白い犬   作:一条 秋

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92 試験前夜

 2月21日月曜日午後6時。

 

―今日もなんとか終わったなぁ……―「さて、飯食って帰ろう」

 

 今日の研修を終えた光秋は、勉強疲れを含んだ声でそう呟くと、机に広げていたノート諸々をカバンに片付け、それを肩に提げて食堂へ向かおうとする。

 その時、研修室のドアを開けて、学校の制服にコートを羽織った桜と菫、北大路が入ってくる。

 

「あれ?君たち……」

「はい、これ」

 

 言いながら桜が差し出した傘を見て、一瞬戸惑った光秋は昨日の別れ際の会話を思い出す。

 

「あぁそうだ。学校帰りに返してくれって言ったな。ありがとう」

「こちらこそ、昨日は貸していただいてありがとうございます」

 

 言いながら傘を受け取る光秋に、菫が頭を下げる。

 

「ほら、桜も」

「……ありがと」

 

 目配せして急かす菫に、桜もちょこんと頭を下げる。

 

「どういたしまして……で、どうだった?濡れずに帰れたかな?」

「はいっ、おかげ様で」

「女同士で相傘っていうのも、ちょっと恥ずかしかったけどね」

「そりゃどうも」―まぁ、少し濡れて帰った甲斐はあったってことかな?―

 

 はっきりと応じる菫と、その時のことを思い出して少し照れる桜の姿に、光秋は小さな満足感を覚える。

 と、その様子をドアのそばで黙って見ていた北大路が、冷静――というよりも冷めた声を寄こしてくる。

 

「さ、用は済んだんだし、とっとと帰ろう」

「……北大路さんの言う通りだな。もうすっかり暗いし、早く帰った方がいい」

 

 その言い方に若干皺が寄るものの、実際窓からすっかり日が暮れた外を見た光秋は、小さな不愉快さを呑み込みながら2人に告げる。

 が、

 

「……せっかくまた会ったんだから、夕飯くらい……」

「夕飯?」

「!べ、別にあんたと一緒に食べたいとかじゃなくてだな!腹減って寮まで()たないっていうか……」

「せっかくですから、一緒に食べませんか?」

「あぁ……まぁ、いいが」

 

桜と菫の誘いに、特に断る理由がなかった光秋は頷き、部屋の明かりを消して食堂へ向かう。

 

―向こうから食事に誘ってきてくれるか……少なくとも2人に関しては、安心していいかな―

 

 あからさまに喜びを浮かべる菫と、何かを抑え込もうとして、しかし微かに漏れ出るのを止められない顔の桜、前を行く2人の姿にそんなことを思う一方、光秋はそっと後ろを振り向く。

 

―問題は…………―

 

 視界の端に捉えた壁の様に硬い表情を浮かべた北大路に、つい憂鬱になる。

 

 

 

 

 4人での夕食を終え、少女3人を寮まで送った光秋は、食堂へ向かう時から先程の別れ際までを振り返って、思わず嘆息を漏らす。

 

「はぁー…………結局、北大路さんとはろくに口利けなかったな……」

 

 主に食事の際、桜や菫とは学校のことや最近の流行などを話題にそこそこ会話できたものの、北大路とは一切それがなかったことを思い出し、食堂へ向かう際に抱いた憂鬱がますます強くなる。

 

―流石に桜さんや菫さんが話を振れば返してたけど、僕には返さない……というか、僕が殆ど振れなかったからなぁ…………なんか話し掛けるのを躊躇っちゃうんだよなぁ…………こんなんで、彼女の上司やっていけるんだろうか…………―

 

 先日から再三に渡って抱いた不安、その形をとって投げ掛けられた自問に答える(すべ)はなく、光秋はとぼとぼと駅へ向かう。

 

 

 

 

 2月26日土曜日午後6時半。

 研修を終え、そのまま食堂で夕食を済ませた光秋は、疲れと満腹感を抱きながら本部正門に差し掛かる。

 

「いよいよ明後日か…………」

 

 明日一日の休み――という名の自習時間を挟んで行われる特務部隊主任就任試験のことを思い出し、先日の北大路のことと合わせて重い不安が圧し掛かってくる。

 その時、

 

「来た来たっ!コウちゃーん!」

「!?」

 

突然響いた聞き覚えのある声と、それ以上に使う人間が限られる自分の呼び方に、光秋は祝賀パーティー以来の顔を思い出しながら、すっかり暗くなった周囲を見回す。

 と、右の街灯の足元に特徴的な赤い長髪の女性を見付け、その許に速足で歩み寄る。

 

「日高さん?どうしたんです、こんなとこで」

 

 思わぬ再会に戸惑いながら、ビジネススーツの上に黒いコートを羽織り、首に赤いマフラーを巻き、左肩に大きなカバンを提げた日高を見やる。

 

「いやね、この前ホウちゃんと電話した時、コウちゃん仕事の都合でこっちに来てるって聞いてね。待ってれば会えるかなぁと思って」

「待ってればって……」

 

