AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
さくさく、ぱりぱりという音が響いている。
スナック菓子を食べたときの音に近いが、今ここで食べられているのは硬さと形を与えられた冷却水だ。
氷とは違うらしいが、俺の頭ではよく分からない。
『やはり芋フレーバーが最高だお』
『エビ、せんべい!』
所作は完璧な機械人間二人が、その主を間に挟んで眼光とおそらく回線上の攻防をしているようだ。
ここはケース契約国唯一のレストラン。
捕虜の処遇を決めてから数日だ。
俺は久しぶりにワンオ氏と顔を合わせていた。
「若造、隠すつもりがあるならもう少しうまくやれ」
ワンオ氏は、自身の艦を降りて他国のレストランにいても威厳と迫力が変わらない。
これは、俺には真似できないな。
「建国前からお世話になったワンオ氏に隠すことなどありませんよ」
俺がそう言うと、ワンオ氏は頭痛に耐えるような仕草をした。
「儂らのような人間を肉人間と呼ぶAIばかりではないか。あの言葉を口にしているのと変わらんだろう」
機械人間という言葉だけは、少なくとも公には使っていないはずだ。
俺はまばたきして、俺の隣に座る相棒をちらりと見た。
『肉人間って、そんなに言ってないよ?』
『国営放送でたまに言ってるお』
『ハカセ、失言、大量』
相棒に対し、白と黒の犬耳つき機械人間がツッコミを入れていた。
「「「「「お待たせしました!」」」」」
元気な声と、訓練されていない足音が近づいて来る。
今回の会食のために、わざわざ地表からここまで移動して来た聖女たちだ。
今日の衣装は宗教色のない上品な給仕服。
ただし、運んで来ているのはずいぶんと家庭的な鍋や食器や焼きたてパンが山積みされた籠とかだ。
五人がかりで、ワンオ氏と俺の前に料理を並べていく。
芋のポタージュ、照り焼きの鶏肉、野菜の酢漬けにまだ熱いパンという、大変なごちそうではあるが格式は感じられない料理だった。
ごくり、とワンオ氏の喉が鳴った。
俺にとってはこの宇宙で目覚める前では普通の料理。
だが、この宇宙で生まれ育った人間にとっては、古代の料理だ。
「きか……んんっ、AIのみなさんにはこちらをご用意しました!」
一番コミュ力が高そうな聖女が、透明な器を相棒とシロとクロの前に並べる。
あれは、プリンか?
『人間用の食事もできるけど消化できないお?』
『でも、美味、確実』
爽やかな甘味が俺の鼻まで届いているし、器がテーブルに置かれたときの振動でぷるぷる震えるプリンも感じが良い。
「頑張って、冷却水に色と食感と味をつけてみました!」
発言は一人だが、五人で息の揃った礼をする。
「ありがたく頂こう」
『はい!』『あい!』
ワンオ氏は鷹揚で、シロとクロは主に忠実だ。
相棒と俺は目礼をして、最初の一口にとりかかった。
ひとすくいしたポタージュを味わい、ほう、と息を吐くワンオ氏。
スプーンでプリンの一部を口に入れた瞬間、耳をぴんと立てて動きが止まるシロとクロ。
『んんっ。これどうなってるの? 肉人間用の食事じゃないのに味と食感がある。でもなんか違う?』
『宮廷料理で一度毒味したことがあるお』
『古代、料理、再現!』
再起動したシロとクロはあっという間にプリンを食べ尽くし、切ない表情でくぅんと鳴いた。
「あの、急いで次のを作ります!」
「ちょっと!?」
「安請け合いしたらヤバイわよっ。鉄国のえらい人の直属の部下よっ」
「「お騒がせしてごめんなさい……」」
聖女五人組は騒がしくしながら、厨房がある区画へ小走りで移動した。
☆
「本題に入ろう」
最後に出された茶をゆっくりと飲み終えたワンオ氏が、怒りも威圧もせず、静かに俺を見た。
「聖国の情報を手に入れたらしいな」
「はい。外部に漏れる可能性を最小限にするため、お渡しするのが遅くなりました」
俺は敵意がないのを示すつもりで、小さなデータチップを取り出してテーブルの上に置いた。
誰も手を伸ばしていないのにふわりと浮いて、白犬耳機械人間の眼前まで移動し停止する。
ワンオ氏が軽く頷く。
シロはデータチップに直接手を触れて、一瞬で中身を読み取り目を見開いた。
「シロ」
ワンオ氏が促す。
シロは葛藤を隠せず、ワンオ氏に止めて欲しそうな目をするが、改めてワンオ氏に促されると席を立ってから直接ワンオ氏の元へ行き小声で囁いた。
「そう、か」
ワンオ氏が吐いた息は、重くて悲痛ですらあった。
「予想はしていたがな。儂の部下は、そんなものとの戦いで死んだのか」
弱音はそれで終わりだった。
俺に向けられる眼光は最初と変わらず、どんな小さな動きからも多くの情報を読み取られてしまいそうだ。
「我々ケース契約国は、聖国への侵攻を継続します」
「援護は必要か?」
「鉄国にも都合があるでしょうから、こちらからはなんとも」
クラックされて聖国の情報がばれるよりマシだと思って今回渡したが、どう反応する?
