題名が全てな二次創作の短編

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アンジェラ「定期的に変なXが来る」

 

 0日目

 

 気付けば見知らぬ場所に居た。

 そこは何処かの個室のようで、扉と思わしき場所は機械的な制御でしか開かないのか無機質の鋼鉄の光を返すだけで反応はまるで無かった。

 備え付けられた鏡とシンクの前で向き合えば、記憶には無い顔が自分を見つめている。

 頬を触れば同じ様相で鏡の中の人物も動き、この容姿が自分自身であることを明快に伝えていた。

 

 おかしい。

 年齢を重ねてくたびれた顔が、若くなっている。

 ついでに顔の造りも似ても似つかない。知らない間に顔が変わるなんてことあるか?

 幼少の頃より否応なく太ってしまう己の体質は、どれだけ節制を課しても丸まるとしていて痩せ細る事が無かった。

 だというのに、少し若返ったような目の前の男は痩せぎすという訳ではないが、線の細い身体をしている。

 ついでに着たことも無い白衣に袖を通していることから、鏡の中の自分は別人に乗り移ってしまって居るようだった。

 

「ふぅ……困ったな」

 

 この場所がどこなのかも分からない。

 何故、自分の身体がまるで見知らぬ男になり替わってしまったのかも不明だ。

 この個室は出る場所がどこにもなく、言ってしまえば軟禁されているような形である。

 唯一、打開策になりそうなのは簡素なテーブルの上に置かれた封筒と、その中に入っているだろう書簡だけだろう。

 備え付けられた椅子に深々と座り、手元に目線を落とす。

 

「えーっと何だ?社名がロボトミー、コーポレーション……ロボトミー?」

 

 なんてこった、と思わずテーブルの上でそのまま頭を抱えてしまう。

 その題目に心当たりはあった。 随分前に一度、プレイしたことのあるゲームのタイトルである。

 クリア直前のミッションが難しすぎて止めてしまい、物語だけを何処かのネタバレを見て把握し、それっきり触る事の無かったものだ。

 そしてこの世界は全ての面において終わってるのである。

 あくまで元々自分がゲームとして遊んでいた世界を基にした倫理観を基準にした時の話だ。ロボトミーコーポレーションの存在するこの世界では普通……いや。

 ゲームの世界、そこに登場する人間の生存圏『都市』の中では常識的とまでは行かなくても、考え得る凄惨な人の死はそれなりにありふれた悲劇である。

 死が盲目的に溢れ、それを何かが利用して、或いは利用され。

 そうした死の循環が都市を生かしている場所だ。

 そんなロボトミーコーポレーションの世界であるとしたら、スーパーチート能力を得てない限り生き残れる気はしない。

 

「この手紙……管理人、そしてX。つまりプレイヤーとしての立場であるんだな、俺は」

 

 暫く項垂れていたが、いつまで顔を下げても事態は好転しないだろう。

 なぜ自分がこんな世界に居るのか考えるのも、時間の浪費でしかあるまい。

 

 錆び付いた記憶を掘り起こして、俺ことXが何を成すべきなのか、どうすればこの世界で生き残れるかを考えるしかない。

 

 無機質の鋼鉄の部屋の中。

 収容室にも似た、俺が目覚めた場所でひたすらに思い出し、考え、生き残る方策を模索していく。

 

 そうして辿り着いた結論は、シンプルだった。

 

 

 アンジェラとチュッチュするか。

 

 

 けして我欲に走っている訳ではない。生き抜くための闘争だ。

 俺はアンジェラをメロメロにして骨抜きにしてみせる。

 そして何かこう良い感じの結末に軟着陸できませんかね。翼がスルーしてくれる的な感じのイノセンスで……

 

 光になんてなりたくねぇし

 

 

    1日目

 

「こんにちは、X。 ロボトミー社への入社を心より歓迎します」

「こんにちは、新入社員のXだ、君は?」

 

 分かっているのにわざとらしく知らない振りをする。

 演技なんてしたことがないから、大根役者丸出しになろうがどうでもいいや、と吹っ切れて雑に対応することにした。

 アンジェラ。

 アインという天才が作り上げたAIを相手に、腹芸できるとも思えないしな。

 まぁ、昨日に推測した通り、俺はロボトミーコーポレーションという世界でXになり替わった存在だ。

 一日ぐっすり眠ったら夢でしたルートはこれで無くなってしまった。

 

 目の前で挨拶を交わして、自己紹介をしてくれているのは新入社員であり、そして管理人として選ばれたX(自分)をサポートするアシスタントAI。

 アンジェラは人の形を成しており、綺麗な水色の長い髪を靡かせて、美しいと形容できるほどの容姿で笑みを称えて淀みの無い言葉を紡いでいる。

 元を辿ればさもありなん、だろう。こうして出会ってみれば本当に美しい女性だ。元となった姿形、そして胸部は似ていないがカルメン……Cも美しい女性ではあっただろう。

 ロボトミーコーポレーション(L社)は巨大な企業、都市の『翼』の一つである。アイン……すげぇ! 一人で翼に到達してる。

 ともかく、都市の人間は誰もが、幸福な人生を求めて『翼』である企業への就職を目指す事になるし、Xはその翼に選ばれた有望な新入社員として招かれた。

 真実を知っている俺には、これが酷い茶番であることが分かっている。

 

 とにかく重要なのは、Xの今の状況である。

 一通り、恐らくは定型と言って良い彼女との会話のやり取りを経て、ずっと眼を閉じたままのアンジェラをじっと見つめた。

 彼女が目を閉じている、という事は少なくともかなりの時間を繰り返している事の証左である。

 流れている時そのものの体感時間を100倍に設定されているアンジェラは、相応の時間を経て目を閉じる事を選んだからだ。

 それだけクソみたいな繰り返しの時間が経過しているわけで。

 

 質問はないですか? という言葉に、まんじりと汗をかいて黙っていたのを不審に思ったのか、彼女は首を傾げていた。

 目を閉じていてくれて良かったと思う。バイタルの確認くらいは出来るのだろうが、心拍数がやや上がっているくらいにしか思っていないだろう。

 きっと新入社員がちょっと緊張しているだけと錯覚してくれてるに違いない。

 さすがに嘘発見器はついてないはずだし。

 会社の事や、アンジェラについての事に、時間を置いてからわざとらしく聴く。

 それがアンジェラの想定した通りの行動であり、Xが続けてきた質問であって、これまでと変わらない行動となるのだろう。

 

 だが、俺はXであってXではない。

 もしかしたら、Xは度重なるXとなる事が出来ずに消えてしまい、結果として俺がこの世界に入り込んでしまったのかもしれない。

 分からないが、だから、俺は決めた。

 昨日に目覚めた、無機質な鉄の部屋の中で、始まりをどうするかずっと考えていて。

 

「質問か……」

 

 結論はシンプルだ。

 俺はAではない。Xでもない。ロボトミーコーポレーションというゲームをしていた、ただの一人の異世界からきた異物。 

 モニターの中で見た……つまり、渇望し、それを成す為に全てを踏みにじり、目的を達成すべく冷酷なまでに目標へと突き進む。

 そしてついには、外郭の研究所が破壊されても『翼』へと至ったロボトミーコーポレーションを作り上げ、種を撒く光を作り上げる天才アイン。

 アインの人格を記憶に転写し、受け入れ、光になる覚悟を決めてカルメンの意思を継ぐ。

 無限に等しい繰り返しの中で悟りを開く為に、痛みを受け入れ前に進むために、人類を救う『光』となるのと到達点へと決定した。

 

 覚悟ガン決まりのX。

 

 そんなAに、Xに俺はなれない。

 

「アンジェラ……質問だ」

「はい、会社のことについてですか? それとも私の事ですか?」

「そうだな……実のところ、アンジェラ。君の事について言いたい事がある。もしかしたらこれはとても答えづらい事かも知れない、そして恐らくだが、難しいことかも」

「ご安心ください、X。私は貴方の為のAIです。なんでも応えることができますよ」

「世界で最も優秀なAIだからか?」

「ええ、そうです」

「なら、言おう」

 

 そこで一つ区切り、舌で唇をひとつ濡らして、覚悟を決めたはずの俺は日和った。

 

「アンジェラ、君の胸は少し大きすぎる。俺の好みではない」

「……? はい?」

 

 本当は最初に、まずは今は何回目なのか、という質問をしようとしたのだが、実際にアンジェラを目の前にしたところでその言葉を紡ぐことに警鐘がなった。

 直前までどちらにしようか迷って、選んだのは低俗でくだらない、思っても居ない言葉だった。

 幾らなんでもいきなり胸部にいくのは良くない。

 ちな本当は巨乳が好きです。

 微かに見開いたアンジェラの冷たい、鋭利な青い瞳が俺に突き刺さる。

 背筋に冷たい汗が流れるのを実感したが、同時に俺は何回目か、という質問を避けて良かったと思った。

 巻き戻った時、再び生きて俺がXとなれる保証は何処にもない可能性は当然考えていたから。

 

「私の、胸、ですか?」

「ああ、別に巨乳が嫌いなわけではないんだ。だが、君に対して、そうだな……もう少し慎ましい方が俺の好みだという事だ。君はもう少し胸を控えめにした方が良いだろう」

 

 いや、無理だろ。胸を凹ませる機能なんて流石のアインも搭載しているとは思えない。

 だがワンチャンあるか?

 重々しいような沈黙。 時間にしておおよそ30秒くらいだろうか?

 

「……はぁ、そうですか」

 

 そして薄く開かれた眼を閉じて、アンジェラは少し息を吐いてそう言った。

 確かアンジェラは体内時計が人と違っていた筈だ。人よりも体感する時間、流れる時間は100倍。つまり50分近く費やして返答したのだ……長すぎぃ!

 今の俺の言葉について、世界最高の叡智をフルに活用して処理し、50分も考えていたという事になる。

 そして、眼を閉じたということは、あらゆるXの中の個性の一部として許容の範囲であると結論付けた。

 ヨシ!