 気楽そうに言ってみせる日高に、重そうなカバンと、コートを着ていても肌寒く感じる気温を改めて知覚した光秋は、つい唖然としてしまう。

 

「……ちなみに、どれくらい待ってました?」

「うーん……30分くらいかな?6時にはもうここにいたと思うけど」

「こんな寒いとこに、そんな重そうなカバンを持って?……電話してくれれば――て、連絡先教えてませんでしたね…………」

 

 呆れながら言い掛けて、途中で根本的なことを思い出した光秋は、それ以上言えなくなる。

 

「あぁ、大丈夫。これくらいの寒さわたしは平気だし、カバンにしたってずっと使ってる商売道具だからね。これくらい軽々運べなきゃ、料理記者にあらずってねっ」

「はぁ…………」

 

 笑みを浮かべてカバンを上下させる日高を見て、光秋は自ずと納得させられる。

 

「とまぁ、立ち話はこれくらいにして……コウちゃん今日の仕事終わったんだよね?」

「はい」

「明日は休み?」

「えぇ。一応、明後日大事な用があるんで、その準備はありますが……?」

 

 日高の質問に答えながら、光秋はその言わんとすることを探ろうとする。

 

「準備って?」

「勉強です。週明けに仕事で必要な試験控えてて」

「そっか…………」

 

 光秋の返答に、日高はしばし思案顔を浮かべる。

 

「……それってさ、少なくとも今夜は空いてるってことだよね?」

「?……えぇ、まぁ…………?」

「じゃあ、このあと付き合ってよ。わたしのマンションで一杯やろう!」

「また唐突ですね……」

 

 確認の後の日高の提案に、光秋は思ったままを返す。

 

「いいじゃん。弟分が近くにいるってわかってから、誘いたくて仕方なかったんだから。さっ!」

「!!」

 

 言うや日高は光秋の手を掴み、虚を突かれた光秋は引き摺られるままについていく。

 

「いや、ちょっと――」

 

 転びかけた体を安定させて反論を試みようとするものの、日高はすぐにタクシーを停め、後部席に押し込まれる様に座らされた光秋は出かかっていた言葉を霧散させる。

 間を置かず日高も隣に乗り込み、運転手に行先を告げると、タクシーはすぐに走り出す。

 

「…………日高さんって、思ったより強引ですね」

 

 自分の意志に関わらず一方的に進んで行く状況と、それ以上にそんな状況に甘んじている自身への苛立ちから、光秋は先程霧散させた言葉の代わりにそう告げる。

 

「女はね、時に強引なの。勉強になったでしょ?」

「大いに…………」

 

 自分の言葉を風と受け流す日高にそっぽを向くと、光秋は街灯やネオンに照らされた街並みを車窓越しに眺める。

 

―まぁ、日高さんのマンションに行くのは悪くない。それを面白そうだと思ってる自分がいるのも確かだ。だから手を引かれた時も、タクシーに乗せられた時も、大して抵抗しなかったのかもしれない…………ただ、せめて主任関係のゴタゴタが終わってからにしてほしかったなぁ…………―

 

 景色を眺めて気持ちを整理しながらも、その一点だけは譲れない光秋だった。

 

 

 

 

 周囲から漏れる明かりの下を走ること十数分。

 おもむろに路肩に寄ったタクシーが停車し、日高が運転手に運賃を払うと、後部左のドアが自動で開く。

 そこから降りる日高に続いて、光秋もカバンを確認して下車すると、ドアを閉めたタクシーはすぐに走り去っていく。

 

「ここが、日高さんのマンションですか……」

 

 車の波に消えていくタクシーを見送ったのも束の間、背後を振り返った光秋は、目の前に佇む4階建てのビルを見やる。

 一軒家や2階建ての小ぶりな集合住宅が目に付く中にぽつんと佇むそのビルは、高さこそあれどずいぶん小ざっぱりした印象を抱かせてくる。

 

「そうだよ。ここの2階」

「……思ったよりもなんというか…………質素ですね」

 

 言いながらマンションの玄関へ向かう日高を追いつつ、光秋は少し意表を突かれた気持ちを声に出す。年末に訪ねた日高邸の記憶が強く残る光秋にとって、目の前の建物に日高が住んでいるという現実は、理屈では解っていても深い部分でどうしても腑に落ちないものを感じてしまうのだ。

 そんな気持ちを持て余しながら玄関をくぐり、エレベーターに乗り込んでしばし。扉が開くと光秋は日高の後を追って吹き抜けの廊下を進み、一つのドアの前で立ち止まる。

 

「入って」

 

 そう言って鍵を開けた日高に従って、光秋は開いたドアから日高の部屋に足を踏み入れる。

 

「……おじゃまします」

 

