白い犬   作:一条 秋

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60 夢の中の姉妹

「…………!」

 耳元で鳴る振動音に目を覚ました光秋は、音源である携帯電話に手を伸ばしてアラームを止める。

―6時か。起きないと……いや、いいのか?―

 未だまどろんでいる目で周囲を見回し、伊部の部屋にいることを思い出す。

―そうだ。今日は早く起きなくていいんだ。じゃあ、もう少し…………―

思うや再び目をつむり、睡魔に導かれた意識が深いところへ落ちていく。

 

 色の黒い、顔付きがよく似た女性が2人、ベッドに並んで腰を下ろしている。

 右の女性は長い髪を後ろで一つに結い、白いパーカーに藍色のジーンズを着ている。

 左の女性は髪を背中一杯に広げ、白いワイシャツに赤チェックのロングスカートを履いている。

―あれは……伊部さんと綾か―

 何故2人が並んでいるのかという疑問は不思議と湧かず、光秋は何処とも知れない視点で2人を見る。

「……こんなふうに話すの、初めてだね」

「うん。今まで上手くできなかったから……」

 言葉に困りながら話し掛ける綾に、伊部も返事に困りながら応じる。

―久しぶりの会った姉妹――双子みたいだ―

2人の容姿と会話の内容に、そんな印象を抱く。

「……本当に危ない時、いつも光秋くんを守ってくれたよね。ありがとう」

「お礼なんていらない。アキはあたしにとって特別だから、少しでも“力”になりたかっただけ」

―特別……か……―

 その言葉に、夏の日の思い出が蘇る。

「……あたしは、法子が羨ましい」

「私が?なんで?私光秋くんになにもしてあげられないよ?いつも隣に座ってるだけで」

「でも、いつもアキの隣にいてあげられる」

「……」

―……―

 切なさを浮かべる綾に、伊部はなにも言えなくなり、光秋は何故か胸が疼く。

「誕生日をお祝いしてもらったり、風邪をひいたら看病してあげたり、アキが戦う時はいつも隣にいて、怖いのを少しでも和らげてくれる。それは、法子がいつもアキの隣にいてあげられるから……あたしは、そんなことができる法子が羨ましい」

「綾…………」

―……隣にいてくれるから、か……―

 胸の内を正直に告げる綾に、伊部は圧倒され、光秋はその言葉が耳に残る。

 少し間を置いて、綾は言い辛そうに問う。

「…………法子はさ、アキのこと好きなの?」

「……そりゃあ好きだよ。大事な後輩だし、なによりも弟ぶ――」

「そういうことじゃなくて!」

 伊部の返事を遮る様に、綾は叫ぶ様に言う。

「アキのこと、好きなんでしょ?」

「……ごめん。私もよくわからない」

 言いながら、伊部は顔を俯ける。

「私、昔から惚れっぽいところがあるからさ。いつもそばにいて優しくされると、ついその気になっちゃうから……だから、光秋くんへのこの気持ちにどうしても自信が持てないの……弟分とか言って、私の方から壁を作ろうとしてるのかな?」

「……そうなんだ」

―伊部さん…………―

 伊部の返答に綾の顔が曇り、光秋は今まで伊部の深い心情を察してあげられなかったことを悔やむ。

 と、綾は表情を直し、よく通る声で言う。

「あたしは、アキのこと大好きだよ。優しいし、一生懸命だし、いろんなこと教えてくれるし、それに……」

「それに?」

「……それに、やっぱり好きだから」

「……そうだよね。本当に好きな人は、好きだから好きとしか言えないもんね」

「うん……だから、ね……」

―?―

 それまで生き生きとしていた綾の声が、徐々に湿り気を帯びてくる。

 そして、

―「!」―

出し抜けに綾は伊部に抱き付き、突然のことに光秋と伊部は目を丸くする。

 そんなことに構わず、綾は涙を含んだ声で続ける。

「だから、お願い!……アキを、盗らないで!……アキがいないと、あたし…………」

「綾…………」

 泣き崩れながらもなんとか言うべきことを言った綾を、伊部は同情と羨望が混ざった顔で優しく抱きしめる。

 一方、光秋の心中には、綾の悲しみと伊部の複雑な気持ちが痛い程に伝わってくる。

―僕は、こんなにも想われていたのか……だったら、僕のすべきことは?…………―

 現状を把握し、次の行動を思案する間にも、景色は徐々に遠退いていく。

 

