では、どうぞ!
ヘリが引き上げるのを見て戦いが終わったことを実感すると、知らぬ間に力んでいた光秋の体から力が抜け、心の方も落ち着いてくる。
と、
(加藤ぉー!)
「!」
先程の拡声器並みの大きさで竹田の声が響き、一瞬驚いた光秋は慌てて声のした方を見る。本舎正面の方から機体の許へ駆けて来るヘルメットにベストを着け、右肩に自動小銃を掛けた竹田を見つけると、光秋は機体に左膝を着かせ、機外へ出てリフトで下へ降りる。
光秋が着地すると同時に、竹田が機体の許に着く。
「バカ野郎!隠れてろって言ったろう!」
竹田が厳しい顔で言う。
「…………だって、ほっとけなかったんです!」
「!?…………」
「僕には“力”があるのに、何もしないわけには……」
「……だからって、お前はESOってわけでも―」
「その辺にしとけ竹田」
竹田の言葉を遮る様に小田の声が飛ぶ。
「「……」」
2人が声のした方を向くと、いつからいたのか、竹田の後ろにヘルメットとベストを着けた小田、藤原、伊部が並んで立っている。藤原を中心に、光秋たちから見て右に立っている小田が続ける。
「確かに加藤君の参加がなければ、今回はマズかった。下手すりゃ、みんなあいつらに殺されてた」
「左様……」
藤原が続く。
「施設自体が昨日の戦闘でかなり傷んでいた。職員も夜通しの復旧作業で疲れていた。なにより、ここは市街地のど真ん中だ。下手な反撃はできん」
「でもこいつは、加藤はESOの職員でも、ましてや実戦部隊でもないんですよ!」
「竹田さん!」
光秋が竹田に一歩近づく。
「まず、ご心配をおかけして、申し訳ありません!」
深々と頭を下げる。
「でも、僕にそんなふうにしてくれる人たちが、酷い目に遭わされるのを見てられなかった!コイツをもらう前ならまた態度は変わったかもしれないけど、今は……持っているから……」―勝手な言い訳…………かな?―
「加藤!……」
「そのことだがな加藤君」
藤原が言う。
「実は支部長から、話がある」
「?……」
藤原が光秋の右側に退くと、黒い背広に緑のネクタイを着こんだ若干年配に見える男が近づいてくる。黒髪は短く切り揃えられ、背は光秋と同じくらいである。
「京都支部支部長の
「……加藤です。よろしくお願いします……」
男の自己紹介に、光秋は軽く頭を下げて応じる。
「まず君には礼を言わねばな。ありがとう。我々を救ってくれて。それも2度もな」
「え?いやぁ…………先程も言いましたが、ほっとけなかっただけで……頭に、血が上ったようなものだし……」
「いや、結果を見れば、君は感謝されるに足ることをした。が、同時にそのことで、我々は君を咎めなくてはいかん」
「?……」
「どんな事情であれ、一般人が私武装を持って政府機関と反社会的団体の抗争に介入することは許されん。昨日1度ならまだ猶予があったものの、君はそれを2回行った。下手をすれば犯罪行為だ」
「しかし支部長!」
竹田が割って入る。
「それはオレたちの力が及ばなかったからで、オレたちがもっとしっかりしていれば、こいつが出てくることも―」
「君の言い分も尤もだ、竹田二尉」
支部長が続きを遮る様に言う。
「……へ?」
「我々の力不足が、君にこんな行動をさせてしまったというのも一理ある。だからして、私から君に提案がある」
―提案?―
「君……ESOに入らんかね?」
「…………」
すぐには何を言われたのかわからなかったが、少しずつ光秋の理解が追いついてくる。
「…………え!?」
「無論、無理にとは言わん。ただ入ってくれるのなら、君の今後の生活はESOが責任を持って保障する。どうかね?」
「…………少し、考えさせてください」
「もちろんだ。すぐに答えが出せるようなことじゃない。なんなら、藤原三佐たちにESOのことを詳しく聴いてみるといい。ただもし入るのなら、4月の入隊式に合わせたい。諸々の準備もあるから、明日までに返事をもらいたい。短い時間だが、よく考えてくれ」
言うと寺島は踵を返し、本舎の方へ消えていく。
「……」
光秋はただ、その背を見送るだけである。
