AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
俺たちが帰還したとき、侵攻してきた鉄国艦隊とカノン率いる艦隊が激しくぶつかり合っていた。
もとは元大地教信徒同盟の星系だったその星系は、唯一存在する可住惑星も環境が酷く、契国が新たに獲得した可住惑星にほとんどが移り住んでしまった。
つまり人口が少なく、防衛戦力も少ない。
念のためカノンが艦隊を率いて駐留はしているが、ベテラン機械人間が乗る少数のビートボード型駆逐艦と、新人に毛が生えた程度のカノン妹が乗る多数のハリネズミ型巡洋艦からなる、戦力としては不安がある内容だ。
『マスター』
「ああ。急いで合流するぞ」
ハリネズミ型巡洋艦はパイロット視点でも難易度が高い艦だが、艦隊司令の視点ではさらに難易度が高い。
ミサイルを満載しているときは加速が落ちる敵艦に近付かれると面倒だ。
ミサイルを撃ち尽くして発射筒を捨てれば身軽にはなるが、位相障壁も船体装甲も火力もいまいちな艦になってしまう。
前回の戦いのような、後方から全弾発射させて即撤退させる戦い方が、設計段階で想定されていた運用法なのだ。
『マスター見て! ハリネズミ型にぜんぶカノンが乗ってるみたい!』
なのに、この星系での戦いではハリネズミ型が「ちまちま」とミサイルを撃って、そのミサイルは少数でしかないのに鉄国艦に命中している。
もちろん鉄国艦隊にも対空砲を大量に搭載した駆逐艦や、大型質量弾兵器だけでなく対空砲や対艦対空両用レーザー兵器を搭載した戦艦だっている。
だが、肉人間では不可能な強烈な加減速をするビートボード型駆逐艦が鉄国艦にまとわりつくだけでなく姿勢制御用の推進器や対空砲を執拗に攻撃している間に、鉄国艦にとっての「死角」からミサイルが降り注ぐのだ。
一度の攻撃でミサイルが着弾するのは鉄国艦一隻か二隻のみ。
その一隻か二隻が爆発により位相障壁を剥がされ、剥き出しになった船体装甲に対してそれまでエネルギーを温存していたビートボード型が緑レーザーを浴びせる。
古参列強らしい堅牢な設計と素材が耐えきることもあるが、爆沈か大破して移動できなくなるかのがほとんどだった。
「カノンが指揮すれば、カノン妹がこれだけ強くなるのか」
寒気がする。
カノンの本名を参考に娘に命名するほど評価……外見や性格ではなく能力と数的な繁栄を評価している奴ではあるが、一つの戦場で百人以上いるカノンを想像するとすごく怖い。
「今、不当に貶められた気がしました」
カノンとの通信が繋がった。
音声と同時に送られてくるデータを見ると、どうやらカノンは指揮用のグローブ型戦艦に乗っているらしい。
『後詰めに来たけど、ひょっとして不要だった?』
建国以前からのつきあいなので、メモリの態度も気安い。
「いえ、それはありがたいです。ケースさんの艦隊に護衛していただけるなら、帰り道のことを考えずにミサイルを使えますし」
カノン艦隊の攻撃が「ちまちま」から「どばっ」に変わった。
前線を担当するビートボード型部隊は、それから主観時間で十数秒後に一斉に散開。
俺の艦隊に気づいて即座の撤退を敢行した鉄国艦隊を横合いから殴りつける形で、ハリネズミ型部隊の残弾全てが叩きつけられる。
それはカノン本人が射撃したときと比べると狙いが甘く、急所に当たらないだけでなく外れてしまったものまであったが、それでもミサイルによる長距離攻撃として異様なほどの高命中率だ。
大きさの割に頑丈なフリゲートも、駆逐艦も、巡洋艦も、戦艦も、ミサイルの爆発と破片に切り刻まれる。
残骸と、辛うじて原形を保った艦が、慣性だけで移動を続ける。
その合間に浮かぶ、脱出艇として機能中の操縦室に、戻ってきた多数のビートボード型が眼球型レーザー砲塔の狙いをつける。
逃げようとしたら中身ごと破壊する、ってことだ。
「ケースさん、降伏勧告をお願いします。わたくしがすると、恐慌状態になったパイロットが暴れ出すことが多いのです」
カノンの顔には、年相応の不満そうな感情が滲んでいる。
言っていることは背筋が凍る内容だがな。
相手は鉄国の正規艦隊だぞ!
