高速道路を経由し、徐々に樹々が茂っていく細い道を走ること1時間程。
今回の模擬戦の舞台となる演習場に到着すると、光秋はワゴン車の助手席から降りて体を伸ばす。
「!…………」
座りっぱなしで固まった体をほぐすと、ワゴン車の後部から大小いくつかのケースを降ろす福山が目に入る。
「それは?」
「今回の模擬戦で使う機材だ。せっかくなので一部積んで持ってきた」
「半分持ちます」
「助かる」
福山の承諾を得るや、光秋は肩から提げていたカバンを尻の辺りに回し、大振りのケース2つを重ねて抱え、落とさないように注意しつつ小振りのケース2つを両手に持った福山についていく。
少し歩いて樹々が開けた広場に出ると、光秋の目に奇異な、それでいて多少見慣れたモノが2体飛び込んでくる。
「アレは…………」
全体的に直線を主体とした輪郭に、人のそれを模した5本の指を備えた手、自身の体をしっかりと支えている太い脚、一つ目にも見えるカメラを備えた頭部で構成された青い機械の巨人。
「今回の模擬戦の相手となる……地球合衆国初のメガボディ――MB‐01・ゴーレムだ」
「アレが…………」
途中不自然に詰まった福山の説明に応じながら、光秋は指定された場所にケースを置いて、改めて悠然と佇む2体の巨人を凝視する。
そうしていると、これまで見てきたニコイチとDDシリーズ以外のロボットの姿が浮かんでくる。
―説明は聴いていたが、やっぱり上半身はほぼゴーレム・タンクだな。脚は秋田で見掛けたヤボット――もとい、アポロンとかいうのに似てる……いや、あれよりもっと引き締まっているような……というか―「大河原主任から聞いてはいましたが、輪郭が丸くなったら、それこそNPのフラガラッハですね」
「アレは、言ってみればコレの模倣だからな」
いつからいたのか、左隣に移動していた福山が、光秋の感想に応じてくる。
「ただ、輪郭以外にも相違点はある。手首を見てくれ」
「手首……?」
言いながら福山が指した指を追って、光秋は直方体状のゴーレムの手首を注視する。
「フラガラッハにはあの辺りに機銃が1挺内蔵されていたが、ゴーレムにはそれがない。おそらく、NPで用いるに当たって、低レベル、あるいは直接攻撃には向かない能力者を攻撃する為に追加されたのだろう。付け加えるなら、超能力者への攻撃を妨害するノーマル――要は君たちESOの職員も入っているのだろうが」
「事実なんでしょうけど、さらっと怖いこと言わないでくださいよ…………」
表情一つ変えることなく述べる福山に、光秋は祝賀パーティー襲撃事件の際の入間主任が負傷する光景を思い出しながら、気温とは違う悪寒に震える。
その時、後ろから声が掛かる。
「おーい。もしかして加藤二曹かー?」
「!はい?」
知らない声に呼ばれて慌てて振り返ると、光秋はこちらに向かってくるコートを羽織った青服2人を認める。2人共短く揃えた黒髪と制服の上からでもわかる屈強な体付きが目に付く男性だが、一方は白色系、もう一方は黄色系の顔付きだ。
「よく来てくれた!陸軍特殊装備教導団・スフィンクス所属のロレンツィオ・デ・パルマ。少佐で、この部隊の指揮官だ。今日の模擬戦、よろしく頼むぞ!」
「!……連絡にあった新設部隊の方々ですか?こちらこそ、よろしくお願いします!」
歩み寄ってくるや取った手を上下に激しく振って快活に告げる白色系男性――デ・パルマ少佐に、光秋は初めこそ戸惑いつつもすぐに手を握り返し、負けじと明瞭な声で応じる。
「同じく、スフィンクス所属の
「?法子さ――伊部二尉を知っているんですか?」
その傍らから、デ・パルマとは打って変わって落ち着いた様子で告げてきた黄色系男性――関大尉の言葉に、光秋は意表を突かれつつ、デ・パルマと繋いでいた手を離して顔を合わせる。
「士官学校で同期だった。横尾もそうだが、今では疎遠になってしまったけどな。それでも偶に連絡は取り合っていてね。君のことも2人から聞いている」
