(1511年4月)
長く厳しい冬がようやく終わりを告げ、
「亀童丸様、お見事にございます」
「一度お教えしただけで、これほどとは……」
御殿の一室で、侍女たちが
「ようこそおいでくださいました。亀童丸にございます」
小さな体で頭を下げ、お辞儀の角度を調整する。相手の身分が高い場合、深く。低い場合、浅く。
三歳の体はまだぎこちないが、言葉は滑らかに紡ぎ出せる。転生前の記憶が、こうした作法を自然に呼び起こすのだ。
「まあ、若様。一度でこんなに立派に……!」
千世が手を叩き、目を輝かせる。
ふっくらとした小袖を纏いながらも、立ち居振る舞いは年相応の子供のものではなかった。相手の身分を想定し、教えられた通りの完璧な角度でお辞儀をし、
(母上、ご安心を。この才は、あなたと、この大内家を守るためにこそ使うのです)
俺が内なる誓いを立てていると、母上が満足げに
「上出来です、亀童丸。ちょうど良い頃合いですわ。まもなく、
「はい、ははうえ」
母上の言葉通り、さほど時を置かずに侍女が
「
母上は
やがて部屋に導かれてきたのは、
(あれが陶弘詮の孫。新三郎か。陶家は大内家の要だが、古い
母上と佳乃が季節の挨拶を交わす。俺は新三郎と視線を合わせた。彼の瞳には、ぼんやりとした知性の光が宿っているが、どこかぼーっとした雰囲気がある。初めての顔合わせに、互いに距離を測るような沈黙が落ちる。
「新三郎。こちらが、若君の亀童丸様にございます。さあ、ご挨拶を」
「は、はい」
促された新三郎は、ひどくぎこちない動きで、こちこちに固まったまま頭を下げる。
「……し、新三郎にございます。お初に、お目にかかり…まする」
途切れ途切れの言葉が、緊張をありありと伝えてくる。俺は新三郎の目を見て、にこりと微笑み、静かに会釈を返す。母上と佳乃殿の穏やかな視線が、対照的な俺たち二人に注がれているのを感じた。
母上と佳乃が、季節の挨拶や京で戦の
母上と佳乃の話が続く中、俺は新三郎の固い表情に気づいた。ぼーっとしているようで、実は緊張しているのかもしれない。この少年の心を解くことが、未来の絆に繋がるかもしれない。そう直感した俺は、近くに控えていた小四郎を呼んだ。
「こしろう、こっちへ」
「はっ」
小四郎は素直に近づき、俺の隣に座る。俺は新三郎に声をかけ、遊びを仕掛けた。
「しんざぶろう。おもしろいこと、みせてやる」
俺は新三郎に向き直り、にやりと笑う。心を掴むには、こんな遊びがいいはずだ。
「よいか。この、こしろうを、ようくみておれ」
新三郎と小四郎が、不思議そうに顔を見合わせる。俺は右手の人差し指を、小四郎の鼻先すれすれに滑らせる。
「あっち!」
ひらりと指を右へ。つられて小四郎が、驚くほど素直に右を向く。
「ぷっ」
「わ、若様!」
あまりに素直な反応に、俺は思わず笑い出し、小四郎は顔を真っ赤にして
新三郎は最初、ぼーっと俺たちを見つめていた。だが、小四郎のあまりに素直な反応に、目を丸くし、口角がわずかに上がる。やがて堪えきれず、顔をくしゃくしゃにして笑い出す。声は控えめだが、笑い顔は春の日差しのように無邪気で、年相応の子供そのものだった。
「こんどは、そなた」
俺は新三郎と向き合い、今度は彼の鼻先へ指を滑らせる。
「あっち!」
新三郎は耐えた。が、口角が震え、肩が小さく跳ねる。小四郎が負けじといたずらっぽく目をそらし、場は一気に
春の光に溶ける笑い。固かった氷は、いま音もなく割れた。
俺は、その笑顔を見て、心の中で強く願う。この少年達と共に、笑い合える未来を。守るべき大内家の、
新三郎と別れた後も、俺の頭からは彼のくしゃくしゃな笑顔が離れなかった。あの無邪気さが、なぜか胸の奥をざわつかせる。
転生して以来、守る以外の感情は霧のように薄いはずなのに、これは何だ。かつての俺の、子供の頃の記憶が疼くのか。
考えが巡るうちに、幼い身体は限界を迎えていたらしい。母の腕の中で心地よい重さに身を任せると、意識はすっと闇に吸い込まれてゆく。
ふわりと意識が浮上すると、そこは見慣れた
「紀理、それは…」
「ああ、よしたかくん。ちょうど
紀理は砂の尖塔を指で軽く整え、
「なぜ洋風?」
彼女は目を細めた。
「よしたかくんが、昔見てたアニメの影響で、ついこんな形にしちゃったの。どうかな?」
紀理は小首を|傾ける。
「よしたかくんが、新三郎くんとの遊びを楽しそうだったから」
「あぁ。あの笑顔は良かった。俺も幼き頃を思い出してきたのかも知れない」
「あの遊びも?」
「そうだな。ああいう何気ない時間こそが、人の心を掴むんだ。……ただの遊び、のはずなんだがな」
最後の言葉は、誰に言うでもなく呟かれた。胸の奥がまたざわつく。
「ふふ、よしたかくん、
紀理の言葉が、すとんと胸に落ちる。そうだ、これは力なのだ。守るための。そして、守るべき相手のことを何も知らずに、力など振るえるはずがない。
「ところで、紀理。あの少年のことを、もっと教えてくれ」
紀理はスマホの画面をスワイプし、微笑みが消えた。
「新三郎、後の陶隆弘。陶弘詮の孫で、父は隆康。
紀理の言葉に、俺は衝撃を受けた。昼間の屈託ない笑顔が、脳裏に浮かぶ。あの少年が、自分と共に死ぬ運命にある忠臣だったとは。
「そんな……あの笑顔が、悲劇で終わるなんて」
紀理は静かに頷く。
「うん。でも、君なら変えられるよ。今日の絆が、その第一歩になるはずだよ」
俺は拳を握った。新三郎の笑顔が、なぜか母上の寝顔と重なる。あの温もりを、俺は守らねばならない。守る感情が、胸の奥で強く燃え上がるのを感じた。
亀童丸が寝静まった夜、
「今日、あの子が笑っているのを、久しぶりに見た気がします」
「若様のことでございますか」
千世が目を輝かせ、弾んだ声で問い返す。
「ええ。いつもどこか大人びていて、笑う時でさえ、何かを考えているような……そんな気がする時があるのです。でも、今日、新三郎殿と笑い合っていたあの子は、本当に年相応の童のものでした」
「若様、ほんと楽しそうでしたもの 。新三郎様とまたお会い出来たら、若様の笑顔がもっと見られるかと」
東向殿も「ええ、そうだとよいのですが」と頷きながら、脳裏には別の光景が浮かんでいた。
新三郎の心を巧みに解きほぐし、無邪気な遊びで自然に笑いの輪を作ってみせた、我が子の姿。
あれは本当に、ただの子供の振る舞いだったのだろうか。
(あの子は、人の心を掴む
それは、母としての純粋な喜びと、
我が子の寝顔を見つめる東向殿の表情に、これまでとは違う、新たな覚悟の光が静かに
現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。
執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
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※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。