AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
『契国国営放送総合ニュースの時間になりました。司会進行はわたくしアナウンサーが。解説はハカセです』
『俺がハカセだ!』
ARメガネと、宇宙港のメインストリートの天井に、いつもの番組が表示される。
アナウンサーはいつもと同じだ。
しかしその相方であるハカセは、馬鹿でかいヘッドホンと鼻と口を完全に覆うマスクを身につけている。
『本日から、AI用機体のための各種パーツの販売が始まりました。販売開始前から予約が殺到し、希望者の手元にはほとんど届いていません』
アナウンサーは、感情のほとんどない目でハカセを見る。
それは分厚いオブラートに包んだ非難なんだろうが、ハカセは全く気付いていない。
『俺は研究段階のパーツも含めて全種類買ったがな!』
すごく得意げだ。
「なあ相棒。ハカセに特権とか与えていたか?」
俺は隣を歩く相棒に聞く。
『ハカセの称号には特権も年金も何もないよ。総合ニュースに出る義務があるくらい?』
『義務ではなく権利だよメモリ議員! ハカセといえば解説、解説といえばハカセだ! ……パーツは割増料金で買ったのと研究協力の対価として受け取ったから違反はないとナニーたちに伝えて欲しい』
唐突に双方向な番組になるのもいつものことだな。
いつの間にかハカセの背後に立っていた機械人間二人が、ハカセをじっと見ている。
俺は、護衛のために俺たちを囲む機械人間の向こうから、かなり長い間かいでいなかったにおいを感じた。
「炭水化物に脂に塩……」
SF世界の一等地に漂う、古代ファストフードな香り。
報告書提出を終えて自室へ戻る途中のカノン妹たちが、ほとんど無意識に香りに引き寄せられているのがあちこちに見えた。
『ハカセ』
『うむ。パーツについて解説しよう。一般販売されるようになったのは鼻と舌のパーツだ。鼻の肌の部分はまだだからそこは注意するように』
ハカセはマスクを外し、ちろりと舌を見せる。
なんだろうこれは。
性欲とか特殊な性癖とかで原因ではなく、はしたないことはやめなさいという言葉が口から出そうになった。
『マスターと僕の子供用のパーツとして設計したから、肉体的にはマスターの子供で僕の後継機になるんだよね……』
相棒の目の光は淀んでいた。
「体が同じでも別人だと思うが……っと今のは聞かなかったことにしてくれ。公の場で俺が言っていいことじゃなかった」
コピーされた人間をコピー元と同一の人物として扱うのが、この宇宙での一般的価値観だ。
契国の独裁者がそれを否定するような発言をしても揉めるだけだ。
俺も、他人がコピーを同一人物として扱うのを否定する気は全くないわけだし。
『後継機と呼ぶには性質が違いすぎる』
ハカセが、新しい玩具に夢中な趣味人の態度から、契国研究職の頂点としての態度に一瞬で変わった。
『総合的な性能は最下級のパーツよりも明らかに低い。慣れるまでは日常生活でも外部からの補助が必須だ』
ハカセが再び身につけたマスクも、耳を完全に覆うヘッドホンも、外付けの強化装備らしい。
『喧嘩を売ってる?』
相棒は微かな笑みを浮かべているが、戦闘中と同様の殺意を感じる。
相棒が本心からやる気なら助力と証拠隠滅をしたいんだが、ここは操縦室でも執務室でもないので俺にできることはほとんどない。
『まさか!』
ハカセは、この国の独裁者を好きに動かせる機械人間の殺意を正しく認識した上で笑顔を浮かべている。
『この舌も、鼻も、目も、耳も! どれもこれまで肉人間だけが知覚可能だったものに触れるための必須装備だ! メモリ議員には悪いが、後継機のパーツとはとても言えない。これは、新種の人類のためのパーツだとも!』
