AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
白光の洗礼
カノン妹は人間としては子供でも、パイロットとしてはかなりの上澄みだ。
艦に直接乗っていない遠隔操縦なのに、狙いをつける速度にも敵の動きを予測する精度にも才能が感じられる。
「先生! 敵がいません!」
降伏信号を繰り返し送ってくる半壊戦艦の周囲を、B班の艦載機がぐるぐる回っている。
「レーザーを当てて良い奴が今この星系にいないだけで、敵ならいくらでもいる。戦闘の機会はいくらでもあるから今は大人しく警戒しろ」
「はーい……」
カノンよりは単純なのはせめてもの救いだ。
カノンなら言葉巧みに戦闘に誘導してくるからな。
「A班は艦載機を帰還させ次第休憩に入れ。C班は揃っているか?」
「はい!」
「まだ二人来てません!」
操縦室は非常に騒がしい。
カノン妹たちは、頭に入ってる知識はAIのそれだが、その知識をもとに動いている脳は生後数週間なのだ。
騒ぐしときどき暴れすらする。
「B班、いや青百合! 敵を探しに行こうとするんじゃない!」
俺が目を離さなくても指示を無視しがちだ。
これでも見た目の割には落ち着いた性格っていうんだから、子育て中の親や子育てを終えた親は本当にすごいと思う。
「名前呼ばれてずるい……」
「出欠をとるときは全員呼んでいるだろうが黒椿」
「はい!」
途端に機嫌を直すカノン妹が一人、自分の名前も呼ばれたくなったカノン妹が数人。
『マスターを困らせたら駄目だよ。さあ、順番に席を代わって』
かなり疲れてきた俺をみかねて、相棒はカノン妹たちを誘導してくれた。
『一日四交代は甘やかしすぎじゃないかな』
一班あたり十人で、この艦には八十人が乗っている。
「子供の飽きっぽさを甘く見ないほうがいい」
伝聞でしか知らなかった子育ての大変さを、俺は今回の航行で身にしみるほど実感している。
『成人として扱っていいと思うよ?』
「物理的にはすぐに大きくなるんだ。今くらい子供として扱われてもいいだろう」
『マスターがいいならいいけど……』
小声での会話はすぐに終わる。
しっかり睡眠と食事をとったC班の妹たちは、直前までここにいたA班に輪をかけて元気なのだ。
「おはようございます先生!」
「おはようございまーす!」
見た目は同じなのに行動は結構違う。
もっとも、俺の頭では全員を見分けることも名前を覚えきるのも不可能なので、ARメガネを作ってもらってかけている。
この眼鏡を通してカノン妹を見ると、カノン妹の頭上に名前が浮かび上がって見える便利な品だ。
「艦載機を出撃させるのは出欠をとった後だ。じゃあいくぞ。青朝顔!」
「はいっ」
出撃完了まで、主観時間で三分間必要だった。
☆
『荒れてるね』
相棒は星系全体の様子を光学的に確認している。
遠くの惑星がどうなっているか肉眼では分からないが、高性能なカメラで撮影した上で機械にデータ分析させればかなりの精度の情報が得られるのだ。
「流れ弾か。……地形のえぐれ方は質量兵器のものだ。お前たちの誤射でも流れ弾でもない」
俺は、妹たちの視線に気づいて口に出して説明する。
『僕たちが占領した、工場がある星系と同じ構成の星系だったはずなんだけど……』
ここは、2つ目の肉人間の大規模生産工場がある星系だ。
複数の列強が占領を目指して戦いを繰り広げて戦力を消耗し、唯一生き残った艦隊が俺たちに襲いかかって返り討ちになったというわけだ。
「おうちがある星系の惑星とちがう」
「ちがうよね……」
私語は禁止してるんだが、度をこさないならある程度見逃さないとこいつらの士気が落ちるんだよな。
「地表の聖国残党に、元聖国領域の情報と降伏勧告を送れ」
『B班、やって』
俺はぎょっとしかけて、慌てて表情をとりつくろう。
「はい!」
俺が心配して見ていることにも気づかず、妹たちはところどころ舌足らずな口調で伝達と勧告を開始する。
『任せて鍛えないとね』
「さすが相棒」
頼もしいぜ。
「メモリ様ー、わけわかんない返事がきてます」
『こっちに回して。……何これ』
俺はふと気づいて、身内の声と正規の通信以外の声をシャットアウトするための耳栓を外した。
