需要がありそうなら後日談を数話投稿するつもりです~
気がつくと、何も見えない場所に立っていた。上も下も、右も左も分からず、どこまでも暗闇が続いていて、自分が本当に地面の上に立っているのかさえ怪しい。それでも不思議と怖くはなく、さっきまで目の前にいたはずのムゲンダイナも、ユウリたちも、ラヴィの姿すら見当たらなかった。
「……どこだ、ここ」
声だけが暗闇へ溶けていく。ムゲンダイナの近くに突然現れた穴へ落ちたところまでは覚えている。
どうやって出ればいいのか分からず周囲を見回そうとした、そのときだった。
「ブイ!」
聞こえるはずのない声がした。
身体が固まる。
聞き間違えるわけがない。どれだけ時間が経っても忘れたことなんてなく、夢の中で何度も聞き、そのたびに目を覚ましてから胸が苦しくなった、あの声だった。
「……え?」
「ブイ!」
もう一度聞こえた声とともに、暗闇の奥から小さな影が走ってくる。長い耳を上下に揺らし、四本の足で一生懸命こちらへ向かってくるその姿を見た瞬間、頭の中から何もかもが消えた。
茶色い毛並みに、首元を覆う柔らかな毛。色違いでも何でもない、ごく普通のイーブイ。
でも、俺にとっては世界に一匹しかいない。
「イーブイ……?」
「ブイ!」
名前を呼んだ途端、イーブイはさらに速度を上げ、そのまま胸へ飛び込んできた。勢いを受け止めきれず尻餅をついたけれど、そんなことはどうでもよくて、両腕で小さな身体を抱え込む。
柔らかくて、温かい。
あの雨の日に抱き上げた、冷たくなった身体とは違う。
「……久しぶり。本当に、久しぶりだなぁ」
「ブイ! ブイブイ!」
イーブイも俺の胸へ顔を擦りつけ、尻尾をちぎれそうなくらい振っている。頬を舐められて思わず笑うと、今度は撫でろとでも言うように頭を押しつけてきた。
「分かったって。相変わらずだな、お前」
頭から耳の後ろ、首元、背中へと手を滑らせる。昔どこを触れば喜ぶのか何度も試したから、今でも手が勝手に動いた。イーブイは気持ちよさそうに目を細め、それでも手を止めると不満そうにもう一度頭を押しつけてくる。
「はいはい、もっとな」
「ブイ!」
しばらく好きなだけ撫でていると、イーブイが俺の膝へ前足を乗せた。
「なに、遊びたい?」
「ブイ!」
「……うん。遊ぶか」
立ち上がった瞬間、暗闇だったはずの場所にいつの間にか柔らかな草が広がっていた。空も太陽も見えないのに辺りは不思議な明るさに満ちている。
どうしてそんなことになっているのかなんて、もうどうでもよかった。
「じゃあ、いくぞ!」
足元に転がっていた小さな枝を拾って思い切り投げると、イーブイは元気よく駆け出した。ところが勢い余って枝を追い越し、慌てて戻って咥える。
「あははっ、速すぎ!」
「ブイ!」
「もう一回!」
投げれば走り、今度はちゃんと枝を拾って戻ってくる。何度も繰り返しているうちに枝遊びでは物足りなくなったのか、今度は俺の周りを挑発するように走り始めた。
「待て!」
「ブイ!」
「お前、それ昔からやるよな!」
捕まえようとすると、ぎりぎりのところで身体を翻して逃げていく。絶対に捕まらない距離を保ちながら、わざとこちらを振り返るのも昔と同じだった。
「絶対捕まえるからな!」
「ブイ!」
夢中になって追いかけた。走って、転んで、また立ち上がって、何度も笑った。
どれくらい遊んでいたのかは分からない。ここでは時間そのものが意味を持っていないのかもしれない。
やがて疲れ切った俺は草の上へ大の字になって倒れ込み、その隣へイーブイも身体を投げ出した。
「あー……疲れた」
「ブイ……」
「でも楽しかったな」
「ブイ」
「昔みたいだ」
