捻れた世界の集合点で   作:豚足と豚骨の化身

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終末と始発点

 

焦土を歩いていた。かつて生徒だった肉塊を踏みつけながら、私は前へと歩いていた。もうどれだけこうしていたのか、それすら覚えていない。ただ記憶にあるのは、焼けた肉と生臭い血の匂いに沸き立った異様なまでの吐き気だけ。

 

私は何のためにここに立っている。何のために今を生きている。人の命が途絶えたキヴォトスで、私は何故先生でいるのだろうか。

 

「ねぇ……アロナ。私は何処で間違えたのかな。」

 

私は手に持っているシッテムの箱をそう問いを投げた。返事は無い。それもそのはずだ。無数の穴が空いたシッテムの箱の形すら留めていない鉄屑が、まともに機能しているはずが無い。そんなこと理解している。理解しているのに、何故か私の口はひとりでに動いている。

 

痛い、苦しい、辛い、悲しい。ぐちゃぐちゃの感情が頭をシェイクして、私は右も左もわからなくなっている。私自身が正気なのかすら怪しい。

 

「あは…あははは!」

 

私は一体何が面白いのだろうか。何故笑っているのだろうか。そうか……滑稽なんだ。何も守れず、何も救えず、挙句の果てに自分の狂気すら感じ取れなくなったこの人でなしが、どうしようもなくおかしいんだ。

 

「あはははははは!あはは……!はは……あぁ……」

 

私はその場で一通り笑った後、満足して再び歩き出した。血の池で靴底を濡らし、腐敗した死体の数々をかき分け、私は前へ前へと歩いてゆく。そうしてやがて、私の身体はシャーレの前にまで足を運んでいた。ゆっくりと、シャーレを見上げる。

 

「ここに来て……ここに来てなんになるんだよ……」

 

あぁ、滑稽だ。そして哀れだ。ここを見ていると思い出す。ユウカとの他愛もない会話の数々を。コンビニで買い出ししていた時、ソラがよく楽しそうに身の上話をしてくれたことを。そして、ワカモが私を庇って死んだことを。

 

それは突然の出来事だった。1人の生徒が私の部屋に駆け込んできて、私に発砲を行った。それを庇ったのがワカモなのだ。本来、ワカモが弾丸一発で死に至ることなどありえない。しかし、あの生徒が放った銃弾は一撃でワカモの脳天を貫いた。

 

今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。虚ろな目で、頭から血を垂れ流し地面に倒れ伏すワカモの姿。先程まで楽しく話していた人間が、一瞬にしてただの肉塊と化したその恐怖。

 

結局、その生徒は銃声を聞いて駆けつけた他の生徒に取り押さえられ連行されたが、悲劇はこれで終わりではなかった。まるで彼女の狂気が伝染するように、キヴォトス中に突如凶暴化した人間が現れたのである。

 

しかもその生徒達は皆ワカモを殺した生徒同様に、異様なまでの殺傷能力を誇る武器を携帯していた。そこからは、戦争である。殺し、殺され、殺し、殺され。私の指揮の元、正気を失った生徒を殺し続ける日々がキヴォトスに訪れた。その結末は、このキヴォトスの惨状を見れば明らかだろう。

 

キヴォトスの大半が燃え尽き崩れ果て、最後に残った生徒はホシノだった。彼女は……狂気に呑まれていた。私が駆けつけた頃には、彼女の目の前にミンチとなった何かがあった。一目見て、それがヒナだと分かった。そして私は、粉々の肉塊を踏みつけるホシノを殺した。それがキヴォトスの……最後の生徒であった。

 

私はそんな壊れた理想郷を、数ある死体の上で歩く屍のように生きている。ゆく宛もなく頼る人もなく、シャーレに訪れたとしても、もう既に廃墟となったこの場所に用はない。さぁ、次は何処へゆこうか。そう思ってこの場から踵を返した私の視界に、見覚えのある人影が飛び込んできた。

