「遅れてしまい申し訳ない!!」
それは妖夢達の柱就任が決まり、それぞれの担当区域を決定した時だった。会議も終盤に入ったところで大きな声が柱達の耳に入る。声の主の方を見ると、黄色と赤の特徴的な髪色をした青年が膝をつきそこにいた。
「……誰?」
「さぁ?」
妖夢と華日が互いに顔を見合わせるが、二人共見覚えがないようだ。しかし二人の隣にいる伊黒は彼の顔を見ると僅かに表情を動かした。もしかして何か知っているのだろうか。
「なんだァてめえはァ?」
「俺は煉獄杏寿郎!! 炎柱、煉獄槇寿郎の代わりに参りました!!」
実弥が殺気とも取れるような威圧感を向けるが、彼は物怖じせずに自分の名とここに来た理由を話した。
「お館様……何故煉獄殿のご子息がここに?」
「小芭内は槇寿郎とは顔見知りだったね。杏寿郎を呼んだのは、槇寿郎の様子を聞くためなんだ」
煉獄槇寿郎、という名前には妖夢も聞き覚えがあった。直接会ったことはないが、現炎柱であり悲鳴嶼よりも更に前から柱として活躍している最古参。しかし最近は酒に溺れ、満足に任務にも出ていないと聞いている。
「杏寿郎、槇寿郎の家での様子を聞かせてくれるかい?」
「……確証はありませんが、母が亡くなってから父は気力を保てなくなったように思います。暇があれば酒を飲んでおり、最近は自室に籠り任務にも出ていません」
「悲鳴嶼の旦那がいねぇ今、柱古参の煉獄殿がまとめ役だってのに……隊員にも示しがつかねぇし、派手に引退を推すぜ」
「酩酊状態じゃお館様も任務にやれねェ。ただでさえ残った柱の6人中3人が新顔だってのに、どうしたもんか」
煉獄の話に宇髄や実弥、現柱の中でも童磨討伐以前から在籍していた者が意見を口にする。妖夢達はまだ新顔なこともあり、ひとまず事の成り行きを見ていた。
「それは問題ない!! 俺も炎柱になれば、父上もきっとやる気を取り戻してくれるでしょう!!」
「……!」
柱やお館様の前でそう宣言してみせる煉獄。その自身と決意に妖夢は驚いた、柱という重い役職に率先して名乗りを上げ、父親までも救おうとしている。もの凄い覚悟がいる行為に他ならないだろう。
「……おい煉獄杏寿郎、随分と自信があるようだなァ。そんなホイホイとなれるほど柱は甘くないんだよ」
「勿論柱の昇格条件は理解してます!!」
「そうかァ……じゃあテメェの腕前を見せてみやがれ!!」
そう言うや否や、実弥が煉獄に襲いかかった。実弥の猛攻を煉獄は両腕で何とか防いでいる。その行動にその場の全員が驚く、しかし妖夢だけは反射的に身体を動かしてていた。
「待って不死川さん……!!」
「……!? 止めんじゃねぇよ、妖夢!!」
そして実弥の攻撃から煉獄を庇うように彼の拳を受け止めた。妖夢は自分でも何故実弥を止めたのかわからなかった。それでも言葉が、行動が、己の意思に反して勝手に飛び出してしまうのだ。
「柱になるのに物怖じしてた私が言えたことじゃないかもしれないけど……煉獄さんはきっと立派な柱になれると思う……!」
「……!?」
「あァ!?」
そうだ、煉獄は確かな覚悟で言葉を発している。半端な覚悟で鬼殺隊に入り、たまたま魂魄妖夢の身体に転生したというだけで強くなれた自分とは違う。彼ならきっと柱になれる、強くなれる。妖夢はそう確信していた。
「……実弥、あんまり下の子をいじめちゃいけないよ」
「申し訳ありませんお館様……熱くなりすぎました」
「うん」
お館様が一言で実弥を制し、その場を収めた。それにホッとした妖夢が煉獄の方に振り向くと、彼は目を輝かせて妖夢の方に迫ってきた。
「すまない!! 庇ってくれてありがとう!! 彼もツンケンしているが熱い心の持ち主なのだろう!! 君達の期待に応えられるよう頑張るよ!!」
「う、うん……」
その熱意は凄いことだが少しズレている、というかこの言い回しだと実弥は期待の裏返しで暴力に走ったツンデレみたいになっている。あながち間違ってはいないのだろうが、ズレてるなぁ……とその場の全員が思った。
「……お母さん、亡くなられたって言ってたけど」
「!」
「今もあなたのそばにいて、応援してくれてるから。きっと大丈夫、いざと言う時はお母さんが守ってくれるよ」
そう、最初に煉獄を見た時から気になっていた。彼の背後に一際強い気配を放つ魂が、まるで寄り添うように憑いていることが。彼の母親ならば納得だろう、見ているだけで心が温まるような慈愛に満ちた気配を感じる。
「杏寿郎……実は帝都付近で十二鬼月である可能性の高い鬼の目撃情報が入ったんだ。君にはその討伐任務に当たってもらいたい」