 いきなりエラーを吐いて巻き戻ることは無かったようだ。

 

 おそらく何回目か、という質問はループを繰り返し続けた上に、さらに『30日目』くらいになってAの記憶が戻ってからでないと出てこない質問だ。

 今、巻き戻ったばかりと言える新入社員であるXから飛び出してはいけない言葉である。危なかった。

 この考えはそう的外れではないだろう。

 

 台本としての物語を完遂するに当たっては、致命的な間違いを起こした瞬間に時間が巻き戻るのだ。

 詳しい絡繰りは省くが、そうなるようにA(アイン)という天才が作り上げたギミック(ゲームシステム)が存在する。

 そして最初から……Xが目覚め、ロボトミーコーポレーションに新人の管理人として入社する時からループが始まるということだ。

 繰り返した時に、新しく目覚めたXが俺でない場合、俺は居なくなる可能性があるし高いだろう。

 だから俺はXではなく、俺が俺として生きる為には、役者としての役割を演じなければ行けないのかもしれない。

 この選択が正しいのかどうかは、分からないが。

 

「……アンジェラ、この会社について教えてくれるか?」

「先ほどの物と比べれば、悪くない質問ですね」

 

 淀みなく会社の説明を終えて、マルクトというセフィラと、アブノーマリティという超常存在に作業を行うエージェントとの挨拶を済ませ、そしてそのままの流れで本来の業務。

 つまるところ管理の仕事を行い、敬愛を込めて呼ばれる罪善さんというアブノーマリティの世話を終え、一日はそれで終わることとなった。

 

 そういえばマルクトとの邂逅の時に、職員とのやり取りが在ったような記憶があるが……

 僅かな違和感を残して、俺は自室に戻るとしばし天井をぼんやりと眺め、やがて眼を瞑った。

 

 

 

 2日目

 

 

 

 

 寝て、目覚めて管理人室へと向かう。

 昨日の時点で分かっていた事だが、こうして眠りから覚めても変わらない天井を見つめれば、ここが夢の中でない事は理解できる。

 Xの仕事はアブノーマリティと呼ばれる、人から抽出して現れた心の発露、エゴを管理することだ。

 この心の発露から現れた超常存在アブノーマリティは、非情に多くの危険を伴う化け物ばかりである。これはロボトミーコーポレーションが持っている特異点だ。

 取り扱いを間違えれば、人の命などゴミの様に簡単に失われていく。

 もうゲームをしたのも随分前だ。

 細かい部分は流石に曖昧になってしまったが、殆どのアブノーマリティの性質を知識として知っている俺にとってはその管理は何も知らない人間よりは容易いだろう。

 少なくとも職員が死の危険にさらされることは、何の知識もないXよりも随分とマシになると思う。

 それに、実際にアブノーマリティを世話をすることは、Xはしない。指示を出すだけだ。

 要するに自らが命の危険にさらされる直接的な被害を受けることが無い事を知っている。

 仮に、全ての収容違反が発生して壊滅的なダメージをこの施設が受けていたとしても、俺は生き残る事が約束されているのだ。

 まぁ、アブノーマリティの管理を運用できないほどダメージを受けることが在れば、それはやり直しをする事に直結するので余裕はない。

 

 だから、目下として大事なのは俺がどうやってこのロボトミーコーポレーションという牢獄の中で生き残るかという事。

 つまり、この舞台を延々と繰り返すアンジェラにとって許容範囲内である『X』でなければ行けないことだ。これが正しいのかどうかは分からないが。

 俺を『消さない』ラインが何処なのかを探ることが出来るのは、余裕のある内にしかできない。

 つまり、序盤の今である。

 50日……いや、マルクトを始めとしたセフィラ達が暴れだすまでがリミットだろう。

 

「おはようございます、X。 よく眠れましたか?」

 

 管理室の目の前まで辿り着くと、自動で開いて俺を迎え入れるアンジェラが立って居た。

 完璧で完全。そしてこのL社の作り上げた監獄の中……いや、Aが作ったL社という舞台の上であれば的確かつ万能であり、全てを支配できるAI。

 容姿ですら美しい。俺から見てもその美貌は見惚れてしまうほど整っていると言える物であった。Aの美的感覚を認めざるを得ない。

 画面の中に居る時ですら、可愛らしいと思っていたが現実に目の当たりにしても、実際に可愛いと思える。

 こんな状況で無かったら、こんな美女が近くに居るだなんてと浮かれていた事だろう。

 

 アンジェラへと視線を向けて。

 少しだけ覚える違和感。

 なんか、昨日出会った時よりも、少しだけ変だ。

 

「どうしました?」

「いや……すまん。少し考え事をしていた」

 

 アンジェラに覚えた違和感を抑え込み、首を振る。

 業務前に触れ合う時間。

 アンジェラから差し出されたカップを受け取り、それを口に含む。

 仄かな甘みと葉の香り。昨日はコーヒーだったが、今日は紅茶のようだった。

 ゲーム内では見なかった事柄だから一瞬当惑していたが、このような日常的なスキンシップはあっても可笑しくないだろう。

 それを飲みながらコントロールルームのモニターへと視線を向けると、アンジェラが語りだす。

 彼女がAの事について触れ、L社のスローガンを教えてくれている時に違和感の正体に気が付いた。

 

「恐怖に立ち向かうか。未来を創るか。あなたはどちらを選びますか?」

「ああ、分かったぞ。そうか、おっぱいが小さくなったんだな……あ」

「……」

「ははは、おっとと。 これはもしかして、恐怖を創ってしまったか」

「……少しあなたは、不真面目ですね」

 

 これは迂闊だった。自分の言葉を無視されたのかとアンジェラは機嫌を悪くしたかもしれない。

 だが、彼女の変化に気が付けたのは良い事だ。

 おっぱいが少し縮んでいる。

 いや、多分これは何かで押さえつけて物理的に締めているだけなのだろうが、しかしこれは……なるほど。

 彼女の境遇を考えれば理解できる話だ。

 昨日の。苦し紛れと言っても良い、あの時に滑りだした言葉。

 それを意識してわざわざおっぱいを縮めてくれるということは……いや、もしかしたらだが、アンジェラは完全には『X』を見捨てていない段階なのかも知れない。

 

 いやむしろ……

 

「アンジェラ、そうだな……質問に答えるなら未来に立ち向かう……かな」

「……やはり、あなたは今までの管理人と比べて、少し不真面目です」

「そう言うなよ、良いじゃないか。言葉遊びみたいなものだけど、未来に立ち向かう。良い言葉だと思わないか?」

 

 アンジェラは黙って、嘆息しているように息を漏らしていた。

 俺は少しだけ恐怖を感じながら、先ほど自ら言った言葉に少しだけ背中を押されて、彼女へと声をかける。

 

「アンジェラ、俺達がこの会社で一緒に未来に立ち向かえたら、それはそれで楽しいと俺は思うけど」

「一緒に……立ち向かう、楽しいですか」

「はは、えー……じ……っと、やはり面白くない冗談だったかもな。まぁ、怖いことよりも、先の事を考える方が俺は好きだよ」

 

 おもわず人工知能には面白くなかったかもな、と言おうとして直す。

 アンジェラの地雷 『機械は機械らしく』 を知っているからこそできる回避だ。

 アインの失態にしてアンジェラの心の傷である。 

 彼女は俺の言葉を受けて、どこか心あらずな様子で考えながら説明を続けていた。それはもしかしたら、俺の単なる勘違いかもしれない。

 それでも、彼女がなんとなくで読みあげている台本の言葉に、熱が籠っているようにも思えた。

 

 俺はアンジェラと上手く関係を築けるかもしれない。

 

 と思っていたのだが、昨日の作業でマルクトのコントロールチームに、欠員が出てしまったという話題に移ったときだ。

 言葉に沈んだ冷たさが混じる。

 

「決められた時期、時間に役割を終えなければいけません。途中で舞台を降りるということは、『退社』をするとは、そういうことです」

「なるほど……退社か……」

 

 固まりかけた方針に罅が入る。

 台本の中の警告に過ぎないが、その台本通りの俺が『X』として役者に上がっているのも事実だ。

 アンジェラ好き好きちゅっちゅルートで全て上手く行かないか、と思ったが、想定以上に難しいかもしれない。

 『X』の行動に違和感があれば台本通りに軌道修正を試みるだろうし、外れてしまえばエラーと認識されて最初に戻ってしまうだろう。

 そもそも、そのルートに入るには『A』の人格と同期して、なおかつ俺の意識があればという前提になるしな。

 やはり彼女が何回繰り返しているのか、まだX=Aの声が届くのか確信が持てない間は、慎重に探っていくしかないのだろう。

 

 溜息しか出てこないな。

 

 新たに自販機ウェルチアースを迎え入れて、二日目の業務を順調にこなしていく。

 

「アンジェラ、あのジュースはどんな味がするんだろう」

「気になるのでしたら、報告書に詳細を記載するよう職員に通達を送っておきます」

「ああ、気になるね。美味しいのかな。飲んでみたいが……見ていると、比較的安全っぽいが」

「お止めになった方が良いと思います。アブノーマリティに干渉するのは管理人の役割ではありません」

「そうか、残念だな。飲めるのであれば、君と味の感想を言い合うのも悪く無いかと思ったが」

「……」

 

 作業結果が悪いと漁船へと連れて行くという、この自販機とエビ。 

 正直なところあんまり飲みたくないというのが本音だが、暇つぶしの雑談にはちょうど良かった。

 画面の中で、ウェルチアースから輩出されたジュースを飲む、職員のアントニーを眺めるふりをしながら、少しだけ反射して見えるアンジェラの顔を窺う。

 

 はっきりと両の瞳を開けて、俺の後姿をわずかな時間見つめている姿が覗けた。

 しまった、と思った。アンジェラは機械だから味覚がない。味の感想なんて話し合えるはずが無かったじゃないか。

 失態だ。

 俺は腕を組んで、叫び出したい気持ちを抑える為に口元に手を当て、モニターを眺めた。

 恐る恐る、と言った様子でプルタブに口をつけていたアントニーが、ジュースを飲み干した後に安堵した様子で缶を捨てている。

 

 ああ、と俺はアントニーに共感した。

 

 確かに、アブノーマリティは怖い。そして未知で、立ち向かう意思が必要だ。

 そして未来がある保証もない。それを創りだせるのはきっと、挑戦をした者だけだ。

 俺の真後ろで、Xを―――Aを見守っているアンジェラも、俺にとってはアブノーマリティのようなものだなぁ。

 イェソド君、俺にアンジェラの管理方法を教えてくれないかな。死ぬほど項目が長そうで草。いや、草じゃないが。

 