 

その男は黒いタキシードに何処までも深い深淵を感じるような顔を持っていた。その不敵な笑みで私を見つめ、狂気に呑まれつつある私にも軽く笑いながら話しかけてくる。

 

「クックックッ……ずいぶん酷い顔をなさっていますね。先生。」

 

「黒……服……?なんで、生きて……」

 

私は確かに黒服を殺したはずだ。それが必要だったから、私は間違いなくアイツの眉間を撃ち抜いたはずなのだ。なら何故、私の目の前に黒服が立っているのだろう。

 

「なんだ……私は幻覚でも見てるのか?」

 

「貴方が幻覚に狂い自殺しそうな現状であることは否めませんが、私は現実の存在です。」

 

「そんなはずない……私は確かに……お前を……」

 

「えぇ確かに、私は貴方に殺されています。脳天を一撃……全く酷いものですけれど、まぁ『この世界の私』の末路としては妥当なものかもしれません。」

 

「……は?」

 

「時に先生……貴方はパラレルワールドというものを信じてはいますか?」

 

突然何を言い出すかと思えば、「パラレルワールド」だと?ふざけるのも大概にしろ。周りを見れば、そんな戯言を話すような状況であることは分かるだろうに。いや、もしかすると目の前にいるこの黒服は幻覚で、狂った私が必死に自分のことを救おうと訳の分からない情景を見せているだけかもしれない。

 

「はは……ついに私もここまで来たか……」

 

「だから幻覚ではないと……ククク、まぁいいでしょう。話を進めましょうか。」

 

「もういい、消えろ、消えてくれ。私の愚かさは十分にわかったさ。」

 

「貴方が信じるかはどうであれ、この世の中にはパラレルワールドというものが存在します。それは枝派のように別れた無数の選択が作り出す未来の姿、有り体に言えば『あったかもしれない世界』ですね。」

 

「消えろって言ってるだろ……。」

 

「そのパラレルワールドから、私は来ました。まぁ私からしてみればそこが現世で、今いるこのキヴォトスがパラレルなんですけれど。」

 

「いいから消えろよ!」

 

私は怒号を上げて幻想に向かって殴りかかる。黒服はそれを容易にかわし、私の拳を強く掴む。そして、自身の服から1本のナイフを取り出し、それを私の手の甲へと突き立てた。

 

「……いっ!?」

 

激痛がはしる。見ると、私の手をナイフが貫いていた。滴る血、手を貫通する異物感、そして確かな痛み。これは幻覚じゃない。現実の、確かな感覚だ。

 

「幻覚じゃ……ない……!?」

 

「クックックッ……やっとその思考に行き着きましたか、先生。手を刺した事に関しては、貴方を正気にするために必要でしたので許してください。」

 

「幻覚じゃないなら……お前は……」

 

痛みのせいか、妙に思考が纏まってきた。この黒服は本物……。だとしたら、こいつの言っていた「パラレルワールド」に関しても本当の話なのだろうか。私はゆっくりと黒服の胸ぐらを掴み、こちらの方へと引き寄せる。

 

「お前の目的は何なんだ……黒服。」

 

「やっとまともに話せるようになりましたね。それでは貴方の問いに答えるとしましょう。まぁそうですね……簡単に言うと、貴方には世界を救ってもらいたいんですよ。」

 

「……どういうことだ?」

 

「ククク……それでは救世のお話をする前に、まずは私の世界について語りましょうか。その前に、手を話してくれませんか?」

 

そう言われて、やっと私は黒服から手を離す。黒服は崩れた襟を直して、足元に転がった無数の死体のひとつに腰をかけた。

 

「無数に広がるパラレルワールドの中には、時に『変数』と呼ばれる存在が生まれ落ちることがあります。」

 

「変数?」

 

「『変数』とは、本来生まれるはずのない存在……正しく運命の分岐を歩めば起こりえないような異常な存在を刺します。かく言う私も、変数の1人です。」

 

