「付喪神の囁き~大内義隆、歴史を紡ぐ~」   作:三浦左衛門丞

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第二章:幼少期編
第7話「語りの余韻」――瞳は的を射る


(1509年9月)

永正六年八月 亀童丸(きどうまる) 満1歳 数え三歳

 

 

 夜闇の霧を、涼やかな光が御殿の格子戸(こうしど)の隙間を抜けていく。

東向御殿(ひがしむきごてん)の庭には、はやくも(はぎ)が咲き始めていた。

 

 ふと、御簾(みす)の奥から這い出すように身を起こす。

まだ不安定ながらも、この小さな足は、数歩だけならしっかりと地を踏めるようになっていた。ふらり、よろり。

それでも、母上の方へと歩み寄ると、柔らかな(たもと)がすぐに俺を受け止めてくれる。

 

「まあ。歩けるようになったのね、亀童丸」

 

 母上は目を丸くして、すぐにほほ笑んだ。あまりの喜びに、声を弾ませて俺を抱き上げる。

 

「そんなに急がなくてもいいのよ。大丈夫、ちゃんと見てますからね」

 

 俺は、にこりと笑って、口を開いた。

 

「……み、だい……ちゃ……」

 

 瞬間、縫い物をしていた侍女(じじょ)たちの手が止まり、室内に小さな沈黙が走る。

母上はほんの一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにやわらかく笑い、俺を胸に引き寄せた。

 

「ふふ」

 

「みだいちゃんですって。なんてまあ、愛らしいこと。でもね。次からは、母上って呼んでくださる?」

 

 声は笑いを含み、どこかに微かな照れと嬉しさが滲んでいる。俺がコテッと首を傾げると、母上はくすくすと応じる。この穏やかな時間が、俺の守るべき日常だ。

 

 

 

 その日の午後、静寂は外から忍び寄った。

 

「門前に、それは見事な琵琶法師(びわほうし)様が」

「旅の方とは思えぬほどの声と音色にございます」

 

 侍女たちが、にわかに色めき立つ。乳母(めのと)であるまつゑが、その真偽を確かめるべく、静かに席を立った。

 

 戻ってきたまつゑは、母上のそばに膝をつくと、他の者には聞こえぬよう、しかし切迫した声で耳打ちした。俺の耳にも、断片が届く。

 

「御台様。ただの法師ではございませぬ。旅装(りょそう)は使い古されておりますが、立ち姿から武家の者かと、少しも崩れませぬ。」

 

 母上の顔から、ふっと笑みが消えた。まつゑと母上の間で、鋭い視線が交わされる。部屋の空気が、一瞬にして張り詰めた。

 

 穏やかな御殿に、外の世界の風が吹き込んできたのだ。母上はしばし黙考したのち、凛とした声で命じた。

 

「法師様を、奥へ。御簾越しに、語りを聞かせていただきましょう」

 

 これは、ただの余興ではないな。

 

 夕刻、簡素な小座敷に、法師が通された。

 

 俺は母上の膝の上に身をあずけ、御簾越しに法師の姿を見つめる。

法師は静かに膝を折り、琵琶を構えて、唇が動いた瞬間。

低く祈るような声が、夜の(とばり)に溶けるようにして語り出された。

 

 語られるのは『平家物語(へいけものがたり)』、「木曽義仲入京」の段。

 

(義仲……語りの体を借りた報せだ)

 

 俺の四十年の記憶が、物語に込められた政治的な意味を即座に理解する。都で人心を失い、凋落していく英雄の物語は、今の京の情勢を映した鏡だ。

 

(脅しか、吉報か)

 

 俺は母上の反応を窺う。琵琶の音が哀しく響く中、母上の指が扇を握る力をわずかに強めた。

だが瞳に恐怖の色はない。むしろ奥に探るような、鋭い光が宿っている。

 

(……違うな。脅しを受けている顔ではない。これは、送られてきた文の真意を読み解こうとする顔だ)

 

 ならば、答えは後者。義仲は父上の敵、細川澄元。この語りは、澄元の凋落を暗示する、味方からの吉報だ。俺はそこまでたどり着き、そっと息を吐いた。

 