 不安と好奇心が混ざった声で応じながら靴を脱ぎ、風呂やトイレと思しきドアや台所が並んだ廊下を日高を追って進むと、突き当たりのドアに通される。

 日高がドア横のスイッチを押して明かりを点けると、8畳程の広さにコタツや座布団が置かれた居間が露わになる。

 

―広さは僕のとこと大して変わらないかな……?外から見た時もそうだが、思ったより普通…………?―

 

 光に照らされた居間を見回して当初の印象を覆そうとしたその時、光秋は部屋の端に置かれた棚、その中に並べられた物に思わず顔を近付ける。

 

「……日高さん、プラモデルなんてやるんですか?」

 

 そう訊きながら光秋が注視するのは、棚の中、それも数段にかけて並べられた人の形をしたロボットの数々だ。合軍のゴーレムやNPのフラガラッハ、ZCのヘラクレスの様な工業製品然した無骨なデザインや単調な色彩をしたものもいくつかあるものの、大多数は妙に突起物が多かったり、数色の凝った配色がなされていたり、十メートル単位の大きさにしたら自重で折れてしまいそうな程に脚が細かったり、中には執拗な程に人のそれに似せた顔が付いていたりと、いかにもマンガやアニメに出てきそうなものばかりだ。

 

―これ、昔観たような……こっちでもやってたのかな?こっちはこの前宣伝してたよな……―

 

 実際その印象は正しく、いくつかは光秋も見覚えのあるものだった。

 

「そう。わたしの趣味なんだよねぇ」

 

 答えながら日高が左隣に寄ってくると、光秋は棚に寄せていた顔を離して日高を見やり、並べられたプラモデルたちを観るその目に既視感を覚える。

 

―…………あぁ、そうだ。この前CDショップに入った時の涼さんも、今の日高さんと似たような目をしてたよなぁ…………本当に好きなんだなぁ―

 

 その篤い眼差しは、日高の気持ちを端的に物語っているように見えた。

 そんな光秋の観察の視線に気付いたのか、気を取り直した日高は棚から顔を離す。

 

「ごめんごめん、つい……着替えるからちょっと待ってて」

「あ、じゃあ僕、廊下出てます」

 

 言うや光秋は居間を出、ドアに背中を預けて日高が着替え終わるのを待ちつつ、さっき見た光景を思い返す。

 

―女の人にもプラモとか好きな人いるんだなぁ……いや、女とか男とか関係ないか。その考えがもう『古い』ってことなのかな…………どっちにしろ、僕はあぁいうの苦手なのだが…………―

 

 自身の性分に苦笑を浮かべていると、ドア越しに日高の声が掛かる。

 

「いいよー」

 

 声を聞くと、光秋はゆっくりとドアを開き、赤いセーターと紺色のジーンズに着替えた日高を見る。

 

「テキトーになんか用意するから、コタツに座ってて。コウちゃんお酒飲めるっけ?」

「ダメです。まだ未成年なんで」

「りょーかいっ。そうなると……」

 

 自分の返答に応じながら入れ違いに廊下に出て行く日高を見送ると、光秋はひとまず部屋の隅のハンガーラックに脱いだコートを掛けてコタツに入り、冷えた脚を温める。

 

―ふぅー…………あ、電気ストーブも点いてるか…………―

 

 温かさにひと心地つきながら室内を見回してぼんやりとそんなことを考えていると、廊下から盆を持って戻ってきた日高が正面に腰を下ろす。

 

「ごめんねぇ、今これしかなかった」

 

 言いながら、日高は光秋の許にグラスを置き、そこに2リットルのペットボトルに入ったコーラを注いでいく。

 

「いえ、お構いなく」

「お酒OKなら、もっといろいろ出すんだけど、一人で飲んでもつまんないしねぇ。ちょうど買ってそのままだったこれも片付けられたから、これはこれでよかったかな」

 

 応じる光秋にそう返しながら自分のグラスにもコーラを注ぐと、日高はそれを持ち上げ、意図を察した光秋もグラスを持って軽くぶつける。

 カチンという小気味いい音を聞きながらコーラを一口飲むと、光秋は当初から気になっていたことを問う。

 

「ところで、何で今日飲みに誘ったりなんてしたんです?」

「え?タクシー乗る前に言ったじゃん。わたしが誘いたかったんだよ。久しぶりに弟分と飲みたかったから」

「……そうですか?」

「なに?その目」

「なんというか…………なんでもなさそうにしてる割りに必死、とでも言いましょうか?僕は日高さんのことまだよく知らないけど、“らしくない”というか……とにかく、なんか引っ掛かるものがあって」

 

 我ながら歯切れの悪い説明をどうにか終えると、光秋はコーラを一口飲む。

 

「『らしくない』、か…………」

「そう感じると言いますか…………」

 

 コーラを飲んで天井を見上げながら呟く日高に、光秋は気に障ったかと不安を覚えながら返す。

 

