白い犬   作:一条 秋

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91 少女たちとの語らい

 2月20日日曜日朝。

 起床後、寮の自室を簡単に掃除した光秋は、机の上の時計を見て時刻を確認する。

 

「9時40分……約束は10時だったよなぁ……少し早いが、そろっと出るかね」

 

 先日の菫との約束を思い出しながらそう決めると、ベッド下からコタツを出して電源をい入れ、エアコンを点ける。

 掃除のために大窓を開けていてすっかり冷え切った部屋に温風が吹く中、白いワイシャツとベージュのズボンの上に茶色いコートを羽織ると、鍵諸々の小物の確認をして駅へ向かう。

 

―しかし、小学生と……あまつさえ来月には部下になる予定の子と寮の自室で語らうことになるとは……なんとも面白い流れになったもんだなぁ―

 

 冷風に追い立てられながらそんな感慨を抱いている間に駅に着くと、改札口近くの壁に背中を預けて菫が来るのを待つ。

 

「…………」

 

 行き交う人の波を無言で眺めていると、ふと昨日のテストからの帰路で感じた“引っ掛かり”――報告書の作成を進めていく内に明確になっていった“不安”を思い出す。

 

―昨日のデ・パルマ少佐たちや福山主任の言動から、ゴーレム……もっと言えばメガボディの改良は日々続いている。それは当然だろう。期待の対DDシリーズ兵器なんだから…………でも、そうやって福山主任が目標に掲げる様なニコイチ並みの――()()()()()()()()メガボディができた時、ソレが量産された時……僕はどうなるんだろうか…………?―

 

 レールガンの報告書の後に書き始めたゴーレムの試乗報告書、その一文を書き加えるたびに大きくなっていった今後への不安に対して自答できるものを光秋は持っておらず、未だにその気持ちを持て余しているのが現状だ。

 と、悶々とした気分を払う様に菫の声が耳に入る。

 

「光秋さーん」

「!あぁ、菫さん。おはよ……?」

 

 掛けてくれた声に返そうと顔を上げた時、目に飛び込んできた意外な人の顔に、光秋は束の間唖然とする。

 特徴的な短い赤毛は、一度見たらそう忘れられるものではない。それが自分に関わる者ならなおのことだ。

 

「柏崎さんも来たのか?」

 

 僅かに驚きを含んだ声の問い掛けに、白いコートを羽織った菫の横に立つ赤コート姿の柏崎は不機嫌な顔を浮かべる。

 

「別に。菫があんたんとこ行くって言うから、変なことが起きないようについてきたんだよ。要するにボディガード」

「変なことって…………」

 

 鋭い目線を寄こしながら言ってくる柏崎に、光秋は返事に困りながら頭を掻く。

 

「すみません光秋さん。昨日出掛けるって話したら、ついて行くって聞かなくて……『突然2人で行ったら迷惑になる』って何度も言ったんですけど……」

「いや、確かに驚いたが、1人くらいは別に……ただ、用意した菓子が足りなく……あっ!」

 

 軽く頭を下げながら言ってくる菫に返していると、光秋は遅まきながらミスに気付く。

 

「しまった……お茶菓子買っとくの忘れた…………」

 

 朝起きてからというもの、客を迎えるために部屋を片付けることばかりに意識が向いていた自分を振り返り、そんな自分への呆れを表す様にまたも頭を掻く。

 

「……まぁ、ちょうどいいか?行く途中、そこのコンビニでなにか買ってこう」

 

 言うや光秋は駅近くのコンビニへ向かい、菫と柏崎もそれについていく。

 自動ドアをくぐると、近くに重ね置きされている買い物カゴの1つを取る。

 

「2人の好きな袋菓子テキトーに買ってここに入れてくれ。あと飲み物も」

 

 菫と柏崎にそう告げると、光秋は自分の分の飲み物を買おうと店の奥へ向かう。

 

「…………」

 

 飲み物のコーナーで逡巡することしばし、最終的にコーラーに決めると、そのペットボトルをカゴに入れる。

 それに合わせる様に、菫と柏崎もそれぞれ2、3点の袋菓子を持って歩み寄ってくる。

 

「…………」

 

 一緒に来た柏崎が持っていた物をすぐにカゴに入れる傍ら、菫は少し迷った顔を浮かべて佇む。

 

「言っとくが菫さん、変な遠慮とかいらないからな。僕も食べるんだし」

「…………はい」

 

 これまでの言動を顧みて掛けた光秋のその言葉に、菫は押される様に菓子袋をカゴに入れていく。

 そうしている間にも自分の飲み物をカゴに入れる柏崎を横目に認めると、光秋は菫を飲み物の棚へ促す。

 

「さ、あと菫さんだけだぞ」

「はい。えっと……」

 

 また変な気遣いをされる前に、光秋は敢えて急かす言葉を投げ掛ける。その効果かは判らないが、今度は迷う様子を見せなかった菫は、しばし思案して自分の分をカゴに入れる。

 

「他にいる物は?……なら、レジ行こう」

 

 少女2人に確認を取ると、光秋はレジへ向かう。

 駅のすぐ近く、それも休日とあってか店内には疎らに人がおり、ちょうど他と時間が重なったのか、2つあるレジの双方に列ができている。

 その一方の最後尾に並ぶと、光秋は後ろをついてきた柏崎を見やる。

 

「柏崎さん」

「……なんだよ」

 

 声を掛けると、刺々しい声が返ってくる。

 

「この期におよんでなんだけど、本当に僕の部屋に来るのか?」

「なんだよ、来られちゃ不味いもんでもあんのかよ?菫に変なことする邪魔すんなってか?」

「桜っ!いい加減に――」

 

 メガネの奥の目を鋭くして声を荒げようとする菫を、光秋は肩に手を置いて制す。

 

「菫さん、とりあえずここで大きい声出すのは止そう」

「…………すみません」

 

