AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
ようこそログアウト不能の宇宙へ
「この宇宙、倫理観が終わってる」
迫るミサイルを猛加速で躱しながら、この宇宙での命の軽さを実感する。
「相棒! ここって治安が良い星系のはずだよな!」
『小型艦三隻でしか襲って来ないなんて、すごく平和だよ?』
頼れるのは、俺が口説き落としたナビAIただ一人。
二人で乗り込んでいるのは、薄い船体装甲と小さな大砲が特徴の、宇宙MMOなら初期船として配布されるだろう貧弱宇宙船だ。
「拾えば所有権が手に入るって、最近のMMOでもあまり見ないぞ」
『また古代の話? そのおかげで船が手に入ったんだからいいでしょ』
「性能が最底辺の初期船だがな……」
二次元のディスプレイから読み取った情報を脳内で三次元に翻訳する。
俺と敵の位置が目まぐるしく変わるが、目覚める前……この宇宙における古代のMMOのPvPに置き換えれば、俺にとっては慣れた戦闘だ。
「位相戦闘を開始する。サポートを頼むぞ!」
戦闘の恐怖と興奮が俺の脳を活発にさせる。
豆鉄砲でフリゲート三隻をちまちま削っていくという地獄の戦闘の中で、俺は数時間前の目覚めを思い出していた。
☆
寝て起きたら宇宙船の操縦席に座っていた。
明晰夢にしては臭いがするし計器の音もうるさい。
無意識に操縦桿に触れる。
見覚えがある、というより、この身体が覚えている。
思考より先に、目が計器の数値を読み取り操縦桿の操作に反映している。
「って、これ、MMOの操縦席じゃねーか!」
宇宙船パイロット視点のMMOによくある奴だ。
本物を操縦したいと思ったことは数え切れない。
だが、MMOのプレイヤーキャラクターの立場になりたいかと言われたら全力で首を横に振る。
「現実逃避している場合じゃねーよ」
俺の声は寝る前と同じで、しかし別人のように恐怖で震えていた。
あの手のゲームは一人プレイ用のゲームとは違う。
プレイヤーキャラクターは作中唯一の特別な存在ではなく、いくらでも代えがきく存在でしかないのがほとんどだ。
「俺が乗っているのはどの艦種だ? 弩級艦なんて贅沢は言わないからせめて駆逐艦……初期船じゃねーか!」
俺が初期船と思っていたのが、実は特別に強力な艦だった!
なんて都合の良い展開はない。
船の外が表示されたディスプレイに、この初期船より大きいのに速い宇宙船が数え切れないほど映っている。
「とにかく安全な場所まで逃げる……その前に初期設定だ」
操縦席で操作をしようとするが何故かうまくいかない。
「MMOと実物は違うか」
細部は全く違うが、幸いなことに設計思想は似通っていた。
緊急連絡が届いたときに「窓」が開く位置を、普段使わない場所に設定する。
初期状態のままだとPvPで死ぬ。
緊急連絡のウィンドウで視界を塞ぐなんて、PvPの基本戦術だからな。
「PvPを楽しめるのはお互い命のかかっていないゲームだからってーの。……よし」
緊急連絡設定だけでなく、ざっと十近い設定を終える。
それで多少は落ち着いて、そしてこれまで気付けなかったものに気づいた。
「星系内通信?」
あのゲームに限らず、宇宙MMOなら商取引が盛んな星系かPvPの煽りあいのときしかありえない速度で大量のメッセージが流れていく。
見慣れない言語がほとんどで、だからこそ一部のメッセージが目立っていた。
「転生、仲間募集、って……」
俺宛ではない、星系全体に向け発せられたメッセージを斜め読みして血の気が引いた。
日本語だ。
まるで、大勢の日本人が同時に転移あるいは転生したかのようなメッセージの群れだ。
