「…………!今は!」
新たな巨人の登場に束の間呆然としていた光秋は、気を取り直すと自身の下にいる入間主任と柏崎、入間に右手をかざす青いドレスの女性に目を向ける。
(主任っ!起きてよ主任!入間主任っ!)
(……)
うつ伏せに倒れたままの入間を揺すりながら柏崎は必死で呼び掛け、右手を伸ばしながらも腰を着いたままの女性はその様子を申し訳なさそうに眺めている。
と、
(……あんたの所為だ)
(え?)
(あんたがこんな所にいたから!主任が!)
「!何やってんだっ!」
怒りを顔一杯に浮かべた柏崎が女性に右手をかざそうとした瞬間、光秋はニコイチの操縦席を機外に出しながら叫び、すぐにリフトを伸ばして柏崎と女性の間に降り立つ。
女性を庇う様に立ちはだかる光秋に、柏崎は食って掛かる。
「退けよ!そいつがこんな所でチンタラしてたから主任が――」
「馬鹿言うんじゃないっ!」
「!」
鋭い視線と共に響いた光秋の怒声に、柏崎は目を丸くして押し黙る。
「入間主任はこの人を助けたんだ。それを、主任をそこまで慕う君が傷付けたら本末転倒だろう。それに、入間主任を傷付けたのはあの巨人だ。間違えるな」―……いや、今のは―
言ってから、一言多かったことを悔やむ。
「……アイツが!」
案の定、柏崎はニコイチの陰からNPの巨人を見上げ、強力な武器を失った所為か、滞空を続ける未確認機と屈んだニコイチを警戒しつつ背中の推進器を吹かして正門側に後退る巨人を睨み付ける。
「ただな」
今にも右手をかざして念力を放ちそうな柏崎に気付くや、光秋は膝を折って目線を合わせ、両肩に手を置いて努めて冷静に告げる。
「君が今すべきは、やり返すことじゃない」
「じゃあ何をしろって……」
今にも泣きそうな目で柏崎が反論しようとしていると、その後ろに黒髪のメガネと茶色い癖毛の少女2人がテレポートしてくる。
「やっぱり!入間主任!」
「桜ちゃんは大丈夫?」
「え?……あ、うん……」
現れるやメガネの少女は入間に駆け寄り、癖毛の問いに柏崎は少しだけ落ち着きを取り戻す。
そんな柏崎の様子を見て、入間の脈と呼吸を確認して気絶しているだけだと把握すると、光秋は今一番しなければならないことを告げる。
「とりあえず、まずは止血だ。君のレベルならEジャマーが効いててもそれくらいできるだろう?」
「え?……止血?」
「わかったら早くしろ。入間主任を助けたかったら」
「は、はい!」
一刻を争う状況にやや強い口調で言うと、柏崎は戸惑いながらも入間の左横に駆け寄り、腕と脚双方に手をかざし、――主に脚から――流れ出ていた血を止める。
「君たちは入間隊の……えーっと……」
「わ、私が柿崎で、そっちの巻き毛が北大路です」
咄嗟に名前が浮かばない光秋に、メガネ――柿崎が入間から一旦顔を上げて説明する。
「そうだったな……ん?テレポートで来たってことは、Eジャマー切れてるのか?」
「私たちもそこまでは……迎賓館の方で退避してたら、遠くで倒れてる主任が見えて、咄嗟にテレポートして……」
「てことは、切れてるんだな……なら……」
歯切れが悪くもなんとか説明する柿崎に、光秋は現状をどうにか把握して、入間を助けるために今できることを模索する。
―入間隊は確か、全員がレベル9の超能力者だったよな……―「柿崎さんはテレポーターなんだな?」
「は、はい!」
「北大路さんは?」
「サイコメトリーです!」
「ドンピシャ」―あとは……―
柿崎の答えに小さく歓喜すると、光秋は意識を集中して心の中に呼び掛ける。
―綾!―
直後、
「アキィ!」
叫び声と共に法子と交代した綾が迎賓館の方から飛んでくる。
「ひっ!?……この人……」
目の前に横たわる入間、その出血に、綾は思わず小さな悲鳴を上げる。
「あんまり見るな。それより、法子さんと代わってくれ」
「わかった」
その気持ちを察して頼みごとをすると、綾は顔を俯ける。
―本当はこんなところ、この子たちにも見せたくないんだがな―
光秋がそんな葛藤を覚えたのも一瞬、綾と交代した法子が顔を上げる。
「……これ、銃で撃たれた?」
「はい。今は柏崎さんに止血してもらってますけど……やっぱり、弾抜いた方がいいでしょうか?」