 注意されてすぐに声を呑み込むや、菫は若干紅潮した顔を俯け、光秋は柏崎に向き直る。

 

「でだ、柏崎さん。君が僕のことをどう思ってるかいろいろ気になるところではあるが、それは一旦置いといて……僕と菫さんがこれからなにをするかは知ってるのか?」

「なんかについて語らうんだろう?聴いてもよくわかんなかったけどさ」

「つまり、大よそのことがわかった上で来たんだな?」

「そうだよ。何が言いたいんだよっ」

 

 念を押す様に確認する光秋に焦れたのか、柏崎は苛立った声を寄こす。

 

「いや、わかってるんならいい。少なくとも要点はな。ただ…………わからない――加わりようがない会話の横にいるのは、けっこうキツイぞ」

「はぁ……?」

 

 自身小さい頃からときどき経験してきたことを踏まえた警告に、しかし柏崎の理解は及ばなかったらしい。

 そうしている間に会計の順番が回ってくると、光秋は会話をそこで取り止め、財布の準備をする。

 代金を払って買った物が入ったビニール袋を受け取ると店を出、菫と柏崎を寮へと先導する。

 

―ま、柏崎さん自身わかって来てるって言ってるんだし、あとは自己責任かね?どの道好きな菓子買ってやった後で追い返すのもどうかと思うし―

 

 ちらりと後ろを見やり、未だ先程の警告が解せない様子の柏崎に一抹の不安を覚えながらも、結局それ以上この点に触れないことにした光秋は黙って寮へ向かう。

 

 

 

 

 少し歩いて寮の自室に戻ると、外の冷気で冷えた光秋たちをエアコンの温風が迎えてくれる。

 

「コートだけど、そこの椅子の背もたれに掛けて。あと水盤は風呂場だから、手洗いうがいな。ちゃんと石鹸で」

「はい」

「わかってるよっ」

 

 自分の指示にそれぞれ応じてコートを脱いだ菫と柏崎が浴室に備え付けられた水盤に向かう一方、光秋はビニール袋から先程買った袋菓子をコタツの上に出し、居間に戻ってきた菫たちと入れ替わりに自分も手洗いに行く。

 手洗いから戻ると、すでにコタツに足を入れている2人の姿が目に入る。今立っている廊下側から見ると、柏崎が左側に、菫が背を向けて座っている形だ。

 

「菫さんそのシャツ、この間の?」

 

 廊下から見て右側――ベッドの下側からコタツに入りながら、光秋はコートを脱いだ菫の上半身を包んでいる服に既視感を覚える。濃い青色に目立った装飾のない落ち着いた造詣のそれは、見覚えや記憶違いでなければ先日デパートで光秋が選んだ物だ。

 

「!はいっ!この前光秋さんが選んでくれたやつですっ!」

「やっぱり……あれ?でもあの時選んだのって、春物だよな?今着ると寒いんじゃないか?」

 

 嬉々として答える菫に、光秋は選んだ時の記憶を振り返りながらさらに問う。

 

「あ、それは、その…………へ、部屋着としてなら今からでも着れますし、あと、着慣れておこうかなぁって……それに、暖房効いてますからっ」

「ならいいが。寒かったら言えよ」

「はいっ」

 

 どこか慌てた様子で答える菫に一応納得すると、光秋は注意を促してコタツの中央にまとめて置いていた飲み物をそれぞれの許に配る。

 

「菫さんがレモンティーで、柏崎さんがオレンジジュースだったよな」

「ありがとうございます」

「……」

 

 礼を言う菫と無言を返す柏崎をそれぞれ見ると、光秋も自分の許にコーラを寄せ、机に手を伸ばして横尾ノートと自分のノートを取る。

 それを見て、菫も横に置いていたカバンからウキウキした顔でノートと筆箱を取り出す。

 

「じゃあ、早速っ!」

「はいっ」

 

 かく言う光秋も緩む口元を止めることはできず、応じる菫と同時に自分のノートを開く。

 

「おっ。随分いろいろ書いてあるな」

 

 菫が“次の人”という考えに触れた時間はまだ短く、また現状唯一の資料たる横尾ノートを読んだ時間はもっと短い。それでも所狭しとノートに綴られたメモ文の数々に、光秋は舌を巻く。

 

「光秋さんには負けるかもしれませんけど……私もあれからいろいろ考えましたから。しばらくは私が考えてきたことを聴いてもらっていいですか?」

「わかった、聴かせてくれ。君がこのノートから何を受け取ったか、“次の人”をどのように理解したか」

 

 横尾ノートを示しながらそう返すと、光秋は菫の話に聴き入っていく。

 

 

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 小学生ということもあって、まだまだ未熟な論理や拙い表現が散見されながらも、未熟なりに自分の考えを表していこうとする菫。その初々しくも熱い姿に見惚れ、語ることを夢中で聴いていた光秋は、束の間話が途切れたのをきっかけに、数分――あるいは数十分ぶりに周囲に意識を向ける。

 コタツの上の菓子袋はいくつか封が切られており、その周囲にはチョコレート菓子や飴玉の包みが転がっている。自分の正面に着いている柏崎は床に寝転び、持参してきたらしい携帯ゲーム機を虚ろな目で眺めている。

 

―やっぱり、こうなるよなぁ…………―

 

 自身今の今まで菫の話に夢中で気付かなかったものの、ある程度の予備知識がなければ立ち入れない会話を独り横で聞いているのが楽しいわけもなく、コンビニで覚えた不安の通りになった柏崎に、光秋はどうしたものかと心の中で頭を抱えてしまう。

 

「…………あー……そういえば今何時だっけ…………」

 

 現状を変えるきっかけになればと2人に対して話をふりながら机の上の時計を見ると、11時15分を指そうとしている。

 

