「付喪神の囁き~大内義隆、歴史を紡ぐ~」   作:三浦左衛門丞

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第13話 「春の出会い」――少年の笑顔と誓いの芽

(1511年4月)

 永正(えいしょう)八年 三月 亀童丸 満3歳 数え五歳

 

 長く厳しい冬がようやく終わりを告げ、東向御殿(ひがしむきごてん)の庭にも柔らかな春の日差しが穏やかに降り注いでいた。解け残った雪の間からは蕗の薹(ふきのとう)が顔を出し、梅の(つぼみ)もほころび始めている。

 

「亀童丸様、お見事にございます」

「一度お教えしただけで、これほどとは……」

 

 御殿の一室で、侍女たちが感嘆(かんたん)の声を漏らす。 視線の先には、数え五歳となった俺が、訪問者に対する挨拶の練習をしている姿があった。

 

「ようこそおいでくださいました。亀童丸にございます」

 

 小さな体で頭を下げ、お辞儀の角度を調整する。相手の身分が高い場合、深く。低い場合、浅く。

 三歳の体はまだぎこちないが、言葉は滑らかに紡ぎ出せる。転生前の記憶が、こうした作法を自然に呼び起こすのだ。

 

「まあ、若様。一度でこんなに立派に……!」

 千世が手を叩き、目を輝かせる。

 

 ふっくらとした小袖を纏いながらも、立ち居振る舞いは年相応の子供のものではなかった。相手の身分を想定し、教えられた通りの完璧な角度でお辞儀をし、(よど)みなく言葉を紡ぐ。視界の端で、侍女たちが息を呑んで目を丸くしているのが分かった。

 

 几帳(きちょう)の奥で見守っていた母上は、満足げに微笑みを浮かべている。だが、四十年の魂を持つ俺には、その瞳の奥に、息子のあまりの聡明(そうめい)さが未来に何をもたらすのかという、一抹(いちまつ)の不安と期待が入り混じった複雑な色が浮かんでいるのが見て取れた。

 

(母上、ご安心を。この才は、あなたと、この大内家を守るためにこそ使うのです)

 

 俺が内なる誓いを立てていると、母上が満足げに頷き(うなずき)、俺に目を向けた。

 

「上出来です、亀童丸。ちょうど良い頃合いですわ。まもなく、(すえ)佳乃(かの)殿が、お孫様を連れて春のご挨拶に見えるはず。手習いの成果を見せて差し上げなさい」

 

「はい、ははうえ」

 

 母上の言葉通り、さほど時を置かずに侍女が来訪(らいほう)を告げた。

 

御台様(みだいさま)、陶の佳乃様が、春のご挨拶にお見えになりました」

 

 母上は(おうぎ)を優しく振って頷き、俺に目を向ける。

 

 やがて部屋に導かれてきたのは、陶弘詮(すえひろあき)の妻である佳乃殿だった。武家の妻らしい(りん)とした(たたず)まいだが、今日は柔らかな笑みを浮かべている。傍ら(かたわら)には、俺より少し年長で背の高い少年が、固い表情で控えていた。

 

(あれが陶弘詮の孫。新三郎か。陶家は大内家の要だが、古い確執(かくしつ)も抱えている……)

 

 母上と佳乃が季節の挨拶を交わす。俺は新三郎と視線を合わせた。彼の瞳には、ぼんやりとした知性の光が宿っているが、どこかぼーっとした雰囲気がある。初めての顔合わせに、互いに距離を測るような沈黙が落ちる。

 

「新三郎。こちらが、若君の亀童丸様にございます。さあ、ご挨拶を」

「は、はい」

 

 促された新三郎は、ひどくぎこちない動きで、こちこちに固まったまま頭を下げる。

 

「……し、新三郎にございます。お初に、お目にかかり…まする」

 

 途切れ途切れの言葉が、緊張をありありと伝えてくる。俺は新三郎の目を見て、にこりと微笑み、静かに会釈を返す。母上と佳乃殿の穏やかな視線が、対照的な俺たち二人に注がれているのを感じた。

 

 母上と佳乃が、季節の挨拶や京で戦の只中(ただなか)にいる夫たちの噂話に興じる中、俺は少年と顔を見合わせる。

 

 母上と佳乃の話が続く中、俺は新三郎の固い表情に気づいた。ぼーっとしているようで、実は緊張しているのかもしれない。この少年の心を解くことが、未来の絆に繋がるかもしれない。そう直感した俺は、近くに控えていた小四郎を呼んだ。

 

「こしろう、こっちへ」

「はっ」

 

 小四郎は素直に近づき、俺の隣に座る。俺は新三郎に声をかけ、遊びを仕掛けた。

 

「しんざぶろう。おもしろいこと、みせてやる」

 

 俺は新三郎に向き直り、にやりと笑う。心を掴むには、こんな遊びがいいはずだ。

 

「よいか。この、こしろうを、ようくみておれ」

 

 新三郎と小四郎が、不思議そうに顔を見合わせる。俺は右手の人差し指を、小四郎の鼻先すれすれに滑らせる。

 

「あっち!」

 

 ひらりと指を右へ。つられて小四郎が、驚くほど素直に右を向く。

 

「ぷっ」

「わ、若様!」

 

 あまりに素直な反応に、俺は思わず笑い出し、小四郎は顔を真っ赤にして狼狽(うろた)える。

 