「……!?」
十二鬼月、という言葉にその場の全員が顔を上げた。何せその十二鬼月、上弦の弐との戦いで柱が命を落としたばかりだ。
「お言葉ですが……その鬼が仮に上弦だった場合取り返しがつかないことになりかねない、我々が向かうべきかと」
「そうだね……だから妖夢と小芭内には付近で待機しておいてほしい。柱になったばかりで、下の子達の統率を取るいい経験になるだろう」
妖夢の柱としての初任務だ。仮に帝都にいるが本当に十二鬼月だった場合、たとえ下弦でも煉獄だけでは手に余る可能性がある。上弦だとしたら尚更だ。
「自身が柱足りえると言うならば、言葉だけでなく実績で。そうすれば自ずと皆認めてくれる。君の実力を示しておいで」
「はい!!」
そうして柱合会議は終了し、妖夢はカナエ、しのぶと共に蝶屋敷に帰還した。煉獄の任務は1週間後、それまでに任務に出れるように身体を休めなければならない。
「おかえりなさい! 妖夢さん、お客さんが来てるよ!」
「お客さん?」
帰って玄関に入るなりハルがそういうので、妖夢は誰だろうと首を傾げた。すると次の瞬間、背後からものすごい殺気を感じた。慌てて振り返るとそこには大量の刃物で完全武装した鋼鐵塚が立っていた。もはや視認できるくらいの怒気を放ち、妖夢に向かって怒りをぶつけてくる。
「お、お久しぶりです鋼鐵塚さん……もしかして刀ができた……とか?」
「ああ……刀ならお前がぐうすか寝てた半年の間にとっくに出来上がってる……それよりも……お前、俺の刀を折りやがったな?」
確かに童磨戦で妖夢は刀を折られた。が、まさか半年も根に持っているとは思わなかった。何とか弁明しようとするがこの状態の鋼鐵塚を止められる言葉など思いつかない。
「殺してやる〜〜!! 地獄の底まで追いかけ回すからなァァ!!」
「わ、私一応柱なんですけど!!」
「柱だろうがなんだろうが関係あるもんか!! 死に晒せクソガキャャ!!」
大量の刃物を振り回し、投げ、追いかけ回してくる鋼鐵塚から妖夢は必死に逃げ回った。彼の執念は恐ろしいほど異常で、数時間経ってようやく落ち着かせることができたほどだ。
「いいか、今回は勘弁してやるが次また俺の刀を折りがったら承知しないからな!!」
「は、はいぃ……」
そうして鋼鐵塚は二振りの刀を妖夢に差し出した。一方は長刀、もう一方は短刀という珍しい造りの刀、妖夢の要望通りの仕上がりだ。もちろんこれは魂魄妖夢という東方のキャラクターから着想を得た物、原作になぞりそれぞれ楼観剣と白楼剣と名付けた。
そして一週間、妖夢は身体を休めつつもこの刀に慣らすためのトレーニングをした。魂魄妖夢の身体だからか、スムーズに二振りの刀を扱うことができるようになり、伊黒、煉獄との共同任務に出る頃にはすっかりこの刀をマスターできた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
──一週間後、日が落ちてから数時間経った帝都。
妖夢と伊黒はお館様の指示通りに十二鬼月の目撃情報があった帝都に向かった。煉獄やその他の隊士数名と合流し、まずは柱として彼女らが指示出しをする。
「いいか……少しでも温い仕事をしたらタダでは済まさないからな。肝に銘じておけ屑共が」
「ちょっと伊黒さん、いきなりそんなプレッシャー与えなくてもいいでしょ」
柱になっても変わらず当たりの強い伊黒。それに物怖じしてしまっている隊士達を見て、妖夢は思わず口を挟んだ。
「すげぇよな……俺らより若いのに上弦の弐を倒したんだってよ」
「やっぱ柱になるような剣士は才能が違うんだろうな」
コソコソとそんな話をする隊士達の言葉が耳に入り、妖夢は思わず赤面した。褒められて悪い気はしないが、何となく照れてしまう。
「それでは手筈通り二人一組で行動してもらう!! 鬼を発見次第鎹鴉で連絡!! 今日は柱が二人もいてくれる!! こんなに頼もしいことは無い、臆することなく任務に当たってくれ!!」
煉獄の指示で隊士達は散っていった。ぶっちゃけ彼の方が柱っぽくない? とか思ってしまったが考えないようにしよう。そう頭の中で勝手に思考を回しながら、妖夢は伊黒と共に付近で高い建物の屋上で待機する。
「いいか魂魄……俺達は煉獄の身が危なくなるまで手は出さない。民間人に被害が出るようなら別だがな」
「うん、わかってる」
その確認だけして、後は沈黙が続いた。元々伊黒はあまり喋る方ではないし、同期とはいえ話が続かない。共に上弦と戦った仲間として大事ではあるが、それとこれとは話が別だ。
