(1508年6月)
この世に生を受けて半年が過ぎた。
意識が夢の
向かいの席には、銀髪の少女――紀理が、まるで昔からそこにいたかのように座っていた。彼女は分厚い専門書をパラパラとめくりながら、顔を上げて悪戯っぽく笑う。
「こんにちは、よしたかくん。最近、赤ちゃんのプロとしての演技が板についてきたじゃない」
「からかうな。泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑う。その反応を少しだけ調整しているだけだ。だが、そのおかげで御殿での俺の評判はすこぶる良いらしいな。『聡明で、手のかからぬ若君』と」
「うん、作戦は順調そのもの。お母さまである
紀理が指先で机の上をなぞると、そこに複雑に枝分かれした家系図が、光る線となって浮かび上がった。大内家と内藤家の名が、幾重にも絡み合っている。
「君の
「ああ……。母上の父、
「そう。つまり、君のお母さまと小四郎くんは従兄弟同士。そして、まつゑさんは、お母さまを育てた弘春さんの側室。とても近しいけれど、だからこそ、とても複雑な関係なの」
紀理は家系図の「
「そして、この小四郎くん――後の内藤貞種の存在は、歴史上、とても曖昧なの。家系図に名はあるけれど、どんな人物で、どう生きたのか、確かな記録はほとんどない。まさに、歴史の揺らぎの中にいる子よ」
「……つまり、俺の行動次第で、彼の未来は大きく変わる、ということか」
「その通り。そして、彼の未来は、君の未来にも繋がってる。だから、まず見極めて。お母さまは、彼ら――内藤の血を引く者たちを、本当はどう思っているのか。そして、彼らは、祖父の仇である大内家の世継ぎである君を、どう見ているのかを」
図書館の風景が、夕暮れの光のように静かに薄れていく。
言葉にならない絆と、血という名の
ふわりと、意識が現実の肉体に戻る。
半年の月日は、この小さな体に確かな成長をもたらしていた。ぼやけていた視界は焦点を結び始め、天井の木目の模様や、
その日、俺は母上である御台様の膝の上にいた。
彼女の指が、俺の柔らかな髪を優しく梳いてくれる。
その指先から伝わる温もりは、紛れもない愛情そのものだ。
部屋には、母上の着物から移った
部屋の隅では、乳母のまつゑが、俺の
そして、その傍らには、小四郎が
七歳になったばかりの少年は、小さな体には不釣り合いなほど真っ直ぐに背筋を伸ばし、じっと己の膝を見つめている。まるで、この部屋の空気に溶け込むまいとするかのように、その存在を懸命に律していた。
母上は、俺に語りかける時は、春の陽だまりのような柔らかな声になる。
「亀童丸……良い子ですね」
だが、まつゑに声をかける時、その声には、親しみを込めようとしながらも、どうしても拭いきれない、微かで改まった響きが混じる。それは冷たさとは違う、彼女の背負ってきた運命が滲ませる、痛々しいほどの遠慮と感謝の表れだった。
「まつゑ、ご苦労。そこへ置いておきなさい」
「は。
まつゑの返事は、短く、敬意に満ちている。だが、その声の奥には、母上を気遣う温かさと、決して表面には出さない深い悲しみが沈んでいるように感じられた。
(これが、この御殿の空気か……)
感謝と、負い目。忠誠と、警戒。そして、許しきれぬ過去と、それでも共に生きていかねばならぬ未来。
言葉にはならぬ感情が、静かな部屋の中で複雑に絡み合っている。
俺は、意図的に、母上の膝の上で小さく身じろぎし、「あー、うー」と声を上げた。
その瞬間、三人の視線が、一斉に俺に注がれる。
母上の瞳には、慈しみが。
まつゑの瞳には、安堵と、乳母としての務めが。
そして――小四郎の瞳には。
一瞬だけ、彼と目が合った。その黒い瞳の奥に宿っていたのは、羨望でも、嫉妬でもない。まるで、己の運命を確かめるかのような、静かで、しかし烈しい光だった。彼は、俺を通して、この大内家と、己が背負う内藤家の未来を見ているのかもしれない。
すぐに視線を伏せた小四郎の、固く握られた小さな拳が、俺の網膜に焼き付いた。
(分かったぞ、紀理……)
彼らは、敵ではない。だが、単なる味方でもない。
彼らは、大内家に仕えるという絆で結ばれながら、内藤弘矩の死という楔を、今も心の奥に打ち込まれているのだ。
この楔を抜き去り、彼らを真の味方とすること。
それができなければ、俺の目指す未来は、決して訪れないだろう。
母の温かい膝の上で、俺は新たな、そしてあまりにも重い課題を、静かに胸に刻んだ。
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※AIツール(ChatGPT)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。