AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~   作:星灯ゆらり

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加速の果て

ケース契約国の支配領域は星系が十個。

 

人間が居住可能な惑星は十数個もある。

 

「相変わらず赤茶色だな」

 

位相跳躍を使わずに、主星系にもある惑星の近くを通過する。

 

緑はなく、綺麗な海は存在せず、過去に宇宙から攻撃されたような巨大クレーターがいくつもある。

 

『ここにも肉人間が住んでいるんだよね?』

 

相棒が小首を傾げている。

 

「相棒にも報告は上がってるだろう」

 

『いそがしくて詳細なチェックまでできないよ』

 

うーん、とうなりながら腕を組む。

 

悩む顔もさらりと揺れる銀の髪も、実にいい。

 

『我慢大会?』

 

相棒らしい平和なたとえだ。

 

俺から見たらポストアポカリプスな、あらゆるものが足りない世界だ。

 

もっとも、それはケース契約国がこの星系を支配するまでの話だがな。

 

「あれでもマシになってるらしいぞ。テラフォーミングする金はないが、居住地の再建はしたしな」

 

この宇宙において人権というのは非常に軽い存在だ。

 

特に、辺境の惑星に居住する人間の人権なんて重視する者は滅多にいない。

 

『ちょっと待って。その居住地おっきくない?』

 

遠ざかる惑星のデータを閲覧していたらしい相棒が目を瞬かせた。

 

腕組みを解いて、情報処理をするときにいつもしている自然な姿勢になる。

 

『あの三人組のしわざかー。あの顔と態度で地上世界の保護にすっごく熱心なのは意外だよね』

 

評議会議員である三人組のことだ。

 

俺よりずっと前から宇宙船パイロットとして活動している凄腕であり、最初に出会ったときは商売敵であり、それから色々あって組むことになった相手だ。

 

「自分の金で慈善をするなら好きにすればいいさ」

 

俺なら相棒の体の更新や、相棒がダンスを踊るための舞台への投資に使うがな。

 

『マスターは自分自身にもっとお金を使うべきだと思うよ?』

 

相棒の目の光が、少し心配そうな印象になる。

 

「頭と身体が鈍らないために金は使っているから大丈夫だよ」

 

いつか衰えて最終的には死ぬ身でも、できるだけ長く相棒と人生を楽しむつもりだ。

 

『そういう意味じゃないんだけどな……』

 

相棒は珍しく、難しい顔をしていた。

 

  ☆

 

『なにこれ』

 

「なんだこれ」

 

目的地の惑星を目視したとき、俺と相棒はよく似た表情になった。

 

数時間前に見た赤茶色ばかりの惑星とは異なり、赤茶けた大地の中に巨大な緑の領域がいくつも生まれていた。

 

この惑星もかなり酷い状態だったはずなんだが、何があった?

 

「「「「「私達の星へようこそ!」」」」」

 

通信越しに、五人の若い声が重なって聞こえた。

 

「どうですこの緑!」

 

「ふふふ驚いたでしょう?」

 

「予算増額! 予算増額!」

 

「例の実験は順調です」

 

「メモリさんかわいいですよね」

 

最初の挨拶以外はばらばらだ。

 

列強の市場で見切り品セールの商品として扱われていたとは思えない、とても元気で溌剌とした態度の少女たち……古代基準だと成人しているのもいるが少女たちだ。

 

ファンタジーの聖女のような衣装を着ていて全く違和感がなく、それぞれ体格も顔も違うのに全員に人を惹きつけるカリスマがある。

 

『おじゃまします! じゃなくてどうなってるのこれ。列強の高治安星系みたいな環境じゃん!』

 

相棒が返事をすると、五人がまた好き勝手に話し始める。

 

俺の耳と頭では五人分を聞き取ることなどできはしない。

 

俺のような肉人間と相棒のような機械人間の能力は、位相戦闘中を除けば後者の方が基本的に上なのだ。

 

『五人とも方針がばらばらだよ……』

 

相棒がさじを投げた。

 

まあ、この五人組にとっては二十一世紀前半からわけのわからないまま異世界転移だか異世界転生した状況だしな。

 

身の安全が確保されて周囲から評価されたら調子にも乗るだろ。

 

「あ、時間だ」

 

「政治は面倒なのでパスで」

 

「だから予算……」

 

「ケース代表が到着次第実験を開始します」

 

「メモリさんともう少し話させてください!」

 

唐突に通信が途切れる。

 

『相変わらずだね』

 

相棒は、呆れと親愛が半々で混じったような顔で頷いている。

 

「ずいぶん元気になったように見えるが」

 

以前会ったときは、もう少し遠慮があった気がする。

 

『それはマスターが怖がられてるからだよ。治安最悪な無法星系十個を制圧するって、普通は無理だからね』

 

俺もPvPの知識を活用できる状況だから成功できただけだ。

 

それでも、相棒の言っていることは事実なんだろう。

 

ちょっとだけ納得いかないが。

 

「この後は宇宙港へ船を止めて地表行きか?」

 

『えーっと……直接実験場に向かって欲しいんだって』

 

相棒の表情が見たことのないものになっている。

 

よく分からんが、これは警戒か?