「同期、ですか…………」―男の人…………もしかして、前に法子さんが話してた人…………?―
関の説明に、光秋は風邪で休んだ時に法子から聞いた士官学校時代の想い人のことを思い出し、目の前の関に疑念の目を向ける。
が、それに割り込む様にデ・パルマが加わってくる。
「ちなみに、俺はその時教官をやってたんだが……伊部の後輩か…………どうだ?あいつの尻、なかなかの触り心地だろう?」
「…………はっ?……えっ…………?」
藪から棒に振られた話題、その内容に、光秋は関への疑念どころか、思考がしばらく止まる。
「…………いや、触り心地といわれても……そもそもそれ、いわゆるセクハラじゃ……」
やっとの思いでそれだけ返すと、デ・パルマは嘆息を吐きながら両肩を深く沈める。
「おいおい?お前元祖メガボディのテストパイロットだろう?未知の領域に挑む者にとって、大胆さと的確な判断力は必須。女との付き合いはそれを鍛えてくれるのであってだな――」
「あんまり気にしないでくれ。教官――少佐って僕等が初めて会った頃からこんなだからさ。ホント、よく警察のお世話にならないと思うよ」
「おい、関。恩師に向かってなんだその言い草は?」
「本当のことでしょう。伊部にも、他の女子にも、在学中にちょっかい出してよく怒られてたじゃないですか。よくクビにならなかったと思いますよ」
「ふん。
「勤めてたのは日本の学校でしょ?だいたいイタリアにしたって…………」
「…………」
唐突に始まったデ・パルマと関の口喧嘩に、光秋は互いの柔らかな表情や会った時から変わらない声色から本気ではないことを理解する一方、すっかり会話に参加できなくなったことに呆然とする。
その時、福山が両手を叩いて出した大きな音に、2人は冗談半分の口論を中断する。
「失礼。挨拶が済んだようなら、早速模擬戦の準備に入りたい。いくつか説明したいこともあるので」
「……そうだな。悪い福山主任。よし、打ち合わせするぞ」
「了解」
「……!了解!」
言うやデ・パルマと、それに応じた関が福山を追って近くのテントへ向かい、一瞬遅れて光秋も慌ててついていく。
大股で進んで一行に追いつくと、それに気付いた右隣を行く関に手招きされ、光秋は顔を寄せる。
「なんです?」
「いろいろ言ったけどさ……でも、根はいいというか、いざという時頼りになる人なのは確かなんだよ。こういう機会今後も増えるだろうから、その辺は覚えておいて」
「はぁ……関大尉は、デパルマ少佐……?」
「『
「はい……デ・パルマ少佐を慕っていらっしゃるんですね」
「まぁ、あれでも一応恩師だからね」
訂正を加えられながら感じたままを告げる光秋に、関は若干苦笑を含んだ微笑みを返す。
長いパイプ脚に布の屋根を付けた簡易テント、その下には折り畳み式のテーブルやパイプイス、ホワイトボードが設置され、席に着いた光秋、デ・パルマ、関は、ホワイトボード前に立った福山の説明に聴き入る。
「今回の模擬戦の目的は、人型兵器との戦闘におけるゴーレムの稼働データ収集、問題点の洗い出し、乗員の練度向上である」
―『メガボディ同士』と言わす、『人型兵器』と言うか……やっぱり、DDシリーズ意識してるのかな?―
福山の言い回しに、光秋は移動中の会話を思い出しながらその意図を考えてみる。
「模擬戦のルールだが、MB‐00に対しゴーレム2機で挑んでもらう。攻撃手段はメガボディ用火器として開発された90ミリキャノン砲、弾はペイント弾。00は5発、ゴーレムは2発の被弾で撃墜と判定する。なお、各自は盾を装備、これに当たった弾は1発無効となる。ここまでで質問は?」
「はい。僕の方は1人なんですか?」
言葉を切って周りを見回す福山に、光秋は手を挙げ、数的不利に不安を抱きながら問う。
「そうだ。今回00はあくまで仮想敵だからな。加えてゴーレムとの性能差やパイロットの練度差を考慮した結果、先程言ったようなルールを採用した」
「あぁ、ニコ――00の方がたくさん当たってもいいっていう」
「その通りだ」
