白い犬   作:一条 秋

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61 姉貴分の友達

 商店街を通って国道に出ると、雪化粧が施された景色の中を道なりに進んでいく。除雪と、今朝から出ている太陽のおかげで歩道に大した雪はなく、昨日の夜よりもずっと歩き易い。

―……この辺は田んぼかな?そういう家もあるんだ……―

 道の脇に広がる窪んだ広場を見やりながら、光秋は周辺の家の様子に思いを馳せる。

―にしても、だんだん寂しくなるな…………―「こっちで合ってるんですか?」

 徐々に家の数が減っていく周囲を見ながら、左隣を歩く伊部に問う。

「うん。そうだけど。どうして?」

「いや、周りがだんだん寂しくなるから」

「あぁ。ハルちゃんちって少し離れた場所にあるから」

「ふーん……」

 相槌を打ちつつ、2人は歩を進める。

 

―これは…………―

 先程の会話から数十分後。現在光秋と伊部が立っているのは、住宅地から少し離れた山寄りの所に建つ日高家の真ん前なのだが、目の前に広がる光景に、光秋は束の間言葉を失ってしまう。

 そこに建っているのは、映画やドラマに出てくる様な和式の豪邸である。

 敷地の周囲は瓦敷きの高い塀で囲まれ、重厚な扉が開け放たれた門からは、横に長い本邸がその一部を覗かせている。年月を経て付いた微かな壁の汚れさえも家全体の風格を引き立て、同時に光秋をより圧倒する。

「ごめんください。法子です」

 そんな光秋とは対照的に、伊部はいつも通りといった様子で門に備え付けられているインターフォンに語り掛ける。

『あ、ホウちゃん。入って入って』

「うん。今行くね。さ、行こう」

「……はい」

インターフォン越しの日高に応じると伊部は歩き出し、光秋もなんとか気を取り直してそれに続く。

 風情が出る程度に除雪が行き届いた庭を少し歩いて玄関前に着くと、伊部が戸を開ける。

「おじゃましまーす」

「はーい」

 伊部の挨拶に答えつつ、奥から赤いセーターに茶色いズボンを着た日高が、エプロンを掛けた短い黒髪の中年くらいの女性を伴って現れる。

「法子さん。お久しぶりです」

「こちらこそ」

 女性の挨拶に、伊部は会釈して応じる。

「こちらがその?」

「あ、加藤光秋です。おじゃまします……日高さんのお母さんですか?」―にしちゃあ、あんまり似てないが?―

 顔を向けた女性に応じつつ、光秋は思ったことを言ってみる。

 と、

「うんうん。この人は家政婦の薗子(そのこ)さん。ていっても、子供の頃からずっとお世話になってるから、お母さん代わりって言ってもいいかな」

「勿体ないお言葉ですよ、お嬢さま。佐々木(ささき)薗子(そのこ)です。よろしくお願いします。光秋さん」

「……はい。こちらこそ……」―家政婦なんて始めて見たぞ。しかもかなりできる人みたいだ……家といい中の様子といい、本当に……―

 日高の紹介で会釈する佐々木の様子に、光秋は冷静に驚愕する。

「さぁさぁ、立ち話もなんだから早く上がって。私の部屋行こう」

「だね。光秋くん」

「……はい。では」

 日高と伊部の促しに応じると、光秋は靴を脱いで用意されたスリッパに履き替える。

「そういえば、美佳(みか)ちゃんやおじさんたちは?」

「美佳は友達の家行ってる。お父さんとお母さんは仕事」

「ミカちゃん?」

「ハルちゃんの妹」

「あぁ……」

 呟きに伊部が答えると、光秋は2人の後を追って家の奥へ入っていく。

「では、私はお茶の用意を」

 そう言って台所の前で佐々木と別れると、光秋は歩きながら先程から気になっていることを訊いてみる。

「かなり立派な家ですね?」

「そうだね。よく言われる」

「昔は庄屋とか大地主って言われる家だったんですか?……まさか、旧華族とか?」

「うーん。私もよくわかんないんだよねぇ。いろいろ言われてるみたいだけど……昔からの地元の名士、みたいな?」

「はぁ……」―でも、わからないっていうのは、少しロマンだな―

 要領を得ない日高の回答に曖昧な返事をしつつも、不明瞭であるが故に僅かだが心躍らされる。

 鶴の絵が描かれた襖の前で一行は止まると、開けた日高に続いて部屋に入る。

「うわぁ!ここも昔と変わってない」

「適当なとこに座って。今テーブル出すから」

 懐かしむ声を上げる伊部に応じつつ、日高は押し入れから折り畳み式のテーブルを出し、その横で光秋は部屋を観察する。

 広さは十二畳程。畳の上には机と、大量の本を収めた人の背丈程の本棚が3つ置かれ、入口の向い側には障子を脇に退けた大窓があり、その外には雪の積もった中庭が広がっている。

