ベレリアンド戦争終結直後、エルフィンドのどこかで起きたとある事件の顛末です。

 助けを求める謎の魔術通信。

 疑惑の虐殺事件との関連。

 事件解決を任された、オルクセン王国内務省外事保全局エーリヒ・ベーケ中尉相当官が垣間見た真相とは?

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 壮絶なるベレリアンド戦争終結直後、エルフィンドの小さな街ハルセンで起きた怪事件。

 禁令違反の魔術通信、その内容は『助けて』。

 終戦後に、一体誰に向けて、誰が放った『助けて』なのか。

 その解決を任されたオルクセン王国内務省外事保全局 エーリヒ・ベーケ中尉相当官が垣間見た真相とは?

※本小説は「オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~」の二次創作です。


ハルセン事件顛末

 

 我等の空。我等の海。我等の大地!

 

 エルフィンドとの総力戦に勝ったオルクセン軍は、大いに気勢を上げた。

 もちろん喜ばしい事である。

 もちろん────。

 小さなレストランの外席に腰掛け、木漏れ日に目を細めるオルクセン内務省外事保全部第3班所属のエーリヒ・ベーケ中尉相当官は、かなり大きなため息をついた。

 その原因は、占領地域の食糧事情ではない。彼の仕事に、戦の趨勢はあまり影響を及ぼさないからだ。

 エルフィンドの小さな港町、ハルセン。ここで彼は、彼が言うところの"面倒な仕事"に取り組んでいた。

 そもそもだ。彼は再度ため息をつく。

 国内絡みの情報活動を主な仕事としている外事保全局の人間が、どうして外地で、しかも不安定な占領地域で活動しなければならないのか。

 まあ、今更だな…。

 粗末だが、柔らかい歯ごたえの肉料理を口に運ぶ。悪くない。それどころか、今のエルフィンドの状況からすれば、三つ星ホテルでも食べられるかわからない代物だ。

 全土に深刻な食糧難が到来するなか、この地域の店は、まぁ最低限料理の体裁を保つことができる肉を確保している。

 肉があるのはいいことだが、どうやって拵えたのだろう。考えに耽ろうとしたところ、背後から鉄鋲が石畳を叩く音が聞こえてきた。

「中尉相当官殿」

 ベーケは更に3度目のため息をついて振り返った。

 軍服に緑の腕章を付けたオークの兵。オルクセン陸軍憲兵である。

「マルタイ異常ありません」

「全く…今日で何日目だ。いつも通りか?」

「はい。朝の見回り。朝食、のち店への配達…」

「分かった。もういい。引き続き見張りを頼む」

 憲兵は型通りの敬礼をし、足早に去っていった。

 嫌われてるな。足下の小石を蹴り飛ばす。

 組織も違えば文化も違う。憲兵からすれば、下士官教育すら受けていない、軍属ですら無い文民たるベーケに命令されるのは面白くなかろう。

 件のマルタイ────捜査対象物。に踏み込んでの捜査までして、全く成果を挙げられなかったのは、最早二週間も前のことだ。

 農場の主人である白エルフが浮かべていた、我々に対する侮蔑の顔。全く腹が立つ。

 ハルセンにベーケが派遣されたのには、大きな理由があった。

 

 エルフィンドによる大規模な民族浄化の疑惑。

 

 開戦劈頭、ダークエルフ族のアンファウグリア旅団が発見した『レーラズの森事件』により、その信憑性はかなり高まった。

 ハルセンにおいても、その疑いがある────。

 それは魔術通信禁止令違反の捜査で浮かび上がった疑惑だった。

 ハルセンの町外れにある、とある農場からオルクセン軍進駐後、かなり強力な魔術通信の発信が探知された。

 終戦後とはいえ、敵対的な白エルフの勢力はいる。そういったゲリラを孤立させる意味でも、終戦後であろうと地域によっては、白エルフによる魔術通信は未だ禁止されていた。

 内容はハッキリしない。文章として成り立っていないというか、強いて言うならかなり強い言葉で『助けて』を連呼していた。

 少数のダークエルフが奴隷として、農場に隠匿されていた例もある。農場という広大な土地を有する性格上、虐殺によって発生した死体を埋めるのにも丁度いいのではないか。

 しかし、事は陸軍憲兵の手には余る。憲兵はあくまで兵士の規律維持や軽犯罪の捜査、あとはせいぜい占領地の治安維持程度だ。かといって、現地のエルフィンド警察に捜査を任せるなどもってのほかである。奴等は必ず事件を隠蔽する。