 新三郎は最初、ぼーっと俺たちを見つめていた。だが、小四郎のあまりに素直な反応に、目を丸くし、口角がわずかに上がる。やがて堪えきれず、顔をくしゃくしゃにして笑い出す。声は控えめだが、笑い顔は春の日差しのように無邪気で、年相応の子供そのものだった。

 

「こんどは、そなた」

 

 俺は新三郎と向き合い、今度は彼の鼻先へ指を滑らせる。

 

「あっち!」

 

 新三郎は耐えた。が、口角が震え、肩が小さく跳ねる。小四郎が負けじといたずらっぽく目をそらし、場は一気に(わらべ)の輪になる。

 春の光に溶ける笑い。固かった氷は、いま音もなく割れた。

 

 俺は、その笑顔を見て、心の中で強く願う。この少年達と共に、笑い合える未来を。守るべき大内家の、忠義(ちゅうぎ)の芽を、ここで育てるのだ。

 

 新三郎と別れた後も、俺の頭からは彼のくしゃくしゃな笑顔が離れなかった。あの無邪気さが、なぜか胸の奥をざわつかせる。

 転生して以来、守る以外の感情は霧のように薄いはずなのに、これは何だ。かつての俺の、子供の頃の記憶が疼くのか。

 

 考えが巡るうちに、幼い身体は限界を迎えていたらしい。母の腕の中で心地よい重さに身を任せると、意識はすっと闇に吸い込まれてゆく。

 

 ふわりと意識が浮上すると、そこは見慣れた黄昏(たそがれ)の公園だった。いつもと違うのは、紀理がベンチではなく、砂場で何かを作っていること。近づいてみると、それは驚くほど精巧な砂の城。だが、天守閣(てんしゅかく)はなく、いくつもの尖塔(せんとう)がそびえ立つゴシック様式の城だ。

 

「紀理、それは…」

 

「ああ、よしたかくん。ちょうど主郭(しゅかく)の最終防衛ラインを構築(こうちく)しているところだよ」

 

 紀理は砂の尖塔を指で軽く整え、悪戯(いたずら)っぽく笑う。

 

「なぜ洋風?」

 

 彼女は目を細めた。

 

「よしたかくんが、昔見てたアニメの影響で、ついこんな形にしちゃったの。どうかな?」

 

 紀理は小首を|傾ける。

 

「よしたかくんが、新三郎くんとの遊びを楽しそうだったから」

 

「あぁ。あの笑顔は良かった。俺も幼き頃を思い出してきたのかも知れない」

 

「あの遊びも?」

 

「そうだな。ああいう何気ない時間こそが、人の心を掴むんだ。……ただの遊び、のはずなんだがな」

 

 最後の言葉は、誰に言うでもなく呟かれた。胸の奥がまたざわつく。

 

「ふふ、よしたかくん、童心(どうしん)に帰ったんだね。でも、それが君の力だよ。守るために、心を動かす力」

 

 紀理の言葉が、すとんと胸に落ちる。そうだ、これは力なのだ。守るための。そして、守るべき相手のことを何も知らずに、力など振るえるはずがない。

 

「ところで、紀理。あの少年のことを、もっと教えてくれ」

 

 紀理はスマホの画面をスワイプし、微笑みが消えた。

 

「新三郎、後の陶隆弘。陶弘詮の孫で、父は隆康。史実(しじつ)では……大寧寺(たいねいじ)(へん)で、君に(じゅん)じて討死(うちじに)するの」

 

 紀理の言葉に、俺は衝撃を受けた。昼間の屈託ない笑顔が、脳裏に浮かぶ。あの少年が、自分と共に死ぬ運命にある忠臣だったとは。

 

「そんな……あの笑顔が、悲劇で終わるなんて」

 

 紀理は静かに頷く。

 

「うん。でも、君なら変えられるよ。今日の絆が、その第一歩になるはずだよ」

 

 俺は拳を握った。新三郎の笑顔が、なぜか母上の寝顔と重なる。あの温もりを、俺は守らねばならない。守る感情が、胸の奥で強く燃え上がるのを感じた。

 

 亀童丸が寝静まった夜、東向殿(ひがしむきどの)は侍女の千世にぽつりと漏らした。

 

「今日、あの子が笑っているのを、久しぶりに見た気がします」

 

「若様のことでございますか」

 

 千世が目を輝かせ、弾んだ声で問い返す。

 

「ええ。いつもどこか大人びていて、笑う時でさえ、何かを考えているような……そんな気がする時があるのです。でも、今日、新三郎殿と笑い合っていたあの子は、本当に年相応の童のものでした」

 

「若様、ほんと楽しそうでしたもの 。新三郎様とまたお会い出来たら、若様の笑顔がもっと見られるかと」

 

 東向殿も「ええ、そうだとよいのですが」と頷きながら、脳裏には別の光景が浮かんでいた。

 新三郎の心を巧みに解きほぐし、無邪気な遊びで自然に笑いの輪を作ってみせた、我が子の姿。

 あれは本当に、ただの子供の振る舞いだったのだろうか。

 

(あの子は、人の心を掴む(すべ)を、生まれながらに心得ているのかもしれない……陶家のような重臣(じゅうしん)の心を、こうして掴んでいくのなら、亀童丸の治世(ちせい)を支える力になるかもしれない)

 

 それは、母としての純粋な喜びと、畏れ(おそれ)が入り混じった、複雑な予感だった。

 我が子の寝顔を見つめる東向殿の表情に、これまでとは違う、新たな覚悟の光が静かに(とも)っていた。





現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。

執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。

https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b

※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。
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