たち怖そうな人が多いよ。柏崎さんを引っ叩いたお姉さんとか」
と、イタズラの笑みを浮かべながら問う。
「!」
最後の方に反応したのか、柏崎が心なしか2人の陰に隠れる。
「ア、アタシはいいや。べ、別にあのお姉さんが怖い訳じゃないからな!」
「桜ちゃんが行かないなら私も行かない」
「2人が行かないなら私も」
「そうか。とりあえず、寒いから風邪ひかないようにな」
桜、菊、菫の返事に応じると、光秋は歩みを再開する。
歩きながら、先程のやり取りと柏崎にジュースを買ってあげた時を思い出して、少し不思議な気持ちになる。
―子供が苦手な僕が、10代になるかならないかの子3人と普通に話せてるか……やっぱり、綾のおかげかな?―
そう思うと、自然と笑みがこぼれる。
―……そういえば、あのメガネの子……柿崎さんか。どっかで見たような?……どこだっけな?―
唐突に柿崎に既視感を覚えるものの、細かいことは思い出せないまま多目的室に戻る。
「遅かったな?腹でも壊したか?」
「いいえ。廊下で少し話し込んじゃって」
藤原の軽い心配に応じながら、光秋は自分の席に着く。
―なんか三佐と関係あったような?……ま、いっか。さてとね!―
既視感と藤原に関係を感じるものの、同時に訊いても答えられないような気がしたのでなにも言わず、気を取り直して最後の報告書――鉄球の正式装備化の意見書を書き始める。
箇条書きを終えると作成に入り、重い球を振り回すだけで生まれる破壊力、それをピンポイントで作用させられる使い勝手のよさ、弾薬などを消費しない燃費のよさを強調してまとめていく。
「……こんなところかな?……!……」
呟きながら書き終えると、再び伸びをする。
それに続く様に、藤原たちも両腕を伸ばす。
「はぁー!やっと終わったぜ……」
言いながら、竹田は伸ばした体を左右にねじる。
「それにしても、光秋くん報告書書くの早いよね?内容もきちんとまとまってるし」
「そうですか?要領がいいだけでしょう」
伊部の褒め言葉に、光秋は多少謙遜しながらも微笑んで応じる。
「いや。お前がいない間に読ませてもらったが、なかなかいいできだと思うぞ。少なくとも竹田より上手い」
「へーへー。どうせ俺はこういうの下手ですよ」
藤原の比較に、竹田は口をへの字にして不貞腐れる。
「ま、それはともかく、みんなできたなら俺のパソコンに送ってください。まとめて上に出しときます」
「わかりました」
小田に応じると、光秋はN砲と戦闘の報告書のデータを小田のパソコンに送信し、
「すみませんが、1つ個人的に出したい報告書があるんで、コンピュータ室で印刷してきます」
席を立って畳んだパソコンを左脇に抱える。
「……!すみません。俺も電話が」
言いながら小田も席を立ち、2人して多目的室を出る。
すぐに立ち止まって電話に出た小田に一礼して、光秋はコンピュータ室へ向かう。
「もしもし沖一尉?……あぁ、大丈夫だが」
―沖一尉か。小田一尉、なんか嬉しそうだな―
後ろから聞こえてくる小田の声に、少しだけ共感を覚える。
しばらく歩くと、角を曲がった所で並んで歩いてくるタッカーと曽我に会う。
「……あ、タッカー中尉。それに曽我さんも」
「あらワンちゃ――加藤君」
「奇遇だな。仕事終わったのか?」
「僕はあと1つ報告書を出すだけです。ちょうど印刷しようとコンピュータ室に行くところで」
「印刷?メールじゃないのか?」
「個人的に渡したい物なんです。装備の件で」
「装備?……もしかして鉄球のこと?さっきも持ってたけど」
「そうです。アレを正式化してもらおうと思って」
タッカーと曽我の質問に、光秋はそれぞれ答えていく。
「アレを正式化って……おいおい、なんのジョークだ?」
「いいえ。僕は本気ですよ。意外と使い易いし、僕の戦い方にも合ってるので。実際ココにメリットをまとめたんですから」
大袈裟に肩を竦めるタッカーに、光秋はあくまでも真顔で応じ、脇のパソコンを叩いて示す。
「そういう訳ですので少し急ぎます。失礼ながらこの辺で」
「おぉ。悪かったな止めちまって」
「いいえ。では」
タッカーに応じると、光秋はその脇を抜けていく。
が、少し進んだ所で一端止まり、
「それに、僕お邪魔みたいですしね」
と、タッカーに微笑みを向ける。
「……!いや、そんなんじゃないぞ!偶々そこで会って話してただけだからな!」
「フッ!……なにあたふたしてるんです?中尉」
「……フフッ!」
慌てるタッカーとそれを茶化す曽我の声を後ろに聞きながら、光秋は可笑しさに小さく笑みを漏らす。
コンピュータ室の印刷機にパソコンを繋ぎ、提出用、自分用、予備の3部を印刷すると、光秋はパソコンを返却し、部屋を出て大河原に電話を掛ける。
(……二曹か。どうした?もう大丈夫か?)
