愛を知らないTS少女   作:えせもんティウス

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世界を見る

 

 

「本当に…何があったんだろうな…。」

 

 外に出ると、やはりそこには“崩壊”としか言えない光景が広がっていた。

 

 流石にパジャマ姿で出るわけにもいかず、丁寧に畳まれていた制服に袖を通した。

 

 その時に、ブラジャーや女のパンツを履いている事を、自覚して驚愕した。彼女がいつ着替えさせていたのか、考えるとゾッとする。

 

 制服の生地が肌に触れる感覚が妙に馴染んでいて、それがかろうじて“日常”の残滓だと、自分に思い込ませた。

 

 

「…にしても凄いな。」

 

 

 足下を見れば、箒などではわかれた跡こそあれど、その境界を越えた先は、ガラスの破片や、瓦礫の欠片があちこちに散らばっている。

 

 

「…地震…か?いや、それにしては“不自然”だな。」

 

 

倒壊している建物は、確かにある。

 

 だが、“何かから”押し潰されたとしか思えない、プレス機で粉砕されたような家屋なども目に入るのだ。

 

 不自然な点で言えば他に、地震ならば、地面が沈下した痕跡が必ず何処かにあるだろう。けれど、あるのは“クレーター痕”としか言えない大きな窪みだった。

 

「…これは、凄いな…。」

 

 カフェから見えていたひしゃげた車を近付いてから改めて見てみれば、上からデカイ岩でも落とされたかのような……時間経過で、こんなにもなる訳ない跡が残っていた。

 

 

「本当に…俺は現実を見てなかったんだな。」

 

 

詩音はあの時、何を見ていたのか?

 

俺はあの時、現実を見ていなかった。

 

見ていたのは“風景”だった。

 

その裏にある“記憶”や、“想い”は見ていなかった。

 

 彼女にとって見えていた光景が、景色が、その時は分からなかった。けれど、今では彼女が見えていた景色の“片鱗”くらいは分かる気がする。

 

 

(…知りたい。)

 

 

心がそう叫んでいる。

 

 赤い夕方の日の光が、消えて行き、夜の帳が辺りを静寂に包み込む。

 

 

(夜が…近いな…。)

 

 

微かな冷たい風が吹いた気がした。

 

 それまで、まるで止まっていた時間が、ゆっくりと、静かに動き始めるような────

 

 

(……何かが、おかしい。)

 

 

 夜の始まりと同時に、異様な空気が辺りの雰囲気を一変させた。

 

 

「何かが……来る!」

 

 

俺の中の“誰か”が、警告を発する。

 

 辺りに光源となるのは、存在しない。カフェだけが、仄かな温かみのある光を発しているだけ。

 

 周りはまだ、完全な夜という訳ではないため、視界はまだ、生きてはいる。

 

 

「…何だ…?」

 

 

辺りを見る。

 

 

カフェから出て、ほんの少し歩いただけだ。

 

 

 ……それだけなのに、背後のカフェは、今や“かつて在った幻想”のように霞んで見えた。

 

 

“戻れない”

 

 

 肌の奥をなぞるような不快感が、“気配”が、足元から這い上がってくる。距離はさほど離れてもいないのに、金縛りにあったかのように身体が言う事を聞かない。

 

 

気持ちはもう逃げ出したい一心なのに。

 

 

それなのに

 

 

『……逃げるな。』と、どこかで声がした気がした。

 

 

 

「誰か……居るの?」

 

 

その何かは一向に見えない。

 

 俺の女の子のような甲高い声は夜闇に放たれただけで、夜闇に吸い込まれるように消えて行く。

 

 

  「怖いのに……なんで……動けないんだよ……っ。」

 

 

 足が鉛のように重たい。何かに背を掴まれてるみたいで、息すら深く吸えない。

 

 

声を張ったつもりだった。

 

 

 

(動けない……違う、“動けない”んだ。)

 

 

 

 身体が動かない。“逃げるな”とでも言うかのように。心の奥底で誰かが、そう言っている。

 

 

 そんなのどうだって良いのに、俺はあのカフェ(安全な場所)に行きたいだけだ。なのに足がその場を離れない。

 

 

「………ちっ。」

 

 

確実に“何か”は居る。

 

その直感に従って、腹を括るしかない。

 

だが、その“何か”は姿を、音を、気配を感じさせない。

 

 “殺意”だけはヒリついた空気から感じとれると言うのに。

 

正体だけが未だ、掴めない。

 

 

 

 

 

 

────ピキッ

 

 

 

 

 

 

ガラスの破片を踏んだような音がした。

 

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「なん────だ…?」

 

 

 

 

 

 

(ああ、終わったな…。)

 

 

 

 

喉が、震えた。

 

 

 

 

心臓が鳴る音さえ、もう“音”とは感じなかった。

 