ふと横に目をやると、ほかの緑服たちがヘリのパイロットを連行し、残骸の処理について話し合う光景がある。
「伊部二尉から聴いたと思うが、我々ESOは超能力者とノーマルが共に暮らせる社会を作るために働いている」
寄宿舎の1号室で、ヘルメットとベストを脱いで左脇に置いた藤原が、窓側に胡坐をかいて話している。光秋はコートを脱いだ格好で、それに正座して向かい合い、話を聴く。
他の3人も防具類を脱いで部屋の隅に置き、藤原と光秋の会話を見ている。
寺島が去った後、機体をカプセルに収容した光秋は、藤原たちに導かれてここに戻ったのである。昨日・今日の襲撃で本舎内の接客用の部屋がいずれも使えなくなったことと、復旧作業そのものの邪魔にならないようここが選ばれたのだろう。
藤原は続ける。
「そのために、両者間のトラブルを解決したり、超能力者が社会貢献を行える場を作るのも仕事の内だ。そしてそういう場の1つが、我々『実戦部隊』だ。実戦部隊は、『一般部隊』と『特務部隊』に分かれていてな、主に活躍するのが後者だ。ノーマルの主任1人に数人の超能力者で構成されるんだがな、まぁ儂ら一般は、その後方支援や諸々の雑務が主な任務だ」
「ということは……」
光秋が口を開く。
「僕が配備されるなは、その『一般部隊』ということに?」
「そうだな。君自身はノーマルだし、そうなるだろう」
「するとやっぱり……訓練とかもきついんでしょうね?」
「まぁ、それはな……」
「僕、運動の方はあまり自信なくて……」―いや、そうじゃないな……―
「そんなに心配しなくてもいいと思うぞ」
光秋の右側に立っている小田が言う。
「支部長の言い草からもわかるが、上はあくまでも君の持ってるそのロボットが欲しいんだ。そして、それを動かせるのが君しかいないから君
―やっぱり……本当に欲しいのは、僕じゃなくてあの白いの、か……―
「一尉の言う通りだぜ」
光秋の左隣に立っている竹田が言う。
「仕事のこともそうだし、なにより、まだ素性がよくわからないお前を、しかも会って2日で入れたいなんてよっぽどのことだぜ!しかも入ったら生活も保障するって、いい話じゃねぇか!」
「それは……そうですけど……」
「それによ!」
言いながら竹田はしゃがみ込み、右腕を光秋の首に回す。
「上手くいけば、オレたちの隊に入れるかもしれないんだぜ!」
「え?……」
「そうなったら、オレが兄貴分として手とり足とり色々教えてやるよ!」
「はぁ…………」
光秋は困った顔をする。
「竹田ではないが」
藤原が再び口を開く。
「儂らも例え違う隊になっても、君の手助けをしよう。思えば、君がこちらに来て最初に儂らに会ったのも、何かの縁だろう。協力は惜しまん」
小田と、藤原の右側に正座している伊部も、深く頷く。竹田に至っては何度も深く頷く。
「ありがとうございます。ただもう少し、今度は1人で考えさせてください」
「構わんぞ。君の人生だ」
藤原がそう言ってくれる。
「ありがとうございます!」
光秋が軽く頭を下げると、藤原たちは防具類を持って静かに部屋を出ていく。
シュ!シュ!と、光秋の拳が空を切る。藤原たちが出ていった後からずっと、気持ちの整理をつける準備体操代わりに窓側を向いて突きの練習をしているのである。
もうしばらく続けると、光秋は構えを解いて肩を軽く回しながら深呼吸を1つし、その場に胡坐をかいて長考に入る。
―『上はあくまでもそのロボットが欲しいんだ。仕事の内容も、ソイツの調査だろうし、現場にも乗って行くことになるだろうし』。『まだ素性がよくわからないお前を』しかも体に問題のある僕を、『会って2日で入れたいなんてよっぽどのことだぜ!しかも生活も保障するって、いい話じゃねーか!』……確かにそれはそうだ。僕には今、頼れる人がいない。向こう側には親戚も沢山いたけど、今は僕1人だ!この話は、今の僕には蜘蛛の糸かもしれない!食うため働くなんて、仕事に就く上では一番不純な動機かもしれないけど、背に腹は代えられない!選ぶ道は、もう決まってるはずなのに……踏ん切りがつかない……違う世界に行くのが怖いんだな。物理的にはもう来てるクセにさぁ!進学先に京都を選んだのは、学びたい学科が、哲学科があったのもそうだが、それ以上に、1人で遠くに行ってみたいという冒険心からだ!なによりこの決心がつけたのは、京都と新潟が地続きだったから。いざとなれば、最悪歩いてでも帰れるって担保があったからだ!でも今は、それさえない。ここと