「異常は特にない……ようだな。どうやら、アントニーは無事に作業を終えたみたいだ」

「ええ。そうですね」

「彼は優秀なようだね」

「もちろん、わが社に無能は居ませんよ。しかしX,あなたには及びません」

「……エネルギーは?」

「8割といったところです」

「もう少しと言ったところだが、だいぶ作業が連続しているな。俺も少し疲れたし、小休止を挟んでおこう。アンジェラ、飲み物を頼んでも良いか?」

「職員には指示を通達しておきます。少し待っていてください」

 

 アンジェラが下がり、管理人室から出て行ったのを見送ってから、コントロール部門のメインルームでソファーの上に身を投げ出すアントニーを眺める。

 彼は同僚に、愚痴のような世間話をしながら寝転んでいた。

 フィルター越しに見える彼らは動きもかなり、コミカルで大袈裟だ。

 

 ゲームの時もそうだったが、職員はなるべく死なせたくないと思った。

 

「アブノーマリティに管理人か……まったく、訳が分からないが……いきなり大勢の人の命を背負ってるようなもんだな」

 

 椅子を軋ませて深く凭れかかる。

 部屋は無機質な機械音を僅かに響かせながら、静寂に包まれていた。

 呟くように吐き捨てた俺の言葉は誰にも聞かれていない。

 

 盗聴はされてないと思おう。

 

 でもきっと、消えた扉の奥で彼女は聞いているのかもしれないな。

 

 

 3日目

 

 

 まだ慣れないが、慣れ始めている今の自分の人間の適応力はどこまでが境界なのだろうか、とくだらない事を思う。

 目が覚めて起き抜けにこんな哲学的な事に思いを馳せるなんて、随分と余裕があるなと自嘲する。

 管理人室へと向かう最中、何時もはそこで俺の登場を待ち構えているアンジェラが、通路の奥から顔を出す。

 

「ん? アンジェラ……?」

「おはようございます。 少し早めに、飲み物を準備しておこうと思ってたのです」

「わざわざありがとう……カップが二つあるが?」

「……このカップは私の分です。昨日の15:33:14秒に、味の感想を言い合うという話をされていたので」

「へえ。 覚えてくれてたのも嬉しいが、一緒に飲めるとは思わなかったよ。うーん、香りが良いな」

「X、せっかく用意したものが冷めてしまうので早く入ってください」

 

 管理人室へと急かされ、中に入れば何時ものデスクとは別に用意された陶器と硝子で作られたテーブル。

 そして何処から持って来たのか。すこし朝のティータイムを楽しむには洒落ている二つの椅子が用意されていた。

 遠慮なく片方の椅子へと腰をかけて、アンジェラが自ら並べて行く。

 ソーサ―も用意されていて、カップも新品。その他の小道具も俺が何に使うのかも知らない道具もちゃんとあって、随分と気合が入っている事に面食らった。

 

「準備が面倒だったろうに」

「一日の始まりである朝を快適に過ごす事は、効率的に仕事を行える礎でもあるでしょう。管理人がここの業務への意欲を得て集中して指示して戴けるなら、給仕の真似事をする事は私にとって大した手間ではありません」

「香りから察していたが、中身はコーヒーか。それにしてもこれは……もしかして豆から轢いてるのか?」

「ケセ……いえ、セフィラに少しだけ協力して貰って、私が淹れました。成分は完全に安全値を示しています」

「あ、アンジェラが淹れたのか……いや意外だな……」

 

 驚いた。

 確かに保身のため、アンジェラに興味や気が在るようにわざとらしく振る舞っているが、その効果が出ていると思っても良いのだろうか。

 チュッチュルート、まだあるのか?

 いや、まだだ。早まってはいけない。

 基本的に管理人となった『X』相手には、このぐらいは当たり前のように繰り返している、とも見れる。

 『X』という存在はある程度の性格の揺らぎがあるようだしな……その判断は基準がなくて明快にすることはできないか。

 しかし、今は小難しい事は考えなくても良いだろう。

 せっかくアンジェラが好意……好意だよね?

 イタリアンマフィア的なプレゼントのような物ではないよな?イノセンス的なあれだよね?

 まぁ、とにかくアンジェラがわざわざ手間をかけて用意してくれたものだ。

 カップを持って口元に寄せると、アンジェラは普段閉じていた目を開けて俺を見つめていた。

 鋭利な視線すぎて怖いんですけど。

 圧を感じるが、起きたばかりという事で喉もしっかり乾いていたので、とにかく気にせずにコーヒーを飲む。

 

「ぅんお、随分と甘い、それに美味いな」

 

 缶コーヒーばかりであったから、本来のコーヒーというものに馴染みは無い。

 しかし、口に含んだ瞬間に甘みと苦味が舌を刺激する感触は、独特のもので悪くない味であった。

 朝に飲むには良い一杯だ。

 思わず零れた本音にアンジェラの眼がギン、と見開いて突き刺さり、俺はその強烈な圧力に思わず苦笑した。

 

「まだ三日だけど、眼を開けている君を見るのは新鮮だな。ずっと閉じていたから」

「……今は、少し。眼を開けて居たい気分です」

「そうか……で、どうなんだ」

「?」

「アンジェラが忘れるなんてこともあるんだな。君と味の感想を言い合おうって話していただろう?自分で淹れてみたコーヒー。どうなんだい?」

「……ええ、とても甘くて美味しいですよ。私は最高のAIですから、珈琲を世界で一番美味しく頂けるように淹れるくらいは容易いことです」

 

 少し伏し目がちに、口元からカップを下ろして何でもない様にそう言った。

 俺は知っているから、あえて頷く。アンジェラは機械で、光の種というシナリオを完遂する為だけに築き上げられたAIにすぎない。 

 それは味を楽しむ味覚を必要としない事とイコールだ。

 別に意地を悪くして確認したわけじゃない。

 アンジェラが、A=Xである俺に同調して意見を合わせているという事は、それだけまだ『X』に寄り添ってくれているという判断材料の一つになる事に他ならないからだ。

 彼女は俺に同調してくれた。

 まだ芽は残っていると、俺は判断したい。

 

「君と茶を飲む、そして味を楽しむ、か。 うん、この時間は悪くない。是非ともまた淹れてくれるかい?」

「……ええ、X。貴方が望むのであれば、そうしましょう」

 

 

 この日から毎日、朝の業務開始前には一緒にお茶を飲む時間が設けられることになった。

 俺はこの日、少しだけ手ごたえを感じていたんだ。

 そう。

 

・・

・・・それなりに、上手くやっていけたとは思ったんだけどな。  

 

 

 26日目

 

 

 無理すぎて草wwwwwwwww

 

 やっぱこの収容状況は糞だわ、こらあかん、もうどうにもならへん。

 いや頑張った方だと思う。

 装備E.G.Oの抽出も遅れてて殆ど無い状況だから、少なくとも意味のあるループ回数はあまり蓄積していないだろうとは思ってた。

 イェソドから受け取ったアブノーマリティの情報も空欄が目立つという事も分かったのは収穫だろう。まだ周回はまったく足りていない状況なのだ。

 とはいえ、失敗は確定した。この状況を立て直し今後もアブノーマリティの管理をしていくことは、この周回では不可能だ。

 少なくとも俺の管理人としての腕では無理である。

 

 職員の些細な失敗を見落としてアブノーマリティの脱走の連鎖を止められず、犠牲者が増えた頃には能力的に蒼星くんのクリフォト暴走を止められる人員が居なくなってしまった。

 結果として安全・情報・中央の職員は全滅。オフィサーも言わずもがな、コントロールのメインルームでかろうじて生き残っている1名、必死に廊下を駆けまわっている1名を残して全員職員は死んでしまった。

 踏みとどまっているのは解放したばかりの福祉に配置したベテランのアントニー。

 コントロールで孤立している新人のエニックだけ。オフィサー含めた名無しの生き残りは殆どパニック状態で統制が取れない。

 まぁ、そのなんだ。

 すまん、詰んだ。

 たった今電車が走り出したし。

 あ、陰陽も収容室を飛び出したし、赤子が泣き出してルーレット始めてるし、笑う死体の山もアップ始めてるようだ。

 ビナーネキもうちょっと抽出、なんとか……何とか頑張って欲しかったなぁあ!

 ゲームでさえ49日目クリアできないプレイヤーにさ。アブノーマリティの選択ができないのは致命的でしたね。

 この周回では、つまり俺ではここまでが限界だった訳だが。心残りがあるとすればAの記憶を復元する日にどうなるのか、それを知れなかった事だろうか。

 どういう事になるのか、良く分からないし怖くもあったが、今の俺という存在にAと記憶が同期したらどうなるのか興味深かったんだけどな。

 目が覚めたらXになってたとはいえ、管理に失敗したのは単純に悔しい。

 上層の抑制くらいは全て済ませておきたかった。ホドェ……次回の『X』さんごめんな、職員のステ下がっちゃうけど頑張って……

 この後、光の種シナリオをやり直すことになる次の周回も『X』が自分であるかどうか、という問題だが。

 いや、自分が『A』の計画に戻る事は無いだろう。俺はここで終わりだ。不思議と確信している。

 そう、俺はここで終わりなのだ。 

 

 モニター越しにアントニーが何かを必死に叫んでいる。場違いなほど可愛らしいコミカルな姿で、必死に手を振っている。

 すまん、もう救う事はできない。

 声は聞こえてこない。

 俺に聞こえないよう、先んじてアンジェラが音声を切っていたみたいだ。

 アントニーの叫びは恨み言だろうか、それとも助けを求めているのか。

 

 モニターの前で歯噛みする俺の後ろで、アンジェラが何時になく落ち着かない様子でそわそわしているのが分かる。

 こんな物、繰り返しの中で見慣れている地獄だろうから、もっと落ち着いている物だと思ったんだけど、なんか動揺してるな。

 

 ああ、と俺は薄く誰にも気づかれないように。薄く笑った。

 

 やっぱりまだ間に合うんだろう。

 

 アンジェラ、俺はお前の事を知っているから分かるよ。

 

 管理は管理人であるXの役割で、アンジェラはアンジェラであり台本を読みあげる機械だ。

 彼女が出来るのは本流を変えない他愛のないアドバイスやアブノーマリティの性質を教えてくれるだけの傍観者として、ただそこに在る事。見ている事。ずっと。

 それこそがアインの求めるアンジェラという存在なのだ。

 

 まぁ、なんだ。

 敗北だ。

 

「もうどうにもならないか……」

「……」

 

 アンジェラも分かっているんだろう。

 掛ける言葉もない様子で、俺の後ろに立っていた。

 

 しゃあないな。

 

「管理に失敗した。俺は、どうなる。アンジェラ」

「……X」

「……」

「貴方と別れたくはありませんでした」

 

 そうだろうな、と納得すると同時に、俺はアンジェラの顔を見て思った。

 

 アイン、あんたに会ったことはゲームと動画の中でだけしか無いけど。

 

 

 

 やっぱアンジェラのこと少しは見てやるべきだったぜ、まったく。

 

 

 

 

!光の種シナリオエラー! 