確認する光秋に福山が応じると、テーブルの中央――光秋の右隣に座っていたデ・パルマが顔を向けてくる。
「そういうこった。寧ろ俺たちの方が不利な要素多いからな。2対1のハンデくらいくれよ。先輩!」
「先輩って……あぁ、そうか。あの手のモノの操縦経験は、僕の方が長いんですよね」
笑顔で付け加えられた一言に一瞬戸惑ったものの、光秋はすぐに自分の立場を理解する。
―『先輩』かぁ……といっても、殆どニコイチの機能に助けられてただけだったような……一応、僕の方からの努力もしたけど…………―
もっとも、ニコイチに乗ってからの自分を大まかに振り返ってみると、デ・パルマの一言に対して再び釈然としないものを感じてしまう。
「他に質問は?……なにようなら、機体の起動準備に入ってくれ。加藤二曹はこちらに。新しい装備の説明と、予備弾倉の荷台の取り付けを行う」
「はい」
無言の周囲を確認して告げた福山に応じると、光秋は席を立って後を追う。デ・パルマと関もそれに続く。
テントからしばらく歩き、ゴーレム2機が佇む辺り、装備品置き場に差し掛かると、光秋はスフィンクスの2人と別れ、福山を追ってメガボディサイズの銃器――砲身からやや末広がりの銃床まで一直線に構成され、下側に持ち手が伸びた射撃武器の傍らに着く。
「これが、新しい装備ですか?」
「そうだ。早速00を出してくれ。ソレで実際に持って説明する」
「わかりました」
福山に応じると、光秋はスーツの内ポケットからカプセルを出し、その先端を近くの広場に向けて左膝を着いたニコイチを出現させる。すぐに乗り込んで起動させ、立ち上がらせると、操縦席を機外に出して装備を手に取り、直接観察の目を向ける。
その間にも、ニコイチの両脚では荷台の取り付け作業が開始される。
「形の所為かな?N砲なんかよりも銃らしいというか、いかにも巨人サイズの武器だな」
さっと見回して感じたままを呟いていると、左耳に着けた通信機から福山が呼び掛けてくる。
(いいだろうか?二曹)
「はい。コレが、さっき説明に出てきた90ミリキャノン砲ということで?」
(そうだ。N砲の運用データを参考にしつつ、戦車砲の技術を基にメガボディの手持ち火器として効率のいい使用ができるよう設計した。ただし君が今持っているのは、00用に一部改造したN型というものだ)
「00用に改造?何が違うんです?」
(ゴーレムの方を見てくれ)
言われて光秋は、前方で待機しているすでに起動を済ませた2機のゴーレム、その右手に持ったキャノン砲を注視する。
「…………あれ?向こう、引き金がない?」
(そうだ)
真っ先に目に付いた違いを呟くと、福山が肯定の声を掛けてくる。
(というより、正式なメガボディの装備としては向こうの造りの方が正しい。本体掌と装備品持ち手に備えられた端子を介して双方を接続、照準から発射までの操作は全てコクピットから行う。しかし、00には端子などないからな)
「なるほど。それでN砲から引き続き、人間用の銃器のそれを大きくしたような引き金が付いていると?」
(そうだ。そして他にも相違点はある)
福山にそう言われるや、光秋は再び双方のキャノン砲を見比べてみる。
「……あ。こっちは砲身の付け根上にレーザーポインターが付いてるけど、向こうはカメラなんですね」
(その通り。あれが機体本体のカメラと連動して、照準を合わせる。主な違いはそんなところだな……付け加えるなら、N砲が105ミリ口径だったのに対して、本装備は90ミリ。威力や反動制御、キャノン砲自体の重量その他諸々のバランスをゴーレムに合わせた結果そうなった。100ミリ代の弾をゴーレムで標準的に使用する場合、現状では不安が大きかったからな…………もっとも00に限っていえば、その腕力を以ってすれば大して問題にはならなかったようだがな)
「はぁ……」
(無論、いずれは何らかの形で克服したいが……それと、弾倉1つ分の弾数を5発から6発に増やした。僕の方からはこんなところだが、二曹から何か質問はあるか?)
