AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~   作:星灯ゆらり

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赤い破綻の到来

カノン艦隊による「狩り」の様子は、国営放送によって契国全域に中継された。

 

「技術情報の流出とかは大丈夫なのか? 実際に戦っているところを見られたら性能を予想されるとかないか?」

 

『マスター。火国や鉄国に対する牽制の効果の方が大きいとドローンたちが判断したみたい』

 

他国の反応はまだ判明していないが、契国国内に対する効果は絶大だった。

 

外敵に対して契国は強く、契国の国民は安全だという雰囲気が強く維持されることになった。

 

なお、「狩り」の中継時のニュース番組には、極めて稀なことにハカセは出演していない。

 

古代に到達できず、しかしパイロットの機械人間と共に戻って来れた初期船にかじりつくようにして調査と研究を始めているらしい。

 

『これが位相跳躍の向こう側の世界か!』

 

『ハカセ。まずは情報の保存が優先だ』

 

調査と研究を行うチームには、当然のように元ハカセも参加している。

 

頼んでもいないのに俺に届く進捗報告の数が多すぎ一つあたりの情報量も多すぎで、ろくに確認できていない。

 

俺は契国代表であり、独裁者として振る舞える権利と権威を持ってはいるが、研究に夢中の研究者への口出しが危険だということも分かってはいるので慎重になっている。

 

あいつらを押さえつけすぎると、放置したときより絶対にろくでもないことをする。

 

「ハイパーレーン構築も重要なんだが」

 

結局、俺がつけた文句はこれだけだ。

 

『リングの数が揃うまで時間がかかる』

 

真面目な顔で答える元ハカセは普段と比べて明らかに早口で、『うるさい邪魔するんじゃない』と態度で伝えてきていた。

 

「ケースさん。検疫が終わったみたいです」

 

ドローンが通信で伝えてくる。

 

主要メンバーが大勢同じ場所にいるとテロが怖いので、できるだけ分散するようにしているのだ。

 

「了解。今回の件で、カノンに匹敵する功績がある奴だ。ちゃんとした扱いをしないとな」

 

情報を持ち帰るというのは、それだけで大きな功績なのだ。

 

『それじゃ病院に向かうね、マスター。銀華も連れてく?』

 

「学業の途中で連れ出すわけにもいかないだろ」

 

気軽に提案してきたメモリとは対象的に、俺は我慢に我慢を重ねているのが顔にも声にも出てしまっていた。

 

  ☆

 

口では病院と言ったが、実際は各種の人間用の維持施設と生産施設と研究施設が入居している宇宙居住地だ。

 

肉人間の要素も持つ機械人間である銀華も、純粋な機械人間であるメモリも、古代の人間であり今の肉人間である俺も、結構な回数世話になっている場所だ。

 

「久しぶりだな十七番。……十七番を本名にしてたのは知らなかったが」

 

俺たちは、実験に参加した機械人間パイロットがいる病室を直接訪れていた。

 

撮影スタッフなどの姿はないが、病室を監視するカメラやセンサーで記録はされているはずだ。

 

『お久しぶりです』

 

俺が直接指揮をしたこともある機械人間パイロットが、ベッドの上で頭を下げる。

 

あれほど危険な実験に志願したのだから何かに追い詰められている可能性もあると思っていたが、落ち着いた態度なのでどうやら違うようだ。

 

『メモリ様も、直接お会いするのはお久しぶりです』

 

『うん。回線越しなら結構会ってるもんね』

 

位相戦闘中を除けば、機械人間は人間より圧倒的に高速で情報処理可能なので、機械人間同士の会話は短時間で可能で一日で大勢と会話可能だ。

 

会議の場では、機械人間側が人間側にあわせているともいえる。

 

「実験中の映像は俺も見せてもらった」

 

『ここで再生するね、マスター』

 

「立体映像ではやめてくれよ」

 

俺が慌てて言うと、メモリは『せっかくいい設備があるのに』と目の色をしながら、持ち込んだ携帯ディスプレイを機動させた。

 

そこにあるのは黒ではなく灰色の宇宙だ。

 

薄っすらと霧がかかったように見えて、その霧には濃いところも淡いところもある。

 

