しばらくして各自が食事を終えたのを確認すると、光秋は後ろのテーブルにも聞こえるくらいの声で呼び掛ける。
「みんな食べ終わったな?じゃあ、ここは僕が持つから、先に出てて」
「いいえ、そういうのは流石に」
間髪入れずに応じると同時に、此方が光秋たちのテーブルまで駆けてくる。
「遠慮しなくていいんだぞ。僕がそうしたいだけなんだし」
「いや、遠慮というか……そういうことしてもらうと、お母さんが後で……」
「……あぁ、なるほどな」
気まずい顔を浮かべる此方に、光秋は家族が気を遣うのを心配しているのだと察する。
「確かにそうか……すまない、考えが及ばなかった」
「いいえ。こちらこそ、折角言ってくれたのに……」
「此方さんは本当にしっかりしてるな。でも、そこまで気にすることでもないんだよ。とりあえず金姉妹は自分たちで持つとして、他はどうする?」
「私も自分で払います。
確認する光秋に、北大路が真っ先に応じる。
「アタシも……言っとくけど、あんたの財布の心配したわけじゃないからな」
「私も。流石にお昼代は自分で出します」
「……私も」
「わかった」
柏崎、涼、菫の返答も得ると、光秋はカバンを掛け直し、一行に混ざってレジへ向かう。
金姉妹は一度に2人分、残りは自分の分をそれぞれ払うと店を出、少し離れた所にまとまって立ち止まる。
「さて、これからどうしようか……」
言いながら光秋が一行を見回すと、北大路が口を開く。
「ご飯も食べたんだし、一度
「え?……あ、うん……」
「家に集合ってこと?たぶん大丈夫だと思うけど、一度お母さんに訊いてみないと」
「ありがとう、此方ちゃん」
彼方と此方の返答を聞いて北大路が礼を言うや、菫が不満そうな顔を浮かべる。
「此方たちの家なら、光秋さんと涼さん来れないけど?」
「別にいいんじゃない?2人共途中で私たちのグループに割り込んできただけなんだし」
―手厳しいなぁ……―
絶壁の様な拒絶の意志を隠すつもりもない北大路の直球な言い方に、あながち間違っているわけでもないと思っている光秋は言い返すこともできず、心中に苦笑いを溢す。
「そんな言い方…………桜は?これからどうしたいの?」
不満顔をさらに色濃くしながら、菫は柏崎を見やる。
「アタシは…………」
言いながら、柏崎は少女たちと光秋を交互に見比べ、そのまま言い淀んでしまう。
「……わかった。じゃあ、今日はここでお別れだ」
それを見て、光秋は自分から少女たちと離れる意志を見せる。
「付き合ってもらってありがとう。帰るにしろ、また出掛けるにしろ、車に気を付けてな。涼さん」
「はい。それでは」
目配せする光秋に心得た様子で頷くと、涼も少女たちに一礼し、光秋先導の下に2人はその場を離れる。
「悪いな、意見も聞かずに付き合わせちゃって。でも、あのままあそこにいても気まずいだろうし……」
「気にしないでください。わかってますから。それに北大路さんの言い方に従えば、私はどう転んでも光秋さんについて行くだけですから」
「……ありがとう」
微笑みを浮かべて言ってくれる涼に、光秋は深めに頭を下げる。
と、
「光秋さーん!」
「?菫さんっ?」
後ろから掛けられた声に足を止めて振り向くと、光秋はこちらに向かってくる菫を見る。周囲の人々にぶつからないようスピードには注意を払っているようだが、それでも2人の許に着く頃には若干息が上がっていた。
「どうした?みんなと逸れたか?」
「はー……はー……違います」
真っ先に思い付いたことを問う光秋に、菫は荒くなっていた息を整えながら答える。
「その……この後、私も2人とご一緒していいですか?」
「一緒って、菫さんだけ?他のみんなは?」
「さっき帰りました。私だけ、もっと2人と一緒にいたくてついてきたんです。それで、いいですか?」
「僕は構わないが……」