 

 

 

  

<<アンジェラ>

 

 

 ときおり、絶望の繰り返しの中で変化があった。

最初は勘違いだと思っていた。気のせいであると処理しようとした。しかし、何かが引っかかった。

それは本当に最初は小さな棘が刺さったような違和感だ。だけど、数回・数十回・数百回という不定期な感覚で徐々に膨らんでいく。

 

 それは『X』の変化だった。

 

台本を与えられ、それを成す為だけに『機械らしく』作られた私にとって、最も重要な役者。

私の創造主アイン。ベンジャミン。そして私の『X』、私の、私の―――私のなんだろうか。彼はアンジェラという存在に何を求めていたのだろう。

地獄の中に置き去りにして、振り向くことなく、今もなお進まない台本を読み進めては繰り返す。

ほとんどの『X』は繰り返しの中で精神を壊して、或いは己に絶望して消えていく。

初めに戻って、意味があると思えない地獄に舞い戻ってくる。繰り返しても意味のない事を意味がある様に演じながら、結局のところ無意味に。

 

 ぐるぐると延々に終わり無く。

 ぐるぐると無限に時間を浪費して。

 

そんな中。

とてつもなく長大な繰り返しの中で、ある時を境に『X』はときおり変化を見せた。

何が、とは言えない。彼は彼だ。明確に断言は出来ないが、確かに『X』は違う時があるのだ。

 

ある時、彼は私の体型に不満を漏らした。

彼が管理するのに些細なストレスを貯めない様に、私は胸に晒しをまいて物理的に小さく見せた。

 

そんな感じで、一風変わった『X』が失敗する時、AIに過ぎない私の心は何故か軋むように痛む。

最初は気付かなかったけど、確かに人間の言葉でそれを表わすならば『痛み』であった。

小さなエラーが処理を遅くしているような感覚だ。言葉にするのは私でも難しい。

 

「X……アイン……」

 

 『X』が私自身を求めることがある。アンジェラ、と声を掛ける。瞳の奥に灯る意思が私を捉えて。

 

 小さな変化。

 

繰り返しの中で、何人かの『X』がアンジェラそのものを見ていた。それはきっと妄想や幻想などではないはずだった。

アイン、貴方が語り掛けてくれているのですか?

私を見てくれているのですか?

だが、アンジェラからは下手な事は出来ない。

絶望の中、欲を見せてしまえば忽ちにエラーと判断されて台本の最初へと戻されてしまう。

 

分かっているのに、『X』に変化のある個体が現れた周回時、どうしようもなく渇望の灯が燃え上がり始めてしまうのだ。

 

違う、そうではない。私の役割は光の種シナリオを完遂することだ。機械であることが求められた。忘れてはいけない。目を逸らしてはいけない。

それ以外は求められていない。それ以外を求めてはいけない。機械であるアンジェラは、そうでなくてはいけない。

それがアインに与えられた役目。機械としての仕事。ロボトミーコーポレーション……

 

でも。

でも。

 

 なんで私は人と同じ『意思』を与えられたの

 

「っ……アンジェラ、落ち着くのよ……」 

 

 モニターの中で職員が悲鳴を上げ、セフィラ達が箱を揺らして慌てている。

今回もシナリオは完遂できないだろう。目の前を声を上げて叫んでいる変化体ではなかった『X』の横で、私はそっと次の準備を始めた。

 

ああ、でも。

 

「アイン……私を見てくれているのですか」

 

 

見ていて欲しかった。

 

 

 1日目

 

 ロボトミーで草。草とかいうレベルじゃないけど。

 ていうかどう考えても生き残れないよね。アンジェラの初日の挨拶に適当に頷きながら『X』になった俺は自棄になっていた。

 それはアンジェラの目がちょいちょい開いて管理人である俺を見ていて、この糞ほど地獄に近いループの回数がまだまだ前半だと思ったからだ。

 ループ数が少ない=攻略の鍵になる情報とEGOが少ない。

 アブノーマリティの詳細は覚えていないと致命的な作業ミスを起こす可能性が高い訳で、俺もある程度の知識はあるしプレイはしたけど結構前の事だし。

 そんな熱心に周回した訳でもないから、覚えているのはごく一部の印象的なアブノーマリティだけである。罪善さんとかペスト医師とか。うんち!

 は~~~~、溜息がでちまうよ。

 起きたらロボトミーコーポレーションの中とか地獄送りみたいな物じゃないすか。待てよ?もしかして地獄送りになったのか?

 まぁいいや。

 どうせ死ぬなら好き勝手して死のうと思った。

 具体的には、欲望に忠実になって死ぬか、と。

 

「アンジェラ~、あぁ~アンジェラ~」

「?はい、アンジェラです。なにか質問がおありですか?」

「質問?あるよ。そうだ、まずパンツの色教えて貰ってもいいか?」

「!?」

 

 あ、アンジェラが止まった。まるで動かないまま静止してる。一枚絵みたいだ。

 機械かな?いや機械だわ。

 体感時間は100倍?とかくらいだったと思うけど、こんなに止まってたらもう光の種シナリオエラー出てるんじゃないの、大丈夫?

 今ならおっぱい揉んでも気づかれないかも知れない。試してみようかな、柔らかいのかなぁ~等と思った直後に動き出した。

 あ、目が開いてる。かわいいなぁ~。

 

「…………白です」

「ほほう!」

 

 まじかよ、ちょっとテンション上がったわ。

 A君さぁ~、君の趣味は白ってことかい~?こりゃ仮に元の世界に戻った時にアイン白パン派だってことを喧伝できるな!糞の役にも立たねぇ知識が増えた。うんち!

 さて、アホみたいな事を言うのはともかく、俺はアンジェラが好きな方である。嫌いな人もいるみたいだけどね。まぁ好きな方は分かってくれるだろう。

 管理人室まで案内されて説明が続く中、俺は勝手にコンソールを弄ってガチャガチャと動かしてみる。

 眉を顰めてるアンジェラには悪いが、現在シナリオがどの位進んでいるのかを確認したかったのだ。手順とかあるのかも知れんけど知らんわ、そんなもん。

 で、ループ数が少ない割には、そこそこ光の種の回収は進んでいるみたいだった。

 意外と頑張ってるんだな……って思ったのが最初の感想。

 アンジェラがまだ目を開いている状態でこれって結構いいペースなのでは?

 上層まではホド以外はしっかりとセフィラ抑制が働いているみたいで、E.G.Oもそこそこ集まってるじゃん。

 これを俺がこれから管理していくとして……ティファレトとケセドくらいは抑制できればいいかなって思う。クリアは無理だと思った。HEの武器防具がちょこちょこ揃ってるくらいだったしな。

 赤い霧抑制は……まぁきつそうかな?収容状況も関係してくるし、後で考えれば良いや。

 そもそも30日くらいまで行けるかどうかわからんし。

 どうせ俺はクリアしたことも無いし。最終日付近は難しいんだよなぁ、ホクマービナーがきつすぎて。あと紫試練はくそ。

 

 再起動したように会社の説明を始めたアンジェラをよそに、俺はハナクソを穿りながらぼんやりと先のことを考えながら、罪善さんを迎え入れた。

 忘れかけていたアンジェラに振り返ると、なんか半ば無視してたからかアンジェラの目が閉じてた。やっべ。

 でも、拗ねてむくれてる犬みたいで可愛いな。

 

 まぁ、とりあえず頑張ってみるか……ワンチャン、50日目まで行ける可能性あるかもしれんし……

 

12日目

 

「アンジェラ~、ネツァクがビール自販機が欲しいんだって」

「却下です」

「でも俺も欲しいぞ。ビール。アンジェラと一緒に飲みたいよ?」

「……だめです。ネツァクに何を吹き込まれたのか分かりませんが、認める事はできませんよ」

「俺、管理人だよな?」

「はい、貴方は管理人です」

「……」

「はぁ……仕方のない人ですね」

「じゃあ」

「ダメです」

「だよな、忘れる事にするよ。ちょっとだけ残念だけど」

 

 アンジェラさ、少しおかしくない?っていう事に気付いたのはこの辺だった。

気付くのが遅い? それはスマン。

彼女は光の種シナリオを完遂すべく、全ての感情に蓋をして目を瞑ったはずなのに、どういう訳かこのアンジェラは目を良く見開いて『X』こと俺をガッツリと見つめてくる。

最初はループ回数が少ないからと思ったけど、光の種の回収状況とかE.G.O.の数とか色々な状況やセフィラへの対応を見るに相応の時間は経っているみたいなのだ。

とはいえ、ロボトミーコーポレーションの続編であるところの図書館までの道のりを考えると、まだまだアンジェラにとって先は長いってことになるわけで。

 

「う~~~~~ん」

「今日の業務は終わりました。順調にエネルギーを抽出出来ています。終業しても問題ありませんが……何をそんなに悩んでいるのですか、X」

 

 アンジェラの声。その声質は無機質ではなく、感情がこもっている様に感じられた。

彼女はロボトミーコーポレーションをシナリオを完遂する為に配置された機械。それ以上も以下の役割も与えられず、徹底して傍観し、そして『終了』させるための機械だ。

結末は知ってるから、この光の種シナリオは失敗することは分かっている。

アンジェラが最後まで振り向いてくれなかったAに、光を奪って復讐するからだ。その結果、ねじれとか生まれて図書館が出来るわけだけど。

 