「抜くにしたって、ピンセットみたいなものはないよ?それにどの辺りに何発あるかわからないと」
「それについては、北大路さんにサイコメトリーしてもらおうと思います」
「私?」
突然話を振られて、北大路は少し驚く。
「それで弾の状態を把握して、柏崎さんの念力で取り出してもらう」
「そ、それなら私がテレポートでやります!」
続ける光秋に、柿崎が慌てて名乗り出る。
「いや。柿崎さんは入間主任の搬送に注力した方がいい。状況がどうなるかわからないからな。レベル9といっても、短い間にあっちこっち跳び回るのは大変だろう?だから今は、敢えて柏崎さんに頼みたい」
「……わかりました」
「でも、サイコメトリーした情報をどうやってサイコキノに伝えるの?弾の位置によっては、慎重に慎重を重ねて取り出さなきゃいけない所もあるかも」
早口の追加説明に渋々納得する柿崎の横で、法子は光秋の計画の問題点を指摘する。
「そこは……綾に頼みます」
「綾に?」
「テレパシーって、思考を繋げることもできるんでしょ?北大路さんが感知したものを、綾を介して柏崎さんに伝えれば……」
「なるほどね。それならやってみる価値はあるかも」
「綾には辛いかもしれませんが……」
同意してくれる法子に、光秋は申し訳ない顔をする。
「問題は、柏崎さんが弾を取り出す間止血をどうするかですが……上着でも巻き付けるか?」
「あの……」
最後の問題点に眉を寄せる光秋に、それまで呆然としていた青いドレスの女性が声を掛ける。
「私もサイコキノです。レベルこそ4ですけど、止血くらいなら」
「!……お願いできますか?」
「はい。というか、その子が代わるまでやってました。動揺が治まらなくて腕周りしか止められませんでしたけど……」
「あぁ、だからこっちの出血は少なかったのか」
女性の説明に、光秋は先程の手かざしと腕からの出血が少ないことを合点する。
「ただ……」
「はい?」
「……脚に力が入らなくて……」
「あぁ」―今ので腰が抜けちゃったか―
言い辛そうに顔を伏せる女性の状態を察するや、光秋はその許に駆け寄る。
「ちょっと失礼します」
「え?……え?ちょ……!?」
断りを入れるや返事を待たずに両腕で女性を抱きかかえ、動揺する女性を敢えて無視して入間の近くまで運ぶ。
「……」
法子――といよりも綾から鋭い視線を向けられるがこれも無視して、取り出しがしやすいように弾が掠ってボロボロになったズボンを両脚とも引き裂いて腿から脹脛にかけて負った傷口を露出させる。
「!……袖裂いて」
「はい」
心構えはしていたもののやはり走った背筋の悪寒をどうにか隅に押しやり、綾に頼んでコートとスーツの袖も念で裂いて同じく傷を負った両腕を露にすると、光秋は指示を出していく。
「それじゃあ北大路さん、お願いします」
「了解」
応じるや、北大路は腕と脚それぞれのそばに手を当て、両目を閉じて集中する。
「……怪我の殆どは弾が掠っただけで、出血が止まった今は落ち着いてる。でも、右脚に1発入ってる。太い血管の近くにあるから、慎重に取らないと余計酷くなるかも」
「なるほど。じゃあ綾、柏崎さん、準備を。それと……えっと……」
「涼子です。鷹ノ宮涼子」
「鷹ノ宮さん、止血お願いします」
「「「はい」」」
光秋の指示にそれぞれ応じると、綾は北大路と柏崎の頭に手を添え、止血役を引き継いだドレスの女性――鷹ノ宮はどこか荒かった呼吸を整えると、両手をかざして双方の傷口、及び腕と脚の付け根辺りに力を掛ける。
「準備できたよ」
「それじゃあ、右脚のやつ……お願いします!」
「「「……了解」」」
綾の報告に若干緊張を含んだ声で光秋が応じると、綾たち3人も硬い表情で返し、それぞれ一層意識を集中させる。
硬く目を閉じて弾の位置を把握する北大路、その頭に左手を置いた綾は薄っすら汗を浮かべつつ右手を置いた柏崎に情報を中継し、柏崎は両手をゆっくりと、非常にゆっくりと手前に引く動作をして、弾の通った跡に沿う形で弾を傷口へと引き寄せていく。
―頼む……!―
何か声を掛けたくなる衝動を覚えるが、今は余計なことは言わない方がいいと察し、口を結んだ光秋は知らぬ間に柏崎に祈る。
