AI相棒と築く銀河国家戦記 ~初期船一隻でどうしろと?~ 作:星灯ゆらり
ワンオ氏の弩級艦を訪問した俺は、全力の謝罪を決行した。
「儂らとカノン議員の間で、和解が成立しているのだがな」
「俺はカノンの保護者のつもりでいます。気付かないのも気付いて無視するのも駄目でしょう」
利害が対立してお互い退くことができないなら、古代なら法廷闘争に、この宇宙なら殺し合いになるのが当然だ。
だからこそ、軽い気持ちでやってはいけないことがある。
【あの】
「姉さんは黙ってて」
カノンの声もドローンの声も、俺の頭より高い位置から聞こえる。
シロとクロが、カノンに対し、頭を下げることすら許さなかったのだ。
「どうしたものか」
俺は頭を下げているので顔は見えないが、ワンオ氏が比喩的な意味で頭を抱えているのは分かる。
「権力者の家族のやらかしとしてはマシな方だ。二度目がないなら儂はそれで構わん」
鉄国での軍人勤めが長いワンオ氏からは、カノンに対する強い敵意は感じられない。
しかしシロとクロは違う。
『代表、大丈夫なのかお?』
『次、即、開戦』
カノンを全く信用していない。
これまで我慢していたのもワンオ氏が止めていたからで、今行動に移していないのも俺の顔を立ててくれているからだ。
【あの、わたくしは】
「姉さん、今、姉さんに発言する資格なんてないから」
カノンの声は聞いたことがないほど元気がなく、ドローンの声は姉に向けるものとしてはこれまでで一番冷たい。
「カノンは見ての通りの奴です。俺の立場でも必ず止められるとは断言できません。……次にワンオ氏やそのご家族に【声】で手を出したときは、俺が責任をもって始末をつけます」
利害対立の結果の紛争や殺し合いなら別の話になるのは、俺もワンオ氏も分かっている。
「顔をあげてくれ。……お互い、子育ての悩みは尽きないな」
ワンオ氏の、深いため息の音が聞こえた。
俺は、かなり無理のある姿勢を解除して顔を上げる。
比喩的な意味でしおれきったカノンがちらりと見えた。
この宇宙だと既に成人なんだが、古代の価値観が抜けきらない俺にとってはまだ保護する必要がある若造だ。
ふと、あることに気付いた。
ワンオ氏の息子である、白犬耳幼児と黒犬耳幼児が見当たらない。
『ケース代表がいないなら、人質にとられていると判断する状況だお』
『活発、良いこと!』
この件に関しては、シロとクロの意見は別のようだ。
「……メモリ?」
『白くんも黒くんも、銀華と仲がいいというか、利用しあっているっていうか……』
メモリが説明していると、クロが無言で、一枚の携帯ディスプレイを取り出して俺たちに見せる。
銀華の艦隊からの定期報告で、代表や議員だけでなく各艦隊の司令にも送られる内容だ。
艦内や艦外を映した映像に、結構な頻度で犬耳幼児が映り込んでいる。
ポーズを決めていたり、パイロット用の席を占拠して丸くなっていたり、艦にぶつかりそうになった赤ミミズの破片を蹴り飛ばしていたりと……いや最後のは何なんだ。
「滅茶苦茶頑丈だな。銀華より高性能じゃないか?」
白犬耳の子も、黒犬耳の子も、とても気持ち良さそうに全身を使って攻撃していた。
「シロやクロから受け継いだ能力だ。儂はコピーによる劣化が進んでいるから、子を構成する要素はシロやクロの分が多くなる。白兵戦では銀華嬢を上回っているはずだ」
『力が強いのはいいけど、獣っぽさは似なくて良かったお……』
『特徴、大事!』
ワンオ氏の家庭もうまくいっているようだ。
カノンのやらかしがますます申し訳なくなるが、ワンオ氏に目で合図されて俺は床から立ち上がるしかなくなった。
「代表」
ワンオ氏の態度と口調が、個人のそれから艦隊司令のものに切り替わる。
