白い犬   作:一条 秋

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 今回はこの世界の歴史について少し触れます。光秋が元いた世界との相違点が具体的になっていきます。
 では、どうぞ!


4 異世界の朝

 意識がゆっくりと覚醒し、瞼を開けると、カーテン越しの朝日と見覚えのない天井が見える。

―……朝か……―

そう思うと、光秋は携帯電話に手を伸ばし、開いて時計を見ると6時28分である。

 左側から、

「グゥー……グゥー……」

と、低い鼾がするので見てみると、薄っすら見覚えのある顔が、光秋の方を向いて寝ている。

―……この人確か……竹田さん?……―

メガネを外しているので大方の輪郭と色あいくらしか見えないが、それでも距離が近いことと、昨夜の記憶が手伝って名前を出せる。

 ―……寝ててもしょうがない―

なんとなしにそう思うと、光秋は掛け布団ごと上体を起こし、背骨を伸ばすようにして深呼吸をすると、メガネを掛け、布団から脚も出して一気に立ち上がる。電灯の豆電球を消し、枕元の携帯電話、カプセル、マニュアルを脚のポケットに仕舞うと、カバンから青い鏡と黒いクシを出し、鏡を敷布団の上に置いて頭を整える。一通り解かして5対5に分けると、鏡とクシを仕舞い、リュックから白い靴下を出してそれを履く。カバンから黒いケースを取り出し、中から黒い髭剃り機を出すと、それを持って玄関から外の通路に出る。

―寒い!目が覚める!―

そう思いながら、そこで髭を剃る。鼻の下から顎、両頬と、左手で触って剃り具合を確認しながら剃り終わると、部屋へ戻って髭剃り機を片付ける。

―口と顔を洗いたいが、部屋には水道ないし……竹田さん起こすのもな……―

鼾をかき続ける竹田の寝顔を見ながら悩んでいると、コンコンとノックの音がする。

「伊部です。竹田二尉、加藤君、起きてる?」

「はーい」

竹田を起こさないと思える程度の声で返事をしながら、光秋は玄関へ向かう。

 ドアを開けると、昨日と同じ緑服を着た色の黒い女が立っている。

「……おはようございます」

「おはよう。竹田二尉は?」

「まだ、寝ていますが……」

「そう。それじゃあそっとしておこう。昨日遅かったから。ところで、朝ごはん一緒にどう?」

―……早めに食べといた方がいいか……あ!そうだ―「じゃあ、そうさせてもらいます。その前に、水道ってどこですか?」

「この下に共同の水盤があるよ」

「わかりました。ちょっと待っててください」

光秋は部屋に戻ると、リュックからハンカチを出してポケットに入れる。

―鍵は……さっき出た時かかってなかったし、いいか―

コートを羽織って、外に出る。

「お待たせしました。食べに行く前に、下の水盤に寄らせてください。顔を洗いたくて」

「わかった。行こう」

そう言って、二人は下へ向かう。光秋は途中の階段で手すりを掴もうとするが、冷たそうなのでやめ、ゆっくり降りる。

 降りると光秋は、シャワー室のある側に案内される。昨夜は気付かなかったが、シャワー室以外にもいくつかドアがあり、階段から一番手前のドアを手で指される。

「ここだよ、水盤は」

伊部がそう言うドアの上には、「共同水盤」という札がしてある。

「ありがとうございます」

 光秋が中に入ると、薄明かりの中、左右両端に設けられた学校にあるような物と大差ない金属製の長水盤が目に入る。右側の一番手前のを使って口を漱ぎ、顔を洗う。

―うーん、目が覚める―

水しか出ない水盤にそう思いながら、ハンカチで顔を拭く。

 外に出ると、

「えーと、伊部さん、ですよね?」

「えぇ。そうだけど?」

「すみません、名前覚えるのが苦手で。もう1つ、トイレってどこですか?」

「そこ」

そう言って、伊部は共同水盤からドア1つ挟んだドアを指す。

「あ!君がそうなら、私も」

と言って伊部は、水盤と指さしたドアの間のドアに入る。光秋も指さされたドアに入ると、入ってすぐに一面青いタイル張りの壁と、白い鏡付きの水盤が2つ左側のすぐ手前に並んでいるのが目に付く。奥の右側に3つの小用便器と、左側に3つの個室がある内、一番手前の便器で用を足し、ドア側の水盤で手を洗って外に出る。