「んー…………ある意味そうかもねぇ。実は一つ言わなかったことがあってさ」

「というと?」

「コウちゃんと飲みたいって思ったのは本当だよ。でもその前にホウちゃんから頼まれたからね」

「法子さんから?」

 

 思わぬところで出てきた名前に、光秋は日高に耳を寄せる。

 

「先週の日曜、夜だったかな?……電話があってね。コウちゃん最近元気なさそうだから、わたしの都合のいい時に元気付けてくれないかって」

―法子さん……ん?待てよ、先週の日曜…………?―

 

 日高の口から語られた法子の気遣いに胸が温かくなる一方、光秋は日高の説明を再度思い返す。

 

―確か、菫さんと桜さんが来た日だよな…………あ、そういえばあの日、先のことでいろいろ不安がったっけ。綾()、また心読みやがったな―

 

 思いつつ、おそらくはそのことを法子に伝えたことで今のようなことになったのだと察し、そんな綾の想いにまたも胸が温かくなる。

 

「それは……後で御礼言わないといけませんね」

「わたしとしてはこんなネタバラシなんかせずに、もっと自然体で語らいたかったんだけどねぇ」

 

 胸の内をそう言葉にする光秋に、日高は少し不貞腐れた顔を浮かべる。

 

「コウちゃんってさ、変なところで鋭いよね」

「……鋭い、ですか?ただ気になったことを言っただけだけど」

「それを鋭いって言うんだよ…………ま、それはそうとして」

 

 そこで一旦言葉を区切ると、日高は不貞腐れ顔を引っ込めて光秋を注視する。

 

「最近なんかあった?」

「……本題に入りますか…………」

 

 その様子をそう理解するや、光秋はしばし考える。

 

―確かにこのところいろいろ不安を感じるのは事実だ。でも、それを日高さんに相談したって……機密に触れるかもしれないし…………―

 

 そんな思いから、つい口を閉じてしまう。

 

「もしかして、『わたしに話しても』とか思ってる?」

「…………」

 

 図星を突いてくる日高に、光秋の口はますます重くなる。

 

「そりゃあ、わたしはコウちゃんの仕事のことよくは知らないし、カウンセラーってわけでもないよ。でも、言うだけ言ってみてよ。声に出すだけでけっこう楽になるもんだよ」

「はぁ…………」―といってもなぁ……どれもかなり個人的なことだし…………―

 

 思いつつ、光秋は俯いてしまう。

 

「…………ま、言ってと言って言うようなら、そもそもホウちゃんが頼んでくることもないか……わかった、今の件はもうおしまい。せっかく来たんだから、さ、飲んで飲んでっ。あ、そういえばこの前買い置きしたやつが…………」

 

 気持ちを切り替えた様子でそう言いながら、日高は再び廊下へ向かい、少ししてポテトチップの袋を持って戻ってくる。

 

「あら、なんか久しぶりに見ますね、それ」

 

 日高によって封を開けられた袋から覗く薄い揚げ芋の山を見て、普段こうしたものを食べる機会がない光秋は懐かしみながら告げる。

 

「あれ?もしかして嫌いだった?」

「いいえ。あんまり関心が向かないだけで。いただきます」

 

 不安がる日高に首を横に振って返しながら、光秋は摘まんだ1枚を口に運び、適度に硬い舌触りと、舌に広がるジャガイモと塩の質素な味わいに、懐かしさをさらに強める。

 

「久しぶりに食べると美味いですね」

 

 飾らない素朴な塩味にそんな感想を呟きながら、コーラを一口飲む。

 

「日高さんって――」

「春菜」

「?」

 

 ふと思った質問を遮られ、光秋は日高の意図に首を傾げる。

 

「わたしの名前は『春菜(はるな)』、いつまで名字で呼んでるか」

「はぁ…………春菜、さん……」

「よしっ。で、なにかな?」

―……最近、他人(ひと)を名前で呼べるようになる時間が短くなったなぁ…………―

 

 嬉々とした日高――春菜とのやり取りや、入間隊の少女たちとの関わりを思い返しながら自分の変化にそんな感慨を抱くと、光秋は当初の問いを改めて投げ掛ける。

 

「春菜さんって、こういうのよく食べるんですか?」

 

 言いながら、また1枚ポテトチップを摘まむ。

 

「たまーにかな。どっちかっていうと、スルメとかビーフジャーキーとか摘まむことが多いかも。晩酌の(さかな)にね」

 

 答えつつ、春菜もポテトチップに手を伸ばす。

 

「晩酌かぁ……よく飲まれるんで?」

「今日みたいに、明日休みの日の夜なんかは割とね。冷蔵庫の中とか、台所の棚の中とか、けっこういろいろ入ってるよ」

「へー」

 

 春菜の視線を追って廊下に好奇心の目を向けながら、光秋はコーラを一口飲む。

 

「ほら」

「あ、ありがとうございます」

 

 ちょうどグラスの半分まで飲んだのに気付いた春菜が追加で注いでくれるのを見て、光秋は礼を言いながらもう一口飲む。

 

