【完結】祥子が自分だけの世界に逃げ込むお話 作:紫陽花の季節に会いましょう
「祥子ちゃん!? え、もしかして眠ってる?」
「……うん。最近、祥ちゃん、よくここで眠ってる。疲れて、る?」
羽丘女子の中庭のベンチにて、文庫本を膝の上に置いてすやすやと眠っている祥子。偶然そこを通りかかった愛音と燈は一瞬ぎょっとするも、燈が思い出したようにそんなことを言い始めた。
「祥ちゃん……全然、話してくれない……」
「え? あ、うん……そうなんだよね。色々わだかまりもなくなったわけだし、ムジカも安定してきたっぽいからちょっと期待してたんだけどなー」
「祥ちゃんは……私のこと、避けてる、のかな……」
「そんなことないって! ちょっと放課後の練習でリッキーやそよりんに相談してみようよ、ね?」
放課後。
燈は少し気になって隣の教室を覗いてみた。既に祥子は居ない。今日はもう帰ってしまったのだろうか。
「あれ、豊川さんを探しにきたの? なんかさっき屋上の方向かってたよ」
「ほんと!? ありがとー」
「………」
隣のクラスの子から有益な情報を聞き出せた愛音と燈は、屋上へと向かう。特に何か話すつもりではないが、昼間のことが気になって一言くらいは声が聞きたいと思ったのだ。
屋上への扉を開ける。
西日が差し込み、空間一帯を照らし出す。
ーーその陽だまりの中に、祥子は居た。
糸が切れた人形の如くぺたん座りで眠りにつく祥子。その姿は一瞬ツクリモノのようで、思わず見惚れてしまうほどだった。だが直ぐにその異常さに気付き、燈は側に駆け寄ろうとする。
「祥ちゃん!」
「ストップともりん!」
自身も動揺しつつ焦る燈を静止した愛音は、ゆっくりと祥子の腕を掴んで脈を測る。……とくん、とくんと、小さな鼓動を感じる。恐らく異常はない。
「うん、大丈夫。ただ眠ってるだけだと思う。でもこんなところで眠ってたら風邪引いちゃうよね。おーい、祥子ちゃん! おーい」
「………………」
「祥ちゃん、起きて! 祥ちゃん!」
「……………………深く、潜りすぎました」
何やらぶつぶつと呟きながら祥子は目を開く。その瞳に光はなく、燈は思わずゾワっとした何かを感じて言葉を失う。人形が起き上がったような動きに、愛音も先ほどの脈拍に自信が持てなくなっていた。
「さき、こちゃん?」
「……? ここは」
魂の抜けたような、儚げな雰囲気の少女。
まるで睦の如き仕草のまま愛音をぼーっと見つめる祥子だったが、やがてその目には光が灯る。何事もなかったように。一瞬の夢のように。
「………燈と、愛音、さん? 起こしてくださったんですの? ……結構いい時間ですのね」
腕時計を確認し、祥子はゆっくりと立ち上がった。そして軽く微笑んで言った。
「起こしてくださりありがとうございます。お二人はこれからMyGO!!!!!の練習かしら? 頑張ってくださいね」
「………え、あ、えと」
「さき、ちゃん……? なんか、へん」
「……? わたくしの顔に何かついてますか?」
何もなさそうに首を傾げる祥子に対して、燈は必死だった。
「上手く、言えないけど! 祥ちゃん、このままだと駄目……! 違う、違う、祥ちゃんは、そうじゃなくて!」
「ともり?」
「今の祥ちゃん、もうボロボロ……気付いて、ないの?」
「わたくし、至って健康ですわよ。最近はたくさん睡眠をとるようにしていますわ。そうすると日中の活動が」
「ーーーーーッ!!!」
燈の心配を全く理解できていない祥子を見ていられなくて、燈は祥子に触れようとするが、その後に何をしていいかが思い浮かばずに止まってしまう。
行き場を失った感情を抱え切れず、その場から逃げ出してしまう。愛音は慌ててそれ追いかけていった。
「どういう状況ですの?」
◇◆◇
立希から連絡があったことに気づいたのはそのすぐ後だった。ショックを受けて座り込む燈に寄り添いながら、その辺のベンチに腰掛けて返信する。
『今日の練習は?』
『なし。ちょっと話がある』
『話って?』
『祥子のこと』
『何かあったの?』
ここから返信はない。これ以上は直接、ということなのか。愛音は燈の手を引っ張って立ち上がった。