「自信があるのは結構だが、国を率いる身であることを忘れるな。……この情報が伝われば、本土の連中が欲に目が眩む」
ワンオ氏は淡々としている。
聖国の肉人間生産工場の掌握に成功すれば自分好みの組織や国を低コストで作れるだろうから、どんな手段を使ってでも欲しがる奴は大量にいそうだ。
「あなた方と戦うのは怖いですね」
実際に怖い。
三人とも操縦技術が最低でも俺と同レベルだし、シロとクロの生身での位相跳躍を悪用すれば悪辣な作戦を何種類も実行可能になる。
三人の腹の底はまだ分からない。
ただ、機械人間と友好的に接している肉人間なら、ケース契約国は悪い場所ではないはずだ。
『こいつ本気で言ってるお』
『親分! こいつ、傀儡?』
ワンオ氏が渋い表情になって咳払いする。
シロとクロは、直前の発言をしなかったのように澄まし顔になる。
「お互いに誤解があるようだ。今回渡された情報は、儂が正誤を確かめてから本国へ送ることにする。若造は一度部下の能力を調べ直しておけ」
ワンオ氏は席を立とうとして、シロとクロが頑なに席から立とうとしないことに気付く。
「「「「「お待たせしました!」」」」」
「今日は貸し切りにしていますので、ゆっくり楽しんでください」
もてなしのために大量の金は消えたが、有意義な会食だった。
☆
レストランを出た俺を出迎えたのは、惑星の地表にいるはずの機械人間だった。
『ご無事で、よかった』
パイロットスーツを着ているのに、今日のディーヴァはいつにも増して神々しい。
「本当にな。心配してくれてありがとう」
最悪、シロとクロに暗殺されることまで有り得ると考えていたので、今日の展開は俺にとっては最良に近い。
「聖女連中には感謝を伝えておいてくれ。帰省のときの土産も奮発するつもりだ」
自衛兵器と金塊を持たせておけば、地球で失踪してからのあれこれも挽回できるだろう。
『今のアニメブームを考えると、ついて行きたがる子は多いと思う』
「それは、地球侵略になるかもな」
今、ケース契約国にいる機械人間達は、相棒やナニーに手綱を握られている。
それでも宇宙船を水上艦の形にしたり、いつの間にか国営放送を初めていたりと好き放題している。
そいつらがケース契約国と無関係の地球に行ったら、技術水準の差が現代と古代ほども違う惑星でやりたい放題するとしか思えない。
「地球に行く奴は、現地の肉人間の人権尊重を条件にしておくか」
『尊重、されるかなあ』
『列強の上級市民の人権以上に尊重させないと危険だと思います』
相棒も俺も全く知らない、列強の市民についてディーヴァは知っているらしい。
こいつの前歴は何なんだろうな。
俺が聞くと面倒なことに巻き込まれそうな気がするから聞かないけど。
「それじゃ通常業務に戻るか」
俺は、レストランの外部を映し出す壁面ディスプレイを見上げる。
そこには、鹵獲した聖国弩級艦に大量の砲塔を埋め込んだ、異形の巨艦が映し出されていた。
☆
聖国の迎撃はこれまでとは桁違いに激しい。
星系外縁全体を覆う、馬鹿げた規模と数の実相アンカーと、無数の位相跳躍魚雷による攻撃が俺たちを襲う。
これを戦争開始直後にやられていたら、ケース契約国の全艦隊を投入しても負けていただろう。
だが今のケース契約国には弩級艦が存在する。
その巨体と比べれば虫のように小さな砲塔が全て別の位相跳躍魚雷に狙いをつけ、異様な命中率で次々に打ち落としていく。
