AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
シロとクロが入ったままの艦を曳行したまま、俺たちは本拠地へ航行中だった。
「星系が遠いと何もないな」
『星間物質が少ないだけだぞ、代表』
『元ハカセって細かいんだから……』
警戒は続けているが、それ以外にやることがないので自然と雑談が多くなる。
一番は隅に座ったままケーブルで艦隊戦シミュレーターに接続しているし、非番の艦載機オペレーターも操縦室に集まって一番相手の模擬戦に興じている。
「さすが一番さんっ」
「でもここで仕留める!」
十三歳ぐらいの外見のカノン妹たちは楽しそうだ。
相棒は「このひとたちなにやってるの」という呆れ顔をしていたが、ふと何かに気づいたかのように目の光を瞬かせた。
『マスター、鉄国の艦から名指しで通信が届いてる。目的地が同じのようだから同行しないか、だって』
相棒は立体映像の一つを指差す。
それは、俺たちの艦隊を中心とした地図であり、複数の星系が遠くに表示され、俺たちとは別の艦隊が星系を一つ挟んだ場所に表示されていた。
「この距離で?」
『うん。大型の宇宙港より性能がいい通信設備を使っているみたい』
『通信特化の弩級艦の可能性もある。鉄国は現列強の中では古参だからな』
元ハカセが補足してくれた情報を聞いて、相棒も俺も切ない表情になる。
「金持ってるな……」
『マスター、マスターの国はまだ始まったばかりだから』
慰められた俺は、少し考えてから同行に同意した。
「この艦はこれで廃艦だろうしな。派手にいくか」
別に奇襲とか嫌がらせを考えているわけじゃない。
操縦技術を披露するだけだ。
空母としても指揮用の艦としても中途半端な弩級艦が加速する。
連続超短距離位相跳躍中は、直線的な移動が最速ではない。
直線に見えているのはディスプレイに表示するために「翻訳」した結果なので正確ではないのだ。
「鉄国の艦は狙うなよ。それ以外はいつも通りだ」
二十八隻のサーフボード型巡洋艦が、レーザー砲塔である目を見開いたままゆるゆると弩級艦の周囲を移動する。
もちろん弩級艦を含めて移動を継続しながらだ。
敵の襲撃や奇襲があっても即座に対応できる態勢を維持し、鉄国艦隊を刺激しないよう、鉄国艦隊の小さな動きにも穏やかに反応しながら近づいていく。
『何度見ても意味不明だ。代表、非破壊調査をぜひ受けてもらいたいのだが』
『バックアップデータまで消去されたいの? 今なら冗談だってことにしてあげる』
相棒の目は、見たことがないほど冷たくそして激しく輝いている。
「俺が受ける調査は、健康維持か治療目的のやつだけだぞ」
俺は常に相棒の味方だが、元ハカセはこれでも研究職機械人間の中ではまともな人格の持ち主なんだ。
殺すと相棒の不利益になるので、心苦しいが相棒を止めるしかない。
「……しかしこれは、大きいな」
俺の目が鉄国の艦に惹きつけられる。
ディスプレイに表示された数字と、目で見る光景では衝撃が違う。
『契国のデータベースには未登録の艦だ。大きさは弩級艦の中でも特に大型、搭載されている機能は、通信と指揮下の艦に対する情報支援だと思われる』
元ハカセは相棒に怯えてはいるのだが口調はしっかりしている。
好奇心を優先して危険に飛び込むタイプだな。
「超大型の指揮艦か」
俺は、よく手入れされた実用刀を思わせる色合いの鉄国艦を観察する。
複数の星系にいる味方をまとめて指揮とかするのだろうか。
ロマンは感じるが、俺の能力では絶対に扱いきれない。
俺が一つの戦場として認識できるのは、どれだけ甘く見ても一つの星系が限界だからな。
『マスター、直接通信を繋ぐ?』
相棒の表情には、元ハカセに対する苛立ちと、俺に対する気遣いの両方が滲んでいる。
「そうだな……」
俺は考え込む。
「俺たちは一番を回収するために大急ぎで来た」
範囲攻撃兵器搭載艦は鉄国に奪われたが、範囲攻撃が衝突した際の観測データを持っている一番は回収できたので目的は達した。
国営放送で放送し、おそらく鉄国も見た映像は、一番が要約して送信したデータをさらに簡略化させたものだ。