 やがて語りは、「義仲最期」の段へと移る。

 

「――火の海の中、己を諫めし者の首を見つめ、義仲公は静かに膝を折られた……誉れ(ほまれ)も、力も、命もまた、移ろいの中に散る花の如し」

 

(光が立てば影もまた濃くなる。世は移ろうか)

まだ言葉を持たぬこの身に、確かに何かが届いていた。

 

 語りが静かに終わり、琵琶の余韻が障子の向こうに消えてゆく。

重い沈幕の中、母上の瞳に、京にいる夫を案ずる憂いの色が浮かんだ。

母上の膝の上で、そっとその手に自分の小さな手を重ねる。そして、指を掴むと、ぎゅっと一度だけ強く握った。

 

(母上、ご安心を。俺がいます)

 

「……」

 

 声にはならない。だが、確かに伝わったはずだ。

母上の口元に、ふっと、それまでの能面のような微笑みとは違う、心の底からの、しかし一瞬だけの笑みが浮かんだ。

彼女は俺の頭を一度だけ優しく撫でると、まつゑに向き直り、凛とした声で命じた。

 

「まつゑ。法師様に、手厚く礼を」

 

 声には、もう迷いはなかった。まつゑは、ごく短く目配せをひとつ返し、音もなく立ち上がった。

 

 

 

 その夜――

 

 ふわりと意識が浮上すると、そこは俺が現代で通い詰めた大学の図書館の、窓際の閲覧席だった。午後の柔らかな光が、古い木製の長机と、整然と並ぶ書架を淡く照らしている。空気には、古紙とインクの乾いた匂いが満ちていた。

 

 向かいの席には、銀髪の少女――紀理が、まるで昔からそこにいたかのように座っていた。彼女は分厚い専門書をパラパラとめくりながら、顔を上げて悪戯っぽく笑う。

 

「こんにちは、よしたかくん。今日の特別便、ちゃんと受け取れたみたいだね」

 

 紀理の言葉に、俺は息を吐きながら頷いく。

 

「……やはり、お前の言っていた通りだったか。あの琵琶法師の語りこそが、如意ヶ岳での勝利を知らせる父上からの便りだったんだな」

 

「うん、大正解!」

 紀理は楽しそうに本を閉じた。

 

「私が『そうなるはず』って言った未来を、君は現実の出来事としてちゃんと結びつけられた。それも、ただの報告としてじゃなく、お母様を安心させるための意図まで読み解いて。正直、ちょっと驚いてる」

 

「母上の顔を見れば分かる。あれは脅されている者の顔ではなかった。だが、夫を案ずる不安は隠しきれていなかったからな」

 

 紀理は深く頷いた。

 

「その不安を、君の一手が覚悟に変えた。私が感心したのはそっちの方だよ。歴史の知識だけじゃない。人の心を読んで、赤ちゃんの身体でできる最大限の行動をとった。君はもう、ただの観察者じゃないね」

 

「……そうであるといいがな」

 

 俺がそう呟くと、紀理はくすりと笑った。

 

「ふふっ。大丈夫。君のこの行動が、これから君が紡ぐ新しい歴史の、最初の一行になるんだから」

 

 図書館の窓から差し込む光が、一瞬だけ強く輝いた気がした。

 




あとがき
こんにちは、紀理です。
今回も、よしたかくんの記憶を一緒に辿ってくれてありがとう。

さて、次の本編に進む前に、少しだけ寄り道してみないかしら?

いつも、よしたかくんの側で彼を支える、まつゑさんと小四郎くん。
二人がどんな想いを胸に秘めているのか、その心の内を、私が少しだけ皆さんにお見せしています。

そして、その次の第8話では、新しい登場人物の記録が始まるわ。
よしたかくんの異母姉さんで、史実の記録では

大友義鑑さんの正室となるお姫様よ 。

新しい家族が増えて、よしたかくんの周りはもっと賑やかになりそう。彼がこの新しい関係をどう紡いでいくのか、これからも見守ってあげてね。

それじゃあ、また次の記憶で!

現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。

執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。

https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b

※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。
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