AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
奴隷市場。
俺にとってはファンタジーすぎる単語だ。
条件の悪い職しかない職業安定所のことを奴隷市場と思ったことはあるが、本物を現実に目にすることになるとは思っていなかった。
『マスター、予想とぜんぜんちがう……』
何故か相棒がショックを受けている。
『『メモリ様。ナビの仕事はケース様が初めてなのですか?』』
『ううん。これまでは被撃墜で終わってたから、ここに来るのは初めてなんだ』
元宇宙船パイロットは売り物なので、物としては丁寧に扱われている。
手枷足枷などはなく、水食料に酸素も与えられている。
ただし人権については一切認められていない。
無意味な残虐さは法で禁じられてはいても、必要があるならどういう扱いだってできるしされている。
「加工済みの商品でないだけマシか」
俺が無意識にしたつぶやきに、ナニーが何かを言いたそうにした気がした。
相棒に悟られないよう調べてみると、この世界に馴染んだ俺でも嫌悪感を隠せない情報がいくつも出てきた。
『『こちらになります』』
ナニーが迷わず進んでいく。
バイヤーや個人客の姿が徐々に減っていき、目的地についたときには俺たち四人を除いて無人……この世界基準での無人になっていた。
『死体?』
俺を盾にする位置にいる相棒が、半透明の容器を恐る恐る見る。
中にいるのは、五体がいくつか欠けている人間だ。
『『長期間生存可能な形に加工されています』』
「不可逆に?」
『『完全に元に戻すにはパイロットライセンス更新料数ヶ月分が必要です。能力の低下を許容する場合は一ヶ月分未満になります』』
「そうか」
俺は情報提供について礼を言ってから「ワゴンセール」の売り場全体を眺める。
数十人か。
古代基準で冷血酷薄な俺ですら、寒々としたものを感じる。
だが、感傷に浸っている場合ではない。
『マスター』
相棒が俺の背中をつんつんする。
何を伝えたいか、何を感じているかはだいたい分かる、と思う。
「値札はどこにある?」
『『我々は専門家ではありませんので、こちらとお話しください』』
ナニーは二手に分かれて周辺に対して目を光らせる。
ナニーの専門は警備や警護なので、俺や相棒が全力で警戒するよりずっと安全だ。
『あ、僕? 確かに採用の権限は持ってるけど最終的に決めるのはマスターだよ』
相棒が、ここに物理的にはいないAIと俺に分かるように話し始める。
なお、相棒が強く望むなら俺が拒否する可能性はゼロだ。
『もとはここにいる人のナビAIなの? それで不採用にはしないけど……』
相棒が俺に板状のディスプレイを渡してくる。
交渉相手の情報と、目まぐるしく変わっていく交渉内容が高速で更新され続けている。
AIの仲介業者か。
ケース契約国へ就職希望、と。
で、こっちがワゴンセールの対象の「日本人」か。
「腕力が常人の倍あってもな」
ワゴンセールの中には、人間であるのに一部の能力が人間の上限を超えている者がいる。
『『珍しい性質ではあります』』
「そりゃそうだが、個人レベルで腕力が優れていても、艦隊戦では活かしようがない」
『『はい。各能力の最も優れた個体のみ、既に買い取られているようです』』
「ワゴンセールの商品になる前に、か」
『だーかーらー。こっちはどうしても欲しいんじゃなくて、役に立つ人材が欲しいの! 慈善に使えるお金はほんのちょっとだけだよ』
ディスプレイに表示される内容の変化が激しすぎて訳が分からなくなる。
俺はナニーに目で助けを求め、ナニーに「警備で忙しいです」という態度で断られた。
『『照明が暗くなりますのでご注意ください』』
相棒とナニーの表情が分かりづらくなる程度に暗くなる。
聞き慣れないのに何故か郷愁を誘う音楽がどこからともなく流れ出す。
まるでタイムセールが始まるときのような雰囲気だ。
『見切り処分!? 待てば良かっただけ!? うがー!』
威嚇している相棒も魅力に溢れている。