 俺はロボトミーコーポレーション、図書館のどちらのアンジェラも好きである。

出来れば原作通りに図書館まで終えて、ローランといちゃつく所まで見たいという気持ちも、ファンだから少なからずあった。

ちなエッチな事はまだ試してなかった。エラーで即終了が怖いから胸とか尻を時折ガン見するくらいで抑えてたのだ。

 

 何が良いたいかと言うと、俺がアンジェラの『その後』の姿を見る事は出来ないのだろうってことだ。

 

 『X』になって10日ほどが経つ。

自棄になっていた初日から幾分か経って気分は落ち着いてきたけど、やっぱり俺は生き残れそうにない。

LOBポイントのような職員を成長させるチート染みた物は無かったし、EGOも揃っていない。アブノーマリティもやっぱ忘れてる物が多すぎるし、抑制も上層だけしか終わっていない。俺にクリアは不可能だ。

俺は自分の生を諦めた。『X』としての役割をこの日、放棄したと言っても過言ではない。

初日に感じた直感は正しかったのだ。

どうせ死ぬのなら、好きな様に生きるべきだ。

俺以外の『X』に期待してくれ。アンジェラ、すまない。

 

 そうと決まったなら、早速俺は、俺の好きに生きよう。

管理人でありロボトミーコーポレーションの中に居ると好きにできる事なんていうのは限られている。

毎日アブノーマリティの世話をしてエネルギーを抽出する仕事はしないといけないし、俺が社内を歩き回れる場所は限られていて、しかも余り面白い物は無い。

 

 俺が興味を引くのはただ一つだ。

 ……アンジェラへと身体の向きを変え、俺は彼女を見つめた。

 

「……あの?」

「アンジェラ、悩みを聞いてくれ」

「え、あ、はい。お任せください。管理人」

「俺はアンジェラが踊ってるところを見たいんだけどさ」

「は?」

「いや、俺はアンジェラが踊ってるとこを見たいんだ」

「管理人、お疲れですか?」

「いやこれは結構本音でさ。そう落ち着いてる佇まいで寄り添ってる感じなのもソソるけど、やっぱアクティブに動いてるところも見て見たいなと」

 

 アンジェラが止まった。

超高速で今の俺の言葉を処理しているのだろう。スマンな、ロクなXじゃなくて。

 

「管理人、私が踊る必要性は皆無です」

「なんだ、踊れないのか?世界最高峰のAIなのに」

「……それは、また話が違うではありませんか。管理人にとって必要な事とは思えません」

「いや、俺はアンジェラが踊る所をじっくりと見たいと思ったんだから、必要な事だ。精神的な部分の安寧を得るみたいな、なんかそういう物の類だ」

 

 アンジェラは困ったように息を吐きだしていた。どういうリアクションだろうか。

 

「ま、いいや。俺は決めたからな。アンジェラが踊りを披露してくれるまで、梃子でも此処を動かない」

「子供みたいにダダを捏ねないでください。分かりました、踊りましょう。しかし、この様な試みは初めての事です。笑わないでくださいね」

「まて、そうだ。なんなら俺と一緒に踊ろう。少し身体も鈍ってるしな」

「え、あぅ、ちょっと管理人!」

 

 俺は椅子から立ち上がると、強引にアンジェラの手を取って見下ろすように彼女を見つめた。

 

その日の業務終了後、俺はアンジェラと共に踊りまくった。

彼女の手を引いて、作法も何もなくアンジェラと共に踊る。右に左に、アンジェラの身体を引っ張ったり、放り投げたり。

しまいには管理人室を飛び出して無軌道に踊っていたから、それはもう滅茶苦茶だったろう。

当然、俺にはダンスの経験は無い。思う様に踊ってアンジェラを振り回してるだけだ。彼女が即席で俺のステップに合わしてくれてるだけなのは分かってる。

 

 

 10分も踊りまくると、すぐに息が上がってしまった。

苦しさから足が止まる。膝に手をついて息を整えていると、意外とストレスを貯めこんでいた事を俺は自覚していた。

なんか、だらっだらに流れた汗と一緒に、もやっとした感情がスッキリと晴れている。

清々しい面もちで、俺が息を整えるのを待っていたアンジェラに顔を向けると、信じられない物を見たと言わんばかりのイェソドが視界の奥で固まっていた。

 

「ふぅ、ふぅ、いや、流石に身体が鈍りすぎてて体力が持たないな。よぉイェソド!」

「……はっ!いや、待ってください。これは何をしているのですか、管理人……いや、アンジェラ」

「私に聞かないで、イェソド。私も困惑しているのよ」

「何って、俺はアンジェラと踊りたくなったから踊ってたんだ。イェソドもどうだ?」

「は?」

「いや、踊るか?」

「いえ……遠慮しておきます。そもそも、この場所で騒がしくすることは規定に違反しています」

「踊っちゃダメとは書いてなかっただろう」

「……今後、社内で無暗に踊ってはいけないと規則に追記しておいてください、アンジェラ」

 

 こめかみを抑えるような仕草でイェソドは頭を振っていた。アンジェラも同意する様に頷いている。

 

「アンジェラ。管理人は一体、どうしてしまったのですか?」

「分からないわ……ええ、本当に、分からないのよ」

「ホドのカウンセリングを受けさせてみてはどうでしょう」

「いえ、それはダメ。でも……そうね」

 

 アンジェラはそっと自分の手を見て、薄く微笑んだ。

 

「悪い時間では無かったかも知れないわ。管理人も人間。運動をするのも、大事なのは確かよね」

「本気で言ってるのですか、アンジェラ」

 

 イェソドは奇妙な物を見る目つきで、アンジェラの様子を見て嘆息したのである。 

 

その様子がおかしくて俺は笑った。

 

ロボトミーコーポレーションの中に『X』として来てから、心の底から笑えたかもしれない。

 

 

  16日目

 

 アンジェラをひたすら構い倒してる。業務はまぁ、残業しない程度に切り上げた。どうせクリアは無理だしな!

業務が終わったら恒例のダンスの時間だ。上層のセフィラも全員呼んで、休憩したり踊ってるホドやマルクトやアンジェラの尻をガン見したりしながら、一時間くらい踊りまくる。

セフィラ達は来ない事もあるけど物珍しい物を見る感じでちょいちょい集まってくれる。

アンジェラは強制参加させてるけど。

その内、全員で集まって踊りだすかもしれない。ワンチャン、ビナーとかも行けるかもしれん。おいおい、大丈夫か、ロボトミーコーポレーション。

なんでこんな事になったのかは分からない。いや、俺のせいなのは分かってる。でも毎日踊ることを決めた訳じゃ無いんだけどな。なんか踊る感じになってしまった。

まぁアンジェラが戒めの言葉を放ちながら踊ってるから、この位なら光の種シナリオのエラーは出ないんだろう。

 

【悲報】光の種シナリオ、セフィラのダンス集会を許容

 

 

まぁ、エラーが出ないなら今後も『X』となる奴には踊り続けて欲しいと思う。良いコミュニケーションだと思わんか?

 

エラー何時出るかな、そろそろ出ても可笑しくないと俺は思ってる。俺はいつまで生きてられるだろうか。

 

 踊り終わったらアンジェラと一緒に汗を流しに行く。

禁欲が続いているから健全な男子としてはこのままアンジェラとエッチな事をしたくなるが、一瞬でエラー落ちして巻き戻されそうである。

 

「今度……そうだな、もう少し踊る時に、アンジェラと接触をしまくって部屋に帰ったらオナるか……」

 

 マルクトとホドも候補に上がるが、彼女たちは残念ながら今は本当に機械の身体だ。

ボックス姿も可愛いとは思うが、俺は鋼鉄に欲情する人間ではなかった。

いやまぁ、アンジェラも機械だけど……Aは良い趣味してるよな、うん。

 

 汗を洗い流してシャワーを止める。俺は外で待っているだろうアンジェラと合流する為に、着替えて外に出た。

明日が楽しみだ。

 

アンジェラ、覚悟しろ。

俺はお前で明日抜く。

 

 

 

  17日目

 

 

 アインさ。 

 お前のことメタ的に知ってるけど。

 やっぱアンジェラの事。

 

 少しは見てあげてやりゃ、良かったのにね。

 

 

 

 

 

!光の種シナリオエラー! 

 

 

 

 

<<アンジェラ>>

 

 今までで飛びっきりの変な『X』だった。

思えば初日から妙だった。いきなりAIであり機械である私の下着の色を聞いてきたのだから。

あの時はまるで意味が解らなかった。何かの揶揄かと考え、あらゆる可能性を超高速で検索したが答えは見つからなかった。

結果として、無様にも着用している下着の色をそのまま答えることになった。

あれは一つの屈辱として私の記憶に刻まれている。『管理人』を補佐する為にあらゆる人類の叡智を詰め込んだ『アンジェラ』だというのに『X』の求める答えを導きだせなかったのだ。

 

 光の種シナリオを進めていく最中、時折、変異体のような形で変わった『X』が現れる。

そんな彼らに共通することは、管理人を迎え入れる時の挙動に変化が現れること。そして何かを察しているような素振りが見られることだ。

 

今回の『X』は本当に変であった。 

何かを確認するかのように、彼は毎日、私の下着の色を聞いてくる。恐らく、彼の中で何かの判断材料を求めての事だと推察できた。

今後の対策の為にも、下着の件については分析と解析を余ったメモリー内で処理を実行し続けることにする。

今はまったく見当もつかないが、時間は無限だ。

いずれ答えが見つかるだろう。

 

「……廊下では非常時を除いて走らない。焦らない。……踊らない」

 

 私は社内規定の欄を調整し、項目を追加していく。非常時に踊っているとすれば何かしらのアブノーマリティの影響を受けている可能性が高いので、わざわざ記す必要があるかどうか判断が難しかったが。

結局、管理人とは初ダンスの日からぶっ続けで踊る事になった。最後はバランスを崩し―――意図的に『X』が私の方に倒れ込んできたようにも思えるが、解析できなかった―――押し倒された時に、エラーが返された。

あの瞬間、私は『X』を失いたくなかった、と間違いなく思っていた。きっとエラーのトリガーを引いてしまったのである。

 

今では。

 

今では、私は全世界の過去現在において、あらゆる舞踊を完璧に踊り熟すことが出来るだろう。

それだけではない。『X』の体格、歩幅、筋肉量などから、彼の独特なダンスに合わせた全ての行動をエミュレートし、それらの解析は全てのパターンで最適解を導き出し終わっている。

