AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
「えっ」
「あら」
ドローンが息を飲み、カノンが少しだけ目を細める。
AIが搭載されていない人型機械を数え切れないほど見たことがある二人だからこそ、これまでの人型機械との違いを感じ取っている。
祭壇に横たわる体は、死体にしか見えない。
外見年齢は、赤ん坊と呼ぶには育ちすぎ、少女と呼ぶには幼すぎる程度。
安らぎも苦しみもない無の表情のまま、外側も内側も何も稼働していない。
『マスター、どうかな?』
「メモリ、よくやってくれた。協力してくれた皆にも、本当に感謝している」
ハカセと元ハカセだけでなく、二人と競えるほどに成果をあげている機械人間たちが静かに頷く。
『まだ道半ばだぞ、代表』
研究職の機械人間を代表し、ハカセが俺に注意する。
「それでもだ。万が一、中身が育たなかったときも、俺たちが最期まで面倒を見る」
俺たちにとっても契国にとっても、機械人間の完全新造、しかも一人の人間の遺伝子を徹底反映など初めての経験だ。
悲惨な失敗になる可能性は決して小さくはないはずだ。
『そこは我々を信用してほしい。最悪の場合でも人間と意思疎通可能な人格が形成されるはずだ。ただ』
『ただ、何?』
怒りも殺意もない、ただ強いだけの眼光をメモリから向けられた元ハカセが、返答を考えるのに数秒の時間がかかった。
『人格が形成されるまで何年かかるか分からない。通常の機械人間とは異なり、起動時点では知識も思考方法も搭載されていないのだ』
「それは、大丈夫なのか? 肉人間にも本能とかそういうのがあると思うんだが」
『マスター、肉人間の本能に相当するものは、体のパーツに担当させる予定なの。パーツと言っても、特に頭部は分解整備を全く考えてない設計だから、起動後は手出しできなくなるから注意して』
「なるほど」
これでも、俺が理解できるよう精一杯要約してくれているのだろう。
「予算、時間、人材、エネルギーの確保は俺とメモリが担当する。皆には引き続き作業を続けてくれ」
楽園管理機構は機械人間新造を問題視せず、火国は契国が輸出したパーツに夢中。
他の列強は契国よりはるかに遠いか、既に崩壊した。
邪魔してきそうな列強は鉄国ただ一国のみ。
これほど「子作り」に向いたタイミングは、次にあるかどうかも分からない。
研究職たちはシリアス顔で頷き、その表情のまま、おしゃぶり、がらがら、人形などの赤ん坊向けの玩具を慎重に構えた。
どういうことだ?
『肉人間の誕生や成長を意図して真似るつもりはない! だが、思考と記憶を担当するパーツは肉人間の脳を模した機械だから、データとして入力するより体を通して入力する方が確実なのだ!』
白衣を来たハカセは、目が光っているわけでもないのに気合いが入っているのが分かる態度で、無意識にがらがらを振っていた。
「そ、そうか」
俺は動揺してどもってしまった。
『マスター、一緒にエネルギー供給を開始させる?』
むん、と気合を入れたポーズでメモリが聞いてくる。
「無事に目覚める可能性が、ほんの少しでも上がるやり方で頼む」
メモリや俺の個人的満足より、新しい命を優先すべき場面だ。
『ん。分かったよ』
メモリは柔らかく微笑んで、祭壇の形をしたエネルギー供給装置を起動させた。
『始まったお』
『邪魔、させない』
実験場の入口では、シロとクロが犬耳をぴんと立てて内外全てを警戒している。
戦闘時の戦艦の必要量を超えるエネルギーが、祭壇を通じて小さな体に吸い込まれいく。
まだ、死体に見える。
『頭部パーツの完全起動を確認』
『五感の稼働を確認した』
『これは、人格か?』
『まだ分からない。だが期待できるぞ、これは』
機械人間全員が興奮しているのが分かるが、俺たち肉人間は何が起こっているのか分からない。