 一連の虐殺事件、民族浄化はもはや国際的な関心を寄せている。

 そこで外事保全局に白羽の矢が立った。

 文民であり、国家の外聞がなんたるかを理解している。

 しかし、国内外の情報活動を行なっている外事保全局に、現地での捜査活動の全てを行なう余裕はない。

 ならば、外事保全局の人間に階級を与え、憲兵隊を部下にして捜査に当たらせよう。なに、憲兵なのだから捜査の真似事くらいできるだろう……。

 それで割を食っているのが彼、ベーケであった。

 現地住民は敵対的。自分の後ろ暗い事を暴かれるのを誰が喜ぶ?事実、オルクセン軍占領後、結構な数の白エルフがハルセンから逃げ出している。

 国内外の様々な情報を扱う外事保全局とはいえ、エルフ族の文化的なあれこれまで把握したいわけではない。こういった犯罪────それに類するもの。を捜査するのであれば、実行者の文化的な背景を知らなければかなり難しい。

 しかも相手は全く尻尾をつかませない。

 強力な魔術通信の発信は確認できた。逆探知もだ。場所はあの農場で間違いない。

 しかし………。

 内容が判然としない。助けて、とは一体何だ?オルクセン軍が来ているからエルフィンド軍に助けを?発信されたのはエルフィンドが降伏してからの話だ。

「全く分からん……」

 そこで浮上したのが、オルクセン軍、すなわちアンファウグリア旅団が来ると思い、ダークエルフの奴隷を皆殺しにした。そしてその時ダークエルフが魔術通信で助けを求めたのではないか?という推理だ。

 だが、どれだけ穴を掘っても死体は発見されなかった。

 農場の奴隷ならば少数だろう。もしかしたら建物の下か……。

 が、それでも見つからなかった。文字通り、大地という大地をひっくり返したのにも関わらず。

 死体が見つからなければ、殺しは立証できない。

 謎だな。

 ベーケは今日4度目のため息をついた。

 

 

 事態が大きく動いたのは、アンファウグリア旅団から捜査支援として、2名のダークエルフが派遣されてからだった。

 第三騎兵連隊から来たという彼女達は、とりあえずと魔術通信の調査に入った。すると、彼女達は意外な事をベーケに報告した。

「これ、発信者はダークエルフではない、かと…」

「?どういう事だ?」

 アリア、と名乗ったダークエルフの少尉は眉を寄せた。おそらく険しい顔をしているのだろうが、可愛い方向に顔が整っているため、あまり険しくは見えない。

「いわゆる金切り声に近いものがあります。助けて、と連呼しているのはその通りなのですが、言葉が少々異なるのです」

「……続けてくれ」

「白エルフとダークエルフは同じ言語でも若干イントネーションや雰囲気が異なります。まあ、住む場所も違いますし……」

「なるほど。ではこれは一体誰が」

「これは白エルフどもの方言です。白エルフが助けてと叫んだようです」

 

 

 終戦後オルクセン軍が駐屯し、ハルセンの住民の何名かが逃げ出した。

 そう、確かに逃げたのだろう。だが、彼女達は狩猟民ではないし、文化的な活動を尊ぶ民族である。そんな彼女達が街から逃げ出したところで、全員が山を踏破し、人目を避けて他所の街へ行けるほどのサバイバル技術を持っているだろうか。

 答えは否、だ。

 おそらく数名が、町外れのオルクセン軍の目につかない農場に助けを求めたのだろう。そして、主人は温かく彼女達を出迎えた。

 

 