―…………?……夢?―

 ゆっくりと目を開けると、光秋は伊部の部屋で布団に横たわっていることに気付く。

―にしちゃあ、内容がよく思い出せるような…………?―

 脳裏にチラついてくる伊部と綾のやり取りに首を傾げながら、上体を起こして伸びをする。

 と、それに合わせる様に伊部も起きてくる。

「おはよう」

「おはようございます」

 まだ眠気の残る目を擦りながらの挨拶に、光秋はメガネを掛けながら返す。

 頭を掻く伊部を見ていると、不意に夢の中の言葉を思い出す。

―『光秋くんへのこの気持ちにどうしても自信が持てないの』…………あれは、本当に夢だったのか?―

 唐突にそんな疑問が浮かぶや、光秋は知らぬ間に口を動かしていた。

「……不思議な夢を見ました。伊部さんと綾が並んで話してるんです」

「――え!?」

 それを聞くや、伊部は出かかっていた欠伸を引っ込め、眠気の消えた目でまじまじと光秋を見る。

「それ、本当?」

「え?えぇ……?」

 予想外の真剣な反応に、光秋の方が面喰ってしまう。

 それに構わず、伊部はベッドから下りて光秋に迫る。

―!……伊部さんってよく見ると肌つやがあるよな……それに、なんかいい匂いが……―

 突然のことに動揺してか、パジャマの合間から覗く伊部の素肌や、鼻をくすぐる体臭に、つい場違いなことを考えてしまう。

 が、

「法子ー!いい加減起きてご飯食べちゃって。光秋さんも起して連れてきてよー」

「あ。はーい……とりあえず、ご飯食べたらゆっくり話そう」

「……そうした方がいいかもしれませんね。もうすぐ9時だし」

 伊部母の呼び掛けに2人は一度冷静になり、光秋が携帯電話で時刻を確認すると、そろって1階の居間へ向かう。

―危なかった……それはそうと、久しぶりに寝坊できるとは思ったが……またよく寝たもんだ―

 危うい事態を回避できたことにほっとしつつ、自身の遅起きっぷりに思わず感心してしまう。

 