「行こ、ともりん。みんなで相談すればきっと大丈夫だよ」
「………………うん」
覇気のない声だったが、まだ折れてはいないようだった。
そうしてRiNGへと向かうと、そこには既に立希とそよ、そして……。
「わ、わわわ!? ムジカの3人がいるー!?」
「ちょっと愛音声デカい。こっちが燈と愛音、MyGO!!!!!のメンバー」
「改めてですね。八幡です。その節はどうも」
「……ぁ、うん」
「あの時はなんか、変な感じになっちゃってごめんなさい」
「気にしていませんよ。上手くまとまったみたいで何よりです」
そよが離脱していた頃、サポートで海鈴が入ろうとしていた時期があった。その際の謝罪がまだだったことを思い出したのだが、当の本人は気にしていないらしい。
「それで、始めても良い?」
「にゃむちだー!」
「あれ、この前のファンの子……まじか、どんな確率だ……」
街でたまたま出会っていた2人。まさかMyGO!!!!!のメンバーだったとは。
さて、全員が集ったのはRiNGの2階。
ここは普段、Ave_Mujicaのメンバーがやってこない場所だ。MyGO!!!!!との接触を避けようとする祥子とそれにつきっきりな初華がやってくることはまずないだろう。
初華に話してもいいのだが、初華が現在の祥子の異常性に気付けるかが未知数だった。かえって話をややこしくしかねないため、一旦初華と祥子以外のメンバーで認識合わせをすることとなる。
「本当はムジカ内の問題はムジカで解決したかったんだけど」
「豊川さんの件について、この方々は切っても切り離せないのでお呼びした方が早いと思いまして。それで? 祐天寺さんのお話というのは?」
「………はぁ。信じてもらえないかもなんだけど」
まずにゃむは自分が見たありのままを話す。最近の祥子のこと、ムツミとの悪戯のこと、そして……あの夢の世界のこと。
特にムツミとの悪戯部分については立希とそよから厳しい視線が向けられる。その感じに居心地の悪さを感じつつ、にゃむは全てを話し終えた。
「白昼夢だった、というわけではなさそうですね」
「それにしてはリアル過ぎたかな。あの世界がなんなのかアタシにはさっぱり検討がつかないけどさ」
「……………それは、祥の心象風景」
今までずっと黙っていたムツミが口を挟む。そのあまりに突拍子のない発言に、にゃむは尋ねた。
「どういう意味?」
「私にとっての舞台と同じ。祥の、祥だけの世界。祥が自分のために作り出した世界」
「……要領を得ないんだけど」
「話を聞いて大体わかった。祥の現状」
「まじ!?」
「祥は、"若葉睦"と同じになろうとしてる」
ムツミの言葉はいつも足りない。MyGO!!!!!メンバーに至ってはほぼ置いてけぼりである。
「祥は自分を殺そうとしている、と言い換えても良い」
「ーーーーッ!? 睦ちゃん、どういうこと?」
物騒な言葉のチョイスに、そよが真っ先に反応した。ムツミはそんなそよに静かに答える。
「Ave_Mujicaの神としての祥を生み出すために、人間の祥はその世界に閉じこもろうとしている。弱さも壊れやすさも、駄目なところを全部覆い隠すために。モーティスのような役割を意図的に作り出そうとしている」
「……Ave_Mujicaを存続させるために、ですか?」
「それもある。けど……恐らく……」
ムツミが黙り込む。
恐らく祥子は、ムツミを見ていたくないのだろう。今の"ムツミ"に向き合うことは祥子にとって耐えられることではない。
「……今の祥は多分ボロボロ。心も壊れ始めてる。でもAve_Mujicaは存続させなきゃいけない。……だから本当の願望を覆い隠すために、無理やりその世界を作ったんだと思う」
「…………………祥ちゃんの、本当の願望って?」
そよの問いかけに、ムツミは迷う。
それを口にしてしまっていいのか。
そのために"睦"の記憶を引っ張り出そうとしたが、それを口にしていいのかよくないのかの判断がつかない。睦なら言っただろうか。ポツリと溢してしまったかもしれない。もしかしたら目の前の少女たちならそれを受け入れられるかもしれない。