心なしか真剣な眼差しで訊いてくる菫に、光秋は応じながら涼に意見を求める。
「私もいいですが……菫さんはいいんですか?友達と一緒でなくて?」
「みんないつも会ってるんです。それに明日学校だし、どうしたってまた会います。でも、2人とはなかなか会えないから……その、いい機会だから、もっと一緒にいたいと思って…………」
「……そういうことですか……わかりました」
最後の方はどこか不安そうな顔で続ける菫に、涼は何かに納得した様子で呟くと、深く頷いて同意を示す。
「じゃあ、改めて……これからどうする?」
気持ちの切り替えも兼ねてそう問い掛けると、光秋は涼と菫を見る。
「とりあえず、デパートの中歩いてみませんか?いろいろお店あるから、見て回ってみましょうよ」
「それがいいか?涼さんは?」
「私もそれで」
菫の提案に光秋と涼が同意すると、光秋の左隣に涼、右隣に菫という順番で並んで歩みを再開する。
「それにしても……」
「なんです?」
知らぬ間に口から溢した光秋の呟きに、菫が顔を向けてくる。
「あ、いや、お昼の時からそうだったんだろうが……見事にメガネ組だけ残ったもんだなぁって」
「言われてみれば確かに。面白い偶然ですね」
光秋が素朴な感慨を溢すと、涼は光秋と菫の顔を見やり、自身も掛けているメガネを触って、小さな感動を覚える。
「ところで菫さん、服の袋持ったままだよな。カバンに入れようか……て、皺んなるか?」
「……じゃあ、お願いします。上手に入れればなんとか……」
ふと気付いた光秋の提案に、菫は持っていた紙袋を中身に注意しつつ丸め込み、光秋のカバンに入れる。
と、
「…………涼さん?」
おもむろに足を止めて通路の脇を見つめる涼に声を掛けつつ、光秋はその視線を追ってみる。視線の先にあったのは、CDショップだ。
「……入ってみるか?」
涼の様子、なによりも顔に浮かんだ欲求に、光秋は試しにと提案してみる。
「……いいんんですか?」
「もともと見て回ろうって言ってたんだ。一つ入ってみようや。菫さんも、とりあえずここでいいかね?」
「私は何処でも」
「決まりだな」
3人の意見がまとまると、一行はそのCDショップに入ってみる。
広さこそ大してないものの、店内に並べられた棚の中には多様なジャンルのCDが一杯に詰め込まれている。
「私、こういうとこ来るの初めてです」
「僕もだ。音楽なんて殆ど聴かないからなぁ……涼さんは――?」
菫の呟きに率直に応じつつ、光秋は涼を見やるものの、その顔には心なしか恍惚としたものが浮かんで見える。
「涼さーん?」
「!あ、はいっ。なんです?」
若干強い調子で呼び掛けると、涼は慌てて光秋を見る。
「……もしかして、音楽好きなのか?」
その様子にどこか自分と似通ったものを感じた光秋は、当てずっぽうに訊いてみる。
「えぇ、まぁ……一応、大学では軽音楽部に所属するくらいには……」
「軽音楽部って……バンドですか?へぇ、カッコイイ!」
それに涼は少し照れながら答え、菫は憧れの眼差しを向ける。
「いえ、バンドという程では……確かにそういうグループのカバーを歌ったりしますが……」
「なるほど……好きなんだな。ちなみに、役職というのか、ポジションというのか、それは?」
「ボーカル――歌う人です」
「ほぉ」
投げ掛けた質問に、まだ照れを残しながらも楽しそうに答える涼に、光秋は音楽――歌が好きなのだと思い知らされる。
「具体的にどんなの聴くんだ?やっぱりバンドとか?」
「それも聴きますけど、流行歌なんかもけっこう聴きますよ。そう、この辺りに並んでいるような……」
光秋の問いに応じつつ、涼は棚の表示を見ながら歩き出し、光秋と菫もそれについて行く。
「…………あ、これなんか最近よく聴きますよね?」
そう言って涼が手に取ったケースに書かれているタイトルに、光秋は見覚えがあった。
