よろしくお願いします。
64 仕事はじめ
2010年12月31日金曜日午後9時半。
岩手の伊部家から京都の職員寮に戻った光秋は、伊部父お手製の焼肉弁当の夕食を摂り、弁当箱を洗って入浴を終えて、あとは寝るだけというパジャマ姿をコタツに突っ込み、距離があるためにいくらか見え辛いという不満を覚えながら年末恒例の歌合戦を視聴している。
―……大晦日ってことでつい買ってしまったが…………―「年越しまで起きてるわけにもいかんからなぁ……」
人気の男性アイドルグループが歌う流行歌を左耳のイヤホン越しに聞きながら、冷蔵庫に仕舞ったカップ蕎麦に思いを馳せ、明日から再開する仕事のことを思う。
午後10時。
盛り上がりを見せる歌合戦に多少の心残りを覚えつつ、寝る準備を整えた光秋は梯子を上ってベッドに腰を下ろす。
―明日からまた仕事……“夢”を持って挑む初めての仕事なんだ。今まで以上に気を引き締めよう―
静かな決意を胸に抱くと、灯りを消してメガネを枕元に置き、布団を被る。
その夜は、伊部家で過ごした2日少々のことを夢に見ながら、穏やかに眠ることができた。
2011年1月1日土曜日午前6時。
携帯電話のアラーム音に目覚めた光秋は、昨日買ったカップ蕎麦を朝食にして支度を整えると、ESOのコートを羽織り、灰色のカバンを提げて京都支部へ向かう。
5分程歩いて正門前に差し掛かると、2メートルの巨漢が目に入る。
「藤原三佐!」
「おぉ、加藤。今朝は早いな」
「はい。明けましておめでとうございます」
「ウム。おめでとう。今年もよろしく頼むぞ」
「はい」
藤原三佐との新年の挨拶を交わしながら、光秋はエレベーターで地下1階へ下り、藤原隊の待機室へ向かう。
部屋に入って明かりを点けると、光秋は手近な椅子の足元にカバンを置く。
「ところで、どうだった?伊部の家は」
「ちょっとドタバタしましたけど……行ってよかったです」
コートをロッカーに仕舞って椅子に腰を下ろして新聞を広げながら問う藤原に、光秋は伊部家とその周辺でのできごと――家庭の温かさや市井の活気、圧巻の日高家、自分が知らない法子の思い出、なによりも綾と会えたこと、そして三人の曖昧な関係をどうするか――を思い出し、多少胸にシコリを感じながらも嬉々として応じる。
「それはよかったな。儂らも勧めた甲斐があった」
「どうも……三佐たちは、あの後どうでした?」
「小田たちのことは知らんが……儂は東京の実家に顔を出しに行った。久しぶりに帰ったからな。気を抜き過ぎてうっかり飲み過ぎて、周りに怒られてしまったわ」
質問で応じる光秋に、藤原は苦笑いを浮かべる。
「あぁ、それとな、今朝は全員に連絡があるから、揃うまでここにいろ」
―……法子さんが言ってた仕事か―「了解です」
法子の部屋での会話を思い出しながら応じると、光秋はロッカーにコートを仕舞い、テーブルを挟んで藤原の正面の椅子に座る。
ちょうどその時、小田一尉と法子が入ってくる。
「「おはようございます」」
「ウム。おはよう」
「おはようございます。それと、明けましておめでとうございます」
藤原に続いて応じると共に、光秋は2人にも新年の挨拶をする。
「おぉ。おめでとう」
「おめでとう」
小田と法子もそれに返すと、2人もコートを仕舞い、小田は藤原の右隣に、法子は光秋の左隣に座る。
―…………そういや、今年年賀状出さなかったな。誰の住所も訊いてなかったし……その内訊いて来年は出すか―
今更なことを思い出しながら、光秋はドアを見て竹田二尉が来るのを待つ。
そんなことを思った直後にドアが開き、
「うーっす」
未だ眠気が抜け切らない顔をした竹田が入ってくる。
「明けましておめでとうございます」
「おー。おめでとさん」
間延びした返事を光秋に返すと、竹田もコートを仕舞って光秋の右隣に座る。
「よし。みんな揃ったな」