―もう驚かないぞ。これが日高さんちの常識なんだ……―「広い部屋ですね。家そのものもそうだけど、迷子になりそうだ」

 日高家のあり様に慣れつつあることを自覚しながら、思ったことを率直に言ってみる。

「うん。始めて来た人がトイレ借りると必ず道に迷うよ。さ、コート脱いで座って」

―ハハァ……本当に迷うのか……―

 日高の返事に心の中で苦笑いしつつ、部屋の隅の衣紋掛けにコートを掛けた光秋は、伊部と一緒に用意されたテーブルのそばに腰を下ろす。

「そういえば、小さい頃はよくこの家でかくれんぼしたよね」

「やったやった。学校でやるよりずっとやり甲斐あったよねぇ」

「確かに、隠れる場所には困りませんね」

 光秋の言葉を受けてか、左隣に座る伊部が懐かしむ様に言い、光秋の右隣に座る日高も昔を見る様な顔で応じ、入口を背にして座る光秋は部屋に来るまでの様子を思い出しながら感じたままを言う。

 と、

「失礼します」

佐々木の声が響くや襖が開き、ティーセットを載せた盆を持って現れる。

「お茶をお持ちしました」

「ありがとう」

歩み寄った日高が盆を受け取ると、佐々木は一礼して襖を閉じる。

 盆をテーブルの上に置くと、日高は薄っすらと湯気を立てる紅茶の入ったティーカップをそれぞれの許に、ビスケットが入った大皿をテーブルの中央に置いていく。

「うーん!いい香り」

「冷めないうちにどうぞ」

「そうさせてもらうね。いただきます!」

「いただきます」

 日高に促され、伊部と光秋は紅茶を一口飲む。

―…………うん。なかなか―

 元来紅茶には詳しくない光秋だが、渋みの中にもほんのり甘さがあるこの味に大層舌を楽しませる。

 加えて、

―おまけにこのティーセット、結構いい物じゃないのか?ただ“大きい家”ってだけじゃないんだ―

陶器独特の白地にほんの少し金の装飾が施されたカップとポットに、名士の家に相応しい品性を感じる。

「やっぱり、薗子さんの淹れる紅茶って美味しいよねぇ」

「当然!もともとはわたしを満足させるために編み出したんだし」

 懐かしさと御満悦が混ざった顔の伊部に、日高も一口飲むや自分のことの様に胸を張る。

「日高さんって紅茶好きなんですか?」

「というか、美味しいものを食べることそれ自体が好きって言えばいいかな。それが高じて料理記者になったくらいだし」

「あぁ、お仕事料理記者なんですか……」

 図らずとも出てきた仕事の話に、光秋はビスケットを1枚摘まみながら返す。生地そのものの甘さが紅茶の渋みとよく合っている。

 と、紅茶を一口飲んで口を湿らせた伊部が加わる。

「前に話したことあったでしょ。食通の友達がいるって。ハルちゃんのことだよ」

「食通?…………あぁ。そういえば」

 言われて光秋は、風邪が治りかけた時に行ったレストランでの会話を思い出す。

「あの時のメールの相手、あれが日高さんだったんですか」

「そう」

「え?コウちゃんわたしのこと知ってたの?」