「はい。お騒がせいました。鉄球のレポートを渡したいんですが、今何処にいますか?」
(……本当に書いたのか?)
「えっ!?……冗談だったんですか?」
半ば呆れた様に言う大河原に、光秋は少しだけ眉を寄せる。
(まぁ半分はな。しかし、せっかく書いたんだから読ませてもらおう。そこから別の案が浮かぶかもしれんからな。装備品置き場にいるから来てくれ)
「了解です」
応じると電話を上着に仕舞い、右脇に報告書を抱えて装備品置き場へ向かう。
装備品置き場に着くと、光秋は周囲を見回して大河原の姿を探す。
「二曹!こっちだ」
声のした方を見ると、ニコイチの足元に佇む大河原を見付け、そこに歩み寄る。
「こちら、電話で話したレポートです」
「ん……ほぉ?なかなかよく書けてるじゃないか」
「ありがとうございます」
受け取った報告書をパラパラと捲りながら言う大河原に、光秋は褒められたことを素直に喜ぶ。
「詳しいことは後で改めて読ませてもらおう。実は俺の方も君に用があってな」
「なにか?」
「ニコイチの損傷の確認が済んだのでな。ブロックも取り寄せたから修復を頼む」
「あぁそっか。了解です」
応じると、光秋はリフトに駆け寄ってコクピットに上昇する。
―終わったから安心してたんだな。すっかり忘れてた―
思いながら認証を済ませると、大河原が用意したニコイチウムのブロックを破損箇所に当てていく。
固形石鹸を塗り付ける様な仕草は、戦闘によって生じた穢れを落とす禊に見えなくもない。
「こうして見ると、やっぱり今回は凄かったですね……」
改めて見る傷だらけのニコイチに驚嘆しながら、外音スピーカー越しに呟く。
(まぁな。あの光の剣と羽根の光弾――とりあえず『ビーム』と呼ばせてもらうが、それの前にはニコイチウムといえどこのザマというわけだ)
「『ビーム』、ですか……」―竹田二尉が食い付きそうだな―
大河原はあくまでも真面目に応じるものの、その如何にもマンガ的な表現に、光秋は思わず竹田が喜ぶ様子を想像してしまう。
その間にも修復を続け、全ての傷を消すと多少体積の減ったブロックを箱に戻し、右手の指先でフタを摘まんで閉めてみせる。
(だいぶ器用なことができるようになったな)
「乗れば乗っただけ馴染んできます。赤くなる時なんて自分の体と区別できませんから」
感心する大河原に応じると、光秋はニコイチに左膝を着かせてリフトで降り、カプセルに収容する。
「僕は三佐の所に戻ります。レポートの方よろしくお願いします」
「了解だ。とりあえず読ませてもらう」
「では」
言いながらカプセルを上着の内ポケットに入れると、光秋は多目的室へ向かう。
しばらく歩くと、光秋は多目的室の入口をくぐる。
「戻りました」
「遅かったな。印刷機が混んでたか?」
「いえ。大河原主任に直接渡しに行って、そこでニコイチの修復頼まれまして」
藤原の問いに応じながら、光秋は席に着く。
「そういえば、今回はかなり酷かったもんな……ニコイチであれ程なら、今の兵器で連中に太刀打ちできるのか?おまけに超能力が効かないときてる」
「まぁ、確かに……」
心なしか怯える様に言う小田に共感する様に、光秋は薄ら寒さを覚える。
しかし、
「にしても、敵メカがビーム撃ったり剣にしたりしてよー。ニコイチもどっかからビーム出ねぇのか?」
―あぁ。やっぱりこうなるか……―「ニコイチは出ませんね。個人的にはほっとしてますが」