そうして口にする。
史上最悪の失言を。
「"若葉睦"や"母親"に逢いに行く為に、死にたいんだと思う」
それを聞いた面々は凍りついた。
重要な情報は2つ。
1つは豊川祥子の希死念慮ーー自殺願望と言い換えてもいい。
そして2つ目はーー若葉睦の現在。
「1つ、ずっと疑問だったんです。若葉さん、敢えて強い言葉を使って伺いますね」
「………うん」
「若葉さんは、どうしてそんなに平気なんですか?」
海鈴の口調はいつも通りだったが、その視線はいつもより更に真剣だ。半端な回答を許さないと言わんばかりに、少しだけ語気に棘もある。
「少なくとも私が見てきた若葉さんは、豊川さんが死を望んでいる事実に対して平気でいられる方では無かったはずです。ここ数ヶ月、いえ、再結成以来でしょうか。豊川さんと若葉さんは非常に距離が遠い。喧嘩なら別になにも言いませんが、どうやらそうでもないご様子」
「……私は……祥にとっての睦じゃないから」
「……難しいことは本人しか分からないので、重要なことだけ聞きます。今の若葉さんにとって、豊川さんは大切ですか?」
海鈴の言葉が突き刺さる。
ムツミは……即答できなかった。
それは"睦"の思いであって"ムツミ"の思いじゃない。いいや、そもそも"ムツミ"は感情の発露すらまだおぼつかないのだ。生まれて間もない、人間1年目。そんな状態で接してきた豊川祥子を「大切だ」と断言できるか。ムツミには自信が持てなかった。
「……わから、ない」
回答を聞いてにゃむは顔を歪め、海鈴は納得したように目を瞑った。そしてこの問題が海鈴の想像以上に大きな問題なのだと悟り始めていた。
だがその答えを予想もしていないどころか、状況を一切飲み込めていないMyGO!!!!!組は別だ。そよはカタカタと震えだし、立希も燈も愛音も動揺を隠せずにいた。
「……貴方は睦ちゃんじゃないの?」
震える声で尋ねるそよに、ムツミは、
「睦は……消えた。モーティスと一緒に。今の私は、ムツミ。祥と出会う前の私」
その衝撃と絶望の真実に、全員が絶句した。
大方予想していたにゃむですら、こうして口にして出されると動揺する。睦はもういない。あの日にゃむを釘付けにしたモーティスももう居ない。自分を貪り続けた少女はやはり規格外の怪物だった。化け物だった。
そして気付く。
付き合いが短く、尚且つ予想のついていたにゃむですらショックを受けるのだ。目の前の少女たちも絶望に身を焼かれている。
ならば彼女と幼い頃から過ごし、その"半身"として共に歩んできた祥子は……。
「これが……理由か……」
にゃむの呟きに、意図を理解したムツミはコクリと頷く。
「きえ、た……って、モーティスちゃんも……? え、うそ、だよ、ね?」
「本当。恐らく祥はそれを1人で抱え込んで、絶望して、それでその世界を作ったんだと思う」
「…………あれは、そういうことか」
にゃむちは歯噛みし、吐き捨てるように言った。
「サキコの世界で、4つの墓石があった」
「ーーーーッ!? なに、それ……」
「両親のものと、ムーコとサキコの。両親の方は分からないけど、サキコのが自殺願望でムーコのは……」
「豊川さんにとって"若葉睦"は死んでいる、ということですか。ちなみに聞きづらいのですが、ご両親のは?」
海鈴が尋ねると、ムツミはなんの躊躇いもなく答えてくれた。
「祥の母親は2年前に亡くなってる。父親は……生きてる、と思う」
「随分と曖昧な言い方ですね」
「祥から父の話を聞けなくなった。でも少なくとも、昔祥に優しくしていた父親がもう居ないのは事実。そよは知ってるかもだけど、あのアパートで祥は父親に虐待されてきたから」
「………………………………しら、ない。そんなの……知らない、嘘でしょ? 祥ちゃん、嘘だよね」
「…………」
ムツミは自分が選択肢を間違えたことを悟った。これは言ってはいけなかった。睦の記憶を見る限り、睦は祥子のそういう事情を覆い隠そうとしていた。今、話をしないと何も進まないと思ったけど、もしかしたらここで言うべきではなかった?