「……今のところは特に。結局、基本的な使い方自体はN砲の時と大差ないってことでいいんですよね?」
(概ねそうだな)
「なら、後は使って覚えます」
(了解した。では、ちょうど荷台の取り付けも終わったようだし、盾を装備後、弾倉を積んで模擬戦開始の準備を)
「了解」
応じると、光秋は操縦席を機内に下ろし、モニター越しに取り付けを行っていた作業員たちがいなくなったことを確認すると、傍らに置かれた一枚板の盾、その裏側に備えられた固定腕を左腕にはめ、ペイント弾が入った弾倉を掴んでいく。
2つを荷台に積み、1つをキャノン砲の砲身付け根下に差し込み、盾がきちんと固定されたか確認すると、周りの誘導に従って模擬戦開始の位置に移動する。
身長10メートルの巨人にしてもグラウンドに思えてしまう大広間、その端に到着すると、5キロ程離れた地点に右手にキャノン砲を、左腕に盾を備えたゴーレム2機を認める。
光秋の意思を拾って表示された拡大映像をよく観ると、向かって左の機体には「01」、右の機体には「02」の数字が左肩の装甲に書かれ、それぞれ右肩の装甲には、腕が鳥の翼になった人間の上半身がライオンの胴体と繋がった奇妙なマークが施されている。
―あのマーク……スフィンクス?部隊章ってやつか?でもスフィンクスっていったら、ライオンの体に人の頭が付いたあれじゃ?何で上半身なんだ…………?―
「スフィンクス」と聞いて真っ先に想像するエジプトの石像を思い出しながら、光秋は素朴な疑問に首を傾げる。
が、それも束の間。
「……と。今はそれよりも…………福山さ――主任。キャノン砲の試し撃ちってできますか?」
すぐに気持ちを切り替え、通信越しに今一番の懸案事項を問う。
(すまないが、弾の余分はない。模擬戦の中で覚えてくれ)
「……わかりました」
返ってきた福山の返答に若干の不満を覚えながらも、自身装備品置き場に1機につき3つ、計9つの弾倉しかなかったことを思い出してそれ以上追及せず、光秋は視線を通常映像の中のゴーレム2機に向ける。
―基本的な使い方はN砲と同じなんだろうが、初めて使うからやっぱり不安だぁ……が、仕方ない。やってやるさっ―
心中に小さく気合いを入れ、キャノン砲左側面から伸びる支持棒を左手で掴んで両手保持すると、開始の合図に身構える。
(双方、準備はいいか?)
「はいっ」
(いつでも!)