それを知ってか知らずか、柏崎は肌寒い気温にも関わらず大粒の汗が浮かぶ程に意識を集中させ、綾と北大路もより精度の高い情報を送ろうと先程以上に汗を浮かべる。
「「……」」
傍らの鷹ノ宮と柿崎が生唾を飲む中、永遠とも感じる時間の果てに、柏崎は傷口から弾を取り出す。
「はぁー…………!」
赤く染まった弾を見るや、柏崎は息を漏らしながら尻餅を着く。
「ご苦労様。よくやってくれた!」
念力が消えて地面に落ちる弾の音を聞きながら、光秋は体の力も抜けた柏崎に労いの言葉を掛ける。
「後は然るべき所に運んで消毒なり包帯なりだな。ここでできることはもうない。柿崎さん、とりあえず赤坂署に運んでくれ。後の指示はそっちで仰いで」
「わかりました!」
「じゃ……じゃあ、アタシが止血代わるよ……」
光秋の指示に柿崎が応じると、疲労困憊といった様子の柏崎が名乗り出る。
「大丈夫か?疲れてるみたいだけど」
「私がこのまま付いていきましょうか?」
「ううん。
不安そうに問う光秋と心配そうに申し出る鷹ノ宮に、柏崎は疲労を引っ込めて強く応じる。
「入間主任はアタシの主任なんだから……アタシがやらなきゃダメなんだよ」
「……わかった」
真っ直ぐに目を見て続ける柏崎に、光秋は若干の不安を残しながらも柏崎に任せることに決める。
「鷹ノ宮さん、柏崎さんと代わってください」
「よろしいんですか?」
「お願いします」
「……わかりました」
光秋の指示に心配を拭い切れないながらも応じると、鷹ノ宮はかざしていた両手を下ろし、入れ違いに柏崎が両手をかざして止血を続ける。
「その…………ありがとね。主任助けるの手伝ってくれて。それと……さっきはごめんなさい」
「?」
先程攻撃しようとした件を思い出したのか、言い辛そうに礼を述べ、頭を下げる柏崎に、鷹ノ宮は意表を突かれながらも意識して微笑んで応じる。
「いいえ。人を助けるのは当然ですから」
「僕は君がちゃんと謝れたことが驚きだな」
「悪かったな!」
「無駄口はそれくらい。そろそろ行きますよ!」
光秋の茶化しに怒る柏崎、そんな一同を急かす様に、柿崎がやや焦りを含んだ声を上げる。
「ですね。とりあえず綾、法子さんに代わって」
「うん」
「法子さんも付いていってあげてください。大人がいればなにかと事情説明しやすいだろうし」
「わかった」
「いいですか?じゃあ行きますよ!」
綾と交代した法子が光秋に応じると、柿崎は入間と柏崎、北大路、法子と共にこの場から消える。
鷹ノ宮と二人きりになるや、光秋は顔を廻らせ、入間の応急処置に集中していたために意識の外になっていた周囲の状況を確認する。
ニコイチ上空には茶色い人型が変わらず滞空しているが、こちらと、敷地内に取り残されて立往生している少数の来賓たちに単眼を向けるだけで特に行動を起こす気配はない。
正門側に顔を向ければその上空にも1機浮かんでおり、これ見よがしに右手に持った銃をチラつかせている。それを警戒してか正門前で行われていた銃撃戦は停止し、警備たちは正門側に、黒い巨人と合流したNPはY字路の奥に後退して、双方がお互いとも上空の人型の様子を窺っている。
迎賓館の裏手からは爆発音らしき音が響いているが、館が壁になっていて詳細はわからない。
―戦闘はひとまず落ち着いたか。もっとも、一触即発ではあるが……とりあえず今は―
状況確認から膠着中であると判断するや、光秋はニコイチのリフトに歩み寄る。
と、
「あ、あの……私まだ脚が……」
「あ、すみません」
弱々しい声で呼び止められて、光秋はリフトに伸ばし掛けていた手を止めて腰を着いたままの鷹ノ宮の許に歩み寄る。
―そうだ。この人も避難させないと。でも、この状況で何処に……仕方ない。これが無難か―「またちょっと失礼します」
「え?……ちょっ!」
しばし思案して断りを入れるや、光秋は再び鷹ノ宮を抱え、驚く彼女をニコイチの右手の近くへ運ぶ。
「状況が落ち着くまで、コレの中に隠れててもらいます。この近くではコイツの中が一番安全でしょうから。ちょっと待っててください」
鷹ノ宮を下ろすや光秋はリフトでコクピットへ上がり、ニコイチを再起動させて右手を寄せる。