―ちゃんと確認したわけじゃないが、部屋に来たのが10時半少し前くらいだったよなぁ……つまり、柏崎さんのこと1時間近く蚊帳の外に置いちゃったわけか…………―

 

 改めて把握した柏崎の様子に、光秋の中の気まずさがさらに強くなる。

 と、レモンティーを飲んで口を整えた菫が声を掛けてくる。

 

「もう11時ですか…………ちょっと早いけど、お昼にします?」

「!そうだなっ。柏崎さんもそれでいいいか?」

 

 渡り船とばかりにその話に乗りながら、光秋は柏崎に顔を向ける。

 が、

 

「別にぃ。さっきまでみたいに2人で決めればいいじゃん…………」

 

柏崎の方は視線を寄こすこともなく、ゲーム機を操作しながらすっかり拗ねた様子で言ってくる。

 

―……弱ったなぁ…………―

 

 それ以上柏崎が口を利く気配はなく、代わりの様に響くゲーム機を操作するカタカタという無機質な音が、光秋の中の焦りをさらに掻き立てる。

 そんな心境を知ってか知らずか、菫が再び、今度はやや遠慮がちに声を掛けてくる。

 

「その、お昼なんですけど…………光秋さん、作ってくれませんか?」

「僕がっ?」

 

 思わぬ頼みに、光秋は束の間柏崎のことを隅に置いてハッとする。

 

「光秋さんの作ったものが食べたくて…………ダメ、ですか……?」

「ダメというか…………」

 

 上目遣いに不安そうな視線を向けてくる菫に、光秋は腕を組んでしばし考える。

 

―まぁ、夏に綾と一緒にいた頃、みそ汁とか野菜炒めくらいなら作ったことはあるが……あれからちゃんとした料理なんてしたことないから、どうも自信ないんだよなぁ…………もっとも、それ以上に……―「そもそもこの部屋に食材といえる物がないんだよな。カップ麺やパンならあったと思うが……」

「そういうのじゃなくて」

「だよなぁ…………」

 

 案の定な返事をしてくる菫に頷くと、光秋はコタツを出て、菫の後ろに移動して立ち上がる。

 

「しゃあない。近くのスーパーでなにか買ってこよう。スパゲッティくらいならできるだろう」

「!私も行きますっ」

 

 コートを羽織りながら光秋がそう告げるや、菫もすぐにコタツを出てコートに手を伸ばす。

 

「…………じゃあ、アタシも行く」

 

 柏崎もそう言ってコタツを出ると、すかさず光秋を睨み付けてくる。

 

「言っとくけど、他人(ひと)んちに1人でいんのもなんか気まずいから、それでついてくだけからなっ」

「ん?あぁ……」―僕はなにも言ってないんだが……と、それならコタツは切るか―

 

 その視線に内心眉を寄せながら、光秋は誰も入らなくなったコタツの電源を切り、その間に準備を整えた少女2人を見る。

 

「いくらもせずに帰ってくるから、エアコンは入れっぱなしでいいよな。財布も持ったし……行くかね」

「はいっ」

「……」

 

 光秋の呼び掛けに菫が応じ、柏崎が無言を返すと、一行は部屋を出て近所のスーパーへ向かう。

 

 

 

 

 最寄り駅の近くにあるスーパーの自動ドアをくぐると、菫と柏崎を伴った光秋は買い物カゴを手に取り、ひとまず店の奥へ向かう。

 

「パスタのコーナーは…………ここか」

 

 棚の合間に置かれた札を注視しつつ目的の場所を見付けると、棚を走査してスパゲッティの麺の袋を探す。

 

「……あった。それと…………これだな。2人共、希望の味ってあるか?」

 

 見付けた麺の袋をカゴに入れつつ、近くに味付け用の袋詰めを見付けた光秋は、それらを指さしながら2人に問う。

 

「私は……たらこ以外ならなんでも」

「柏崎さんは?」

「…………ミートソース」

「じゃあ、これ3つでいいか」

 

 菫と柏崎の意見を訊くと、光秋はミートソースの袋詰め3つをカゴに入れる。

 

「とりあえずこれで最低限の物は買ったけど、他にいる物はあるか?」

「別に。あとは作ればいいだろう?」

「やっぱそうか……」

 

 柏崎の返答に、光秋も頷こうとする。

 と、

 

「あの、野菜コーナー見て行きませんか?」

「野菜?」

 

菫の提案に、光秋は一瞬首を傾げる。

 

「野菜コーナーなんか見てどうすんのさ?これで充分作れるだろう?」

「いいからっ。光秋さんもっ」

「あ、あぁ……?」

 

 同じく首を傾げる柏崎の問いを流しながら、菫は光秋のカゴを持っていない方の手を引いていく。

 

「…………にしても、こうして小さい女の子2人とスーパーに来てるって、なんか不思議な気分だな」

 

 戸惑いながらも引かれていく光秋は、そんな自分の様子も含め、菫と柏崎、周囲の景色を見回しながら感じたことを呟いてみる。

 

「なんだよ、それ」

 

 すかさず、柏崎が怪訝な目を向けてくる。

 

「いや、なんというかな…………傍目には僕等ってどう見えてるのかとか、そんなとこ。この間菫さんと一緒にいたら兄妹に間違えられたことがあったけど、やっぱそんなとこかな?」

 

 言葉にしてみて自分の感じたことを整理しながら、光秋は先日のテストでデ・パルマ少佐に言われたことを思い出す。

 と、柏崎の表情が微かに曇る。

 

「へー?兄妹に間違われた、ねぇ?ふーん?」

「……な、何?桜っ」

 

 言いながら、柏崎は菫に棘のある視線を向ける。

 

「別にぃ?……まぁあれだ、兄妹でなかったらさしずめ、小学生2人を引き連れて歩くロリコン野郎だね」

「そりゃ手厳しいな。警察のお世話にはなりたくない……あぁ、2人は超能力者だから、場合によってはESOが来る可能性もあるのか」

「そんなこと真剣に考えないでくださいよ!」

 