 

誰から通信が届いたか知りたいが、今聞くのはまずい気がする。

 

「位相跳躍で大気圏内に突っ込むわけにもいかんか」

 

『最悪の場合、大気の数パーセントを吹き飛ばしちゃうからね。僕が操縦していい?』

 

「頼む」

 

サーフボードの形をした艦を覆っていた位相障壁が、円盤状の形に変わる。

 

そして、ふよふよと間抜けな擬音がつきそうなコミカルな動きで、地表の人間を刺激しないよう降下していった。

 

  ☆

 

五人の聖女が懸命に祈る。

 

銀河の辺境にしがみつくようにして生きていた人々を、その神秘的な力で救ってきた聖女たちだ。

 

大地教の信徒たちは、私語はもちろん息すら我慢して儀式の成功を祈る。

 

それは唐突に訪れた。

 

機械には計測できない気配が爆発的に高まり、輪になった五人の中心に置かれていた石が、ほんの少しだけ動いた。

 

「それだけ?」

 

思わず本音を言ってしまった信徒の子供が、暴走直前の信徒からかばうために聖女たちに保護された。

 

  ☆

 

『これで終わり?』

 

「終わりみたいだな」

 

相棒と俺は顔を見合わせた。

 

相棒は目の光を隠すためのサングラスを、俺は光を通さず網膜に直接情報を送るためのサングラス型デバイスを身に着けている。

 

俺たちがいるのは、信徒には知らされていない部屋だ。

 

実験場を見下ろすことのできる位置にあり、信徒には神を祀るための場所とだけ知らされている場所だ。

 

『ケース代表、メモリ様、これは代表予想以上の成功です』

 

その機械人間には発光機能は搭載されていない。

 

なのに、後光を幻視してしまうほどの神々しさがあった。

 

『ディーヴァはマスターに近寄るのは禁止!』

 

『そんなあ』

 

可愛らしい嫉妬に駆られた相棒に引き離されるときは、何故か子供っぽい態度になっている。

 

「実験については後で詳しく聞かせてもらう」

 

俺は意識して真面目な態度をとる。

 

相棒はきりりと表情を引き締め、ディーヴァは相棒に拘束されたままなのに再び威厳を取り戻す。

 

「環境が激変しているがテラフォーミングでもしたのか?」

 

何かの偶然ならいいんだが、外部勢力の介入の結果なら大問題だ。

 

『全て聖女さま方のお力です、と信徒たちには伝えています』

 

ディーヴァは宇宙船パイロット志願の移民であり、適性のなさからパイロット職を断られた後に聖女五人組の部下として職を得た機械人間だ。

 

ただし政治家や高級官僚としての適性と能力はケース契約国内で随一であり、ケース契約国が支配下においていた低技術信仰勢力「大地教信徒同盟」を、狂信者から従順な民に変えてしまった。

 

『過去に列強で流行っていた体験型娯楽惑星の環境制御システム。そのノウハウを流用させてもらいました』

 

ディーヴァの技術がすごいのか、列強の技術がすごいのか、いずれにせよとんでもない技術だ。

 

聖女たちだけでは大規模な基地一つに影響を与えるのが限界だったんだからな。

 

『重汚染の浄化は聖女さま方のお力でなんとかなりましたので、ぎりぎりですが予算内で現在の状況にすることができました』

 

今のディーヴァは、人に忠実な機械のしもべにも、態度が穏やかな上位存在にも見える。

 

『聖女かあ。みんないい子だけど、聖女ってなんだろうね?』

 

「あの五人組の能力を、列強が気づかなかったとは正直思えない。この宇宙……いや、列強ではあの能力はどの程度評価されているんだ?」

 

俺は、防諜の状態を確かめてからディーヴァに質問した。

 

『説明の前に確認させてください。代表は、列強にはどのような勢力があるかご存知ですか?』

 

「力と規模の巨大さと、正式名称がややこしいということしか知らん」

 

列強に属する人間で直接知っているのは、異様に強い肉人間パイロット一人と機械人間パイロット二人の合計三人だけだ。

 

列強に対しては、ただ「巨大」というイメージしか持てていない。

 

『純粋に物理的なエネルギーを基本に動いている国と、精神と密接に関係のあるエネルギーが基本の国に大別することが可能です』

 