 白飯にみそ汁、昨日のすき焼きの余った具材で作った炒め物の朝食を食べ終え、水盤で歯を磨いていると、光秋はふと思い出す。

―あ、そうだ。着替え持ってきてないんだっけ―

 口を漱ぎながらそう思うと、顔を洗って台所で片付けをしている伊部母の許へ向かう。

「すみません、奥さん。僕、着替え持ってきてないんですが……」

「あぁ、そうでしたね。ちょっと待ってください」

エプロンで手を拭きながら応じると、伊部母は2階へ向かい、光秋もついていく。

 夫婦の寝室の箪笥を開けると、伊部母はワイシャツとズボン、革製のベルトを差し出してくる。

「お父さんのですが、いる間はこれを着ててください」

「すみません。次来る機会があればちゃんと……」

「いいんですよ」

申し訳なさそうに服を受け取る光秋に微笑んで応じると、伊部母は1階へ下りていく。

―ま、仕方ないか。それと……―

 心中に言い切るや、光秋は寝室に掛かっている洗濯物に目を向ける。

―ささっと取って出よう。誤解されるのも嫌だしな―

 思いながら洗濯物の許に歩み寄り、女物の下着――おそらくは伊部の物――を見ないように自分の下着の上下と靴下を取り、速足で寝室を出て向いの客人用の寝室に入る。

「さて…………」―うっ。予想はしてたが気持ち悪い……が、仕方ない。風邪ひく前にとっとと着替えよう―

 生乾きの下着の感触と冷凍庫の様な部屋の寒さに四苦八苦しつつ、なんとか白いワイシャツと黒いズボンに着替え終えると、暖を求めて伊部の部屋へ向かう。

 ドアを開けると、パーカーとジーンズに着替えて髪を束ねた伊部が、椅子に腰を下ろして待っている。

「今朝の続き、いいかな?」

「……はい」

 応じると、光秋は布団を丸めて隅に退かし、その上に畳んだ作務衣を置いて小物類をポケットに仕舞うと、伊部に勧められたベッドに腰を下ろす。

「確認するけど……私と綾が並んで話してる夢を見たんだよね?」

 伊部の質問に、光秋は夢の記憶を思い出しながら答えていく。

「はい。確かこのベッドに座って」

「どんなふうに見た?」

「どんな?……強いて言うなら横から、ですかね?目の前に2人の話してる光景が浮かぶ様な感じだったので」

「私の服装は?」

「今着てるそれでした。綾は白いワイシャツの赤チェックのロングスカート……夏の間、出掛ける時によくしてた格好でした」

「じゃあ……なにを話してた?」

「あー……確か、僕が好きかどうか……そんなことを」

「……私の記憶と完全に一致したね」

 訊き辛そうに訊いた質問に答え辛そうに光秋が応じると、伊部は少し恥ずかしそうにしながらそうまとめる。

―あれは、やっぱり夢じゃなかったか……しかしそうなると……―「あれはなんだったんでしょう?2人が同じ夢を見たなんてことはないだろし、夢にしては詳細が思い出せる」

 思いつつ、光秋は今一番の疑問を呟く。

「……やっぱり、精神感応。テレパシーの一種……ですかね?」

「その可能性が高いかもね」

 思い付きの推測に、伊部は真顔で応じる。

「たぶんだけど、綾は私に用があったんだと思う……あの話をするためにね」

 言いながら、伊部は気まずそうな表情で顔を逸らす。

「それを綾を介して光秋くんは見たんだと思うな。前にも何度か言ったように、やっぱり2人は繋がってるんだよ。で、綾を介して私も繋がってる」

「……やっぱり、そうなりますか」

 合同演習の際にツァーングと戦った時と、夜警の際にナイガーと戦った時に綾が現れたこと、その際の伊部の証言を思い出しながら、光秋は自然と納得する。

 しかし、そうなると夢の会話の内容をどうしても意識してしまう。

「ところで伊部さん……僕のことがどうのって……」

「……」

 言葉に困りながら話を切り出そうとするが、伊部は未だ表情を固めて顔を逸らしている。

「……いや、この話はまた今度にしましょう。とりあえず、なにが起こったのかわかっただけでもよしとしましょう」

「……そうだね。そうしよう」

 やや強引に言い切る光秋に伊部も賛成し、この話はこれでおしまいになる。

 ただ、

「…………」

「…………」

この先どう会話を続けていいかわからず、お互い押し黙ってしまう。

―気まずい……が、なにを話せばいい……?―

 なんとか居心地の悪い沈黙を破ろうと頭を回すものの、元来話し上手ではない光秋にろくな案など出てこない。

 と、

「……あ。すみません。よく考えたら目薬注すの忘れてた。ちょっと台所行ってきます」

「え?あ、うん……」

ほっとした様に伊部が応じると、光秋は部屋を出て1階へ向かう。

―これで仕切り直せるかな?―

 心中に安堵の息をつきながら階段を下りると、すで伊部母がいなくなった台所へ向かい、冷蔵庫から出した目薬を注す。

―そういえば髭もまだだったな。夢のことに夢中だったからなぁ……―

 目薬を仕舞いつつ、顎周りを撫でながらそんなことを思い、伊部の部屋へ戻るとする。

 と、階段の近くまで来た辺りで金属が触れ合う様な物音を耳にする。

「?……」

 音のする方に移動してみると、ちゃんちゃんこを羽織った伊部父が店の床に腰を下ろして、外装を剥がした大型テレビを弄っている。

「……おはようございます」

「あぁ、おはよう」

 起きた時から今まで見掛けなかったのでとりあえず挨拶すると、伊部父は手を止めて常に笑っている様な顔で応じる。

「それ、どうしたんです?」

「ん?あぁ。昨日修理を頼まれて持ってきたんだけどね。時間が掛かって遅くなったし、法子も帰ってくるっていってたから、今日直して持っていくって言ってあるんだけど……」

 光秋の質問に応じると、伊部父は工具箱から道具を取り出して作業を再開する。さっき聞こえたのはこの音の様だ。

「あぁ。そういえばここ電気屋でしたね……」

 思い出した様に呟くと、光秋は店内を見回してみる。

 コンビニより少し広いくらいの店には、照明類や電池といった小さいものから、テレビや洗濯機といった家電製品まで、個人店にしては豊富な品揃えが所狭しと置かれている。

「……よろしければ手伝いましょうか?」

「え?」

 店内を一周して伊部父の背中に目線を戻すや、なんとなしにそんな言葉が漏れ、唐突な申し出に伊部父は再び手を止める。

「正直機械には疎いんですが、ちょっとした手伝いならできます。それに今思ったんですが、このままただ家にいるだけじゃ居候みたいで肩身が狭く感じて。僕のためと思ってなにかやらせていただけませんか?」