「あそこの主人は昔から変な癖があった」

 農場の主人と同年代の白エルフを取り調べたところ、そう語った。

 彼女の言うところの変な癖とは、小動物なんかを虐めるといった癖があったらしい。

「悪い奴じゃないけど、あまりいい趣味じゃない。仲間がやめろと言ったこともある」

 地域で小動物が傷つけられると、真っ先に主人が疑われていた。

 

 

 ハルセンから逃げ出した住民は、後に山狩り中のオルクセン軍や住民の現況調査を行なっていたエルフィンド警察によって捕まっている。

 しかし、数名は未だ所在不明のままだ。

 しかも、いずれも子供。

 嫌な状況だ。ベーケは冷や汗が背中を伝うのを感じた。

「アリア少尉。君達は、その、なんというか、レーラズの森にいたそうだな」

「…はい、中尉相当官殿」

「君達はどのようにして、同胞のご遺体を見つけた?」

 少々彼女の表情が曇るのを感じた。全く嫌な商売だな…。情報畑になんか来るんじゃ無かったぜ。

「…白銀樹───生まれ故郷には白銀樹という、神聖な樹があります。我々は、それと同じ気配のする護符を身に着けております。その気配を大地から感じ、発見に至りました」

「つまり、ある程度近くまで行けば、護符の在り処も分かるということだな?」

「はい、中尉相当官殿」

 結構。大いに結構。

 オークの牡として、まことに普通と言うべきサイズの牙を撫で、大仰に頷いた。それは不快な、それでいて確信に近い、極めて好まざる考えを飲み込むためでもあった。

 終戦後にも関わらず発信された、助けを求める強力な魔術通信。

 大地という大地を掘り返してもなお、何も出てこなかった農場。

 行方不明の白エルフの子供たち。

「中尉相当官殿…?」

「ああいや、すまない」

 畜生。少し考えれば分かることだった。

 極めつけは、食糧難にも関わらず配達される肉。

 点在する事実を結びつけるための線は、いくらでもあったのだ。ダークエルフ達が来なくても、愚かな私は真相にたどり着けただろうか?

 深く息を吸い、部下達へ告げる。

「行くぞ。農場へ」

 

 

 ベーケは、普段は拳銃くらいしか持たない憲兵に小銃、更に数名には擲弾まで持たせ、農場へ向かった。彼自身も、普段は持ち歩かない拳銃を腰に忍ばせている。

 余りの物々しさに、ハルセンの住民達はエルフィンド軍が盛り返しているのかも、などと荒唐無稽な噂までしたほどだった。

「中尉相当官殿、ここまでやる必要が?」

 最もな疑問だ。実際、駐屯部隊本部からも、過剰な武装は街の緊張感を高めるためやめてほしいとのお願いまで来た。

 我々は外事保全局の隷下であり、本捜査の現地命令権は全て私にある。何か物言いがあるならば、参謀本部から内閣まで通して外事保全局に言え、と彼は突っぱねてしまった。

「相手は凶悪で狡猾な殺人犯かもしれない。それに───」彼は言葉に詰まった。発しようとした言葉が、気取っているようで恥ずかしかったからだった。「こんなつまらん事で部下を失いたくない」

 本心からの言葉だった。

 付き従う憲兵達も、それを感じ取ったのだろう。彼等は、このよく分からない組織から来た文民の男を、上官として好きになりつつあった。

「中尉相当官殿、あなたは部下に好かれてるようですね」

 屈託ない笑顔でアリア少尉が言う。

 何を馬鹿なことを。

「指揮官としての仕事をやっているだけだ」

 ベーケは無愛想に答えた。

 そんな彼の垂れた耳が赤くなっているのを、彼女は見逃さなかった。

 

 

「やあ、こんにちは。ご主人」

 明らかに嫌そうな顔の白エルフ。いくら過激な選民思想があるからといっても、ここまで勝者に対して露骨に嫌そうな、蔑んだ表情はできまい。ベーケは少々笑ってしまいそうになった。

「捜査にはご協力したはずですが」

「いや申し訳ない。その節は…」

 ベーケはできる限り笑顔で応えた。閉められないよう、ゴツい足をさり気なく扉に噛ませながら。

「ですが、まあちょっとした進捗がありましてね」「我々はエルフの文化に詳しくないので、彼女達に手伝って頂きまして」

 

