AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
偽りの娘
赤茶けた惑星が極彩色の宇宙に浮かんでいた。
俺が操縦する宇宙船が、そんな異様な光景を見下ろすような軌道で宇宙を航行している。
「今日のディスプレイを設定したのは誰だよ」
艦隊指揮型戦艦、通称「指揮艦」を操縦中なので、色使いが派手なディスプレイからも同じく派手派手な立体映像からも目を離せない。
執務でクソ忙しくて出港前のチェックが不十分だったのは俺が悪いが、まさかこんな設定になっているとは思わないだろ。
『渾身の設定! って元ハカセが言ってたよ』
操縦室に俺の好みど真ん中の声が響く。
俺の隣に座ってナビをしているのは相棒のメモリだ。
結婚制度なんてものがあるかどうかも分からないこの宇宙で、俺と夫婦をしている機械人間でもある。
銀の長髪に凹凸の少ないすらりとした体は声と同じく俺の好みで、感情や思考が素直に色や発光として表現される目は、ずっと見ていても飽きはしない。
「あいつ最近迷走してるな」
『すごいAIなのは事実なんだけどね。地頭では僕じゃかなわないし』
機械人間は、宇宙の大部分ではAIあつかいされている。
実際、専用の体を持っているだけのAIとも言えるんだが、俺にとっては人間だし、俺の国では最初から人間だ。
「目がちかちかする」
『ディスプレイを暗くする?』
相棒は言葉を音声にする前に、俺が許容できる範囲でディスプレイと立体映像の輝度を低下させていた。
「それはそれで見落としそうで怖いんだよな」
俺が今見ているのは現実の宇宙の光景ではない。
とても短距離の位相跳躍を延々繰り返す際に「だいたいこういう感じになっている宇宙」を推測してディスプレイや立体映像に表示させたものだ。
『その感覚はまだ僕には分からないかな』
相棒は機械人間であり、俺は肉人間……この宇宙では一般的な人間だ。
通常での計算能力や思考速度は機械人間が圧倒的だが、連続超短距離位相跳躍のときだけは機械人間の性能が劇的に低下する。
まるで「主人公」を活躍させるための舞台設定だなと思ったこともある。
しかし、倫理観がほとんど死んでいるこの宇宙で、古代の価値観に従い活躍してくれるヒーローは、残念ながら一人も見たことがない。
そんな奴がいれば、俺は平凡なパイロットとして輸送業で暮らしていけたのかもしれない。
「今日は早めに切り上げるか?」
『いいの?』
相棒は回線を介して外部の情報を得ているが、俺に意思表示するためにディスプレイをちらりと見た。
そこには色彩豊かな惑星や宇宙だけでなく、俺たちの艦を厳重に護衛する、サーフボードの形をした巡洋艦艦隊が映し出されていた。
なお、名称もサーフボード型だ。
攻撃の際には装甲が開いて「目」にしか見えないレーザー砲塔がたくさん現れるという、刺激の強い外見の巡洋艦でもある。
「操縦してても爽快感が皆無でな……」
『通常の指揮艦より船体装甲を増やしまくってるから重くて加速が鈍いもんね。これ、実戦で使えるのかな?』
相棒が俺から操縦を引き継ぐ。
機械人間にしては抜群に上手くはあるが性能を最大限に引き出すのは難しく、速度が低下して護衛の艦隊にも減速を強いることになる。
「実戦の心配より俺が殺される心配をしろって言われてな」
獲物の価値が高くなればなるほど、獲物を仕留めるために投入可能な戦力も増える。
ケース契約国という準列強のトップであり、列強の一つである聖国相手に有効な特徴を持つ俺は、誘拐しても殺しても美味しい獲物だ。
「PvPに自信があるとはいえ、対等な戦いでも十回戦えば一度は負ける。それは分かってはいるんだが」
『子供も作らなきゃなんだから危険はできるだけ避けて欲しいな』
相棒の綺麗な指が俺の胸板を撫でる。
頑丈なパイロットスーツに覆われているので感触などないはずなのに、いつもの夜のことを思い出してしまい俺は軽く赤面する。
「んんっ……いつもならこのあたりで報告や雑談があるのに今日は静かだな」
『久しぶりの休暇くらい二人きりにして欲しいってみんなに言ったからね! 完全には無理だけど』
「そりゃいい。次の休暇も是非これでいこう」
次に休めるのは何日後か何ヶ月後か分からないことは、相棒も俺も口にはしない。
疑似的とはいえ二人きりの時間を、限界まで楽しむつもり、だった。
『主星系に所属不明の宇宙船が位相跳躍してきた』
相棒の目には殺意じみた光が灯る。
ちょっとびびったが、俺は顔には出さないよう意識する。