 辛辣な柏崎に、光秋は半分以上冗談のつもりで返す一方、菫は真面目な顔で言ってくる。

 

「冗談だよ。言ってみただけだ…………あ、そういえばこの前は、菫さんと涼さんの3人で歩いたよな」

 

 そんな菫をなだめるように努めながらそう言うと、今度は先日のデパートのことを思い出す。

 

「あの時はさながら、親子とでも思われてたかな?ちょうど3人共メガネだったし」

「!」

 

 ただ単に思ったことを冗談を織り交ぜて呟いた直後、菫が急に顔を紅潮させ、その場にカカシの様に佇んで何事かぶつぶつ言い始める。

 

「親子?私と光秋さんが親子……うん、別に悪くない。涼さんのことは少なくとも嫌いじゃないし、どっちにしろ『加藤菫』って名乗れるし……で、でも、親子だとそれはそれでいろいろ――」

「菫さーん?」

「は、はいっ!!」

 

 若干大きな声で呼び掛けた光秋に、菫は一瞬ハッとして現実に戻ってくる。

 

「突然どうした?顔赤くして立ち止まって。親子がどうとかカトーとかぶつくさ言ってたけど、具合でも悪いのか?」

「!だ、大丈夫です!そ、それより、早く野菜コーナー行きましょう!」

「ならいいが……調子悪いようならすぐに言えよ」

「は、はいっ」

「…………」

「?……」

 

 なぜか焦りを含んだ菫の返事を聞くと、光秋は怒りと呆れが混ざった様な目を向けてくる柏崎に内心首を傾げながら野菜コーナーへの歩みを再開する。

 多様な野菜が並んだ棚の合間をしばし巡っていると、菫が突然立ち止まり、光秋と柏崎もそれに倣う。

 

「これですこれっ。麺と一緒に茹でてみましょうよ」

 

 そう言いながら菫が指さすのは、青々としたキャベツだ。

 

「キャベツを一緒に茹でるのか?」

「はいっ。一緒に茹でると時間も省けるし、食べる時は野菜の栄養も摂れて美味しいって、この前テレビでやってました」

 

 思わぬ提案に首を傾げる光秋に、菫は嬉々として説明する。

 

「なるほど、そんな手もあるのか……ただ、流石に丸ひと球はなぁ…………!これくらいがちょうどいいんじゃないか?」

 

 台所の広さや調理する際の手間、食べる時の量などを考慮しながら周囲を見回した光秋は、少し離れた所にフィルムに包まれた半球を見付ける。

 

「それとも、2人共けっこう食べるか?それならひと球買うが?」

「あ、いえ。言われてみれば丸1個は多かったかな……?」

「アタシはミートソースが食えればそれでいいけど」

「じゃあこっちで」

 

 菫と柏崎に確認をとると、光秋は半球キャベツをカゴに入れる。

 

「他にいる物はあるか?菫さん、他に入れてみたいものは?」

「今日はこれでいいです」

「アタシも。ていうか、そろそろお腹減ってきたから、早く帰って食べたい」

「なら、これで行くか」

 

 菫と柏崎の返事を聞くと、光秋はレジで会計を済ませ、ビニール袋に詰められた食材を持って寮へ向かう。

 

 

 

 

 自室に戻ると、光秋はビニール袋の中身を台所に広げ、よく手を洗った上で調理を始める。

 キャベツからフィルムを剥がすや、それをそのまま蛇口から流れる水で洗い流し、何層もの葉を束ねている茎を千切って手頃な大きさに破っていく。

 

「大雑把」

「豪快ですね」

「“男の料理”って感じだろう?」

 

 柏崎、菫それぞれの感想に――主に柏崎の方に――共感しつつ冗談めかして返しながら、千切った葉を鍋に入れ、全て入れ終わるとそこに水を注いでお湯を沸かす。

 キャベツ入りの鍋が沸く間、光秋はスパゲッティ麺の袋を破り、手頃な量に束ねられた麺と、居間のコタツで寛ぐ柏崎と菫を見比べる。

 

―とりあえず1人1束で足りるか?でも菫さんたちたくさん食べる年頃だしな……ま、キャベツも入るし、菓子もそこそこ食ってたし、足りなきゃまた茹でればいいだけだしな―

 

 そうして入れる麺の量を決めるのと前後してお湯が沸き、袋から出した3束を鍋の縁に沿って広げる様に入れていく。

 少量の塩を入れ、箸で鍋の中を掻き混ぜることしばらく。

 

―…………そろそろかな?―

 

 机の上の時計で時間を確認すると、光秋は麺の1本を取って試食する。

 

―……こんなとこかな。キャベツは……うん、ちゃんと煮えてるな―

 

 同じくキャベツも1片試食して、それぞれいい具合に茹で上がったことを確認すると、台所棚から出したザルを水盤に置き、そこに鍋の中身を開けていく。

 熱湯が勢いよく流れる中、持ち上げたザルを軽く振って中の麺とキャベツの水を切り、棚から皿を3枚出して適量盛っていく。

 

「よし、できた」

 

 目分量で均等に盛り分けると、なんとか様になったキャベツ入りスパゲッティに安堵の息を漏らしながら、それらを居間のコタツに運んでいく。

 コタツに載っていた菓子や飲み物を菫が机に移動させる傍ら、光秋は菫と柏崎の分の皿を置き、もう一度台所に戻って自分の分とミートソースの袋詰めを3つ、箸を3つ持ってくる。

 

「おっと、水忘れた……て、この部屋コップ3つもなかったな……」

「大丈夫ですよ。喉そんなに渇いてないし」

「ジュースもまだあるしね」

「そうか?……じゃあ、各自でかけて食べて」

 