 少しして、伊部も出て来る。

「お待たせ。ごめんなさい、昨日の内に教えておけばよかったね」

「いいえ、昨日はそんな疑問わく余裕もなくて……」

「……そっか、それもそうね。まぁいっか、行きましょう」

「はい」

伊部が少し左前を歩く形で、二人は本舎の裏口へ向かう。

 「寝ても覚めても景色は変わらないし、枕元にはカプセルとマニュアルもあったし、今頃になって、ようやくこれが夢や幻じゃないって気がしてきました」

光秋が呟く様に言う。

「そう?私も、昨日のことが現実だったとは、起きてすぐは信じられなかったなぁ。でも試しに竹田二尉の部屋に行って声を掛けたら、君の声がして。驚いたのと同時に、『ああ、夢じゃなかった』って」

「今はますます、そう思います。起きてる時の重さを感じますから」

「重さ?」

「夢の中だと、どこかふわふわした様な、足が着いていない様な感じがするんです。起こっている事に対しても、そうなるまでのいきさつがわからない、でもそのことに疑問を感じない。今は、そんな感じはありません。現にさっきも、水周りの場所、聞くまでわからなかったし……」

「ふーん、そうやって夢と現実を区別してるんだ?」

「とりあえず、ですけどね……」

そこまで話すと、2人は最寄りの裏口に着き、伊部を先頭に中へ入る。

 伊部の先導に従いながら、2人は本舎の食堂へ向かう。

「伊部さん、食べながら話せる範囲でいいんで、僕にこっちのこといろいろ教えてくれませんか?」

「……いいけど?」

「お願いします!少しでもこっちの情報が欲しくて」

話しながら、2人は食堂へ入る。

 入って右側に食事の受付とレジがあり、広い部屋の殆どがテーブルの列で占められている。朝早いためか、人影はまばらである。

「……!すみません!僕、財布……」

「あぁ、いいよ。私がまとめて出すから。だいたい、報告にはなかったけど、君の世界のとこっちのお金が同じってわけでもないし」

「……そう、ですね。重ね重ねすみません……」―本当にすみません!―

光秋は少し頭を下げて言う。

「いいよ。さあ、早く頼もう!」

伊部にそう言われ、光秋は近くの壁に貼ってあるメニュー表を見る。

―かなり色々あるなぁ……よし、これにしよ―

 頼みたい物を決めると、先を行く伊部に続いてトレーを取り、それを受付のレールの上に乗せる。

「トースト1つと、アイスコーヒー1つ」

「はーい」

光秋の注文に、白い割烹着を着た少し年配の女性が答えると、少しして斜めに二つ切りになったトーストと、グラスにストローが入ったアイスコーヒーを手渡してくれる。

「砂糖とミルクは?」

「結構です」

光秋がそう答えてレジへ向かおうとすると、割烹着の女は思い出した顔をする。

「……!ちょっと!あなたまさか!……」

「?……」

「昨日NPを1人でやっつけたっていう!」

「!……もうそんなに話題に?」

「やっぱり!ありがとうね!おかげで私たち怪我しないで済んだわ!」

「え?いやぁ……」

「加藤君!」

伊部の声がしてその方を向くと、レジ手前でトレーを持って立っている。

「!……すみません!では!」

その様子を見て、光秋は慌てて伊部の方へ向かう。

他人(ひと)に感謝されるのはいいが、違う所に来て、調子が悪いんだな―