そう言うとイーブイが身体を寄せてきたので、腕を伸ばして抱き寄せる。昔と何も変わらない温かさに触れていると、このままここにいられたらいいのにと思ってしまった。
「そうだ、お前に会わせたい子がいるんだ」
「ブイ?」
「ラヴィっていうんだけど、色違いのエンニュートなんだ。ちょっと気が強いけど、優しい子でさ。最近はずっと俺の色違い探しにも付き合ってくれてる」
ラヴィとイーブイが一緒にいるところを想像する。最初はラヴィが少し警戒するかもしれないけれど、イーブイならそんなことは気にもせず距離を詰めて、気づけば二匹で勝手に遊び始めていそうだった。
「帰ったら紹介するよ。三人で色違い探して、またこうやって遊んでさ」
イーブイを抱く腕に少しだけ力を込める。
「今度こそ、ずっと一緒にいよう」
「ブイ!」
強い声だった。
最初は喜んでくれたのだと思ったけれど、イーブイは俺の腕から抜け出すと身体ごとこちらへ向き直り、小さな前足で胸を押してきた。
「……え?」
「ブイ!」
もう一度押される。もちろんイーブイ程度の力で俺の身体が簡単に動くわけではないのに、必死に前足を突っ張り、身体全体を使って俺を何処かへ動かそうとしていた。
「どうした?」
その視線の先を見ると、少し離れた暗闇の中に小さな光が浮かんでいる。さっきまではなかったはずの光だった。
「もしかして……ここから出ろって言ってる?」
「ブイ!」
迷いのない返事だった。
「……嫌だよ」
自分でも驚くほど子供みたいな声が出た。
「せっかく会えたのに。一緒に行こうよ、ラヴィもいるし、ユウリたちもいる。きっとみんなお前のこと好きになるから」
それでもイーブイは首を横に振る。
「帰ろう」
もう一度首を横に振られた。
「……嫌だ」
「ブイ」
「嫌だって。俺はここにいる、お前といる」
イーブイは困ったような顔をした。昔、俺が無茶なことを言ったときによく見せた顔だったけれど、それでも諦めるつもりはないらしく、小さな身体でまた俺を光の方へ押し始める。
本当なら止まろうと思えば簡単に止まれた。イーブイに俺を動かせるほどの力なんてない。
それでも足が動いてしまう。
たぶん、分かっていたからだ。
ここが何なのか。どうしてイーブイがいるのか。そして、この子が俺と一緒には行けないことも。
「……ずるいな」
「ブイ?」
「俺が嫌だって言ってるのに」
返事の代わりにまた押され、一歩、もう一歩と光へ近づいていく。やがて光がすぐ目の前まで迫ったところで、イーブイは俺の前へ回り込んだ。
「ブイ!」
笑っていた。
大丈夫、行っておいで、前を向いて。
そう言われているような気がした。
「……分かったよ。行く」
そう答えると、イーブイは嬉しそうに尻尾を振った。
身体の向きを変えて光へ一歩踏み出す。これでいい、ラヴィがいる、ユウリたちもいる。俺はここに残るべきじゃない。
もう一歩進めば光の中へ届く。
そこで足が止まった。
振り返ると、イーブイは少し離れた場所に座り、こちらを見ていた。目が合うと、仕方ないなとでも言うように首を傾げる。
「……ごめん。やっぱ無理」
その言葉を聞いた途端、イーブイがこちらへ走ってきた。
「ブイ!」
胸へ飛び込んできた小さな身体を、今度はしっかり受け止める。
強く、強く抱きしめた。
「ごめん……ごめんね」
涙が溢れて止まらなかった。
ずっと言えなかった言葉が、ようやく口から出てくる。
「俺が守らなきゃいけなかったのに、お前が俺を守るんじゃなくて、俺がお前を守らなきゃいけなかったのに……ごめんね、守れなくて」
雨の音と、空を裂いた光、腕の中で動かなくなった身体が蘇る。
イーブイは何も責めなかった。
ただ俺の頬を一度舐め、もう一度舐めて、涙を拭うように顔を擦りつけてくる。