真剣に不満がる竹田を見て、その可笑しさに寒気も一瞬で過ぎ去ってしまう。
と、
「おぉ。藤原じゃねぇか」
「鬼崎中佐!仕事は終えられたんですか?」
「取り調べが一通り終わったところでよ。ひと息つきに来た」
「「!」」
鬼崎中佐が藤原隊の許に歩み寄ってくるのを見て、小田と光秋は敬礼して応じる。
が、一方で、
「「……」」
竹田と伊部も敬礼するものの、鬼崎を露骨に睨み付ける。
―2人とも、そんな顔しないでくださいよ……―
そんな2人の態度に、光秋は薄っすら冷や汗をかく。
もっとも、当の鬼崎はそんな視線を受け流し、光秋の許に歩み寄ってくる。
「……」
近づいてくる縫い目痕の大男に、思わず生唾を飲む。
「それと、坂本からお前に伝言頼まれてよ」
「?……僕にですか?」
予想外の言葉に、思わず面食らう。
「白い犬ってのはお前のことだろう」
「はい」
「こう言ってくれとよ。『長年の憑きものがとれたみたいだ。ありがとう』、だと」
「!……ありがとうございます!」
これまた予想外の伝言に目を丸くしつつも、それを伝えてくれた感謝の意を示すために深く頭を下げる。
「フッ!この間の発言は撤回だな。命を預け合うことに不安はない。これからも機会があればよろしく頼むぞ。加藤二曹」
「は、はいっ!」
「じゃあな……と、お茶買うの忘れた」
慌てて敬礼する光秋に笑って応じると、鬼崎は廊下の自動販売機に向う。
「『ありがとう』、か……」
部屋から出ていく鬼崎の背中を見送りながら、光秋は改めて声に出してみる。
「この間の護送任務で一緒になった警官の人にも言われましたけど、やっぱり素敵な言葉ですね」
「だね。言われただけで気持ちがよくなるから不思議。例え敵対した人からでも」
その時のことを思い出しながら言うと、伊部が微笑みながら応じ、自然と温かな気持ちになる。
しかし、
「もっとも、坂本やサン教の幹部たちには、この後厳しい裁判が待ってるんだろうな……」
「……まぁ、確かに」
小田の一言に、光秋は目の前の現実を見せられ、温まった気持ちが急激に冷えていく。
が、
「しかしそれも、加藤があそこで必死になった結果だろう」
「!……」
思わぬ言葉を掛けられ、光秋はそれを言った藤原を見る。
「重罪はます避けられん。だがな、彼らは罪を償う機会を――やり直すチャンスを得られた。それは、ひと思いに粛清という名の殺害を行うよりも困難であり、だからこそ尊いのだと儂は思う。まぁ、見方を変えれば甘いとうことなのだろうがな」
「甘い……やっぱり、そういうところはありますよね」
「だが、どんな者にもチャンスを与えることは大事なことだと儂は思うぞ。そもそも今回の任務は対象の確保であり、儂らESOの仕事は捕まえることなのだからな。その点では、加藤のしたことは理に適っていた」
―捕まえることが仕事…………罪を憎んで人を憎ます……―
藤原の言葉を受けて、伊部が柏崎を叱った時に浮かんだ言葉を思い出す。
「……とりあえず、この話はこの辺にしよう。儂らの仕事はもう終わった。あとは司法屋の仕事だ」
「……そうですね」―あの行動が正しかったのかどうか、それは判らない。でも、後悔はしていない。あの時助けたいと思ったことに、嘘はないから―
藤原に応じながら、光秋は気持ちを整理する。
―……それで『ありがとう』と言われたんだから、それでいいじゃないか!―
そうまとめると、再び気持ちが温かくなる。
「……さて、小田。報告書の送信は終わったか?」