【友軍はいないのですか。対宙攻撃兵器が機能を停止しています。このままでは皆……】
聞こえる方向には惑星がある。
かなり距離があるのに結構な大声だから、近付けば耳栓を貫通しそうだ。
そう考えながら、聞こえた内容をキーボードで入力した。
『僕が聞き取れないのはもとからだけど、カノン妹たちも聞こえないみたい』
「カノンは聞き取れるのか?」
『カノンは普通の音と区別がつかないみたい。ハカセたちが聞き取るための装置を開発してるけど、その「声」のサンプルが少なすぎるんだよね』
俺にとってはうるさすぎるあの「声」の持ち主は、聖国との戦争中に何人か捕虜にした。
ケース契約国を憎悪している奴ばかりだから協力は得られず、研究は遅々として進んでいない。
人権尊重を維持するのは大変だ。
「先生! まだ降伏してないなら陸戦隊で捕まえて来て顔を見ながら話を聞けばいいと思います!」
妹の一人……ではなく発言者だけでなくそれを聞いた十人以上の妹が挙手をしている。
陸戦隊として地表に行きたいのだろう。
「陸戦隊用の装甲は装甲宇宙服しかない。勝っても負けても死に易い地上戦をしようとするな」
「でもでも! 最初の戦いであたしたち戦死者ゼロですよ?」
事実であり、カノン妹たちにとっての誇りでもある。
俺もそれは否定はしない。
「あのときはお前たちの強さを聖国が想像できていなかったから奇襲になった。今戦えば勝っても負けても大きな被害が出る可能性がある。……パイロットが不足している現状でお前たちを陸戦隊として使えるわけないだろうが」
「そんなあ」
「おうぼうだー!」
この光景だけに注目すれば命の重さを理解していないガキどもなんだが、肉体的な素質と傾向がカノンで、人格も陸戦隊に志願したAIだから、こいつらにとってはこれが普通の判断なのだろう。
「そう思うなら偉くなるんだな。実績を積めば卒業前に他部署へ移籍も可能だぞ。頑張れ」
『マスターの直属から余所へ移籍したい子、いるかなあ』
相棒は懐疑的だ。
「大丈夫だって。うるさい教師は嫌われるものだからな」
このときの俺は確信をもって、そう言っていた。
☆
ディーヴァ傘下の交渉団とその護衛である水上艦型戦艦艦隊に引き継いでから、俺たちは宇宙港へ帰還した。
主星系の宇宙港ではなく、肉人間の大規模生産工場がある惑星近くに移設した宇宙港だ。
『『カノン様の妹になりたいAIが四桁に達しました。目的は専用の体の取得とケース代表の直属の立場と思われます』』
『マスターどうしよう。組合をつくってストライキをしようとしてる集団が、確認できただけでも三つある。無償での体の提供は一部AIに対する過剰な優遇だって』
そこで聞かされたのはろくでもない報告だ。
「ストの権利なんて認めてたか?」
『禁止はしてないよ、マスター』
「……ストライキなんて単語、こっちの宇宙で初めて聞いたぞ」
『古代の映像作品には古代の知識や習慣が表現されてるから、たぶんそこからだと思う』
聖女の故郷へ生きた人間がたどり着くのはまだ不可能だが、一方的に情報を得る程度なら可能になっている。
情報を得れば得るほど、こっちが一方的に影響を受けている気がする。
『『いかがしましょう。カノン様は反対されていません』』
今日のナニーからは、いつもと違って困惑が感じられる。
『カノンって、自分のほぼコピーが大量生産されても気にしないの? 僕だとたぶん不安定になるよ』
『『はい。競いあう対象としても、技術を継承させる対象としても好都合であると』』
俺は無言で、最近のカノンについての情報を集めようとした。
『ケース契約国国営放送総合ニュースの時間になりました。司会進行はわたくしアナウンサーが。解説はハカセです』
『俺がハカセだ!』
いつもの二人の背後に、何故かカノンとカノン妹たちの映像が映し出されている。
『本日、第一回マザーボード杯本戦が行われました』
『知らないのは作戦行動中の者だけだろうが説明しよう! マザーボード改型巡洋艦に乗って今の主星系を一周するレースだ。模擬弾とはいえ攻撃まで許可された、低治安星系でも正気を疑うレースだ!』
「こんなレース初めて聞いたぞ」