「いいえ。ちょっと聞いただけです。そもそもその後いろいろあって、たった今思い出したくらいで……」

 言ってから自分の記憶力のなさが恥ずかしくなり、紅茶を飲んで誤魔化す。

「あ、そうだハルちゃん。卒業アルバムってない?できれば小学校と中学の時の」

「え?どうしたの突然?……あるけどさ」

 伊部の唐突な頼みに日高は立ち上がると、本棚から2冊のアルバムを出して持ってくる。

「ありがとう。昨日高校のアルバム見てたら、それより前のも見たくなっちゃって」

「僕もいいですか?」

「どうぞ」

 伊部と光秋に応じると、日高は小学校のアルバムを開いて見せる。

「……やっぱり伊部さんと日高さんはすぐにわかりますねぇ」

 卒業式の後だろうか。男子は学ラン、女子はセーラー服を着た集合写真の左上に並んで写る12歳の伊部と日高に、光秋は昨夜のことを思い出す。

「わたしたちって昔っから目立ってたからねぇ……」

 懐かしむ様に言いながら、日高はゆっくりとページをめくっていく。

 教室での授業風景、運動会での玉入れ、文化祭のひとコマなどなど。それらの中に必ず伊部の姿を、加えて必ず同じ写真に写っている日高の姿を見付け、そんな自分に光秋は改めて感心してしまう。

「……話には聞いてたけど、お二人って本当に昔から仲いいんですね」

「私も、こうして振り返ってみると改めてそう思うなぁ。なんだかんだで幼稚園からの付き合いだもんねぇ……」

 アルバムを見た光秋の感想に応じながら、伊部は紅茶を一口すする。

「あ、そうだ。幼稚園っていえば……」

 自分の発言を受けてなにか思い出したのか、伊部は日高に顔を向ける。

「私、肌の色がみんなと違うでしょ。そのことでよくからかわれてね……でも、その度にハルちゃんが庇ってくれたっけ」

「そうだっけ?」

 紅茶をすすりながら日高は首を傾げる。

「そうだよー。小学校の時なんて、やり過ぎて先生に怒られたことあったじゃん」

「……記憶にございません」

「またー!」

日高の返答に膨れながら笑うと、伊部はもう一口紅茶を飲む。

 と、今度は日高が、入れ替わりにテーブルに置いた中学の卒業アルバムを見てなにかを思い出す。

「それを言ったらホウちゃんだって、中学の時わたしがカツ上げに遭った時よく助けてくれたじゃん。必要なら竹刀持ってきたこともあったし」

「えー?あったっけそんなこと?」

「あったよー!そっちこそ忘れてんじゃん」

 こうして笑いながら話す2人を見て、光秋は率直に思う。

「お二人って、どっちかが男の人なら今頃結婚してますね」

「……そうだね。なんなら今から同性婚ができる州に移住する?……て、今のホウちゃんにはコウちゃんがいるからダメか」

「だからそういうんじゃないって!」

「はいはい。あ、お茶のお代わりね」

「……ありがとう」

 日高がポットからお茶を注ぐと、伊部は膨れながらビスケットと一緒にそれを味わう。

 そんな様子を見て、光秋は微笑みながら思う。

―ホント、仲いいな……―

 