光秋の首が、少しずつ下がっていく。
と、ドアがコンコンッとノックされる音が響く。
「伊部だけど」
「……あ!はい!」
光秋は長考をやめ、ドアを開ける。
「なにか?」
「ちょっと早いけど、お昼にしない?今朝は早かったし、加藤君殆ど食べてなかったし」
「え?」
そう言われて携帯電話を開くと、時刻は11時半を回っている。
「また、食堂で?」
「いいえ、あそこはさっきの騒ぎでだいぶ傷んじゃったから。代わりに、近くにいいお店があるの、一緒にどう?もちろん、私の奢りで」
「…………」
光秋は腹に意識を集中してみる。
―そういえば、だいぶ空いてきたな……
部屋に戻った光秋は、荷物のそばに置いてあるコートを羽織り、駆け足で部屋を出ていく。
光秋が案内された所は、支部の近くにある中規模のレストランである。昼近くということもあって少々混んでいるが、それでも空き席の中から場所を選ぶ余裕はある。
伊部の注文から店員に奥のテーブル席に案内された2人は、差し出されたメニューに目を通す。
「……じゃあ、僕はチャーハンを」
「そう、じゃあ私は……ハンバーグセットにしようかな」
そう言うと伊部は呼び出し機を押し、来た店員に2人分の注文を伝える。
店員が去ると、伊部は光秋に尋ねる。
「どう?さっきの件、考え決まった?」
「……大方決まりかけてるんですが、最後の一歩がどうしても出なくて……」
「まぁ、確かにいい条件だけど、組織が組織だから、覚悟とかもいるよねぇ。まぁでも、あと半日あるんだし、ゆっくり考えればいいよ」
「そうですね……ところで、伊部さんはなんでESOの、それも実戦部隊に入ったんです?」
「え?」
ちょうどそこで2人の注文した料理が運ばれてくる。それぞれの側に料理を置いた店員が立ち去ると、伊部が訊き返す。
「どうして、そんなことを?……」
「あ!いえ、ただちょっと参考になるかなぁと……」
「『参考』か……いいよ、教えてあげる。ただその前に、ちょっと身の上話をさせてちょうだい」
「どうぞ」
「実は私ね、生まれは日本じゃないの」
「?……」
「出身は、アフリカ北部のどこか。具体的な場所はわからない」
―『わからない』?自分の出身地なのに?―
「私が生まれたのは、80年代の終わり頃。正確な年は言わないよ!ただ……そう。今朝藤原三佐が話してた、整理戦争の少し前なの」
ナイフとフォークでハンバーグを切り分けながら伊部は話を続ける。それをレンゲでチャーハンを口に運びながら聴いている光秋の脳裏に、1つの単語が浮かぶ。
―……戦災孤児……?―
「その顔は、察してくれたみたいね」
「あ!いや……」
「いいの。その方が話を進め易いし」
「はぁ……」―強い人だなぁ……―
「で、1歳頃の私がエジプトの施設にいたところを、今の両親に引き取られたの。この話を初めて聴いたのは……小学校、高学年くらいだったかな……最初は、言われたことが信じられなくて泣いたりしたけど。でもね、後から、これは実は感謝すべきことなんだって思い始めたの。そりゃそうよね。養女の私を、ここまでちゃんと育ててくれたんだもん。でね、そんな両親の気持ちに応えるにはどうしたらいいだろうって考え出して、中学の頃に人助けのできる仕事に就くことだって結論に至って。で、実際にそんな仕事は何かって考えた時、思いついたのが警察とESOだったの。ただ、私のやりたいことに適したのはESOの方かなって。三佐は言ってなかったけど、ESOは事件の関係者に超能力者の存在が認められた場合、その人が被害者・加害者を問わず警察と同様の権限を持つことができるの。今の時代、超能力者が関係者の中にいないことの方がないんだけどね。それに、ESOの仕事内容はかなり豊富だから、こっちに入った方が私に向いてるなって思って。高校を出たら、専門の学校に入って頑張ったなぁ。そしたら首席で卒業しちゃって……あ、ごめんなさい。話が逸れたね」