そう思いながら、伊部の許に着く。

「すみませんお待たせして!」

「いいけど……それより、そんなんで足りるの?パンとコーヒーだけって?」

「朝はあまり入らないので、これでいいんです」

「そう?遠慮しなくても?……」

「遠慮ではなく、これでいいんです」

「そう?……」

そう言って伊部は2人分の料金を払い、2人は最寄りのテーブルへ向かう。

「意外と少食なのね?昨日はあんなにがっついてたのに?」

「昨日は朝から何も食べてませんでしたから……そりゃあ、平時でも食べる時は食べますが、朝はあんまり……ただ、少しは何か入れないと、半日持ちませんから」

「そう」

 テーブルに着くと、光秋は受付を背にしてコートを椅子に掛けて座り、伊部はその向かいに座る。

「いただきます」

光秋は軽く手を合わせて言い、

―手がちょっと汚いかもしれないが……まぁ、ちょっとくらい大丈夫だろう―

と、コーヒーを一口飲んでパンを食べ始める。

「……ところで、伊部さんは朝から食べるんですね」―朝から肉かぁ……―

伊部のメニューは、ご飯にみそ汁、そして焼き肉とキャベツの千切り、飲み物は水である。

「そう?私や三佐たちは、いつもこれくらいだけど?」

「やっぱり、軍隊みたいな仕事をされてると、食べるんですね」

「そうね、訓練なんかでも……そうそう。こっちのこと教えるんじゃ?」

「そうだ。教えてください!」

「じゃあ、まず何から聞きたい?」

―……色々あるけど、とりあえず―「じゃあ、ここがどこか教えてください。国の名前とか、地名とかを」

「ここは……」

 伊部は少し考え込む。

「わかった。正式に最初から言います。君が今いるここは、地球合衆国日本州、京都府京都市。ついでに言うとその北区」

「…………京……都!?」

光秋の顔に驚きの色が浮かぶ。

「それ、僕が向かってた地名と同じです!」

「え?そうなの?」

―否、それだけじゃない!―

光秋の脳裏に、この建物に来るまでの景色が浮かぶ。

「昨日ここに来るまでに上から見た景色も、なんか見覚えがあったんです!もちろん、あんまり高い所から景色を見ることなんてないんですけど。ただ、来る途中に見た大きな駅といい、その近くの赤い塔といい、まるで……」

「……それって……」

伊部の顔色も曇りだし、そして恐る恐る続ける。

「まさか、京都駅と京都タワーていうんじゃ?……」

「その通り!」

「そんな!」

 と、2人の叫び声に周囲の人々が驚き、一斉に2人の方を見る。

「「!……」」

2人とも慌てて頭を下げ、気を取り直す。

「最初の『地球合衆国』こそ知りませんけど、後はほぼ、僕のいた世界と同じ言い方です」

「……そうなの?」

「えぇ。昨日ちらっと思ったんですが、この世界と僕のいた世界、文明や文化には大差がないのかもしれません」

「……」

「……まぁ、場所の話しはこの辺にして、次はこの組織のことを教えてください。ヘリには『E・S・O』てあって、みんな『エソ』って呼んでますけど、何の略で、どういった組織なんですか?」

「あぁ、正式名称は『ESPer(エスパー) Support(サポート) Organization(オーガニゼーション)』、『超能力者支援機構』っていう意味。主な目的は、超能力の研究と、それを用いた社会貢献」