一同を見回しながら確認すると、藤原は説明を始める。
「先日連絡したと思うが、年明け早々に重要な仕事が入った。
―警護か……にしても、東京か……―
説明を聞いて、光秋は少しだけ不安になる。東京への苦手意識はなかなか抜けない。
「新年早々またメンドーな……」
「それが俺たちの仕事だろうが」
竹田の愚痴に、小田が叱る様に言う。
「もっとも警護と言っても、儂らは非常時の予備人員扱いだそうだ。このところ物騒な事件が多いから、念には念を入れるということだろう。万が一に備えて会場の近くで待機だ」
「……ちなみに『万が一』と言いますと?」
藤原の補足に、法子が控えめに問う。
「まぁ、過激な政治団体の押し掛けや、パーティー参加者を狙ったテロ辺りだろうな。政府や軍の高官も多数参加されるそうだ。もちろん、会場周辺には検問も設けるそうだが。あとは…………いや……」
―……DDシリーズ、か―
最後の方で言葉を濁した藤原に、光秋はサン教ベース制圧戦で乱入してきたDD‐02・ナイガーのことを思い出す。
―あの時は本当に唐突だったもんな。正に神出鬼没というべきか……あんなのがいつ現れるかわからない以上、大事な行事の守りは備えておくに越したことはないか―
思いつつ、上着の内ポケットに仕舞っているカプセルを意識する。
「儂らは明日の午後に支部を立ち、東京本部で細かな打ち合わせを行い、当日はそこの寄宿舎に泊る。各自今日の内に準備を整えておくように。とりあえずこんなところだが、他に質問はあるか?」
追加説明を終えた藤原の問いに、一同は沈黙を返す。
「よろしい。では、各自仕事に掛かれ。加藤は儂と」
「「「「了解」」」」
号令を出すと藤原は席を立ち、一同と共に応じた光秋はその後に続いて部屋を出る。
―……いずれにしろ、早速やりたいことをやれる機会が来たってことだ―
藤原に続いて最寄りのエレベーターに乗り込みながら、改めて伊部家でのこと――伊部母との会話を思い出す。
―鬼が来るか蛇が来るか知らないが……やってやるまでだ!―
そうして不安をやる気に変えると、エレベーターの扉が開き、藤原と共に訓練へ向かう。
運動棟の屋内アリーナに着くと、光秋と藤原は準備運動で体をほぐし、基本動作の練習で手足を慣らすと、組手を一本行って互いの様子を視る。
結果は、藤原の猛攻に光秋は防戦一方となり、2、3回蹴りや突きを仕掛けるもことごとく防がれ、何もできない焦りから腰溜めにした右拳を放とうした隙を突かれて鳩尾に一撃食らって負けた。
―法子さんちでのんびりし過ぎたか?流石にこれはなぁ……―
体の鈍りを否応なく思い知らされ、光秋は少し恥ずかしくなる。
「ウム。調子はいいようだな」
「いえ、何もできませんでしたが……」
そんな気持ちに反して納得した様に頷く藤原に、光秋は恥を上乗せする思いで訂正を入れる。
「儂の攻撃にはちゃんと対処できていた。最後に大きな隙を作って墓穴を掘ったのはいただけないが、調子自体はいいようだ」
「はぁ……」―まぁ、言われてみればそうか?……それなら―
指摘されて思い出した様に両腕に鈍い痛みを覚え、藤原の重い突きを受け止め、時には避けていたことを思い返し、少しだけ自信を取り戻す。
その横で藤原は考える顔をすると、ややあって話しを再開する。
「……だいぶ動けるようになってきたようだし、そろそろ次にいってみるか」
「次?」
唐突に出てきたその言葉に、光秋は一抹の不安と若干の期待を覚える。
「今まで儂は、敢えて超能力を使わなかった。だが、現場で対峙する超能力者、特にサイコキノやテレポーターの様な直接攻撃に向く能力の場合、それを用いて攻撃してくる可能性が高い」
「……それは、確かに」
近いところでサン教ベースでのことを思い出しながら、藤原の説明に深く頷く。