 今更気付いたことに菫と柏崎が返すと、お言葉に甘えた光秋は袋を破って中のミートソースを麺にかけていく。

 ひと通りかけ終わると手を合わせ、キャベツ入りミートソースに箸をつける。

 

―…………僕はそこそこ美味く感じるな。ソースと絡んだ麺もそうだが、茹でキャベツも思った以上に合う。問題は……―「どうかね、菫さん?」

 

 自作のできに自分は満足する一方、提案者である菫の意見を仰ぐ。

 

「美味しいですっ、とっても!……すみません。もっといい言い方があるかもしれないのに、上手く言えなくて……」

「『美味(うま)い』を上手(うま)く言えないときたか……うふんっ。まぁとにかく、お気に召したようでなにより」

 

 嬉々とした、しかし微かに語彙の少なさへの悔しさを浮かべた顔をする菫に、光秋は反射的に思い付いたことを言ったあと、一瞬外よりも低くなった室温を咳払いで誤魔化し、提案者の満足顔に改めて安堵する。

 が、

 

「ま、買った物茹でてかけただけだからね」

「桜ッ!そういうこと言わないの!」

 

麺をすすりながら告げられた柏崎の一言に、菫の目が途端に吊り上がる。

 

「まーまー菫さん。一応ホントのことだから」

「そう、ですけど…………」

 

 自身痛いところを突かれたと思いながらも、もともといくらかはそういう認識もあった光秋は素直に柏崎の言葉を受け入れ、身を乗り出そうとする勢いの菫をなだめる。

 

「それで、柏崎さんとしてはどうだ?買った物の組み合わせは?」

「別に……フツー……」

「不味くはないってことだな?そりゃ結構」

 

 そっぽを向いて答える柏崎に勝手に満足しながら、光秋はキャベツ入りミートソースをまた一口すする。

 

 

 

 

 3人共スパゲッティを完食すると、光秋は皿と箸を台所に運び、鍋やザルと一緒に洗っていく。

 普段より少し多い量にやや時間を掛けながら、洗い終えた食器類を水切り用の棚に並べ、自分の手を水洗いして居間に戻ると、コタツに突っ伏した菫と横になっている柏崎を見る。よく見れば菫の手元にはノートが広げられ、先程まで書き込みがなされていたのがわかる。

 

―あちゃあ、うたた寝しちゃったか。とりあえず、菫さんこのままだと風邪ひくよな―

 

 2人の微かな寝息を聞くと、光秋は部屋の端に退けた椅子の背もたれに掛かっていた菫のコートを取り、それを背中に掛けてやる。

 

―柏崎さんは……腰から下こそコタツに入ってるが、とりあえず掛けとくか―

 

 思うやコタツ布団から露出した柏崎の上体にもコートを掛け、光秋は今の定位置たるベッドの下に腰を下ろす。

 

―コタツも切ろう。余熱でも充分温かいし……腹が一杯になって眠くなったかな?―

 

 手元のスイッチでコタツの電源を切りながら、少女2人の穏やかな反応に、つい頬が緩んでしまう。

 

―こうして見ると、2人共つくづく普通の子供にしか見えないが…………これで特エス、しかも最高のレベル9なんだよなぁ…………―

 

 目の前で安眠する菫と柏崎に微笑みを浮かべる一方、サン教ベースでの戦いや祝賀パーティー襲撃事件の時の入間隊――特に柏崎――の働きが脳裏を過り、それらは先のことへの不安となって光秋の胸を押してくる。

 

―順調に行けば、あと10日としない内に僕がこの子たちの上司に――少なくとも仕事中においてはこの子たちの身を預かる立場になるんだよなぁ…………正直なところ、藤岡主任の講義を理解するので精一杯に感じてる現状、果たしてきちんと務まるのだろうか?…………それに、メガボディの――今後のESOでの立ち位置にしたって…………―

 

 不安は別の不安を誘発させ、徒に胸を重くしていく。

 それを解決するどころか、軽減する(すべ)すら持たない光秋は、身の内に生じた“重さ”を持て余すしかなかった。

 

 

 

 

 少女2人のうたた寝に気付いてしばらく経った頃。

 諸々の不安を誤魔化そうと買い溜めていた本を読んでいた光秋は、コタツを挟んで正面に寝転んでいた柏崎の起きる気配に顔を上げる。

 

「んー……ふぁー……」

「おはよう」

 

 掛布団代わりのコートを押し退けてのっそりと起き上がり、大口で欠伸をして目に涙を浮かべる柏崎に、光秋は事務的に声を掛ける。

 

「…………寝ちゃってた?」

「あぁ。けっこう寝てたよ。もう2時だしな」

 

 まだ少し眠気を含んだ目で問う柏崎に、栞を挟んだ本をコタツに置いた光秋は机の上の時計を見ながら答える。

 

「そう…………」

 

 短く返しながら周りを見回した柏崎は、コタツに突っ伏して寝ている菫を見る。

 

「菫も…………!あんた、菫に変なことしてないだろうなっ?」

「君にとっての僕って、つくづく何なんだろうな…………」

 

 途端に眠気を引っ込めて鋭い視線を向けてくる菫に、光秋は若干の頭痛を感じながら呟く。

 

「逆に訊くが、君の言う『変なこと』って何だ?君から見れば、僕はそういうことをするような人間なのか?」

「それは……その…………」

 

 意識の片隅では大人気(おとなげ)ないと思っていても、少し頭にきていた光秋のやや強い言い返しに、柏崎は口籠る。

 

「……君が僕のことを嫌うのは勝手だよ。他人(ひと)の気持ちだけはどうすることもできないからな。ただ、この機会に言っておくが、僕が正式に君たちの主任になった後、せめて仕事中は言うことを聴いて欲しいもんだな」

 

 言ってから、先程抱いた不安を思い出して、少し後悔する。

 