「……怒ってないの?」
「ブイ」
「俺のこと、嫌いになってない?」
「ブイ!」
そんなわけない、とでも言うような強い声だった。
「そっか……」
笑おうとしたけれど涙は止まらず、たぶん酷い顔になっていた。
「俺さ、ずっと怖かったんだと思う」
また失うかもしれないと思うと、怖かった。
それでもポケモンが嫌いになったわけじゃない。見かければ目で追ってしまうし、触れたいと思うことも、一緒に歩きたいと思うこともあった。
だから俺は、自分がポケモンと一緒にいない理由を作った。
色違いしか仲間にしない。
前の世界で遊んでいたときの、ただの縛りプレイ。けれど色違いなんて、そう簡単に見つかるものじゃない。見つからなければ捕まえなくていいし、仲間にしなくても「色違いじゃなかったから」と自分に言い訳ができる。
ポケモンと関わりたい気持ちを捨てなくてもいいまま、誰かを大切にするところからは逃げられた。
たぶん俺は、ずっとそうやって自分を誤魔化していたんだと思う。
「ラヴィに会ってほしかったな」
「ブイ」
「……いつか会えるかな」
「ブイ!」
「そっか」
なら、いつか。
ずっとずっと先でいい。
「俺が死んだら、また遊ぼうね」
「ブイ!」
イーブイは昔と同じ笑顔を見せた。
「今度はもっといっぱい遊ぼう。なみのりも、そらをとぶも」
その瞬間だけイーブイの顔が露骨に引きつった。
「ははっ、嫌そうな顔すんなよ」
「ブイ!」
「分かった分かった、今度は無茶振りしないから」
たぶん、と心の中で付け足すと、何故か察したように睨まれた。
「……しないって」
「ブイ」
最後にもう一度だけ抱きしめる。温かさも、柔らかな毛の感触も、匂いも、腕の中に収まる小さな身体も、全部忘れないように。
「じゃあね」
「ブイ」
「またね」
「ブイ!」
腕を離して立ち上がる。
今度こそ光へ向かって歩き出した。
背中からイーブイの視線を感じて、もう一度だけ振り返りたい気持ちが込み上げたけれど、それでも前を向く。
「……行ってきます」
背後から、元気な声が聞こえた。
「ブイ!」
俺は笑って、そのまま光の中へ歩いていった。
ムゲンホールの中は、外から見えていた以上に奇妙な場所だった。
足元には確かな感触があるのに地面らしいものは見えず、周囲には黒とも紫ともつかない空間が果てしなく広がっている。遠くでは光の筋が流れ、そのたびに空間そのものがゆっくり脈打っているように見えた。
その中心で、ムゲンダイナは最後まで抵抗を続けた。
「ザシアン!」
「ザマゼンタ!」
二匹の伝説のポケモンが同時に駆け出し、ムゲンダイナの左右から攻撃を叩き込む。すでにナックルシティで大きく消耗していたムゲンダイナには、それをまともに受け止めるだけの力は残されていなかった。
巨体が大きく揺らぐ。
「今だ!」
ユウリはボールを投げた。
赤い光がムゲンダイナを包み、その身体を吸い込んでいく。地面へ落ちたボールが一度揺れ、もう一度揺れる。
そして三度目。
小さな音とともに動きが止まった。
「……捕まえた」
しばらく、その場から動けなかった。
本当に終わったのか確かめるようにボールを見つめてから、ようやく大きく息を吐く。
「やった……!」
ザシアンとザマゼンタも戦いが終わったことを理解したのか、張り詰めていた身体から少しずつ力を抜いていった。
これでブラックナイトは止められる。
プラズマ団が狙っていたムゲンダイナも、もう渡さなくていい。
でも。
「カケルさん……」
まだ終わっていない。
ここへ来たもう一つの理由が残っている。
ユウリはボールをしまうと周囲を見回した。
カケルはムゲンダイナより先に、このムゲンホールへ飲み込まれている。どこかにいるはずなのに、戦っている間は姿を見ることができなかった。