「乗ってください。それとも、まだ脚ダメですか?」
「い、いえ……これくらいなら」
操縦席を機外に出して直に問う光秋に、鷹ノ宮は這う様にして右手に乗り込む。
―本当は抱きかかえて掌に乗せてあげるべきなんだろうが、流石に上がったり降りたりで手間が掛かるしな―
何度もニコイチを乗り降りするわけにはいかないとはいえ、気が利かないことに少々の罪悪感を覚えつつ、鷹ノ宮が掌に乗ったのを確認するとそれをハッチの上に上げる。
掌をコクピットに寄せて緩く傾けると、滑り台の要領で鷹ノ宮が操縦席のそばに移り、巻き込まれないのを確認すると機内に降りてハッチを閉める。
―さて、乗ったはいいものの……次どうするか……―
不安定な均衡の上に保たれている現状、迂闊に行動を起こせば簡単に崩れてしまう。その認識が、光秋に次の行動を決めかねさせる。
その時、
「!」
ニコイチの顔の真ん前にスーツ姿の男がテレポートしてきたのを見て、光秋は心臓を跳ね上げる。
「あの人は……サン教ベースの時の……」
特徴的な黒い癖毛に、初めて会った時のことを思い出す。
と、
(やはり君も来たね、白い犬君。君も僕の晴れ舞台を楽しんでくれ)
言うや癖毛の男――藤原曰くの「物部」は、宙に浮かびながらゆっくりと後退していく。
光秋たちが入間の応急処置を行っていた頃、藤原三佐は突如現れた物部を凝視していた。
「物部!お前本当に物部か!?」
「そうですよ藤原さん。正真正銘の
続く言葉を遮る様に振り下ろされた巨人の右拳を、物部は上方に念の壁を張って受け止める。
「まったく。再会の挨拶に水を差すなんて……これだからノーマルは」
不躾な者に幻滅する様に呟くや、巨人の拳がプレス機に掛けられたかの如く押し潰される。
直後にNPから銃撃の集中攻撃を受けるが、物部は足元に念の壁を張って全て弾く。
背後の巨人も手を失った右腕を鈍器代わりに振り下ろすが、物部は頭上にも壁を張ってそれを止める。
「EJC。携帯用は範囲が狭いのが難点だが、この程度なら充分かな?」
「!」
涼しい顔で受け止めた巨人の右腕を見上げながら物部は呟き、それを聞いて藤原はその背に自分と同じトランク状の箱が背負われていることに気付く。
もっとも、
「ぬっ!」
それ以上の思考を働かせる暇を与えないかの様に、物部は巨人の右腕を肩の辺りまで爆散させ、藤原は念の壁を張って小田一尉たちを降りかかる破片から守る。
無論、破片はNPたちの上にも降り注ぎ、彼らが混乱している間に物部は木々の中のトラックに接近し、荷台の上に積んでいるEジャマーの上に立つと右手をかざし、それを四方から掛けた念の圧力で押し潰す。
「超能力妨害装置、それとの同時運用を前提にした新兵器、いろいろと新しいオモチャを考え付くようだけど……」
言いながら、物部は右手をかざし、NPたちをトラックごと吹き飛ばす。
「所詮、君たちノーマルの努力なんてこの程度なんだよ」
横転した2台のトラックと、投げ出されて周囲に散乱したNPたちを冷めた目で見渡しながら、物部は上着のポケットに両手を入れて呟く。
と、腕を爆発させた衝撃で仰向けに倒れていた巨人のハッチが開き、頭から血を流した男が這い出てくる。
それを見るや、物部はテレポートでそのすぐ上に移動する。
「ひっ!?」
「残念だったね。折角の新兵器がすぐにオシャカになって。でも、当然の結果だからね」
怯える男に柔らかな笑みを浮かべると、物部は右手をかざす。
刹那、
「!」
藤原が右拳を突き出して念の弾を放ち、物部はそれを木々の頂の高さまでテレポートしてかわす。
「なんのつもりです?藤原さん。久しぶりに会った後輩に手を上げるなんて」
「それはこっちの台詞だ。貴様、今その男を殺そうとしたな」
飄々と問う物部に、藤原は槍の如く鋭い視線を返す。
「だから何だっていうんです?彼はNP――僕や藤原さんのような超能力者の敵ですよ?」
「…………お前は」
口周りだけの笑顔で淡々と応じる物部に、藤原は顔を伏せ、悲しみを含んだ小声を漏らす。
と、迎賓館の裏手に回っていた巨人が駆け付け、両手保持した銃を向ける。
「無駄なんだけどなぁ。Eジャマーも切れてるっていうのに」