「……超能力の研究と社会貢献……じゃあ伊部さんも、昨日の藤原さんみたいなことが?」

「私はできないよ、ノーマルだもの」

「『ノーマル』?」

「あぁ、超能力者じゃない人のことよ。ウチの隊では、藤原三佐だけね」

「……みんながみんなじゃ、ないんですか?」

「そう。だから両者の違いからくるトラブルもあってね、両者が共に生きる社会を作るのが、ESOの理念なの」

「……なるほど……」

 話がそこまで進んだところで、

「2人とも早いな、おはよう」

「おはよう」

緑服を着た藤原と小田が、トレーを持って現れる。

「藤原三佐、小田一尉、おはようございます」

伊部が応じ、光秋も、

「おはようございます」

と、2人の方を向いて礼をする。

「2人で、何か話していたようだが?」

藤原がそう言いながら光秋の右隣に座り、小田はその向かいに座る。

「伊部さんに、ここのことについて教えてもらってたんです」

「ほう!それなら、儂らも協力しよう。何でも訊いてくれ」

「ありがとうございます。ならその前に、場所を換えさせてください。左耳でないと、上手く聞き取れないんです」

「……そうか?わかった」

藤原がそう言って席を立ち、光秋もそれに続くと、2人は互いの席を交換する。その際光秋は、藤原と小田のトレーを見、2人とも伊部同様焼き肉定食であることから、

―やっぱり、よく食べるんだなぁ。藤原さんなんて、米少し多いし―

などと考える。

 2人が席に着くと、藤原が尋ねる。

「で?伊部からはどこまで聞いたんだ?」

「ここがどこかということと、この組織、ESOについてです。あ、最初の質問に答えた時伊部さん、『地球合衆国』って言ったんですが、それってなんなんですか?」

「合衆国かぁ……要するに、この世界の中央政府なんだがなぁ……詳しく話すとなると……」

「何か?」

「こちらの歴史についてもちと話さねばならん」

「構いません。僕は、歴史好きですから」

「そうか?しかしどこから話すべきか……」

「ここ100年程のことについて話しては?」

小田がフォローを入れる。

「……それもそうだな。より詳しいことは後から教えればいい。ウッフン!まずこの世界は、『西暦』という(こよみ)を使っていてなぁ」

―『せいれき』?―「僕のいた世界でもそうです!」

「何?」

「『西』の『暦』と書きます」

「『西の暦』?字まで同じか……」

―やっぱり!―

「……加藤君がさっき言っていたけど、こっちと加藤君のいた所って、本当に違いが少ないみたいね……」

伊部が言う。

「そうなのか?まぁ、同じというのならば、かえって話し易い。この『西暦』なのだがな、100年単位で『世紀』と区切るんだ」

―同じだ!―

「今が21世紀で、その前、20世紀の前葉のことだ。人類は、初の世界規模の大戦争、いわゆる『第一次世界大戦』を行った」

―出来事まで同じ!ご丁寧に名前までも!―

「その後、世界は一時期平和に戻ったが、約60年前、再び戦争が起きた。『第二次世界大戦』だ。それもなんとか終わり、再び平和が来ると思われた。が、現実は違った。アメリカとソピエドという2つの大国が、己のイデオロギーを世界に広め、勢力を拡大しようと、戦争で疲弊した国々を支援した。中には両国が同時に手を伸ばし、そういった都合から分断された国も多々あった。そのような中で、イデオロギーをめぐって再び争いが起こった所もいくつかあった。もっとも、世界の大部分は、互いに戦火を交えない睨み合いを続けていた。いわゆる『冷たい戦争・冷戦』だ」

―こんなにも同じ……か……―

「だが、それが突然、世界規模の熱戦に転化した」

「?……」

「発端は、今となってははっきりせん。だが、最初はイデオロギーをめぐる戦いだったのが、宗教や民族の対立、さらには超能力思想まで加わり、世界各地で紛争規模の戦闘が繰り広げられた。儂らが今いるここ、日本は、直接的な被害は受けなかったが、世界では激戦が続き、ついにアメリカとソピエドが、世界を壊すほどの攻撃に入るのも時間の問題と言われるところまで人々は追い詰められた」

―僕らの世界より……たちが悪い。『世界を壊すほどの攻撃』っていうのは、たぶん核戦争のことだろう―

「ここに至って世界は、ようやく自分たちが自分たちを危機に陥れていることに気付き、国家間の利害を超えた統一政権、今日(こんにち)の地球合衆国を作るという目的の下に集い、各地の紛争を解決するために介入行動を行った。いわゆる、『整理戦争』だ」

―『整理戦争』……―

「そして2000年1月1日、20世紀最後の年に移り変わるのと同時に、地球合衆国が正式に制定された。ちなみに、冷戦期から整理戦争までの一連の出来事を、『第三次世界大戦危機』、通称『三戦危機』と呼んでいる」

「『危機』?」

「あぁ。第一、第二と違って、本格的な戦争状態にはならなかったからな」

「……そう、ですか……」

「従来の(しがらみ)―国家、民族、宗教、人種、そういったあらゆるものからより自由であることを願って作られたのが、今の地球合衆国だ。とまぁ、こんなとこだな。わかってくれたか?」

