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不思議のダンジョンに潜る人間……風来人は、そして怪物は、どれも常軌を逸している。
そこにはありとあらゆる物がある。名匠が稀にしか作る事の出来ないような加護を持ち合わせた装備が当たり前のように落ちていたりもすれば、下手に使えばその身を滅ぼすような力を持つ草や種だって雑草のような頻度で生えている。
だが、その代償としてどのダンジョンにも等しくあるのは、中で死んだならば、身包みを剥がされた状態で生き返って外に追い出されるという事だ。
言ってしまえば、最初から何も手に持たない状態で入るのならば、ただひたすらに稼げる可能性がある場所でもあるのだが、その死ぬ感覚は余りにもそのままだ。
弱い怪物の筆頭として挙げられるマムルやチンタラですらも体当たりをされて倒れてしまえば、そのまま確実に死ぬまで体当たりをされ続けるし、ボウヤーに膝を射抜かれてしまえばそのまま蜂の巣にされる事も珍しくない。
しかしそんなのは序の口だ。より深くに潜っていけば、人の身を超える大剣を持ったような上半身のみの化け物が真っ二つにしようと追いかけて来るし、同じフロアに居続けて稼ごうとしていれば、顔と腕だけの化け物がそこらを歩き回って全身を食い千切ろうとしてくる。
更に見えない場所から石や炎、致命的な効果を発揮する草までもが飛んできたりもするし、ただ単純にどれだけ頑丈な盾を持っていたとしてもそれを上回る攻撃力を誇る純粋に強い怪物が待ち構えていたりする。
そして、怪物も同等以上のリスクを背負っている。杖によって身動き一つ出来なくなる事など日常茶飯事。巻物の引き起こす真空の刃に全身を切り刻まれ、近付こうとしても吹き飛ばされて延々と矢に射抜かれ続ける。果てには倒すべき風来人と同じ姿に変化させられて同じ怪物からタコ殴りにされたり、何もしていないのにいきなり無の空間に吸い込まれるだなんて事も。
死んでも生き返って外に追い出されるとしても。
富や名声を求めて何度でも潜る風来人達は。そして、ただ殴り合うような快楽だったりを求めて潜る怪物達は、どれも普通ではない。
ただしかし、それは。ダンジョンの外では、人も怪物も死んでしまえばそれまでだという事を理解しているという事であり。
外では人と共に和気藹々と過ごしている怪物も少なくないのである。
*
タネッコをいじめるとそれは恐ろしい鬼が来るぞ。
向かいの◯◯さんの家は、元々**さんという家族が住んでいたんじゃがな。
その孫がいかにも暴れん坊で、しかも**さんと来たらそんな孫のやる事なす事に一つのケチもつけずにただ甘やかすばかりでな。
それでな、その**さんもタネッコをいじめるなとは口を酸っぱくして言っていたものなんじゃが、その孫がそんな忠告など聞くはずもなくな。
タネッコは見ての通り、怪物であっても大人であれば一蹴りするだけで死んでしまうくらいに弱い生き物じゃ。
繁殖もするが、その種は見ての通り栄養満点で、食べると美味しいのもあって、子供達には人気のおやつじゃ。
だから、儂らもこうして仲良くして貰っているじゃろ?