「分かった」
俺は、カノンのことはひとまず放置することにした。
保護者ポジションの人間が頭を下げているのを直視させられるのも、まともな謝罪の機会すら与えられないのも、どちらも精神的にキツイようでカノンは心底落ち込んでいる。
今回だけで性格が変わるとは思えないが、自分のやらかしの結果は自分自身で受け止めてもらおう。
「鉄国の反応はどうなっている」
俺はワンオ氏に質問する。
鉄国から契国へ亡命したワンオ氏は、鉄国から見れば裏切りものであり、鉄国内でのコネは壊滅に近い状態だ。
それでも、契国の国民としては、特に鉄国とのコネが多い。
「動きが鈍いですな。反撃、迎撃、持久のいずれもできる体勢ともいえますが、儂が在籍していた頃なら既に契国に何らかの交渉を持ちかけていたはずです」
個人的なコネを介して得られた情報と、艦隊司令の立場で入手した情報を統合し、ワンオ氏しか得られない情報にしてくれる。
ワンオ氏のコネについての情報は俺も公開したくないので、カノンのやらかしについて知る前から直接ここに来て直接情報を受け取ることに決めていた。
ドローンが、代表代行としての立場で発言する。
「ワンオ司令。評議会の方針は、可能であれば戦前の国境での停戦条約。それが無理なら鉄国の占領。他に手段がないなら鉄国の破壊です。感覚で構いません。鉄国が停戦条約を受け入れる気になるまで、どの程度の時間と損害が必要ですか」
強圧的な言葉遣いではないのに、説得力と迫力……格としか表現できないもの感じられた。
ワンオ氏の表情が苦渋で歪む。
「鉄国の政治次第です。戦線を固定して持久戦にすれば、鉄国は数十年でも戦争を継続できるでしょう」
「なるほど」
ドローンは大きく頷いてワンオ氏に対する感謝を示し、数秒の間、深く考え込む。
「鉄国は理性的なのではなく、理性的だった過去のやり方を真似ているだけなのかもしれませんね」
ドローンが悪意も敵意もなく淡々と言うと、ワンオ氏の表情はさらに苦いものに変わり、シロとクロが無言で何度も頷いていた。
「ケースさん。鉄国を潰すつもりは?」
「必要なら、だな。生き残りや第三者に敵視される展開はできるだけ避けたい」
倫理や善悪の問題ではない。
強くても悪い奴は攻撃され易くなる。
秘密裏に皆殺しにするなんて不可能なんだから、複数の手段が選択可能なら、流れる血の量が少ない手段の方がマシなのだ。
「分かりました。位相崩壊砲を積極的に使ってこない時点で、僕たち契国にとっては一番マシな部類の隣人です。とりあえず、鉄国を除く脅威を滅ぼすか無力化することを優先しましょう」
「となると次は本家聖国か。戦況は?」
『マスター。鬼ごっこと隠れんぼばかりで敵味方の被害がほぼゼロみたい』
メモリがこれまで届いた報告を要約して伝えてくれた。
「そっちのPvPか……」
艦を落としあうPvPは古代でもこの宇宙でも散々経験してきたが、別の種類のPvPは全く自信がない。
「メモリさん。位相崩壊砲が使われた形跡はありますか」
『それはなし。例の『サーフボード型』が以前に使った形跡はあるけど、本家聖国は装備もしてないみたい』
「本家聖国が位相崩壊砲まで使っていたら殲滅してたんだがな」
本家聖国が火国に対して行った工作あるいは侵食は、極めて高確率でろくでもない内容だ。
だが、位相崩壊砲という濫用すれば取り返しのつかなくなるものを使わないのなら、これでも交渉は可能な相手だ。
「ドローン。休みなしで悪いがこのまま灰相界へ向かうぞ」
「指示を出しておきますので一分間ください」
「頼む。ワンオ司令、権限は広げておくからしばらく鉄国相手に持ちこたえてくれ。灰相界方面での安全を確保してから、改めて鉄国相手の方針を決定する」