ムツミの情報精査能力は現状うまく機能していない。こと人間関係においては特にそうだった。睦とモーティスがいない以上、彼女たちの辿った軌跡を知れてもその際の感情が分からない。故に、合理的に思える行動は感情を排除した冷酷な行動になりがちだ。今のが分かりやすい例である。
「お墓があったのなら、祥にとって父親は死んだ判定。今の祥には誰も」
「ごめんムツミちゃん。少し黙って。聞きたいことは全部聞いたから……お願い……もう、黙って」
「………………」
そよは懇願するように声を絞り出した。ムツミを気遣う余裕すらなく、如何に今のそよのダメージが大きいかがよくわかる。
立希や愛音もそれを咎める様子はなく、同じように深く考え込んでいた。
「冷たいかもしれませんが、話を進めてよろしいですか?」
「……うん。ウミコ、進めて」
海鈴もショックはショックだったが、既に今後のことを考え始めている。ムジカ継続のための方法を。
「現状、豊川さんの希死念慮はその世界があることで実行に移されていません。豊川さんが作り出した偶像としての人格がきちんと機能する限り、Ave_Mujicaの解散は起こらないと言えます」
「……そう、だね」
「若葉さんの人格問題、豊川さんの問題、そのひとまずに目を瞑ればムジカは存続できます。その上で祐天寺さん……この現状、なんとかしたいですか?」
「海鈴! お前……」
「すみません立希さん。これは重要なことなんです」
声を荒げる立希を静止し、海鈴はにゃむに問いかける。にゃむの答えは……決まっていた。
「当たり前たい! 今のままじゃ気持ち悪くて仕事にならん! ムーコ! アンタも協力して。アンタが前のムーコじゃなかったとしても、アンタはムジカの一員。サキコをなんとかせんでムジカ続けるのはアタシが許さない」
「…………………」
「これでいい? ウミコ」
「ええ、私も同意見です。私をムジカに誘ってくださったのは神様でなく、人間の豊川さん。神様相手では信頼関係も何もあったものじゃないです」
「アンタぶれないな」
ムジカの方針は決まった。
海鈴は改めて立希の方を見た。
「立希さん。立希さんたちはどうしますか?」
「……え?」
「こんな話を聞いて、何もしないという選択肢を立希さんなら取らないと信じています。協力してくださいませんか?」
「……………」
立希は思わずそよと燈を見る。未だショックから帰って来れていないそよ。それに対して燈の意思は明確だった。
「………私は、協力、したい」
「燈……」
「私、祥ちゃんが本当に苦しんでたこと……知らなかった。きっと、私じゃ耐えられないくらいの痛みを1人で背負ってて、それで、擦り切れちゃったんだと思うから」
「………祥、ちゃんーーッ!」
そよは耐えきれずに嗚咽を漏らす。そよに寄り添い、苦しそうな顔をする燈。だがその後に続く言葉だけは何としてでもここで示さなくてならなかった。
「だから、知って欲しい。祥ちゃんが……1人じゃないこと。今度は、向き合う。今度は、手を離さない。今度は、傘を差してあげたい。私の……お日様みたいな人、大切な人、だから」
「……うん、燈に全面同意。私も、向き合えなかったから。あとは」
「勿論私も手伝うからね! 祥子ちゃんまだ私のことを"愛音さん"って呼ぶんだよ? 距離感じる〜……」
「……はぁ。愛音ちゃんのせいでちょっと気が抜けた。私もやる。祥ちゃん……苦しんでたこと何一つ話してくれなかったし、それって信頼されてなかったのかなってちょっとムカついてきた」
「いやCRYCHICの時は事情があったんじゃ」
ツッコミを入れる立希を激しく睨む。
「違う。街で一回祥ちゃんに会ったの。その時公園で少し話した。反応からして、あの時には既に睦ちゃんのこと知ってたんだと思う。でも私には何も話してくれなかった。祥ちゃんの悪い癖、多分何も変わってないよ。だからわかってもらう、分からせてやる」
「こわ……」
「ぉぁ……そよちゃん……ほどほどに、ね」
「そよデン復活だ〜」
「愛音ちゃん?」
「そよりん顔こっわ!」
MyGO!!!!!の方針も決まった。
立希は海鈴に向き直る。
羨ましいな、と素直に思う。
現時点のムジカにここまでの絆はない。祥子に対する思いはそれぞれ複雑なれど、紛れもなく祥子のために行動しようとしている彼女らを見て、海鈴はやはりホンモノが欲しくなった。願わくばムジカをホンモノにしたい。それには豊川祥子、若葉睦の問題解決は必須なのだ。
「あとはこれを三角さんに話すだけですね」
「……それかなり不確定要素なんだけど」