でもな、その孫は、ある日、油をたっぷりと染み込ませた布を巻き付けた棒、松明を持って、それをばしばしと叩いた。タネッコが大きな悲鳴を上げて逃げていくのを見てな、孫は更に嬉々としてそのタネッコどもを追いかけ回し、何匹も何匹も叩いて、焼いてな、殺してな。
すると、悍ましい怒りの声が、森の中から響いてきたのじゃ。
タネッコを殺して回っていたその暴れん坊の孫は、それでも大きくなっている気のままに、松明を握りしめて、森の中に目を向けると。
そこから、鬼が現れたのじゃ。
大人をも上回る大きさの、鬼じゃ。人のように二足で歩き回りながらも、人がどれだけ鍛錬をしようともそこまでにはならない筋骨を携え、襟巻きと背びれ、それから太い尾を携え、紫と黄の色に全身を染め上げた、血のように赤い目をした蜥蜴の鬼じゃ。
そしてそんな末恐ろしい容貌でも、可愛いものが大好きな、とりわけタネッコを可愛がって仕方がない鬼じゃ。
それが、タネッコを遊び半分に殺し回った孫に罰を与えに来た。
孫はそれを見て、大きくなっていた気も一瞬に失せさせて、家へと逃げ帰ろうとしたのじゃが。
**さんはそこでようやく孫が取り返しのつかない事をしてしまったと知ってな。
助けてと叫びながら追ってきた孫を、逆に鬼の元へと引っ張っていったのじゃ。
孫がどれだけ泣き叫んでも、**さんに噛みつこうとも、そこでようやく、生まれて初めて心からの謝罪の言葉を上げても、**さんはもう何も言わなかった。
そうして鬼の元へと差し出された孫と、そして**さんは自身も差し出した。
儂も好きにして良い。だから、村にだけは手を出さないでくれとな。
それを見た鬼はな、孫だけを手に取ると、押さえつけて、**さんの前で殴った。すると村中に響く音がして、その孫は頭をぺっちゃんこに潰されてしもうた。
でもな、鬼はもう一度拳を握りしめた。周りを見回して、叩き殺された、焼き殺されたタネッコの数を確認してな。
そして殺されたタネッコの数だけな、鬼はその孫を殴った。既に事切れているのにも関わらず、一発一発、村中に響きわたるような音を立てながら、な。
事が終わって、呆然とする**さんには何もする事なく、全身を真っ赤にした鬼が帰っていった後にはな、孫はな、もう骨も肉も一緒くたになっていたそうじゃ。
結局……その後**さんも後を追うようにどこかへと消えてしまって、一家そのものも引っ越していったのじゃ。
そんな鬼……エリガンと呼ぶらしいそれが、元気のないタネッコを抱えて唐突に我が家を訪れてきて、走馬灯のように、子供の頃何度も聞かされた昔話が脳裏を一瞬にして駆け巡っていった。
*
「で、タネッコを助けたら、その鬼さんも何故か良く来るようになった、と」
「まあ別に、タネッコと良く一緒に居るのは村の近くでも時々見かけていましたからねえ。
あの昔話みたいな……きっと本当にあった事なんでしょうけど、そういうのがなければ、元からいがみあう関係でもなかったですし。
それに、力仕事とかは積極的に手伝ってくれるんですよ。
この頃、ウチは新しい畑を開墾したじゃないですか。あれ、半分以上は鬼さんがやってくれましたよ」
「元から力を使うのは好きそうだからなあ、あの鬼さんは。
何かお礼とかはしてるのか?」
「手伝ってくれた時は一緒に握り飯を食べたりしてますよ。結構美味しそうに食べてくれますね」
「別に雑食なんだな」
「まあ、共生してるのもタネッコの種を食べているからというところがありそうですけど」
体を丸めて日向で寝ているエリガン。その周りにはタネッコがわらわらと寄りかかって眠っている。
まるでヒマワリ畑の中で寝ているような、穏やかな光景。
そんなエリガンを恐る恐る見物に来た村人達の質問やら世間話に答えるのはもう日常茶飯事だった。
「ま……取り敢えず、何か対策する必要は、無さそう、か」
多分、鬼さんはこの会話も聞き耳立てているんですよ。
そもそも、殺されたタネッコの数だけ孫を殴ったっていう時点で、人と同じくらい賢いんじゃないかな。
雑草を抜いて、虫を潰す。苗の手入れも。そういうちまちまとした作業も時に手伝ってくれる。
人を簡単に殴り殺せる丸太のような腕をしておきながら指先は意外にも器用で、なんでそんな事が出来るのか最初は疑問だったけれども、そもそも毎日のように沢山のタネッコの手入れもしているからだった。
ピョンピョンと跳ね回るタネッコのそれぞれを見分けているらしく、頭から生える葉っぱを一枚一枚見て、それから口を開けさせて歯並びを見る。怪我がないかとかもしっかり確認する。