(早く始めようぜっ)
福山の問い掛けに、光秋、関、デ・パルマはそれぞれ明瞭な声で応じる。
(ではこれより、MB‐01・ゴーレム2機とMB‐00・ニコイチによる模擬戦を行う。制限時間はなし、ゴーレム2機、あるいは00の撃墜判定を以って終了とする……開始っ)
「!」
通信機から福山の号令が響くや、光秋はペダルを踏んでNクラフトを吹かし、地面すれすれを大広間の
―手始めに……―
思いつつ、02と書かれたゴーレムに狙いを定め、その意思に反応して赤いマーカーが表示される。ニコイチの指でキャノン砲持ち手脇のスイッチを入れ、作動したレーザーポインターがマーカー中央――通常映像に映る02の胸部に合わさるや引き金を引き、砲口から勢いよく弾丸が発射される。
が、それと同時に02は地面を蹴って跳躍、加えて背部に設置された2基の推進器を噴かして高々と飛び立ち、撃ち出された弾はその下を虚しく過ぎていく。
―流石に今のは当たらないよな。狙ってるのが見え見えだったろうし。だが、僅かだが感覚は掴ん――!―
福山の説明通りN砲とはまた違う感触――ソチラに慣れた身には軽く感じる重量や反動、そこからくる感覚を覚えようとしていると、上空の02から反撃の1発が迫り、光秋はハッとしつつ右に滑り続けてそれをやり過ごす。
直後に進行方向に悪寒を感じるや、咄嗟に左に戻り、その脇を01が撃った弾が過ぎていく。
「そうだった。2機いるんだ」
言いながら02に意識が向き過ぎていたことを自覚し、すぐにモニターを走査して2機の位置関係を把握しようとする。
が、そうしようとする間にも駆け寄ってきた01が1発撃ってくる。
「っ!」
咄嗟に地面を蹴って右に避けるものの、その所為で再び全体への意識が途切れてしまう。
そして、
「!」
間髪入れずに02が撃った弾が左肩に当たり、白い装甲を赤く染める。
―やられたっ!―
内心に舌打ちしつつ、光秋はニコイチを上昇させ、上からゴーレム2機を俯瞰する。
―飛ぶなとは言われてない。寧ろDDシリーズを演じることを求められてるんだから、いいよなっ!―
思うや01に照準を合わせ、即引き金を引く。
01はすぐに右に避けるものの、間に合わず左肩に当たってしまう。
「あと1発――っ!」
そのままもう1発当てて撃墜判定を出そうとするものの、02からの1発が右上腕に命中し、体勢を整えた01も加わったさらなる応戦に、回避に集中せざるを得なくなる。
―……やっぱり、今はダメか―
自身と01、02、各々が前後左右に駆け、片や飛行、片や推進器の補助による高高度跳躍を織り交ぜた不規則な回避運動を行い、双方からキャノン砲の応酬が加わる乱雑とした現状に、光秋は4発撃ったところで攻撃を中断し、さらに高度を上げて距離をとる。
「ならっ」
空になった弾倉を左脚の予備と交換しつつ呟くや、表示された2つの拡大映像、その一方に映る02に狙いを定め、通常映像に映し出された赤マーカー目掛けて急降下する。
01、02双方から応戦射撃が加わるものの、前者は少しでも速く進んで後ろに受け流し、後者は真一文字に伸ばした機体を僅かに振ってギリギリで回避する。
それでも避けきれなかった1発が迫るが、反射的に盾を前に出して防ぐ。
そうして辛うじて輪郭が判る程度だった02が瞬く間に大きくなってくると、光秋は両手でしっかりと保持したキャノン砲をその胸部に合わせる。
刹那、
「!」
あと一息で衝突する間合いに入るや引き金を引き、同時に鋭角な軌道修正を行って再度急上昇する。
昇りながら下を見やると、02の胸周りが赤く染まっているのを確認する。
同時に、
「やられた。3発目か……」
左脹脛が01が撃った弾で染まっているのを認め、自分の方も追い詰められたことに表情を曇らせる。
―盾はもう使えない。残りの被弾回数は2回。ゴーレムはどっちも1回だけど、どっちも盾は残ってるから実質2回……どう出る?…………?―