『やっぱりあのとき寝ぼけてたんだ、マスター』
相棒は、俺が了承したときの記録映像を別のディスプレイに再生した。
俺が頭を抱えている間も放送は続いている。
『予選からすごかったぞ! いきなりシロ氏とクロ氏がレースそっちのけで決闘を初めて双方操縦室まで破壊した後、生身で戦い続けたりもしたな』
なお、両者とも無事で、壊したマザーボード改型を弁償もしたが、ワンオ氏に叱られて謹慎中らしい。
『はい。予選にも多くの見どころがあり、本日の本戦にはケース契約国全体から注目が集まっていました』
『本戦出場者は、カノン議員、ワンオ司令、一番に……』
凄腕三人組の名前が呼び上げられたのは予想通りだが、その後の六人が予想外だった。
『カノン議員の改造コピーが六人も本戦に進むと予想していたのは少数のはずだ。俺も最大で二人と予測していた。……素晴らしい!』
興奮するハカセは、年端もいかない少女たちを研究対象にする、マッドな研究者にしか見えない。
『本戦に出場されたカノン議員をお招きしています』
「カノンです。妹たちの活躍を大勢に見ていただけて誇らしいです」
カノンは本当に嬉しそうにしている。
『活躍と言っても、六人がかりでカノン議員に挑んで結局負けたのだが』
「生後数週間でわたくしを追い詰めたのです。実際、わたくしの艦の損傷は激しく本戦は六位で終わりました。ああ、本当に良い素質を持っています!」
肌を上気させたカノンは妖艶ではあるが禍々しくもある。
名女優が戦神か妖怪の演技をしていると説明されたら信じてしまいそうだ。
実際はカノンが本音を出しているだけだがな。
『『このような事情でカノン様の妹になりたいAIが急増しています。先程、四桁の後半に到達しました』』
最低でも五千人か。
頭が痛くなるな。
ニュースでは、カノンが妹たちについて熱く語っている。
ARメガネを外した俺では見分けがつかない妹たちを、眼鏡も何もなしで見分けてそれぞれの得意分野や伸びしろのある分野を指摘していっている。
チートじみた射撃や砲撃には、チートじみた観察眼や記憶力が必要なのかもしれない。
相棒が頭を抱えた。
『機械の体を持つAIたちが妹たちの能力に気付いて、ストライキを始めちゃった……』
「まさか、ディーヴァもか?」
あいつがストに加わったらまずい。
内政が滞ってドローンが激怒する。
『ディーヴァは妹たちがマスターの艦に乗ることを知った時点で体調不良だよ。機械の体を捨てるって言い出さないだけ理性的かも』
『『ケース代表。後ほどディーヴァのメンタルケアをお願いします』』
「分かった」
法的には独裁的な権力を持っていても、実際にやらないといけないのは頭と体を酷使する仕事ばかりだな。
「ディーヴァのことは俺がなんとかする。ストについての落とし所を考えておいてくれ」
『『治安維持担当が口を挟むと問題が多いと思われますので、回答は差し控えます』』
『銀、じゃなくて僕らの子供のためのパーツを販売する? 脳はまだ全然だけど耳と肌の設計はかなり進んでるよ』
相棒の中では子供の名前が決まったのかもしれん。
指摘して賛成したいが、相棒が直接言ってくれるまで我慢だ。
「子供を作る前に売っていいのか?」
『あまり嬉しくはないけど、設計でも試作でも、計算の協力と出資を受けてるから、いつかは提供しないとだし』
能力に限定すれば優秀なAIたちが大勢で取り組んでもまだ完成しないのか。
子供に会える日が今から楽しみだ。
『マスター』
声色も目の光も通常と同じなのに、相棒の危機感と緊張が肌で感じられる。
敵の侵攻だ。
「艦の補給は済んでいる。今この艦にいるカノン妹は全員宇宙港の学校へ戻す。希望者の中から適性が高い順に乗り込ませてくれ」
損傷の激しい艦載機を新品に載せ替えた空母型弩級艦が、再び宇宙へと出発した。
☆
今回の星系は無人の星系だ。
惑星もいくつかあるが、聖国が成立する前の戦闘で大気圏が消滅したり地殻がぼろぼろだったりで人間が住めない環境になっている。
『鋼国の艦隊を捕捉。弩級艦なし』
「D班、艦載機発進します!」
弩級艦としては小型で、戦艦と比べれば巨大な艦から、目玉型艦載機が次々に発進していく。