そう言われてもピンと来ない。黒服曰く自身も「変数」であるそうだが、そう言われてもパッと見た感じコイツは私のよく知る黒服と変わらない。

 

「そうですね。私に関しては『世界間の移動』そのものが変数たる要因です。この世界の私はこんなことはできないでしょう?」

 

「……なるほどな。」

 

「えぇ、まぁそんな話は重要ではありません。重要なのは、私とは別に、私の存在する世界そのものが『変数』だったという点です。」

 

長い話になりそうなので、私も黒服の隣へと腰をかける。そんな私を一瞥して、黒服は再び口を開いた。

 

「私の世界は『変数』を呼び込む力を持つ『変数』でした。」

 

「えっと……つまり?」

 

「あらゆるパラレルワールドに散らばる『変数』を、空間転移させて自分の世界に引きずり込むんです。私のいるキヴォトスは呼び込まれた『変数』達によって混沌を極めています。」

 

「それを私にどうにか欲しいと……。残念だけど、私には救世なんて重責を背負える力は無いよ。周りを見れば一目瞭然だろう?」

 

転がる死体、焦げ付いた肉の臭いと燃え盛る建物の数々。これらは私が無力であった確たる証拠だ。こんな惨状を作り出した張本人が、世界を救うなんて出来るはずもない。

 

「というか、なんで私はこんなに落ち着いているんだ?」

 

「あぁ、それは私がナイフに塗った薬によるものですね。とある『変数』にお願いして作ってもらいました。」

 

「……お前の仕業か。副作用とかないよね?」

 

「彼女はそんな事言ってませんでしたし、大丈夫でしょう。さて、話を戻しますね。大前提として、『変数』には悪と善の存在があります。貴方にどうにかして欲しいのは悪のほうの『変数』です。」

 

「ちょっと待って。勝手に私が行くみたいな話になってるけど、私は納得してないからね。」

 

「そうは言いますが先生……貴方これからどうするおつもりですか?」

 

「うっ、それは……」

 

それを言われてしまうと反論の余地が無い。どうせこのキヴォトスは修復不可能。生き残りを探すのも選択肢ではあるが、私が知る限り生徒は全員死んでいたはずだ。しかしいくら薬が作用しているからと言って、私のこの無情さは何なのだろうか。生徒が死んだことに悲しさは感じているのに、その感情が私の精神を揺れ動かすことが無いという不思議な感覚。ある種の気持ち悪さすら感じるこれを、私はすんなりと受け入れてしまっている。

 

「それに、私の世界を救うことはある意味償いになるのではありませんか?」

 

「償いだって?」

 

「えぇ、先生。貴方はこのキヴォトスを救うことが出来なかった。それが先生の役目であるにも関わらずです。」

 

「黒服……それはただの逃避だよ。『償い』という言葉を持って、自分がもたらした惨状から目を逸らしたいが為のね。」

 

「確かにその通りかもしれませんね。しかし、無意味というわけではありません。少なくとも、このキヴォトスとは別の世界に住む生徒達は救えるのですから。」

 

それは……黒服が正しい。確かに、それが例えパラレルワールドであったとしても、そこの人々を救えるのなら間違いなく有意義な事ではある。しかしそれは私の役目で在るべきじゃないはずだ。少なくとも、運命に抗うことが出来なかった奴隷のような私が担うべきではない。願わくばもっと聡明で有能な人物に背負ってもらうべき重責なのだ。

 

「それを私が担っていい理由が無いよ。」

 

「とある世界で生徒が困っていて、その世界の住人が貴方に助けを求めてきた。それだけで理由は十分じゃありませんか。」

 

黒服は不敵な笑みを崩さないままそう言った。その後に、

「だって先生という生き物は、生徒を救わないと生きて行けないんでしょう?」

なんて文言を加えて。私はどうすればいいんだろうか。きっと普通の人間なら、そういう迷いが生じるのだろう。しかし、私は「先生」だった。どんなに私が出来損ないでも、どんなに黒服が信用出来ない人物でも、ここまで理由を並べられては「先生」という生き物は誰であれそれを断ることは出来ないだろう。