―……いや、今のは僕が利いていい口じゃなかったな。劣等生が……―

 

 発言に対して実力が伴っていない。そんな自己認識と、それに気付いたことによる小さな羞恥に口を閉じていると、それまで黙っていた柏崎が言ってくる。

 

「一つ訂正だけど、アタシは別にあんたが嫌いなわけじゃないよ。前にも言ったじゃん」

「……そうだっけ?」

 

 思いもよらぬ言葉に、光秋は羞恥を一旦隅に置いて驚く。

 

「言ったよ。あんたが初めて本部に来た時」

「初めて本部に来た時…………あぁ」

 

 言われて光秋は、初めて本部に出勤した午後、学校の制服姿の柏崎に自分の言うことを聴かないと言われた時のことを思い出す。

 

「でもあの時、僕の言うことは聴かないって」

「その時言ったじゃんっ。『あんた自体は嫌いじゃない』って……アタシが嫌なのは、入間主任以外の人がアタシ等の上司になること、それだけだよ…………」

―……そんなこと言われたっけ?『言うこと聴かない』の方が印象強くて忘れてたかな…………?もっとも、立場上は結局困るわけだが…………今は、それよりも―

 

 柏崎の言ったことを自分の中で整理すると、光秋は隅に置いていた羞恥を再び手元に持ってくる。

 

「それなら、僕も一つ訂正――いや、謝らなきゃいけないな」

「?……なに?」

 

 首を傾げて注目する柏崎に、光秋はさっきの件を思い出しながら告げる。

 

「さっき、せめて仕事中は僕の言うことを聴いて欲しいと言ったが、あれば僕の……少なくとも()()()の利いていい口じゃなかった。すみませんでした」

 

 思ったままの謝罪の言葉を告げると、やや深めに頭を下げる。

 

「……だから、こう言い換えよう」

 

 そして言いながら頭を上げ、柏崎の目を見据える。

 

「僕のことが嫌いでないと言うのなら、せめて困らせるようなことは言わないでくれないか?」

「…………まぁ、そういうことなら……聴いてあげなくもないけど……?」

「助かるよ」

 

 どこか居心地が悪そうに視線を逸らし、心なしか歯切れ悪く応じるに、光秋は安堵を含んだ声で返す。

 

「……それと、アタシからもう一つ言いたいんだけど」

 

 直後に柏崎は顔を向け直し、やや強い視線を寄こしてくる。

 

「アタシは『桜』だから。『君』だの『柏崎さん』だのじゃないから」

「…………知ってるが……?」

 

 言われたことが今一つ理解できない光秋は、応じながらも柏崎に問い掛ける視線を寄こす。

 それを見て、柏崎はイラついた顔を浮かべる。

 

「だから、今から名前で呼べって言ってんの!変なとこで鈍いんだから!」

「あ、あぁ……わかった……()()()

 

 その剣幕に、光秋は思わず身を後ろに退く。

 

「…………その代わり、アタシもあんたのこと『光秋』って呼ばせてもらうから」

「あぁ、それは構わんよ。好きに呼んでくれていい」

 

 と、今度はまた居心地が悪そうに視線をあらぬ方向に向けながら柏崎――桜は一方的に告げ、特に断る理由のない光秋は素直に承諾する。

 

「ただ、今みたいな私的な時だけな。仕事中はダメだから」

「わかってるよっ。ガキじゃないんだから」

「ならいいんだがね」

 

 それでも念のためにと注意する光秋に、桜は不貞腐れながら応じる。

 が、次の瞬間にはコタツの上に広げたままになっている菫のノートを見やる。

 

「ところでさ、あんたたち結局何の話してたの?横で聞いててもまるでちんぷんかんぷんだったんだけど」

「まぁ、そうだよな」

 

 自身ある程度知識のある者同士でしか解らない会話をした自覚がある光秋は、その時感じたのであろう戸惑いを思い出した様に浮かべる桜の心情を察しつつ、気まずそうに頬を掻く。

 

「…………折角だし、桜さんも聴いていくか?“次の人”って考えについてなんだけど」

「『次の人』……?」

 

 同時に、この概念を広めるチャンスと感じた光秋は机の上の横尾ノートを手に取り、極僅かだが興味を抱いた様子の桜の前にそれを差し出す。

 

「僕も知り合いから聞いた考え方なんだけどね、地球合衆国という新しい時代を迎えた人の在り方で…………」

 

 それに加えて自分なりの理解を語りながら、桜に“次の人”について説明していく。

 

 

 

 

 我ながらよく回る口で説明を続けることしばし。

 “次の人”に関するひと通りの説明を伝えた光秋は、机の上に退かしてそのままだったペットボトルを取り、飲み掛けのコーラで口を湿らせると、自分の話を終始黙って聴いてくれていた桜に窺う目を向ける。

 

「とまぁ、こんなところなんだが…………わかったかな?」

 

 自分ではきちんと伝えたつもりでも、相手に伝わっていなければ意味はなく、そんな不安を含んだ光秋の問いに、桜はしばし思案顔を浮かべる。

 

「うーん…………ちょっと確認するけど、超能力者とは違うの?」

「違う。そもそもノーマルとか超能力者とか、そういう区別なしに適用されるのが“次の人”なのかもしれない」

「……そうなんだ…………」

 

 光秋の返答に小さく返すと、桜は再び考える顔をする。

 

―やっぱり、わかりづらかったかな?ついあれこれ言っちゃった気がするし……―

 

 説明中、つい余計な話を挟んでしまったかもしれないことを思い出し、光秋の不安はますます増していく。

 と、2人の横で突っ伏していた菫がゆっくりと目を開き、体を起こす。

 

「……いけない、寝ちゃった……今何時です?」

「もうすぐ3時だな」

 