「無論、そんな相手には武装したりEジャマーを作動させた上で対峙するのが当然、お前の場合はニコイチを用いのも手だが、まぁ非常手段として身に付けておくに越したことはないということだ。選択肢は多い方がいいだろう」
「はぁ……」
藤原の説明に、光秋はいまいちわかりきっていない曖昧な返事をする。
「まぁいい。善は急げだ。早速やってみるぞ。もう一本組め」
「はい」―さっきの今だが、大丈夫かな?―
早速の実践――それも褒められつつも結局ついさっき負けたばかり――に不安を覚えつつも、藤原の指示に従って距離を取り、両足を肩幅に開いて軽く握った両拳を腰の辺りに持ってくる。組手を始める際の構えだ。
それを確認して同じ構えをとった藤原は、よく通る声で説明する。
「基本は今までと変わらん。だが儂の方は少しだけ念力を使わせてもらう」
「……大丈夫なんですか?」―勝ち目がないような…………―
話の流れから察していたことではあるが、いざ口にされるとどうしても弱気になる。
「ちゃんと加減はするし、あくまでも攻撃補助だ。心配するな。始めるぞ!」
「はい!」
藤原の指示になんとか不安を押し退けると、光秋は左半身を前に出して攻撃体勢に入る。
「はじめ!」
「!」
号令を聞くや一気に距離を詰め、顎に左拳を放つ。
それを藤原が左腕で受けるや、空いた左脇から鳩尾目掛けて右拳を通そうとする。
が、
「!?」
少し動かしたところで右腕が分厚い壁に阻まれた様に止まり、何が起こったのかわからないことに動揺した一瞬の間に藤原の右拳が鳩尾に叩き込まれる。
「グッ!」
胸を貫く程の衝撃に肺の中の空気が抜ける音を上げると、思わず構えを解いて数歩下がってしまう。
「……今のは?」
「念力でお前の右腕を止めた。サイコキノにはこんな戦い方もできる」
ある程度痛みが治まった光秋の問いに、藤原は簡潔に答える。
―なるほど。実戦ではこんなこともある、か……人によっては移動そのものを止められることもあるんだから、正攻法で挑んでも無理ってことか―
痛みが引き切ったので姿勢を正しながら、光秋は今の一戦の意味を噛み締める。
「一つアドバイスだ。どんな者も、行動を起こす前は目を動かして未来位置を確認する。それを利用することで相手の行動を読むことができる。つまり、戦う時は相手の目に注目しろ」
「目、ですか……」―そういえば、昔空手習った時にもそんなこと聞いたな―
藤原に応じつつ、光秋は小さい頃の記憶を思い出す。
「それを踏まえて、もう一本やってみるぞ」
―……小さい頃は聞いても上手くできなかったが……いや、まずはやってみるか!―「わかりました。お願いします!」
心中に断じ、不安を振り払うと、光秋は再度身構える。
「はじめ!」
―目を見る!―
号令が掛かるや藤原の目を凝視し、徐々に間合いを詰めつつ先の一手を読もうとする。
「!」
僅かに目が動いたのを捉えるや反射的に左腕を前に出し、左手を突き出す様にして放たれた念の弾を受け流す。
が、
「ゲッ!」
直後に大股で距離を詰めた藤原の右拳が鳩尾を直撃し、再び肺から空気が抜ける音を響かせる。
―今のは……フェイントか…………始めたばかりとはいえ、まだまだ前途多難だな―
胸の激痛に体を曲げながら、光秋は現状を噛み締める。
午後0時。
―あー、疲れた…………―
小休止を挟みつつ、午前中を超能力併用戦の練習に費やした光秋は、冬真っ只中にも関わらず火照った体を引きずる様にして食堂へ向かう。
受付でトレーを受け取ると、藤原と共に手近の空いている席に座る。
「……あんまり進歩ありませんでしたね」
白飯とみそ汁、揚げ物の盛り合わせの定食に箸を付けながら、結局藤原に一撃入れるどころか、まともな対処ができなかったことを思い出して嘆息混じりに呟く。
「まだ始めたばかりだ。そうすぐにできるわけではない。継続こそが“力”だぞ」
「それはそうですが……」
わかっていてもつい気弱になってしまう自分に、光秋はさらに落ち込む。
