AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~   作:星灯ゆらり

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水国の待ち伏せ

『マスター、そろそろご飯食べてよ』

 

相棒に至近距離で囁かれて初めて、俺は少し腹が減っていることに気づいた。

 

「もう少しだけ」

 

俺は、数時間前の戦闘でのカノン妹の戦果と行動、そして今回の作戦が始まる直前時点での彼女たちの評価を比較検討していた。

 

宇宙港に戻るまでに敵襲もあり得るんだ。

 

誰が何を得意として何を苦手としているか把握するのは最優先ですべきことだ。

 

『僕ができるところまでやっておくから。部下ができることまで自分でやろうとするの、マスターのよくない癖だよ』

 

俺が作業に使っていたディスプレイから表示が消える。

 

相棒が、弁当箱にしては少しだけ大きな箱を渡してくる。

 

重さは弁当箱で、温度は熱くも冷たくも温かくもない。

 

「分かった」

 

俺は意識して気分を切り替える。

 

いつ戦闘が始まっても対応できるよう意識の一部を戦闘時のそれにしたまま、疲労を抜くために体の緊張を解く。

 

「今日は……」

 

蓋を外すと、食欲を刺激するにおいと熱い湯気が吹き付けてくる。

 

具沢山のシチューが半分、しきりを挟んで一口サイズの焼き立てパンが六つ、みっしりと詰まっていた。

 

「いいね」

 

相棒をちらりと見る。

 

スティック状に形を与えられた冷却水を、タバコ入れじみた箱から取り出している。

 

『僕は仕事してるから、しっかり食べてよね!』

 

相棒は冷却水スティックをタバコか何かのように加え、目を高速で点滅させて膨大な情報処理にとりかかった。

 

「……うむ」

 

ちょっとどころじゃなくさみしい。

 

しかし俺の手の中には、相棒が選んでくれた食事があるのだ。

 

取り出したハンカチで丁寧に指を拭いてから、箱に付属していたスプーンを手に取り、シチューをひとくち分運ぶ。

 

だらしなく口を開けたり、口を開けっ放しにはしない。

 

俺は、相棒が関係する全てに対して常に真剣だ。

 

食べ慣れた芋の歯ごたえはやや柔らか。

 

肉の脂と玉ねぎの旨味とスープの味がが染み込んで、満足感がある飽きない味になっている。

 

じっくり噛んで飲み込んでから、後味に混じったものに気づく。

 

「魚介……小エビか」

 

懐かしい。

 

この宇宙で目覚めるまでは、ちょっとの贅沢で飯に振りかけることもあった品であり、倫理だけでなく食糧事情も壊滅的なこの宇宙では初めて味わう貴重品だ。

 

『マスターって、味覚はしっかりしてるのに何食べても満足しちゃうから、メニューを考える甲斐がないんだよね』

 

「相棒が選んでくれた時点で付加価値は最大だからな。その上で体と健康が維持できる食事なら、常に評価は最高だよ」

 

今度は、パンと指でつまんで軽くシチューにつけて、ぱりぱりの表面と少し濡れた表面と柔らかな内側を一噛みで味わう。

 

パンくずを飛ばすようなもったいないことはしない。

 

しっかりと口を閉じ、相棒の選択と契国の食糧生産を、味覚と歯ごたえで味わう。

 

仕事中の相棒は俺に目を向けないが、強く光って点滅する目の光は俺の視点からも分かる。

 

強い満足と少しの不満を感じているときの目に近い。

 

つまり、俺をしっかり見ているのだ。

 

『今回のカノン妹、予想より能力にばらつきがあるね』

 

「総合すれば予想より上だったぞ?」

 

『うん。でも成績下位は予想の下限を下回ってる。……いいの?』

 

俺はスプーンを持つ手を止めて、口にする言葉を選択する。

 

「生まれたばかりで扱いを決める必要はないだろ。仮にパイロットに向いていないなら、他の職を用意してやればいい」

 

『マスターって甘いんだから』

 

「福利厚生も大事だぞ、相棒」

 

荒っぽい手段をとるのは、武力や財力で追い詰められたときだけで十分だ。

 

「ところで、うまくやれてるか?」

 