「俺が乗っていた初期船と同型に見えるな。またややこしい詐欺か謀略か」
パイロットとしても艦隊指揮官としても実績があるとはいえ、俺の頭は機械人間や上澄みの肉人間と比べるとかなり下だ。
可能な限り専門家に任せたい。
『マスターの詐欺と謀略が一番凶悪だと思うけど』
相棒は呆れている。
「古代と今じゃ価値観が違うから、たまたま効果があっただけだって」
俺は口笛を吹いて誤魔化そうとして、口笛にも誤魔化すことにも失敗した。
『所属不明艦に呼びかけてるけど回答はなし応答なし。艦の制御システムのクラックには成功。……見る?』
相棒が無表情に近くなっている。
これは、多数の思考を同時にして、余裕がなくなっているときによくある表情だ。
「頼む」
ディスプレイの一つが切り替わる。
画面の隅に表示されている文章で、所属不明艦の操縦室の中の映像と書かれている。
第一印象は駆け出しの宇宙船パイロットとその操縦室。
ただし、乗っているのは肉人間ではなく機械人間だ。
その機械人間は使い込まれてぼろぼろのパイロットスーツを着込み、肌や髪のパーツも機械人間としては最安価のものだ。
けれど、今にも空中分解しそうな初期船をぎりぎりでもたせて前進させる操縦技術も、窮地にあることを認識しているときほど集中力と闘志が燃え盛る表情も、何故か見覚えがある。
ぎしり、と音がした。
艦隊戦で俺と一緒に死ぬ寸前だったときでも絶対に諦めなかった相棒が、激しく動揺して体の力の制御に失敗して関節をきしませている。
「相棒?」
見知らぬ機械人間より相棒の方が大切だ。
俺の意識から少女の姿をした機械人間のことは消えて、相棒の助けになるために何をすれば良いか、必死に頭を酷使する。
『あの艦、まさかっ。父さん! 父さんなの!?』
見知らぬ機械人間の声が俺たちの操縦室に響く。
相棒の目の光が、今にも消えてしまいそうに明滅していた。
☆
『ケース契約国国営放送総合ニュースの時間になりました。司会進行はわたくしアナウンサーが。解説はハカセです』
『俺がハカセだ! この言葉は何回言っても心地良いな!』
アナウンサーな機械人間と、白衣の機械人間という、ケース契約国の人間には見慣れた組み合わせだ。
『地表の責任者であるディーヴァが倒れました。ディーヴァに統治を委任している評議会議員五名は、まずは療養に専念して欲しいというコメントを……』
アナウンサーは淡々かつ流暢に話している。
『そんなことより本題だ!』
それに対してハカセは……ケース契約国に所属する研究職機械人間の頂点を意味する称号の現ホルダーが、すごい勢いで促す。
『はい。本日、所属不明の小型艦からケース代表の娘を名乗るAIが……』
総合ニュースの連中は、戦争中でも平和なときでもいつも通りだ。
俺は、ニュースが映し出されている大型ディスプレイから目を離し、軽く咳払いした。
「それで、君がその……」
『はい!』
軽く洗浄しただけで、輝くような容姿を取り戻した機械人間がきらきらした目を俺に向ける。
ここまで純粋さと好意を表現するのは、膨大な数の志願者から選び抜かれた子役なら可能なのだろうか。
『父さんの娘です! 名前は、まだないですけど』
「……一つだけ約束してくれ」
俺はため息を我慢する。
顔が引きつりそうになるのを根性で耐える。
「君の人権は、俺とケース契約国が保障する。そのことだけは、覚えておいてくれ」
戸惑いながら頷く機械人間は、娘として最高に美しくはあった。
☆
俺はVRゴーグルを外した。
彼女はここにはいない。
所属不明艦に強行接舷した陸戦隊に捕獲され、体の制御を奪われた上で思考だけネット上で再生されていた。
『ケース代表。あの娘の体の調査が終わった』
元ハカセが、言いづらそうな態度で、しかし内容はごまかさずに話を続ける。
『陸戦隊用の体ですらなく、肉人間接待用の体に高性能爆弾を仕込んだ型だった。あの人格も、AIとはいえないものだ。ケース代表がこう反応すればこういう反応を返すという動作を大量に仕込んだだけの、いわゆる人工無脳だね』
俺は我慢できずに大きなため息を吐いた。
どうやら、俺の約束は無駄になってしまったようだ。
『そこまでやる?』
相棒は、ハカセではない相手に対する呆れと怒りを露わにする。
『実際にしてきたし、された。ケース代表の情報も拡散しているようだ。極少数しか知らないはずの情報に基づいた反応が搭載されていた。……一度休養を勧めるよ』
それだけ言って、元ハカセは説明を終えて口を閉じた。
「気を落とすなよ、後輩」