「あ!いえ……」
「まぁとにかく、私の場合は、人助けがしたかったから……かな」
「なるほど……」―人助けかぁ……―
「どう?参考になった?」
「はい!……ところで、話のついでに、僕のことも話させてください」
「?……いいけど、どうして?」
「教えられっぱなしというのも、どうかと思いまして」
「……そう、どうぞ」
「では。伊部さんももうわかってると思いますが、僕、目と耳に障害があるんです」
「目の方は、メガネでそうかとは思ってたけど。耳の方は昨日の騒ぎの中で聞いた」
「えぇ。どっちも生まれつきで、左目と右耳は殆ど使い物になりません。目の方は、生まれてすぐにわかったみたいなんですけど、耳の方は気付くのが遅かったんです。小学校、4年か5年の頃ですね、ちゃんとそうなんだって気付いたのは」
「そう……やっぱり、色々大変なんでしょうね……」
「えぇまぁ……でも、僕の世界にも、僕より酷い人たちなんて沢山いたし、それに僕は…………
「『半端者』?」
「少なくとも健常者ではない。かといって異常の方も大したものでもない。でもやはり、ちょっとしたところで、制限や支障が起こる。あっちにもこっちにも、徹しきることができないんです。でも、だからこそ、自分で自分の立ち位置を定めなきゃって思ってるんです!」
自分の考えを声に出して言えたことで、光秋は少し気分がよくなる。
「……そう。強いんだ、加藤君は」
「?…………」
伊部はそれ以上何も言わず、食事に専念する。光秋も訊きづらさを感じて食べることに集中する。
ただ、光秋の頭の中では、ある言葉が響き続けている。
―人助け……か……―
寄宿舎に戻った光秋は、再び胡坐をかいて長考に入る。が、その心持ちは、先程よりもずっと軽くなっている。
―人助けか……確かに人に感謝されるのは好きだ!それに、あの力を効果的に活かせるのは、やっぱりそれなんだろう。なにより…………―「やっぱり背に腹は代えられない……よなぁ…………」
思いを声に出した光秋は、立ち上がってコートを羽織り、速足で部屋を出る。
本舎を左に迂回して正面に出ると、昨日・今日の攻撃で傷んだ地面の修復作業にあたっている藤原隊を見つけ、光秋は他の作業員の邪魔にならないように注意してそちらに向かう。
「藤原さーん!」
ある程度距離を詰めた光秋が叫ぶと、作業指揮にあたっているヘルメットを被った藤原が顔を向ける。
そばまで来た光秋は息を整えると、藤原の目を真っ直ぐ見て言う。
「藤原さん…………いえ、藤原
「……」
光秋の言い直しに、藤原の顔も締まる。
「支部長室の場所、教えてください!」
光秋の言葉に、藤原は僅かに口を歪めながらも引き締まった顔で頷き、
「小田!すまんがしばらく指揮を頼む」
と、小田に指揮を譲り、光秋に目配せして正面玄関へ向かう。光秋も心なしか締まった顔で後に続く。
―決心は……ついた!―
藤原、光秋の順にエレベーターから降りると、本舎の5階に出る。
―意外だな、てっきり最上階にあると思ってたけど―
そんなことを考えながら、光秋は藤原の後を追う。エレベーターから右に少し進むと、右手に丈夫そうな両開きの木製のドアを見、2人はその前で立ち止まると、藤原はヘルメットを脱いで左脇に抱え、右手でドアを2回ノックする。
「藤原大吉三佐です!」
「入りたまえ」
ドア越しに寺島の声を聞くと、藤原は右の丸ノブを回してドアを押し、中に入る。光秋も続く。
光秋が部屋に入ると、ドアを押さえていた藤原がそれを閉め、部屋の中央まで進んで直立不動になる。少し遅れて藤原の右隣に並んだ光秋もそれに倣う。
寄宿舎の部屋の倍はあろう広さの部屋には、両側に様々な色の入った木製の棚が置かれ、光秋の左後ろには黒い長ソファーが1つとその前に1人用のソファーが2つ、それらの間に木製の脚の短い長テーブルが置かれている。寺島は光秋たちの正面、窓側に置かれた広い木製の机に就き、何かの書類に目を通している。机の上には他にも多くの紙束があり、それらが両側に積み重なって小さな壁を成している。