「だいたいですが、なんとか」―情報量こそ多かったけど、先生みたいな話し方、聞き取り易いなぁ―

「そうか、それはよかった」

 そこに、

「はよーすっ」

と、緑服の竹田がトレーを持って欠伸混じりに現れる。後ろには、

「オッス!」

と、白衣姿の上杉がトレー持ちで続く。

「竹田!いくらなんでも遅すぎないか?」

「すんませーん」

小田の叱責を欠伸混じりに受け流しながら、竹田は光秋の右隣に座る。上杉はその向かいに座る。光秋が2人のメニューを見ると、竹田は焼き肉定食、上杉はトーストとスクランブルエッグである。

「ところでお前、ここにいたのかぁ。起きたらいないんで最初びっくりしたぜ。まぁ、すぐにトイレかなにかだろうとは思ったけどよ」

竹田が光秋を寝むそうな目で見て言う。

「すみません。寝てたから起こさない方がいいかと思って……」

「そうだがよー……おまけにお前、布団も片付けてねーし」

「あ!…………どこに仕舞っていいかわからなかったし、食べてからやろうと思って……」

「ま、それはオレもなんだがな!ヒヒヒッ!」

そう言って竹田は軽く笑う。

―…………どうも苦手な人だなぁ……―

「二尉、その辺にしといた方がいいっすよ!こいつそういうやり取り苦手なタイプみたいだし」

上杉が少し口元を笑みに歪めながら言う。

「そう?……そうだな」

竹田は顔を笑みに歪める。

「たくお前らは!……」

小田がみそ汁をすすりながら、2人を横目で睨む。

 「…………」

光秋はどうも居づらいと感じ、残りのパンとコーヒーを平らげ、

「ごちそさまでした」

と手を合わせ、コートを羽織り、トレーを持って席を立つ。トレーの返却口を探そうと辺りを見回していると、

「それに比べて、加藤君は行儀がいいな」

と、小田が声を掛ける。

「え?……」

藤原が続く。

「まったく!さっきの話の聴き方といい、どちらかといえば大人しい性格のようだな。これだけ見れば、昨日の騒動も嘘のようだが、まぁそういう者に限って、腹の中に龍を飼っていたりするものだ」

「…………」

光秋はそんな言葉に対し、困った顔を返すしかない。

「……あぁ、これどこに返せば?」

「あぁ、そこに置いとけばいい」

言いながら小田が指さした方を見ると、受付の左隣に壁と一体化した台があり、すでにいくつかトレーが乗っている。

「あと、布団なんですが、どう片付ければ?」

「ん?わからんのなら、無理せんでも?」

藤原が答える。

「いいえ。布団は、僕の所にもありましたし、畳み方も知ってます!そのやり方でよければ……」

「……そうか?まぁ、ちゃんと決まっているわけでもないし、とりあえず掛け布団と敷布団を別々に畳んで、枕と一緒に横の押し入れに入れておいてくれればいいが……」

「わかりました。ありがとうございます」

そう言って光秋は一礼すると、返却口にトレーを返し、そのまま食堂を出て部屋へ向かう。

―『加藤君は行儀がいいな』…………クソ真面目といい子ちゃんしか、取り柄がないものな……―

そう思いながら部屋の前に着き、中へ入る。

 光秋はコートをカバンとリュックの方に置き、カバンから紙袋を出し、布団の上に座って青い容器の目薬を両目に注す。1分程目をつむると、カバンからポケットティシュを出し、1枚出してあふれた目薬を拭き、袋の方をカバンに戻す。使ったちり紙と青い目薬を紙袋に重ねてカバンの上に置き、立ち上がって押し入れの戸を開ける。自分が使っていた掛け布団を四つ折りに畳み、敷布団を三つ折りにして、敷布団の上に掛け布団、その上に枕を重ね、まとめて持ち上げて上下2段になっている押し入れの上の段に置く。そこでふと、竹田が使っていた布団が目に入る。

―……ついでだし、いいか―

先程と同じ手順で布団を畳み、先程入れた布団の右隣に置く。

 戸を閉めると、カバンのそばに座り、紙袋からオレンジの容器の目薬を出し、それを両目に注す。1分程目をつむり、あふれた分を先程のティシュで拭く。目薬2つを紙袋に入れてそれをカバンに戻すと、外の寒気から鼻が出かかっていたのでティシュの汚れていない部分でかむ。部屋の中にゴミ箱がないので、仕方なくそれをズボンのポケットに仕舞うと、カバンから筒状のケースに入った歯ブラシと白チューブの歯磨き粉を出し、下の水盤へ向かう。