「俺が知っているSF作品だと、最終的には同じものだったりした気がするな」

 

『技術の統合を目指した列強も過去には存在しましたが、それらの列強は既に存在しないか物理か精神のどちらかを選択しています』

 

ディーヴァが語る宇宙の歴史を、相棒は「そうなんだー」という顔で聞いている。

 

「ケース契約国の近くにある列強は物理だから、精神側の聖女連中は無価値ってことか?」

 

『こういう表現は好みではありませんが、彼らはより高性能なサンプルを確保していると思われます。そのため、聖女さま方に魅力を感じなかったのでしょう』

 

「たったの五人で、酷く汚染されたものを浄化できるのにか?」

 

この五人が古代にいたら、この五人がいる国が覇権をとれるぞ。

 

生産でも戦争でもどれだけ地球を汚しても浄化できるんだからな。

 

『はい。物理と精神で得意分野は異なりますが総合すれば同程度の技術を所有しています。別系統の技術をあえて使用する気がないと思われます』

 

「なるほど」

 

『なるほど!』

 

俺たちの力はまだまだ弱小ってことか。

 

「解説に感謝する。で、今回の実験についてなんだが、新型位相跳躍機関の開発のための実験、でいいのか?」

 

『はい』

 

ディーヴァは自信をもって断言する。

 

『先ほど詳細なデータの検証が完了しました。今回の実験で、超短距離位相跳躍が一度実行されたことが確認できました』

 

『もうそこまで研究すすんでるのっ?』

 

相棒は衝撃を受けている。

 

口での会話では情報伝達速度が足りないようで、口を使わず情報をやりとしている気配があった。

 

『マスター。ゼロを一にするのと、一を天文学的数字にするのは同じくらい大変なの。巡洋艦に積むくらいなら一万程度で十分だから実用化まで後少しだよ』

 

相棒が分かり易くまとめてくれた。

 

順調なのは嬉しいが、こういうときに限って見落としが増えるんだよな。

 

「分かった。五人組もディーヴァも大成功ということか」

 

『はい。聖女さま方の帰還までに超えるべき障害は多いですが、新型位相跳躍機関については成功はほぼ確実です』

 

ディーヴァの瞳が光を帯びる。

 

気付いた相棒が止めようとしても、止まらない。

 

『代表、お願いがあります』

 

その情熱的な態度に、俺は圧倒されるものを感じた。

 

  ☆

 

ディーヴァがはしゃいでいる。

 

親に初めて連れて行ってもらえた公園で遊具に夢中になっているような態度で、サーフボード型巡洋艦を全力で加速させていた。

 

『はやい、すごく、はやいっ♪』

 

複数の惑星の地表を実質的に経営して成功させている機械人間とは思えないはしゃぎっぷりだ。

 

百人いれば九十九人は、俺の相棒よりこっちに魅力を感じるのかもしれない。

 

俺は相棒一筋だし、そもそも余計なことを考える余裕がない。

 

こんなの操縦じゃなくてアクセルを踏み続けているだけだ馬鹿野郎!

 

「加速しすぎだ! 帰還できなくなるぞ!」

 

今の俺の役割は、路上練習運転中の練習車の助手席に乗る教官にとても近い。

 

車の代わりに軽量高加速のサーフボード型巡洋艦、道路の代わりに宇宙空間、真っ当な仮免の人の代わりに暴走機械人間だが。

 

『え、でも、まだだいじょうぶじゃ……』

 

ディーヴァの操縦センスは壊滅的なのに、体の性能は予想の数段上だ。

 

機械人間の性能がすさまじく低下する連続超短距離位相跳躍でも、俺の制止が追いつかない速度で艦を操作してしまう。

 

だから操縦権限を取り上げるのが遅れた。

 

体感時間で後一秒遅れていたら、おそらく「まともな宇宙」には帰還不能になっていた。

 

「ゲームなら未設定の領域に踏み込んじまった感じだな。戻れるとは思うが」

 

駄々をこねてついてきた相棒は、艦の操縦補助と周囲への警戒に専念してくれている。

 

「なんとか……か。邪魔が入らなければ主星系まで戻れそうだ」

 

残った推進剤とエネルギーを計算してから二度再計算して、俺は安堵の息を吐いた。

 

「なあディーヴァ。どうしてそこまで宇宙船パイロットになりたいのか聞いていいか?」

 

俺は、疲れから普段なら絶対に踏み入らないところまで踏み込んでしまった。

 

『ケース代表にも、理由は分からなくてもそれだけは譲れないものがあるのではないですか?』

 

相棒だな。

 

パイロット稼業を辞めることはあっても、相棒を諦めるのはあり得ない。

 

納得して操縦に集中する俺を、ディーヴァがじっと眺めていた。

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