放たれる弾丸を念の壁で弾きながら、物部は呆れた顔で右手を巨人にかざす。
しかし念を放つ直前、上空に控えていた人型が機体正面に念壁を張りながら巨人に突進し、横倒しになった巨人の歪んだハッチに左手を引っ掛けてこじ開けると、胸部ハッチから顔を出した長い黒髪を後ろに結った男が念で巨人のパイロットの頭部に衝撃を与えて気絶させる。
『総裁、戯れが過ぎます。そろそろ』
「……そうだね。僕も少しはしゃぎ過ぎた。長く留まると後で面倒だし、そろそろ本題といくかな」
拡声器越しの人型の声に応じると、物部は眼下の藤原を一見する。
「それでは藤原さん、見ていてくださいね。後輩の晴れ舞台を」
言うやテレポートでニコイチの許へ移動し、残された藤原は両手を握り締め、怒りと悲しみがない交ぜになった表情を浮かべる。
「物部…………」
空中浮遊をしながらニコイチから距離を取ると、物部はテーブルが倒れ、食器や食べ物が散乱した主庭の中央辺りに着地する。
(折角の晴れ舞台にコレはちょっと無粋だね。もう着けてる必要も薄いし)
言いながら背負っていたトランク状の箱を外して念力で2メートル程離れた場所に置き、周囲の散乱物を退かしてスーツに乱れがないか確認する。
―……何よしようてんだ?『晴れ舞台』?―
一連の言動の意味を理解できない光秋は、物部に警戒の視線を向けつつ首を傾げる。
と、
(……よし)
身嗜みを整えた物部は迎賓館に背を向けると、何かに集中するかの様にしばし目をつむり、再び開けると同時に指を鳴らして迎賓館の中や敷地の外から多数のカメラやマイクといった撮影機材を、ある物はテレポートさせ、ある物は念力で引き寄せる。
―!?……報道陣が使ってたやつか?―
おそらくは光秋の想像通りなのだろう。カメラやマイクの何台かからはケーブルが伸びており、安全と思える辺りまで逃げたカメラマンたちが現状を収めようと物部に盗られる直前まで使われていたのがわかる。
一方、突然の一人記者会見という予想外の行動に腰が浮きそうになるものの、光秋は努めて状況を整理しようとする。
その間にも、物部は自らが念力で操る多数のカメラに向かって語り掛ける。
(御機嫌よう、お茶の間のみなさん。新年明けましておめでとう。僕は物部冬馬。現在ある団体の総裁を務めている高レベル超能力者だ。そして、今日はこの場を借りてあるお知らせをしに来た)
「……」
爽やかな笑顔を浮かべて淡々と、そして驚愕の発言をする物部を拡大映像越しに見て、光秋は知らぬ間に生唾を飲む。
(地球合衆国、及び全世界のノーマルに告げる。僕たちは『
若干熱を帯びながらも静かに語る物部の後ろに、上空から下りてきた人型が着地する。
(現政府は、超能力者とノーマルの平等を謳いながらも、その実僕等超能力者に多大な制限を課している。そして超能力の積極的な利用を認めないばかりか、超能力者というだけで僕等の生命を脅かす者たちを野放しにしている。何処の州であろうと、そんな窮屈と恐怖を僕たちは強いられている。授かった“力”を自由に使うことができない、そんな世の中でいいのだろうか?)
―……それは、みんなが好き勝手に生きればそれこそ世の中メチャクチャになるから……そうならないようにルールを設けようって、そういうことじゃないのか?それに超能力者たちを脅かす者――NPにしたって、『野放し』になんてしていない!……手を焼いているのは認めるが……それに……この人も狭いな―
気を抜けば呑まれそうな独特の雰囲気を醸し出す物部の演説に抗おうと、光秋は心の中で反論を述べ、同時に巨人に乗ったNPに感じたのと同じ居心地の悪さを改めて覚える。
(いいわけがない!何故優れた能力を持つ僕たち超能力者がそんな縛りを受けなければならない!何故何の“力”も持たない劣等種たるノーマルに遠慮しなければならない!ならば、世界を変えよう!僕たちが神から授かったこの“力”で!ノーマルの蔓延る今の世界を正し、僕たち超能力者がのびのびと生きていける素晴らしい新世界を創り上げよう!志ある者は集え!美しき理想世界を築くための一翼となれ!僕等の“力”の象徴、この“ヘラクレス”――神の子供の下に!)