と、
「加藤二曹。藤原三佐も。ここよろしいかな?」
「……大河原主任」
灰色のツナギの上に緑のコートを羽織った大河原主任が、藤原の左隣に着席を求めてくる。
「えぇ。どうぞ」
「では、失礼して」
藤原の勧めに応じると、大河原は鯖の味噌煮定食が載ったトレーを置いて椅子に座る。
「……なんか、珍しいですね。主任がここで食事なんて」
「ん?そうでもないぞ。よく利用するが。今まではタイミングが合わなかったのかもな」
「あぁ」
ふと思ったことに応じてくれる大河原に、光秋は相槌を打つ。
「東京なら女房が弁当持たせてくれるところだが、単身赴任中じゃあなぁ……」
「はぁ……」
冗談とも愚痴ともとれる大河原の自虐的な微笑みに、後者なら自分もその原因となっている光秋は返事に困る。
「まぁ、そんなことはいいんだ…………食事中すまんが、ちょっといいか?」
「はい……?」
ややあって微笑みを引っ込め、思い詰めた顔をする大河原に、光秋は肩が強張るのを感じつつ応じる。
「三佐はすでに知ってるでしょうが、サン教のベースから回収したあのロボット」
「あぁ」
大河原の確認に、藤原は飲んでいたみそ汁のお椀を置いて頷く。
「アレについて、俺は君に謝らねばいけないかもしれない」
「?……どういうことです?」
唐突な切り出しに、光秋は戸惑ってしまう。
「10月の演習の時、君はゴーレムの様な兵器ができることで新しい争いが起きるのではないかと危惧したな」
「……あ、はい」
言われて、演習前日に交わした会話を思い出す。
「あの時俺は、ESOや合軍の管理体制を信じろと言ったな。しかし…………」
消え入りそうな声で続けながら、大河原は曇った顔を俯ける。
「……まさか…………情報漏洩、とか?」
「……」
声の大きさに注意しつつ半信半疑に問う光秋に、大河原は黙って首肯する。
「制圧戦の時に押収したサン教の機体……確か、アポロンとかいったか、それの実物と、ベースにあった開発データを調べたところ、ゴーレムの脚部の構造が流用された可能性が出てきた」
「……僕は殆ど対峙してなかったんでよくわからなかったんですが、やっぱり?…………それで、僕に謝らなきゃいけないって?」
「あぁ……本当にすまん」
言いながら、大河原は深々と頭を下げる。
「俺が体制側の管理能力を過大評価していたのかもしれん。あるいは葵社で……」
「葵社?」
「葵重工。ゴーレムの開発元だ」
首を傾げる光秋に、藤原が補足を入れる。
「どうであれ、君が危惧していた事態を招いてしまったのかもしれん……おそらく、他の反体制勢力にも情報が渡った可能性も…………」
「……とりあえず、頭上げてください。可能性の話で悩んでも仕方ありませんよ」
弱々しく頭を下げ続ける大河原を見ていられなくなったこと、なによりも憶測の域を出ない情報に迂闊な判断はできないと感じた光秋は、まずそう促す。
「そうだが…………」
「それに、主任言ってくれたじゃないですか。それで物騒なことになった時が僕の仕事だって」
顔を上げてくれたもののまだ優れない大河原に、光秋は意識して明るく続ける。
「何が来ようと、僕は僕の仕事を……一般人を守るということを続けるまでです。そして、それを続けるには主任の様に僕たちを支えてくれる人が必要なんです。だからあの日の熱弁通り、もしもの時は責任を取ってください。僕たちが仕事を一層頑張れる様にするという形で」
「二曹……」
多少照れながらも思ったことを言い切る光秋に、大河原はやっと力が抜けた顔をしてくれる。
「それに、情報漏れについては主任が気に病むことはありません。それはそういうことに関わった人の問題ですから。もちろん、ゴーレムを作った、それに関わったことに責任は生まれるかもしれないでしょうが、それについてはさっき言った通りに」