「そういうのも、やっぱり食通の(さが)ってやつですか?」

「そこまで大袈裟なもんでもないと思うけど……そういうコウちゃんは?なんか好きなものってないの?」

「僕は……甘いものはけっこう好きですね。チョコレートとか」

「へー、甘党なんだ」

「あとは饅頭とか……洋菓子より和菓子の方が好みですね」

「なるほどね。じゃあ、今度そういうのが美味しいお店連れてってあげようか?」

「いや、そこまでしなくても…………それに、それ以上に好きなものもあるし……」

 

 そこまで言って、光秋は喋り過ぎたかと思ってしまう。

 

「なに?」

 

 そして案の定興味を示す春菜に、どうしたものかと少し考える。

 

―さすがに喋り過ぎたか?でも日高――春菜さんも興味見せてるしな…………そこまで大したことでもないし、いいかな……?―

 

 まだ若干迷いながらも決めると、光秋はコーラで口を湿らせて続ける。

 

「本ですね。昔から物語というものが好きで、書店なんかに行くとついいろいろ見ちゃって」

「なるほど……ちょっとわかるような気がする」

 

 言いながら、春菜は部屋の隅の棚に並べられたプラモデルを見やる。

 

「やっぱり、あぁいうの好きなんですか」

「うん。家にいた頃は部屋に飾ってたんだけどねぇ。買い溜め過ぎて箱が押し入れから溢れ出てきた時は流石に怒られたっけ……」

「あの部屋に、ですか…………」

 

 遠くを見る目で呟く春菜の話を聞きながら、光秋は冬に訪ねた日高邸、その春菜の部屋を思い出し、そこにプラモデルを並べた棚や押し入れから箱が溢れてくる様子を想像してみる。

 

「ま、生活の基盤がこっちに移ってからは、全部こっちに持ってきたんだけどね」

「……ということは、あそこにも?」

 

 コーラを飲みながらそう続ける春菜に、光秋はクローゼットと思しき扉を恐る恐る見ながら返す。

 

―あそこ開けたら、布団雪崩ならぬ、箱雪崩が起こったりするのかな?―

 

 思いつつ、上から落ちてくる大量の箱に埋められる自分を想像してみる。

 

「そういえば、コウちゃんもロボット乗ってるんだよね。この間見たけど」

「!いや、その…………」

 

 言われて祝賀パーティー襲撃事件の時のことを思い出し、光秋は返事に困ってしまう。

 

「あぁ、ごめん。これはあんまり話題にしない方がいいのかな?」

「……そうしてくれると助かります。されても話すことに困るので」

「機密ってやつか……OK。ただ、この前の活躍は、やっぱりカッコよかったよ!」

 

 やや熱の入った声で告げる春菜に、光秋は意表を突かれる。

 

「見てたんですか?この前の……」

「そりゃあ、あんな大きいのがすぐ近くを動き回れば気になるよ。全部ってわけじゃないけど……NPの黒いのと取っ組み合ったり、ZCってとこのボスの攻撃から別のロボットを庇ったり。それで涼子様と一緒に出てくるんだから、もう驚きっぱなし」

「あー……そういえばそうでしたね……」

 

 ポテトチップを摘まみながらしみじみと語る春菜に、初めて乗っているところを見られた時のことを思い出した光秋は気まずくなる。

 

「……言わせていただくと、あの時は非常事態でしたから、外歩いてるよりはいいと思って乗せたのであって……」

「わかってるよ。プロの判断ってやつでしょ?」

「プロ……ですか…………」

 

 春菜のなんとなしの受け答えに、ここ最近のことを思い出した光秋はますます気まずくなる。

 

―プロねぇ…………ニコイチを動かせるだけが取り柄みたいなもんで、それ以外は努力してるつもりでもいまいちな奴が、果たしてそう名乗っていいものか?現に、主任研修で四苦八苦してるあり様だしなぁ…………―

 

 思う間にも視線は下がり、控えめに炭酸を弾かせ続けるコーラのグラスを無感動に視界に収めると、知らぬ間に口が動く。

 

「そんなんじゃありませんよ…………」

 

 それがきっかけになったのか、これまで胸の内に押し止めていた不安が、次々と口から零れてくる。

 

「半ば一芸入社、それも雇い先のお情けで今の仕事に就いて、その一芸以外はまるでダメ。今だって新しい仕事に――その前段階に右往左往して、情けない姿晒して…………おまけに、なけなしの一芸さえも……それを基に作ってきた地位――と言ったら変ですが……立場……も危うい感じだし…………そんなプロとかなんとか、称賛されるような器じゃないんですよ、僕は…………」

 

 言葉を重ねるごとに、目の奥が熱くなる。が、決壊だけは辛うじて堪える。

 

―なけなしの自制……否、自尊心の所為か?さんざん泣き言垂れてるくせに…………―

 