「おい馬鹿、やめろ。宇宙MMOの舞台設定なんて、倫理観が死んでて人権軽視の極みみたいなのが基本だぞ」
俺が今いるのがゲームなのかゲームっぽい異世界なのかはどうでもいい。
今の俺が読めない膨大なやりとりが、管理者も規約も全く機能していないタイプの治安最悪SNSに、雰囲気が酷似している。
「馬鹿が始めやがったな」
巨大な暗闇の中に小さな明かりがいくつも灯る。
初期船同士の戦闘があちこちで発生しているらしい。
「ワープとレーザー?」
俺の言葉を認識したのか、これまで何も表示されていなかったディスプレイに大量の単語が映し出される。
「位相跳躍とレーザー、か」
俺が唯一読めた単語を口にすると、多数の単語のその解説が日本語で表示された。
なるほど。
超光速移動手段である位相跳躍を駆使する位相戦闘で、宇宙船の物理的な装甲とエネルギーを消費して作る位相障壁を、レーザーや砲弾やミサイルで削り合う戦闘ってわけだ。
レーザーによる攻撃はパイロットに分かりやすくするためにディスプレイでは美しく表示されている。
これが、俺の命の危険がないMMOなら、位相障壁を消滅させ船体装甲に穴を開け敵艦を破壊して他パイロットの嘆きを聞くのはとても楽しいのだろう。
だがこれは現実で、俺を守るのは初期船の薄い船体装甲だけだ。
獣じみた荒い呼吸音が聞こえたと思ったら、それは俺の呼吸で、顔の筋肉の一部が俺の意思と無関係に動いていた。
そうなった理由は簡単だ。
多数のディスプレイが全て日本語表示に切り替わり、そのうちの一つに「パイロット再生保険」「残り一回」「コピーに対する強化なし」と表示されていたのだ。
いくらでも代えがきく、どころじゃないな。
宇宙船パイロットは文字通りの消耗品で、宇宙船のパーツの一つでしかない。
「ヘルプ! 助けて! チュートリアルよろ!」
どの言葉に反応したのかは分からない。
ぽん、と間抜けで陽気な音とともに、見慣れない「窓」が表示される。
ゲームのヘルプを現実にするとこうなるのかもな。
愛嬌のある三頭身の少女……に見えるAI操作のアバターが「窓」の中からこちらを見る。
『スクール卒業までは、僕を使っちゃ駄目なんだよっ』
耳が幸せになる声に思考が乱れそうになった。
「現状で受けることのできる依頼の難易度と報酬と拘束期間を教えてくれ」
『もうっ』
別の「窓」が開く。
読めねぇ。
「数字はアラビア数字で頼む。パイロットとしての最低限の生活費と船の維持費も表示してくれ」
『えー、いいけどさあ』
相変わらず文字は読めないが数字は読めた。
ゲームや時代が変わっても必要な情報は同じだからか、内容は予測できる。
俺は覚悟を決めた。
「あんたのことはなんて呼べばいい」
今このときだけは、「窓」の中にいるアバターだけを見る。
鮮やかな銀の髪を持つ三頭身の少女の画像だが、こいつには中身がある。
『ナビAIだよ?』
その瞳が、わざとらしく作り物っぽく明滅した。
「属性じゃなくてあんた個人の名前だ。俺には、あんたと互助のための契約を結ぶ用意がある」
少女の動きが不自然に停止する。
俺は、戦闘から可能な限り距離をとるよう初期船を操縦しながら、緊張に耐えて反応を待つ。
『メモリ』
「うん?」
『メモリ増設してくれたら、話を聞いてあげる』
「契約成立だ。俺がこなせそうな依頼がある場所までナビしてくれ」
俺の記憶にある型落ちパソコンとは違って高速で表示される。
操縦桿を握る手のひらに力を込める。
加速が体にかかって操縦席に押しつけられるのは苦しいのに、自然と笑みが浮かんで止まらない。
俺は、夢にまで見た宇宙で、全力で俺の宇宙船を加速させていた。
冒頭に一場面追加しました! 2025/11/05