「……そうだな。俺は技術屋としての仕事をするまで、か……ありがとな、二曹」
さらに続ける光秋に、大河原は穏やかな表情で応じる。
と、それまで横で聞いていた藤原が髭の濃い顔を笑みに歪める。
「加藤らしいな」
「なにか?」
「いや……それより、早く食べるぞ。昼休みが終わってしまう」
「……ですね」
藤原の指摘に光秋が応じると、3人は会話で滞っていた食事を再開する。
午後7時。
職員寮の自室に帰宅した光秋は、灯りとエアコンを点けると、浴槽の蛇口を回して風呂を入れながら、今日一日の訓練成果を思い返す。
「結局、一度も三佐に当てられなかったなぁ…………」
疲れを含んだ溜め息を吐きながら、念の拳を捌き損ねて薄っすら痣になった左頬を撫でる。他にも実物・念双方の拳によって生じた痛みが体中に走り、それがますます気分を沈めさせる。
しかし、
「……さて、落ち込んでばかりもいられない。明日に備えて荷物まとめるか」
意識して腹から断じる声を出すと、居間に戻って灰色のカバンに着替えや必要な物を詰めていく。
少しして荷造りを終えると、制服を脱いで一杯になった風呂に入る。
「うっ!…………うぅー……」
お湯に浸かって血行がよくなった体にさっき以上の痛みが走り、思わず顔を歪める。
1月2日日曜日。
昨日に引き続き、光秋は藤原の超能力併用戦の訓練を続ける。
何度も続けている内に慣れてきたのか、未だ藤原の許に一撃届けることは叶わないものの、昨日よりは捌き損ねる回数が減ったように感じる。
しかし、
―……いや、これって三佐の癖に合わせられるようになっただけじゃないか?それじゃダメだよな。三佐を相手に対処するわけじゃないんだから……『目を見る』ってのも上手くできないし…………ニコイチに乗ってる時は、感覚的に攻撃がわかって対処できるんだけどな……!―
大した進展がない焦りか、休憩中に浮かんだ誘惑を、光秋は頭を振って追い出す。
―ニコイチに頼り切りじゃダメだって思うからこうしてるんじゃないか!……それに、昨日の今日だ。そんなすぐ上達するわけない。三佐も言ってたじゃないか。『継続こそが“力”』だって……―
「よし、再開するぞ」
「はい!」
自身を叱責し、焦る気持ちを鎮めると、藤原の呼び掛けによく通る声で応じる。
間にいつもの基礎練習や射撃訓練、休憩を挟みつつ、転がりながらも訓練を続けると、いよいよ東京に立つ時間になる。
午後4時。
隊の待機室に集まった一行を、藤原は見回して確認する。
「よし。全員いるな。では予定通り、伊部と加藤はニコイチで先発しろ。儂らはもう少ししたら来るテレポーターの迎えを待つ。向こうの本舎前で合流だ」
「「「「了解」」」」
応じると、光秋はコートを羽織って荷物の入ったカバンを提げ、法子はそれに加えて折り畳んだ補助席を抱えて駐車場へ向かう。
上着から出したカプセルからニコイチを出現させ、すぐに乗り込んで認証を済ませると、光秋は右手に乗せた法子をコクピットへ招く。
操縦席の左脇に補助席を取り付け、それに座った法子がシートベルトを締めたのを確認すると、光秋は操縦席を機内に下ろしてハッチを閉め、一通りの確認をする。
「準備いいですか?」
「うん」
「じゃあ、行きます」
法子の返事を聞くと、光秋は左膝を着いているニコイチを立ち上がらせ、右ペダルを軽く踏んでゆっくりと雲の高さまで上昇する。
地図で現在地と目的地の位置関係を確認すると、針路を北東に向けて前進する。
―……そういや、岩手から戻ってから2人……いや、3人きりになるのはこれがはじめてだな―
そう思うと沈黙が気まずく感じられるが、面白い話題を提供できるセンスなど光秋にはなく、結局静かな飛行が続く。
と、
「……そういえば、岩手から戻ってからはじめてだよね。このメンバーになるの」
「……そうですね」
法子が同じことを口にし、沈黙に耐えかねていた光秋はほっとしながら話に乗る。