叫びながら右拳を突き上げる物部。その動きに合わせて銃を腰に懸架した後ろの人型も右腕を上げ、上空に滞空する2機もそれぞれ腕を振り上げる。
「……」
その重々しい光景に、光秋は薄ら寒さを覚える。
と、物部は拡大映像越しにこちらを一見し、
(……そうだ)
新しいイタズラを思い付いた子供の様な無邪気な、しかし冷たい笑みを浮かべると、人型の左隣にNPの巨人を1機テレポートさせる。
(総裁!?何を?こんな予定は……)
人型のパイロットにも予想外のことだったのか、動揺した声が拡声器越しに問う。
(ちょっと余興を思い付いてね。コイツを決起の狼煙にする)
言いながら、物部は撮影機器を押して巨人の全体が映るくらいの所まで移動させ、糸で吊るされているかの様に手足を力なく垂らした巨人の胸部――開け放たれたコクピットの高さまで上昇する。
―NPの巨人?どうするつもり……待てよ!?今『狼煙にする』って!それに……―
物部の意図を察するや、光秋は巨人のコクピットに意識を集中させる。
予想通り仄かな温かさを――人の気配を感知する。
その間にも物部は巨人に向けて右手をかざし、ニコイチを介してその周囲に大型ミサイルの如き重圧感を覚える。
そして、
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
念の弾丸が放たれると同時に、Nクラフトを全開にしたニコイチは駆け出し、巨人を押し倒す様にして念の直撃を外させる。
人型が慌てて上昇するのを意識の隅に捉えつつ、巨人と共に倒れ込んだ光秋は背後に轟音を聞き、音のした方に顔を向けると、
「!…………」
特徴的な青い屋根が吹き飛んだ迎賓館中央部分に息を呑む。
―なんて威力だ……飛び出さなかったらどうなってたか…………―
目の前の惨状と、ニコイチの下で倒れている巨人――その中で失神しているパイロットのもう一つの可能性を想像して、背筋に強烈な悪寒が走る。
と、上の方に視線を感じ、顔を上げると、滞空した物部が笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
(やっぱり君は面白い奴だね。敵を庇うなんて……やっぱり藤原さんの部下だからかな?)
―!…… やっぱりこの人、三佐のこと知ってる……?―
光秋が首を傾げる間にも、物部は周囲の人型を連れてテレポートでこの場から離脱し、正門側に残っていたNPも三方向に延びる道路それぞれに分散する様にして退却していく。
と、
「……痛たたぁ……」
「あっ!……すみません!うっかりしてた!」
物部に圧倒されてすっかり意識の外に置いていた鷹ノ宮がモニター正面側に倒れているのを見て、光秋は慌ててニコイチの上体を水平にする。
シートベルトで座席に固定されている光秋はいいものの、座席前に腰を着いており、さらには突然の倒れ込みに何かに掴まる間もなかった鷹ノ宮はそのまま転がってしまったのだろう。
ニコイチの上体が上がるにつれて、鷹ノ宮は床にゆっくりと滑り下り、完全に腰を落ち着けたのを確認した光秋は顔を寄せる。
「本当にすみません。ケガはありませんか?」
「あ、はい。ちょっとぶつかったくらいで」
「いや、本当に失礼しました……」
背中を摩りながらも明るい笑顔を返してくれる鷹ノ宮に、光秋はますます申しわけない気持ちになり、思わず右手で頭を掻く。
と、
(光秋くーん!)
外音スピーカー越しに法子の声が響き、光秋はニコイチを振り返らせてモニター越しに顔を合わせる。
「はい?」
(指揮所から連絡。敷地内にNPやさっきの乱入集団の残りがいないか確認しろって。ニコイチは空から全体を見て探せっていうから、私も乗せて)
「了解です」―…………あ、そういやコッチも忘れてた―
応じつつ、着け忘れていた通信機を左耳に着け、操縦席を外に出しながら右手を法子の許に伸ばしてハッチの上に上げる。
と、法子は座席のそばに腰を着いている鷹ノ宮に気付く。
「あ、さっきの……ていうか、貴女は……!?」
「……どうかしました?」
鷹ノ宮を見て徐々に狼狽える法子に、光秋は理由がわからず訊いてみる。
しかし答えを聞く前に、下から新たな声が掛かる。
「コウちゃん!?何で白い犬に……それに涼子様まで……!?」
「!日高さん!?」―不味い……―
所々薄汚れたスーツ姿にカメラを持った日高が信じられないものを見る様な顔でこちらを見上げ、光秋はニコイチに乗っているところを一般人の知り合いに見られたことに機密上の心配をする。
「あー……これにはちょっと理由がありまして……あ、撮影はやめてくださいね」
すぐに上手い言い訳など思い付かず、とりあえずカメラを警戒して注意を飛ばす。
「それはいいんだけど……何で涼子様までそんなとこに……」