「だから、通信用の機材も、交渉や演説の専門家も連れて来てないんだよな」
『だよねー。あっちは大きいから、専用の機材と専門家が乗ってるだろうし』
出会った頃とは比較にならないほど能力が向上した相棒ではあるが、基本的に各分野の一流には勝てない。
操縦技術だけは一流だが、今は全く関係ない技術だ。
『マスター。ドローンが事前に用意してくれたテンプレ回答を使うね。そこそこ友好的で、威厳がある感じで護衛する感じっぽいの』
「任せた」
国家元首である俺が顔を見せないことで鉄国が怒るかもしれないが仕方がない。
操縦技術とPvP知識と相棒の助けでなんとかやってきた俺に、生まれも育ちも能力も交渉向きの相手に対抗できるわけないからな。
『列強の精鋭なみのパイロットが二十八人もいるのにまともな挨拶もなしというのは、直接戦闘に向いていない弩級艦とその護衛に対する脅迫だと思うのだが』
元ハカセがそんなことを言うが、結論は変わらない。
「今、弱みを見せるべきじゃないだろう」
外交交渉に通用するかどうかは全く分からないが、自分の強みを敵に押し付けるのがPvPの基本だ。
『得意分野と不得意分野を把握できてるのは、マスターの長所だよね』
頷く相棒の後ろで、カノン妹たちが「そうかなー?」という表情をしていた。
☆
「ケースさん、勘弁してくださいよ」
宇宙港に戻った俺は、ドローンから嫌味を言われ続けていた。
「指揮官先頭で聖国と鋼国を潰した国家元首が警戒されないわけがないでしょう! 自覚を持ってください!」
何故か相棒は誇らしげに頷いている。
「メモリさんもメモリさんです! 夫婦なんですからケースさんのことをフォローしてくださいよ!」
『僕って基本がナビAIだし?』
「誤魔化しが下手なところは夫婦そっくりですね」
ドローンは青筋を幻視してできてしまうほど怒っているのに、相棒も俺も少し照れていた。
「この件は後で話し合いましょう。……現状を報告します」
全員の顔と気配が引き締まる。
「鉄国、水国、火国、陽国の四つの列強が全権委任大使を派遣してきています。列強未満の国は二十近いです」
『多くない?』
「決して多くはありません。範囲攻撃兵器の登場と惑星破壊、そして惑星破壊の阻止は衝撃的な出来事でした。古代の歴史に当てはめるなら、ドレッドノート戦艦と核兵器が同時に登場したようなものです」
元ハカセを含めた研究職機械人間はその説明で理解したようだが、俺はいまいち理解できない。
「要するに、既存の弩級艦の価値が激減したんです。鉄国が送り込んできたような指揮と通信特化の弩級艦には使い道がありますが、重装甲で耐えて近距離で砲撃する種類の弩級艦は、維持費がかかるだけのゴミになりました」
ドローンは、水を一杯飲んで喉をうるおす。
「弩級艦の戦力低下は、契国が最も軽微です。鹵獲艦を無理やり改造した、長持ちしない弩級艦が二隻だけですから」
元空母型の弩級艦もそうだが、カノンが乗り回している弩級艦も長期運用は難しい。
「現在、列強五カ国の間で範囲攻撃兵器の所有制限について話し合われています」
五カ国の中に俺たちの国が入っているのが、感慨深いな。
「全面禁止は無理か」
「残念ながら」
ドローンは珍しく、本気のため息を吐いた。
「弩級艦にのみ搭載可能で、弩級艦の数を国ごとに制限という形になりそうです。聖女やケースさんたちの子供のパーツを交渉材料にはできませんから、厳しいですよ」
ディーヴァなどの協力があるとはいえ、古代ならまだ未成年のドローンが中心になって交渉している。
心労も強烈なはずだ。
「苦労をかける」
俺は角度も意識して深く頭を下げる。
「ケースさんには別の場面で苦労してもらいますから構いません。事後承諾になりますが妹たちを外交交渉の場や、会場や周辺宙域の警備に使っています。能力が劣化姉さんで数が数ですから、良い示威になっています」
『劣化カノンあつかいは止めてあげようよ。せめて幼少時カノンくらいにしよ?』
「地球にいたときは、姉さんはもっと普通だと思っていたのですけどね……」
ドローンは、どこか遠くにあるものを見る目をしていた。
「話は変わるが、鋼国が範囲攻撃兵器を使ったときに、動員をかけた国はどことどこか分かるか?」