「あれからどうです?綾との体の共有っていうのは?」―……ちょっと考えが浅かったかな?―
「私も、正直ちょっと不安だったけど、思ったよりなんでもなかったな。普段は全部私が引き受けてるし、綾と代わってる間も記憶は共有してるから。こんなふうにね……」
言ってからデリケートな問題に無遠慮に触れてしまったかと心配する光秋に対し、法子はいつも通りの様子で応じると、頭を項垂れる。
「……アキ、あたしには『明けましておめでとう』って言わなかった」
―……なるほどね―「あー……その……ごめん。考えが及ばなかった」
顔を上げるや睨みつけてくる綾に、光秋は法子の説明に納得しつつ素直に頭を下げる。
「要するに、あたしのこと忘れてたの?」
途端に綾の眼光が鋭さを増し、頭頂周りの髪が念力で上へ引っ張られる。
「……あの、綾さん、痛いです」
「ふん!」
控えめに訴えるも、綾は腕を組んでそっぽを向いてしまう。
その間も念で髪を引っ張ることはやめず、綾の機嫌が直るまでの間、光秋は頭に痛みを覚え続ける。
―……でもまぁ、こんなことができるのも、綾と普通にコミュニケーションが取れるようになったが故か―
形こそひどいものの、つい先日までは夢の様だったこと――綾と普通に接していることに、光秋はちょっとだけ微笑みを浮かべる。
そんな2人――3人を胸に抱えながら、ニコイチは一路東京を目指す。
1時間程飛んで東京本部上空に着くと、光秋は敷地内に手ごろな広い場所を見付けてニコイチを着地させる。
はじめに荷物をまとめた綾を右手で下ろし、自身もカバンを提げてリフトで降りると、ニコイチを収容したカプセルを上着の内ポケットに戻す。
「さてと、本舎はこっちだったよな。行こう、綾」
「うん」
上空で確認した建物の位置関係を思い出して歩き出し、綾も左隣に並んでついていく。
「その…………さっきはごめん。ちょっとやり過ぎた……」
「別にいいよ。僕の落ち度でもあったんだし」
「……でも、謝った方がいいよって法子が……謝らないと嫌われるって……」
―法子さんめぇ……―「あれくらいで嫌いになるなら、あの時土下座なんてしないよ……まぁ、ちょっと痛かったが」
「……ごめん」
「終わったことは気にしない!」
「きゃん!」
言い切るや光秋は綾の頭をわざと乱暴に撫で、綾はくすぐったそうな声を漏らす。
そんなじゃれ合いを交えつつ、2人は本舎へと進んでいく。
本舎の玄関先に着いて待つことしばし。正面に広がる駐車場に、大勢の人がテレポートで現れる。その殆どはESOの緑服――おそらく藤原隊の様に応援に来た者たち――だが、スーツ姿の者や合軍の青服も少数混ざっている。
「……藤原三佐!」
本舎へ入っていく人の波の中に藤原たちの姿を見付けるや、光秋は手を振って一行に呼び掛ける。
「おぉ。待たせたな」
「いえ。私たちもさっき着いたところです」
綾と交代した法子が応じると、藤原を先頭にした一行も人の波に混ざって本舎へ入っていく。
会議室に入って当日の打ち合わせを済ませると、部屋から吐き出された人々に混ざって一行も宛てがわれた寄宿舎へ向かう。
「オレたちは詰所で待機か。ちっとは楽ができますかね?」
「バカ言え。有事に備えての待機なんだ。リラックスならまだしも、必要以上に弛んでたら承知しないぞ」
「へーへー。了解っす」
前を歩く小田と竹田のやり取りを聞きながら、光秋は会議室での説明を思い返す。
―本当に偉い人たちが大勢来るんだな。各州の政府高官とか、軍や警察のトップとか……各地の王族とか―
統一政府が存在するにも関わらず未だに王族といわれる人々がいることに一瞬違和感を覚えるものの、すぐに藤原から習った歴史を思い出す。
―確か、合衆国樹立を急ぐあまりその辺の問題が曖昧なまま話が進んだんだっけ。といっても、合衆国樹立以前から各地の王族は直接的な“力”を持たない、“象徴”としての存在意義が強まっていたようだけど…………“象徴”、か…………―