「狙いが甘すぎます。パイロットがいないのでしょうか」
弩級艦の操縦室にいるカノンはつまらなそうだ。
『位相跳躍の異常は許容範囲内。新型位相跳躍機関搭載艦への影響も軽微だけど……』
「星系の価値が一気に下がったな」
相棒と俺は指揮艦の中でいつものお仕事だ。
水上艦型戦艦に目標を指示して射撃を情報で支援もして、実相アンカーを使う艦や基地を一つ一つ確実に潰していく。
弩級艦を護衛する艦隊を指揮する余裕はない。
ケース契約国艦隊は規模は急拡大したが、指揮が可能な人材は全く足らない。
「カノン! フリゲートが突っ込んで来るぞ!」
救難艇が発見して護衛艦隊に報告したのに、護衛艦隊の動きが鈍い。
十以上の単装砲が、それぞれ角度を変えて質量弾を放つ。
白いフリゲート群が、まるで自ら当たりにいくかのように被弾して明後日の方向へ吹き飛ばされた。
「捕虜の人たちと同じ癖です」
つまらない、と顔に書いてあるかのような分かり易い態度だ。
『『ケース様、戦況はどうでしょうか』』
ステルス戦艦のナニーとの通信が繋がる。
「順調すぎるくらいに順調だ。カノンが乗った弩級艦の初戦だからな」
いずれはカノンとカノン用弩級艦の脅威も知れ渡って対策されるだろうが、今は対策しようがない。
『『では?』』
「仕掛けるタイミングも撤退のタイミングもナニーに任せる。気を付けろよ。人間でなくても考えるし対策もする。罠がありそうなら肉人間生産工場は諦めていい。以上だ」
「好きにしていいそうですよ、ナニー」
『『成果にご期待ください』』
ステルス戦艦の反応が消えた。
「そういうつもりで言った訳じゃないんだがな」
『ナニーは肉弾戦大好きっ子だから、明確に禁止しないと止まらないよ』
相棒も忙しそうだ。
俺の補助だけでなく「地図」の監視もしている。
『また星系の名前が変わってる。聖国、各戦線で負けてるみたい』
「まだ工場は落としてないぞ?」
『マスターたちが簡単に撃破しちゃうから感覚が狂いがちだけど、普通は艦を撃破するのも操縦室を捕獲するのも大変だからね。マスターたち相手に戦えば戦うほど、他の戦線にも影響するほど被害が出るの』
手加減できずに操縦室を破壊することも多いが、それをわざわざ口にする必要もない。
敵の抵抗が弱くなる。
広域位相跳躍妨害の範囲もまばらになり、これなら恒星の近くまで攻め込むのも撤退するのも簡単だろう。
「工場は何個あるんだろうな」
『小さいものも数に入れたらいっぱい。大規模なものに限ればこの星系にあるのも含めて三つのはず』
俺は星系全体を見渡す。
青や緑の惑星が多い。
そこに何人の偽エルフが住んでいて、そのうちの何割が非人間なのか考えると、苦手な分野のホラーを見たときのような寒気に襲われる。
『マスター!』
「任せろ」
押っ取り刀で駆けつけてきた、戦艦四、駆逐艦八、フリゲート十六からなる艦隊を、亜光速質量弾の弾幕で奇襲して押し潰す。
全方位に注意を向けて攻撃があれば即座に反応するというPvPの基本ができていなければ、艦隊の構成が同じでもこんなものだ。
「あいつとは有利な状況でしか戦いたくないな……」
命のかかっていないPvPなら大歓迎だがな。
『『工場の制圧を完了しました。奪還目的と思われる敵陸戦隊が接近中です』』
「対地攻撃用の部隊を向かわせる。持ちこたえてくれ」
この日、肉人間の大規模生産工場が一つ、ケース契約国の資産に加わった。