「カケルさーん!」
声を張り上げる。
返事はない。
少し歩き、もう一度呼ぶ。それでも聞こえてくるのは、自分の声が遠くへ反響していく音だけだった。
「どこにいるの……」
嫌な想像が頭を過ぎりそうになり、慌てて振り払う。
大丈夫。きっといる。
絶対に見つける。
ザシアンとザマゼンタも手伝ってくれるらしく、別々の方向へ顔を向けながら周囲の気配を探っていた。
どれくらい歩いただろう。
時間の感覚まで曖昧になり始めたころ、ザシアンが突然足を止めた。
「どうしたの?」
その視線を追う。
暗闇の中に、小さな光が見えた。
「あれ……」
出口だろうか。それとも別の何かか。
分からない。それでも、あそこだけが周囲とは明らかに違っている。
「行ってみよう」
光へ向かって歩き出す。
近づくほど眩しさは増していき、その向こうに何かが見え始めた。
人影。見覚えのある背中。
「……カケルさん?」
足が止まった。
探していた。
ずっと探していた人が、ようやく目の前にいた。
「カケルさん!」
今度ははっきりと呼ぶ。
後ろから声がした。
「カケルさん!」
聞き覚えのある声。
振り返る。
そこにはユウリがいた。
「……ユウリ」
名前が、そのまま口から出た。
一瞬、自分でも驚く。
Nになりきっているわけではない。
誰かの喋り方を真似しようともしていない。
ただ、ユウリを見て名前を呼ぼうと思った。
それだけで、ちゃんと声になった。
「カケルさん……?」
ユウリも驚いた顔をしている。
「心配かけて、ごめん」
また言えた。
胸の中にあった言葉が、途中で消えることも、別の短い言葉に変わることもなく、そのまま口から出てくる。
少し不思議だった。
でも、理由はなんとなく分かる気がした。
もう、逃げなくてもいいのかもしれない。
ポケモンを好きなことからも、誰かを大切にすることからも。
また失うかもしれない。
きっとその怖さが完全に消えたわけじゃない。それでも、怖いから近づかない理由を作る必要は、もうない。
そう思ったら、ずっとやってみたかったことが一つ浮かんだ。
「ユウリ」
「な、なに?」
「俺とバトルしてくれない?」
「……え?」
ユウリが目を丸くした。
当然だと思う。
これまでの俺は、自分からバトルをしようなんてほとんど言ったことがない。
色違いのポケモンを探して、ラヴィと一緒に歩いて、それで満足していた。
でも今は、やってみたかった。
ポケモンと一緒に戦うことを。
ラヴィとちゃんと向き合って、あの子がどこまでできるのかを見てみたかった。
「今?」
「うん」
自分でも変なタイミングだと思う。
それでも、今やらなければいけない気がした。
ユウリはしばらく俺の顔を見ていたけれど、やがて小さく笑った。
「いいよ」
「ありがとう」
腰のボールへ手を伸ばす。
勝てるとは思っていない。
ユウリは主人公で、ここまでジムチャレンジを勝ち進んできたトレーナーだ。しかも俺の手持ちはラヴィ一匹だけ。
普通に考えれば勝負にならない。
でも。それでいい。
勝ちたいからやるんじゃない。
「お願いしていい? ラヴィ」
ボールを投げる。
光の中からラヴィが飛び出し、こちらを振り返った。
「ニュート!」
元気な返事だった。
その姿を見て、自然と笑う。
「初めてだな」
「ニュ?」
「ちゃんとバトルするの」
ラヴィは一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐに嬉しそうに身体を前へ向けた。
向かい側でユウリもボールを構える。
「だったら、こっちも本気でいくよ」
「うん」
「お願い、インテレオン!」