『マスター?』
「なんでもない。せいぜい驚かせてやるか」
俺による渾身の降伏勧告は、何故か安堵した様子の鉄国将兵により、あっさりと受け入れられた。
☆
俺の艦隊とカノンの艦隊は、合流したまま主星系へ帰還する。
損傷した艦は工廠へ送られ、無事な艦には補給が行われ、パイロットは待機中だったパイロットと交代する。
無傷のサーフボード型二十八隻は、半分は休息と整備を行い、もう半分は俺を護衛するために宇宙港の守りにつくことになる。
「頼むぞ、一番」
俺が主星系全体に対する放送で激励したのに、俺と交代するパイロット兼艦隊司令である一番が、すごく不本意そうな顔をしていた。
「よく、一番さんが司令職を引き受けましたね」
「あいつは俺の戦闘ログを売っていないのに脳以外の全パーツを購入したからな。金欠すぎて引き受けるしかなかったんだ」
久々に直接会ったカノンは、美少女よりも若い美女という表現が似合うようになっていた。
出会った当時の線の細さはどこにもなく、ヤバイ方のナイアCEOに近くなっている気もする。
「ケースさん。今のは正式に抗議させていただきます」
「俺は何も言ってないぞ?」
「気配が漏れすぎていますし、表情に出すぎています」
『僕は、気配は分からないけど、今のはマスターが悪いと思う』
メモリにまで言われると反論できない。
俺は素直に謝罪して、次の仕事へ急いだ。
☆
「銀華さんに対する学校教育は、申し訳ないですが統治に利用させていただきます」
契国代表代行としての態度で、ドローンが俺たち全員に説明する。
「元大地教信徒同盟、元聖国、元水国、元陽国の、国家元首級の人間の師弟から選んで銀華さんの学友にします。扱いは人質兼幹部候補ですね」
学友候補として表示されたリストには、元の国家元首の師弟がずらりと並んでいた。
『マスター。銀華、勉強についていけるかな』
「最初の成長速度は速かったと思うが」
『あのやり方は学習効率が良くて内容が悪いの! 銀華、通信経由の情報収集の才能が全然だし』
ハイエンドな体なのに、質も量も不十分すぎるクラッキングしかできないらしい。
「パイロットとして結構な才能なんだがなあ」
カノン妹と総合力では同程度なんだから大したものだ。
体の頑丈さと機械人間の体力があれば、いずれはカノン妹を圧倒する……いや、カノン妹もカノンほどではないがわけの分からない才能「も」持っているから結局同程度かもしれん。
「授業として成り立つように教える内容を調節しますから、同じ教室で学ぶ内容は一般的な内容になります」
ドローンは、俺でも分かるように説明内容を要約して立体映像で表示する。
契国や周辺国の社会や文化や慣習、AIではない機械の操作方法、組織の一員としての心得……これは下っ端や中間管理職や頂点まで含む内容か。
『ねえ』
メモリの声と目の光が冷たい。
『あの女、じゃなくてディーヴァが直接担当する講義が多いのはなんで?』
察しの良いカノンが、さりげなく移動して俺をメモリに対する盾にしている。
ドローンは、ひょっとしたら動揺あるいは恐怖しているのかもしれないが顔には出さない。
「指導者候補に対して講義が可能な人間の中で、もっとも人格がまともだからです」
『生まれたばかりの銀華をマスターにしようとしているあの女が?』
ドローンは顔色を悪くするが、それでもメモリの詰問に正面から答える。
「はい。他はハカセかハカセより酷いのしかいません」
メモリの目の光が一瞬だけ通常へ戻り、再度強くなる。
しかし少し前に比べると強さは控えめだ。
『元ハカセとかもいるでしょ!』
「元ハカセは、研究能力はハカセと同程度ですが教育能力は明確に劣ります。ワンオ氏に任せると軍人にしかなれませんし、評議員の三人組は論外です」
メモリの要求にもドローンの反論にも理がある。
契国の人材の層の薄さがこうなった最大の原因であり、つまり契国の独裁者である俺の責任だ。
謝罪の意思を込めてメモリの背中を支えると、メモリの怒りが少しおさまった気がした。
『マスター。これが一番マシなのは分かったけど、銀華が心配だよ』
「学校の体制が変わるのは先のことだ。それまで少しでも理想に近づけていこう」
メモリが落ち着くまで、時間も体力もすごく必要だった。
☆
俺、ドローン、ワンオ氏が一つの部屋に入り、内側から物理的にも情報的にも厳重に施錠する。
酒!