「いや、手伝ってくれるのはありがたいんだけど……今日出掛けるって法子が言ってなかったっけ?」

「それは昼過ぎです。午前中はどの道暇なので」

「そうかい?……じゃあ、お願いしようかな」

「わかりました。あ、ちょっとだけ待っててください」

 断りを入れると、光秋は速足で伊部の部屋へ向かう。

「すみません伊部さん。ちょっと旦那さんの手伝いしてきます」

「え?なにか頼まれたの?」

「僕の方から頼んだんです。なにかやらせてくれって。そうしないと居候みたいで肩身狭いからって」

「別にそんなこと気にしなくていいのに」

「僕が気になるんですよ。そういうわけなんで、ちょっと外します」

 言うや光秋はドアを閉め、勝手口から制靴を取ってきて伊部父の許へ向かう。

―考えてみたら、時間置いた方が尚のこといいよな―

 先程の気まずさを思い出しながら靴を履き、伊部父の指示に従ってテレビの修理を手伝う。もっとも、やることは頼まれた工具を手渡すという簡単なものなのだが。

 はじめは道具の形と名前が一致せず手間取っていたものの、伊部父が丁寧に教えてくれることですぐに覚え、作業を観察する余裕さえ出てくる。

―……よくあんな細々したことできるなぁ―

 無数の配線や細かな部品の中でテキパキと手を動かす伊部父の姿――自分ではまず真似できないことに、思わず感心してしまう。

 しばらくして内部の修理を終えると、外装を被せてネジで固定していく。

「ふぅー。なんとか終わったねぇ。思ったより早く進められたよ。ありがとう」

「いえ。僕はただ横で見てたようなもんですから……これは何処に?」

 伊部父のお礼に応じると、光秋は中身を全て仕舞い終えた工具箱を指さす。

「あぁ。レジの所に棚があるから、そこに置いといて」

「わかりました」

 応じると伊部父の指さしたレジの中へ向かい。受付下の棚に工具箱を仕舞う。

 それを見届けると、伊部父はズボンのポケットから携帯電話を出して何処かに掛ける。

「あ、伊部電器ですが。昨日頼まれたテレビ、修理が終わったんで持っていきたいんですが……はい……はい……わかりました。それでは」

 電話を終えると、伊部父はそれをズボンに戻す。

「もうひと仕事頼めるかい?テレビをトラックの荷台に積んで欲しい」

「わかりました」

「表に回すからちょっと待っててくれ」

 光秋の返事を聞くと、伊部父は店の玄関から出て白い軽トラックを店の前に持ってくる。

 軽トラックから降りた伊部父はテレビに歩み寄って布のカバーを被せ、待機していた光秋と共に体を屈めて画面部分の端に両手を添える。

「いいかい?」

「いつでも」

「じゃあ……せーのっ!」

 伊部父の掛け声でテレビを持ち上げ、2人は店内を慎重に移動して荷台に乗せる。

「届けに行くなら、ちょっと髭剃ってきていいですか?流石にこのままだと……」

「そうだね。それに天気がいいとはいえコートかなにかいるだろうし。待ってる間に用意しておくよ」

「お願いします」

 12月にしては珍しい青空を見上げながら言う伊部父に一礼すると、光秋は伊部の部屋に戻ってカバンから髭剃り機を出す。

 身嗜みを整える気恥ずかしさから伊部に背を向けて髭を剃りながら、光秋は出掛ける旨を伝える。

「旦那さんと一緒にちょっと出てきます」

「配達?」

「そんなところです」

 応じながら髭を一通り剃り終わり、髭剃り機をカバンに戻す。

「そう。気を付けてね」

「はい。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 伊部の挨拶を背中で受け取ると、極力速く階段を下りて店内へ向かう。

「お待たせしました」

「うん。じゃあ行こうか。あ、これ」

「ありがとうございます」

 赤いコートに着替えた伊部父から受け取ったESOのコートを羽織ると、伊部父に続いて軽トラックの助手席に乗り込み、テレビの持ち主の家へ向かう。

 