星系と星系の間に広がる、ほとんど何もない空間よりは何かがありそうで、星系内よりは何もない印象だ。

 

その印象はすぐに消える。

 

微かに霧が濃くなった場所を横目に見ながら初期船が加速したとき、そこから赤いミミズが大量に飛び出してきたのだ。

 

巨大ミミズ単体に対しては食欲すら感じる俺ではあるが、数が数十あるいは百以上だと視覚的な暴力として感じてしまう。

 

要するに気持ち悪い。

 

「よく冷静に操縦できたな」

 

『一匹に装甲をかじられたので大きなことは言えませんけど、司令相手の模擬戦よりずっと簡単ですよ』

 

十七番は平然としている。

 

十七番の目の色は、銀華と同じだ。

 

「この映像はどうやって撮影したんだ?」

 

『通常のセンサでは空間も霧のようなものも、このミミズ? というのも認識できませんでした。記録できた映像は、全部この目で見たものです』

 

『研究職だけじゃなくて、パイロットの必須装備にもなっちゃってる……』

 

メモリは、表情も目の光も複雑そうだ。

 

『いっそ僕も……。娘の銀華と一緒……。背徳感……』

 

だんだんメモリの目の光が妖しくなっている気もする。

 

「十七番」

 

『はい』

 

俺も十七番も、メモリの奇行に気づかないふりをする。

 

「見事な仕事だ。同じパイロットして尊敬するし、契国代表として高く評価する」

 

『はい!』

 

派手な感情表現はなくても、今は十七番と名乗る機械人間が誇りと充足を感じてるのがよく分かった。

 

「で、実際どんな感じだった。記録したデータは研究職の連中が全力で調べているからそちらはいい。感じたことがあれば言ってくれ」

 

『そう聞かれても正直……。本当に、無理矢理なこじつけていいなら、以前怖いもの見たさで行った地表っぽい感じでしょうか』

 

「地表か」

 

俺のARメガネに、十七番の行動記録の概略が表示される。

 

「位相崩壊砲に巻き込まれなかった、元聖国惑星の地表か。あそこは緑が多いよな」

 

『緑というより肉とかでできた生き物ですね。艦や宇宙港や宇宙居住地の環境と違いすぎて混乱しました。緑は通信越しに楽しむものだと実感しましたよ』

 

ほとんど雑談になってしまっても、伝わることがある。

 

「ミミズ以外にも、何かいるかもな」

 

『はい』

 

肉か機械かそれ以外かは分からないが、意思か意思っぽいものを持つ何かがいるのは確実だと思えた。

 

「本調子じゃないのに邪魔して悪かったな。……メモリは話さなくていいのか?」

 

『えっ、うん、なんでもないよマスター!? えへへ』

 

メモリは激しく排気を兼ねた咳払いをして、普段の表情に戻る。

 

その目の光は、とても妖しく輝いて見えた。

 

  ☆

 

最近自宅として使っている、宇宙港の奥にある最も厳重に警備された区画で帰宅した銀華を迎え、食事と宿題とその他につきあい、就寝した銀華とは別の部屋で夫婦の時間を過ごしたりと色々あった。

 

本当に、色々あった。

 

「ケースさん。顔色悪いですよ」

 

翌朝、緊急度以上に機密度が高い件で相談に訪れたドローンに、本気で心配されてしまうほど色々あったのだ。

 

「少し寝不足なだけだ」

 

俺の仕事は銀華とメモリの安全と将来に直結している。

 

気合いは十分だし、一時間くらいなら集中力は続くと思う。

 

『お父さーん! 朝ごはん食べないのー? ドローンお兄ちゃんも早く食べないと冷めちゃうよー!』

 

銀華の元気な、少し呆れが混じった声が聞こえる。

 

微かに漂ってくる香りは、焼き立てのパンと野菜たっぷり卵スープのものだ。

 

俺はドローンに目配せした。

 

「緊急の仕事なので今から少しケースさんをお借りします」

 

明確に拒否しているのに相手に不愉快に感じさせない声を出せるのは、ドローンの長所の一つだ。

 

『もー。二人の分は残しておくからちゃんと食べてよね! もう食べよ、お母さん』

 

妻と娘に放置されるのは、とても切ない。

 

