「付喪神の囁き~大内義隆、歴史を紡ぐ~」   作:三浦左衛門丞

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第一章:御子の頃
第1話「記憶の呼び水」――夢に棲む少女との出会い


――世界は、どこまでも静寂に包まれていた。

 

 真っ白な闇の底で、音も、温度も、ただ漂うように存在している。それが絶望の終わりか、新たな始まりか、俺には分からない。

だが、ただ一つだけ──記憶の奥底に深く刺さる感覚があった。

 

 それは、『死』という言葉が頭に浮かんだ瞬間に訪れた、あの絶対的な空白だ。全てが終わり、己という存在が消滅しかけたにもかかわらず、なぜか、完全に消え去ることはなかった。

 

 そして――

 

「よしたかくん」

 

 その声が聞こえた。

 とても、懐かしい声だった気がする。

 

 

 山口県庁(やまぐちけんちょう)の一角。俺は、文化振興(ぶんかしんこう)と町づくりを担当する地方行政官(ちほうぎょうせいかん)だった。

 歳は四十を過ぎていたが、背筋は伸びている。出張カバンの中には、びっしりと書き込みのある手帳と、付箋まみれの郷土史(きょうどし)の冊子が常に入っていた。

 

「最近はさ、歴史なんて学ばなくていいって言う人も多いよね」

 

 若い同僚のひと言に、俺は苦笑を浮かべた。ただ年号を覚えるだけなら、意味はないのかもしれない。けれど、その年号の裏には無数の声がある。

争い、祈り、芸術、暮らし――すべてが今の文化の土台になっている。

 

 昼休みに、俺は何気なくスマートフォンを手に取った。

 通知はゼロ。SNSのタイムラインも、静かなものだ。

 

(今日も、誰も歴史の話なんかしてないな)

 

 俺はふと、画面を閉じかけた手を止め、画面に映った自分の顔をぼんやりと見つめた。

 

(こんな顔して、俺は何を残せてるんだろうな)

 

 自嘲気味に笑って、立ち上がる。だが歩きながら、思わずまたスマホを探そうとする自分の手の動きに、ふと戸惑う。

 

「あれ?」

 

 スマホは、さっきスーツの内ポケットに入れたばかりだ。けれど、まるでもっと別のものを探している気がした。

 机の片隅に置かれたスマートフォンが、奇妙に温かく光っているように見えた。

 

 もう十年近く使い続けている。画面はひび割れ、反応も鈍く、バッテリーの持ちもひどい。妻には何度も買い替えを勧められたが、そのたびに首を横に振った。

 

 この一台には、あまりにも多くの時間が詰まっていた。妻がふざけて撮った寝顔の写真。亡くなった父と、交わしたSNSの履歴。

 

 何度も修理し、電池も替えた。滑稽だと笑われたこともある。けれど、この小さな四角いガラスの中に、自分の人生の断片は静かに息づいていた。

 

 だからこそ――手放せなかった。

 このスマホを失えば、自分という存在がどこか途切れてしまうような気がして。

 

 その夜、俺はまた、そのスマホを手に取った。

 ひび割れの向こうに、かつての記憶がぼんやりと浮かぶ。ふと、ひとりごとのように呟く。

 

「もし、やり直せるなら」

 

 次の瞬間だった。

 

 画面が白く、眩い閃光を放つ。

 それが夢だったのか、現実だったのか。確かめる暇もなく、意識は深い闇の底へと、吸い込まれていった。

 

 

永正(えいしょう)四年 十一月 (1507年12月)

 

 赤子の泣き声が響いている。

 

 泣いていたのは、紛れもなく、俺自身だ。気づけば、身体は驚くほど小さく、視界は水中で揺らぐようにぼやけている。温かい何かに優しく抱かれ、ゆっくりと揺られている感覚。耳に届くのは、聞き慣れない響きの言葉ばかり。しかし、なぜかその意味は、不可思議なほど明確に理解できた。

 

(これは日本語じゃない。いや、日本語だけど古い?)

 

 言葉の端々に、かすかな古語の響き。衣擦れ(きぬずれ)の柔らかな音。そして、部屋を満たす伽羅(きゃら)の香。本能が告げていた。

 

 俺は、何百年も昔の、見知らぬ場所にいるのだと。それでも、俺は泣いた。それは、身体が勝手に泣き出したのではない。新たに『生を受けた』という、あまりにも鮮烈な実感に、俺の心が激しく震え、涙が止まらなかったのだ。

 

 それから数日が過ぎた。

 目覚めるたびに見知らぬ屋敷、知らぬ顔の女たち、そして繰り返す古風な言葉遣い。自分がどこにいるのか、何者なのか、明確な記憶はまだ戻らなかった。

 

 だが、胸の奥で繰り返す問いがあった。

 

(なぜ、俺はこの時代に生まれた?なぜ、こんなにもこの場所が懐かしく息苦しい?)

 

 幾日か経った頃から、俺は夢を見るようになった。そこは、光の届かぬ深淵でありながら、どこか温かい場所。そして、そこに立つ人影。

 

 最初はぼんやりとした輪郭だったが、次第に鮮明になり、ある夜、その口元が微かに弧を描いた。同時に、聞き慣れた、しかし何百年も聞いていないような懐かしい響き。

 

「久しぶり、よしたかくん」

 

 それは、十代前半と思しき少女の声だった。白い髪を揺らし、現代風の制服を纏っている。その手には、見覚えのある古びたスマートフォン。間違いない俺の相棒だった。

 

「おまえ、まさか?」

 

 戸惑う俺に、少女は悪戯っぽく首を傾げ、微笑んだ。

 

「うん。わたし、あのスマホ。十年、ずっとよしたかくんと一緒にいたから。ほら、よく話かけてくれたでしょ? 」

 

「それは、あれだよ、あれ、電話だよ」

 

「ふふ。よしたかくんの想いが、わたしに詰め込まれたから、それで神様に拾われて、付喪神(つくもがみ)になったって感じかな?」

 

「これは夢、なのか?」

 

「うん。でも、ただの夢じゃない。ここなら、君と繋がれる」

 

 彼女はそう言って、手にしたスマホの画面をスワイプする仕草をする。

 

「うおっ!」

 

 俺の目の前には、無数のアイコンが眩い光を放ちながら、クルクルと舞い踊る。

 

「私の記憶も、君の記憶も、全部ここにあるデータだよ。たとえ今は思い出せなくても、大丈夫。それにね」

 

「もう、そろそろ準備を始める時期だよ」

 

「準備?何のだ?」

 

 少女は宙を歩きながら、真っ直ぐに俺の目を見た。

 

「君は、大内義隆(おおうちよしたか)になった。まだ、記憶は曖昧だけど。でも、あの夜、願ったじゃないか。やり直したいって。本当に美しかった日本を、もう一度って」

 

 その言葉が、深く胸に刺さる。大内義隆。まさか自分がその名を持つことになろうとは。喜びや興奮よりも、背負わされた運命の重さに、一瞬息を呑んだ。だが、同時にこれで終わりではない。ここから俺の『やり直し』が始まるのだ、と静かに受け入れた。

 

 夢から覚めると、(ふすま)の隙間から冷たい朝日が差し込む。目が慣れると、その向こうから、女房(にょうぼう)たちの楽しげな話し声が微かに聞こえてきた。戦国の世とは思えぬほど、穏やかで、美しい朝だった。

 

 そして俺は知る。今夜もまた、あの少女は夢に現れるだろう。彼女と共に、俺は少しずつ、『大内義隆』という存在になっていくのだと。




現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。

執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。

https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b

※AIツール(ChatGPT)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。
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