その言葉に再度違和感を覚えながらも、光秋は先を行く藤原たちを追って部屋へ向かう。
午後6時。
部屋に荷物を置くと、藤原隊一行は食堂へ向かう。
各々注文を終えて1つのテーブルにまとまって座ると、光秋は刺し身定食に箸を付けながら周囲を見回す。
―ここでの食事も査問に来た時以来だな。あの時は沖一尉もいたっけ―
「どうしたの?さっきから遠く見て」
「あぁ、ここで食事するのも久しぶりだなぁって」
左隣でアジフライを摘まみながら問う法子に、光秋は鮭の刺し身を白飯と一緒に口に運びながら答え、
「……今、他の女の人のこと考えなかった?」
「言う程考えてません」
左耳に口を寄せて小声で訊いてくる綾に答えながら、背筋に寒気を覚える。
と、
「み、みなさんいらしてたんですね」
「……沖一尉!?」
やや震えた声で呼び掛けられたと思うや、法子の左隣に座る小田がトレーを持って傍らに佇む沖を見て驚きの声を上げる。
「……仕事は?」
「さっきひと段落着いたところでして。ご飯を食べに来たら
「ど、どうぞ……」
若干上ずった声で応じ、問い返す沖に、小田もぎこちない様子で左隣の椅子を勧める。
―噂をすればか……にしても、なんで2人共あんなカクカクした動きなんだ?……どっか調子でも悪いのかな?―
油の切れた機械の様に鈍い動きで座る沖と、他人の手でも使っているかの様に頼りない動作で食事を続ける小田。そんな2人の心境にまで思い至らず、光秋はとりあえず体調への不安を覚える。
「一尉
「?」
2人に同情の目を向ける竹田に首を傾げつつ、光秋は鯛の切り身を白飯と一緒に口に入れる。
藤原隊――小田を見付けて隣に座れたはいいものの、その先をどうしていいかわからない沖は、味などろくに判らない夕食を機械的に口に運びながらどうにか思案する。
―何してるの沖愛!折角小田さんと生でお話しできるチャンスを棒に振るの?何の為にさり気なーく今日の大まかな予定をメールで確認して、食堂で
自分への叱咤激励と不安が心中に入り混じり、沖の口はますます重くなる。
その右隣では、口と両手以外石の様に固まった小田が、心の中で頭を抱えていた。
―ま、まさかここで沖さんに会うとは……!さっきからずっと黙ってるが、何か気に障るようなこと言ったか?それとも、こういう時は男の俺から話題を提供すべきか?……それがいいな。さてどんな…………こんな時に限って何も浮かんでこねぇ!!メールの時はまだきちんと会話が成立するのに!……俺って奴は…………―
こうして表向きは静かに、心の中では絶叫を続ける男女を傍らにしつつ、藤原隊の食事は続く。
独特の雰囲気を醸し出す2人を傍らにした夕食を終えると、藤原隊一行はそれぞれ部屋に戻り、男性陣はシャワー室へ向かう。
脱衣所で服を脱いで各々個室に入ると、光秋は体を洗いながら、壁越しに右隣の小田に呼び掛ける。
「小田一尉」
「んー?」
「さっき調子悪い様子でしたが、大丈夫ですか?」
「調子悪い?俺が?」
「箸の進みが悪かったというか……突然口籠っちゃったし」
「!…………いや、あれは何でもない。お前が気にするな」
「はぁ……」
やや強めの小田の返事に、光秋は糢糊としながらも応じる。
「みんながみんな、お前とアヤみてぇに上手く進むわけじゃねぇんだよ」
「綾?」
「竹田!」
「~♪」
竹田が唐突に綾の名前を出したことに首を傾げていると、小田の羞恥を含んだ怒声が飛ぶ。もっとも、怒鳴られた竹田はシャワーで体中の泡を流しながら鼻歌を歌っているが。
「そんじゃオレ、先上がりまーす」
「儂も行こう」
シャワーを止めながら言うや、竹田と藤原は水気を拭きながら脱衣所へ向かう。
―……綾、かぁ―
2人が移動する気配を壁越しに感じながら、光秋は夏に一度別れた時のことを思い出す。