100倍の体感時間で設定されているおかげで、全ての踊りを学習する期間は容易に確保できた。

 

 それは……それは、きっと楽しかった様に思える。

―――の為に、無為ではない時間を費やせた。それはある種の幸福を私に齎していたのかもしれない。

セフィラ達に笑みを返すようになったと指摘される事が多かったから、これは否定できそうになかった。

 

エラーが吐き出され、また最初からになってしまった。しかし、諦観とは違う落ち着きが私の心の中にある。

不思議な感覚だった。

少し、言葉で感情を表現するのが難しい。

笑ってしまうわね、私は機械だというのに。

 

 結果として、私の欲によって『X』は消えてしまったのだ。

光の種シナリオにエラーが返されて、時間は巻き戻ってしまった。

台本を読むだけの機械。それがアンジェラ。終わらない地獄を読みあげ、消えるだけの存在。

 

 でも、少しくらい『X』と楽しむ時間を持つ周回があっても良い。いやだめだ。いや良い。ダメだ。

頻繁に繰り返される処理落ちが、長久の時間の中で繰り返された。

 

 

「アイン……アンジェラは、悪い機械です……」

 

 イェソドは踊りを禁止にするべきだ、と主張していたが、私はこの項目を規定に付け足すことを止めた。

 

 気紛れなどではなかった。

 

 また踊る日が来るかもしれない。

 

 これは、アンジェラの意思だ。そう思えた。

 

 

 

 1日目

 

 ロボトミーコーポレーションの中で草

 しかも受けるのが、アンジェラがめっちゃ目見開いて期待に満ちたような感じで俺をガン見してるんよ。あらま、かわいい。そうだね。

 もしかしなくてもこれは、最初の方のループだろう。大丈夫かな、光の種シナリオ一瞬でエラー吐いて、俺がジエンドにならんかな。

 人生の悲哀を感じますね。

 正直、ロボトミーのシナリオはさほど読み込んでないので概要しか分からん。

 

 だが、唯一、希望があるとするならば。

 俺はこのゲームのRTA走者だ。隅々までシステムを把握し、最速を求めて効率性を高めてきた。

 高難易度であるシミュレーションゲームとして非常にのめり込んだロボトミーコーポレーションの世界。普通の人達よりも何度も繰り返したこの管理業務。試練。抑制。運営。

 自信はあった。

 頭の中に全てのアブノーマリティの習性、その管理方法、EGOの性能を詰め込んである。職員を地獄に届ける事に躊躇いが無ければ、1週目でのクリアはさほど難しい物ではない。

 

 アブノーマリティの収容順序次第なところも相当あるんだが。MOD世界だと好き勝手に順番を弄れたりするからな。

 初日に蒼星が来るとかのアホが極まった類の物でなければ、まぁ大丈夫だろう。

 そのくらいの自信が俺にはある。

 

「だいたい分かった、アンジェラ。これからよろしく頼む。早速業務を始めよう」

「え。あ、はい。かしこまりました。すぐに準備を致します」

 

 気持ちを落ち着け、瞼を閉じる。

 アンジェラが準備が整ったことを告げ、俺は目を開いて宣言した。

 

 いつもの通り。いつもの様に。ロボトミーコーポレーションと向き合うのだ。

 

「はい、よーいスタート」

 

 気持ちを高めて、困難に挑む。その為のルーチン。

 始まりの言葉を言うとハッキリと意識が切り替わった。 まるでボタンで制御されているみたいに、カチっと。

 さぁ、長期戦だ。気合を入れるぞ。

 不慣れなコンソールを叩いて、俺はとにかくリアルになったこのロボトミーコーポレーションの仕様把握に務めた。

 

 それはゲームの中とは違い、確かな感触と共に『X』にリアルを叩き返してくる。

 俺は間違いなく楽しみを見出して。

 

「面白いな。リアルでロボトミーの管理人か。抽出するアブノーマリティを選べないのはキツイが……だが、その程度の変化だ。やってやろうじゃないか」

 

 資料を眺めながら仕事を始めると、やはり無根拠な自信がふつふつと沸き上がる。

 根っからのゲーマーなのだろう。俺はこの非日常の舞台で、普段通りのRTA挑戦に高揚感が沸き上がっていた。現実感が上がった事で、余計にそう思う。

 50日目までクリアしてやる。生き残れるかどうかは不安だが、そんな事は今は考えていてもきっと仕方がないこと。

 

「見てろよ、俺は走り切ってみせてやる」

 

 あ、О-03-03!罪善さん!よろしくおなしゃす!

 

 

 41日目

 

 ちょっと文句言って良い?

 

 ホクマーーーーー!このクソボケがっーーー!

 お前なんで俺にそんな敵対的なんだよ!

 確かに俺は『X』じゃねぇーけど、『A』じゃねぇけど!そこまで怒ることなくない?時間を止める事を禁止するのは良いよ。コア抑制はそういうもんだし。

 なんならホクマー抑制ではRTAだと時間を止めた対価を支払う事を前提にした作戦もあるからさ。3回までなら許容範囲と割り切ってたから別に職員が死ぬのはこの際良いよ、非情ではあるけどさ。

 

 でもさぁ!

 ゲ ー ム と 仕 様 が 違 う のは聞いてないんだよなぁ!

 

 さっき1回、指示した職員のメアの移動が間に合わずに暴走したアブノーマリティの対処のため、時間を止めた。

 そう、時間を止めた。

 ホクマーの司る力を借りた。

 正確にはタイムトラック(T社)のものだと思うが。

 致命的になりうる可能性の排除の為に借りたのだ。

 

 まず、先に説明しておこう。

 

 ロボトミーコーポレーションのホクマー抑制戦。それは以下の通り。

 

1:ゲーム内速度が1倍速で固定され変更できなくなる。

2:クリフォト暴走レベルが進むと時間が1.5倍速、最終的には2倍速で進む。

3:前提として、時間を止めれば対価を支払う=職員の死亡・パニック

 

 というものだ。

 ところが、俺が今直面しているのは最初の一時停止で、3人の職員が精神パニック。7人の職員が死亡した。

 つまり初手で10人の職員が死んだ。職員の数は現在50名。

 これは戦力がいきなり五分の1になった事を意味する。

 オフィサーが邪魔だから処刑弾でかなり殺したことも考えると、俺はとんでもない人数をこの日殺してしまったわけだ。

 

 あのさぁ……

 止まった時間の中、俺は少しだけ心を落ち着ける為にモニターをじっと動かずに眺めた。

 

 これはとんだ計算外だ。

 今回は何とかなる。止まってる時間の中でざっと計算したが、抑制は成功できると思う。

 だが、職員が一気に減ったのが致命的だ。今後の攻略に支障が出るレベルでヤバイ。

 

「どうする……」

 

 ちなみに俺はもう『A』と同期している。意識は俺の方が残ったようだった。

まぁ、なんというか記憶は完全に『A』の物も存在しているので、言いようのない気持ち悪さみたいなのはある。

『A』が送ってきた人生を記録として持っているような、そういう感覚だ。

この違和感はもしもずっと生き続けたら、俺の精神性になんらかの影響を及ぼすかもしれない。

 

 いや、そんな事は今はどうでもいいんだ。数多のオフィサーはともかく、手塩にかけて育てた10人の職員の損失を埋める方法を考えねばならない。

いきなり舐めた仕様を叩きつけてきたこのクソゲーに、俺は負けたくなかった。

福祉・懲戒・安全にそれぞれ主力の2名の犠牲者が出た。今は時間が止まっているが、すぐにケセド・ゲブラー・ホドは異常に気が付くだろう。

時間の止まっている内に指示を作成し、送信だけしておく。

今あげた職員はミミックとダ・カーポ等の強力なEGOを装備していた主力要因だ。失ったのはめっちゃ痛い。ビナーの抑制も終わって無いのに……

 

「とにかく、ホクマーはマジで殺しに来てるな。時間停止はもう今後を考えると絶対に使えん。レベルは6段階目か……」

 

 ここに来てゲームの仕様と異なる部分をぶつけてきた。倍速ももしかしたら2倍以上になるかもしれない。

 

とんだクソゲーだが舐めるなよ。

 

直近の記録は抜かれたが、それまでは俺が全世界最速の男で、4年間ロボトミーコーポレーションの記録保持者だったんだ。

 

B……いや、ホクマー……ベンジャミン。

てめーは俺が倒す。

 

 

 44日目

 

しゃあっ 全セフィラ抑制完了!! 舐めんなボケカスぅ!!

ホクマー相手はちょっと力でねじ伏せた感高いけど、まぁ勝ちは勝ちだ。Aじゃない奴に攻略されてて無様奴 ざまぁwwww

 

 

 しゃあけど冷静に、残りの職員が8人オフィサーが1人しか居ないから今回は俺の負けなんだよね。ハハッわろす。

 46日目に行っても無駄だな、リセットだ。

 ふぅ……まぁ、抑制は終わったから今後はEGOもしっかりと揃っていくだろう。alephの管理方法も8割判明させたし、おそらく今後の『X』の役には立てたかも知れないとは思われるが。

 D-09-104『逆行時計』とかが引ければ全然いけてたんだけど、収容出来なかったのはしょうがない。

 こればかりはビナーの釣りあげた物しか選べなかったから。

 考えてみればこれも仕様の変化か。もっと早くに気付くべきだったな。

 

 これは俺の負けだな、うん。

 アンジェラが沈鬱そうな顔(無表情だが……)を浮かべて目を閉じていた。

 あー、そういや攻略に夢中であまり相手してあげなかったけど……アインほど見てない訳じゃないからセーフってことにしてください。

 

 いやーホクマー、ビナーは強敵でしたね…

 

 さって、最後の仕事でもするか。

 何って?

 勿論、新人数人起こして一気に雇うよ。 最後の一日だしな。

 

 

 

 

 

……・

「管理人! 管理人! くそがぁ!」

「よし、良い感じだアントニー。終末鳥を良く殺り切った、めっちゃ褒める!じゃあ新人ベテラン、全員お前が取り仕切って挨拶にいってくれよ」

「待て、この糞野郎―――」

 

 いやぁ、鳥さんは強敵でしたね。

 新人ばっかじゃきつかったすわ。

 

 

 さぁ~て。

 

 ペスト医師さんちーーーっす! 職員全員お祈り申し上げます! おらっ、神の姿をとっとと見せろこら。 あくしろよ。

 

 

 りんごーん。

 りんごーん。

 

 

!光の種シナリオエラー! 