―そういえば昨日、歯ぁ磨いてなかったなぁ―

そんな思いから心なしか丁寧に磨き、口を漱いで部屋に戻ると、ようやく人心地つく。

 ドアの方を向いて座ると、光秋の中に不意に昨夜以来の不安が蘇る。

「……これからどうなるか……考えても仕方ないんだろうが、な……」

気持ちを逸らそうと、ポケットからカプセルを出し、それを右掌で回しながら眺めてみる。

―記憶が確かなら、この中にあの白いのが……昨日のこと、夢じゃないんだよな―

 そこでドアが開き、竹田が入ってくる。

「ん!オレの分まで片付けてくれたのか?」

「……えぇ。自分のがすぐ済んだんで……」

「……そっか、サンキュー」

先程のからかいとは別の、明るい笑顔でそう言うと、竹田はドアを閉め、靴を脱いで部屋にあがり、光秋の前に座る。

「……!お前、それ昨日の……」

竹田は光秋の右手のカプセルを見ながら、少し驚いた声で言う。

「え?……あぁ。気晴らしにちょっと見てたんです」

「ふーん……」

 少しの沈黙の後、竹田が不意に言い出す。

「なぁ!その中身、あの白いロボット、もう1度出してみてくれよ!」

「……え?」

「もうすぐ勤務時間だから、その前、ほんのちょっとでいいんだ!ちょうど外に広いスペースあるし。なんなら乗せてくれよ!相乗りでいいし、動かさなくていいから!頼む!この通り!」

そう言って竹田は、両手を合わせて光秋に深く頭を下げる。

「……そう言われても……勝手にそんなこと……」

「勝手もなにも、持ち主はお前だろぉ!」

「……そう、ですけど……そもそもなんでそんなに見たいんですか?」

「『なんで』ってお前!男なら、こんなもの見たらほっとけないだろう!オレ、昨日のお前の圧倒的な戦闘見て驚きもしたけど、それに負けないくらいワクワクしたんだぜ。『何かスゲーものが来たー!』って!」

言いながら、竹田は目を輝かせて光秋を見る。

 そんな竹田の言動に、光秋は神モドキの言葉を、その時の自信に満ちた態度も含めて思い出す。

―『ロボット兵器は(おとこ)のロマンだ!』……こういうことか?……でも、僕ももう1度、アレを見ておきたい気持ちはある。自分が持っているものを、はっきりさせたいのも確かだ……!―「……わかりました。行きましょう!」

「ウォッシャー!サンキューな!」

竹田は立ち上がり、両手で拳を作って両腕を引くポーズをしながら答える。

 そうと決まるや、光秋はコートを羽織って竹田と共に部屋を出、シャワー室側の広間に下りる。まだ朝早く、太陽は正門側から上がっているので、その一帯は大きな影になっている。光秋はカプセルの電源を入れ、レバーを「出」にし、階段側からそこに先を向けてボタンを押す。カプセルの先から白い一条の光が伸びると、光秋から1メートル程先で進行をやめ、その一点を中心に巨大な人の形に膨らむと、寄宿舎の影の下に10メートルはあろう人型が左膝を着いて現れる。

「うっひょー!出た出た!」

竹田の興奮に拍車がかかる。

「早く乗ろうぜ!」

「その前に、僕が乗って生体認証をしなくちゃならないんです。ちょっと待っててください」

言うと光秋はリフトに駆け寄り、それを使ってコクピットまで上昇し、リフトをハッチに収納して操縦席に座る。

 生体認証を済ませてモニターが点くと、頭部を軽く竹田の方に向け、左手を差し出す。竹田が掌に乗るのを確認すると、光秋は手を持ち上げさせ、それと同時にハッチを開いて操縦席を外に出す。ハッチの上に手を乗せると、竹田が駆け足でコクピットに移り、光秋の左側に座席に掴まるようにして立つ。