「あぁ、年末の歌合戦でやってたな。確かにいろんな所で流れてる」
言いながら、伊部家から京都の寮に帰ってきた夜に観たテレビ番組、そこに映っていたグループを思い出す。
「あ、これも流行ってますよね。この前も給食の時間に流れてました」
そう言ってケースを差し出してくる菫に、しかし光秋は違う部分に関心してしまう。
「給食か、懐かしいなぁ……もう4年くらい縁がないけど」
思わず感慨深く呟いていると、涼も懐かしむ顔を向けてくる。
「離れてみると妙に懐かしくなりますよね。子供の頃は毎日当たり前のように食べていたのに」
「コーヒー牛乳が出る日はなんか盛り上がったよなぁ。今じゃ飲みたい時に飲めるけど、それともなんか違うというか……」
「私も、コーヒー牛乳の日はなんかわくわくして学校行ってます」
「ほぉ。流石現役小学生……と、いかんいかん。つい給食談義で盛り上がってしまった」
菫に応じながら気を取り直すと、光秋は正面の棚をさっと見回してみる。
「うーん……タイトルを見ても見事に歌詞がわからん曲ばっかだな」
元来歌、というよりも音楽という分野への関心が低いためか、我ながら清々しいくらい唖然としてしまう。
「……そういえば光秋さんは、普段はどんな曲聴くんですか?」
「あ、私も知りたいです」
先程の質問を受けてか、訊き返してくる涼に、菫も続く。
「普段そもそも音楽を聴く機会がないからなぁ。偶にチャンネル回して興味持った歌番組観たりするけど、プレイヤーなんかを使ってゆっくり聴く習慣はない。そもそもそういう音楽機器持ってないしな……代わりといってはなんだが、本はよく読むよ。この間も何冊か買って、まだ全部読み切れてないのが」
2人の問いに応じつつ、光秋は異動直前に行った伊部姉妹との本屋巡り、その時買って今は寮の机の上に積まれている本数冊を思い出す。
―あの積んだ本も追々読まないとなぁ。勿体ないし、なによりも読みたいし―
「そう……なんですか……」
頭の中でそんなことを思っていると、涼が心なしか寂しそうな顔で返してくる。
そんなやり取りを挟みつつ、一行は棚の合間を次々と巡っていく。
「あ、これこの間の歌番組に出てたグループですよね」
「どれです?……わぁ、懐かしいなぁ。私が菫さんくらいの歳に流行ってたんですよ」
「へー」
ときどき立ち止まってケースを眺めながらそんな会話を交わす菫と涼。そんな2人を見ていると、光秋は内心安堵を覚える。
―北大路さんが言った様に菫さんたちのグループに割り込む形になったり、涼さんが元気なかったり、いろいろ気になることはあったが……ひとまず、楽しんでもらえてるようでなによりだ―
微笑みを浮かべた2人を見て、胸の内に薄っすら漂っていた不安が和らいでいくのがわかる。
そうして店内を巡り切り、結局誰も何も買わずに店を出ると、光秋は腕時計を見る。
「1時40分。結構いたなぁ……菫さん、家ってここから近いのか?」
「えっと……歩いて20分くらい……かな?」
「なら……まだ日が暮れるのも早いからな。遅くとも4時頃には帰ろう。帰り送るよ」
「本当ですかっ!」
光秋の提案に、菫は目を輝かせる。
「涼さんもそれでいいかね?」
「はい。私は迎えも来るので、時間はあまり気にしなくても」
「なら、あと約2時間少々、どうするか…………」
涼の確認もとると、光秋は次の行き先を思案する。
「また歩きながら決めませんか?誰かが気になった所に入るってことで」
「……やっぱり、それがいいか」
「では、行きましょう」
菫の提案に光秋と涼が応じると、3人は再びあてどなく歩き出す。
「……」
「?すまない、なに?」
右隣を歩く菫がなにごとか話し掛けてきたようだが、周囲の音で上手く聞き取れなかった光秋は顔を向けて訊き返す。
「えっ、えっと……そういえば光秋さん、本好き……なんですよね?」