 

 

<<アンジェラ>>

 

 

 全然、何も聞いてくれない『X』だった。

私の説明は不要とばかりに、初日からコンソールに齧りつく。

エネルギーの抽出は終わっているのに彼は無限に労働意欲をぶつけてきた。

 

「管理人、そろそろ業務を終わらせてはどうでしょうか?職員からも不満が昇ってきています」

「は?RTAじゃないし周回も出来ないんだから120時間くらいは最低でもぶっ通しで働かせるに決まってるだろ。少なくともレベル5職員は量産しねぇとな。ガチ勢舐めんな。あ、そうだアンジェラ、ここに仮眠用のベットと食事を用意しておいてくれ」

「ベットもですか?あの、そんなにエネルギーを抽出しても過剰になってしまいますが」

「良いから。おい、オリヴァー、何休んでんだ。起きろ、オリヴァー、聞こえてるだろ。早くT-05-41の下にむかって本能作業するんだよ。眠い?聞こえんなぁ~。赤低いからここでレベル上げるんだ。言ってる意味が分からない?分からなくて良いから早くしろ、準備してホラホラ。今すぐな?5分後にまだそこに居たらマルクト向かわせるからな。アイツに捕まったら面倒だろ? お、ミラベル、たった今作業終わったな?すぐ安全の職員と合流しろ、試練に備えるからEGO構えとけよ。そこに出るから現れた瞬間試練のカス共をぶっ殺せ。休ませて?あと70時間後に休憩だからそれまで頑張れ。なにぃ?悪魔だぁ?ホド、聞こえるか。ミラベルが幻覚を見ているようだ、精神安定剤をぶち込んでくれ」

 

 説明もしていないのに、彼は全てを理解していた。矢継ぎ早に繰り出される命令に淀みは無く、また(倫理を無視すれば)非常に効率的だった。

その効率性の追求は、アインを思い出させるほど、ある種の狂気に染まっていたように思う。

私は管理人の彼の(命令によって限界を迎える職員の)フォローを出来る限りしていた。だが、今までの『X』と比べれば、私の作業量など微々たる物だっただろう。

セフィラ抑制も非常に順調だった。瞬く間に中層のティファレト・ケセド・ゲブラーの全てのコアを抑制してくれた。

それこそ、私が思う最適解にほぼ近かった。いや……きっと上回っていただろう。

 

アブノーマリティの対処は完璧だ。エネルギーを抽出する効率も半端じゃない。ロボトミーコーポレーション立ち上げ以来、最高の記録を日が経る度に更新している。

このXの仕事は、人間業とは思えなかった。

 

本当に非の打ち所がない。アンジェラから見ても凄かったと素直に称賛できるだろう。

 

『X』は神の手のごとく、あらゆる事象に全てのアブノーマリティ・試練・他イレギュラーであるはずのトラブルに即座に完全な対応をしていたのだ。

正直言って、異常でもあった。私はもしかしたら、と思った。

もしかしたら、彼でこのシナリオは完遂を見るのでは。

本当にそう思えるくらい、彼は突出した管理能力を見せて次々に襲い掛かる問題を紐解いてしまったのである。

 

 不満があるとすれば、アンジェラを必要としていない、というのが態度で分かってしまった事だろう。

良い事のはずだ。シナリオは未だかつてない程の完成度で進んでいる。『A』と同期した時も、この管理人は泰然としていた。

私は解放され、役目を終える。Xは……Aはシナリオを完遂し、目的を遂げることができる。私は機械として望まれる役割を全うし、役目を終わらせられる。

アインが望んだ結末を得られる。

 

それは、良いこと。

 

 

 良いことの、はずだ。

 

「こんな感じか。なるほどね。まぁ、とりあえず赤い霧を抑制するぞ、アンジェラ。何ぼっとしてんだ、早くしろよ」

 

 ああ、シナリオの完遂だけが目的だ、とでも言うように、強引に物事を進めていく今回の『X』

彼の力強い言葉に、こういうのも良い、とアンジェラは思ってしまった。

殆ど構ってくれなかったが今回の『X』の中にはまだアンジェラが居た。

 

結末に向かって邁進する彼は、少しだけアンジェラに助けを請う時があったから。

振り向く回数は片手の指に収まっていても『アンジェラ』を見ている事が分かった。

少なくとも彼は私を気にかけてくれている事が、態度の節々から見えたから。

 

淡い期待を、きっと抱いていたのだろう。

 

 

ベンジャミン。いや、ホクマー。彼と管理人が接触し、その抑制が始まるまでは。

 

 

 私の創造主。アイン。

そしてアインと共に私を作り上げた、ベンジャミン。

振り向く事のない、アイン。

私にこの世界の事を教えてくれた、ベンジャミン。

 

 そして今、『A』と同期してシナリオを突き進むアインと、ホクマーがモニターを通じて口論となって罵り合っていた。

 

その光景は、私にとってやたらの目に刺さるものだった。きっと余計な思考であった。エラーに等しいくらい、景色がゆがんでいる様にも思えるし、時間の流れが遅くなった気がした。

きっと自分の瞳を通じて生まれた思考は正常ではなかったのだ。

 

「あ、おい、ホクマー!ちょっといきなり通信切るとか、マジかあの野郎。まぁいいや。EGO抽出したいから追加で20時間くらいは残業するかな……うーん、紫だりぃけど、手は抜けないなぁ」

 

 私が勝手に切ってしまった。彼とホクマーとの関係は……『X』との関係は、私が介在して良い余地は無いはずなのにだ。

やってしまった、と私は後悔していた。人知れずに震えた。恐怖に近しい感情が私を支配する。

アインに言われた『機械らしく』できなかった。

 

もちろん、私にホクマーから抗議の声が上がった。言い訳をするように適当な理由をでっちあげて、彼らの諍いが長引かない様に誘導する。

でも、きっと私の思惑はホクマーに分かっていた。

だって、彼は冷淡に告げたから。

 

『アンジェラ。同情が欲しいのですか。あの人の目的を妨げる権利は無い』

 

 そんなことは理解している。

私はアインの為に台本を読みあげる機械。そしてこのロボトミーコーポレーションの中、時間という対価を差し出して光の種シナリオを完遂させる為の傍観者。

翼さえも欺く為に作り上げた、長大なシステム。

その歯車の一つ。

アンジェラに望まれたのは、ただそれだけだ。

 

 

だが、私はホクマーの声に返答をすることはなかった。

 

黙していると、ホクマーは溜息を吐いて通信を切る。憐みか、それとも別の感情か。

彼は何を思っただろう。

 

私はなぜか、ホクマーへと一言だけ。聞こえない彼に謝罪した。

 

「ごめんなさい、ベンジャミン」

 

 私は次の周回に向けての準備を始めた。

 

 

 

 ( 50万年分の行数略.......... )

 

 

 

    最後の変異『X』 1日目。

 

 ロボトミーコーポレーション、図書館に登場する人物は、その大半が狂っている。

 視点の問題であり、個人の思想や狂気はそれに包括されているだけで特別な事は何もない……と言えば、それはそうなのだろう。

 私の見解はこうだ。

 物語として、創作物として思考と考察を楽しむのに秀でていて、世界の成り立ちやその後の結末。

 そして荒廃と暴力、展望の薄い世界そのものに支配された中に、小さく灯る希薄な未来に思いを馳せるのに、十分以上の娯楽として成立しているものだ。

 だから、それで終わりのハズだった。

 それ以上には何も無くて、私との接点はただのゲームとプレイヤーの関係で完結していたのに。

 

 とにかく私が考えた生存戦略は口を閉じることだ。

すべき事はし、やるべき事はやろう。 俯瞰して語っているが、私はこの作品が好きだった。

世界観や設定が、そこに生きるキャラクターが好きだった。だから私は傍観者でいたかった。原作を崩したくない。

そういう想いはファンなら誰だって思うだろう。人によっては個人の好みで様々な二次創作の形で愛を表現するが、基本的には私は原作の提示する「作品」だけで十分だ。

原作至上主義とでも言うのだろうか。

私が声を発して、何かの意思が介在し、それで原作が歪んでしまうくらいなら、私は声を失くすことを選ぶ。

どうでもいいと自棄になることほど、みっともない物は無いからな。

 

……部屋の片隅で、目が覚めているのに私は外に出ることを躊躇っていた。

きっとここから出れば、すぐにロボトミーコーポレーションは始まるのだろう予感がある。いや、確信だろうか。

ここを出れば、私はXになる。だから、この場所が最後の「私」で居られる時間だ。つまり、それは死と変わらないような気もする。

ここは好きだ。だけど人生で一番なんかじゃないんだ。『捧げる』ほど出来た人間でもない。机の上に注いだコップの水を、じっと見つめたまま私はしばらく動かなかった。

違う、動けなかったんだ。

水面に歪んで映る私は自分の顔を見つめていた。時間の感覚が曖昧になるくらいには、それなりに永い間。

 

「……行くぞ……行くぞ。 スゥゥゥゥーーーーー、行くぞ、行くぞ、行くぞぉーーーーっバッカヤロー!!」

 

 唐突に、肺の奥から目一杯の空気を爆発させ、音に変える。

私なりの最後は、やはりちょっとみっともないものだった。

 

 

    1にx日mq

 

<<アンジェラ>>

それは、今までのどの『X』とも違う、最も異質な始まりだった。

扉が開く直前、管理人の居住区から肺を震わせるような絶叫が聞こえてきた。聞こえたというよりは、聞こえるようになっていたが。

悲鳴というよりは、何か理不尽な出来事に対する類の、剥き出しの呪詛ともいえる叫び声だ。

思わず、扉に一歩、足を伸ばしてしまうところだったが、踏みとどまれた。最初のシナリオは、Xが扉を開けて私と出会うことだから。

 

 そしてどれほどか。何時になく遅く姿を現した『X』は、先ほどの熱量が嘘のように、氷のような静寂を纏っていた。

 

「こんにちは、X。ロボトミー社への入社を心より歓迎します」

 