「ひょおー!乗っちゃったぜ!結構いい眺めじゃねぇか!」

首を振って辺りを見回しながら竹田が言う。

「僕は、高い所が苦手な方なんで、なんとも……」

「ん?操縦って、意外とシンプルなんだな?」

竹田が座席周りを見ながら言う。

「レバー2つと、ペダルが2つか?」

「えぇ。これにあと、考えたことを直接動きに反映させる機能が加わるようです」

「ふーん。そりゃ便利なことで……なぁ!中に入れてみてくれないか?」

「わかりました」

光秋は座席を降下させ、ハッチを閉める。

「へー全画面か!結構見やすいなぁ!……ん?この映像、上で見た景色とあんま変わらんようなぁ?……」

「たぶん、上の頭部から撮った映像なんでしょう。あと音も、常時採取してるみたいです」

「ふーん……」

 と、突然、

「!」

ガガガガッというけたたましい銃声と、バリバリッというガラスの割れる音が響き、光秋の体に緊張が走る。

(ESOの諸君に告げる!)

銃撃から間を置かず、耳が痛くなるほどの大音量の声が響く。

(我々はNormal(ノーマル) People(ピープル)である!)

 光秋と竹田が音のする方に目をやると、本舎正面上空にヘリの機影が3機、中央の1機が前に出る形で滞空している。

―何だ?……―

光秋の意思を感知して、機影の映像の左下に拡大映像が、右下にヘリの情報が表示される。

(我々の目的は、昨晩諸君らが捕縛した我が同志たちの解放である!要求が聞き入れられれば、解放された同志たちも含め、我々は今日は大人しく撤収しよう!ただし!要求が聞き入れられない場合は、この支部の職員を役職に関わらず全員攻撃する!5分間だけ待とう!それまでに明確な答えが出ない場合、またその間に妙なマネをした場合も、その時点で攻撃を開始する!諸君らの賢い選択に期待する!)

「……あいつら、無茶なことを!」

声の主に対し竹田は怒りを露わにし、モニターに顔を近づけて表示されたヘリの情報を読み取る。

「『AH‐1 コブラ』か……奴ら、どっからこんなもん持ってきやがった!」

「……」

毒づく竹田と違い、光秋にはそんなヘリの知識も声の主の組織のこともわからない。

 が、彼らが本気であり、場合によっては先程の発言を実行することは、先程の銃撃と拡大画面に映る黒い機体の左右に装備された複数の筒状の物体から推測できる。中身はおそらくミサイルである。

「……!こうしちゃいられねぇ!加藤!すぐにオレを下に降ろしてくれ!」

先程までの笑顔は消え、緊張一色に染まった顔で竹田が言う。

「……どうするんです?」

「三佐たちと合流する!どの道出勤が早まっちまった!」

「……わかりました!」

光秋は座席を外に出し、左手をハッチの上に持ってくる。

「そうだ!オレが降りたら、お前はコイツの中に隠れてろ!しっかりハッチを閉めてな!」

「え?……」

「寄宿舎の影にいるせいか、向こうはこっちに気付いてないみたいだ!下手に動くよりじっとしてた方がいい!それに見つかったとしても、コイツは戦車砲の直撃でもびくともしなかったんだ!たぶんコイツの中が、この近くで今一番安全な場所だ!わかったな!」

「……でも……」

「部外者のお前に、これ以上面倒は掛けさせねぇよ!これは、オレたちの仕事だ!」

「……わかりました……」

光秋が答えると、竹田は手の方へ移動し、乗ったのを確認した光秋はそれを下へ下ろす。時間を惜しむように竹田は手が着地する前にそこから飛び降り、本舎の方へ駆けていく。

 残された光秋は、指示通り機内へ戻り、息を殺す。

「…………」

(時間だ!諸君らの回答を聞こう!)

再び放たれたヘリの声に対し、

(私は、本支部長の寺島(てらしま)だ)

本舎の方からもに拡大された、しかし落ち着いた声が響く。

(君らの提案、『昨夜のメンバーを解放すれば撤収する』というのは、私個人としては実に魅力的だ。選択する価値は充分にある……だがしかし!本支部を預かる立場として、そのような提案を飲むことは断じてできん!ここはお互いのため、君らの即時撤収を希望する。以上だ)

―これではダメだ!―

(……了解した!……諸君らを攻撃する!)

