AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
舞台の上でゆるゆると踊る相棒は、俺にとっては初めて見る存在にも見えた。
足の指先から手の指先まで、俺は相棒の体をすべて知っている。
だが、目つきも、視線の向きも、細々とした所作の一つ一つまでが何かを……俺の語彙では何かとしか表現しようのないものをあらわしている。
着物で隠された足は足音をたてないのに、軽快な音をたてるタップダンスよりも存在感がある。
緊張で息が詰まる。
しかし決して不愉快ではない。
相棒による全力の踊りを、俺は脳と魂に刻みつけるつもりで凝視していた。
☆
むふー、と満足げな呼吸音が耳の至近から聞こえる。
相棒の呼吸は排熱が主目的なので、においはほぼない。
「んんっ」
隣の席のドローンが咳払いした。
俺たちは静かにしているし、ドローンは野暮な真似をする奴じゃない。
おそらく俺が何か見落としているのだろうが、さっぱり分からん。
「足、見えてます」
ドローンは紳士的に相棒から目をそらしてはいるが、頬が少し上気していた。
俺に体をすりつけていた相棒の動きが停まる。
相棒の重さを支えていた俺の体に、疲労とは関係のない汗が浮かぶ。
相棒は俺に手伝ってもらいながら着物の乱れを直し、ドローンとは反対側の俺の隣の席に座った。
「姉さん以外の日舞は久しぶりに見ました」
ドローンは強引に話題を変える。
『すごくアレンジしたけど』
「この宇宙から見れば古代の踊りです。多少のアレンジをしても同じものとして扱って構わないと思いますよ」
古代を研究しているAIや、古代の記憶を持っている連中からは文句が来そうな気はする。
「いつも最高だが今日のは最高の方向性が違った気がする」
体と心にずしんと来た。
そんな俺に、相棒は得意げな顔を見せ、ドローンは呆れと諦めが混じった顔を向ける。
「さっきのってどう考えても」
『ドローン』
にこにこしている相棒が、機嫌よく声をかける。
「メモリさんがそれでいいならこれ以上言いません。僕にとっても素晴らしい舞踏でしたし」
情念が……という言葉が聞こえた気がする。
俺たちがのんびり話していたのは二、三分程度だが、その間に舞台の様子は激変していた。
『げっ』
相棒が露骨に顔をしかめる。
日常生活ではそんな態度もあって当然だ。
相棒が内心を見せてくれることにも喜びを感じる。
『国営放送の撮影? 合成映像でいくらでも作れるのに酔狂な』
相棒が愛想が良いのは俺やドローンやカノンに対してくらいだ。
結構辛辣なことも平然と言う。
『その酔狂を楽しめるのがケース契約国のいいところだとも!』
白衣をばさりとひるがえして返事をするのは、俺が物理的に見るのがこれが二回目のハカセだ。
なお、一回目は帰化の許可のときで、ハカセに匹敵するほどマッドサイエンティストっぽい連中の一人だった。
『『本番まで後三十秒です』』
同じ声が重なって聞こえた。
傍若無人なハカセだけでなく、アナウンサーや撮影スタッフも緊張して大人しくなる。
「ナニー、どこにいるのかと思ったら」
ドローンの呆れ声は少しだけ柔らかい。
ナニーと名乗っている二人組の機械人間の片方が、ドローンの元ナビAIなのだ。
『『お側に直接控えることができず、申しわけありません』』
外見は和装のメイド。
中身は重武装の機械人間で、やっていることは治安維持だ。
もともとはドローンやカノンとついでに相棒と俺の警護を担当していて、建国してケース契約国が大きくなる過程で警察と陸戦隊の統括もするようになった。
「それは構わないけど何故ここにいるんだ」
『『一番やらかしそうな方たちが集まっていますので』』
相棒と俺にも視線を向けた気がするのは、気のせいだよな?