いや、俺とドローンはさっぱり分からないんだが、カノンは明らかに何かに気付いた様子だ。
「こちらを見ていますね」
カノンが断言する。
「この子、寝たふりをしていませんか?」
『そんなことは……』
『待てハカセ! エネルギー供給装置がクラッキングされている!』
その直後から、研究職機械人間の動きが、知育玩具を構えた状態で完全に止まった。
通信越しの調査に全てのリソースを向けたのだろう。
『この子、覚えなくてよいことばかり覚えて!』
怒りの言葉が、喜色満面のメモリから放たれる。
研究職たちの表情と動きが、唐突に復活した。
『一応クラッキングではあるが、これほど拙いものをクラッキングと呼ぶのは気分が悪い!』
『悪い意味でケース代表とメモリ議員の子供だな。パイロットとしての才能は受け継いで欲しいものだ』
「本当にもう目覚めるのか? 力が強い乳幼児の相手を、十年くらいする覚悟を固めていたんだが」
「ちょっとケースさん! あなたがそんなことをしたら僕に代表の仕事が全部まわってくるじゃないですか!」
「だって初めての子供なんだぞ!」
「だってじゃありません!」
俺とドローンが小声かつ必死で怒鳴りあっている間に、死体に見えていた体に意思と力が満たされた。
立ち上がるつもりの動作で、祭壇から真横に吹き飛ぶ。
俺の故郷と同じ重力があるのに、とんでもない力だ。
『体を動かすのに慣れるまでは、ゆっくり動いた方がいいお』
実験場にも実験場にいる人間にも一切悪影響を与えず位相跳躍したシロが、メモリと俺の娘を柔らかく抱きとめ、実験場の高い壁に衝撃を受け流しつつ「着地」した。
『お母さん?』
『お前の親はあっちだお』
シロは「ぽい」とクロに投げ渡してから身軽に床に着地する。
娘を受け取ったクロが、子猫を運ぶようにしてこちらまで連れてきた。
『お父さん?』
「お父さんだ。会えて嬉しいよ、銀華」
ひざまずいて視線をあわせる。
笑顔を浮かべようとする必要はない。
自然と笑みがこぼれ、涙で視界が歪んでいた。
『私、銀華なの?』
俺が頷くと、娘は何度も頷き、そのたびに銀の姫カットが揺れた。
『お父さん!』
「何かな」
いかんな。
お父さんと呼びかけられるたびに多幸感に襲われ、何でも聞いてしまいそうになる。
『銀華に議席一つ、生前贈与して!』
俺の表情が笑顔のまま固まり、ドローンが天を仰ぎ、カノンが手を口にあてて笑うのを我慢し、機械人間たちが嬉々として銀華のデータを記録していく。
背後で、ストレスと思考速度が限界に達したメモリが緊急停止して倒れる音が聞こえた。
「それは銀華が一人前になってからだな」
『お父さん? なんで私を両手で押さえてるの?』
「それはね銀華。親には子供を善良にする義務はないが、最低限以上の社会性を叩き込む義務はあるからだよ」
俺の娘だからこそ、教育には絶対に手は抜かない。
☆
銀華の食欲は旺盛だ。
機械人間用の成長用素材入り饅頭型冷却水を何個も頬張っても食欲は衰えず、肉人間用のランチプレートに大きなスプーンで挑戦し始める。
そんな幸せな光景を眺めながら、俺は元ハカセからの報告を聞いていた。
『銀華には外部とつながるためのアダプタやケーブルは存在しないし、無理やり取り付けても機能しない。ただし、本人が本人の至近にある電気を操作することで外部と接続可能だ。無意識にその方法で外部とつながり、情報収集した結果人格が生じた。それが今回の結果だ』
幼児の無邪気さと、法律の初歩を理解できる程度の知識と小賢しさがあるのはそのせいか。
「乳幼児時期の教育に関われなかったのは心底残念だが、あの性格になれたなら十分以上だ」
『ケース代表!? 実験場で執拗に叱っていたのにその感想なのかね!?』
「どうして駄目なのか説明して、改善案を示しただけだろ」