言い終わると同時に、中央のヘリが銃撃を再開し、本舎中央の上層階を破壊する。

(これが最後だ!同志を解放するか?)

(しない!)

(……残念だ)

左右の2機も散開して銃撃を始め、本舎の左右中央各所の上層階から破壊していく。下から反撃の銃撃が上がるが、相手は動きまわる上に、2、3発当たったところでろくな損傷にもならない。屋上からも銃撃が開始されるが、こちらも下と対して変わらない。

 そんな様子を嘲笑うかの様にヘリは銃撃を続け、光秋のいる位置からも何人かの悲鳴が耳に届く。

―あの中に、伊部さんや藤原さんたち、今朝すれ違っただけの人たちも、いるんだよな……ひょっとしたら、何人かあの戦闘に参加してるのかも……―

そう思うと、光秋の脳裏に今朝の言葉たちが、言った人々の顔と共に思い起こされる。

―『ありがとうね!おかげで怪我しないですんだわ!』……『意外と少食なのね?』……『加藤君は行儀がいいな』……『そういう者に限って、腹の中に龍を飼っていたりするものだ』……『お前はコイツの中に隠れてろ!』…………みんな、いい人そうだよな……藤原さんや小田さんのセリフはおだてだとしても、僕に何か、期待してるのかな?……―

 そこで不意に、神モドキの言葉が蘇る。

―『これはお前だけの力だ』……そうだ!昨日もそう言って乗った!竹田さんはあぁ言って気を遣ってくれたけど、今僕には“力”がある!目の前には困ってる人たちがいる!そして今はとにかく……―

光秋は急いでシートベルトを締め、操縦桿を握る手に力を込めると、跪いている機体を立ち上がらせる。

「何かしたい!」

思いを声に出すと同時に機体を駆けさせ、本舎手前で右足で地面を蹴ると、そのまま一気に上昇し、中央のヘリに突っ込む。ヘリの胴体部に右から抱きつく様に取り付くと、一時ヘリが右に傾きながらも、光秋はなんとか両機の高度を保ち、右手にローターの基部を握らせ、勢いよくそれを引き抜き、下に捨てる。

(加藤!)

竹田の声が聞こえた気がしたが、構っている余裕はない。両側に装備されたミサイルもに引き千切り、機首の機銃も右の親指と人差し指で摘まんで潰すと、本舎正面に降下し、捕らえていたヘリを大型の模型を置く様に地面に下ろす。

 と、

「!」

背中に銃撃を受け、光秋はすぐに機体を銃撃の来た方、本舎側から見て左の上空に振り向かせる。

「!」

間を置かず銃弾が殺到し、光秋は咄嗟に機体の右腕を前に出し、左半身を後ろに引かせて受けの姿勢を取る。相手は銃では無理と判断したのか、両側に装備されたミサイルを発射する。何発か機体の右腕に当たり、外れた何発かが機体の足元を抉る。光秋の右腕にも鈍い痛みが起こるが、事態がそんなことを気にさせない。

「そっちの仲間だっているんだぞ!」

正面のヘリには最早、光秋の後ろにいる僚機が見えていないようである。

―このままじゃ、死人が出るのも時間の問題だ!―「……やるか!」

言うと光秋は、受けの姿勢を取ったまま機体の左腕を腰に引いて上昇させ、急速に相手に接近して間を置かず左正拳突きを繰り出す。

「あさぁ!」

気合いと共に放たれたそれはローターの羽を巻き込んで基部を粉砕し、推力を失ったヘリは地面へ落下する。光秋はすぐにそれを受け止め、前機と同じ手順で武器を壊すと、それも地面に置く。

―あと1機!―

そう思い上空を探すと、最後の機が本舎正面のだいぶ先を全力で引き上げているのを見る。

―……終わった…………―

それを見て安心した光秋に追う気力はなく、ヘリ2機を足元にして直立した白い巨人が、もはや点になった機影を見送るだけである。




 いかがだったでしょうか。
 最後の方で少し戦闘シーンがありましたね。前よりはよく動いたかな。
 世界観については、今後も小出しに説明していきます。わからないことが少しずつわかっていく感じを味わってもらえたらと思います。
 では、また次回。
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