 お茶のお代わりとビスケットの摘まみを挟みつつ、3人は中学のアルバムを見ていく。

―あ、ここにもいる……ここにも……ここにも…………いよいよもって凄いな僕……―

 例の如く伊部と、その近くにいる日高を悉く探し当てる自分に、光秋は再三感心する。

 その間にも、道着に身を包んで竹刀を持った伊部の写真を見付ける。

「あ。これ前話してた剣道部の頃ですね」

「え?どれどれ?」

 言いながら、伊部は紅茶を一口飲んで顔を寄せる。

 と、

「……あれ?」

体を傾けた途端に伊部の上体がテーブルに倒れ込み、その拍子に紅茶がこぼれる。

「伊部さん!?」

「ちょっと、大丈夫!?」

 光秋は慌てて伊部を起し、咄嗟にアルバムを持ち上げて汚れから守った日高も心配した顔を向ける。

「んー?……だいじょうぶ……ただ、なんかほんわかする……」

 光秋に肩を掴まれてなんとか姿勢を保つ伊部は、どこか虚ろな目を向けて応じる。

「……とりあえず台拭きを」

「だね。ついでに薗子さん呼んでくる」

 光秋に応じると、日高はアルバム2冊をテーブルから離して部屋を出ていく。

―手を離したら倒れるな……これは……―

 掴んだ肩を通じて感じる伊部の様子――殆ど力が入っていないこと――に、光秋は既視感を覚える。

 少しして台拭きを持った日高と、慌てた様子の佐々木が入ってくる。

「法子さんの様子がおかしいと……」

「はい。体に力が入らなくて。あとどこかぼーっとしてます」

 歩み寄ってきた佐々木に、光秋は事情を説明する。

「失礼ですが、出していただいたもの、例えばお茶になにか入れましたか?」

「いえ、特に変わったものは……いつも使っている茶葉で淹れて、砂糖とブランデーを少量加えたくらいですが」

「……すみません、今何を加えたと?」

 佐々木の答えに一瞬呆然としつつ、光秋はもう一度訊く。

「?……砂糖とブランデーを……」

「ブランデーって、酒の?」

「はい……?」

「それだ」

 わからないという顔をする佐々木の後ろで、日高はテーブルを拭きながら納得する。

「ですね。この症状、どう見ても酔っ払ってる」

 相槌を打ちつつ、光秋は改めて酔った伊部に顔を向ける。

「え?あの……」

「あぁ、薗子さん知らなかったっけ。ホウちゃんお酒に弱いの」

「え!そうだったんですか?」

「ごめん。わたしも言うの忘れてた……」

 事情が解ってハッとする佐々木に、日高は尻の座りが悪そうに詫びる。

 その横で、光秋はよく通る声で伊部に呼び掛ける。

「伊部さん。少し横になりますか?」

「うーん……そーだねー……」

焦点の合っていない目で伊部が応じると、光秋はその上体をゆっくりと横たわらせ、日高が渡してくれた枕を頭の下に敷く。

 ほどなくして伊部は目をつむり、寝息を立て始める。

「……すみません。私がよく確認しなかったから……でも小さじ1杯くらいですよ?」

「ホウちゃんはそれでもダメなんだよ。成人式の夜みんなで集まって飲んだけど、その時は大変だったなぁ……」

―大変だったって何が…………て、訊かない方がいいな―

 佐々木に向けた日高の説明、そして思い出話に、光秋は興味を抱きつつもそれ以上訊いてはいけないという直感を覚え、深く追求することを避ける。

 ふと部屋の時計を見ると、間もなく3時になろうとしている。

―けっこういたな……潮時かな?―

 そう思うと、光秋は日高と佐々木の方に顔を向ける。

「時間も時間だし、伊部さんもこんなだし、そろそろ帰ります」

「時間って……まだ早い気がするけど?まぁでも、ホウちゃんがこれじゃあねぇ……わかった。送ろっか?……て、一応私もお酒飲んだから車はダメかな?」

「それなら私が」

「大丈夫です。僕がおぶっていきます」

「この雪の中をですか?」

 2人の提案を断る光秋に、佐々木が少し驚いた顔をする。

「別に吹雪じゃなし、除雪もしっかりされてたから歩き易かったですよ。それに前にも1回介抱して帰ったことありますから」―……もっとも、距離と道の状態を考えると、前より少しキツイかな……?―「それに、これでも男ですから。これくらいやらせてください」

 束の間不安を覚えつつも言い切ると、光秋は自分のカップに残っている紅茶を飲み干し、衣紋掛けからコートを取って羽織る。

 伊部のコートも取って歩み寄ると、

「それなら、せめて帰り支度だけでも手伝わせてください」

言いながら佐々木が両手を伊部にかざし、物を抱え持つ動作に合わせて伊部の体が宙に浮く。

「佐々木さんてサイコキノだったんですか」

 その事実の少々関心しつつ、光秋は伊部にコートを着せていく。

「はい。レベル3です。ちょっとした力仕事もこなせるので便利ですよ。特にこの時期は除雪作業が他所(よそ)より楽で」

「なるほど……」―敷地内の除雪が行き届いてたのもこの人のおかげか―

 庭の様子に合点すると、光秋は伊部に背を向けて屈み、佐々木によって伊部が背に乗ったのを確認すると、そのまま玄関へ向かう。

 伊部を落さないように注意しつつ靴を履き、佐々木が念力で伊部の足に靴を履かせてくれると、光秋は日高と佐々木の方に振り返る。

「変な帰り方になってすみませんでした」

「うんうん。わたしの不注意だから気にしないで。またホウちゃんち来る機会があったら、家にも来てよ。今度はブランデー入りじゃない紅茶御馳走するから」

「そうさせてもらいます。ではまた」

「じゃあね」

「お気を付けて」

 日高と佐々木の見送りに一礼で応じると、光秋は伊部を背負い直し、伊部家へ向かう。

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