☆
『ケース契約国国営放送総合ニュースの時間になりました。司会進行はわたくしアナウンサーが。解説はハカセです』
『ハカセだ! 今日はゲストも呼んでいるぞ!』
機械人間らしい整った容姿の二人に加えて、機械人間という枠を超えた存在感を持つ三人目がいる。
『彼女は地表担当者のディーヴァだ。前職のときの名前は知っていても口に出さないのがマナーだから気をつけることだ』
ふふんと偉そうな態度のハカセに、俺にとって見慣れた顔になりつつあるディーヴァが頭を下げていた。
『マスター、僕、もう舞台を貸すの止める』
相棒は特に大声ではないけれども、絶対に考えを曲げないつもりだ。
「相棒のものだ。好きにすればいい」
もとは俺が建造して相棒に贈ったステージ区画だ。
評議会の議場や、他の機械人間が発表を行うための場所としても使われてきたのは、あくまで相棒の厚意であって義務ではない。
「でも既に予約が入っているのはキャンセルしない方がいいと思うぞ」
なにより、相棒が他者から向けられる信用や信頼のためにもな。
『むー』
相棒が自分の席から俺の膝に移動してきた。
俺は、相棒の腹に柔らかく自分の腕をまわす。
そんなやりとりをしている間にニュースの撮影が進んでいる。
『鉄国なら申請から実行まで年単位でかかる実験が一日のうちに何度もできてしまうのがケース契約国の強みだな! 新型位相跳躍機関など、あそこなら一世紀に一度あれば良い大イベントだとも!』
『なるほど。次のニュースです』
気持ちよく話していたハカセが、アナウンサーから半ば無視されている。
『本日、サーフボード型巡洋艦が、はじめて宇宙船教習で使われました』
どよ、という驚愕の気配が、舞台袖や客席から大量に生じた気がした。
『注目すべき初の教習に参加された感想をお願いします』
照明の強さが代わっていないのに、ステージ全体が輝いて見えた。
『とてもすてきでした』
官能的とすらいえる声が、静まり返ったステージに響いた。
ディーヴァの瞳は、いつの間にか俺に固定されている。
『べー、だ』
相棒の指の感触とともに俺の視界が暗転する。
『きのうまでは、マザーボード型が至上だとおもっていました』
微かな吐息が俺の背中をぞわぞわさせる。
『しかしちがうのです。サーフボード型は、あの方といっしょにどこまでも飛べるのです』
『ハカセ』
アナウンサーが強く促す声が聞こえた。
『私がコメントするのかい!? そうだな、サーフボード型巡洋艦の加速力も加速可能時間も巡洋艦とは思えない性能だ。種を明かせば簡単なのだがね』
ハカセが段々調子に乗ってくる。
『軽量小型の船体に、最小限の装甲と高出力推進器と位相跳躍機関と位相障壁発生装置とレーザー砲を限界まで詰め込んだ結果があれだ。カタログスペックは高いが戦闘艦としては落第……何故かケース代表たちは使いこなしているようだがね』
とにかく高速だから、評議員をやってるパイロットは移動手段として使ってるんだよな。
乗り換えが面倒になったら、そのまま戦闘に参加することもできる。
『つまり?』
アナウンサーが「そろそろ時間がないので結論を言え」と語気だけで意思表示する。
『パイロットを目指すようなAIにとって、最高の玩具だね。操縦に失敗すれば二度と帰還できないだろうから、ケース代表なり他の肉人間パイロットなりを同乗させておくことを強く勧めるよ』
『ありがとうございます。そろそろ時間です。明日の同じ時間にお会いしましょう』
放送終了を意味するランプが点灯し、今日のニュースは終わった。
☆
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
評議会に、珍しく聖女が全員出席した。
ディーヴァに対しては警戒心を剥き出しにする相棒も、この五人に対する態度は少し柔らかい。
相棒の踊りを礼儀正しく鑑賞したからだろうな。
『寄付ならしてあげるけど、僕が出せる額で足りる?』
相棒は俺とは違って倹約家なので予算には余裕がある。
俺は相棒のための舞台や衣装などにどんどん金を使うが、相棒は踊りのためのデータや必要最低限の衣装代のみで済ませようとするんだ。
「「「「「……」」」」」
五人組が困った顔になって黙り込む。
ここにディーヴァがいたら話がすさまじい速度で進むんだが、この五人は聖女じみた特殊能力を除けば普通の人間だ。