寺島が書類から目を上げると、藤原が口を開く。
「お忙しいところ申しわけありません。加藤光秋が、支部長に話があるとのことで案内しました」
「わかった。加藤君、私に話とは?」
「はい。今朝の、ESOに入らないかという件について、考えがまとまりましたので、その報告に」
「わかった。聴かせてくれ」
「では、自分はこれで」
藤原がそう言って立ち去ろうとすると、
「あぁ待った」
寺島が右手を伸ばして止める。
「君もいてくれ。場合によっては、後で君にも話がある」
「……自分にも、ですか?」
「あぁ。だがまずは、加藤君の答えを聴こう。言ってくれ」
「はい。僕は……入ります!ESOに!」
光秋が言うと、寺島は左手首の腕時計に目をやる。
「念のため訊くが、現在午後2時少し前だ。私の提示した期限は明日。まだ時間はたっぷりあるが、やはりもう少し考えるという気はあるかね?」
「ありません!仮にあったとしても、結論は今と同じだと思います。このまま不安の中にいるよりも、自分から何かしたいので。問題が起きたりしたら……その時はその時で考えます。どの道今の僕に、そこまで考えられる余裕はないので」―……正直に喋り過ぎたかな?―
「……わかった。だが最後にもう1度訊こう。考え直す気はあるかね?」
「ありません!」
「……了解した。君を一般公募採用の1人として、4月から本支部の一般部隊に配属する」
「はい!」
「そしてここで、藤原三佐、君にも話がある」
「……はい?」
「4月から彼を、君の隊に配属する」
「「!…………」」
光秋と藤原は同時に驚いた顔をする。
「自分の隊にですか?」
「そうだ」
「しかし、なぜ?……」
「彼はこの世界に来てまだ日が浅い、浅過ぎる。しかし、君らとは比較的親しくしていると聞いている。ならば、わざわざ新顔のところにやるよりも、少しでも見知っている者たちのところにやった方が、彼もやり易いという私の判断だ」
「はぁ……」
「あと、彼にこちらのことについて研修ついでに少々教育を施してほしい。さすがに義務教育程の知識もない者を現場に出すわけにもいかんからな」
「……了解しました!」
藤原は敬礼して言うと、光秋の方に体を向ける。
「ということで加藤君、いや、今から加藤と呼ばせてもらう。仕事の時は、あるいは三曹ともな!」
「……はい!」
藤原が右手を差し出すのを見て、光秋も右手を出して握手する。その手で藤原が敬礼するので、光秋もその見よう見まねで返礼してみせる。
と、
「そうだ!支部長!」
光秋が寺島の方を向いて言う。
「1つ伺いたいことが」
「何か?」
「僕の生活を保障してくれるという話ですが、新居の方には、いつ移れますか?」
「それに関しては、幸いにもこの近くに空き部屋を持つ小さな職員寮がある。が、諸々の手続きや家財道具の設置などで、住めるまでには少々時間がかかる。まぁ、極力急がせるが、それまでは引き続き寄宿舎にいてくれ」
「……わかりました」
「それと、君がここで正式に働く以上、戸籍などの身元をはっきりさせるものも作らねばならん。明日からその手続きも並行して行うので、よろしくな」
「……はい」
「では、失礼します」
藤原がそう言って2人でドアの方に向かおうとしたその時、ブーッブーッと、突然光秋の携帯電話のマナー音が鳴る。
「!……?……」
始めはこんな時に鳴ってしまったと驚く光秋だったが、次第にそもそも電話がかかってきたという事態への驚きに変わる。
―まだ、誰にも番号教えていないはず!―「三佐!1度これを押収した時、誰かに番号を教えましたか?」
「いや、調べはしたが、まだ一部の者しか……それに知っていても、わざわざかけてくるようなことはしないはずだ。とりあえず、出てみろ!」
「……はい」
電話を開くと、画面には「送信元不明」という見慣れない表示がある。
光秋は恐る恐る電話に出る。
「……もしもし?」
(よぉ。住む場所決まったそうだな)
「?……」
電話の向こうから聞き覚えのある声が響く。少しして、光秋はそれが誰か思い出す。
「その声もしかして…………神モドキさん?」
(なんだ?オレに勝手に名前を付けたのか?)