パイロットしては俺よりキャリアが長く、純粋なパイロットしては俺と同格かそれより上の評議員が雑に慰めてくる。
「あの、ケースさん」
この場に集まった評議員の中で最年少の肉人間……この宇宙ではドローンと名乗っている少年が、心配そうに聞いてくる。
「メモリさんは大丈夫でしたか? メモリさんの性格だと、とんでもなく激怒したと思うんですが」
『そう?』
「ああ、うん」
不思議そうにする相棒に対し、俺は全力で誤魔化す。
俺も人のことは言えないが、相棒も激怒したときに残酷になるタイプだしな。
『マスターと一緒に考えてた子と全然ちがうから、そこまで気にならなかったよ?』
そこまで気にならなくて、あれか。
俺は無意識に体を震わせていた。
「はい……」
俺の反応から察したドローンがかすかに表情をひきつらせる。
「そこまで違うのですか? 今回の罠に使われた機体は、性能に関しては素晴らしいできです。美形ですから共通点も多いのでは?」
ドローンの問いに、相棒と俺は顔をみあわせた。
『見せちゃう?』
「相棒がいいなら。言葉で説明するより見せた方が早い」
相棒は頷いて、ケース契約国のどのネットワークとも繋がっていないデータチップを取り出し、無線回線と繋がる手段がないディスプレイに接続する。
映し出されたのは、相棒のように美人でも細身でもない、けれど健康そうな銀髪の少女だった。
「んんっ」
ドローンの反応がおかしい。
赤面して目を逸らし、ときどきちらちらと「設計図」を凝視している。
うーむ。
ドローンほど顔面性能が高くても、性欲が抑えきれてない顔ってのは、綺麗なものじゃないな。
「いつ会え……じゃなくて、いつごろ誕生させるつもりでしょうか。権力継承の面でも早めがいいと思います!」
『娘はやらん! って言うべき?』
「真っ当に口説き落とした結果として付き合うなら俺は文句は言わないがね。おいドローン。外見データのコピーなら後でやるから今は仕事しろ」
「す、すみません……」
席から身を乗り出していたドローンが席に座り直し、なんとかいつもの表情に近づけようと努力している。
『細部を設計するための設備も、生産するための設備も足りないんだよ』
「相棒や俺の特徴や行動を参考に作るだけならケース契約国の設備でも可能だ。だが、そういうのを子供として扱うのはちょっとな」
それでも良いという価値観を否定はしない。
相棒と俺にとっては良くないというだけだ。
『遺伝子も反映させたいから、マスターの解析済み遺伝子をもとに作り込むつもりだし』
相棒はやる気十分だ。
『それについてなのだがね』
元ハカセが口を挟んでくる。
議員としての資格はないものの、技術面での情報提供可能な場面では発言できる資格を持っている。
「既に滅んだ列強が研究していた「機械で完全再現した人間」だよ、それは。偽情報と思っていたのだが、まさかそのものを研究していたとは……」
「既にある技術なら多少は苦労も減りそうだな」
俺は安堵した。
まだ設計図は完成していないのに、高性能な戦艦一隻分の予算は使ってしまっている。
俺の個人財産ならいくらでも注ぎ込むつもりではあるが、安く、何より確実に完成するならその方が良い。
俺たちの「娘」を許さない勢力もいるだろうが、他勢力に襲われるのは今も同じだしな。
『そうではなくてだね』
ハカセは珍しく口ごもる。
『禁忌なのだよ。開発中であることが露見すれば、長い間戦争中の鉄国と聖国が一時休戦して襲ってくるほどの』
相棒も、俺も、何故かドローンも、この世の終わりのような表情になっていた。
☆
黒い宇宙を背景に、白い小型艦が見事な隊列を組んでいる。
艦隊というより編隊といった方が実像に近い。
肉人間のパイロットでも反応が追いつかない頻度で速度と角度を変えながら、ケース契約国の艦隊に急接近する。
「すべての準備は整った」
俺は第一艦隊全体に対して言葉を伝える。
「これより聖国に対する反攻作戦を開始する」
聖国の小型艦は、一部の肉人間しか認識できない危険な存在だ。
その一部の中に俺が含まれていて、だから今必死になって聖国艦隊の情報を第一艦隊のネットワークにアップロードしている。
「気を抜くな。そして、楽しめ」
アップロードが完了する。
機械人間が乗り込むサーフボード型巡洋艦が一斉に「腹」を向けて「目」を開く。
目玉にしか見えないレーザー砲塔から緑の閃光が膨大な数吐き出され、遠方の八箇所に集中する。
特大威力の魚雷を抱えた駆逐艦八隻が、位相障壁も船体装甲も貫かれて魚雷ごと爆散した。