「家族円満そうでなによりです。……本当に急ぎなのでこれに目を通してください」

 

前半を言ったときのドローンは微笑ましいものを見る目つきで、後半を言ったときのドローンは容赦のない若き権力者としての顔になっていた。

 

「地位が上がっても楽にはならんな」

 

銀華に聞こえないように消音用の設備を起動させてから、ドローンから受け取ったデータチップをARメガネに接続する。

 

俺が慣れた書式と戦力配置図に変換された戦力再編計画が、俺がなんとか理解できる速度で表示されていく。

 

「実験場の防衛ではなく、聖女の五人の警備に艦隊を使うのか。厳重すぎないか?」

 

今でも、それぞれに常時最低一隻の護衛はつけているし、生身の護衛は一桁以上多い。

 

「元ハカセからの報告を読んでないんですか? あの赤ミミズ、性能は低いですが新型跳躍機関に似た機能を持つ臓器を持っているようです」

 

まだ確定ではないですけどと付け加えるドローンだが、ほぼ確信しているようだ。

 

「あいつらが契国の功労者であるのは事実だが……」

 

「気持ちは分かりますけど、元大地教信徒同盟の地表居住者だけでなく、食事や無汚染水や古代のコンテンツで聖女の世話になった契国人が多すぎます。万一のことがあれば国が割れますよ」

 

「そうなるか」

 

この種の判断をドローンが誤るとは思わないし、俺の仲間の中でこの分野に最も強いドローンが判断ミスするなら仕方がない。

 

「分かった。聖女の守りは厚くしろ。で、問題はこれなんだが」

 

新型跳躍機関の量産再開と、赤ミミズの生息領域への侵攻計画だ。

 

純粋な自衛目的というには、戦力の規模も必要となる新型跳躍機関の数も多すぎる。

 

「俺も楽園管理機構は気に入らないが、これじゃいきなり全面対決になるぞ」

 

当時、おそらく契国を簡単に潰せるくらいに戦力的優位にあった楽園管理機構は、「契国が位相崩壊砲を捨てて新型跳躍機関の使用を聖女の帰郷目的のにみ使う」ことを条件に対等の不可侵条約を結んだ。

 

新型跳躍機関の量産再開は、楽園管理機構の顔に泥をなすりつけるような行動だ。

 

「えっ」

 

ドローンが目を見開く。

 

何故か本気で驚いている。

 

「ケースさんなら邪魔なものは力で潰すのではないかと思って……いえ、僕だけでなく他の議員もディーヴァもです。メモリさんには聞いてませんけど」

 

「勘弁してくれ。俺はまだそこまでこの宇宙の流儀には染まってないぞ」

 

染まってないよな?

 

「じゃあ僕の判断ミスですね。撤回します。けど「近く」にあんなミミズが棲んでいるのは危なくないですか?」

 

「古代の田舎なら虫や獣が家の近くに出るのは普通のことだったからな。こっちの敷地に入ってこないなら放置でもいいくらいだ。あの赤ミミズは、初期船に噛みついたままこっちに引きずり込まれたとも解釈できるからな」

 

当時住んでいた家屋の近くあった、耕作放棄地やら管理が放棄された山やらを思い出して、俺は汚染が酷いカロリーバーをかじったときのような顔になった。

 

「それでいいんでしょうか」

 

「いや、今のは俺の趣味であって契国代表としての決定ではない。ドローンが専門家の意見をもとに判断したなら追認するから、一度だけ再検討を頼む」

 

「いえ、戦力の準備も侵攻もコストがすごくかかりますから、再検討して他の手段があれば僕も他の手段を使いたいです。……他の手段があればですけど」

 

「あればいいな、本当に」

 

俺とドローンから、ほぼ同時にため息がこぼれる。

 

この宇宙で目覚めてからこれまで、基本的に艦隊戦でなんとかしてきたのが俺たちだ。

 

俺が引退して銀華が仕事を始める頃には、俺が現役の頃よりは平和な国になっていればいいだが、できるだろうか。

 

「緊急の件は以上です」

 

「ドローンも忙しいのに来てもらって悪いな」

 

お互い立ち上がり、俺は消音用の設備を停止させる。

 