酒!
ジュース!
つまみ!
古代ではコンビニに売っていそうな、この宇宙では社会の最上層でも滅多に手に入れられない無汚染の食料がセルフでテーブルに並べられ、三人は一斉に息を吐いた。
「始めますか」
俺が気の抜けた号令をかけるとすぐ、ドローンがジョッキに入ったオレンジジュースをすごい勢いで飲み干す。
今回用意した食料の中でもぶっちぎりに高価な品だが、それに文句を言える奴はいない。
ぷはぁとオレンジの香りのする息を吐いたドローンが、行儀悪くしてもどこか品のある所作で揚げ芋をかじりながら、愚痴をこぼし始めた。
「なんで僕がメモリさんに文句言われないといけないんですか! そういうのは夫のケースさんの仕事でしょうっ!」
「まあまあ。もう一杯どうだ。俺の酒も入れるか?」
ジョッキに二杯目を注いでから、俺の分の封を切る。
ウィスキーに似た芳香は、少なくとも俺の好みではあった。
「ちょっと頂きます」
ドローンはちょっとと言っていたがかなり持っていかれた。
しばらくして、ドローンがなんとか落ち着いてから、この部屋に入ってはじめてワンオ氏が口を開いた。
「秘密の話があると言われて来てみれば……」
表情は呆れているが、俺のものと同じ酒をグラスに入れて機嫌良さげに揺らしている。
「飲み会ですよ」
「男子会とも言いますね」
ドローンはジョッキからグラスに切り替えて、今度は味わって飲んでいる。
若いと胃腸が元気で羨ましい。
なお、俺が半分以上奪われたのもワンオ氏が香りを楽しんでいるのも、脳を含む内臓に対するダメージが少ない、この宇宙の「酒」だ。
「以前はパイロット三人組も参加したんですが、いきなり節制すると言って不参加になりましたね」
「最近はカノン妹の教育に熱心ですよ。ケースさんが先生と呼ばれなくなるのも、もうすぐかもしれませんよ」
ドローンは見た目以上によく食べる。
機械人間に匹敵する頭脳を酷使する毎日なので、これだけ食べないと痩せるらしい。
「本題は」
ワンオ氏はまだ「酒」に口をつけない。
ドローンは、通信機能のない携帯ディスプレイを起動しテーブルへ置いた。
「用件の一つ目がこれです」
ディスプレイに表示されているのは、特大サイズの艦の設計図だ。
「弩級艦か。武装がほとんどない、まるで旅客船だな」
「長期航行用の旅客船を参考にした、最悪の場合に遠方へ脱出するための船です」
ドローンはほんのり赤くなってはいるが、目は冷静だ。
「普段は学校として使う予定です。銀華さんを含む少数だけは、確実に逃がすためにね」
「子作りをするなら急げということか」
ワンオ氏は少しだけ眉をひそめ、グラスに口をつけた。
「この船を使わずに済むのが一番ですがね。お互い、気楽な独り身じゃないわけで」
俺は、小さなグラスに「酒」を水で割らずに入れる。
「僕は独り身ですけどねー! ケースさんが女遊びをしないから僕も当然そうだろって思われて、正直やりにくいですよ!」
非公式の場で、しかも男しかいないので、ドローンが普段は見せない顔を見せている。
普段は保護者ポジションの俺に男女関係的な意味での清廉さを求める割に、自分の女遊びの障害になると文句を言う……。
ドローンにも俗な部分があることを知れて、呆れが三割で安堵が七割ってところだ。
俺はドローンの愚痴につきあいながら、ワンオ氏との話も続ける。
「容量しか考えていない弩級艦を作ったことはありますが、契国にはまともな弩級艦の設計ノウハウが存在しません。この船について意見を頂ければと思いましてね」
「……数日時間をもらっていいか?」
「すぐに建造開始は無理なので、それで十分です」