『一度、メモリ議員と話し合った方がいいと思うがね。そのメモリ議員だが、今再起動してこちらへ走って来ているよ』
元ハカセが言い終わる前に、レストランの外から足音と誰かを止めようとしている従業員の声が聞こえてきた。
『銀華ぁ!』
『みゃっ』
メモリに捕獲された銀華が、再び子猫のように持ち上げられていた。
『マスター、もう名前は伝えた?』
「ああ」
『よし。ねえ銀華。なんであんなこと言ったのか、お母さんに話してくれるかな?』
向かい合う母子の顔は、母親の側に作り物らしさはあるが、かなり似た印象だ。
『にゃあ』
『誤魔化そうとしても駄目。言えば怒らないから、正直に言って』
『だって、私の上にたくさんきょうだいがいるもん! 私もなにか武器がないと、やっていけないもん!』
銀華は涙目で、何故かがらがらを手に持ったままのハカセを見た。
『ワンオ司令の遺伝子情報があれば、二十日以内に設計は完了するぞ! やはり実際に作って動かすのが一番研究が進むな!』
『よろしく頼むお、ハカセ』
『二人分、依頼!』
シロとクロが不気味な微笑みを浮かべて立ち上がり、位相跳躍する。
すぐに、ワンオ氏との「話し合い」が始まるはずだ。
『それを言われると、でも、脳パーツを使ったのは銀華だけだよ?』
メモリが動揺している。
『他は髪型と体格以外は全部私と同じだよ! しかもお父さんの直属部下のトップエースパイロットとか、この国の代表的な研究者とかばっかりだもん!』
「元ハカセも俺の子供になるのか?」
『どの基準で親子と判断するかによると思うがね。親子だとしても「義理」だろう』
俺と元ハカセは、こそこそと小声で話していた。
「銀華」
俺は、困っているメモリを助けるためと、何より娘の助けになるため行動する。
「食事が済んだら、俺と一緒にシミュレーターに行ってみないか。宇宙船を操縦するのは楽しいぞ」
「行く!」
早食い癖は俺に似ないで良いのになと、思った。
☆
『まだまだー!』
艦の前面に複数の推進機と跳躍機関を装備した戦艦が、底面に装備したミサイル発射筒から大量のミサイルを吐き出す。
サーフボード型のレーザーで狙えば全て破壊可能な数ではあるが、俺ではなく二十八人のうちの誰かなら二割程度は外しそうだ。
だから、少しおまけして三割は撃ち落とさずに見逃してやる。
『いけー!』
銀華は、古代ならパルティアンショット、MMOなら逃げ撃ちと呼ばれている戦術が大好きだ。
何度か俺に負けた後、初めて勝ったときの喜びが忘れられないのだ。
「銀華! 残弾は常に意識しろよ!」
俺は加速を止める。
常に後退し続けている銀華の艦とは一気に距離が開き、発射筒への再装填と再攻撃が終わる前に、俺のサーフボード型に向かう三割のミサイルを撃ち落とすことができた。
『にゃー!?』
最初は媚びかとも思った声は、どうやら銀華が集中したときに無意識に出てしまう鳴き声らしい。
前後への加速は得意だが方向変更と回避は不得意な艦を器用に操縦して、あわよくば俺の艦にぶつけようとする。
「いい根性だ!」
銀華に勝たせてやりたい。
でもこれ以上手を抜くと銀華に気づかれかねない。
「位相障壁と船体装甲が分厚くても、推進機と跳躍機関の装甲は厚くないのを忘れるなよ」
狙いを多少甘くして集中攻撃すると、戦艦らしい分厚い位相障壁が七秒で穴が空き、さらに三秒で推進機の一つが装甲ごと融け崩れる。
バランスを崩した新型戦艦が、戦場に設定された架空空間の上の端まで飛んでいってしまい、敗北判定が下される。
狙ったとおりに六勝四敗で、父親の威厳と娘の機嫌の両立はできた、と思う。
☆
シミュレーターを見物していたドローンが、呆れていた。
「あの艦、何なんです?」
「銀華に自己肯定感を持たせてやりたいと思ったら、思いついた」
本当に急に思いついたので、シミュレーターの中にある「非採用艦設計リスト」の中にも含まれていない。