 商店街を抜け、除雪が済んだ国道を通って住宅地に入る。

 少し進んだ所に建つ家の前で停まると、光秋は軽トラックから降りて荷台の柵を開け、その間に伊部父は呼び鈴を鳴らして家の人を呼ぶ。

「ごめんくださぁい。先程お電話した伊部電器ですが」

「はーい」

 玄関越しに男の声が応じると、50代くらいの男が出てくる。

「お待ちしてました。こっちです」

「はい。光秋くん、いいかい?」

「いつでも」

「じゃあ……せーのっ!」

 歩み寄ってきた伊部父の掛け声でテレビを持ち上げると、雪に足を盗られないように注意しながら2人はそれを玄関へ運ぶ。

「見ない顔ですね。バイトでも雇ったんですか?」

「いやぁ、娘の知り合いでして。今ちょっと手伝ってもらってるんです」

「……どうも」

 家主の問いに伊部父はテレビを置いて答え、光秋は頭を下げる。

「娘さんの?……まさか彼氏ですか?」

「「違います」」

 ニヤケながら問う家主に同時に応じると、2人は靴を脱いで家に上がる。

「それで、どちらに置けば?」

「……あぁ。こっちです」

 伊部父の問いに、先程の即答で困った顔をしていた家主は家の奥に招きながら答え、それに従って光秋は伊部父と共に慎重にテレビを運び入れる。

 居間の一角に置いてカバーを取ると、伊部父が配線を繋ぎ、動作確認をする。

「……問題ないようですね。またなにかあれば言ってください」

「ありがとうございました」

「では、これからも御贔屓に」

「……」

 家主の礼に伊部父は笑顔で、光秋は一礼で応じると、軽トラックに乗り込んで家へ戻る。

「いやぁ、助かったよ。昨日は運ぶだけでひと苦労だったからねぇ……認めたくないけど、私も歳かなぁ……」

「僕にはけっこう若く見えますが」

「はは。見かけ倒しってやつだよ」

 この様に、伊部父の呟きに光秋が応じる形で取りとめのない会話は続き、軽トラックは伊部家へ向かう。

 

 伊部家の前で軽トラックが停車すると、助手席から降りた光秋は店内に入り、車内で説明された場所にカバーを仕舞う。

 レジの上の時計を見ると、もうすぐ12時を指そうとしている。

「2人とも帰ってきたのー?」

「あぁ、はい。今戻りましたー」

 奥からの伊部母の呼び掛けに返すと、光秋は靴を脱いで家へ上がり、台所へ向かう。

「お帰りなさい。お昼できてますから、居間で待っててください」

「はい。あ、その前に、上にコート置いてきます」

 鍋をコンロにかけている伊部母に応じると、勝手口に靴を置いて伊部の部屋へ向かう。

―伊部さんは下か―

 誰もいない部屋にそう思うと、カバンの上に畳んだコートを置き、トイレに寄って居間へ向かう。

「お帰り」

「……ただ、いま……?」

 コタツに入って出迎えてくれた伊部への返事に困りつつ、少しだが冷えた体をコタツで温める。

 少しして軽トラックを仕舞った伊部父と、盆に4人分の食事を載せた伊部母も入ってくる。

「お疲れ様でした。光秋さんも」

「……」

 うどんが入ったどんぶりを配りながらの伊部母の労いに、光秋は頭を下げる。

「お疲れなら、一杯だけ……」

「ダメです。それも昼間っから」

「あ、やっぱり……」

 伊部父の要望を一蹴すると伊部母もコタツに入り、昨夜の夕食と同じ配置で食事を始める。

「どう?お母さんのうどん」

「美味いですよ。味加減が好みです」

 伊部の質問に、光秋は感じたままを答える。

「でしょ。私も久しぶりだけど、やっぱりいいな、これ」

「そんなにいいなら、もっと小まめに帰ってくればいいじゃないか?」

「そういうわけにもいかないよ。仕事だもん」

「それはそうだがねぇ……」

 そんな伊部と伊部父の会話を聞きながら、光秋は自分の家族のことを思う。

―僕も家に帰れば、こんなふうに感じるのかな?……そうなんだろうな。少なくともここでの感覚は、家にいた時と近いから……―

 目の前でなんてことのない、取りとめのない会話を続ける伊部一家に懐かしい温かさを覚えながら、うどんを一口すする。

 

 食事を終えると、光秋と伊部は事前の予定に従って出掛ける準備をする。互いに身支度を整えると、パーカーから赤いシャツの上にフード付きの白い羽織りに着替えた伊部は家に置いてある青いコートと冬用の厚手の靴を、光秋はESOのコートと制靴を着、勝手口から表へ出る。

「夕飯までには帰ってくると思うから。遅くなるようなら電話する」

「気を付けてね。光秋さんも。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「……行ってきます」

 伊部母の見送りにまたも返事に困りつつ応じると、光秋は伊部の後を追って店側の通りに出る。

―日高さんの家か……どんななんだろう?―

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