喜色満面のハカセは、まさしくマッドサイエンチストだ。
相棒は、殺すかどうかではなく、どう殺すか考える目の光になっている。
「新しく生まれる子供が親とは別ってのは、当たり前だと思うがね」
特に俺たちの場合、機械人間である相棒と肉人間である俺の要素を、最小単位のパーツや遺伝子のレベルで反映させようなんて無茶を目指しているからな。
いやしかし、久々に嗅ぐとこのにおいはたまらなく魅力的だ。
今日の昼飯はこれにしよう。
『マスター、それでいいの?』
相棒は一度だけ瞬きして、少し殺意が弱まった目で俺を見る。
「他人がどう思うかより、相棒や子供が快適にすごせるかどうかの方が、俺にとってはずっと重要だよ。むかつくことがあるなら、パーツの値段を思い切り値上げして、残りのパーツの研究開発費に使ってもいいと思うぞ」
『ケース代表! 特許使用料で儲けている俺でも、今の全パーツを揃えるのはきつい額なんだがっ』
ハカセが慌てる。
『マスター、それってとってもいい考えだと思う!』
相棒が浮かべた笑みはとても美しく、少しだけ悪女っぽくもあった。
☆
「お待たせしました!」
国家元首クラスが利用する空間に、肉と脂がたっぷりなラーメンのどんぶりが置かれる光景は、かなり衝撃的だ。
『マスター、それって栄養バランスが偏りすぎてるよ』
どうしても食べたいなら明日以降の食事でバランスをとるけど、と相棒が目と態度で伝えてくる。
「こういうのはたまにしか食べないから、今回だけは頼むよ」
『もう……』
相棒は「仕方ないな」という顔で息を吐く。
次回以降の栄養とメニューを高速で考えたせいか、排気の温度がいつもより高かった。
「……鶏か」
一口スープを味わってから数秒して、俺はようやくそう言った。
あと二、三口食べれば「もういいかな」と思うかもしれない濃厚さではあるが、最初の一口が感動的な美味であるのは間違いない。
『汚染されていない水で、成長を加速させて作った鶏だって』
「とんでもない贅沢品だな」
次は麺を味わう。
むせない程度に吸い込み、しっかりと噛んで、味だけでなく歯ごたえも楽しむ。
この宇宙で目覚める前に食べていたラーメンより、美味しいかもしれない。
『マスター。おかわりする?』
相棒は、強いて言うならメロンフロートに見えるものを小さなスプーンで食べている。
このレストランに聖女は関わっていないはずだ。
おそらく、機械人間からの要望や投資が多く、冷却水の加工技術が向上したのだろう。
「これで十分だ。スープも全部は無理だしな」
頑張れば飲み干すことはできるだろうが、確実に調子を崩しそうだ。
「カノン妹たちもこれを食べてるのか?」
ふと気付いたことを尋ねると、相棒は一瞬だけ目を点滅させて情報を取得する。
『肉が合成肉になって、小麦粉が半分くらい既存のものになるくらいで、他は同じみたい』
「俺がパイロットを始めた頃より良い食生活をしてやがるな」
だからお前らも貧しい食生活をしろとまでは思わないが、嫉妬するくらいは許して欲しい。
「お楽しみのところすみません。ケースさん、今時間いいですか」
ドローンからの通信だ。
俺たちが二人の時間をどれだけ大切にしているか、ドローンは嫌というほど知っている。
その上での連絡なのだから、極めて重要な連絡のはずだ。
相棒が軽く頷いたのを確認し、俺は箸を置いてドローンに集中する。
「ああ。頼む」
「ナイアTECの水国支社と陽国支社のCEOが、ケースさんとの面会を希望しています。両者の現在地は主星系の外縁。希少資源を詰め込んだ大型輸送艦に搭乗しています」
『ドローン。それって、水国と陽国に知らせたら……』