 冷静な部分でそんな自分に苦笑を浮かべていると、コーラを一口飲んでグラスを置いた春菜が、ゆっくりと顔を近付けてくる。

 

「ようやく喋ってくれたね。コウちゃんガード堅いよ」

「…………あっ」

 

 言われて、自分は今先日からの不安を口にしたのだと気付く。

 

「今のは…………」

「わたしもね、だいたいそんな感じだよ」

 

 弁明――というよりも言い訳をしようとして言葉が出ない光秋に構わず、春菜はポテトチップを摘まみながら続ける。

 

「小さい頃から美味しいものを食べるのが好きで、その内に『こんな美味しいものがあるならみんなにも教えてあげたい、美味しいって気持ちを分かち合いたい』って、そう思うようになってね。中学の頃に料理記者って仕事があるのを知って、『さっき言ったようなことができるのはこれだ!』、『なりたいなぁ』って漠然と思ってたんだよ…………」

「…………」

 

 言葉を重ねるごとに天井に向けた目が遠くなっていく春菜。それを見ていると波立っていた光秋の心境は不思議と落ち着いていき、ただ春菜の語ることを聞き漏らすまいと集中していく。

 

「高校卒業して、東京の大学行ってる頃にね、何がきっかけだったか忘れたけど、料理記者になりたいって思いが強くなって、家族と相談の上で今の会社探して、大学中退して入ったんだよねぇ…………」

―そこまでして、か…………―

 

 コーラを飲んで一旦言葉を区切る春菜を眺めながら、光秋は今までの内容に一つ思いを抱くものの、告げるのは春菜の話が終わってからと口をつぐむ。

 

「入る前は、料理のことにはある程度自信あったから、余裕とまではいわないけどそこそこ行けると思ってたんだよ……ところがいざ働いてみると、記者としての仕事なんてなかなか来ないし、来たとしても先輩のアシスタントだったり、どうにか記事一つ任されてもダメ出しの連続だったり……一晩かけて練りに練って書いた原稿が赤字まみれになって突き返されてきた時は流石に心折れかかったねぇ。『わたしこの仕事向いてないんじゃないかぁ』って」

―……春菜さんも、そんなことが…………―

 

 その頃のことを思い出しているのか、表情に微かだが悲壮が浮かんでいる春菜の言葉を聞いていると、光秋は親近感の様なものを覚えてくる。もちろん自分が今置かれている状況と春菜が歩んできた過程は違うことは理解しているが、一方で自分が今感じていること、春菜がかつて感じたこと――状況に置かれた際の心境とでもいうものに似通ったものを見出して、それが親近感とてもいう思いを抱かせるのかもしれない。

 

「家に泣きながら電話したことも1回……いや、2回くらいあったかな。辞めようかって思ったことも何度もある。でも、それでも辞めずに続けてこられたのは、やっぱり料理記者になりたかったから――『美味しいものをみんなに知らせたい』って気持ちがあったからだと思う。だから1回されたダメ出しは次言われないように注意したり、赤字修正されない文章が書けるようにそっちも自分なりに勉強したり、わたしなりにいろいろやってみて…………なんだかんだでこうして同じ会社に勤め続けられてるわけだけどねっ」

「はい…………」

 

 最後は何かを吹っ切る様に笑顔で告げる春菜に、光秋は唖然としながらも相槌を打つ。

 

「まぁなんだろう、何が言いたいかって言うとね、仕事なんてみんなそんなもんじゃないかなってこと」

―『そんなもん』、か…………―

 

 その一言を聞いて、光秋の肩がふっと軽くなる。

 

「そりゃあ、好きで入ったかやむを得ず入ったかって違いはあるかもしれないけど、やっていく分にはね……できないことがたくさんあって、失敗して、情けない姿晒して、弱音も吐いて……それでもどうにかしようって試行錯誤して、勉強して、恥もいっぱい晒して……そうやって、どうにかこうにか続いていくもんなんじゃないかな。わたしはそう思ってる」

「……恥を晒して、それでもどうにかこうにか続いていく……か…………いいですね、それっ」

 

 ぎこちなくも語り切った春菜に、すっかり身が軽くなった光秋は微笑んで応じる。

 

「ありがとうございます。完全……てわけにはいかないけど、おかげで大分楽になりましいた」

「よかった。わたしも辛い過去思い出して語った甲斐があったよ」

「それについては、すみません……」

「いいよっ。弟分の為、お姉さんひと肌脱いじゃう!」

「ホントに脱がなくていいですよ……」

 

 言いながらセーターを上げて少しだけ腹を見せる春菜に呆れながら返すと、光秋はふと思ったことを告げる。

 

「軽くなったおかげかな?ちょっと考えたら、そこまで心配することもない気がしてきました。情けない姿なんて今更だし、立場にしたってすぐにどうなるわけでない、心配なら今の内にたんまり貯金しておきますさ」