相棒と俺は、常にうまくいくための努力を忘れないし実際にうまくいっている。

 

俺が今聞いたのは、ハリネズミ型巡洋艦に乗るカノン妹と、艦に搭載されているナビAIとの関係だ。

 

『僕とうまくやれるカノンの体の改造コピーへ、僕とうまくやれるAIをコピーした子と、僕が採用したAIの組み合わせだからね』

 

相棒は薄い胸を張る。

 

上機嫌な相棒を見て嬉しくなった俺は、ほとんど飲み込むようにしてシチューを食べてしまった。

 

『……これでうまくいかないなら、僕、自信がなくなるよ』

 

「相棒のことは信用しているし、万一のときは俺がフォローするさ」

 

宇宙で指揮や操縦しているとき、俺はいつも相棒に助けられているからな。

 

相棒を助けられる機会は、絶対に逃さない。

 

「ごちそうさま」

 

『マスター! 早食い禁止だっていつも言ってるでしょ!』

 

相棒は怒っているのではなく俺を心配してくれている。

 

その証拠に、今指揮下にあるカノン妹とそのおつきのナビAIに評価と分類が、俺が即座に仕事にかかれる水準でまとめられて送られてくる。

 

「次はもっとゆっくり食べるよ」

 

反省を込めて軽く頭を下げる間も、ディスプレイに表示された評価と分類からは目を逸らさない。

 

今は安全の確保されていない宇宙を航行中で、作戦行動中なのだ。

 

『待ち伏せされてると思う?』

 

「大量のエネルギーを使って無理やり戦力を送り込めば可能だ」

 

俺は「次の戦闘」のための作戦とグループ分けを、リアルタイムで相棒に補助してもらいながらキーボードで入力していく。

 

「まあ、念の為だ。列強が無駄にエネルギーを使うなら、こちらの有利になることはあっても不利にはならないさ」

 

『だといいんだけど……』

 

カノン妹とは違って、誕生してから今まで常にAIである相棒が、何か予感をしているようだった。

 

  ☆

 

戦艦サイズの位相跳躍支援艦二隻を中心に、対空砲を大量に搭載した駆逐艦が三十数隻、薄い船体装甲と大型の推進機と跳躍機関が目立つフリゲートが百数十隻。

 

地図上では契国が支配している星系に、列強の艦隊が俺たちを待ち受けていた。

 

『所属を確認! 水国の正規艦隊、艦種は最近のものばっかり!』

 

位相戦闘に直接関わらない情報分析は、肉人間である俺より機械人間である相棒の方が圧倒的に速くて正確だ。

 

『位相崩壊砲は見当たらない! でも装甲の下に格納してるかも!』

 

俺は大きく頷いて相棒に感謝を伝え、サーフボード型二十八隻とハリネズミ型約百隻へ対する放送を開始する。

 

なお、全てのミサイルを撃ち尽くした後者は、駆逐艦より小型な軽装甲艦だ。

 

「お前ら喜べ! 水国の連中がわざわざ大量のエネルギーを浪費して的になりに来てくれたぞ!」

 

口の端が釣り上がり、んふっ、と上機嫌な声が漏れるのを我慢できなくなる。

 

「それだけでお前らが二度目の勝利をしているようなもんだ。もっとも、今から敵艦をぶっ潰して三度目の勝利を手に入れるんだがな!」

 

慢心してもいいことなどないが、怯えて心と体が縮こまる方が害がある。

 

「作戦は単純だ。サーフボード型巡洋艦が真っ先に突っ込んで敵の攻撃を引き付ける。ハリネズミ型はよーく狙ってレーザーキャノンを使え」

 

俺がARメガネで演技指導を受けながら演説している間に、相棒がカノン妹たちに班分けと敵艦を狙うときの優先順位を伝達してくれる。

 

「じゃあ始めるぞ。突撃!」

 

わーい、とお気楽な声が聞こえたのは気のせいではない。

 

相棒と俺が乗るサーフボード型と速度をあわせたまま加速していく二十八隻からの声だ。

 

『司令といると退屈しません!』

 

『毎回突撃してるにのになんで落ちないんでしょう』

 