「既に両国から疑われているようですが、僕らから知らせたら確実に処断されます。その場合は、大型輸送艦ごと資源も爆散する可能性が高いですが」
ARメガネに、大型輸送艦を監視中の艦からのスキャン結果が届く。
『見抜かれてるね』
「契国に足りないものばかりか。情報は与えていないつもりだったんだがな」
これだけあれば、諦めていた艦や施設をいくつも建造できる。
「ハカセ」
俺は、音声ではなくキーボードを使った通信を開始する。
『まだニュースの途中だ』
ARメガネに表示されているニュースでは、ハカセが元気にパーツの使用感を説明、というより自慢している。
位相戦闘中ではないので、契国研究職の頂点であるハカセにとっては二つを同時に行う程度児戯に等しい。
「予定変更だ。次期ロットのハリネズミ型に搭載予定だった位相崩壊砲は、俺とカノンの弩級艦に取り付けておいてくれ」
『了解。できれば使わないでくれ』
「それは他の列強に言ってくれ」
俺もハカセも善人ではないし、必要なら平然と他人を殺せる種類の人間だ。
そんな俺たちでも、威力と悪影響が大きすぎる兵器など、好んで使いたくはない。
『マスター。二人でつうじあうの、僕以外とするのはよくないと思うな』
「うっす……」
相棒をなんとか宥めたときには、麺はすっかり伸びきってしまっていた。
☆
「「はじめてお目にかかります。ナイアと申します」」
丁寧に頭を下げてくる二人の前で、俺は目を見開いたまま固まっていた。
水国と陽国の両方に支社を持つCEOではなく、水国支社CEOと陽国CEOの合計二人だったのか。
俺が知るナイアCEOより一回り年をとっているのが一人と、俺が知るナイアCEOより少し若いのが一人。
ただ、俺の本能が悲鳴をあげるような危機感は、全く感じない。
「「我々は契国の慈悲にすがるしかない状況にあります。亡命を受け入れて頂ければ、それ以上のことは望みません」」
俺をいつも補佐してくれる相棒は、膨大な目録を確認するので忙しい。
二人のナイアCEOが持ち込んだのは資源だけではなく、二つの支社が合法的に入手した技術と情報全てだ。
『ごめんマスター。量が多すぎて僕だけじゃ真偽判定は無理。元ハカセとディーヴァも使わせて』
「ディーヴァも?」
相棒とディーヴァは個人としても相性が悪いが、それ以上に契国での役割が違い過ぎるために密接に連携することは滅多にない。
『マスターが気にしてる楽園管理機構も関係ある話。最悪の場合、今回の戦争に関係するかも』
「任せた」
以上のやりとりは、声を使わずに目配せと身振りで行った。
「条件を満たしている人間が亡命を希望するなら、契国はそれを拒絶しない」
倫理も契約も軽視されるこの宇宙でも、列強のトップの言葉にはそれなりの重みがある。
なお、契国は移住や亡命の条件を予め公開している。
条件を満たさないのを隠して移住や亡命をしようとするスパイが多すぎるため、そろそろ非公開になるかもしれないが。
「あなたたちの他にも亡命希望者がいるなら今伝えてくれ」
数が多すぎると、スパイであるかどうかの調査が大変なのだ。
二人のCEOが差し出した希望者のリストは、思ったよりかなり少なかった。
「最後になるが、亡命理由を聞いても良いか?」
二人は少し悩み、まるで両者ともに完全なコピーであるかのように応える。
「「同種の技術で生産された者達が人間として扱われていることを知ったためです」」
俺の脳裏に、ラーメンを食い過ぎてレストランの隅に転がっていたカノン妹の姿が浮かぶ。
違和感があった。
これほどの物資や情報を我が物としていた有力者たちが、新参の列強であり、複数の列強に攻め込まれている俺たちのもとへ亡命してくる理由はなんだ?