―リョウコ様?―「……鷹ノ宮さんのことですか?」
尚も動揺が治まらない日高に、光秋は鷹ノ宮を見やりながら訊き返す。先程名前は聞いたものの、入間の件で頭が一杯だったためにうろ覚えなのだ。
と、
「いや、あのね光秋くん。私も無我夢中でど忘れしてたんだけど……」
未だに狼狽を浮かべた法子が、自らを落ち着かせながらゆっくりと語り掛ける。
「この人――じゃない、この御方、鷹ノ宮涼子様……所謂”さる御方”の御一人なんだけど……」
「え…………?」
言われたことがすぐには解らず、光秋はしばし呆然とし、改めて鷹ノ宮を見やる。
「……」
当の本人は曇った顔を俯けるが、そんな些細な変化に気を回せる余裕などなく、
「えぇぇぇ!?」
一瞬後、”さる御方”の意味を理解するや、操縦席から飛び上がる勢いで絶叫する。
「”さる御方”って…………そうとは知らず、気安い態度の数々、失礼いたしましたっ!」
裏手で軽々しく話し掛けたこと、何度か抱きかかえて運んだことを思い出し、なぜか敬礼して謝罪する。
「私の方も緊急時とはいえ、いろいろと至らぬところをお見せしました……」
光秋に続く形で、心なしか小さくなった法子が深々と頭を下げる。
「いえ、気にしないでください。それこそ緊急事態でしたし、私はそういうことを気にしない方なので」
「はぁ……」
言葉通り気にしない様子で応じる鷹ノ宮――涼子に、光秋は敬礼の手を下ろしながら短く応じる。本心か、こちらに気を遣っているのかはわからないが、本人が気にしていないと言う以上、これ以上謝っても仕方がない。
と、光秋の脳裏にあることが浮かび、周囲に広がった微妙な雰囲気を変えようと迷わず口に出す。
「……”さる御方”――平たく言えばつまりお姫様ですよね…………あれが本当の『お姫様だっこ』……なんて――痛い!痛いです綾さん!」
しょうもない発言をした――というよりもヤキモチから法子と交代した綾に念力で左耳を引っ張られ、下の日高には頭を抱えて呆れられる。
が、一方で、
「ふっ!……ふふっ!……面白いこと言いますね」
涼子だけは手で口を隠して笑っている。
―……ま、これでもいっか―
それだけで、光秋はどこか救われた気持ちになる。
その時、倒れている巨人の調査に来た警察とESOの合同班の1人に声を掛けられる。
「おい!MB‐00はまだ動かんのか。まだ仕事は終わってないぞ!」
「!すみません。大至急」
応じるや光秋は気持ちを切り替え、ニコイチの右手をハッチの上に持ってくると涼子を見やる。
「もう降りても大丈夫でしょう。というか降りた方がいいかもしれません。その辺の警備に訊いて、安全な場所に避難してください」
「……わかりました」
どこか名残惜しい顔をしつつも、涼子は首肯する。
「ただ、一つだけお願いが」
「何ですか?」
「……あなたの名前を教えていただけますか?」
「え?……僕の名前ですか?」
若干迷った様子を見せつつも、最後は目を見て頼んできた涼子に、光秋は意表を突かれると同時に困ってしまう。
「いや、名前は……事情があって……」
「
「うっ……」
涼子の指摘に、茶を濁そうとしていた光秋は言葉に詰まってしまう。加えて、向けられる眼差しは偽名や誤魔化しを受け付けないと語っている。
―…………しょうがないか―「加藤光秋といいます……くれぐれもご内密に」
「承知しています。光秋さん!」
根負けして教えながらも念を押す光秋に、涼子はあくまでも嬉しそうに応えながら掌に移る。
「またお会いしましょう。いつかまた」
「はい。ご縁があれば」
掌の上に屈んだ涼子に応じると、光秋はそれをゆっくりと地面に下ろす。
涼子が掌から降りたのを確認すると、光秋は傍らの日高に呼び掛ける。
「日高さんも一緒に行ってください。まだ危ないかもしれないんで」
「いや、折角だから少し写真撮っておきたいんだけど。流石にもうパーティーどころじゃないのはわかってるけど、記者根性っていうか……」
「ダメですよ」
「一般人はこちらに」
カメラを示して軽く食い下がる日高を押しやる様に、一部始終を聞いていたらしいESO職員と警官が駆け寄り、不満そうな顔の日高と満足気な涼子を誘導していく。
その様子を横目で見つつ、光秋は機内に戻るとニコイチを立ち上がらせ、指示に従って上昇して敷地内一帯を俯瞰する。
下界ではもともといた警備組と、物部の演説が終わった辺りからやってきた応援組双方によって、森の中で横転した巨人やトラックの運び出し、NPメンバーの連行、負傷者の救援などが行われており、未だ興奮冷めやらぬといった印象を抱く。
もっとも、再度の戦闘の気配はないことに安心したのか、それまでどこか控えめだった綾が、枷が取れた様に思いっきり頬を膨らませて不機嫌さを顕わにする。