「そうそう、その意気!どうしても仕事に困ったらわたしに声掛ければいいよ。使用人もう1人くらい雇う余裕はあるだろうし」

「姉貴分その2の家で使用人ですか……それも悪くないかもしれませんね!」

「でしょ!……あ、そういえば週明けにも取材の仕事があってさ」

 

 どこまでが本気か、どこからが冗談か、そんな区別も曖昧な、しかしやり取りを重ねるごとにどこからか活力が湧いてくる会話を重ね、さらに別の話題へと広がりながら、光秋と春菜の夜は更けていく。

 その中でお供のコーラをまた一口飲みながら、光秋は胸の中で強く思う。

 

―本当に来てよかった!お膳立てしてくれた法子さんと綾には大感謝だっ!―

 

 

 

 

 ポテトチップとコーラを挟みながら語ることしばらく。いよいよ9時に差し掛かる時計を見た光秋は帰宅の意志を告げ、春菜も渋々それに同意する。

 

―すっかり話し込んじゃったなぁ……でもまぁ、元気出た!―

 

 春菜との一連の会話をそのようにまとめながら、コートを羽織った光秋はカバンを提げて忘れ物がないか確認し、玄関へ向かう。

 

「今日はありがとうございました」

「うんうん。わたしも楽しめたし。次はお酒をお供にやりたいね」

「その時は、僕に奢らせてください」

 

 右手でお猪口(ちょこ)を作って示す春菜に、光秋は真面目な口調で申し出る。

 

「こらっ、弟分が生意気だぞ」

「今日の御礼ですよ。それこそ、弟分の顔を立てるためと思って、その時は付き合ってください」

「むー……そう言われるとなぁ……」

 

 若干迷った様子の春菜を見ると、光秋はドアノブに手を掛ける。

 

「それじゃあ、お邪魔しました」

「ホントにタクシー呼ばなくていいの?」

「勿体ないですよ。いくらも離れてないとこに駅もあるし。では」

「うん。気を付けてねぇ」

 

 春菜の返事を聞くと、光秋はドアを開けて廊下に出、来た道を辿ってマンションを出る。

 

「えっと……あっちだな」

 

 周囲を確認しつつ駅を目指し、構内に入るといつもより若干多めの小銭を券売機に入れて切符を買い、ホームへ向かう。

 少し待ってやって来た電車に乗り込み、席に座ると、伊部姉妹の顔が浮かんでくる。

 

―2人にも帰ったら礼を言わないとなぁ。まだ起きてるかな?―

 

 思う間に電車は目的の駅に着き、ホームに降りた光秋は逸る気持ちと冷気に追い立てられて寮を目指す。

 

 

 

 

 寮の自室に戻ると、光秋は荷物を下ろして暖房を入れ、法子に電話を掛ける。

 数回の呼び出しの後、久々の声がスピーカーから響く。

 

(もしもし?)

「あ、法子さん?今大丈夫ですか?」

(うん、ちょうどテレビ観てたとこだけど。どうかした?)

「いや、今日帰ろうとしたら、春菜さんに誘われまして……」

(あぁ……)

 

 光秋の一言に、用件を察した様子の法子は納得の声を漏らす。

 

「おかげ様で、いろいろ溜まってたのがだいぶ楽になりました」

(そう、それはよかった)

「でですね……春菜さんに手を回してくれて、ありがとうございます」

 

 自分のことの様に嬉しい声を返してくれる法子に、光秋は電話越しに深々と頭を下げる。

 

(もしかして、それ言うために電話してきたの?いいのに……)

「いいえ。これはきちんと言わないと……法子さん、綾、気遣いありがとうございましたっ」

 

 改めて礼を告げながら、さらに深く頭を下げる。

 

(……まったく。どういたしまして!……アキ、ちょっとだけど元気になってよかったよ)

 

 それに対して、法子の呆れと嬉しさが混ざった声と、綾の安心した呟きがそれぞれ応じる。

 

「それでですね……ちょっと訊きたいことがあって」

 

 2人の返事を聞くと、光秋は春菜から事情を聞いた時から抱いていた小さな疑問を告げる。

 

「不安を和らげるために話しをするというのはわかります。ただ、それならこうやって電話越しでもよかったような?わざわざ春菜さんに直接会わせたのは何でです?」

(それはさぁ…………やっぱり、人に直に接した方が、声だけのやり取りより効果的かなと思って……念には念と思ってね。で、私がそっちでこんなこと頼めそうな人っていったら、ハルちゃんしかいなかったから…………)

「なるほど……それは確かに」

 

 どこか暗い響きの法子の声に引っ掛かりを覚えながらも、言っていること自体には先程の実体験から深く頷く。

 

(…………できることなら、あたしがそうしてあげたかったけど……)

「綾…………」

 

 もどかしさを滲ませる綾の声に、光秋は法子の声に感じた引っ掛かりを――伊部姉妹の想いを察し、胸が疼く。

 