リビングがある方向からは音は聞こえない。

 

外の通路に通じる厳重な扉の前で、銀華がメモリによる服装チェックを受けているのが見えた。

 

『これでよし』

 

『いってきまーす! にゅぁっ!?』

 

扉が開き、銀華がメモリを見ながら飛び出し、銀華が何かを勢いよく踏みつけ、強靭な何かが切断された鈍い音が響いたのは、ほんの数秒の間の出来事だ。

 

踏み込んだ姿勢のまま停止していた銀華が、おそるおそる足元を見る。

 

そこには、初期船に噛みついていたのと同じ姿で、サイズだけが蛇サイズまで小さくなった赤ミミズが、体の真ん中をぺしゃんこにされた状態で痙攣していた。

 

  ☆

 

近くに待機していた重武装の陸戦隊が銀華と赤ミミズを引き離すまで十数秒。

 

俺たち一家の居住施設がある区画が完全に封鎖されるまで数分。

 

銀華、メモリ、俺、ドローンの四人にとっても激動の時間だったが、契国はそれ以上の激動に襲われていた。

 

『聖女さまが水資源を呼び出した星系で赤ミミズが発見されました』

 

『マスター。ワンオさんの家族に、個人での位相跳躍の無制限許可を出したから』

 

会議室に多数設置されたディスプレイに、宇宙港内の通路の隅をぬるぬる動いている蛇サイズミミズや、野菜工場に侵入しようとして警備に撃ち殺されている靴紐サイズミミズなど、多種多様なミミズが映し出されている。

 

ときおり白い犬耳や黒い犬耳が見えて、赤いミミズがゴミの処分場や宇宙に放り出されていっている。

 

「姉さんの妹たちにも重火器の携帯と使用の許可を出しています」

 

最初のカノン妹が生産された時点で、列強の兵士相手に有利に戦える連中だ。

 

頑丈でわけの分からない移動能力はあっても、毒や人間を消し去るような特殊能力は持たない赤ミミズでは、戦いの才能にあふれた妹どもの攻撃には耐えきれない。

 

あの一家とあの一族がいなければどれほどの被害が出たかを考えると、恐怖で震えてしまいそうだ。

 

「今のところ死者はなしか」

 

俺の言葉にドローンが反応する。

 

「運が良かっただけですよ。気づくのが一分間遅れていたら、どうなっていたことか」

 

唐突に、ドローンの腹の音が聞こえた。

 

俺も腹が減っている。

 

朝食を食べる余裕もなく、事態の把握と国民の防衛のために動いてきたからだ。

 

『はいマスター。ドローンも』

 

パンに切れ目を入れて肉っぽい食料を挟んだだけのものを渡される。

 

肉っぽいのが赤いのは……ミミズじゃなくて辛い調味料に漬けてるだけだな。

 

「……どうも」

 

ドローンは決死の表情でかぶりつき、辛さに気づいて慌てて水を探していた。

 

「しかしこれは」

 

俺はディスプレイを見上げる。

 

宇宙居住地や宇宙港以外でも赤ミミズが出没している。

 

小さな個体なら、ビートボード型駆逐艦やサーフボード型巡洋艦に多数搭載されているレーザー砲塔ひとつの攻撃でも確実に仕留めることができる。

 

緑のレーザーでこんがり焼かれていくミミズの姿も、既に見慣れてしまった。

 

「新型跳躍機関でも何でも使って、駆除をしていくしかないか」

 

小惑星サイズの赤ミミズが、宇宙港から目視可能な距離に、しかも複数出現する。

 

演習中だった信号機型砲撃戦艦が狙いをつけて超光速質量弾を発射。

 

一撃で胴が激しく凹み、二発目の着弾の衝撃に耐えきれずに二つに引きちぎられてどこかへ漂っていく。

 

「ケースさん。楽園管理機構を相手に条約改正交渉を行いますのでつきあってください」

 

ドローンからの要請を、俺は快諾する。

 

「新型跳躍機関の量産再開の準備は進めろ。守ったら本拠地を守れなくなるような条約を続けることはできん」

 

ミミズが出てこなくなるまで限定で「新型跳躍機関の量産と使用の許可が得られれば良い」と、このときは考えていた。

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