「ん?……あぁ、まぁな。暇があればなにかしら読んでるかな」
再度の問い掛けに答えつつ、光秋はCDショップでの会話を思い出す。
「それがどうした?」
「いえ、ちょっと気になって……その、好きなジャンルとかないんですか?」
「特にそういうのはないな。結構いろいろ読むぞ。気になったら読んでみるというか……強いて挙げるなら、SFとホラーかな?この辺はけっこう読んでる気がする」
「SFとホラー…………」
「折角ですし、次は書店に行ってみましょうか?」
さらに光秋と菫がやり取りを続けていると、涼が横から言ってくる。
「…………そうだな……次何処行こうかって考えてたとこだし……」
その提案に自分でも気持ちが昂っていることをわかりつつ、努めて平静に振る舞いながら、光秋は菫を見やる。
「……行きますか?」
「よしっ!…………えっと、この辺に地図は…………」
頷く菫に思わず弾んだ声を上げてしまった光秋は、その一瞬の様子を誤魔化そうと、位置関係の確認も兼ねてデパート内の地図を求める。
「「?……」」
その若干挙動不審な様子に、涼と菫は傾げた顔を見合わせる。
エスカレーターで上の階に上がり、そこから歩くことしばらく。
デパート内の書店に着いた光秋は、傍らの涼と菫に気を配りつつ、逸る気持ちを抑えて店内を見回してみる。
―ここもいい品揃えだな!これは回り甲斐が…………と、菫さんと涼さんもいるんだよな―
目に入った2人の顔に落ち着きを取り戻しながら、光秋はそれぞれを見やる。
「それで、どう回ろう?2人共見てみたいコーナーあるか?」
「光秋さんは、普段どの辺りを見るんですか?」
「僕……?」
訊き返してきた菫に、光秋は少し考える。
「……重点的に見るのは、小説のコーナーかな?そこを出版社やジャンルを問わず行き来するというか」
「小説がお好きなんですね」
答える光秋に、涼が微笑みを浮かべて言ってくる。
「というか、物語が好きというのかな。面白い話なら、それこそ小説以外でもマンガだったりテレビだったりで観るぞ。『面白い』と感じられればそれでいいというか」
「……全部ではないけど、少しならわかります」
―やっぱり……?―
補足に対して共感を示す涼に、光秋はCDショップでの恍惚とした表情を思い出す。
「それじゃあまずは、小説のコーナーから行ってみますか」
「いいのか?」
訊き返す様な言い方とは裏腹に、光秋の足は菫の提案に素直に従う。
涼と菫もそれに続くと、3人は出版社ごとに区分けされた棚の合間を行き来する。
「……そういえば本で思い出したんだが、菫さんの学校って、読書習慣ってあるのか?」
「読書習慣……?」
不意に浮かんできた疑問を訊ねる光秋に、言葉の意味が解らなかったらしい菫は首を傾げる。
「言い方は学校によって違うのかもしれないけど、とにかく意識して本を読もうとする習慣。僕の場合は、高校まであったかなぁ……」
説明を述べつつ、光秋は少し懐かしい気分になる。
「あぁ。それならありますよ。桜なんかはいつもメンドーそうにしてますけど」
「柏崎さんだよな?確かに文学少女って柄でもないか。偏見だけど」
答えてくれた菫に、光秋は冗談混じりに返す。
そうしながらも棚の合間を歩いていると、足を止めた涼が1冊の本を手に取る。
「これ…………やっぱりそうだ!」
「どうした?」
裏表をよく確認するや懐かしむ笑みを浮かべる涼に、光秋はその本の表紙を見やる。『学校の怪異』と題された、見るからにホラーもののようだ。
「これ、私たちが菫さんくらい……もっと下だったかな?……とにかく小さい頃に映画になって、結構流行ってましたよね。私も、流石に映画館には行けませんでしたけど、ビデオ借りて観たことあります。光秋さんは?」
「あー……そのー…………」
楽しそうに話を振ってくる涼に、光秋はどう答えるべきか悩んでしまう。