ディスプレイの表示が変わり、ドローンの予算に俺が少し足せば全員買い取れる額になったと伝えてきている。
『マスターも何か言ってやってよ!』
「安く買えたことには満足している」
『ますたあ!?』
「だが、相棒をからかうのは危険だということは覚えておけ。俺は相棒限定で血の気が多いからな」
俺個人に対する侮辱や挑発なら鼻で笑えるが、相棒に対する侮辱や挑発を我慢できる自信は全くない。
『むー』
相棒は、複数の感情が強く出た味わい深い表情をしている。
「採用するかどうかも相棒に判断を任せる。ナニー、商品の受け取りはどうすればいい?」
『『ケース様とメモリ様が直接運ぶと危険がありますので我々にお任せください』』
「任せた」
予想より買い物の量は増えたが、財布に多少の余裕は残っていた。
☆
「安全をある程度以上確保できているのは主星系だけか」
本拠に戻って受け取った報告は予想通りの内容だった。
「後輩、こんなに弱気でいいのか? 迎撃しないなら舐められるぞ?」
有人惑星は本気で守っても、資源衛星の防衛は「互角かそれ以下の戦いになりそうなら防衛自体しない」ことにしている。
「主星系すら守れなくなるよりはマシだ。あんたらが壊滅したら惑星のいくつかは見捨てるしかなくなるんだ。地表の住人を守る気があるなら我慢するんだな」
「……分かっている」
通信が向こう側から切断された。
「せめて有人惑星がどうにかなればな」
市場としての価値は低く、収められる税金よりも最低限のインフラを維持する金の方が高額だ。
「ケースさん、今お時間大丈夫ですか」
外部の目がない通信なので、カノンの態度も多少フランクだ。
「構わない。「日本人」の件か?」
「はい。権利意識が高い方が多いです」
「二十一世紀前半の常識がまだ抜けていない?」
「はい」
カノンは俺よりポーカーフェイスが上手いのに、苛立ちが微かではあるが滲んでいる。
強くて戦闘好きでもあるカノンはできるだけ戦闘に参加させたいんだが、かけられている賞金が大きすぎてなかなか戦闘に参加させられずストレスが溜まるという悪循環なんだよな。
「面倒な奴は俺にまわしてくれ。……今すぐでなくても、近い内に使えそうな奴は何人いる?」
「通常の人間よりも役に立つという意味でしたら、多くて五人です。いずれも、地表基準での広範囲の環境を改善する特殊能力の持ち主ですね。全員、自称聖女です」
「……能力は、素晴らしいように思えるが」
有人惑星は決して良い環境ではない。
大気が強烈に有毒なこともあるし、酸素などの必須な要素が不足している場合すらある。
「大規模な基地一つに影響を与えるのが限界です。惑星全体への影響はわずかです」
「個人の能力としては強力ではあるんだがな」
環境浄化のための装置はそこそこ値段がする。
「雇用条件はどうします? パイロットをしているAI並の待遇を求めている方もいますが」
俺は眉間を揉んだ。
高価な専用の体を持つ、位相戦闘以外なら人間の凡人をはるかに上回るAI並の待遇なんてできるわけないだろ。
「すまん。面倒な連中の相手をさせてしまった」
「問題有りません。……次は、人数を減らして欲しいですけど」
「次からは俺が事情を説明して言い聞かせる。だが面通しだけはドローンと一緒に頼む。この宇宙に現れた「日本人」がランダムに選ばれたのかどうかは確認しておきたい」
カノンは俺の返答に納得したようで、通信が始まったときと比べると明らかに明るい表情で会話を終えて通信を終えた。
『マスター、また仕事が増えるね。ところで聖女って何?』
「フィクション……と言い切るには状況が状況だからな」
俺もこの世界に転移だか転生だかした立場だ。
連中が本物である可能性は十分にある。
しかし聖女か。
相棒に出会う前なら好きなジャンルの一つだったな。
「正直、よく分からん。しかし、よく分からなくても役立ってもらわないと困るってことだけは確実だ」
『僕もよく分からないけど……。聖女って単語を聞いたときのマスターの反応……』
機嫌が急降下しかけた相棒を宥めるのに、俺は一晩使うことになった。