淫夢バスカンパニー 作:動画をバラ撒かれ哀叫するヒンドリー
絶対にブリーフと言わず、ずっとボクサーパンツだと言い張る野獣先輩を爆笑しながら見れる。
あれだけの楽しい時間を、どうして刹那のこととして片付けられようか。
だからね...。
「イキスギィ!イクゾ!WOW!」
少女の叫びに呼応し、レールガンの砲口に光が寄り集まる。
「おい!また撃ってくんぞ!」
「ちょっと!?そっち向きに走らないでください!」
一撃必殺のレーザーを避けるために走り出したヒースクリフとイシュメールが互いに退路を塞ぎ、仲良く光に呑まれて消し炭になった。
「うすのろ共め...陣形を乱しただけでは飽き足らず、あのような犬死にで管理人様に余計な負担をかけるとは!」
「やはり戦闘で最も死亡回数が多い者には罰則を...」
よそ見をしていたウーティスが二射目に呑まれた。
「だから軍法会議は後にした方が良いって言ったんだけどな...おっと!」
今度はサッカーボール大の大きさで放たれたエネルギーの塊を、すんでのところでグレゴールが避けた。
「撃ち分けもできるのか...こんな武器が戦争の時に無くて良かったよ。まるであの、アレだ。ジョークフリーター?並じゃないか?」
「ジ!イ!ク!フ!リ!ー!ト!殿でありまする!!!」
「当人が何度も訂正しているのなぜ分かってくれぬのだグレゴール君!」
「く・死・や・気」
「何、串焼き?良秀〜戦ってる時に美味しいものの話しないでくれる?私もお腹すいちゃうじゃん!」
「『くっちゃべってると死ぬ。奴に気を付けろ』ですよロージャさん!」
ノイズから姿を現した少女、空間に浮かぶ文字に従うならばアリスとでも呼ぶべき存在に、私たちは苦戦を強いられていた。
少女の体よりも大きいレールガンは何度も囚人を焼き、近づいてもその見た目に似合わない怪力によって鈍器に変貌した銃身に叩き潰される。
今はムルソー、イサン、ファウスト、ホンルを除いた囚人で
「ダンテ...かかる身の丈でいみじく力の強きなることに加へ、此方の攻撃を通さぬ様を見るに...ふむ」
そこまで言ってイサンは口を噤み、目を閉じた。
こういう時は決まって、考えと実情が乖離しているときだ。
そんな状況になるとイサンは意見を言わないようにするけど、聞いてみたらイサンの考えが正しい事がほとんどだった。
〈私はイサンを信じるよ。何かヒントになるかもしれないから、教えてくれないかな?〉
「さなりや?ならば言はむ」
「極めて精巧に見分けつかねど...あの者は義体ならんやと思ふ」
〈えっと、生身と見分けがつかない義体って...〉
「はい。都市の禁忌に指定されています」
〈じゃあ今から頭が来るかもしれないってこと?〉
「それは...」
「うーん、どうですかね?頭の方々はとっても早くいらっしゃるんですよね。僕の時もそうでした」
まだ回答が得られていないか、或いは難しい質問だったためか言い淀んだファウストの代わりに、ホンルが答える。
〈そうだったね...〉
H社であの惨劇が起こって間もなく、爪と調律者はまるでそういう自然現象かのように現場に現れて事態を収拾した。
私達がアリスと交戦し始めた時間を考えればもう既に来ていてもおかしくないはずだ。
〈ムルソー、どう思う?〉
考えても纏まらず、私は禁忌やとりわけ淫夢に詳しそうなムルソーに尋ねた。
「確かにあの対象は知性を持ったアンドロイドと言う設定であり、そのイメージが形を持ったものであると推定できます。管理人様」
実際に知性を持った機械ではなく、あくまでそのイメージを元にした幻想体と言うことだろうか?
思えば、ヴァルプルギスの夜で抽出したウーティスのロボトミーE.G.O人格は壁を貫通する銃弾を放っていたけれど、頭が来る様子はなかった。
ただ銃や人型の機械と同じ形、似た性質を持っているだけで、幻想体やE.G.Oは根本から別物なんだろうか?
〈とりあえず、頭が来る心配はしなくて良さそうだね〉
起こり得る最悪の状況は回避できたものの、事態は一向に良くならない。
アリスを押さえ込んでいた囚人達は激しく消耗している上に、ずっと静観を決め込んでいたもう一体が前に出てきたからだ。
「ふははははっ!この様な場所に呼ばれて創作意欲が萎えていましたが、これはなんとも楽しい!」
「死と生を繰り返す地獄の旅人に、機械仕掛けの神でありながら勇者で在ろうとする終末装置!」
「奇天烈ながら痛快!残酷ながら情緒的!」
「巡り会った波乱万丈なこの縁に、この我輩が言葉を送りましょう!」
劇作家は台本を高々と掲げ、声高に語り出した。
「立ちはだかるは地獄の亡者達!時を刻み死を否定する羅刹の軍勢!」
「迎え撃つは時計仕掛けの我らが勇者!幾千年の眠りから醒め、この世に正義を示す者!」
朗々とした、思わず惹き込まれる語り口が熱を増す毎に、アリスのレールガンが輝きを増していく。
何か、確実にまずい。
そう思ったのは私だけじゃなかったけれど、囚人達は皆見えない何かに縛り付けられたようにその場に留まり、戸惑い顔を見合せながら口をパクパクさせていた。
私も、声が出ないことに気がつく。
「おっと、演劇中はお静かに。お行儀良くお聞きいただきますかな?」
語りの合間に幻想体が小声で囁く。
あの劇作家は自身の作品の題名をパクられたと言っていた。
それはつまり、淫夢という幻想体の元の元ということで、淫夢に犯されたこの空間はあの劇作家...シェイクスピアの作品内と見なされているんじゃないか?