「ちょっと待ってください!」
光秋は電話機から顔を離す。
「誰からだ?」
藤原が小声で訊く。
「僕をこっちに送ってきた者です!」
「「!」」
藤原と寺島の顔に緊張が走り、光秋は電話を再開する。
「もしもし!」
(勝手に名前を付けやがって……)
「でも、名前がないと呼びにくいですし」
(……ま、そんなに悪くもないからいいか)
「それより、何です突然?」
(ん?あぁ。住む場所が決まったらしいんでな、残りの荷物を送る事前連絡だ)
「『残りの荷物』って?…………!」
突然、光秋と藤原、支部長の間の床から30センチ程の空中に、大小複数の段ボール箱と赤い大きなカバンが出現し、次々と床へ落ちる。
「「「…………」」」
(届いたか。じゃ、また用があれば連絡する)
神モドキがそう言い残すと、電話は一方的に切られる。
「…………」
光秋は電話を仕舞い、現れた物たちを近づいて見てみる。と、
「これ、全部僕の物です!」
「何!」
藤原が驚きの声を上げる。
「間違いありません!段ボールの方は、前もって新居になるはずだった所に送った物ですし、それにこのカバン!」
光秋は赤い大カバンのチャックを開けてみる。中には多くの着替えや予備の歯ブラシなど様々な備品が入っている。
「これ、後から親が持ってきてくれることになってた荷物です!」
「「…………」」
藤原と寺島は、目の前の現実を整理することで精一杯のようである。
寺島との会話の後、光秋は現れた荷物を新居に運んでもらうよう支部長に頼み、許可をもらってその新居を藤原と見に行く。
正門から出て正面―東に5分程歩くと鴨川があり、その途中の路地裏にその新居はある。2階建ての各2部屋という造りであり、壁の色が綺麗なので新し目という印象を受ける。中の間取りは、入ってすぐ左に洗面所付きの風呂場、その隣にトイレ、トイレの正面にIH式コンロが1つと三段の食器棚が付いた台所がある。いずれも廊下に沿う形で配されており、その先には六畳程の居間があり、ドアの反対側には大窓と、その外に小さなベランダがある。大窓がほぼ北向きのため少々薄暗いが、光秋はその間取りと広さを充分気に入る。
見学から戻ると、殆どの時間をマニュアルの興味のある項目の走り読みに使い、でなければ支部の敷地内を軽く散歩して過ごす。
夕方になると、光秋は食事に誘われ、テーブル席の一番右でコートを脱いで目の前のお好み焼きが焼けるのを待っている。
「にしても、まさか本当に同じ隊になるとはなぁ」
夕方の午後6時過ぎ。藤原隊全員と光秋、上杉とで支部近くのお好み焼き屋で鉄板を囲みながら、光秋のちょうど対極―向かい席の左側に座る竹田が言う。食堂の修復が間に合わないので、竹田の提案によりみんなでここで夕食をとることになったのである。
「まったくだ。二尉、予知能力に目覚めたんじゃ?1度ちゃんと調べてもらった方がいいっすよ」
竹田の真向かいに座る上杉がニヤけた顔で言う。
「お前らなぁ……」
光秋の真向かいに座る小田が、渋い顔で焼け具合を見ながら言う。
「三佐と加藤君……もとい、加藤の話で重要なのはもう1つの方だ!」
「左様」
竹田と小田の間に少々狭苦しそうに座る藤原が腕を組んで言う。
「支部長室に物体が、それも複数テレポートしてきた。この事実は重い」
「?……どういうことです?」
竹田が言う。
「ちょっと二尉、忘れたんですか?」
光秋と上杉の間に座る伊部が言う。
「支部長室をはじめ、ESO施設の各所には、強力なEジャマーが設置されてるんですよ!」
「あ!そっか!」
「『Eジャマー』ってなんですか?」
光秋が話に加わり、藤原が答える。
「正式には『ESP
―『妨害装置』?―
「強力な人工念波を放出して、影響範囲内の全ての超能力を無効にする。本来は超能力犯罪者への対抗策として使うのだが、ESOでは組織に反感を持つ者が超能力攻撃をしてきた際に対応するため、施設内の各所に設置してある」
「……つまり、あの白いの、僕は勝手に神モドキって呼んでるんですが、それはその機械を無視して荷物を送ってきた……と?」
「考えられるのは次の3つ」
小田が言う。
「加藤の言う『神モドキ』は、俺たちの知っている超能力とは仕組みが違うものを使うのか。もしくはレベルが桁外れに高く、Eジャマーでは抑えきれなかったか。あるいは、Eジャマーに対抗する技術を持っているのか」