光が弾け、細身のポケモンが姿を現す。
インテレオン。
何度もゲームの中で見たポケモン。
そして、その後ろに立っているユウリも、ずっとゲームの主人公だと思っていた。
ジムチャレンジを進めて、イベントを起こして、チャンピオンになる人。
そういう存在として見ていた。
でも、今は違う。
ユウリ。一人の人間で俺の友達。
「行くよ、カケルさん!」
「うん」
ユウリの前にはインテレオン、俺の前にはラヴィが立っている。こうしてちゃんと向かい合ってみると、やっぱり不思議な感じがした。
ポケモンバトルなんて前の世界では何度もやった。技構成を考えて、相手の行動を読んで、どうすれば勝てるかを何時間も考えたことだってある。
「それじゃあ――始めよう!」
ユウリが腕を上げる。
先に動いたのはラヴィだった。
「ラヴィ、どくどく!」
「ニュート!」
紫色の液体が放たれ、インテレオンが素早く身体を捻る。完全には避けきれず肩口へ毒を受け、その身体を薄紫の光が包んだ。
「よし」
入った。
どくどくは時間が経つほど効いてくる。長引けば長引くほど、こっちが有利だ。
「だったら速攻で決める! インテレオン、ハイドロポンプ!」
大量の水が一気に収束し、次の瞬間には一本の砲撃みたいな水流となってラヴィへ襲いかかる。
「ラヴィ、避け――」
間に合わなかった。
凄まじい水圧が正面から直撃し、ラヴィの身体を大きく吹き飛ばす。地面を何度も転がり、動かなくなったその姿を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。
効果抜群。
それもインテレオンのハイドロポンプをまともに受けたのだから、本来なら耐えられるはずがない。
――ラヴィは カケルを 悲しませまいと もちこたえた!
「……ニュート」
ラヴィが立ち上がる。
「え?」
ユウリも目を見開いた。
「耐えた!?」
俺だって驚いていた。膝が震え、呼吸も荒い。それでもラヴィは倒れず、こちらを振り返って笑っている。
「ラヴィ……」
「ニュート!」
まだやれる。
そう言っているみたいだった。
昔の俺なら、たぶんここで止めていた。傷ついた姿を見るのが怖くて、もういいから戻れと言っていたかもしれない。
でも今は違う。
「……まだ、やれる?」
「ニュート!」
迷いのない返事。
「分かった。じゃあ、一緒に勝とう」
「ニュート!」
ラヴィが再び前を向く。
「今だ、かなしばり!」
その目が怪しく光り、インテレオンの身体が一瞬硬直した。
「これで、ハイドロポンプはしばらく使えない!」
くろいヘドロの効果でラヴィは少しずつ体力を取り戻していく。一方でインテレオンの身体はどくどくに蝕まれ、時間が経つほど呼吸が荒くなっていた。
「ハイドロポンプが使えなくたって、攻めるのをやめちゃ駄目! インテレオン、ふいうち!」
インテレオンが一気に距離を詰める。
「ラヴィ、みがわり」
ラヴィの身体が揺らぎ、目の前に分身が現れた。ふいうちはその分身へ突き刺さり、本体には届かない。
「えっ!?」
「これなら当たらない」
ユウリが思わずこちらを見る。
「カケルさんって、随分いやらしい戦い方をするんですね!」
「誉め言葉として受け取っておくね」
「誉めてません!」
思わず少し笑う。
こんなやり取りをしながら戦うのも、思っていたよりずっと楽しかった。
「インテレオン、れいとうビーム!」
冷気の光線がみがわりへ直撃し、凍りつかせるように砕く。
「もう一回、みがわり」
「また!?」
再び分身を作る。
れいとうビームで壊されれば、またみがわり。みがわりを作ればその分だけラヴィの体力は削れるけれど、くろいヘドロで少しずつ回復できる。その間にもインテレオンは毒のダメージを受け続け、ついには片膝をついた。