「ダークエルフに」

 

 刹那。

 主人は近くに飾ってあった猟銃を掴み、ベーケへ向けた。

 しかし、ベーケの方が速かった。

 咄嗟に姿勢を落とし、拳銃を引き抜き、主人の方へ続け様に発砲した。轟音が鳴り響き、板材の木片が弾け飛ぶ。

 遅れて、ベーケが伏せたことにより射界が開けたため、憲兵達は兵隊らしく訓練された動作で小銃を連射した。

 視界の端に、小銃弾が直撃したのか、鮮血をまき散らしながら倒れる主人が見えた。

「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」

 キンッ…と薬莢が石畳に落ち、甲高い金属音だけが響く。

 ベーケは発砲した兵には装填を命じ、控えていた兵に着剣のうえ捜索を命じた。

 憲兵は油断無く小銃を構え、穴だらけとなった扉の向こうを伺う。

「どうだ?」

「……生きとります」

「ふん、結構な事だ」

 憲兵に続き踏み込むと、そこには右腕を吹き飛ばされた主人が居た。

「やぁご主人、改めて捜査させてもらっても?」

「……」

 ベーケは皮肉たっぷりに言った。

「……殺せ」

「なんですかな?」

「殺せ!」

「……馬鹿か貴様は」彼は本気で呆れ返った。「我々は法治国家の人間だ。貴様らのように感情でどうこうという民族ではないのだ」

 暴れる主人を押さえつけ、迅速かつ丁寧に患部を洗浄し、エリクシル剤を投与した。

 舌を噛まないよう、布を口に詰め込まれ、憲兵に両脇から抱え上げられた主人を見て、ベーケはしっかりお返しをしなくては、と思った。

 君の処遇は我々ではなく、エルフィンド、というよりハルセンの住民が決める事だ。と耳打ちすると、瞬く間に彼女の顔は、痛みとは違う蒼白に変わっていった。

「中尉相当官殿、白銀樹の気配を感じます。あちらからです」

 アリア少尉の指さす方向。屠殺した家畜の肉の保管庫。

「あまり見たくはないがね」

「私もです」

 覚悟を決め、ベーケは保管庫の扉を開けた。

 そこには、明らかにエルフの子供のものと思われる骨と肉が、護符とともに並べられていた。そして、その前には、納品先の店名が書かれた紙が置かれていた。

 

 

 シンプルな事だった。謎解き、という言葉すらいらないだろう。

 虐待の対象が、小動物から人間へ向くのは時間の問題だったのかもしれない。子供を守るべき大人は、ほとんど徴兵されておらず、いなくなってもおかしいと思われない子供たちばかりが残った。

 そして、深刻な食糧難。

 条件が揃いすぎていたのだ。死体の処理は食わせればいい。家畜の肉と同様に。

「あの柔らかな肉……」

 ベーケは指を喉奥に突っ込み、何もかも吐き出してしまいたい気持ちになった。

 この真相は、遅かれ早かれ露見したことだろう。ただ、その真相が住民へ明らかにされたかどうかは分からない。

 穢らわしく凶悪で非文明的なオーク族の風習を、自分達も知らなかったとはいえやっていたのだ。

 共食い。

 嫌な言葉だな。ベーケは心の底から思った。

「中尉相当官殿。お時間です」

 そう多くもない荷物をまとめ、ベーケは立ち上がった。

 もうこの街に来ることはあるまい。

 待ち望んでいた列車に乗り、窓の外を眺めた。

 動き出す風景の中に、短くも濃い時間を過ごした憲兵達がいた。彼等は、兵隊らしく型通りの敬礼をベーケに捧げていた。

「……まことにありがとう」

 聞こえるはずもないが、ベーケは答礼しつつ呟いた。

 戦争という、巨大な運命の歯車は、ありとあらゆる未来というものを破砕して回り続ける。これまでも、かれからも。




オルクセン王国史と大サトーが好きです。

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