俺が尋ねると、ドローンは軽く咳払いをして表情をきりりとさせる。
「列強を除けば動員は遅く小規模でした。列強は、戦力の規模以外も列強扱いされるだけの力を持っています」
「……楽園管理機構は?」
俺は、以前に知ったときからその国のことが悪い意味で気になっていた。
「少し待ってください」
ドローンの近くにいた政治系機械人間が、ドローンの耳に顔を寄せて小声で囁く。
「動員の規模は小規模ですが、反応は素早かったようです。詳しく調べましょうか?」
「頼む」
どうにも、魚の小さな骨が喉にひっかかっているような不快感がある。
この宇宙で目覚めてからは一度も食べていないのにな。
「やっておきます。僕はこれからまた列強のクソども……失礼、列強の大使たちと交渉です。ケースさんとメモリさんは式典に参加してください」
『あ、珍しいね。聖女が五人とも宇宙港まで来てるんだ』
俺はARメガネをかける。
「これって式典か? 実験のようにも見えるが」
「最大限成功した場合でも、小さな氷塊が出現するだけらしいです。すごく「遠い」ところからの物資輸送なので技術的には偉業かもしれませんが、すぐに何かが変わるというものではありませんよ」
このときは、この場にいる全員がそう思っていた。
☆
「「「「「今日はよろしくおねがいします」」」」」
五人が一斉に頭を下げる。
ディーヴァなどの超高級機体と比べると平凡な顔立ちなのに、人を惹きつける輝きのようなものが感じられる。
しかも単色ではなく一人一人ちがう。
この宇宙でなければ、それぞれが素晴らしい人生を歩めていただろう面々だ。
「気楽にやってくれ。あんたたちの契国に対する貢献は大きいし、実験なんてそうそう成功するものじゃないのは分かっている」
俺はそれだけ言って、実験場と化したステージを見渡せる席に座る。
もちろん相棒は隣だ。
「失敗前提にしないでください!」
「いえ今回の実験成功させないとまずいんですってば」
「ごはんをふるまいすぎて、需要が生産を上回っちゃって……」
明らかに追い詰められているのが三人。
残りの二人は、研究職の機械人間と話し込んでいる。
「警備が厳重だな」
ステージ周辺は完全武装のカノン妹や陸戦隊の機械人間が固めているし、宇宙港周辺には大量の水上艦型戦艦が蟻の侵入も許さない防御陣形を組み上げている。
新型位相跳躍機関搭載艦なので実相アンカーによる跳躍妨害にも強く、パイロットの腕が並程度でも手数で補える数の亜光速質量弾兵器を搭載しているのが水上艦型戦艦だ。
仮に複数の弩級艦が敵として現れても、すぐに崩れることはない。
『マスターが死んでも、聖女たちが全滅しても、契国はおしまいだからね』
「防衛艦隊の士気が高いのは聖女のおかげか。第一艦隊の連中も気合が入ってやがる」
二十八隻のサーフボード型巡洋艦が、巡洋艦としては小さなサイズと優れた加速能力を活かして水上艦型戦艦の死角を補っている。
奴らは飲食不要だが、新型位相跳躍機関の開発元である聖女たちとその傘下の研究職機械人間に恩を売って、自分たちの艦の跳躍機関を新型に替えてもらうつもりなのだ。
「サーフボード型は設計に余裕がないから改造に向いていないんだがな」
『新型位相跳躍機関に入れ替えたら高確率で故障するよね。ナイアTECでもいいから新型艦の設計はしないの?』
「してはいるぞ。既存艦の性能が高すぎて新設計を採用できてないが」
宇宙船の設計には俺のPvP知識は全く役に立たないので、俺にはどうすることもできない。
『始まるみたい』
相棒と俺は口を閉じてステージに集中する。
ステージの描かれた円に沿って立つ聖女たちが、静かに何かへ祈りを捧げる。
音もしないし発光もなく、温度も変化もないはずなのに「何か」があると感じる。
『聖女が担当するのは場所の指定だけ。引き寄せるためのエネルギーは宇宙港から供給するし、実際に力を振るうのは新型位相跳躍機関だよ』
相棒の声が、何故か遠くに聞こえた。
俺の視界に異常が発生する。
眼の前の存在するはずの世界が、縦横奥の三次元があるはずなのに縦横の二次元にしか感じられなくなる。
そこから離れた場所に別の縦横の二次元があって、そこから、小さなものが、こちらの二次元に……。