俺は、ジュースと「酒」でドローン用のカクテルを作りながらそう言った。
「あと、何かありましたっけケースさん」
愚痴を吐き出し終えてすっきりしたドローンは、ジャーキーにとりかかっている。
聖女が浄化した場所と水と飼料を使った牧畜で得た、これもかなりの貴重品だ。
「最高のセキュリティがある場所でしか渡せないアレだろうが。どうぞ、ワンオさん」
俺が渡したのは、一枚の手書きの地図だ。
メモリの「地図」を書き写したもので、鉄国を中心に、鉄国とその周辺の星系とその名前が書かれている。
「やはり広域の情報収集手段を持っていたか。……連邦方面で、予想以上に鉄国が深入りしているな」
「ドローン、連邦って何だ?」
「鉄国の向こうにある準列強の連合体ですよ」
「助かる。酒ばかり飲まずに水や食い物も腹に入れろよー」
ドローンも俺も、頭が仕事から休暇に切り替わっている。
「契国が鉄国本土に到達した時点で、補給が困難になった契国と補給が十分な鉄国が拮抗とすると予想してたのだがな」
「あ、じゃあこのまま契国が勝つんですか?」
少し雑な態度でたずねたドローンに対し、一杯目を空にしたワンオ氏は二杯目を準備しながら頷く。
「双方、適当なところで矛を収める気があるならだが」
ワンオ氏は再びグラスに口をつけ、口元を緩めた。
「こっちは、鉄国が契国内の機械人間を問題視しないと確約するなら、占領地から撤退するつもりです。反乱を気にしながら統治するより、他国相手の商売や機械人間のマンパワーでド辺境星系の開拓をした方がマシですからね」
俺は、小さなグラスで香りを楽しむ。
鉄国を潰して跡地を吸収したら、占領統治をしながら別の勢力と接することになる。
人材の数が少ない契国にとっては悪夢の展開だ。
「本当に手段を選ぶ気がないなら、お互い簡単に惑星とか色々吹き飛ばせますからねー。戦争なんていつまでも続けるのは無理ですよ」
ドローンがため息を吐きながら、空になったグラスとジョッキを見比べた。
「後は飲みましょう。こんな機会、滅多にないんですし」
酒盛りは、翌朝に、メモリとシロとクロが施錠済みドアをを蹴り破って入ってくるまで続いた。
☆
「一番が負けただぁ!?」
少し残っていた酔いが、一瞬で吹き飛んだ。
『マスター。しっかり撃退してから、戦場に残っていた操縦室全てを回収してから撤退、だよ』
必要があったとはいえ、夫婦の時間より男子会を優先した直後だから、今朝のメモリは少し冷たい。
「だが、弩級艦もいない、同数以下の相手に一番がか?」
あいつはとんでもないコミュ障だが、指揮はやりたくないだけで俺と同程度はできるぞ。
契国建国前からの生え抜きの機械人間パイロットなので機械人間からの人気も高く、カノン妹たちも強さを認めて素直に従っている。
そんな一番が、損傷艦の曳航を諦めてその場でぶっ壊して艦隊半減だと!?
『僕も最初、鉄国による偽情報かと思ったけど本当だよ』
メモリの目の光は、冷静なときのそれだ。
『これが捕虜の映像。マスター、自動翻訳機を一時停止してみて』
いつもつけっぱなしの自動翻訳機を止めても、メモリの言葉はいつも通り。
他は全て聞き取れない言葉のはずなのに、メモリが再生を始めた映像も、聞き取ることができた。
「お、俺は転生者だ! お前なんか俺のチートで……」
チートじみて射撃が巧みなカノンに、機械人間に匹敵する頭脳のドローンに、既に消えたとはいえ位相崩壊砲を完成させた「日本人」の情報が脳裏に浮かぶ。
「ここで「日本人」か」
対鉄国戦の楽観的なムードが、完全に消え去っていた。