現状を整理しつつも、次の手が浮かばないことに苛立ちを感じていると、眼下にキャノン砲の弾倉を交換しながらゆっくりと後ろに下がる01が目に入る。
と、不意に01は駆け出し、走り幅跳びの要領で跳躍したかと思うと、背部推進器から長大な光の尾を伸ばして滞空しているニコイチに迫ってくる。
「!?」
そのあまりの跳躍力に光秋は驚愕し、脊髄反射で撃った1発も盾に防がれてしまう。
そうして一気に距離を詰めた01がキャノン砲を撃ってくるや、慌てて回避する。
しかしゴーレムが“飛んだ”ことへの動揺は思った以上に大きかったらしい。乗り手の心境を引き写した様にいくらか動きがぎこちなくなったニコイチの右膝に、1発当たってしまう。
―あと1発!?―
そう理解するや、動揺にさらなる拍車が掛かり、衝動的に01へと距離を詰める。
―今ならっ!―
推進器を止め、重力に任せて落下するだけの01を好機と見るや、ソレを追う形で高度を下げ続ける光秋はすぐにキャノン砲の照準を合わせ、引き金に指を掛ける。
が、
「!」
背後から感じた悪寒に咄嗟に身を翻すと、頭部右脇を弾丸が過ぎていく。
撃ってきた先を見据えると、地上にしっかりと両足を着け、両手保持したキャノン砲をコチラに向ける02の姿があった。
―01は囮――!―
理解し切る前に再び背後から悪寒が迫り、振り返るや、目の前には01の持つキャノン砲が、ニコイチの胸部にぴったりと合わさる光景があった。
―やられた…………―
脱力しながら胸中に呟くと同時に、極至近距離から放たれたペイント弾がニコイチの胸部に命中し、白い体を赤く染める。
(00への5発の被弾を確認、模擬戦終了。スフィンクスの勝利)
「…………」
淡々と結果を告げる福山の声を呆然と聞きつつ、光秋は速度に注意しながらニコイチを着地させ、ほぼ同時に推進器を噴かして落下の速度を相殺しながら着地する01を眺める。
―……あ、流石にあの推進器じゃ完全には勢い殺せないのか…………―
若干地面にめり込んだ01の足を見て、ふとそんなことを思う。
誘導に従って装備品置き場に戻り、盾とキャノン砲、余った弾倉を指定された位置に置くと、光秋は操縦席を機外に出し、厚い雲の合間から僅かに覗く青空を見上げる。
「はぁー…………」
今の自分の心境を表している様な曖昧な空模様に、思わず深い溜め息を吐きながら俯くと、ハッチからリフトを引き出し、直立姿勢のニコイチから地上に降りる。
足元のサイコキノたちによって浮かばされ、脚の荷台の取り外し作業に掛かるスタッフたちを一見すると、少し離れた場所に2機並んで佇むゴーレムの許へ向かう。
―負けたぁ……実戦回数、機体性能、他にも僕の方が優位な条件が揃ってるっていうのに……負けたぁ…………―
胸の内を占める悔いをそのように明文化し、さらに顔を俯けながらも歩き続けていると、
「ひどい顔だな」
「……富野大佐?」
突然掛けかれた聞き覚えのある声に顔を上げた光秋は、向かいから左脇に茶封筒を抱えて歩み寄ってくる富野大佐を認める。その傍らには横尾中尉も控え、会釈してくる。
「横尾中尉もお久しぶりです……またどうしてこちらに?」
それに返礼しつつ、光秋の方から2人の許に速足で歩み寄って問う。
「模擬戦の見学だ。このメガボディとやらには、私もそこそこ注目していてな。NPやZCへの対策を練る上で参考くらい得られるかと思っていたが……まさか、今を駆ける白い犬の負け面を見られるとはな」
「……お恥ずかしいところを…………」
包み隠さない富野の言い方に、ぐうの音も出ない光秋は悔しさに加えて恥ずかしさも感じるようになり、心なしか小さくなる。
「ま、他にも理由はあるが」
言いながら、富野は脇に抱えていた茶封筒を差し出してくる。
「……?」
「この間話していたノートだ。いい機会なので渡しておこうと思ってな」
「ノートって…………“次の人”の!?」