『その思いつきを形にしたのは私だがね』
元ハカセが、設計時の酷使で熱が残ったまま頭を冷やすためにスティック状冷却水を何本も口に運んでいる。
「前後の装甲と前後への移動能力を重視した、肉人間も搭乗可能な戦艦。搭載している対空砲は自動操縦で、攻撃手段は機体背面にあるミサイル発射筒のみ? 推進機と跳躍機関がこの配置なら、前後への加速は得意でも回避は苦手になるんですね」
「慣れてない奴でも勝てる設計を考えた。まあ、俺はアイデアを出しただけだが」
現在は無人のシミュレーターに、複数の「指」が別々の意思を持つかのように動く「グローブに包まれた手」がデモンストレーション航行中だ。
『パイロットの腕が同程度なら、一騎打ち限定でサーフボード型に勝てる艦だ。ただ、高価なサーフボード型の数倍のコストがかかるから、まず採用されない艦だね。それを承知の上で私に依頼したんだから、報酬は安くしないし急いで設計したんだから割増料金ももらうぞ』
「分かってる。値切りはしないさ」
銀華のためのあれこれで個人資産がかなり少なくなっているが、まだ大丈夫だ。
「ケースさん、これ、気づいていないんですか」
ドローンが自分自身の眉間を揉んでいる。
「子供ができるとこうなるんですかね。……ケースさん、この設計は使えますよ」
「そうか? 前後への移動は得意だが、それより重要な機能は一杯だと思うんだが」
銀華に使わせるためだけの艦だぞ、これは。
「僕らがやるのはPvPではなく戦争ですよ。回避は苦手でも星系と星系の間を高速で移動できるなら素晴らしく有用です。それにこれ、ミサイル発射筒と予備のミサイルを取り外せば、位相跳躍支援装置か、指揮のための装置を組み込むことができそうです」
なるほど。
俺のアイデアとは無関係に、元ハカセが良い仕事をしたということだな。
その元ハカセは、露骨に嫌そうな顔をしている。
『サーフボード型に新型跳躍機関を組み込んだときのような苦労をしそうなんだが』
「対空砲は自動操縦から手動操縦に切り替え、シミュレーターで銀華さんの艦に載せていた操縦補助装置も下ろせば、余裕もできるでしょう。肉人間にもパイロットはいるんです。頑張ってもらいましょう」
面倒で面白くない仕事を強制させられそうな元ハカセが、助けを求めるように俺を見る。
「がんばれ」
『この独裁者が!』
下品なジェスチャーをしてきたが、仕事はしてくれそうだ。
「ドローン。ワンオ氏はどうなっている」
「揉めてはいませんが、迷っているようです。鉄国弩級艦の乗組員はワンオ氏の子飼いのようですので、契国に敵対する可能性は高くはないですが」
「できれば契国に加わって欲しいがな。鉄国相手の戦争中に、主星系の守りを任せることができるだけでも展開が根本的に変わる」
「主星系を任せるのは信頼しすぎだと思いますが、おおむね同意します。ところで銀華さんはどこへ?」
「おっともう婚約者気取りか?」
「ケースさん、一気におっさん臭くなりましたね」
「銀華の設計図を見せたときの反応は忘れんぞ」
話には聞いていたが、娘に情欲の目を向けられると腹が立つな!
「あれは銀華さんが成長したときの姿でしょう! 体も心も幼い相手に手を出さない理性くらい僕にもありますよ!」
ちょっと焦っているのが怪しい。
『マスター、今時間いい?』
メモリから通信が入る。
「もちろんだ」
『ワンオさんがマスターに直接話したいことがあるんだって』
「分かった」
俺は居住まいを正す。
近くのディスプレイに表示されたワンオ氏は、きゃっきゃとはしゃぐ銀華を肩車していた。
「俺が、先に、肩車したかったのにっ!」
嫉妬と絶望と後悔で、脳が破壊されそうだ。
俺が落ち着きを取り戻すまでかなりの時間が必要で、ワンオ氏はその間待ってくれて、銀華はその間肩車を心ゆくまで楽しんでいた。