「光秋、やっぱりあの人にデレデレしてた?」
「だからそんなことないって……」
「でも、お姫様だっこって……」
「それも仕方ないだろう。腰抜かして動けなかったんだし、緊急対処だよ……それでも、”さる御方”って聞いた時は流石にビビったな……」―あ、でも……露骨に驚いたのは失礼だったかな?鷹ノ宮さ――涼子様も一瞬顔が曇ったような……―
三角の目で睨んでくる綾に応じつつ、光秋は涼子のことを知った際の態度を思い出して少し悔やむ。
「またさっきの人のこと考えてる!」
「だからお前さんが気ぃ揉むようなことじゃないって……それはそうと、さっきはごめんな。辛い仕事させて」
唾を飛ばす勢いの綾に応じつつ、光秋は涼子の件とはまた違う申し訳なさを浮かべて頭を下げる。
「さっき?」
「入間主任の弾取りの時、テレパシーで中継役を頼んだだろう。お前さんあぁいう大ケガ見るの苦手なのに、非常時とはいえ無理させちゃって…………ごめん」
「……いいよ」
再び頭を下げる光秋に、綾は短く応じる。
「あぁいうの苦手なのは本当だよ。でも……“背中合わせ”だから」
「!」
続く綾の口から出てきた言葉――数日前に自分が言った言葉に、光秋は不意を突かれる。
「アキだって怖いのを我慢して、みんなを守るために頑張ってる。だからあたしも、自分のできることを精一杯やりたいから。そうやって、アキの背中をあたしの背中で支えたいから」
「みんなのためっていうか……僕は結局仕事だからやってるだけなんだが……ただ、我慢してるのは本当だね。根が臆病だから……でも、そんなふうに言われれば少しは怖いのもマシになる……かな?」
我ながら単純な思考に、光秋は自分が可笑しくなって頬を緩める。
「ありがとう……と、入間主任で思い出したけど……法子さん、あの後どうなりました?」
気持ちが楽になった礼を綾に述べつつ、先程の会話で思い出したことを法子に問う。
「赤坂署で包帯してもらって、その後東京本部の医療棟にテレポートで運んでもらったから、ひとまず大丈夫みたい」
「ならよかった」
俯いて綾と交代した法子の報告に、光秋はほっとする。
「……私からも訊きたいんだけど、赤坂署に運ぶ時、涼子様の申し出を断ってサイコキノの女の子に止血役を頼んだよね。なんで余力があった涼子様じゃなくて、疲れ始めてたあの子に任せたの?……さる御方に――厳密には凉子様は親戚筋みたいだけど――任せるのはいけないと思ったから?」
「いえ、あの時はそんなこと全然わかりませんでしたから。一般人をこれ以上巻き込むのは不味いとは思ってましたけど……ただ、それ以上に柏崎さん――あのサイコキノの女の子の気持ちに応えるべきと思ったから、ですかね」
「どういうこと?」
「入間主任を助けるのは自分だって、そう思ってるように感じたんです。だから、ここは任せた方がいいって……もちろん今考えると、人の命がかかった場面では軽率な判断だったかもしれませんが……」
法子の問いに応じながら、光秋はその時のことを振り返って少し反省する。
「……確かにね。判断が直感的過ぎたかも」
「はい……」
「でも結果としてなんとかなったんだし、それでよかったのかもね」
「最終的にはそうなりますね……あとはまぁ、保険と言ったら変かもしれないけど……綾もいましたから。いざとなれば代わってくれるかなって……て、今度は甘えかな?」
付け加えると光秋は少し恥ずかしくなり、笑みを浮かべる法子の視線から逃れる様に眼下を見下ろす。
特に不審な動きは見当たらず、事後処理作業そのものは順調に進んでいる。
しかし、屋根が吹き飛んだ迎賓館を筆頭に、所々木々が倒れた森、巨人や人型が撃った弾で抉れた地面、担がれる様にして赤坂署に運ばれる負傷者――それらの光景が、光秋の中にある二文字を浮かべさせる。
―……『惨敗』、か…………“警護”という観点から見れば、言い訳はできないな。職務を満足に果たせず、少なくとも2つのグループの勝手を許した……“やりたいこと”が決まってからの最初の仕事は、失敗……―
と、気持ちが沈みそうになる中、綾や法子との会話の所為だろうか、入間や涼子、柏崎の顔が浮かんでくる。
―……いや、柏崎さんや入間主任を助けられただけでも、よしとするか―
そう思うことで、僅かだが気持ちが軽くなる。自己満足であることは百も承知だが。
―それでも、何もできなかったわけじゃないんだ……―
しかし一方で、
―……ただ、涼子様と日高さん――一般人に顔と名前を見られたのは不味かったよな……大丈夫だろうか?―
機密漏洩等の責任問題に触れないか、若干自己保身を心配する光秋だった。
そんな悩める使い手を乗せて、ニコイチは下界の作業を見守り続ける。