「ちょっと待ってください。あとは……よし。今送っときました」
「ということは、これで儂らの仕事は完全に終わりだな。各自パソコンを返却後、帰り支度を始めろ」
「「「「了解」」」」
藤原の指示に応じると、藤原隊一行は席を立ち、光秋以外全員がパソコンを抱えてコンピュータ室へ向かう。
「かー。やっと帰れるぜぇ」
首を鳴らしながら、竹田が疲れを含んだ声を漏らす。
「加藤は先程返してきたのだろう」
「はい」
「なら、先に行って自分の荷物をまとめておけ。それが済んだらニコイチの用意でもしていろ。伊部の家の近くまではソレで行け」
「わかりました。では、お先に」
藤原の指示に応じると、光秋は一行と別れて寄宿舎へ向かう。
寄宿舎の宛がわれている部屋に着くと、光秋はすぐに荷物の確認を始める。
「…………よし。忘れ物は……ないな」
確認を終えてカバンの口を閉めると、部屋を見回して最終確認をし、カバンを右肩に斜め掛けして部屋を出る。
そのまま装備品置き場へ向かうと、人がいないことを確認して広間にニコイチを出現させ、乗り込んで認証を済ませる。
「さて……」
モニターが点いたのを確認すると操縦席を機外に出し、伊部に携帯電話を掛ける。
(はい?)
「光秋です。ニコイチの準備終わりました。装備品置き場にいるのでいつでも来てください」
(もう?早いねぇ。私は今から荷物まとめるから、もう少し待って)
「わかりました。ごゆっくり」
言うと光秋は電話を切り、操縦席を機内へ戻す。
「あー、温ったけ……」
吹き付ける温風に、思わず力の抜けた声が漏れる。
しばらくすると、
(お待たせ)
外音スピーカー越しに伊部の声を聞き、光秋は下を見ると各々にカバンを提げた藤原たちが歩み寄ってくるのを確認し、ニコイチに左膝を着かせてハッチを開ける。
右手で伊部をコクピットに乗せると、抱えていた補助席を操縦席の左側に付け、そこに座ってシートベルトを締めていつでも動けるようにする。
「では、僕たちはこれで」
「ウム」
「迷惑にならない範囲でのんびりしてこい」
「伊部の親父さんたちに可愛がられてこいよ」
「ありがとうございます。では」
藤原、小田、竹田のそれぞれに応じると、光秋は操縦席を下ろしてハッチを閉める。
「伊部さん、家の住所は?」
「えっとねぇ……」
伊部の答えを聞きながら、パネルを叩いて行き先の住所を入力する。
「……よしっと。じゃあ、行きます」
「うん。お願い」
伊部の返事を聞くと右ペダルをゆっくりと踏み込み、ニコイチを徐々に上昇させる。
―いよいよ伊部さんの家か……どうなるかな?―
地図を見て方向を確認し、前進を始めながら、光秋は期待と不安に胸を躍らせる。
と、不意にあることを思い出す。
「あ、そうだ。すみませんが、着いたら洗濯機貸してもらえますか?いろいろ洗いたくて」
言いながらカバンを見やり、中に入っている洗濯物のことを思う。
「いいけど……基地ランドリー使わなかったの?」
「……えっ!?」
伊部の指摘に、光秋は思わず顔を向けて驚愕する。
「……そんなの、あったんですか?」
「うん。大浴場の脱衣所に……もしかして、気付かなかった?」
「…………」
気まずそうに訊いてくる伊部に、光秋は羞恥の浮かんだ顔を伏せて無言を返す。
そんな2人を乗せて、ニコイチは入力した地点へ向けて真っ直ぐに飛んでいく。
「サン教ベース攻防編」は今回で終了です。
次回からもよろしくお願いします。