「付喪神の囁き~大内義隆、歴史を紡ぐ~」   作:三浦左衛門丞

6 / 17
第6話「一歳の兆し」――赤子が見つめる動乱の夏

(1508年12 月)

永正(えいしょう)五年 十一月  亀童丸 満1歳 数え二歳

 

 東向御殿(ひがしむきごてん)の朝は、肌を刺すような冷気に包まれ、あたりはしんと静まり返っていた。

 薄明の光が、障子を淡く透かして差し込む。部屋の中央、囲炉裏(いろり)には赤々とした火が静かに息づき、炉からは、微かに薪の燃える匂いが漂っていた。

 

 冬とはいえ、この御殿の朝は早い。俺は、柔らかな布にくるまれながら、身じろぎもせずに目を覚ましたふりをしていた。

 すぐそばに置かれた炉の上には、布がふわりと掛けられていて、その端が俺の体にもかかっている。仄かなあたたかさが、じんわりと身体に染み込んでくる。

 侍女(じじょ)たちのひそひそ話は、まだ意味をなさない音の羅列でしかない。それでも、その抑揚から何となく、楽しい話題なのか、それとも深刻な話なのかを想像する。

 

 ――一年前、俺は亀童丸として、この周防(すおう)の地に生を受けた。周防の大名・大内義興(おおうちよしおき)の子。しかし、この小さな身体の中に宿るのは、令和の世を生き、地方行政に携わっていた男、義高(よしたか)としての心だった。文化と町づくりに情熱を燃やし、歴史を深く愛した四十過ぎの男の意識が、今、この赤子の肉体で息づいている。

 

 今はまだ、寝返りとハイハイが得意なだけの赤子として、日々を観察と学びに費やしている。

 

 ごそり、と隣で打掛け(うちかけ)が動いた。

 

「……まあ、よう目を覚まされましたね。今日で若様も、まる一年になられます」

 

乳母(うば)のまつゑが、穏やかな笑みでこちらを覗き込んできた。

その背後には、俺の兄代わりでもある少年が立っていた。

 

「これ、亀童丸様にと思って、拵えて(こしらえて)みました」

 

彼の手に握られていたのは、竹と布で丁寧に作られた小さな太鼓だった。

思わず手を伸ばすと、少年は嬉しそうに差し出してくれる。俺はそれを軽く叩き、ポン、ポン、と音を鳴らした。

 

「上手にお叩きになりますね。これは、武の道にも向いておられるかもしれませんね」

 

 まつゑの言葉に、少年も誇らしげに頷いた。

 

 その少年――小四郎(こしろう)。七つになるこの少年は、乳母まつゑの実子であり、俺の母上(ははうえ)のいとこにあたる。内藤弘春(ないとうひろはる)の次男、貞種(さだたね)。その名は歴史上にわずかに痕跡を残すが、実在は不確かとされている。けれど今、確かにこの場に生きている。

 

 その存在が、この家の、いやこの国の未来を変える鍵になるかもしれない――そう、あの夢の中で、紀理はそう告げていた。

 

 その日の昼下がり。

 東向殿(ひがしむきどの)――俺の母上と、まつゑ、年配の侍女たちが集まって、冬の日差しの中で縫い物をしていた。俺は母上の膝に乗せられながら、その会話を聞いていた。

 

「都ではまた、(いくさ)が起こりそうだとか……」

 

「細川の家が騒がしゅうて、どちらが勝つやら……」

 

「義興様は堺南荘(さかいなんしょう)をお辞めになったそうです。将軍様の御恩に背くことなく、なによりでございます」

 

「けれど、そのお志ゆえに……敵もまた増えましょうな」

 

 母上の声音は、穏やかで、それでいてどこか淋しげだった。

 

――父上が堺から手を引いたことで、その空白を巡り、遠からず高国(たかくに)澄元(すみもと)が激突するに違いない。

 

 (以前、夢で紀理が告げた言葉が、今改めて俺の脳裏をよぎった。)

 

 この状況が、まさしくあの時の話した通りに進んでいるのだと、俺は赤子ながらに確信した。

 「……けれど、お前には、そんな世の荒波など知らずに育ってほしゅうございますよ」

 母上は、ぽつりとそう言ってから、ゆっくりと身をかがめ、寝籠の中の俺に手を伸ばした。

 その指先がそっと頬に触れ、ぬくもりが伝わってくる。

 「亀童丸……あなたが無事に、健やかに育ってくれれば、それだけで私は……」

 微笑みながらも、その瞳はどこか憂いを湛えていた。

 (俺がこの時代に生まれたのは、やはり偶然ではない……)

 母上の温もりに包まれながら、俺は己の使命を、改めて心の底に刻んだ。

 

 その夜の夢の中。

 

 紀理は、また現れていた。目元に灯を宿したような微笑を浮かべながら。

 

「一歳、おめでとう。これで一年分、未来に近づいたよ」

 

「京の情勢は、前に話した通りに進んでいるね」

 

「そうだな。今のところ歴史の通りに進んでるな」

 

「そうね。このままなら、来年の夏に如意ヶ嶽(にょいがたけ)にて、両軍が衝突するはず。京の支配をめぐる、最初の決戦なのかしら」

 

 俺は軽くうなずいた。紀理の言葉には、いつも謎があるが、確かな情報もある。

 

「義興さんは、今はまだ細川高国と組んでる。でも……いずれ、高国すらも警戒することになる」

 

「どういう意味だ?」

 

「詳しくはまだ秘密。だけど、都は今、まるで将棋盤のようなもの。堺の辞退は、駒を捨てたように見えて、じつは王手の一歩手前だったの」

 

 紀理は、袖から何かを取り出した。

 スマホ……ではない、小さな紙の札だった。そこには一首の和歌が書かれていた。

 

 ――志ある 人こそ知るや 世のうつろひ

   光となりて 影を結ばん

 

「これは?」

 

「未来のヒント。でも、今はまだ、覚えておくだけでいいよ」

 

 紀理がふっと笑い、風のように姿を消す。

 

 目覚めると、夜の御殿はしんとしていた。

 薪の火の名残が、ほのかに赤く光っていた。

 

 満一歳。生まれて一年。

 まだ何もできない赤子としての俺は、それでも少しずつ、この世界を知り、変えようとしている。

 

 やがて訪れるであろう動乱の夏に向けて――この静けさの奥に潜む兆しを、俺は赤子ながら、深く心に刻み込んでいた。

 




現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。

執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。

https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b

※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。