富野の説明に、光秋は先日交わした会話を思い出し、一瞬前までの沈んだ気分など忘れて目を輝かせ、ゆっくりと伸ばした両手で茶封筒を受け取る。辞書くらいの厚さを誇る茶封筒は見た目以上に重いものの、両腕一杯に感じる手応えさえ今は嬉しさを掻き立てる。
「ありがとうございますっ!!…………ただ……」
嬉々として礼を述べながら深く頭を下げると、そこで一度気を鎮めて、ノートを渡す会話をした時から多少引っ掛かっていたことを訊ねる。
「本当にもらってよろしいんですか?先日の話を聞く限り、大佐にとってもかなり大事な物のようですし……それに、もともとは横尾中尉のお父さんの物なんでしょう?」
言いながら横尾の顔を一見し、改めて富野の目を見る。
「言っただろう、私が持っていても宝の持ち腐れだと。それならそこに書かれていること――横尾主任の遺志を活かせそうな者にやった方が有意義だ。そうだろう?横尾中尉」
「はい。父ならば、それで納得してくれると思います。寧ろ、倉庫の奥で埃を被らせておく方が怒られそうですし…………だから、受け取ってちょうだい」
最後は富野の問い掛けへの応答ではなく、光秋本人に直接投げ掛けてくる横尾の言葉に、光秋は先程までの嬉しさに加えて、なんともいえない重圧感のようなものを感じる。
「…………はいっ」
それを振り払う様に腹に力を込め、富野と横尾の顔を見据えてはっきりと応じると、茶封筒を左脇にしっかりと抱える。
と、ゴーレムの方から福山と、頭部全体を覆う程の大きさのヘルメットを抱えたデ・パルマと関が歩み寄ってくる。
「よう、仮想敵!お勤めご苦労さん」
「あ、はい……」
右手を挙げながら言ってくるデ・パルマに、光秋は改めて模擬戦の結果を思い出し、気まずそうに応じながら福山に視線を向ける。
その横では、デ・パルマが富野に声を掛ける。
「炎の貴公子殿も、ご足労いただきまして。整理戦争の英雄にお目に掛かれるとは光栄です」
「こちらこそ。なかなか面白いものを見せていただきまして。実機が完成してから3カ月と経っていないと聞いていましたが、見事なものです」
「御褒めにあずかり恐悦至極……でもって、お前とは久しぶりだな、横尾。相変わらず美人だな」
「こちらこそ、よくも悪くも相変わらずでなによりですデ・パルマ教官。関くんも久しぶり。大変ね、まさか教官のお守役になるなんて」
「ホントだよ。いつセクハラで更迭されるんじゃないかってひやひやで」
「お前らな。もうちょっと恩師を敬えよなぁ……」
横尾と関も加わって、社交辞令と和気藹々織り交ぜて語り合う傍ら、光秋は福山に歩み寄り、重く感じる口をどうにか開く。
「福山主任……その、すみませんでした。あんな一方的な負け方をしてしまって……僕では、DDシリーズを演じられませんでした…………」
言いながら、深々と頭を下げる。
「……確かに、僕の期待には届かなかった」
「……」
感情の読み取れない表情で告げる福山の言葉を、光秋は黙って聞く。
「ただ、模擬戦である以上、条件を満たすことで勝敗が決まるのは必然であり、対DDシリーズ――もとい、対人型兵器戦を想定したものとしては、条件設定が甘かったところもある。今回の件の反省を踏まえて、追々工夫していこう」
「はい…………」―でもそれって、『条件が同じ――ないしは近い――ならこの程度』ってことなんだよなぁ……―
その理解は、ノートの件で大いに持ち直していた光秋の気分を再度沈めるのに充分過ぎた。
そこに、デ・パルマたちとの会話から抜けた富野が加わってくる。
「落ち込んでいるようだな」
「そりゃあ、機体の性能とか、実戦経験とか、他にも僕の方がいい条件が揃っていて、その上で負けたとなれば……」
「まぁな。しかしそれを言ったら、君は1年程前の模擬戦でも負けていたのだがな」
「1年前……?」
「飛行起動実験の時だ」
「…………あ」
言われて光秋は、タッカー中尉らと初めて会った頃を思い出す。タッカー機の撃ったミサイルが直撃確定だったため、心の中で撃墜判定の覚悟をしたことを。