(できるなら、今すぐにでもアキの所に行ってあげたいよ。でも、それだと法子に迷惑になるし…………私も、綾を通じて光秋くんのことが漠然とわかっても、直接何かしてあげることができないっていうのはね……もちろん、一社会人として仕事ほったらかして遠出するわけにもいかないんだけど…………)

―二人とも…………―

 

 電話越しに聞く伊部姉妹の苦悩や哀愁の染み出た声に、光秋は疼きが強くなった胸を擦る。

 

―あぁ、今僕、二人のとこに飛んで行きたいって、そう思ってるな。でも他の――主に仕事の都合でそれができないことも解ってる……二人が感じてるのも、こんな気持ちなのかな?―

 

 胸の疼きをそのように理解しながら、光秋は努めて明るい声音を電話に吹き込む。

 

「そんな思い詰めないでくださいよっ。とりあえず、僕の方はどうにかなったんだし、今回はそれでいいでしょう?」

(…………そう……だよね……うんっ、そうだね)

 

 綾か、法子か、あるいは二人の意思が同時に告げているのか、返ってきた普段に近い声音に、光秋はひとまず安堵する。

 

「なんかすいません。変に気を遣わせちゃって」

(そこは『ありがとう』とか、そういうのでしょう?……気ぐらい遣わせてよ)

 

 そう告げると、法子と綾の笑みを含んだ声が返ってくる。

 

(それにさ、実は来月くらいにそっちに行こうと思っててね)

「!都合付きそうなんですかっ?」

 

 法子のその一言に、光秋の胸は一気に高鳴る。

 

(末頃に休めるように調整してるところ。本当は正確な日にちが決まってから連絡しようと思ってたんだけど)

「それは……今から楽しみですね!」

 

 電話越しの法子に、光秋が思いを赤裸々に告げる。

 

「ならその時、少しでもいい格好見せられるように任官試験頑張らないと!」

(なにぃ?その理由っ。そもそもそうやって張り切り過ぎて、また気落ちしたりしないでよ)

「大丈夫ですよ。言ってみただけです」

 

 咄嗟の発言に笑いながらも心配してくれる法子に、光秋は肩の力を抜いて返す。

 

「……ただ、試験自体はちゃんと頑張ろうと思います。その為の研修だったわけだし、これに合格しないことには新しい仕事に就けないし……教えていただいた藤岡主任の為にも、こんな僕を待っていてくれる子たちの為にも、ちゃんと受かって、次に進みたいです」

(……そっか……でも、根詰め過ぎないでね)

「はいっ」

 

 法子の気遣いに、光秋は深く頷きながら応じる。

 

(アキが元気ないの、あたし嫌だから……)

「ありがとな」

 

 綾の言葉に微笑みながら礼を言うと、光秋は机の上の時計を見る。その針は、間もなく10時を指そうとしていた。

 

「すみません。今日はもう遅いんでこの辺に」

(わかった……あんなこと言った後で変かもしれないけど、試験頑張ってっ)

「はい!」

(来月会えるの楽しみにしてるから!)

「僕もだ。待ってるっ……それじゃあ、おやすみなさい」

(おやすみ)

 

 法子と綾の激励にそれぞれ応じ、別れの挨拶を交わすと、光秋は携帯電話を閉じて机に置く。

 

―さて、とりあえず今日のところは風呂に入ってすっきりして、明日のテスト勉強に備えるか―

 

 そうと決めると、光秋は風呂を沸かそうと風呂場へ向かう。

 

 

 

 

 2月27日日曜日午前9時。

 起床後、朝食等を済ませた光秋は、研修で使っているノートを用意し、コタツに足を入れる。

 

「さてと……じゃあ、始めるかっ!」

 

 小さく呟いて気合いを入れると、予定通り試験に備えた最後の勉強を始める。

 昼食と数回の休憩、夕食に入浴を挟みながら一日を研修の復讐に費やし、夜もすっかり更けた頃、鈍痛を抱えた頭を揉みながらノートを閉じる。

 

「ふぅー……こんくらいにしとくか」

 

 呟くと、両腕を上げてすっかり縮こまった体を思いっ切り伸ばす。

 

「っ!…………もう10時か……」

 

 机の上の時計を見ながら呟くと、コタツの上のノートをカバンに仕舞い、机の隅に積まれた本の山に手を伸ばす。

 

―気分転換にちょっと読んで、それから寝よ―

 

 思いつつ、読みかけの1冊を開いてしばし物語の世界に浸る。

 もっともそれも本当にしばしのことで、10ページ程読み進めて切りがいいと判断すると、栞を挟んだそれを本の山に戻し、コタツを切ってトイレへ向かう。

 戻ってくるとエアコンも切り、明かりを消してベッドに潜り込む。

 

―さて、いよいよ明日か…………どうなるかねぇ…………―

 

 若干の不安を覚えながらも、勉強で疲れた頭はすぐに眠りへと落ちていった。

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