『マスター!』
相棒の大きな声と、強く俺を揺する手の感覚で俺は現実に引き戻された。
『マスター、僕が誰か分かる?』
なんでそんな質問を、と言いかけたところでメモリの目の恐怖の光に気付いた。
大事なものが既に失われているかもしれないという、今にも消えてしまいそうな光だ。
「メモリ?」
『よし無事! よかったぁ』
メモリの光がいつもの光に戻る。
猛烈に計算していたようで、その息はサウナじみて熱い。
「代表さーん!」
あわあわと慌てる聖女の中で最も冷静な一人が、大声で俺に呼びかける。
「なにかでました!」
俺は口で聞く前に、無言でARメガネをかける。
『実験の本来の目的は、聖女の故郷がある時空間の星系に存在する水資源をこちらへ位相跳躍させること。転送させる質量は最大でもトラクタービームで牽引可能な規模の予定だった、よ』
ARメガネが俺に見せてくるのは、かなり拡張された宇宙港の隣にある、宇宙港とほぼ同サイズの小惑星だ。
よく見ると、砂山かかき氷じみた、少し触れるだけで壊れそうな印象がある。
そうか。
移動の際に粉々に砕かれてしまうから、まだ「帰郷」できないのか。
『ケース代表! スキャン結果が出た。汚染されていない水が三割だ! 繰り返す。汚染されていない水が三割の物体がこの宇宙に出現した! これだけあれば「芋」の生産量を数倍にできるぞ!』
ARメガネにより、視界の隅に現時刻の予想取引価格が表示される。
重武装の弩級艦が一隻、余裕で新造できる額だった。
☆
沈む船から逃げ出すネズミのように、宇宙港から大量の船が出港する。
聖女専用の重装甲指揮艦。
比較的操縦が容易な、フリーゲートサイズの救難艇。
それらに人を詰め込んでもスペースが足りず、倉庫にしまい込まれていた初期船まで駆り出されて契国の人間をその場所から逃がす。
相棒と俺は元空母の弩級艦の操縦室にいる。
艦の操縦は相棒が受け持ち、俺はサーフボード型巡洋艦の二十八隻の指揮に専念する。
「おそらくステルス艦が襲撃してくる。肉眼で警戒しろ!」
滅茶苦茶な命令なのは分かっているが他に手段がない。
まるで目隠ししているような鈍い動きになったサーフボード型がいきなりレーザーを乱射する。
何もないはずの空間で、レーザーの熱に耐えきれなくなった装甲が光を発した。
「聖国のステルスは聖国の独占じゃなかったようだな。破壊しなくてもいい。とにかく時間を稼げ!」
俺たちが守っているのは高価な水ではない。
水をこの宇宙へ持ってこれる、五人の聖女たちだ。
「ケースさん、今、条約が発効しました。惑星への直接攻撃禁止。各列強の弩級艦は十隻まで。他に取り決めはありません!」
『契国国営放送臨時ニュースです。先程、周辺列強の大動員が確認されました。契国の国民のみなさんは、所定の避難計画通りの避難をお願いします』
「あの、ハカセさん。位相跳躍機関が翼で、目があるから、あの船は天使さまってことに……」
『似たものは同じもの? そんな理屈で「遠く」からの位相跳躍が成功したのかっ。ははっ、面白いぞ!』
誰が言っているか俺には分からない。
ただ、非常にまずい事態であることは分かる。
『僕のステージがぁ……』
相棒の操縦は、泣き言を言っている間も完璧だ。
相棒は、肉眼でステルスフリゲートを確認した俺が口を開くより早く、俺の視線の動きから敵を察知し、位相跳躍妨害を躱しながら艦載機をけしかける。
「これでエース!」
「共同撃墜のときどうだったっけ?」
この状況でも落ち着いているカノン妹たちが、今は心強い。
俺は大きく息を吸って、意識してにやりと笑う。
「この星系は放棄して元聖国の領域まで後退する。敵の狙いは聖女と新型位相跳躍機関だ。AIも肉人間も、どちらかは絶対に必要だよな?」
水上艦型の撤退が十分進んだのを確認してから、弩級艦が後退を開始する。
二十八隻のサーフボード型が、その速度と火力を活かして迎撃と後退を複数に分かれてタイミングをずらして実行する。
「敵を全部殴って屈服させて、俺たちの大事なものを守り抜くぞ!」
俺が指でした下品なジェスチャーが、すべての列強を巻き込む大戦の、始まりの合図になった。