『マスター、ちょっとまずいかも』
相棒の顔色は変わらず、目が強い光を保ったまま点滅している。
『僕らの子作りだけじゃなくて、カノン妹の生産、新型跳躍機関も列強の禁忌に触れちゃってる』
「……未公開のルールか」
どれも列強に対して非公開の技術だが、そろそろ勘づかれていてもおかしくない。
緊張して相棒と俺を見る二人のCEOに、俺は「約束は守る」と明言する。
「今さら止めるのは不可能で、今から列強に土下座しても全てを奪われるだけだ」
これまで通り、暴力で俺たちの生存と権利を認めさせる。
そう宣言して、俺は次の戦いに備えて準備を始めた。
☆
主星系を覆う形で球形に配置していた観測ドローンから、俺たちの宇宙港へ最優先の警報が届いた。
「位相崩壊砲の使用を感知しました。位置は四箇所。いずれも我々の宇宙港を狙っています」
真っ先に反応したのは、機械人間ではなく肉人間のドローンだった。
警報が届いた瞬間に、執務室として使っていた戦闘艦で超短距離位相跳躍を開始。
位相戦闘と同じ速度で状況の把握と全体の指揮を開始する。
「姉さんは第二艦隊で宇宙港を防衛してください。敵からの範囲攻撃の迎撃を最優先で」
「ドローン。それでは簡単すぎます」
カノンが座乗する、元聖国の弩級艦が宇宙港から発進する。
美しい白い巨艦に、いつもの砲塔の代わりに、通常艦用サイズの位相崩壊砲が大量に取り付けられている。
「迎撃に失敗したときの被害を考えてください」
「……分かりました」
カノンは本当にしぶしぶ頷く。
すると、大量の位相崩壊砲が一つ一つ別人が操作しているかのように動き、一見ばらばらに、実際は敵の位相崩壊砲の位置と位相崩壊砲使用タイミングを読み切った狙いとタイミングで白い閃光を打ちだしていく。
目視での確認が不可能な距離で行われる防御と相殺と被弾が、観測ドローン経由でこちらへ届く。
「ここまで遠いとなかなか当たりません。外れ弾が多くなってしまいますよ」
「可能な限り記録しますし、外れた範囲攻撃の進行方向にある国にも伝えます。万一直撃しても惑星は崩壊しない規模の攻撃ですから、気に病まないでください」
そんな姉弟の会話を聞きながら、俺は修理と回収が終わった弩級艦を発進させる。
『マスター、この数は厳しいよ』
相棒の目が、相棒の顔が見えないくらい強く発光している。
ハリネズミ型巡洋艦百二十隻に加えて、操縦室に一般人や訓練未了のカノン妹だけでなく機械人間の非戦闘員まで詰め込んだ初期船数百隻の位相跳躍支援をすればこうもなる。
「すまんが耐えてくれ。今回の戦いは時間制限がきつい」
カノンのチートじみた射撃術で敵の位相崩壊砲を防ぐことができている。
しかし、防ぐたびに宇宙は変化し、やがてこの星系では位相跳躍が不可能になる。
そうなれば、戦闘で勝っても負けてもこの星系に閉じ込められたまま一生を過ごすしかなくなるのだ。
『分かってるけど……』
希少資源を大量に使った、強化型の跳躍支援装置は不具合を起こすことなく稼働中だ。
ただし調子は急速に悪くなっている。
「敵前で跳躍終了と同時に全艦指定の方向へぶっ放せ! その後は、ぶっ放せてもぶっ放せなくてもそのまま前進しろ! 合流地点で三人組が守りを固めている!」
敵が略奪を諦めて位相崩壊砲を連射すれば、俺たちの全戦力を集結させても勝ち目がなくなる。
だから、敵が最も欲する聖女たちも非戦闘員もまとめて逃がす。
ナイアCEOたちの亡命がなければこっちから条約を破って位相崩壊砲の連射をするしかなかったから、これでもまだマシな展開だ。
『ミサイル発射開始!』
「位相崩壊砲で防御しても構わんぞ。宇宙港にも宇宙居住地にも恒星にも当たらん方向から飛ばしているからな!」
ハリネズミ型がぶっ放したミサイルは、カノン妹が撃った割には狙いが甘い。
それは構わない。
事前の訓練や作戦の周知が不完全だから、焦りや技術の不足が表面化するのは当然だ。
「契国にまだこんな戦力がっ」
水国の弩級艦から悲鳴じみた声が届き、大量の高級ミサイルの爆発に弩級艦ごとかき消される。
まあ、弩級艦は原形を留めているんだが、生存者はほとんどいないはずだ。
「資源と技術は正義だな!」
数が足りないなら、装備の質で補えば良いのだ。
『マスター! 跳躍支援装置がもうだめ! この宙域での位相崩壊砲の反応なし!』
相棒が、悪い報告とすごく良い報告を同時にしてくれる。
「これより敵第二集団へ向かう! 艦載機の出番だぞ、妹ども」
初期船数百隻と、その護衛のハリネズミ型百二十隻を見送り、俺が大きな操縦室を見渡す。
カノン並に血の気の多いカノン妹たちが、オペレーター席で歓声をあげていた。