一匹一匹をとても丁寧に扱っていて、そりゃあ、子供と言えどあんな事されたら許さないよな、と思うのに不思議はなかった。
ついでに言うと、元気の無かったタネッコは、前々からここらで伝わっている通りに、塩の害が出ない程度に味噌を食べさせてやると快復した。
途中、家内が炒ったタネッコの種を多く渡してくる。エリガンに渡すと、その図体の大きさの通り豪快にもっしゃもっしゃと頬張りながら食べる……訳ではなく、少しずつ丁寧に食べる。
力仕事になれば、人とは比べ物にならない力を発揮するのは確かなのに、それ意外ではとにかく色々と行動も丁寧で。
でも、立ち上がった、どっしりとした姿を見てしまうと、襲われたら一溜りも無いなととてもはっきり分かるところもあって、未だ慣れない部分もあるのも確かだったりする。
「お前さんー! 風来人の来客だよ。一晩泊めてくれないかだって」
エリガンの耳がピンと立ったのが見えた。
少なくない金をポンと出されて、一も二もなく泊める事を了承する。
「ここらにもダンジョンがあるって聞いてやって来たんだが」
「はい、一個だけですが。時々風来人も来ますが、一度踏破すれば十分って言って、大体そのまま、またどっかに行っちゃうんですよね。
だからここ辺りは畑ばっかりでそんな賑わってもおらず……」
「人よりタネッコばっかりだもんな。うん、ここまでタネッコが多いのは、中々見ない。
それに、エリガンが人と一緒に暮らしているのも」
「あ、やっぱり珍しいんですか」
「マムルとかデブータとかひまガッパとかは良く見るけど。やっぱり珍しい方だね」
「ダンジョンの中で戦った事は?」
「ああ、あるよ。殴り殺された事も何度もあるけど、こっちが斬り殺した方が多いかな」
「へ、へえ……」
「ダンジョンの中じゃ、エリガンは何だかんだ可愛い方だよ。殴るしかしてこないし。
そういう話の種は一晩語っても語り尽くせないくらいにあるぜ?」
「い、いや、遠慮しておきます……」
「ああ、そう。そりゃ残念だ。
それと……ここからが本題なんだが。
村の近くに、少しばかり人が集まってるようなんだが、心当たりでもあるか?」
「……え?」
*
日がすっかり沈み、タネッコ達もぐっすりと寝静まった頃。
早速その怪しい人達の様子を見に行く事となった。エリガンも連れて。
風来人が、明らかに言葉が通じている前提でエリガンに対して色々と喋った後に、エリガン自身が付いていく事にしていた。
「ダンジョン内では、敵を倒せば倒す程、体も強くなるような法則が基本あるのは知っているか?」
「ええ、一応は」
「怪物達にもそれはあってな。例えば、エリガン。こいつは基本、100層あるダンジョンなら30層くらいから出てくる奴なんだが、その体が強くなったエリガンは90層以降とかに出てくる。言ってしまえば、拳で殴るだけなら他に勝てる者なんぞ居ないって事になる。
そしてタネッコもな、体が強くなったのは70層くらいに出てくるんだ。
ま、俺みたいな半端ものは、そんな100層もあるようなダンジョンは踏破すらした事もねえんだけどな」
「え、じゃ、じゃあ、タネッコが強くなるとエリガン以上になるって事ですか?」
余り想像がつかない……。
「そういう事。それで、この天使の種を食わせれば、そこまで一気に強くなる事が出来る。
ダンジョン外だと一晩寝たらすぐに効果が切れちまうくらいのもんだが、まあ山賊を討伐するくらいの時間なら十分保つ」
もし、集まっている人達が山賊のような害を為す人達だったとしたら。
子供が一人地面の染みにされるなど、全く比にならない事が起きる。
「……」
「あ、俺はあんたの護衛を一番に立ち回るけどさ、場合によってはエリガンの助けに回るよ。
エリガンは搦手には滅法弱いからさ」
林の中を歩いていく。極力静かに、身を低くしながら。
そして程なく、風に乗ってエリガンが何かを嗅ぎつけたように足を止めて、軽く喉を鳴らした。
風来人が振り向いて、聞いた。
「必要なのか?」
エリガンは頷いた。
すると風来人は、種をエリガンに渡した。風来人もそれを一気に幾つかを飲み込んだ。
エリガンが飲み込むと、体の色がみるみると変わっていき、まるで血に染まったかのような赤黒い色にまで変わった。
「お、おお、おおあ……」
色以外には、体格も何もほぼ変わらないのに。
足が勝手に震え始めた。それ程の威圧感。
これに殴られたら……いや、指で弾かれただけでも人は死ぬのではないだろうか。