 メガネを外して目を擦りながら訊いてくる菫に、光秋は机の上の時計を見ながら答える。

 途端に菫は慌ててメガネを掛け直し、自分の目で時計を確認する。

 

「えっ?そんな……あー…………」

 

 我が目で見て光秋の返答を改めて認識したのか、悔やむ声を上げて顔を俯ける。

 

「午後からも光秋さんとたくさんお話しようと思ってたのに……」

「まだ帰るまで……暗くなるまで少し時間がある。これから話せばいいさ……食べて眠くなったかね?」

 

 悔いを言葉にする菫に、光秋は大窓から日の傾き具合を確認しつつ、2人が寝入ったのに気付いた時から気になっていたことを訊いてみる。

 

「どうでしょう?光秋さんが洗い物してる間に、思い付いたことをノートに書いてたら、だんだん意識が……」

「アタシもそんなとこかな。思い切って横になったけど、まさか2時まで寝るとはねぇ……」

 

 菫に続いて、桜もその時のことを思い出しながら呟く。

 と、菫が桜に口を尖らせる。

 

「2時って、私より1時間くらい先に起きてたの?もうっ。それなら起こしてくれてもいいでしょう?光秋さんも……」

「悪い悪い。桜さんとちょっと話し込んじゃって、気が回らなかったよ……そうでなくても、あんなぐっすり寝られたら、起こすのも悪いと思っちゃうけどな」

 

 自分にも回ってきた矛先に謝って応じつつ、光秋は寝入っている真っ最中の2人の様子を思い出す。

 

「…………そういうことなら……まぁ……!痛っ……」

 

 その返答に渋々と、しかし微かに嬉しそうに返したのも一瞬、菫は突然顔を歪め、首の後ろに手を回す。

 

「首が……」

「何だ?寝違えたか?」

 

 苦悶の表情で呟く菫に問いつつ、光秋は左手を伸ばして菫が擦っていた辺りを揉んでみる。

 が、

 

「!痛っ!い、痛いです光秋さん!!」

「あぁ、悪い。強過ぎたか」

 

途端に苦悶から苦痛の表情へと変わった菫が悲鳴に近い声を上げ、慌てて手を放した光秋は、今度は力加減に注意しながら首を揉んでいく。

 

「どうだ?」

「今度は大丈夫です……あぁ、気持ちいい……」

 

 改めて触れてみると、自分のそれよりずっと柔らかく感じる肉、ずっと細い首。それをやや恐る恐る揉んでいく光秋の確認に、菫は顔を緩ませながら答える。

 

「……ずいぶん慣れてるじゃん?」

「そうか?……まぁ、家にいる時、よく親に揉まされてたからな」

 

 その様子を感心と、そして心なしか不満を浮かべて見ている桜に、光秋はまだ家にいた頃、親に頼まれてなんだかんだ言いながらも肩や背中を揉んでいたことを思い出しながら応じる。

 

「『揉まされてた』、か……そういえば今は離れて暮らしてんだよね」

「まぁな」

 

 確認の声で訊いてくる桜に、首を揉む手を休めることなく応じる。

 

「……やっぱり、今でも寂しいって思う?」

「え……?」

 

 さらに掛けてきた問いの意味が一瞬解らず、今度は手が止まってしまう。

 

「今でもって……?」

「前に言ってたじゃん。家族と離れて寂しい、会いたいって」

「…………?」

「ほら、去年のクリスマス、サン教の基地潰すのに集まった時っ」

「…………!あぁ、あの時な。話の後でジュース買った」

 

 じれったそうに言われた桜の言葉に、光秋は突然怒鳴って食堂を出て行く桜と、その後に交わした会話を思い出す。

 

「そうだよっ。忘れてんじゃねぇよっ」

「いやぁ、悪い。あの後もいろいろあったからさ……」

 

 不服そうに言ってくる桜に、光秋は記憶が飛んでいたことに罪悪感を覚えながら頭を下げる。

 

「まぁでも、確かに寂しいとは感じるかな。ときどきだけど」―今は家族だけじゃなくて、伊部姉妹ともだけどな―

 

 気を取り直して桜の問いに答えつつ、光秋は脳裏に法子と綾の顔を浮かべる。

 

「……やっぱり?」

「ときどきだけどな。疲れた時とか、不意に。基本一人好きだから、今の暮らしの方が気楽と言えば気楽だけど」

 

 確認する様に訊いてくる桜に応じると、今度は光秋が問う。

 

「2人はどうなんだ?やっぱり寂しいとか――あっ……」

 

 言い掛けて、光秋は慌てて口をつぐみ、微かに表情が暗くなった桜と菫を見る。

 

―馬鹿垂れ!。そんなの訊くことじゃないだろうが…………―「すまない…………」

 

 クリスマスの時の桜の様子や、先日出掛けた時に見た一人寮に消える菫の背中を思い出し、自身の思慮の浅さに呆れながら、一言詫びを告げた光秋は止まっていた菫の首揉みを機械的に再開する。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 それからは誰も何も言わず、重苦しい沈黙が3人の間に流れる。

 

―不味い。この嫌な感じ、なんとかしないと…………!―

 

 この状況を作ってしまった責任感もあって内心焦りながら思案していると、光秋の脳裏に先日菫から薦められて購入したマンガの表紙が浮かぶ。

 

「そういえば菫さん、この間薦めてくれたマンガ……えっと、『ヒーロー候補生』だっけ?あれなかなかいいな」

「!……そう、ですか……?」

 

 重い沈黙を払うつもりで努めて明るく、しかし感じたままを告げると、俯いていた菫の顔に微かな活気が戻ってくる。

 

「え?光秋あのマンガ読んでんの?」

「この前菫さんに薦められてな。まだ1巻だけだけど」

 

 桜も興味を持ったらしい。顔を上げて訊いてきたことに答えつつ、光秋は初めて読んだ時に感じたことを思い出す。

 