―おそらく、同世代の共有できる思い出話をしているんだろう。が、残念ながら僕はその話題を共有できない。菫さんくらいの歳の頃は向こう側にいたからな、こっちの流行なんてわかるわけない。その本についても今知ったくらいだ……しかし、当然そんなことをここで言うわけにはいかない……―
思いつつ、涼と菫を横目に見る。
「……そのさぁ……僕、今でこそこんなだが、昔は怖い話って苦手でさ、そういうのに一切関わらないように生きてきたんだよ。だから、こういう話はよくわからないというか……少なくとも、その映画は観てない」
「……そうですか…………」
笑顔から一転、少し寂しそうな顔を浮かべる涼に、光秋は僅かながら罪悪感とでもいうような気持ちを覚える。
―……超能力の有無以外大きな違いはないと思いがちだけど、こういう思い出した様に出てくる『細かな違い』、共有できない昔話、そういうの、けっこう来るよなぁ…………―
思いつつ、罪悪感の様な気持ちの中に、寂しさ――疎外感とでもいう様なものが混ざっているのを感じる。
「菫さんは?今の子供たちの間で流行ってる作品って知ってるか?」
そんな気分を紛らわしたいという思いもあってか、光秋は菫に問い掛ける。
「えっと……こういう小説の方はそんなに知らなくて……マンガならいくつか知ってますけど……」
「マンガか……なら、そっちのコーナー行ってみるか?涼さんもどうだ?」
どこか恥ずかしそうに応じる菫、その答えを聞いて思い付いた光秋は、2人に確認の視線を向ける。
「マンガか……面白そうですね。行きますか」
「……いいんですか?この辺もまだ回りかけですけど……?」
すぐに賛成する涼に対して、菫は気まずそうに訊いてくる。
「別に、順番決めて回ってるわけじゃないからな。興味が湧いた所に行けばいいだろう」
応じながら、光秋はマンガのコーナーへ向けて歩き出し、涼と菫もそれに続く。
「マンガの棚を回るのも久しぶりだなぁ……」
出版社ごとに区分けされた棚を眺めながら、光秋はふと思ったことを呟く。
「光秋さんも、マンガとか読むんですか?」
「家にいた頃はそこそこ読んでたかな。仕事に就いてからは買ってなかったが……」
菫の問いに応じながら、光秋は棚一杯に並べられたマンガの数々をしげしげと眺める。
「それで?最近はどんなのが人気なんだ?」
「えっと……」
光秋の問いに、菫は棚を見回すと、1冊取って示す。
「これなんか私たち――さっきまで一緒にいたみんなの間では人気ですよ」
「……『ヒーロー候補生』、ねぇ。ESOを題材にした話か」
タイトルを読み上げると、光秋は菫から受け取ったマンガの裏に書かれているあらすじに目を通す。
―……中途半端なレベルの特エス少年が、凄腕の主任の指導を通じて成長していく話か。ESOを舞台設定に使ってるものの、これを読む限りストーリーライン自体は典型的なものみたいだな―
第一印象を胸の中でそのようにまとめると、光秋はそのマンガを棚に戻す。
「なかなか面白そうだな。後で買ってみるか?」
「!……あ、ありがとうございますっ!」
一応の興味を呟くと、菫が歓喜の声を上げてくる。
「いや、何故に菫さんがお礼を言う?君はこのマンガの、あるいはその関係者の回し者か?」
そんな菫の様子に内心驚きながら、光秋は冗談のつもりで言ってみる。
「そういうつもりじゃ……ただ、その…………えっと、自分の好きなものを他の誰かも興味持ってくれると、なんか嬉しいじゃないですか」
「そりゃそうだ」
言葉に迷いながらの菫の返答に、光秋は深い首肯で応じる。
それからまた少し歩くと、涼が1冊のマンガを手に取る。
「これ……」
「どうした?」
遠い目でそれを眺めながら呟く涼に、光秋は横から問う。