 

 音がした方を振り返れば、人とは言えない形容し難い存在がそこに居た。その存在は、自分の終わりを錯覚させるほどに、強烈なインパクトを俺に与えてきた。

 

 

 

 

「────■■■…ロオロオ……■■■。」

 

 

 

 

耳ではなく、頭の奥に直接流し込まれた“言葉”だった。

 

 意味も、音も分からないのに、それが“命令”であることだけは分かってしまう。

 

 

 身体は肉の海のように蠢き、無数の手と眼が混在していた。見る角度によって輪郭すら変わるそれは、存在してはいけない“異”そのものだった。

 

 目の一つだけが、血の涙を滴らせ、腕が地面に落ちたまま動いている。

 

 

「■■■…□□…オオオ…ロロ…■■■」

 

 

今目の前に、実在しているかすら怪しい化け物だ。

 

 

 仄かな血の匂いが、風を伝って運ばれ、それが危険な存在だと脳が知らせる。

 

 

(…どうすればいい?)

 

 

思考が加速する。

 

距離はまだ、互いにある。

 

 倒壊した数メートル先のコンビニの遮蔽にやつはいる。

 

 距離がある分、武器を探そうと、周囲を見ても護身用のような装備すら落ちていない。

 

 

「……ロロロ…■■■…オオオ……。」

 

 

(まだ……死にたくない。)

 

 

 どうすればこの状況を打開できるのか。どうすれば生き延びれるのか。

 

 そんな考えをしていると、手に一瞬熱が帯びたのを感じて、紫の光が掌に出ているのが分かった。

 

「……魔法……あれが……通じるのか…?」

 

 フィクション…の力。電子ポッドに手をかざせば自ずと引き出せたその力。だが、その力を使えたとて、それを“応用する方法”を知らない。

 

 そもそも使えたとしても、この状況で魔法が通用するとは限らない。

 

 

目と目が合い、どちらも動かないこの状況。

 

 

「■■■■…オオオ……ロロロ…。」

 

 

(…どうする。)

 

 

どちらかが、動けばこの小康状態は破られるだろう。

 

 

「…前を向け自分。」

 

 

 このピリついた重い空気に身体が呑まれそうになるが、それを自身で喝を出しグッと堪える。

 

出来ることなんてない。

 

 だけど虚勢を張ることは出来る。背を向け逃げ出せば死ぬと直感が言っていたんだ。

 

 

 

“死にたくない”

 

 

その一心さえあれば前を向ける。

 

 

 寝る間際の彼女の匂いを思い出す。あの優しい匂いを、纏わせていた彼女を。

 

 

 俺には

 

 

 “彼女(詩音)が居るから”

 

 

 死ぬことなんて出来ない。

 

 

 

「ロロロ……■■……オオオ…■■■■…。」

 

 

────シュッ

 

 

 

 風を切るような音がした。俺の覚悟を踏みにじり、嘲笑うかのような音が。

 

それも俺の耳を横切る形で。

 

 

「……攻撃…され…た?」

 

 

反射的に耳を塞ぐ。

 

 見えない。見えなかった。奴が動いたのか、それともただ、風が横切っただけなのか。

 

 

(……手が…生暖かい…?)

 

 

 寒気がする。右手が震える。生暖かいそれが、腕を伝って落ちていく。

 

見たくない。

 

 全身に“死”という恐怖が渦巻く。滝のような冷や汗が噴き出すように流れる。

 

 

…音がしただけだ。

 

 

なのに“死”が待っている。

 

 

「逃げ────な」

 

 

 反射的に逃げようとした身体が、直後、意思を持ったかのように動かなくなる。

 

 

 

 

『…逃げないで…“戦え”。』

 

 

 

 

 

 

「なん…で…。」

 

 

 

 

怯えた子羊のような声が漏れてしまう。

 

 

 

 

俺の中の直感が戦えとそう言ったから。

 

 

 

 今回ばかりは従えないその要求。だが、自分の意思とは別に目や身体は奴を据えてその場を離さない。

 

 

 

 

 

 

 「ゥ…ア゙ア゙ア゙ア…■■■■……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 

 

 

 

(…あぁ…終わったな。)

 

 

 膠着状態の中、隙を突くように、異形の化け物が叫んだかと思えば俺を喰らうかのような血を滴らせ、人間の唇をそのまま大きくしたかのような不気味な口を開けながら、質量を感じさせない突進をして来た。

 

 

「嫌…だ。」

 

 

 それを目に捉えられた事が奇跡だ。走馬灯のようにあの短かったようで、あったかいカフェでの記憶が蘇る。

 

 

 

彼女との記憶が(思い出が)

 

 

 

 

 

 

 「うああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

(死にたくない…!!!)