人をおにぎりのように握り潰す事も出来そうな程。
「落ち着け。ダンジョン外で、色が変わっている怪物なんてまず見る事はない。居るとしたら、そこが既にダンジョンになっているか……平地で人やら怪物やらを大量に殺している、本物の異常だからな。
このエリガンは、(どちらかと言えばタネッコ達を)守る為にこうなったんだ。怖気づかなくて良い」
「……はい、はい」
「それと、これも渡しておく。致命傷を受けたとしても一回は肩代わりしてくれる」
そう言われて、一つの草を渡された。多分、復活草というものだ。
天使の種にせよ、復活草にせよ、一晩の宿代よりよっぽど高いものなのに。
「……何故、ここまでしてくれるのですか?」
「え? 風来人のやる事って言ったら大半は名を残したい事だからな。
時にはストイックまでにダンジョンを攻略する事だけを目標としている奴も居るが。
まあ、何はともあれ、善行は積んでおくに限る」
「あ、はあ」
人の足によって踏み均された獣道を進んでいくと、急造されたような粗末な小屋と、外敵の侵入を妨げるような柵が出来ていた。火こそ焚かれていないが、月明かりで十分に見えるくらいには整えられている。
「ヴルル……!!」
赤くなったエリガンが唸り声を上げていた。それだけで背筋が凍って、思わず漏らしてしまいそうになる。
多分……既にタネッコが殺されているのだろう。
他の場所でタネッコがどのような扱いを受けているのか私は知らないが、少なくともこの場所においては死罪に値する。
しかし、そんな怒りを露わにするエリゴンに、風来人は全く怖じけずに肩を叩いて諭す。
「まあ落ち着け。
それで、一応聞くが。こんなもん、あんた達は知らんよな?」
「え、ええ、はい。少なくとも前にタケノコを取りに来た時にはなかったです」
「見張りこそ立っていないが、中に居る奴はエリズガゴン、あ、赤い姿になるとそう言うんだ。
エリズガゴンに任せてしまっていいか?」
「え、わた、私が選ぶのですか!?」
「声がでかい。
……どっちにせよ、エリズガゴンは許す気はないようだが」
逸る意思を必死に抑えるように、手首の襟のような部分を触り続けていて、尻尾も不規則に動き続けている。
その気になれば、私達の村など簡単に壊滅させてしまえそうな、鬼。
「……私にはどうしようもないです。それに……もしかしたら、エリガンは今までもこういう事をした事があるのでは?」
エリガン……エリズガゴンは別にそれには反応を示さなかった。ただ、余りにも無反応過ぎるのが、逆にやった事を示す証左でもあるようで。
私は、これまでの出来事を思い返した。
**さんの孫を、タネッコを遊びで沢山殺したからと言って、その殺した数だけ殴ったというエリガン。
私に弱ったタネッコを助けるよう頼んできたエリガン。
私達の農作業などを手伝うようになったエリガン。
毎日、丁寧にタネッコの様子を確認するエリガン。
……振り返ると、悩むまでもなかった。
「…………エリズガゴンに任せます」
確かに、この鬼の価値観は、私達人とは明らかに異なっている。けれども、それでも、私達は共に暮らせている。私達は、寄り添える。
そして、そう答えた瞬間に、立ち上がろうとしたエリズガゴンを風来人はまた抑えた。
「先に言っただろ。こいつを使ってからだ」
そう言って、風来人は巻物を取り出した。
「一応あんたにも説明しておくな。
これは予防の巻物といって、一定時間悪い状態になるのを防ぐ。睡眠草を投げつけられて眠らされたりだとか、狂戦士の種を投げつけられて敵味方の区別が付かなくなったりだとかそんな事を防ぐ為だな。
じゃあ、使うぞ」
その巻物を広げると、何か、健康になったような感覚がした。体中のしこりが取れたと言うか……。
そんな感覚を不思議に思っている間に、そしてエリズガゴンは茂みから躍り出た。
「グゴアアアアアアアア!!!!!!!!」
エリズガゴンの怒りが爆発した。
私は……気付けば手を合わせていた。
「何だっ!?」
小屋の中から慌てて外へと飛び出してくる幾人の人達は、どれも良い格好はしていなかった。
ただ、槍や刀といったものを当たり前のように手にしていて、また鎧も少なからず身につけている。
それだけで飢饉があったから新天地を探しに来ただとか、口減らしになってしまっただとか、そんな事とは無縁な人達だとは分かった。
柵に向かって、まるで何の障害もないかのように歩いていくエリズガゴン。
めぎめぎぃ、ばぎぃっ!!