 

「ねぇ、黒服。ひとつ聞いてもいいかな。」

 

「えぇ……なんでも聞いてください。」

 

「私に救えると思う?」

 

「クックックッ……でなければ声なんてかけていませんよ。」

 

「はぁ、そりゃそうか……」

 

ならば私は立ち上がろう。例え私が救世を担うに足りずとも、例えこの手が血に染っていようと、私が生徒を救わなければならないのなら、「先生」として抗おう。

 

「分かったよ。お前に協力する。」

 

「その言葉を待っていました。それでは早速この世界とはおさらばしてしまいましょうか。」

 

「ええっと……それはいいんだけど、そもそも世界間の移動なんてどうすればいいの?」

 

「それはこちらにお任せ下さい。すこし痛みますが我慢してくださいね。」

 

そう言って、黒服は私の手に刺さったままのナイフを引き抜いた。ただでさえ酷かった手の痛みが更に悪化する。

 

「痛ッ……勘弁してよ黒服。」

 

「必要なことですから。それでは出発しましょうか。」

 

「うん、だからどうやって……」

 

突然、腹に冷たい何かが当たる。直後にじわじわと熱さがひろがり、不自然な異物感を感じて私は腹部へと視界を移した。そこには血液を滴らせ、私の腹に突き刺さったナイフがある。

 

「……え?」

 

「簡単に言うと魂が肉体によって世界に縛られているので、それを引き剥がすという訳です。クックックッ……大丈夫ですよ先生。痛いのは一瞬ですので。それに、貴方の現状をコピーした肉体があちらに構築されるはずですから、そのまま地獄なんて事も有り得ませんので安心してください。」

 

「いやお前……ちょっと待っ……」

 

私の精神も聞かずに、ナイフを刺したまま物凄い勢いで上へと振り上げる。当然私の肉は裂け、内臓は破裂する。それによる激痛を一瞬感じたと思った次の瞬間、私はこの世界での生を終えた。

 

 

 

 

 

目が覚める。私の視界に飛び込んだのは暗くなった空と、吹き荒れる砂埃だった。私の記憶が正しければ、私は死んだはずだ。とすればこれは幻覚か、はたまた黒服の言う通りに別世界へ来たと考えていいのだろう。

 

「ゴホッ……ゴホッ……口に砂入ってる……。やってくれたね、黒服……。」

 

なんて最悪な目覚めなんだろうか。まぁ私みたいなのにとっては、お似合いのモーニングコールかもしれない。辺りを見渡しても、一面に広がるのは砂の海。要するにここはアビドス地区のどこかと思われる。

 

「とりあえず……人を探さないと……」

 

とは言っても、地平線の先に見えるのは砂山だけのこの現状。幸い今は夜で異常に寒いこと以外に問題は無いが、太陽が出れば話は変わってくる。最悪、干からびてもう一度世界間旅行をする事態になるかもしれない。そんな感じで、私は途方に暮れていた。

 

「これからどうしたら……黒服は何も言ってなかったし……」

 

行先も分からない。下手に動けば、都市部からもっと離れて行くかもしれない。そんなほぼ詰みな状況の中、私は誰か助けてくれと望み薄な願いを頭の中で唱えた。どうやら私は相当神様に好かれていたようで、私の願いに答えるように背後から聞き覚えのある声がした。

 

「……先生?なんで……先生が……」

 

声の方へと振り返る。そこには1人の少女が立っていた。見開かれた目は特徴的な黄色と青オッドアイ。かつてロングだった髪の毛は短く肩のあたりまで切られていたが、目立つ桃色なので誰かはすぐ分かった。

 

「……ホシノ?」

 

そう、それは小鳥遊 ホシノ。私がいた世界で、私自身の手によって殺められたはずの生徒であった。

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