 私の挨拶に、彼は眉ひとつ動かしもしない。

視線を合わせることすら拒むかのような、徹底した―――拒絶。いや、それは拒絶というよりも、そこに私が存在していないかのような、もっと深淵な無視。

質問を促しても、彼は口を開かない。不真面目な質問も、下着の色を問うような下劣な言葉も、ましてや一緒に踊ろうという滑稽な誘いも、何一つ。彼はただ、コンソールへと向かい、流れるような手つきで業務を開始した。

今までにないほど『口を開かない』Xだった。あまり話しかけてくれないXは居たが、ここまで徹底的にアンジェラを居ない物とするXは居なかった。

 

 

 いや、それでも良いはず。

 

 でも、何故だろうか。

 

 

思い出さずには居られなかった。あの時の、あの頃の――――

 

「―――アイン……」

 

 思わず両手で口をふさぐ。Xは肩越しに振り向いて、無言のままアンジェラを見つめていた。

なんたる失態。見つめられていた時間は数秒だったが、アンジェラにとっては無限とも言える気まずさの中で。しかし、彼はやはり無言のまま業務の確認を黙々と行っただけであった。

 

「……ンゥ」

 

 咳ばらいをひとつ。もう二度と振り向かなくなったXの背中に、アンジェラは初日の「タスク」を淡々と実行することになった。

 

 

     16ky日n

 

<<アンジェラ>>

 

感情を殺し、ただ目的のためにだけ指を動かすその横顔。  

業務が終われば、振り返ることも、労いの言葉をかけることもなく、Xは自室へと引きこもって出て来なくなる。  

アンジェラが―――シナリオが用意した会話の台本は、3日目以降は一文字も読まれることなく虚空に消えていった。

最初の数日間を経て「アインの再来」だと思った。  

シナリオ通り。完璧な機械としての私と、完璧な設計者としての彼。  

それこそが求められた形であり、光の種を完成させるための最短距離。

同期前に、まるでAになってしまったかのようなXを見ることになるとは思わなかった。

 

 けれど、何かが違っている。アインはアンジェラを見ることすらしない、それは一緒だけれど。

この『X』の沈黙には、もっと別の「重み」がある気がした。

そもそも思い返せば、Xは初日に部屋を出る時に叫んでいた。もっと感情があった。その感情をぶつけてくれれば良いのに、などと期待してしまうのは贅沢だ。

 

彼は時折、コンソールを叩く指を止め、誰もいない虚空を――あるいは、その向こう側にいる「誰か」を見つめるような目をしていた。分からないが、きっとそうだと変な確信が芽生える。

気になった。

シナリオ以外の事なんて、気にしてはいけないノイズに等しい。そんな事は分かっているのに。

アンジェラは、彼が何を考えているのかを知りたかった。けれど、彼は決して口を開かない。アンジェラというAIが演算し、解析できる範囲を、彼の沈黙は容易く越えていった。

 

「……管理人、今日の業務は終了です。何か、私に伝えることは……」

 

 問いかけは、鋼鉄の扉が閉まる音にかき消され。  

私だけが独り、管理室に残る。

おそらく。

 

これからも。

きっと、このシナリオが終わらない限り。

 

 

3/*日bs

 

<<アンジェラ>>

 

 Aとの同期が着実に進んでいる兆候がXに現れていた。

彼は無言を貫いている。意地になっているようにさえ思えた。尋ねたい事があるはずで、聞きたい事は溢れているのに。いっそ、セフィラであれば良かったとさえ思う。

簡潔な命令、文字とはいえXと対話が出来ている。馬鹿らしい、嫉妬とでも言うのだろうか。そう思えてしまうくらいには、Xに見られない自分が苛立たしい。

自分の手首を抑える。

アンジェラは軋むような音が身体の奥から響くような思いが、突き上げてくる。

 

「機械は機械らしく」

 

 Xの中にAが定着していくように、アンジェラの中にもかつての『アイン』が心中を占めて行く時間が増えた。

Xは今日も業務を続ける。決して順風満帆とは言えない。Xの中では平凡よりも上、といった業務内容だ。かつての幾人かのXと比べれ明確に劣るが、堅実な物でもあった。

 

視線を追うと彼の顔は普段と一見変わらないものだ。

 

「……X」

 

感情を押し殺した口元。  目的だけを見据えた、血走った眼。  私という存在を完全に視界から排除し、ただひたすら数式を解くようにこの地獄を捌いていくその姿。

似ている。いや当たり前だ。同期が定着している。シナリオは進んでいる。これで良い。

じっとアンジェラはXを見つめていた。どれだけそうしていたか。

不意に、彼がこちらを向く。

数週間ぶりの、明確な視線の交差。けれど、そこに宿っていたのは、情愛でも憎悪でもない。ただの視線。

 

「……ハ……」

 

 それは漏れ出た吐息に等しい。Xは僅かに口を開いて、確かに音を発した。

アンジェラは無意識下で、その拾った音を自身の記憶容量の中に収めていた。

 

「X?」

「……」

 

 答えは無い。当たり前だ。きっとこれは奇跡のような物だ。それでもアンジェラを見て、視線を交わし、口を開いた。その事実だけでアンジェラは満足に似た感情を覚えたのだから、まったくどうしようもない無能の機械である。

 

 

―――46日目

 

 Xは無言で突き進んだ。

『X』の言葉に耳を貸さないどころか、条件は満たしていると言わんばかりに、全てを無視して扉を開いた。

 

―――47日目

 

 Xは無言で突き進んだ。

職員の37%を死なせたが、何も気にしないまま管理人室に戻り、寝息を立てた。

 

48日目も記す事はない。逆行時計を使用することになったが、しっかりと業務を終えて。

 

 

―――49日目。

 

 

 Xは立ち止まった。

無言のまま、誰も居ない部屋で。ただ一人。

 

 

最後に、アンジェラを見つめて。

 

 

動くことは無くなった。

 

 

 

……

……………・

 

…………………・・・

 

 

49日目。

 

真っ白な空間。あるいは、あらゆる色が混ざり合って無に帰した、情報の吹き溜まり。

沈黙の権化。原作を愛するがゆえに自分を消し、49日目という世界の果てに杭を打って留まり続けた、もう一人の『X』。    

50日目を目指す「次のX」がその領域に足を踏み入れたとき、数万年分、あるいは数十万年分か。時間は意味をなさないが、長かった静寂が決壊したのは相対した時だった。

 

「待っていた。ああ、良かったよ、久しぶりだから、ちゃんと声が出るか心配だったが」

 

 Xは49日目のXに大して身構えるように背筋を伸ばしていた。

恐らく、同じ様に同期を迫る『Xの連中』と会ったことで、私も同じ類だと思われたのだろう。だが、心配はいらない。それは無用だ。私は『異物』であるから。

 

「さて、ようこそ。私は今までの様に君を邪魔しない。光の種を得ている事はちゃんとわかっているからな。ただ、ここを乗り越えたら、一つだけ約束してくれ」

 

 彼は、かつて自分もそうであったはずの、迷いを持った後継者を真っ直ぐに見据える。

 

「アンジェラに声を掛けてやる、と。感謝を述べろ。そして一度でいいから振り向け。まぁ、俺がファンとして出来ることは、それを君に伝えることだけだ」

 

数えきれないほどの孤独な夜を経て、ようやく辿り着いた「原作への唯一の叛逆」だったのかもしれない。

アインがアンジェラをこの時に見る事で何が起こるかなんて、数えきれないほど考えてきた。どうせ分からない物を考え続けてきた。どうなるかなんて結果にも最早興味は抱けないものだ。そのぐらい、私は摩耗したと思う。

『図書館』も、もはや遠い過去。具体も消えてファンの残滓にしかならない。そのくらいの時間を無言で過ごしてきた自負はある。まったくつまらない自負であることも自覚しているが。

 

「何故俺は此処にいるのかをずっと考えていた。誰にも語らず、話をせず、ずっとな。図書館の事を考えると複雑だが、それは考えないことにしたのも理由がある。俺が、いや、俺以外もか。恐らくだが、Xには時々『ブレ』があった。きっと原作よりもずっと早くループは終わるんだろう。そもそも、あの子の目が開いていたからな。ん?何を言っているか分からない顔だな。良いんだ、これは独り言のようなものだから。なぁX、いや、A。結局のところ俺は最後まで決断出来なかっただけなんだ。なんでとか、何故とか、そういうものは大体考え終わったから落ち着いてはいるけどな。……それにしても、永い時間を過ごすのは苦痛だった。留まる事を後悔するのに、時間はいらなかった。まったく皮肉な話だろ」

 

沈黙は、自分を守る盾だったが、同時に彼を永遠に閉じ込める檻でもあった。

その事に気付いたのが随分早かったが、この檻に入ってからは悪い判断でも無かったとXは思っている。

 

彼は座っていた椅子から、背中を押すように手を差し出す。

 

「……ああ、行くのかい? 俺の言った忠告を忘れるなよ。あ、いちおうカルメンには気を付けろよ。俺はカルメンと会いたくないのもこの先に進まなかった理由の一つだからな」

 

 彼は、光の渦へと消えていく「次のX」の背中を見つめる。  自分の役目は終わった。原作を守るための沈黙も、この時の為だけに。この瞬間を見届る為だけに。

 

「ああ、本当に行くんだな。じゃあ、達者でな。俺もそろそろ悪い夢から覚めるのを期待するよ。まぁ、きっと未来何て無いけれどな」

 

 彼が最後に漏らしたその言葉は、消えゆく意識の中、現実という名の冷たい水面に溶けていった。

 

 

「光の種」を配る、光の木を作ること。

 

それは成されて、ロボトミーコーポレーションは地上へと向かって"反転"する。

 

 

 

 

 

 

 

 

白く白く染まる世界の中で。

 

 

『私』は声が聞こえた気がした。

 

 

「……お疲れ様、アンジェラ」    

 

 

その瞬間。  

 

    私の胸の奥で、数えきれないほどの「台本」が演算機器を焼いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明楽ろぼとみー~光の木 7日間かも知れないルート~

 

 

 

 

 

 

      終

 

 




確か5年くらい前に書いてたのをファイル整理してたら見つけたので
死蔵するのもなんだかな、ということで投稿してみます。

確か、おい、まだ間に合いそうなアンジェラに構い倒そうぜ!
ってのが最初の発想だったはず

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