実際、雑に作られていた柵は、エリズガゴンの前では歩みを止めさせる事さえ出来なかった。
「う、うわ、うわわっ、な、なんだこいつ!?!?」
ただそれだけで戦意を喪失した人も少なくない。
尻餅をついて、必死に後ずさる。尻餅をつかずとも、武器を持つ手は、そして膝はがくがくと震えて使い物にならなくなっている。
エリズガゴンは小屋まで歩くと、無造作にその壁に手を掛けた。
めぎぃっ、べぎっ、べりりりぃっ!!!!
まるで紙でも引き千切るかのように小屋が破壊される。屋根が崩れ落ち、中が露わになる。
「うおっ、何だ、何だ貴様はあ!?」
一際大柄な男が、その崩壊していく小屋から飛び出してきて、怒声を上げる。
それに対して、鬼は小屋の中にあったものをじっと見つめていた。
ただ、ここからでは良く分からない。
「ほらよ、目ぐすり草だ。……いや、飲むかどうかはあんたに任せる」
「あ、ありがとうございます」
私は好奇心を抑えきれずに飲んでしまう。
そして遠くもはっきりと見通せるようになった目で見つけたのは、色々な干物だった。
マムルやチンタラ、それからタネッコも。また、壺が幾つかあって、もしかしたら塩漬けか糠漬けにでもされているのかもしれない。
「はあっ、はあっ。ゲンナマ先生、大丈夫っすか!? やっちまってくだせえ!」
遅れて、崩れ落ちていく小屋から引き摺り出された怪物。
ぐにゃぐにゃした金色の体の真ん中に一つ目だけがある、とても奇怪な姿の……その目を光らせる事で、人を催眠して好きな事をさせてしまう、ゲイズと言う名の怪物。
本来は青色のはずだが、あの金色は、同じく強くなっている証なのだろう。
何も食していないだろうにそう成っているという事は……。
「……完全に、確定だな」
風来人はそう呟いた。
ゲンナマ先生と呼ばれたゲイズは早速目を光らせたが、エリズガゴンは動じなかった。
「は、え? ゲンナマ先生、もう一度だ!!」
先程よりも強く光る。
エリズガゴンは、やはり動じない。
「予防の巻物、やっぱり使っておいて良かった……。まさかゲンナマゲイズを侍らせてるとは思わなかった」
「……」
そしてエリズガゴンは再び歩き始めた。
ゲイズは、何度も何度も目を光らせる。けれども、予防の巻物の効果を受けた鬼には通じず、エリズガゴンの拳が握られた。
そして、一発。
ずぼんっ!!