「そういえば……煉獄さんのお父さんを知ってたみたいだけど、どこかで会ったことがあるの?」
沈黙に耐えられなくなった妖夢がそう話題を切り出した。これは単純に疑問に思っていたことだし、興味があることだ。
「昔……鬼から助けてもらった。それがきっかけで俺は鬼殺隊に入った」
「そうなんだ。じゃあ私と一緒だね。私も不死川さんに命を救われて、師匠を紹介してもらったから」
妖夢が何気なくそう言うと、何故か伊黒は黙りこくってしまった。そんなに私と一緒にされるのが嫌!? と顔に出る程動揺する。
「俺と同じだというのは……お前に対して失礼だ」
「え? ……どういうこと?」
「……」
それから伊黒はポツポツと身の上話をしてくれた。彼は女ばかり産まれる一族から三百七十年振りに産まれた男子だった。伊黒は座敷牢に閉じ込められ、一族の女性から異常な程に大切にされていたそうだ。その一族は蛇のような女の鬼を祀っており、彼女が殺し人間の金品で生計を立てていた。
本来、赤子が産まれればすぐにその鬼に捧げるのだが、珍しい男子でしかもオッドアイの伊黒は気に入られ、成長して喰える量が増えるまで生かされていた。彼はそんな状況から命からがら逃げ出した。しかし鬼に見つかってしまい、殺される寸前に当時の炎柱に命を救われることとなる。
「俺が逃げ出したばかりに一族五十人が殺された。鬼に寄生して生きていた屑共だ、死んで当然だと思う。だが……その一族に産まれた俺もまた屑……のうのうと普通の人生を歩んでいいはずがない」
伊黒が逃げたことに怒った鬼は彼の一族を皆殺しにした。唯一生き残った従姉妹は彼を激しく罵ったそうだが、その主張には正当性の欠けらも無い。しかし、まだ幼かった伊黒の心を抉るには十分すぎる言葉だった。
「いつまでもいつまでも……恨みがましい目をした五十人の腐った手が、どこにも行けないように俺を掴んで離さないんだ」
歯噛みするような声で伊黒はその言葉を絞り出した。あまりに壮絶な過去に妖夢は言葉が出なかった。どんな言葉をかけても気休めにしかならないと思ったから。だからこそ、妖夢に言えるのは一つだけだ。
「私幽霊が見えるんだけどさ」
「……は?」
「あっ……はっきり見える訳じゃないよ。白い光みたいなのがそこら中に飛んでて、ある程度どういう感情を抱いてるかがわかるだけ」
そんなことを唐突に言う妖夢に伊黒は驚いた。冗談にしてもふざけているし、そもそもこの女はそんなことを言う人間ではない。
「誰かに恨まれてる人には大抵強い怨霊が憑いてたりするんだよね。でも伊黒さんの周りにいる魂からは感謝の気持ちしか感じられないよ。多分伊黒さんが助けた人達の家族じゃない? 自分は鬼に殺されたけど、大切な人を助けてくれてありがとうって……私にはそう言ってるように感じる」
「……」
「ま、そういう問題じゃないのかもしれないけどね。信じられなかったら忘れていいよ」
それだけ言って妖夢は街を駆け回る隊士達の方に視線を向けた。今、自分が言えるのはこれだけだから。余計な言葉は要らなかった。
「……魂魄」
「ん?」
「……一応、感謝しておく」
「ツンデレか」
あまりに典型的なツンデレ構文を言うので、思わず軽く頭を引っぱたいてしまった。幸いこの時代にツンデレという言葉はないので伝わってはいないようだが。
──ドンッッ……!!!
その時だ、妖夢達がいる場所とは別の建物の屋上で爆発があった。それは一つだけでなく、複数の建物で立て続けに発生する。
「爆発……!?」
「鬼の血鬼術か……!」
すぐに妖夢達は動こうとする。すると前方の建物の屋上で銃を構えている鬼の姿が目に入った。軍服のような服を身にまとっているその鬼に、煉獄がすぐさま斬りかかっている。
「あの鬼が爆発の元凶か……やはり十二鬼月で間違いはなさそうだが」
「うん、たくさん人を喰ってるよ……アイツ」
遠目でもわかるほどにたくさんの魂に取り憑かれている。上弦の弐ほどでは無いが、それでも多くの人を喰っているのは間違いない。お館様の言う通り、やはり十二鬼月がいたのだ。
「放置しては民間人に多大な被害が出かねん。やるぞ魂魄……!」
「了解!!」
煉獄に任せる手筈ではあったが、このまま放置していれば民間人にも被害が出る。爆発が仕込まれていたにせよ、血鬼術によるものにせよ、まずは鬼を止めなければならない。二人は屋上から飛び降り、柱としての初任務に身を投じるのであった。