ワンオ氏は静かに敬礼する。
「あと少し、ならいいんだがな」
どうにも嫌な予感があり、俺は、自分自身に焦らないよう言い聞かせていた。
☆
相変わらず灰色の宇宙は、あちこちに霧にしか見えないものが漂っていて、黒い宇宙よりも視界が悪い。
「一番。今、時間いいか?」
『……はい』
俺という契国の独裁者相手に、本当に嫌そうな表情と声で返事をする。
「対面でなくてもいいぞ」
即座に俺への通信が切断された。
膨大なデータを受信し始めたメモリが、なんとも表現し辛い表情で目を明滅させている。
『マスター。本家聖国は、表面上は有利な地形まで誘き寄せようとしているみたいだけど、時間の流れが急な場所まで引き込んでの時間稼ぎが主目的かも』
「時間の流れ?」
予想外の内容に、俺は困惑してしまう。
「本拠が灰相界にある勢力だからできる戦い方ですね。僕らがしたら灰相界と実相界の時間の流れが原因で、最悪の場合は内乱か分裂ですよ」
メモリと同じデータを受け取り、ようやく確認を終えたドローンが、頭痛をこらえるかのように眉間を揉んでいた。
【わたくしが倒します!】
汚名返上のつもりらしいカノンが身を乗り出して発言する。
「姉さんが時間の流れの速いところに入り込んだら、契国の戦力が三割は減るから駄目からね」
ドローンの視線は冷たく、カノンは横暴な姉として振る舞うこともできずに席に座り直した。
「いっそのこと、聖女の帰郷を先にしてしまうか?」
「その件ですが」
ドローンが真面目な顔になる。
「主星系で、聖女による水資源招喚がそろそろ行われる予定です。帰郷が数ヶ月は後になりそうだから今のうちに、って言ってました」
『ドローンってもてるよね。銀華とはどう?』
「年齢差を考えてください。ああ、精神的な年齢差です」
ドローンは慌てて言い直した。
メモリと俺の年齢差は、誕生してからの年数では俺が圧倒的に上で、主観的な時間ではおそらく……。
『マスター?』
メモリの声も雰囲気もいつも通りなのに、何故か命の危険を感じた。
俺は直前の思考を強制中断させる。
「なんでもない。……あれかな」
例の『サーフボード型』がいる方向から、かなり大きな氷塊が飛んで来て、いきなり消えた。
おそらく主星系へ跳躍したのだ。
『跳躍機関もない物を跳ばすのって、何度論文読んでも分からないんだよね』
「聖女が「位置」を特定することで桁違いの効率で位相跳躍を可能にする技術、らしいです。肉人間への人道的扱い扱いの条文がなければ、聖女の違法コピーと部品への加工が確実に行われていたはずです」
「そうなのか?」
『マスター。ハカセに限らず、この宇宙の研究職の倫理観に期待しちゃ駄目だよ。正直、カノンと同程度がちょっと酷いくらいと考えて』
マジかよ。
もう少しまともだと……冷静に考えると、独裁者相手なら多少の猫は被って当然か。
【あっ。また来ました】
カノンがわざとらしく、人畜無害な少女の言動をしている。
姉の言動に気付いた上で無視していたドローンが、あるディスプレイに視線を向け眉間にしわを寄せた。
「今、位相崩壊砲の反応がありました。ケースさん、『サーフボード型』の近くまで偵察機を飛ばしていいですか?」
「許可する。万一に備えて迎撃の準備を」
『マスター。位相崩壊砲の準備は?』
「準備だけだ。あいつらなら暴発はさせないだろうが、念のためな」
弩級艦の周囲にいたサーフボード型二十八隻が、『サーフボード型』がいる方角に対して防御的な隊列を組み上げる。
推進器と跳躍機関で躱すのも、自前の位相崩壊砲で敵の攻撃を防ぐのも、両方が可能な体勢だ。
「氷塊を確認。やはり位相崩壊砲で攻撃されていますね」
壊しはするが消滅はしないという、絶妙な力加減、か?