柔らかいものを一気に貫いたような音がした。
ゲイズのむき出しの目玉から、そのままゲイズの体を貫通した拳。
それが引き抜かれると、ゲイズは中に詰まっていた沢山の触角をばらりと露わにしながら崩れ落ちて、そのまま動かなくなった。
「あ、あ、ああ、うあああああああ!!」
その大きな男は、やけくそに刀をエリズガゴンに向かって振るった。
けれども、それはエリズガゴンの皮膚をも切り裂ける事はなかった。
「ああっ!?」
そしてエリズガゴンは二回目を許す事もなく、男を押し倒して馬乗りになる。
「うっ、うあっ、ゆっ、ゆるしてっ」
けれども、エリズガゴンはそんな贖罪に耳を貸す事もなく、ただ拳を高くに持ち上げて。
『殺されたタネッコの数だけな、鬼はその孫を殴った。既に事切れているのにも関わらず、一発一発、村中に響きわたるような音を立てながら、な』
エリズガゴンは。
ずん。
と、こちらまで響き渡るような音を立てながら、男を殴った。
男の四肢が一度跳ねた。
エリズガゴンは、少しだけ位置を変えて、もう一度拳を持ち上げた。
ずん。
男の四肢はもう跳ねなかった。
けれど、もう一度。
ずん。
更にもう一度。
ずん。
ずん。
ずん。ずん。
ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。
ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。ずん。
……………………。
*
*
エリズガゴンが殺したのは、結局ゲンナマ先生と呼ばれたゲイズとその大きな男だけで、他の人達は逃げて行ってしまっていた。
その気になれば全員殺す事も出来たのだろうけれど、エリズガゴンはそうはしなかった。
多分、それで十分という事なのだろう。
干物や塩漬けにされた怪物を、風来人とエリズガゴンと共に土に埋めながら、私はそんな事を思った。
そして、全てを土に埋める頃には、エリズガゴンはエリガンに戻っていた。
月がまだまだ高く登っている。
一晩程の長い時間を過ごしたように思えて、私の感覚よりも遥かに短い時間しか経っていないようだった。
帰り道は、エリガンが先頭を歩く。
風来人が聞いてきた。
「それで、あの落ち武者達? があんたの村に来たらどうするんだ?」
私は少し悩んで答えた。
「……まあ、鬼さんが許すなら、私も許しますよ。
何かしたら、ああなるのでしょうし」
「……そうかい。
ま、先程も言ったがエリガンは搦手には滅法弱い。だから、あんた達も頼り切りになるんじゃなくて、きちんと対策はしておくんだな」
「はい。
いや、本当に……何から何までして貰って、ありがとうございます」
「いやまあ、何かあったら俺の名前を使ってくれたらそれで十分さ。
それと、もう一つ」
風来人はそう言って、私の耳に手を当ててきて。
エリガンには聞こえないように小さく口を開いた。
「エリガンって奴はな、種族を通してどいつもこいつもツンデレなんだ」
私は小声で返す。
「……ツンデレ?」
「いつもは素っ気なくしているけど、実は情が深いって事。
要するに、あんたらがエリガンに良くしていれば、エリガンも表に出さずとも応えてくれるって事」
私は口酸っぱく聞かされた話の一節を再び思い出した。
『そしてそんな末恐ろしい見た目でも、可愛いものが大好きな、とりわけタネッコを可愛がって仕方がない鬼じゃ』
「ま、これからも仲良くしてくれな。エリガンもそれを望んでいると思うからさ」
そこまで風来人が言い終えると、エリガンが足を止めて、こちらを見ていた。
「あんたと上手く付き合えるコツをな、少し伝えただけだよ」
風来人がそう返すと。
エリガンは少し息を吸い込んで。
ただ、溜息を吐いた。
そしてまた、何事もなかったかのように、のしのしと歩き始める。
「……」
人のように二足で歩き回りながらも、人がどれだけ鍛錬をしようともそこまでにはならない筋骨を携え、襟巻きと背びれ、それから太い尾を携え、紫と黄の色に全身を染め上げた、血のように赤い目をした蜥蜴の鬼。
そしてそんな末恐ろしい容貌でも、可愛いものが大好きな、とりわけタネッコを可愛がって仕方がない鬼。
明日からはきっと、もっと平静にこの鬼と接する事が出来る。
私の中には、そんな確信が生まれていた。
まあ、ぶっちゃけ夢小説っすねこれ。
ツンデレ脳筋エリマキトカゲ獣人のエリガンくん、次回作には出てくださいね。
別のモンスターで何か書くかは、多分あんまりない。
書くとしたらシャーガかなあ。因みにシャーガに関しては4回も絵をリクエストしていたりする。