「サン教の乱入で有耶無耶になってしまったが、何事もなく進行していれば間違いなく君は負けていた。今日はそうした結果が、はっきり出たということだ」
「……そう、ですね…………」
富野の言葉に、光秋はそれだけ言うので精一杯になる。
―『条件を揃えられれば弱い』っていうのは、その時からかもな。考えてみれば、一番『同じモノ』というべきDDシリーズとだって、終始一人っきりで戦って勝ったことなんてない。いつも横から誰かしらがフォローしてくれた…………―
そこまで考えると、悔いも恥も一周したのか、かえって清々した気持ちになる。
ちょうど教え子たちとの談義も落ち着いたのか、デ・パルマも話に加わってくる。
「しっかし話には聞いてたが、やっぱり『白い犬』って名前を取るだけはあるな。完全な自由飛行とスピードには冷や冷やしたぞ」
「いえ、僕からすれば、相棒の性能におんぶにだっこしてもらってるだけです。もっといい所を活かしてやれる使い方をしてやらないと……こちらこそ、御二人の技能には感服しました。特に終盤、推進器を併用した高高度跳躍には度肝を抜かれました。あれはどちらが?」
「あぁ、俺だ。といってもあれは、燃料喰うわ、着地の時脚に負担が掛かりやすいわで、あんま使えないんだけどな。もっとも、00――お前さんの周りじゃ『ニコイチ』って言うのか?――アレ相手じゃ、多少の無茶もしなきゃ勝てなかったからな。関が上手く援護してくれたのもあるし」
「関大尉……確かにそうですね」
言いながら、関が乗る02に注意を割かれたことでデ・パルマに最後の一撃を喰らわされた流れを思い出し、光秋は静かに納得する。
「さて、反省会もひと通り済んだのなら、そろそろ東京本部に戻る準備をしたいのだが」
「だな。報告書の作成なり、収集したデータの分析なりあるし。おい、関」
話の区切りがついたのを見届けた福山の申し出に応じつつ、デ・パルマは関を呼んで撤収の打ち合わせに入る。
それを横に見ながら、光秋は福山に問う。
「帰りは、またさっきのワゴン車に?」
「いや、今は時間が惜しい。車も含め、ここにある機材と人員はテレポートで順次本部に送る。君は00で直接向かってくれ」
「わかりました」
「模擬戦の報告書は今日中に僕の所に提出してほしい。帰路はなるべく急いでくれ」
「了解。ただし、安全運転で行かせていただきます」
福山に応じると、光秋は踵を返して荷物を取りにテントへ向かう。
―「報告書」っていうより、「反省文」になりそうな気がするな…………反省かぁ……確かにな。結局、悔いるところがあるなら、そこから改善点を引き出して次に活かすしかないんだよな―
そう思うと自ずと気持ちも楽になり、左腕に掛かる重さがそれを補強してくれる。
―ともあれ、横尾主任のノートも手に入ったことだし、落ち着いたら読んでみよう!―
そう思う間にも模擬戦前の打ち合わせに使ったテントに着くと、隅に置いていたカバンに茶封筒を入れ、コートを羽織った上に提げると、速足でニコイチの許へ向かう。
「インクまで拭いてくださったんですか?ありがとうございます」
脚の荷台が外されているのに加え、各部に受けたペイント弾のインクまで綺麗に拭き取られたニコイチに、光秋は周囲のスタッフに頭を下げると、リフトで上昇して操縦席に座る。
起動を確認すると徐々にペダルを踏み込み、ゆっくりと上昇したニコイチを本部へ向かわせる。
「……そういえば、あのゴーレムってどうやって動かすんだ?機会があれば今度見せてもら……て、これ竹田二尉の発想だよな?」
不意に抱いた好奇心、その内容に、思わず竹田の顔を思い出す。
―僕まで影響受けて……いや、違うか。僕にもそういう部分が、二尉程でないにしてもあるんだろうな…………―
新たに見えた自分の一面に感慨深さを覚えながら、光秋は少し晴れてきた空を本部へ向かって飛ぶ。