「いえ、この作品、子供の頃によくテレビで観てて……まだ新しい話が出てるんだと知ったら、ちょっと嬉しいというか、懐かしい気持ちになりまして」
言いながら涼が見せてくれたマンガの表紙には、柔らかな線で縁取られた青く丸いキャラクターが描かれている。
―……このマンガ、こっちにもあるんだな……竹田二尉たちの話からクトゥルフ神話はあるようだったし、あり得ないことじゃないか―
自身子供の頃から目に馴染んでいるその青いキャラクターとの意外な所での遭遇に、光秋は妙な関心を覚える。
「私もこのマンガのアニメ観ますよ。涼さんも観てるなんて」
「いえ、最近はそんなに……」
「僕もだな……というか、涼さんもこういう番組観てたんだな」
「それは観ますよ。面白かったし」
菫、光秋の感想に、涼はそれぞれ応じる。
「今も面白いですよ。よかったら今度観てみてください。金曜の夜です」
「時間も変わらずか……」
「……そうですね。久しぶりに観てみようかな……」
薦める菫に、光秋は再び感慨を溢し、涼は思案顔で応じる。
その後もしばらく、3人は書店の中を気ままに回っていく。
書店内をひと巡りし、光秋が菫に薦められたマンガを購入すると、3人は店を出る。
ビニール袋に入ったマンガをカバンに入れると、光秋は腕時計を見る。
「3時か。またけっこういたなぁ……予定ではあと1時間だけど、次何処行く?」
「その前に、少し休憩しませんか?どこか軽食が摂れる所で」
2人を見ながら問い掛ける光秋に、涼が若干の疲れを浮かべて応じる。
「……それもそっか。僕も少し疲れたしなぁ。菫さんもそれでいいか?」
「はい。私もちょっと……」
「じゃあ、近くに喫茶店かなにかないか地図で見てみましょう」
光秋、菫も疲労感を浮かべて頷くと、涼の先導の下、3人は最寄りのエスカレーターへ向かい、そのそばに描かれている地図で休憩できそうな店を探す。
「……同じ階に喫茶店らしき店があるけど、ここ行ってみるか?」
「そうしましょうか」
「はい」
地図の一点を指さす光秋に涼と菫がそれぞれ応じると、3人は位置関係を覚え、その店へ向かう。
少し歩いて店の前に着くと、光秋は入り口横の看板を見る。
「……軽食も摂れるみたいだ。値段もいいし、入ってみるか」
確認の視線に涼と菫が頷くと、一行は店に入り、店員の案内に従って奥の4人席に通される。
光秋の左隣に涼が、テーブルを挟んで向かいに菫が座ると、光秋は脇に置いてあったメニュー表をテーブル中央に広げる。
「なににする?先選んでくれていいが」
「そうですね……」
促す光秋に、涼はメニュー表を捲ってみる。
「少しお腹も空いたし……よし、決めました」
「じゃあ次、菫さん」
言いながら、光秋はメニュー表を回転させて菫の許へ寄せる。
が、
「私は後でいいです。それより、光秋さんはなににするんですか?」
「僕か?そうだなぁ……」
それを返してきた菫の問いに、光秋はひと通りページを捲ってみる。
「そういやさっきから、甘いものが食べたかったんだよなぁ……抹茶アイスがあるから、これにしようかな」
「抹茶アイスですか……」
答えながら改めてメニュー表を差し出す光秋に、菫は呟く様に返す。
「じゃあ、私もそれで」
「ん。全員決まったな」
「「はい」」
確認の声に涼と菫が同時に応じたのを聞くと、光秋はメニュー表をテーブルの脇に戻し、隣に置いてある呼び出しボタンを押す。
やって来た店員にそれぞれ注文を告げると、自分でも知らない内に歩き疲れていたらしい光秋は、体を椅子に預けながら溜め息を漏らす。
「ふぅー……休憩を選んで正解だったかな……」
誰に言うわけでもなく独り呟くと、注文を聴きに来た店員が置いていった水を一口飲む。
と、涼が思い出した様に声を掛けてくる。
「そういえば午前中に入った喫茶店でも、抹茶ラテ頼んでましたよね。本当にお好きなんですね、抹茶」
「抹茶風味な」