「インテレオン!」
ユウリが声をかけると、インテレオンは苦しそうにしながらも再び立ち上がる。
「……強いね」
「当然です。ずっと一緒に旅してきたんですから!」
ユウリは迷わずそう答えた。
その言葉を聞いて、少しだけ笑う。
そうだよな。
一緒に旅をして、一緒に強くなって、一緒に戦う。ポケモンとトレーナーって、きっとそういうものなんだ。
「ラヴィ」
「ニュート」
「そろそろ決めよう」
インテレオンの体力はかなり削れている。毒も十分に回っているし、ここまで来ればオーバーヒートで落とせるはずだ。みがわりも残っている。
勝てる。
主人公相手に、もしかしたら本当に。
「ラヴィ、オーバーヒート!」
「ニュート!」
みがわりの後ろでラヴィが大きく息を吸い込み、口元へ灼熱の炎を集める。
「インテレオン、ハイドロポンプ!」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
ハイドロポンプ。
かなしばりが解けている。
「しまっ――」
でも、みがわりは残っている。先にオーバーヒートが決まれば勝てるし、ハイドロポンプを撃たれても分身が受けてくれる。
ゲームならそうだ。
「いけ、ラヴィ!」
「インテレオン!」
二匹の技が同時に放たれた。
灼熱の炎と凄まじい水流が正面からぶつかり、大量の蒸気を撒き散らす。一瞬だけ拮抗したように見えたが、次第に水が炎を押し返し始めた。
「ラヴィ!」
ハイドロポンプがオーバーヒートを飲み込み、そのままみがわりへ直撃する。
分身が弾け飛んが、これで終わり。
攻撃はみがわりが受けた。
そう思った。
でも、水流は止まらなかった。
「……え?」
砕け散った分身を突き抜け、そのまま後ろのラヴィへ迫る。
「そんな――」
「ニュートッ!」
ラヴィの身体が再び大きく吹き飛ばされた。
今度こそ、動かない。
「ラヴィ!」
頭の中が真っ白になる。
みがわりがあったはずだ。
ゲームなら本体には届かない。みがわりが壊れれば、そこで攻撃は終わる。それが俺の知っているルールだった。
「こんなの……ありかよ」
でも、すぐに自分の中で答えが返ってきた。
ムゲンダイナの色違いだって、ゲームではあり得なかった。
ここはゲームじゃない。
ハイドロポンプはただの処理じゃない。本当に大量の水を、凄まじい圧力で叩きつける技なんだ。みがわりが壊れたからといって、その瞬間に水流まで消える理由なんてない。
「……またやったな、俺」
ゲームで知っていることを、この世界の常識だと思い込んだ。
「ラヴィ!」
すぐに駆け寄り、地面に倒れているラヴィを抱き起こす。
「大丈夫?」
「……ニュ」
薄く目が開いた。
ちゃんと息もしているが
ただ、もう戦える状態ではない。
「ごめん。俺の判断が悪かった」
「ニュート……」
ラヴィは俺の腕へ頭を預け、ほんの少しだけ笑った。
「……楽しかった?」
「ニュ」
弱い声だったけれど、はっきり頷いた。
「そっか」
傷つくことは、やっぱり怖い。
これからもたぶん、その気持ちは完全には消えない。
でも、それを理由にラヴィから何もかも取り上げるのは違う。
戦いたいなら一緒に戦えばいいし、遊びたいなら一緒に遊べばいい。大切にするというのは、ずっと傷つかない場所へ閉じ込めることじゃない。
「俺も楽しかったよ」
「ニュート」
頭を撫でると、ラヴィは安心したように目を閉じた。
「カケルさん」
顔を上げると、ユウリがインテレオンの身体を支えながらこちらを見ていた。
「……負けた」
「はい」
「強いね」
「当然です」
ユウリは胸を張る。
でも、インテレオンも毒でかなり消耗している。