『あんた結構落とされてるじゃん! 毎回救助されてるけど!』

 

『それは君もじゃないかな……』

 

数的優位にある敵に対して真っ先に突撃するという危険な行動の最中なので、無駄口を止める気はあまり起きない。

 

こちらにミサイルがないと判断した敵艦隊が、一度で使い切る勢いで対空弾を連射して少しでもこちらに打撃を与えようとする。

 

サーフボード型は、どれが中心というわけでもない生き物じみた動きで回避しながら、後続のハリネズミ型に当たりそうな対空弾にだけレーザーを向ける。

 

一艦から数十も伸びる緑の閃光は、漆黒の宇宙の中で花火であるかのように目立っていた。

 

『マスター。敵フリゲート接近中。装甲と速度を考えると、十隻くらい実相アンカーを搭載してる』

 

サーフボード型に向かってきているのが六十と少しで、ハリネズミ型に向かっているのが残りの百隻程度か。

 

対抗可能な戦力で敵主力を足止めして、残りの全力で敵の残りを潰すって意図だろう。

 

「舐められたもんだ」

 

部下たちと協力して、緑のレーザーで敵フリゲートを十数隻ずつ焼き切りながらコメントする。

 

「カノン妹を完全に無視して攻撃すれば、サーフボード型が半分くらい落ちたかもしれないのによ」

 

俺と、特別練度が高い機械人間が乗っているサーフボード型は、決して無敵の艦ではない。

 

速度が同等以上の敵に圧倒的な数で攻撃されたら、被弾もするし運が悪ければ操縦室で脱出したところを攻撃されて死ぬ。

 

相棒や俺が死んでも大問題だが、貴重な熟練パイロットが一人死ぬだけでも大問題なのだ。

 

『マスターマスター。今だって安全じゃないからね。まぐれ当たりはあるんだからね』

 

猛烈な加速と減速が不規則に生じる操縦室の中で、相棒は呆れ半分、心配半分の声で忠告してくれる。

 

「すまんすまん。だがまだ、防御不能の位相崩壊砲は、戦場に登場していないかこっそり登場している場合でも少数のはずだ。今のうちならまだ安全だよ」

 

躱しきれずに位相障壁にエネルギー割り当てを増やす機会が増えるが、この程度ならまだいける。

 

いや、まだいけるはもう危ない、だったか?

 

『マスター、ハリネズミ型が攻撃を開始、って遠すぎるよこれ!』

 

特に臆病なカノン妹を集めた班が、レーザーだと減衰が激しい距離で攻撃を開始する。

 

レーザーキャノンは照射可能時間が短い代わりに威力は高めだが、これだけ距離があると薄い船体装甲も貫けない。

 

一つの艦だけなら、だが。

 

六本のレーザーの直撃を浴びた敵フリゲートが、船体装甲の一部を溶かされ操縦室が剥き出しになる。

 

おそらく本能的に怯えてしまったのだろう。

 

退避のために加速したフリゲートは無防備な側面を晒してしまい、近くにいたサーフボード型からレーザーで狙われ操縦室ごと破壊された。

 

『うーん、息のあった攻撃というべきかなのかな……』

 

「体が同じで似たような性格なら狙いも似たようなものだと思ったんだが」

 

『否定はしないけど、カノン妹たちの戦闘センスが高いからだと思うよ。複数での練習もしてるみたいだし』

 

まだ「契国国家元首」がこの戦場にいるとはばれていないので、敵の攻撃には執拗さが足りない。

 

俺と俺の部下たちのサーフボード型は、敵フリゲートから飛んでくる、光速の一割程度しかない質量弾の迎撃と敵フリゲートへのレーザー照射を淡々と続ける。

 

溶けた質量弾と推進機や跳躍機関が故障した敵フリゲートが非常に邪魔で、意識の半分以上を回避に向ける必要があった。

 

『マスター、ハリネズミ型の八割が攻撃に参加したよ。操縦室は狙わせなくていいんだよね?』

 

「敵艦が全滅した後なら操縦室狙いでもいいが」

 

『そのときは敵の方から降伏してくると思うよ。……戦意があるカノン妹は命中率もいいけど被弾率も高めみたい。カノンは回避も上手なんだけど』

 