 

 

叫んだ。

 

 

 想いがあるから。何も伝えられていないから。また、彼女と会ってこの世界の事を聞きたいから。この世界で生きたいから。俺の名前を聞いていないから。生活をまた彼女と一緒にしてみたいから。

 

 

 彼女が『ここは安全だからあなたも寝ていいよ。』と、最初の日に、俺に呆れて何気もなく言った彼女の姿が目に浮かぶ。

 

 

コーヒーを入れて、ニコニコとして笑顔だった彼女の顔が浮かぶ。

 

 

そんな

 

 

どんな想いよりも

 

 

何よりも

 

 

彼女から

 

 

 

本物の

 

 

 

 

 

 

────優しさ

 

 

 

 

 

を知ってしまったから。

 

 

 

 「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」

 

 

 化け物が俺に呼応するかのような叫びと共に、猛烈な死臭が強くなる。鼻がもげそうなほどの酷い血による悪臭が、気配が濃くなる。

 

 

(…何か…ないのか!!!)

 

 

 時間の流れが遅くなった。化け物の動きが全て見えるかのような錯覚に陥るほどに。涎を垂れ流している異様に大きな舌が俺を捕まえんとしているのが見えるまでに。

 

 

脳内が今をどうするのか、と考えている。

 

 

喉が痛い。だが、まだ生きている。生きていると身体が言っている。だから、この思考を放棄する訳にはいかない。

 

 

『…死ぬな!!!』

 

 

 必死に考えて、考えて、考えて、考えた末に、どこから投げ掛けられたか分からない言葉が脳内を駆け巡った。

 

 何故か、その言葉が身に染みる。この身体の記憶なんかないのに。

 

 

 

その言葉が、全てを語っていた。

 

 

 

頭の中で俺の今の姿をした子が、何故か泣いている。

 

 

 

 

右手が声と共に熱くなった。

 

 

夥しいエネルギーをその手から感じる。紫の光が視界の端から見ても眩しく感じるくらいに。

 

紫の光はまるで、焼けた鉄のような熱とともに、静かに脈動していた。

 

 

 

まるで

 

 

この力が“正解”だとでも言うように。

 

 

 

「…死ねぇぇえええええええ!!!!」

 

 

 

 

 俺は無我夢中で右手にこもられた紫の光(希望)を化け物へとぶつけた。

 

 

 

「……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア…□□□□…■■…ロロロロ…ウウウウウ…。」

 

 

そう、

 

 

確かにぶつけたのだ。

 

 

 

なのに

 

 

なのに…

 

 

 

「なんで…なんで…平然としてんだよ!!!!」

 

 

 

 俺と化け物はまた、最初の時へと逆戻りへとなった。倒壊したコンビニからまたこちらの様子を見るように、そこにまだ、存在している。

 

 

俺は紫の光をやつの口にぶち込んでやった。

 

 

普通は口にあんなエネルギーをぶち込まれたら致命傷を負うはずだ。なのにやつは地面に垂れた腕で口を頬を撫でるようにしているだけ。その度に唸るように動く腕がやつを普通の存在ではないと証明している。

 

 

「……ギギギ…ゴゴゴ…□■□□…■■■■」

 

 

 唯一違うのは化け物が俺を獲物から“敵視”へと変わっただけ。

 

 

明らかに佇まいが違う。

 

 

 肉の海のように蠢き、視線が刺さるような目が無数にあった。血の涙を滴らせていた目は閉ざしながら。

 

 

「……クソが。」

 

 

 力の出し方は分かった。化け物が俺を獲物から敵へと認識した。だからこそ、この力がやつにとって脅威になると、確信できる。

 

 

ただ、放出するしか分からない。

 

 

だけど、それで自分が少しでも生きられるなら、

 

 

その“選択”をするしかない。

 

 

 

 

「かかって…こいよ…。」

 

 

「…ギギギ……ヤヤヤヤ……□□□□…■■□■…ア゙ア゙ア゙ア!」

 

 

 

時間を稼ごう。

 

 

 

彼女が帰って来ると

 

 

 

そう

 

 

信じて

 

 

 

「ギギキ……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア!!!!」

 

 

 

化け物が俺の挑発に乗り時間はまた動き出す。

 

 

その時間の終わりは

 

 

俺も知らない。

 

 

ただ、

 

 

「これでもまた、喰らえ!!」

 

 

 

紫の光を出して、投げつけるように投擲すると、腕がねじ切れるような軌道で跳ね、空気ごと裂けたような音を残して今度はコンビニより少し近い、車の残骸裏に隠れた。

 

 

 

やつの姿が、今度は見える。

 

 

しっかりと

 

 

この目で

 

 

「絶対に…死んでやるもんか…。」

 

 

 俺がこうして信じたフィクションが、今、現実を救おうとしているのは確かだ。

 

 

 

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