少し遅れて、サーフボード型巡洋艦八隻からなる護衛艦隊も追いついてくる。
パイロット育成と艦の増産が進んで、本当にようやく数が増えてきた、ケース契約国の虎の子の一つだ。
正面から殴り合う決戦を除けば、速いし色々な状況に対応可能なサーフボード型艦隊の価値は、とても高いのだ。
『鋼国艦隊には輸送艦が多いよ。組み立ててるのは宇宙港……補給基地かも』
「ここが国境になるなら組み立てを手伝ってやってもよいくらいなんだが」
『マスター』
「分かってる」
倫理感のなさが嘆かれていた古代と比べても倫理が崩壊しているのがこの宇宙だ。
平和が欲しいなら戦って勝つしかない。
「数はやや劣勢か」
『弩級艦があるから勝てるだろうけど、問題はどのくらいの時間この星系に拘束されるかだよね。せめて一番が正規艦隊の司令になってくれたら……』
護衛艦隊の司令から控えめな抗議信号が届いているが無視する。
抗議したいなら、せめて指揮艦に乗ってからにして欲しい。
俺が敵味方の配置を見て敵の意図を考えていると、相棒が攻撃のための計画案を送ってきた。
『マスター、いい?』
「指揮は任せる」
ケース契約国の規模は拡大する一方だし、俺も衰えが始まってもおかしくない年齢だ。
今のうちに、機械人間でも艦隊を指揮できるだけのノウハウを蓄積しておきたい。
艦載機十機が強烈な加速を開始する。
遠隔操縦で雑になる操縦を、人間が乗っていないことで可能になる猛加速で補う作戦だ。
一撃離脱で高価値目標を一つずつ潰すという、金や資源に余裕がある強者の戦い方でもある。
俺たちの国に余裕ができたことを実感できて、とても嬉しい。
「鋼国の主力は砲撃型の戦艦か」
敵は、大きな砲門をこちらに向けてずらりと並んでいる。
敵側にカノンがいれば話は別だが、常に連続超短距離位相跳躍をしているケース契約国艦隊には通用しない戦い方だ。
常識的に考えてそのはずなのに、俺は無意識に、現在の光景から古代のPvP知識を思い出していた。
「範囲攻撃?」
俺の口から無意識にその単語が転がり落ちていた。
アホみたいに広大な宇宙で範囲攻撃しても、攻撃力が薄く広がり無意味になるだけだ。
狭い領域にミサイルをばらまくなら多少は有効だが、今やってるのは距離がある戦いだ。
俺は考えすぎだと思ったが、相棒の判断は俺とは違った。
『艦載機の制御を一時放棄! 総員対衝撃姿勢をとれ!』
慌てるカノン妹たちを包み込むようにオペレータ席が変形する。
艦長席はもっと厳重に俺を拘束して至近距離での爆発にも耐える形になる。
「相棒!」
俺は唯一自由になる指で進路を提案する。
相棒は、既に開始していた加速を俺の指示通りに変更して俺たちの空母を逃がす。
弩級艦は強力ではあるが小回りが効かない。
まだ余裕をもってついてくる護衛艦隊とは違い、巨体を動かすために限界まで力を振り絞る位相跳躍機関が悲鳴をあげていた。
『敵艦隊砲撃開始!?』
立って指揮を継続するつもりだった相棒が、慌てて副艦長席に戻って自身をきつく固定させる。
敵が打ち出したのは質量弾でもレーザーでもない。
白い光の濁流としか思えない何かが、拡散しても威力を失わずに直前まで俺たちの空母と護衛艦隊がいた場所を含む広大な空間を、真っ白に染め上げる。
その白は、俺たちがいた空間を通り過ぎても、減衰したようには見えなかった。
「相棒」
指で艦載機の進路を提案する。
『艦載機に攻撃指示を出せ』
「はい!」
「指、うごかなっ」
『雑でも構わない。とにかく攻撃だ』
艦載機十機のうち半分が敵艦隊への接近に失敗し、二機が単純になってしまった軌道を読まれて猛烈な対空砲火に撃ち落とされる。
残る三機が、一番派手に通信を送受信していた戦艦へ緑のレーザーを照射する。
超遠距離範囲攻撃という、あり得ないはずの砲撃を実行した艦とは思えないほどあっさりと、位相障壁も船体装甲もレーザーに溶かされて艦全体に大小の爆発が生じた。
『艦載機は指定の方向に加速させろ。回収の必要はない。……マスター、撤退許可を』
「許可する」
艦へのダメージという意味では勝利した。
敵の新兵器の情報を無傷で持ち帰るという意味でも勝利した。
楽観的な雰囲気は、既にどこにも残ってはいない。