艦の外を映すディスプレイにの隅に、指揮下の全艦の状態が色で表示される。

 

装甲薄々のハリネズミは、無傷か中破以上しかいない。

 

「大破した奴は即座に操縦室で脱出させろ。中破した奴と今から俺が指定する奴は、脱出した操縦室を護衛して指定の基地へ向かえ」

 

命令を出す分、回避が甘くなって質量弾が何発も位相障壁へ命中する。

 

障壁は消えこそしないが複数の穴が開いた。

 

「いかんな。集中が切れたか」

 

レーザー砲塔へのエネルギー供給を中止。

 

位相障壁へのエネルギー供給は現状を維持して、跳躍機関へエネルギーを集中させ連続超短距離位相跳躍の頻度を上げる。

 

『ますたあこれきらい』

 

「すまん」

 

相棒の機嫌と処理能力の低下と引き換えに、俺は質量弾の豪雨の隙間を通り抜けて安全な場所まで移動し、跳躍機関を通常へと戻した。

 

『司令! たぶんばれました!』

 

『まだ跳躍支援艦を一隻しか落とせてません!』

 

最大でも小破でしかないサーフボード型二十八隻が二手に分かれ、十四隻は逃げるハリネズミ型を狙う敵を邪魔し、別の十四隻は俺の艦の盾になれる位置へ移動する。

 

ダメージは大きいが三割程度しか沈んでいない敵艦隊が、明らかに俺を狙った陣形に変わろうとしている。

 

『マスター!』

 

「距離をとり、そのまま撤退する。最後まで気を抜くなよ」

 

それからの戦いは、精神的には疲労するが敵味方ともに被害のない戦いだった。

 

最終的にこちらの戦死者は皆無。

 

放棄した艦すべての破壊はできなかったので水国に回収された可能性はある。

 

水国の戦死者は少なく、しかしエネルギー不足で敵中で立ち往生することになった艦隊が、事実上遊兵化した。

 

  ☆

 

『これで作戦終了! お疲れ様! 報告書はナビAIと相談して提出! 以上、解散!』

 

相棒が作戦終了の挨拶をするのを、俺は操縦席に突っ伏したまま聞いていた。

 

丸一日、相棒の新作ダンスの練習とそれ以外につきあった後にこの作戦だ。

 

若くない体には、きつかった。

 

「ケースさん、今いいですか」

 

ドローンからの通信が届く。

 

相棒と俺がいる艦は宇宙港に格納されているので、セキュリティ面に強く配慮した通信も可能だ。

 

「ああ。俺の頭が普段より二割ほど馬鹿な前提で話してくれ」

 

ドローンは呆れたようにため息を吐くが、表情は怖いくらいに真剣だ。

 

「大規模居住施設内蔵の弩級艦の開発を初めてすぐ、居住権購入についての問い合わせがありました」

 

「まさか、列強のスパイか?」

 

俺の眠気が吹き飛んだ。

 

「それは現在調査中です」

 

ドローンは淡々としている。

 

「複数の列強の、指導層に近い人間からの問い合わせでした。情報流出経路と大量の希少資源を購入費として提示しています」

 

俺は、理解するのに一分間ほどの時間が必要だった。

 

「それは、ひょっとして、売国とかそんな感じか?」

 

「本人達の意識では、どの列強が勝っても生き残れるようしているだけかもしれません。位相崩壊砲が大量使用されるようになれば、どの惑星も危険というのは事実ですし」

 

「それにしても、それは……」

 

この宇宙の倫理観のなさは知っていたつもりだが、つもりなだけだったかもしれない。

 

「罠にかけますか」

 

「裏切り者を重用したくはないが、敵内部の裏切りは必要だ。特権を与えないで済む範囲なら受け入れて構わない」

 

「……分かりました」

 

ドローンは、本当にしぶしぶ頷く。

 

「敵対している列強を物理的にも政治的にも揺さぶって、契国の有利な形で終戦に持ち込みたいな」

 

それが難しいことは俺にだって分かる。

 

俺は相棒とドローンに促されて、本格的に休むために、操縦室から宇宙港へ移動するのだった。

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