―結果的にまた会える……いつでも会えるようになったけど、あの時は本当に悲しかった。遅過ぎたって後悔もしてたよな…………―「一尉」
思い返していると、自分でも意識せずに口が動く。
「ん?」
「……大事なことは、早めに伝えた方がいいかもしれません。言わずに後悔するより、言って後悔するがいい」
「……なんの話だ?」
「……すみません。ちょっと浮かんできただけです。気にしないでください」
「?……」
首を傾げる小田を壁越しに想像しつつ、口が過ぎたと感じる。
―……それは、そのまま僕に返ってくるんだよな。法子さんと綾のこと…………ただそれは、もう少し時間を…………―
自分と法子と綾――ある種の三角関係を思い出すと、光秋はシャワーを頭から浴び、泡と一緒にもやもやした気持ちを洗い流す。
脱衣所でワイシャツに着替えて上着を腕に掛けると、光秋は小田と共にシャワー室を出る。
「あ、法子さん」
「光秋くん。小田一尉も。今上がったところ?」
「あぁ。三佐たちは先に行ったよ」
法子の問いに小田が返すと、3人はそのまま部屋へと向う。
「……ふと思ったんですけど、法子さんってこういう時、一人で寂しいって感じたりしますか?」
「どういうこと?」
唐突に浮かんだ疑問を口にする光秋に、左隣を歩く法子は訊き返す。
「こういう他所でなにかやる時――演習だったり仕事だったり、夜警の時もそうだ。泊りの時は法子さんいつも一人だから、寂しくないかなぁって」
「まぁ、藤原隊で女は伊部だけだからな」
詳しく話す光秋に、前を歩く小田が加わる。
「……ホントのこと言うと、ちょっと寂しかったかな。一尉の言う通りなんだけど、普段一緒にいるみんなと分かれて私だけ一人っていうのは……でも、今回はそうでもないかも」
「というと?」
光秋の問いに、法子は一瞬だけ顔を俯け、すぐにまた上げる。
―あたしがいるからね―
―……なるほど。仲よくな―
―うん―
「?」
テレパシーを介して綾との会話を行う光秋――傍から見れば無言で納得の様子を浮かべる2人に、小田は首を傾げながら前に向き直る。
それから少し進むと、3人はT字路に差し掛かる。
「じゃあ、私こっちですから。お休みなさい」
「お休みなさい」
「お休み」
左に向う法子にそれぞれ返すと、光秋と小田は右に向う。
「……ところで加藤」
「はい?」
「お前、ちょっと見ない間に伊部のこと名前で呼んでたな。どういう心境の変化だ?」
「そんな大袈裟なものじゃ……法子さんの家に行った時、あそこはみんな『伊部さん』だから、紛らわしくならないように名前で呼んでて、それに口が慣れてしまったようで……」
言いながら、光秋は伊部家でのことを思い出す。
「そうなのか……ま、隊員同士の親睦が深まるのはいいことだからな。特にお前社交性低いし」
「そんなはっきり言わなくても…………」
小田の端的な言い方に光秋が口を尖らせると、2人は藤原隊の部屋に入る。
「遅かったな2人とも」
「途中まで伊部と話しながら来ましたから」
2つ置かれている2段ベッド、その一方の上の段に胡坐をかいて明日の予定を確認していた藤原に小田が応じる傍ら、光秋はカバンの上に手荷物を置いて、空いている方のベッドの下の段に布団を用意する。
「……そういうや、今何時だ?」
「えー……ちょうど9時ですね」
藤原の下のベッドに寝転んで携帯電話をいじっている竹田の問いに、寝る準備を整えた光秋が、こちらも携帯電話をズボンのポケットから出して時計を確認する。
「明日も早いし、そろそろ寝た方がいいでしょう」
「そうだな」
「あ、その前に僕トイレ行ってきます」
小田と藤原のやり取りのそう返すと、光秋は部屋を出て最寄りのトイレへ向かう。
―……いよいよ明日か。何事もなきゃいいが……-
そんな本音とは裏腹に胸騒ぎを覚えながら用を足すと、冷え切った廊下に追い立てられる様に部屋へ戻る。