訂正を入れつつ、光秋はその時のことを思い出す。
「……午前中も、ですか……」
「ん?……あぁ、菫さんたちと合流する少し前にな」
どこか俯き加減で呟く菫に返すと、光秋はあることを思い出し、足元に置いたカバンを見やる。
「そういや、ここにいる2人にはあのノート見せたんだよな」
「ノート……あぁ、“次の人”の」
「あぁ……」
記憶を辿りながらの呟きに、菫は下向きだった顔を上げ、涼は喫茶店でのぎこちない会話を思い出してか表情を曇らせる。
「さっきも言ったように、字が独特で大して読めなかったんですけど……結局、“次の人”って何なんですか?」
「……僕も、まだ明確にこうだって言える程じゃないんだがねぇ……」
好奇心の目で訊いてくる菫に、光秋は返事に困りながらも、富野大佐との会話やこれまでのノート拝読――“自習”の記憶を振り返りつつ、自分でもぎこちないと思いながら言葉を紡ぐ。
「初めてその言葉を教えてくれた人によると、『自分の価値基準で物事を判断しないこと』、『洞察力に秀でていること』、『争わないこと』、こうした性質を備えた、地球合衆国を生きる“新しい人の在り方”を示したもの……らしい。もっともその人自身、このアイデアを考えた人から断片的な情報を聴いて、それを又聞きした僕が大雑把にまとめたものだから、思想としては不完全――未熟も甚だしいんだろうがな…………で、この説明……の様なもので解ってくれたかね?」
「「…………」」
なんとなく答えを予想しながら訊ねる光秋に、菫と涼は遠い目を返してくる。
「ま、そうだよなぁ。こんなんで解る方がすごいよなぁ……」
正に予想通りな2人の反応に、つい自嘲気味な呟きが漏れる。
「……すみません。察しが悪くて……」
「いや、気にしなくていい。さっきも言ったように、僕だってまだ明確に語れるだけのものを持ってないんだ。
縮こまる涼に光秋が応じていると、アゴに手を当てて考えていた菫が口を開く。
「……『新しい人』っていうと、超能力者についての考えなんですか?」
「いや、それは無い」
その発言を即座に否定すると、直後に先程頼んだ物が運ばれてきたので、光秋は一旦話を切る。
光秋と菫の許に器に盛られた抹茶アイスが、涼の前に肉厚な苺が乗ったショートケーキが置かれ、それらを運んできた店員が立ち去ったのを見ると、光秋はスプーンで掬ったアイスを一口舐めて話を再開する。
「うん、この味だな……でだ、超能力者とは違うと言ったが、アイデアを考えた人によると、そもそもノーマルとか超能力者といった括りを打開する目的もあったらしい」
「『括りの打開』……?」
「その辺も、『自分の価値基準で物事を判断しない』ってのと関係あるんだろう。僕は『偏見や先入観といったものの克服』と捉えているけど……なんというかな……考え無しに『こうだ』と思ってるものを一度横に退けて、別の角度で改めて見てみるというか…………」
涼の呟きにさらなる説明で応じようとするものの、途中で表現に困った光秋は、そのまま押し黙ってしまう。
「……『相手の立場になって考えなさい』ってやつですか?学校ではときどきそう言われますけど……?」
「…………それが一番簡潔な表現かもな」
遠慮がちに告げてられた菫の言葉に、光秋は膝を折る様な気分でそれを認める。自分が考えていることとはいくらかの齟齬があるのは承知しているが、他にいい表現が浮かばない以上そちらを取り入れるしかなく、しかし同時に悔しさを覚えずにいられない。
「……すまない。やっぱり僕自身、まだきちんと語れるだけのものを持てない…………」
胸の中に渦巻く悔しさを呟きという形で漏らすと、アイスをまたひと掬い口に運ぶ。甘苦いはずの抹茶味だが、今回は苦みが少しだけ強く感じる。
「ただ、今までとは違う“新しい人の在り方”を示そうとしていた……それは確かなんだよ……」