そして今や、物語の中に組み込まれているんじゃ?
「王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された!愛と勇気の名のもとに!新たな聖域はここに舞い降りる!」
語りがクライマックスに近付き、光に包まれたレールガンは更に巨大に姿を変えて、竜のようにその砲口を展開した。
「さあ開演だ!席に座れ! 煙草は止めろ! 写真撮影お断り! 野卑な罵声は真っ平御免!されど皆々様、どうか大きな声でご唱和を!」
開かれた砲口が眩い光を放ち、全てを浄化する圧倒的な閃光が、呪文の元に炸裂する。
『光よ!』
─
意識を取り戻し、全身に痛みを感じながら私は起き上がる。
施設は既にめちゃくちゃに崩壊し、囚人達は私から一番近かったファウストを除いて誰も生き残ってはいない。
『バスク・オムは淫夢語録ごっこで有名。つまり淫夢ファミリー。QED』
『淫夢君はスローロリス。QED』
『葛城リーリヤはオタク。あとYAJU&Uのステップパートと白線のステップパートが似てるから淫夢ファミリー。QED』
『UDKを始めとしたクッキー☆キャラは棒読み。つまり淫夢。QED』
空間にはとめどなく文字が浮かび、得体の知れないもの達がどんどんノイズから生まれてくる。
「ダンテ...」
そして生き残ったファウストも、もう長くは無いようだった。
「内蔵された爆弾の起動方法は...覚えていますか?」
〈うん、覚えてるよ。今回は...本当に使った方がいいかもしれないね〉
私は頭の側面に手を当てながら答えた。
正直、私のリンバスカンパニーへの忠誠はそこまででもない。
何かの願いを叶えて貰うために入社したんだろうけど、私はそれを覚えていないから。
ただ囚人の命と運命を預かっているという理由が、記憶も未来への展望もない私の命に大きな価値を与えていた。
しかし、今や打つ手が無いように思えた。
痛みが全身に残って立つこともおぼつかないし、バカバカしい敵は増えていくばかりだ。このまま増え続ければこれらはやがて地上を目指して進むのだろうか?
そして、都市を淫らな夢に染めていくのだろうか?
そうなるならいっそここで...
〈君と話し終わったら、使うことにするよ。最後まで君達囚人と向き合うのが、私の仕事だから〉
どうせどうにもならない状況だし、私はわざとなんでもなさそうに言った。
そうですか。なんて淡白な返事が帰ってくるかと思ったけど、ファウストは静かに目を閉じて、口を開いた。
「ファウストは...いえ。私は...あなたがどのような選択をしても咎めません」
〈え?〉
思わぬ返事に、驚いた私の頭からキャッシュ音が鳴る。
「爆弾を起動し、社に最後の忠誠を示すのも。限りなく低い確率を信じてこの場から逃げ出すのも、或いは最後の時まで私とこうやって会話するのも...良いでしょう」
「私はあなたの選択を尊重します。管理人、或いはダンテ」
「どうか、悔いのない選択を」
傷だらけで、今にも命が尽きそうなファウストが微笑を浮かべる。
それが逆に、私を奮い立たせた。
頭を捻り、考える。
何か、見落としを。
このバカバカしくて汚くて膿腐った荒唐無稽な淫夢を覚ます、たった一言を。
『『ダンテは男か女か分からない。野獣先輩も男か女か分からない。つまりダンテは野獣先輩。QED』』
考えるうちにもう何度目とも分からない文字が浮かび、私の前に私が立つ。
それは完全に私と同じ見た目だったけど、中に何かが入っているかのように蠢いていた。
単なるクリシェか。それともなんの意図もない模倣か分からないけど、お陰で疑念が確信に変わる。
目の前に立つソレに、私はできる限り重みと真剣さを時計の音に込めて言い放った。
〈これ、淫夢じゃなくても良くない?〉
私の一言に、今まで空間に浮かんでいた文字が消えた。
広がりやすいということは、薄まりやすいということでもある。
淫夢への絶対的な確証だった野獣先輩が消えた時点で、既にこの現象は夢の残り香でしか無かったんだ。
現実に写し出された享楽の悪ふざけ。
これは淫夢なのかそうではないのか。
答えの出ない反復の中。
加熱した欲望はやがて、すっかり
『ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!待って!助けて!待って下さい!お願いします!アアアアアアアア!(発狂)』
『お兄さん許して!』
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!』
『やめてよ!』
『侵入されてしまいました〜』
『ないです』
『俺もうね、逃げる』
『あーもうめちゃくちゃだよ』
存在を否定された絶叫が響き、剥がれ落ちた空間が青く染まっていく。
ノイズから生まれた者達もそれに呑まれ、圧縮され、最後には真っ青な卵だけが残った。
もう何の語録も聞こえず、男優も、素人声優も、こじつけられた第三者も居ない。
〈は、ははは。本当に上手くいっちゃった〉
私は思わずへたりこんで、空を見上げた。
〈君のおかげで上手くやれたんだ。ちゃんと見てた?ファウスト〉
「はい。見事な対処でした。管理人ダンテ」
〈でもやっぱり、これも君の想定内だったかな?〉
危険な状況から抜け出した安堵と、いつの間にかスンと真顔に戻っているファウストに少し意地悪がしたくなって私は言う。
ファウストは少し考えて、また微笑を浮かべて言った。
「はい。私は不確実性を信じるファウストですから」
野獣先輩に会いに行って言うの。
ホモビに出てくれてありがとう!って。