『偵察機のセンサーで『サーフボード型』を確認。ディスプレイに出すね』
相変わらず、最新型より新しいサーフボード型が長い時間を経たような、独特の外見だ。
【ドローン、偵察機を一機、ここへ向かわせなさい】
カノンがいつもの態度に戻った。
阿吽の呼吸でドローンが偵察を行うと、灰色というより白に近い宇宙を背景に二十八隻の黒い艦が飛んでいるのが見えた。
「ドローン! 今日の水資源招喚は何回を予定している!」
「三回です! クソっ、やられた!」
出現した三つ目の氷塊に、位相崩壊砲による極小の範囲攻撃が行われる。
攻撃の範囲は極小でも、氷塊を破壊するために多数の眼球型砲塔が使用され、攻撃の打ち消しにも別の眼球型位相崩壊砲が複数使用されている。
黒い二十八隻が加速する。
『サーフボード型』は向きを変えない。
氷塊へ向いていない眼球型砲塔が黒い艦の跳躍機関を次々に撃ち抜き、加速しきれなかった艦が置いていかれる。
氷塊の破壊を完了した眼球型砲塔も黒い艦への攻撃に加わり、二十八隻全てが加減速不能になり一直線に飛ぶだけの残骸と化した。
黒い艦隊の艦はそれで終わりでも、中身は別だった。
使い捨て覚悟で『サーフボード型』に近付いた偵察機が、二十八隻からばらまかれた大量の宇宙服……明らかに中身入りのそれを捉えたのだ。
【せっかくのケースさんのコピーが!?】
カノンが悲鳴をあげる。
透明な頭部装甲を通してちらりと見えたのは、俺の顔と似ていると言われれば似ている気もする。
カノンはこんな場面で冗談は飛ばさないので、少なくともカノン自身はそう判断しているはずだ。
ますます人間離れしてきたな。
「ケースさん! 今すぐあいつらを全員殺してください! あれだけの数の位相崩壊砲を搭載したサーフボード型なら、一隻で契国主星系を破壊可能です!」
『撃て!』
俺が命令するより早くメモリが命令を下す。
契国のサーフボード型二十八隻が、全てあわせても『サーフボード型』の半分にも満たない位相崩壊砲を使用する。
相殺を最初から考えない、人一人殺せる太さの範囲攻撃を、最高の速度で発射する。
的に届くまで秒もかからない。
その的の半数が、攻撃がくるのに勘で気付いたかのように身をよじっても「ほぼ」全てが頭部か胸部を消し飛ばされた。
「ようやくだ」
ただ一人、奇跡的に位相崩壊砲を回避した奴が、無差別の通信を垂れ流す。
「ようやく、俺の、メモリに」
俺がいつも聞いている「骨とかと伝わって聞こえる」俺の声ではなく、俺の声を録音して再生したときに聞こえる俺の声が聞こえる。
奴は『サーフボード型』の装甲にとりつき、サーフボード型と同じ場所にある非常口から操縦室へと入り込む。
こうなると、奴を殺すためには『サーフボード型』を攻撃するしかなくなる。
もし『サーフボード型』が反撃すれば、その時点で俺たちは全滅だ。
「お前、あのときの顔の良い奴か」
俺は、言葉で情報を引き出そうとする。
初の対弩級艦戦闘で弩級艦を操縦していた、面の良い、俺に負けた時点で平然と自分を撃ち殺した美青年と中身が同じと決めつけて言葉を投げつける。
「そうかな? そうかもしれん。コピーを何度も繰り返して、劣化を少しでも補うためにオリジナルに無理矢理近づけて、もう記憶も怪しいがな」
奴は歓喜に震えながら、壊れかけの体を酷使して「いつもの」席へ向かう。
パイロット用の席は空席で、その隣の、副パイロット席に、安らかな寝顔の「メモリ」が目を閉じて停止していた。
「姿全く同じですね」
ドローンは困惑している。
『マスター』
メモリの声からは感情が消え、目の光が弱々しくまたたいている。
「このままどこか俺たちに関係ない場所に跳んでいってくれればいいんだが」
メモリを抱きしめて力づけてやりたいが、今、一瞬でも目を離すことはできない。
俺の本能か無意識かは分からないが、過去最大の警鐘が鳴っている。
奴が、わずかな傷すら許されない宝物に触れるような手つきで「メモリ」へ手を伸ばし、そして無造作に払いのけられた。
『マスター! マスターだよね! 会いたかった!』
魂が砕かれたかのような無表情で立ち尽くす奴を放置し、「メモリ」が跳ね起きて俺に呼びかけてくる。
髪型は、メモリと出会ったときと同じ長髪だ。
子育てと議員の仕事が忙しくて、少しでも時間を確保するため簡単な髪型にしている今のメモリとは違う髪型だ。
『もうそんな偽物を僕あつかいしなくていいから!』
「相殺!」
俺は勘ではなく、予測をもとに攻撃を命令する。
俺の隣にいるメモリだけを狙って放たれた極小の超光速範囲攻撃が、俺たちの弩級艦の位相障壁を貫通する直前にサーフボード型の位相崩壊砲により相殺される。
『マスター?』
小首を傾げる「メモリ」がメモリにしか見えず、俺は強い恐怖と混乱に襲われる。
お互い無意識に手を伸ばして触れ合ったメモリと俺に気付いた「メモリ」が、瞳に殺意の光を点灯させた。