「でも危なかったです。あんな戦い方されたの初めてでした」
「そう?」
「そうですよ。ずっとみがわりばっかり使うし、ハイドロポンプまで封じるし」
「次はもっといやらしくする」
「やめてください!」
思わず笑った。
ユウリも呆れたような顔をしたあと、つられるように笑う。
「ユウリ」
「はい?」
「またバトルしてくれる?」
一瞬だけ驚いた顔をしたあと、ユウリはすぐに笑った。
「もちろん!」
「次は勝つよ」
「私だって負けませんから!」
その隣でインテレオンが頷き、俺の腕の中ではラヴィが小さく鳴いた。
まあ、俺がユウリに勝てるわけもなく…
そりゃそうだ。
こっちはラヴィ一匹、向こうはジムチャレンジを最後まで勝ち抜き、ムゲンダイナまで捕まえた主人公である。むしろ途中までそれなりに戦えただけでも、ラヴィはよく頑張ってくれたと思う。
「強かったね」
「ニュート!」
負けたのにラヴィは満足そうだった。
だったら、それでいい。
初めて自分からやりたいと思ったポケモンバトルは、思っていたよりずっと楽しかった。
ムゲンホールを出てみれば、外の騒ぎもほとんど片付いていた。
ゲーチスたちはダンデさんやローズ会長たちに敗れ、残っていたプラズマ団員もリラさんたちによって次々と確保されたらしい。
そこで初めて知った。
「……本物?」
「はい。本物ですよ」
「…………」
あの人たち、本当にプラズマ団だったらしい。
おったまげた。
てっきり完成度の高いコスプレ集団だと思っていた。
ダークトリニティの三人が急に現れたり消えたりするのも、ゲーチス役の人が異様に演技へ入り込んでいるのも、全部そういう設定なのだと勝手に納得していたのに。
本物だった。
ということは俺、普通に悪の組織についていって、普通にゲーチス本人と話していたことになる。
怖。
知らなくてよかった。
知っていたら絶対ついていかなかったと思う。
ちなみにリラさんからは、
「カケルさんには後日、少し詳しくお話を伺いますので」
と笑顔で言われた。
なんだろう。何かしたっけ。
心当たりが全然ない。
ユウリはその横で、ものすごく言いたそうな顔をしていたけれど、結局何も教えてくれなかった。
まあ、そのうち分かるだろう。
ローズ委員長の計画も止まり、ムゲンダイナはユウリが捕獲した。プラズマ団も捕まり、ブラックナイトによる被害も少しずつ収まり始めた。
色々あったけれど、これで一件落着。
そして俺の日常も、いつも通りに戻っていった。
それからしばらくして。
「いないなぁ」
「ニュート」
今日も俺とラヴィは草むらを歩いていた。
やっていることは以前と何も変わらない。
草むらを覗いて、ポケモンを見つけて、色を確認する。違えば次へ行き、また別の草むらを探す。
相変わらず色違いは簡単には見つからない。
でも、それでいい。
簡単に見つからないからこそ、見つけたときに嬉しいんだと思う。
「次、あっち行ってみる?」
「ニュート!」
ラヴィが元気よく返事をして先に走っていく。
「待ってって」
追いかけようとした、そのとき。
近くの草むらが揺れた。
「ん?」
何かが飛び出してくる。
「ブイ!」
聞き覚えのある鳴き声に、一瞬だけ足が止まった。
草むらから顔を出したのはイーブイだった。
「お、イーブイか。珍しいな」
小さな身体がこちらを見上げている。
長い耳。
首元のふわふわした毛。
昔なら、その姿を見ただけで胸の奥が苦しくなっていたのかもしれない。
でも今は、ちゃんと見ることができた。
イーブイもこちらを見ている。
「ブイ?」
その姿を眺めていて、ふと気づく。
「……ん?」
もう一度見る。
見間違いじゃない。
俺は思わず笑った。
「お、色違い!」