せめてもとそれだけは言葉にすると、光秋はアイスの咀嚼に集中する。
「……」
「……」
涼と菫も困った様に視線を交わすものの、結局なにをするわけでもなくそれぞれの頼んだ物を口に運ぶ。
と、ややあって菫が控えめに光秋を見やる。
「ホントのこと言うと、光秋さんが言いたかったこと、いまいちよくわかりません……そもそも、『新しい人の在り方』っていうのを考えて、どうなるんです?」
「どうなる、か……」
菫の問い掛けに、光秋はスプーンを一旦器に置く。
「正直に言えば、別にこのアイデアをまとめ上げたところでどうなるってもんでもないだろうな」
「?……どうにもならない……?」
返ってきた答えがあまりに意外だったのか、メガネ越しに目を丸くする菫に、光秋はさらに続ける。
「例えば……そう、これが新しい機械――掃除機とか洗濯機とかの研究・開発なら、それは人々の暮らしをより楽なものにできる。病気の研究なら、それまでなかった治療法を確立して、失われていくだけだった命を救う
そこで一旦口を休め、再びアイスを口に運びながら2人の反応を窺う。
「役に立たないって……なら尚更、何でそんなこと考えるんです?ノートまで取って」
「一番の理由は、そうやって考えること自体が楽しいからだ」
早速訊いてくる菫に、光秋は普段思っているままを答える。
「少し僕の話になるが、あれは高校生くらいだったかぁ、昔読んだ本に面白い言葉が載ってたんだよ――『
「…………ジツゾン…………?」
「……どこかで聞いた言葉ですね。確か、実存主義という考えで出てくるんでしたっけ?」
―あぁ、よかった。こっちにも似たようなことを考える人はいたんだな。もしくは同じ人がこちら側にいたのか―
聞き慣れない単語に目を点にする菫に対し、涼は古い記憶を辿る様に目を閉じる。その様子に、光秋は話が比較的円滑に進む予感と、若干の好奇心を覚える。
「僕もきちんと勉強したわけじゃないんだがね。それこそ別のテーマを扱っていた本の中に、比較する様にちょっと書かれてただけだから。ただその本の解説によると、サルトルという人が提示した考えで、簡単に言うと、人間っていうのはまず実存――存在して、その上で“本質”――『自分は何であるのか』ってことが決まってくるってことらしい。初めてこの考えに触れた時、僕は大分胸が軽くなったとでもいうのかな、『そういう発想もあるんだ!』って、それまでとは違うふうに周りが見えた気がして、凄く面白かったんだよ。それからかな、こういう……思想っていうか、いろんな考え方に触れたり、今みたいに自分で作って――作ろうとしてみたり、そういうことが楽しいと感じるようになったのは」
自分でも声が弾んでいると感じながら語ると、光秋はまたアイスを一口食べる。
「……あと付け加えるとしらた、“夢”の為……かな」
「『夢』……?」
再三首を傾げる菫を横目に見ながら、光秋はさらに続ける。
「『傷付く人を一人でも減らしたい』って、この間そんな気持ちを抱く機会が――気持ちを明確にする機会があったんだよ。『何の為にESOにいるんだ?』って。その時抱いたものに名前を付けるなら、それは『目標』とか『目的意識』とか……“夢”っていうんだと思う。“夢”を現実にしていくのに、この“次の人”って発想は足掛かりになりそうな……初めてこの考えに触れた時、そんな直感を抱いたからさ…………まぁ、いろいろ言ったけど、要は自分の為、それが楽しいから、自分の目指すものに必要な気がするから、役にも立たないことにもの好きに取り組んでるって、そんなもんだろうけどな…………」
最後の方は自嘲気味に語ると、光秋はまた一口アイスを食べる。
「「…………」」
それに対して涼も菫も何も返さず、涼はショートケーキに、菫は抹茶アイスに視線を向けながら、それを黙って食べ続けた。