ふっと意識が浮上する。
目の前には、見慣れた食卓があった。戦国の世の粗末な
「お疲れ様、よしたかくん。今回の対峙、骨が折れたでしょう」
声のした方に目を向けると、紀理が微笑んでいた。彼女の手元で、湯気の立つ黒い液体が、すぅっと静かに二つのマグカップに注がれていく。
そのうちの一つに見覚えがあった。思わず、息を呑む。
白い地に、少し欠けた青い
「それは……!」
「たまには、こっちの記憶も思い出さないとね。今の君は、少し
紀理はそう言って、俺のマグカップをそっとテーブルに置いた。 俺は思わず手を伸ばし、温かな取っ手を握る。
欠けた
一口、
「……美味い」
思わず、吐息と共に言葉が漏れた。ただの一杯。だが、戦国の世で張り詰め続けていた何かが、この
「まさか、またこれを飲めるとはな」
「夢の中だからね。君の記憶を、私が少し借りて再現しただけだよ。 味も香りも」
紀理は自分のカップを両手で包み込み、
「ふふ、残念だけど、目が覚めたらぱっと消えちゃうかもね。でも、次に会う時はまた
「あぁ、それでもいい。この一瞬が、今の俺には何よりの
珈琲の温もりが、張り詰めていた心を解きほぐしていく。
カップをテーブルに置き、湯気の向こうに視線を
俺は、昨日の対峙を冷静に振り返った。
「
「そうかな?」
紀理は小首を
「『絵を描く者にあらず』って返しは見事だったけど、あれは君への
「そうかもしれん。だが、あの男、ただの
紀理は満足げに
「さすが、目のつけどころがいいね。彼はね、『
「吾妻鏡だと?」
「編纂を通じて、京の文化人脈にも深く根を張っているんだよ。名のある絵師を都から招けるくらいにはね」
思わぬ情報に、俺は目を見開いた。鎌倉幕府の公式史書。それを編むということは、ただの
「なるほどな。だから、あの鷹図か。あれは俺の器を測ると同時に、己が文化を
これほどの力と影響力を持つ男だからこそ、
「だが紀理、忘れてはならん。弘詮が、母上の父――
文化の価値を理解した教養人であり、母上の心を曇らせる過去を持つ男。二つの顔が、俺の中で一つになる。
あの男をどう
「あの絵に、
自分でも意外な言葉。転生してからずっと奥底に押し込められていたはずの、あまりにも純粋な感情の
「守らねば、という感情とは別に、ただ純粋に、美しいと思った。俺の根っこにあるのは、やはり文化への愛着なのだろう」
改めて自覚させられる。「守る」という使命の前に、俺の根っこにあるのは、やはり文化への
紀理は、そんな俺の顔をじっと見つめ、そして、優しく微笑んだ。
「うん。それが、よしたかくんの強さだよ。大内義隆として、歴史を塗り替える男のね。弘詮さんみたいな複雑な人を味方にするために……君のその『心』が必要になる」
俺はカップを回し、欠けた縁を指でなぞる。 現代の記憶が、戦国の覚悟に深みを与える。
「まずは、母上を安心させる。内藤の
会話が途切れると、窓の外の空が急速に暗くなる。珈琲の香りが薄れ、遠くでブランコの鎖がきしむ音が、かすかに聞こえてくる――懐かしい公園の記憶が、優しく溶けていく。
「そろそろ、か……」
「うん。飛ぶ時は来るよ、義隆くん。鷹のように、遠くを見通して。でも、今は休んで。欠けたマグみたいに、君も少し、欠けてもいいんだ」
紀理の言葉が、温かな
――目覚めると、朝の光が
俺はまだ小さな体をゆっくりと起こすと、無意識に
「若君、お目覚めでございますか」
入ってきたのは乳母のまつゑだった。後ろから、千世が顔を
「
「はい、まつゑ様」
千世が小さな笑い声を立てながら、俺の着替えを手際よく準備し始める。
無邪気な姿に、俺は張り詰めていた心の糸が少しだけ和らぐのを感じ、思わず彼女の袖を引っ張る。
「ちよ、たか……みて」
千世は目を輝かせ、俺の指差す方向――部屋の
「あら、若様。あの鷹様でございますか。昨日、弘詮様がお持ち下さった立派な絵でございますわね。まるで本物の鷹が飛んで来そうで、胸が高鳴ります」
俺はこくりと頷き、床の間を指差す。
「このたか、いい」
俺の言葉に、千世は愛おしそうに目を細めて微笑んだ。
「若様はこの鷹様が気にいったのですね。千世も、若様のお側で鷹様に負けぬよう精一杯に
千世の
(飛ばぬ鷹。この弘詮という男の影を払い、文化の筆として使いこなし、その空を、俺が創り出す)
俺は掛け軸の前まで歩み寄る。描かれた鷹の羽の一本一本までが見事な
これほどのものを容易く手に入れる力。今の俺にとって、そしてこれから大きくなる大内家にとって、間違いなく必要な力だ。
危険だと分かっていても、今は手元に置かねばならない。
庭からは、朝露に
現代の知識と、戦国の体に宿る
今日も、一歩。あの鷹が飛び立つための、広大な空を創り出すために。そして、その翼を俺自身が手に入れるために。
現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。
執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。
https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b
※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。