「主人公の這い上がっていく感じっていうの?不向きではないけどいまいちパッとしない特エスの子が、主任の助言を受けて少しずつ力を付けていく様子とか、ダメな自分に不貞腐れてたのが、少しずつ自分を認めていったりとか、ゆっくりだけどきちんと前に進めてる姿に元気付けられるな」

「そう!そこなんですよね。あの話の面白いところは!」

「……けっこうわかってんじゃん」

 

 菫が若干昂揚して応じ、桜が意外そうな目を向けて返す。

 それを皮切りにマンガや最近の流行り物へと会話は続き、それを明るい顔で語り合う桜と菫に、光秋は内心ほっとする。

 

―よかった…………―

 

 

 

 

 少女2人から最近の流行を教えられることしばらく。

 会話の合間にふと窓を見た光秋は、空がすっかり暗くなっていることに気付いてハッとする。

 

―!今何時だ?―

 

 思うや机の上の時計を見ると、4時を少し過ぎたところだった。

 

「……いかん。だいぶ話し込んでたみたいだな」

「え?うわっ、真っ暗」

「!そんな……」

 

 光秋の呟きに、桜も外を見て驚き、菫は残念そうに顔を俯ける。

 

「午後から“次の人”の話、全然できなかった……」

「また今度機会を作ろう。暗くなってきたし、今日のところはこれでお開きにしよう。帰り送るよ」

 

 落胆の声を漏らす菫に応じながら、光秋はコタツを出てコートを羽織る。

 

「菓子の残りで食べたいのがあったら持ってって。飲み物もな」

「「はーい」」

 

 それに続く様に桜と菫も帰り支度を整えるのを横目で見ながら、ポケットに小物を詰め、コタツを切って玄関へ向かう。

 

「あー、雨だな……」

 

 いつから降り出したのか、ドアを開けて真っ先に目に入った濡れた周囲に、光秋は荷物をまとめて出てきた桜と菫を見やる。

 

「2人共、傘持ってきたか?」

「ううん。来る時晴れてたから」

「私も……」

「だよなぁ……」

 

 予想通りの返答にしばし考えると、光秋は玄関脇の傘を取る。

 

「少し厳しいかもしれないが、これに3人で入ろう」

「大丈夫?」

「駅まではすぐだしさ。さ」

「……わかりました」

 

 光秋の提案に、桜は不安そうに、菫も心配を浮かべて応じると、3人は1本の傘の下に寄り合う様に入って駅を目指す。

 

「大丈夫か?濡れてないか?」

 

 前を横に並んで歩く桜と菫を窺いつつ、光秋は2人の頭上に常に傘があることを意識しながら手元を調整する。

 

「アタシ等は平気だけど……」

「光秋さんは?」

「大丈夫」

 

 問いに答えながら訊き返してくる桜と菫に、実際は傘からはみ出したズボンの後ろ側が少し濡れているのを感じながらも、光秋はそのように即答する。

 速足ながらも器用に固まって歩くこと少し。駅構内に入った光秋は傘を畳み、改札口へ向かう菫と桜を見る。

 

「あれ?切符は?」

「いや、アタシ等カードあるし」

 

 券売機に寄らず改札口へ直進する2人に思わず問い掛けた光秋に、桜は財布から出したICカードを示す。

 

「あぁ、そうか……今は小学生でもそんなの持ってるんだよなぁ……」

 

 それを見て、光秋は桜たちとの世代差を思い知らされる。

 

「あ、そうだ。向こうの駅と君たちの寮も距離あるよな」

「はい、そうですね」

 

 先日菫を送った時の記憶を頼りに大よその距離感を想像する光秋に、菫が頷きながら応じる。

 

「ならこれ持ってけ」

 

 言うや光秋は傘を差し出し、近くにいた桜の手に持たせる。

 

「え?でも、光秋帰りどうすんの?」

「すぐそこだ。差さずに行っても大丈夫だよ」

「悪いですよ。それならコンビニでビニール傘でも買って――」

「そんなもったいない。いいから持ってけ。明日学校帰りにでも本部に寄って、その時返してくれればいいから」

 

 桜と菫にやや強引に応じつつ、光秋は半ば押し付ける様に傘を渡すと、後退って2人――というよりも改札口から距離をとる。

 

「暗くなってきたから、足元気を付けてな」

「……じゃあ」

「ありがとうございます……」

 

 未だ迷いが残っている様子で応じながら、桜と菫はそれぞれ自動改札機の読み取り機にカードをかざし、光秋の傘を持ってホームへ向かう。

 その背中を見送る間、光秋は今日一日のことを大まかに振り返ってみる。

 

―“次の人”について語り合うって趣旨からは少し外れたけど、桜さんとのギクシャクが治まったのは大きな収穫だな。あとは北大路さんだが……ありゃなかなかの強敵みたいだからなぁ……―

 

 思いつつ、頑強な壁の様な表情を浮かべた北大路を想像して、つい苦笑が漏れる。

 と、連鎖的に桜と菫の浮かんでくると、苦笑は不安へと代わる。

 

―昼も思ったけど、あと数日であの子たちの上司になるんだよなぁ……本当にやっていけるんだろうか?…………そもそもこの先、ESOで…………―

 

 特エス主任就任への不安に続いて、メガボディ開発による自身の今後の立場に関する不安も連鎖して抱きつつ、光秋は機械的に駅を出て、雨の中を寮へ向かう。

 

「……やっぱり、お言葉に甘えてビニール傘買ってもらうんだったかな?」

 

 思った以上のいい降り具合に微かな後悔を覚えながら、少しでも早く雨から逃れようと寮へと駆け、そのことで思考が一杯になる。

 

―…………ま、いっか―

 

 それによって胸が重くなりそうだった不安が、一時的とはいえ流されたことに、深い部分で感謝しながら。

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