「いてっ」
不意打ちで相棒に頬をつねられて声に出してしまった。
『あいつのこと考えるの、禁止!』
「はい」
まだ機嫌が直りきっていないらしい。
俺は、膝に座った相棒を背後から抱きしめて、その温度と感触を味わった。
「古代への遡行、ね」
「夢物語に聞こえるが」
「勘違いだったり誰かに騙されていたりしないか?」
悪人顔の男三人が口々に声を出す。
見た目だけなら少女たちに因縁をつける野郎どもではあるが、実際は世間知らずの若い知り合いを心配する年長者たちだ。
こいつら、仕事では容赦ないが、倫理観が終わってるこの宇宙の中では善人と聖人の中間くらいの人格者なんだよな。
古代の記憶がある俺やドローンやカノンの方が、倫理観が薄い。
『代表、発言して良いだろうか』
今回からオブザーバー参加したハカセが挙手する。
ニュース番組のときよりも、ハカセの態度はフォーマルだ。
「三分以内で終わるか?」
『二分もかからない』
俺がうなずくと、ハカセは立ち上がって説明を始めた。
『先程、詳細な実験結果を見せて貰った。既にディーヴァには知らせたが、あれは物理的な移動というより超常現象だ』
機械でできた人間が「超常現象」という単語を口にするのは奇妙であるかもしれない。
だが、言動は独特でも本質が研究者であるハカセが言う「超常現象」という単語には、大きな重さと危機感がある。
『聖国が秘匿している技術である確率がかなり高い。時間遡行かどうかは分からないが、結果として彼女たち五人が故郷に帰ることはできると思われる。十分な予算と研究期間があればだがね』
「「「「「!」」」」」
五人組が目を見開き、ある者は安堵し、ある者は喜びで泣き出し、またある者たちは故郷に持ち帰るものを話し合い始めた。
明るい雰囲気になった五人とは対照的に、凄腕パイロット三人組はあからさまに警戒する。
「聖国だと?」
「冗談じゃねーぞ。奴らとかかわるのだけは絶対に嫌だ!」
一人目と二人目は動揺して大声になり、三人目は酷く暗い目をして黙り込んでいる。
「聖国ってなんだ?」
俺は小声で相棒に尋ねた。
『主星系に一番近い列強が通称「鉄国」で、鉄国と揉めてる列強が通称「聖国」だよ』
相棒は「地図」を表示させる。
相変わらずわけが分からないほど情報量が多い。
俺が「聖国」の位置を教わっていると、ハカセが不自然に停止した。
数秒後、無表情に近い、どこか儚げな表情で俺に問いかける。
『私は粛清されるのかい?』
「なんでそうなる」
困惑しているのは俺だけで、ドローンやパイロット三人組や、聖女五人組まで賛否は色々だが納得顔だ。
『列強すら所有しているかどうか不明な情報収集能力だ。私に直接見せたということは、そういうことなのだろう』
いつの間にか、ハカセを挟む形でナニーたちが姿を現していた。
俺がドローンに目を向けると「お好きなように」という態度で小さく肩をすくめられた。
「列強に知られたらヤバイ「地図」だが、ハカセはそれ以上にヤバイ聖女たちの秘密も知っている。いまさら俺たちを裏切るメリットはないだろう」
殺すつもりなら、相棒にもガキ五人組にも最初から会わせてねーよ。
『そうか。私の早とちりか』
ハカセは安堵の息は吐かず、体を支える力を失ったかのように椅子にしがみついた。
「ケースさん」
ドローンは既にハカセを意識していない。
「以前見たときと名前が変わっている星系があります」
相棒も気付いていないことを一目見るだけで気付く。
「どれだ?」
「ここと、ここ、そこもですね」
聖国という列強の辺境から、ケース契約国に向かって道を作るようにまっすぐに伸びていた。
その名前はどれも、聖国を構成する星系と似た雰囲気のものばかりだ。
鉄国の治安維持艦隊に通報しても無駄だろう。
ケース契約国は、無法地帯の星系を勝手に制圧している武装勢力でしかないわけだし。
「本格的な軍拡の開始を提案する。聖国の意図が不明な以上、質より量を優先して時間稼ぎの駒を揃えるべきだ。トライアルは一時凍結し、緊急措置としてマザーボード改型の量産とサーフボード型の大量発注を行いたい」
俺は国家元首兼、評議会議長として提案する。
交渉で解決しようとする場合でも、武力がなければ無視され蹂躙されるだけだ。
よく分からないという理由で棄権した聖女たちを除いた全員が賛成し、ケース契約国は戦時体制へ突入した。