「オレとしては、3つ目の可能性が高いと思いますよ。現に、レベル
光秋を右の親指で指しながら上杉が言う。
「能力を封じる技術があそこまで高いなら、逆にそれに対抗する技術も高いんじゃないっすか?」
「その考えは少々迂闊ではないか?」
藤原が言う。
「向こうが我々のことを調べ上げた上で、加藤とあの白いのを送ってきたのだとしたら、ある程度対抗する機能があってもおかしくはない。ならば、単に技術力の差というだけではすまん。加藤曰くの神モドキ自体に、我々を超えた力がある可能性も捨て切れん」
「まぁ、そうっすけど…………」
上杉が言葉に詰まる。
「……あのところで」
光秋が再び話に加わる。
「さっきから言ってるその『レベル』って、なんです?」
「あぁ、能力の強さのことだ」
上杉が答える。
「9段階あってよ、数字が大きいほど能力も強力になるんだ。例えば、オレはレベル8のサイコメトラーだから、より詳しい情報を読み取れるってわけだ。本来はそういうのを測定する機械があるんだが、見た目からある程度わかることもある」
「例えば?」
「例えば?そうだなぁ……あ、藤原三佐だな」
―三佐?―
「儂か?」
光秋と藤原は、そろって少し驚いた顔をする。
「えぇ。三佐はサイコキノですよね。サイコキネシスの場合、7以上から自分の体を浮かせることができるんだが、三佐はできない。つまり、6以下ってことが判るわけだ」
「なるほど……」
「
藤原が言う。
「それはあくまで6以下と判っただけで、4以上からの危険度は大して変わらん!このことは忘れるな加藤!」
「は、はい!」
「上杉も、加藤にいらん隙を作るようなことを言うな!」
「オレはただ、親切に教えてやっただけっすよ!」
上杉が口を尖らせて言う。
「まーまー、三佐も上杉も」
竹田が割って入る。
「その辺にしときましょう。ちょうどこいつも食べ頃だし」
そう言って竹田は、自分の前で焼かれているお好み焼きをヘラで切り分ける。
「それもそうだな」
小田もそう言って目の前のやつを4つに切り分けると、一切れを光秋に寄こす。
光秋は一礼してそれを皿で受け取ると、食前の言葉を呟く様に言ってテーブルの端に置いてあるソースの容器を取る。
「次、オレな」
上杉がそう言うと、光秋は自分の分を塗って容器を渡す。割り箸でソースを塗り広げると、小さく切って口に運ぶ。
―……けっこういけるな―
寄宿舎の1号室に戻った光秋は、シャワー等を済ませると、手持ちの青チェック柄のパジャマに着替え、布団を敷き、その上に座って長考に入る。
―昨日の夜は不安だったのが、今は少し軽い。先が少しは見えたからだな。神モドキさんが荷物を送ってくれたおかげで、引っ越しの方も早まりそうだし―
支部長の配慮から、新居に移るまでこの部屋は光秋1人で使わせてもらっている。光秋もその方が気楽なのである。
―……今何時だ?―
そう思い、携帯電話を開くと21時ちょうどである。
―少し早いが、明日も早いだろうし……―「寝るか」
言いながら、待ち受け画面に映る家族写真が目に入る。夜行バスに乗り込む2、3時間前にデジタルカメラで撮って電話機に移してもらったそれは、画面スペースの都合上画面を左に横にしてはじめて正しく見える。仏間の前で撮ったそれには、写真の右下にコートを羽織った光秋がオレンジ色の服を着た犬―シーズーを抱いて跪き、その左隣に祖父、祖母、伯母の順に座り、それらの後ろに右から母、父、妹、従姉が立ち姿で写っている。
―記念と、万一のために撮っておいてよかった……軍みたいなところに入ったら、みんな、特に爺ちゃん辺りなんて言うかなぁ…………考えてもしょうがない!背に腹は代えられないし、もう『入る』と言っちゃったんだし!まぁ、どうしても合わなかったり、嫌になったら、『やめる』って選択肢もあるんだし。といあえず、今日は寝よう!―
光秋はそう思うと、電話のアラームを6時にセットして枕元に置き、灯りを豆電球にして床に着く。
いかがだったでしょうか。
今回で光秋の足場が固まり、次はいよいよ入隊です。
お楽しみに。
感想やアドバイスなどをお待ちしています。どんどんお寄せください!