今回は少しだけ寄り道よ。よしたかくんが知らないところで、彼の未来を形作る、とても大切なお話。
主役は、よしたかくんのお母さんと、いつも彼の側で支えるまつゑさん。
二人の母が、どんな想いを胸に秘めて、未来への一歩を踏み出したのか……その心の内を、私が少しだけ皆さんにお見せしますね。
(今回は、いつもと少しだけ視点を変えてお届けします)
(1511年4月)
永正八年 三月
初春のやわらかな風が、
陽は高く、庭で遊ぶ子らを照らす。
「まあ、ご覧くださいませ、御台様。あのように楽しげな亀童丸様のお顔は、初めて拝見いたしました」
佳乃の言葉どおり、亀童丸は佳乃の孫である新三郎とすっかり打ち解け、枝で庭隅の土に線を引き、身振りで示し、無邪気な笑みをこぼした。
いつもの大人びた面差しは影を潜め、子供らしさがのぞいていた。
「ええ、本当に。これも佳乃殿が、新三郎殿をこちらへ遣わしてくださったおかげでございましょう」
東向殿は穏やかに微笑み返す。その笑みの裏で、息子の描く絵が、大内家の家紋に見えるのを冷静に見て取っていた。
しばらく和やかな時が流れた後、佳乃は意を決したように口を開く。
「御台様、まことに差し出がましい願いとは存じますが、もしお許しいただけるのでしたら、我が孫の新三郎を、亀童丸様の手習いのお相手として、時折お側に置いてはいただけませんでしょうか」
「手習いの、お相手ですか」
「はい。亀童丸様のご聡明さは、かねてよりお聞き及んでおります。つきましては、我が孫も若様の高きお志のそばで学ぶことが許されるならば、それに勝る誉れはございません」
それは、陶
東向殿は、湯呑を静かに置くと、困ったように少しだけ眉を下げ、優雅な仕草で袖口を整えた。
「ありがたいお言葉。ですが、あの子の側に仕える者については、いずれ
その言葉は、陶家だけが特別ではないという、角の立たない、しかし明確な
「それに、あまりに早くから特定の家と縁を結ぶのは、かえってお互いの家の為にならぬこともございます。ねえ、佳乃殿」
『縁』という言葉に、佳乃の表情がわずかに強張る。だが、彼女もまた老練な女性。すぐに柔和な笑みに戻り、言葉を返した。
「まあ、御台様ったら。いかなる縁も、まずは心と心が通い合うことから始まりましょう。ご覧くださいませ、あのお二人を」
視線の先では、亀童丸が新三郎の手を取り、何かを教えている。その光景は、誰の目にも
「先代、先々代と、我らの家は様々に交わってまいりました。その繋がりが、こうして孫の代で再び芽吹こうとは……人の世の巡り合わせとは、まことに不思議なものにございますね」
その言葉に、東向殿の胸が締め付けられた。佳乃の言う「繋がり」が、自身の父・内藤
「ええ、本当に。まるで、凍てついた土を溶かす春の日差しのように、ただただ、穏やかな光景ですこと」
その返事に、佳乃の瞳の奥が、ほんの一瞬、揺らいだように見えた。
その夜。
亀童丸がすうすうと寝息を立てる頃、部屋の灯りが揺れ、外の月影が静かな光を投げかけていた。東向殿は乳母のまつゑと向き合い、昼間の佳乃との会話を振り返っていた。
「まつゑ。今日の佳乃殿の申し出、そなたはどう聞いた」
「は。これは陶家……いえ、陶弘詮様ご一門が、若様の未来に大きな賭けに出たと拝察いたしました」
「賭け、ですか」
まつゑは、主人の問いに深く頷く。
「弘詮様は、御屋形様にとって最大の功臣。ですが、現当主の興房様は、弘詮様の力を抑えようとされているとか」
まつゑの冷静な分析を聞きながら、東向殿は昼間の佳乃の顔を思い出していた。あの揺らぎは何だったのか。
「佳乃殿は、私の父のことを口にしたわ。『先代からの繋がり』と。あの人は、どこまで知っているのでしょう」
その声には、抑えきれない疑念と、長年胸に秘めてきた痛みが滲む。父・内藤弘矩の死は、今もなお、東向殿の心に暗い影を落としていた。あの
「佳乃様の
まつゑは、主の心痛を察し、静かに、しかし力強い声で言った。
「ですが。だからこそ、でございます」
「……叔母上」
「……姫様。だからこそ、弘詮様の差し出す手を取らねばなりませぬ。過去のしがらみを断ち切り、若様の御代の
まつゑは、主君の瞳の奥に宿る長年の痛みをまっすぐに見つめ返した。若君の未来という光を示すだけでなく、姫様の過去の傷にも寄り添わねば。そう心に定め、まつゑはあえて、最も優しい言葉を選んだ。
「佳乃様のお言葉は、お心遣いがあったのではないでしょうか。そして弘詮様一門は、これまでもこれからも、大内家、そして若様と共にあるという証でございましょう。」
まつゑの言葉は、一条の光のように、東向殿の心の闇を貫いた。そうだ、感傷に浸っていてはならない。我が子の未来を守るためならば、たとえ父の仇と噂された家の手であろうと、取らねばならぬ時もある。
「揺るぎなき、
「御意にございます。新三郎様との絆は、いずれ若様をお守りする、最も堅固な盾となりましょう。そして、我が子、小四郎は若様の御心に寄り添う
東向殿は、眠る我が子の顔を思い浮かべた。あの子が背負う運命の重さ。それを共に分ち合い、支えてくれる存在。武の要となる盾と、心の拠り所となる懐刀。その光景を思い描き、彼女の心はようやく定まった。
決意を秘めた瞳で、東向殿はまつゑを見据える。
「まつゑ。佳乃殿への返書をいたします。文の用意を」
その
「はっ。御台様」
主の覚悟を受け止め、臣下として応える。
二人の女の静かな想いを、月灯りだけが見届けていた。
現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。
執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
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※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。